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  • 桜も終わり、今度は何が咲くかな。
    もう、何でも咲いている。

    きのう、日本たんぽぽの苗をもらった。
    絶滅危惧種になりそうで、
    せっせと増やしている人がいて、
    今度は種から植えるようにと。

    種が飛んで行かないうちに。

    雑草に気を遣うこの頃。
    のどか。

  • 最近、また寒くなった。
    ストーブつけてます。

    コーヒー飲んで、
    暖まっています。

    自分のスレッドを回って、
    書いてた内容から
    その頃の自分、
    出来事とかを思い出しています。
    写真を貼ってもいいかもしれない。

    最近は、スマホでブログを書いて、
    写真や動画を載せて
    スレッドおろそかになってるけど、
    たまに覗くと、
    前の様子が見えてくる。
    感じるとでもいうのか、

    文字にすると、そこの場所
    見えないけど感じる場所によって、
    違って感じるので、
    若干、ひろがっていくように
    思う。
    前日世界、目に見える世界も変化していく。
    心を耕す。柔らかくする。

  • 苦しみ、痛みに遭う(主がそれを許される)時には、主がその人に特別の任務を用意されていると信じます。その逆境が大きければ大きい程、その荒野の体験が長ければ長い程、その人は主に大きくすばらしく用いられるのです。事実私は今迄、主に用いられた著名な信仰の持ち主で、苦しい荒野の試練と逆境を通されていない人を見たことがありません。

  • >>5093

    主イエスの苦しみたるやその昔キリストが十字架をかついでゴルゴサの丘に向かうシーンが映画で演じられたことを思い出しました。実際に主が味わられた苦しみはそんなものではないといわれますが、過去・現在・未来に存在するすべての生きものが苦しむ痛みの総計に有り余る苦しみを、創造者の神ご自身が私たちに代わって味わってくださったのです。

  • >>5092

    そのための具体的に何をすればよいのかーその秘訣を主に聞くと先ず「毎朝起きたときに、聖書の御ことばから、いのちの霊の法則のことばを選んで、それを声を出して唱えなさい」といわれたそうです。そこで師は、最初に詩篇の103を選んでそれを口に出して高らかに宣言しました。

  • >>5091

    その点ボーン・アゲインしたクリスチャンであっても、この世で生きている間は、この永遠の命の霊の法則と罪と死の霊の法則という二つの法則が重なり合っており、死の霊の法則の(誘惑に)陥らず命の霊の法則だけに堅く立って生きることによって、決して病気にならない、あるいは、それに打ち勝つことができるといわれます。

  • >>5090

    それでは、その信仰のトレーニングの方法は何かといえば、それは先ず、命の霊の法則で生きる信仰の上にしっかり立つことから始めなさいと主は言われたそうです。

  • >>5089

    (癒しの力について)

    むしろそのような力は『永遠のいのちの霊の法則』で生きる者には既に具わっていることを強調していわれたのです。私はこれを「霊的覚醒」と表現したいと思います。

  • >>5088

    主は『私たちは罪と死の霊の法則に縛られたまま、それを受け入れた生き方ーライフスタイルーを脱ぎ捨て、本来既に持っている「永遠のいのちの霊の法則」で生きねばならない。そうすれば病気とか悪魔の誘惑に負けることはない。そして神が定めた時が来る迄、全く健康な身体で生きることができる。』と私を強くたしなめられました。」

  • >>5087

     師は続けます。「この世の中には『永遠のいのちの霊の法則』と『罪と死の霊の法則』があることをはっきり霊的理解を持たないで生きてしまえば、私たちは死の霊の法則を甘んじて受取ってしまう。そのようになりかけていた私に対して主は『止めなさい!ストップしなさい。』といわれたのです。

  • >>5086

    そこに師は、御父と主イエスと自分の関係が特別なものー霊の関係は肉の関係より遥かに強いリアリティーを持つ超親密なリレーションシップーであることを感じることができたといいます。そして父の子である自分はこの世が造られる以前から、終末の時代の「この時間」に生まれて生きる

