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    「歎異抄」について、語り合いませんか。

    「歎異抄」について、「彌陀」について、「親鸞」について、語り合える人 メッセージください。

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  • 30344(最新)

    さんね 5月23日 23:45

    >>30342

    「浮世の画家」三分の一ほど読んだ。

    日本の光景には違いないなのだがどこの街の事なのかよくわからない。

    自分の書く日本は全て想像の中の日本でしかないと作者は言っているが、

    こういうことなのかと思いをめぐらしながら何やら似た境遇のこの老人に惹かれながら

    読み進めています。

    さんね

  • >>30341

    しばらくひと休みして、

    読み残しておいたカズオ・イシグロの

    「浮世の画家」と「忘れられた巨人」をよんで

  • >>30339

    ザイード氏も東洋的感覚で世界を見、「オリエンタリズム」で透け見えた世界を描いてますね。
    このヨーロッパの「自己中価値観の押し付け」を批判的に見てます。

    同時に維新以降近代日本人もこの「オリエンタリズム」に対抗して日本人のアイデンティティ、民族性の違い・優位性を見出し、東西文明の融和として世界に発信しようと懸命に努力してきたかに見えます。
    一方先の敗戦以降欧米によるポツダム宣言・占領政策下この「オリエンタリズム」を内在化し、先の大戦を懺悔・改心、自己否定・自己批判するだけでなく、今度はアジア諸国に「後進性・劣等性」を見て近代化=欧米化を進める勢力の一員になったかに見えます。

    明治維新以降近代化に専念し、大戦に敗れ、第二の敗戦・バブル崩壊後
    失われた平成の世を過ごしてきた明治150年の我々日本人。
    次の新しい世代を築き上げていく大きなビジョン、それを支えうるアイデンティティ・根源的な価値観の発見・開示が求められているようです。

    沙弥さんね

  • >>30338

    文化人類学には、いろいろ学ぶものがあると思っています。
    東洋的感覚から世界が透けて見えることが多いと考えています。

  • >>30335

    この本は以下の趣旨に集約されてるように見えます。

    欧米近代文明 個の自由 民主制 理性・合理性 人道主義・平等
    前進性・優越性
    オリエント文明 従属 専制 感性・直感 命の軽視・残忍・差別
    後進性・劣等性

    *オリエンタリズムの特性

    植民地支配・帝国主義の正当性→専制から「解放」・啓蒙・指導的役割(文化ヘゲモニー)

    欧米がルネサンス以降捨てさってきた政治社会体制、思想、倫理、価値観を他国・他域に見て「後進・劣等」とみなした総体的・体系的文明論

    上下巻を買ったのですが、とりあえずこの本は途中で終わります。
    同じことの繰り返しであり、アラブのパレスチナ人であり、アメリカ市民権をもつ文化人類学博士のアメリカでの偏見に満ちた政治的存在として抹殺された者としての切実な視点からも実感を伴い繰り返し多角的に述べられているように見えます。

    沙弥さんね

  • 今夜は酔って親バカ自慢話お許しくだされ。

    末っ子の息子が遂に就職内定ゲット!

    東洋経済社の就職難易度上位30に入る会社です!!

    あと二つほどさらに上位の会社の書類選考をパスし面接が待っている!!!

    五月中にはやはり150位以上の会社2社の最終面接です!!!!


    どこをとっても親としては文句の言いようのないところばかり。

    親孝行の息子です。

    さんね沙弥

  • >>30334

    今日の中東は、大国の政策、石油政策、そして自由を尊重する民主主義のイスラエルと邪悪な全体主義者でテロリストのアラブとを対置する単細胞思考的二分法、これら三つの要素とすっかり同一視されているために、近東が話題になる場合には、当の話題についてだけの混ざりけのない議論が成り立つ余地はほとんどなきに等しいのである。
    こうした状況を否応なく体験し経験したことは、私が本書を書くに至る動機の一つとなった。西洋、とくにアメリカで生活するアラブのパレスチナ人は失意の日々を強いられている。この国には、アラブのパレスチナ人は政治的には存在しないとするほとんど完全に一致した世論がある。
    アラブのパレスチナ人の存在が許されるとしたら、それは厄介者または東洋人(オリエンタル)一般のいずれかなのである。
    p70

    さらに論理的必然かとでも言うべきものによって、自分が、西洋の反セム主義(反ユダヤ主義)を担う意外な秘密の共有者の歴史を書いていることに気づいた。反セム主義〔反ユダヤ主義〕と、私がこれまで論じてきたようなイスラムを対象とするオリエンタリズムとが、互いに大変似ていることは、歴史的・文化的・政治的な事実なのである。(中略)
    しかし私はむしろ、文化的支配が作用してきた道程についての知識の深化に寄与したいと願っている。もしもこの知識がオリエントに対する新しい姿勢の確立に向けての一助となるならば、いやそれどころか「東洋(オリエント)と「西洋(オクシデント)」との双方を一挙に消滅させてしまう事ができるのならば、その時こそ、我々はレイモンド・ウィリアムズが「固有の支配様式」を「棄て去ること」と述べた道筋を少しは前進したということになるだろう。
    p71

    以上「序説」です。

    次回から本編に入っていきます。

    沙弥さんね

  • >>30333

    オリエンタリズムはかつてデニス・へー〔イギリスの中世史家1915~〕がヨーロッパ観念と呼んだところの集団概念からかけ離れたのではない。
    この集団概念は、「我ら」ヨーロッパ人を「彼ら」非ヨーロッパ人のすべてに対置されるものして固定す。事実ヨーロッパ文化の主要な構成要素こそまさにヨーロッパ文化をヨーロッパの内でも外でもヘゲモニー的にしているのだ、と言うこともできるのである。
    ~~~
    それは東洋人(オリエンタル)の後進性に対するヨーロッパ人の優越を繰り返し主張し、より自律的に、より懐疑的に物事を考えよとする人物が異なる見解をとる可能性を踏みにじってしまうのか常である。
    p30

    東洋に関する知識の概括的見出し語のもとに、また18世紀末以来の東洋(オリエント)に対する西洋の覇権の傘の下で、アカデミーにおける研究、博物館の展示、植民地省の再編、人類と宇宙に関する人類学的・生物学的・言語学的・人種的・歴史的命題の理論的解説、開発・.革命・文化的パーソナリティ・民族的または宗教的特質に関する経済学的・社会学的理論の実例
    などこれらもろもろのいずれにも適合するひとつの複合体としてのオリエントが出現した。さらに想像力がオリエント的事物を吟味する場合には、多少なりと排他的に統治者たるべき西洋の至上性の意識を土台としていた。そこでの西洋の揺るぎなき中心性の内側からオリエンタルな世界が出現してきたのである。
    p30~31

    まずオリエントをめぐるフランス人・イギリス人・アメリカ人の経験をひとつの単位とみなし、歴史的・知的背景に媒介されつつこの経験がいかにして成立したのか、またこの経験の質と性格はいかなるものだったか、という点から出発することにした。
    さらに私はのちに論ずるようないくつかの理由で、すでに限定された(それでもまだ法外に広範な)問題群を、英・仏・米のアラブおよびイスラムをめぐる経験にさらに限定した。なぜなら、アラブとイスラムこそ、およそ一千年にわたって共にオリエントを代表してきたものだからである。こうした限定は、とりもなおさずオリエントの広大な部分を占める
    {インド、日本、中国、その他の極東地域を除外することに等しい。}
    しかしそれは、我々がこれらの諸地域の重要性を認めないからてはなく(それらは明らかに重要であった)、ヨーロッパの近東ないしイスラムについての経験を極東についての経験から離して論ずる事が可能だからである。
    しかしそれでも、ヨーロッパが東方に対して抱いてきた関心を歴史的に通観するとオリエントのなかのエジプト、シリア、アラビラといった諸地域を論じるためには、それよりさらに遠方の地域、とくに重要なペリシャおよびインドへのヨーロッパ関与についても研究しなければならない時期が幾度もある。(中略)
    つまりフランスの近東、イスラム、そしてアラブに対する関心は、さらに東方に対する関心の影響を直接蒙っていたのてある。

    p49~50

  • >>30331

    「現実の」オリエントと何らかの符号が存在しているか、いないかなどということにかかわりなく、、つまりそれらを超越したところでオリエンタリズムに内在的な論理整合性およびオリエント(生涯の仕事としての東洋)に関する諸観念が問題とされるのだ。要するに、デイズレイリが東洋について述べていることは、もっぱらあのつくられた整合性、つまりオリエントについてきらめく星座のごとき権威をもつあの型にはまった観念群に言及したものであった

    西洋と東洋との間の関係は、権力関係、支配関係、そしてさまざまな度合の複雑なヘゲモニー関係に他ならない。(中略)( K・M・パニッカルインド 外交官 1894~1963「アジア、そして西洋の支配)
    オリエントがオリエント化されたのは、19世紀の平均的ヨーロッパ人から見て、オリエントがあらゆる常識に照らして「オリエント的」だとか認知されたらでなく、オリエントがオリエント的なるものに仕立てあげられることが可能だったーーーつまりオリエントはそうなることを甘受したーーーからでもある。しかしそこには、ほとんど合意というものがみいだされない。