  • >>5085

    (つづき)

    「御父は、『わたしはあなたを養子としてわたしの子どもにしたのではない。 あなたはわたしの朽ちることのない永遠不滅の「種」から生まれ(それは人間の精子を思わせる霊の精子)、実際にわたしの種があなたの中に入っている』と言われました。それは1ヨハネ3:9に書かれてある通りです。ですから天におられる父なる神は、私を養子という形で他人の子どもを引き取ったから子になったのではなく、実の『父の種から生まれた真の息子』であることを強調されて『我が子よ、わたしは決してあなたから離れず見捨てることはしない。』とはっきり言われました。ですから、キリストとともに死に、キリストとともによみがえった私たちクリスチャンは、真実『神の子』であり、天におられる主イエスの父と私の父は同じ父であるという明確な確信をいただきました。」と師は言われます。

  • (父なる神と出会った人の体験談)

    再び背中の手術が必要と医師に云われたのですが、師はそれを断りました。そのような大変な痛みと苦しみの最中にあった2015年6月の或る夜、9時過ぎでしたが、濃い主の臨在が彼の寝室を満たし、上を見なさいという声が聞こえて、見上げると天井が吹き抜けて天の御座に座っておられる御父を肉眼以上にはっきりと見ることができたと言われます。それは本当に生きておられる父なる神に会うという劇的な経験であったのです。師は「それは私が痛みと苦しみの頂点にいた時でした。私はその感激で1時間半泣き続けました。そしてそれ以来今に至る迄、その濃い主の臨在が私から去らないのです。」

  • 気になる記事見つけた。
        ↓

    ・・・それはワーシップがサタンによって縛られているということでした。確かに今は真のワーシップではなく、パーフォーマンスになっていたりワーシップをワーシップしていたりすることが往々にしてあると思います。神は真の礼拝者が霊とまことをもって礼拝することを回復されようとしておられます。

    ~~~~~~~~~
    いわゆる、パフォーマンスになっているワーシップのものを取り寄せて見ていたら、
    いきなり怒られて、捨てさせられた。

    「神は真の礼拝者が霊とまことをもって礼拝することを回復されようとしておられます。」

    そういうことか。

    パン種に気をつけなさい、ってことで、
    怪しげなものは、捨てないといけない。
    明るくなったら点検する。
    今、ごそごそやると、
    家族に迷惑だし、
    今は、頭を点検する。

  • なんか、違和感あるな~。

    まるで、
    自分の父親のことを書いた説明書きがあって、
    信頼できる本や、ピントはずれのやら、先入観で書かれたものを
    引っ張り出して、こうでしょう、ああでしょう、と
    議論しているみたい。
    真実にたどり着くとは思えないが・・
    疲れないかしら。

    おやじの取り扱い説明書をおやじに見せて、
    この通りですか?って聞いたら、え~~?
    って、首かしげそう。

    神様が、言ってたこと思い出した。
    自分が話しかけても、無視して
    聖書に夢中になってる人が
    多い、って。

    それから、真面目くさってる人
    苦手らしい。

    冗談好きだし、お笑いは、わたしが書いている
    と。

    明るくて、冗談通じる人がいいのかな。
    よくわからないけど、

    ボケ、突っ込み、どっちする?って聞かれたから、
    突っ込みがいい、って答えたら、
    おまえは、ボケだから、ボケにしなさいって
    言われて、へ~~、そういう人なんだ~と
    思った。

    このパソコンも選んで買ってもらったし、
    パソコン用に机も、
    しゃれた家具屋で、あれかこれか
    神様が選んでくれたのを見つけるひと時
    楽しかった。

    ~~~~~~~~~~~
    これは、ちょっと、、
    と思う人いるかもしれないけど、

    ●●および、●●の支配するところに属してる人って、
    冗談がいえない、とか聞いたことある。

    そういえば、すっごい真面目そう。

    ~~~~~~~~~~~~
    ま~、私めのいうことだから、
    誰も気にも留めないと思うけど。

    ふと、思い出した。
    (ひとりごと)

    生きた神様だもの
    じれったいだろうね。

    しかし、私もよく怒られる
    無視するな~~って。
    だから、私もまだまだなんだ~。

  • >その話しを聞いて、修道士に憧れは抱いていても厳しい生活に耐えきれずに
    >辞めてしまうかもしれないなと思い諦めました。

    厳しい生活に耐えきれずに・・・ですか。
    そうですね。世俗を離れて、、厳しい生活、祈りの生活を
    するのですから、ある意味、幸せかもしれない。
    日本人で、フランシスコ会の人がバチカンで暮らしていた
    と言ってました。今も、イタリアかな。
    元プロテスタントの人で、上智大学の神学部へ行き、
    母ひとり子ひとりで、お母様はどのように感じられていたか
    わかりませんが・・
    いろんな人生があるものです。

    批判的な印象は、ないようですから、
    また、傷ついたかな。

    消えてしまった。

    イエス様は、母マリアではなく、
    わたしを見なさい、と言っておられると
    思うので。
    そうしておられるとは、思いますが、
    人を通してみる時期も大切かもしれない。

  • >>5067

    > junさまこんにちは
    >
    > junさまは教会経験が豊富でいらっしゃるんですね。
    >
    > わたしは、求道者としてフランシスコ修道会の伝記などを読み、アシジのフランシスコ修道士
    >
    > 率いるフランシスカンの生き方に憧れを抱きました。
    >
    > その後、地元のカトリック教会の聖書勉強会に参加させていただくようになり、そこで
    >
    > 司祭さま始め、ふたつの修道院の修道女の方々、そして洗礼受けられた信徒の方、信徒会長を
    >
    > なさっていらっしゃる方、またわたしと同じく洗礼は受けていないけれども勉強会に参加されて
    >
    > いらっしゃる方々とご一緒し、思いつくまま様々に質問をしてみたり、自分が独学で知り得た
    >
    > ことを話して聞かせたりしていましたところ、とある女性信徒の方の亡くなられたご主人は元
    >
    > フランスシスコ修道会の修道士になってから何かの理由で還俗されたそうです。
    >
    > その話しを聞いて、修道士に憧れは抱いていても厳しい生活に耐えきれずに辞めてしまうかも
    >
    > しれないなと思い諦めました。
    >
    > ただ、奥様を見ると大変愛していらっしゃるご様子でしたし、きっと神様の思し召しで還俗された
    >
    > のではないのでしょうか、生き方はどうあれ最後は帰天できればいいと思いました。
    >
    > 息子さんもその後ほどなくご結婚され、今では新たな命が誕生し、教会も賑やかになっています。

    本だけでなく、経験されているんですね。
    純粋な方々であることは、わかります。

    フランシスコ会、カルメル会、ドミニコ会など修道会は
    たくさんありますね。
    宣教会の教会も行きました。
    それぞれに特徴があって、雰囲気も違います。


    神様は、人と個人的に直接関わりたいと思っておられる
    と思います。

  • >>5065

    > いろいろ教会経験豊富なんですね。
    >
    > 一時修道会にあこがれを抱いたりしました。しかしフランシスカンになって
    >
    > 還俗した方と結婚した奥さんと話したりはしました。理由はわかりませんが
    >
    > 僕も同じように辞めるだろうと思い直して諦めました。

    子どもの時あこがれて、修道会の夏季研修に参加した人が、
    指導者の姿を近くで接して、やめようと思ったと言ってました。
    経験しないと、ずっと夢を追いかけていたかもしれない。

    あこがれている間、想像の世界は、美化されますから、
    それに、いい人からやめて行ったと、
    現役の司祭が正直に教えてくれた。
    それぞれに、葛藤があるのでしょう。

    聖人の話は、身近に聞いていましたから、
    なんとなく、わかります。

    > 還俗した方と結婚した奥さんと話したりはしました。

    真剣に考えている人には、出会いがあるんですね。
    本だけでなく、霊的な世界とともに、
    何が、真実か、考える機会を与えられている感じします。

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