    フローベル〔フランス小説家 1821~80)、エジプト人娼婦クチヤク・ハネムとの出会いから広範な影響を与えることになったオリエント女性像。彼女の身代わりの話し手になって彼女がどんなふうに典型的にオリエンタルであるのかを語る。彼女の肉体を所有した金持ちである彼が優位であった状況は例外的なものではなかった。(意趣)

    オリエンタリズムは虚偽と神話から出来上がったものに過ぎず、もしこの真実が語られるならば、虚偽と神話は一挙に吹き飛んでかしまうなどと絶対に考えてはならないことである。私自身はオリエンタリズムの独自な価値はオリエントについて真実を語る言説(ディスクール)(学問的形態をとったオリエンタリズムはそのようなものとしてみずからを主張する)としての一面よりも、オリエントを支配するヨーロッパ的=大西洋的権力の標識としての一面においていっそう大きいと考えている。しかしそれにもかかわらず、我々は、オリエンタリズムの言説(ディスクール)の緊密にまとめあげられた力や、強力な社会=経済的・政治的諸制度とそれとのきわめて密接な結び付き、そしてその 恐るべき持続力を軽んずることなく理解しようと努めなければならない。結局1840年代後半エルネスト・ルナン(フランス宗教史家・セム学者・思想家1823~92)の時代からアメリカ合衆国の現在に至るまで、あるひとつの観念体系が(アカデミー、書物、会議、大学、外交官研修機関において)変わることなく教授可能な知識でありえている以上、それは単なる作り話の寄せ集めであるよりはもっと手強いものであるに違いない。したがってオリエンタリズムは、オリエントを題材とするヨーロッパ製の空想物語などではなく、一体ものとしてつくりだされた理論および実践なのである。
    これは何世代にもわたって相当量の物的投資がおこなられてきた。この連綿と続く投資によって、オリエントに関する知識体系としてのオリエンタリズムは西洋人の意識のなかにオリエントを濾過して注ぐための注入フィルターへと作り上げられた。同時に、この同じ投資は、オリエンタリズムから発して、文化全般に向かって増殖していくような陳述を量的に増大させた。まことにそれは生産性の高いものであった。

    p26~29

  • >>30329

    まずは「序説」からの一節から載せてみます。

    オリエンタリズム (平凡社ライブラリー)
    エドワード・W・ザイード 1977年

    序説

    彼らは、自分で自分を代表することができず、たれかに代表してもらわなければならない
    カール・マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』

    オリエンタリズムにはより広い意味がある。すなわち、オリエンタリズムは「東洋(オリエント」と(しばしば)「西洋(オクシデント)」とされるものの間に設けられた存在論的・認識論的区別にもとづく思想様式なのである。かくて詩人、小説家、哲学者、政治学者、経済学者、帝国官僚を含むおびただしい数の著作者たちがオリエントとその住民、その風習、その「精神」、その運命等々に関する精緻な理論、叙事詩、小説、社会詩、政治記事をかきしるすさいの原点として東と西とを分かつこの基底的な区分を受け入れてきた。そしてこの種のオリエンタリズムは、例えばアイスキュロス、さらにヴィクトル・ユーゴー、ダンテ、カール・マルクスをまでも取り組む事になる。

    オリエンタリズムを論じ、それを分析するにあたって、ごく大雑把に、オリエンタリズムの出発点を18世紀とするならば、オリエンタリズムとは、オリエントを扱うためのーーーオリエントについて何かを述べたり、オリエントに関する見解を権威づけたり、オリエントを描写したり、教授したり、またそこに植民したり、統治したりするためのーーー同業組合的制度とみなすことができる。
    簡単に言えばオリエンタリズムとはオリエントを支配し再構成し威圧するための西洋のスタイルなのである。

    〔ミッシェル・フーコーの「言説概念=文あるいは言表の連鎖としてまとまった内容をもつ言語表現の意味であるが、直接的、間接的な表現ではなしに、概念作用と論理的判断をへた秩序ある表現というニュアンスを帯びていることに注意すべき」〕

    つまり言説としてのオリエンタリズムを検討しない限り、啓蒙主義時代以降のヨーロッパ文化が、政治的・社会的・軍事的・イデオロギー的・科学的に、また想像力によって、オリエントを管理したり、むしろオリエントを生産することさえした場合の、その巨大な組織的規律=訓練というものを理解することは不可能なのである。

    オリエンタリズムとは「オリエント」なる独特の存在が問題となる場合にはいつでも不可避的にそこに照準が合わせられる(したがってまたつねにそれにくみこまれることとなる)関心の網目の総体なのである。
    本書はこのことがいかにして起こるかを明らかにしようとするものである。ヨーロッパ文化が、一種の代理物であり隠された自己でさえあるオリエントからみずから疎外することによって、自らの力とアイデンティティとを獲得したということも明らかにされるであろう。

    主としてイギリス・フランスの文化的事業について語るということにならざるをえない。(中略)
    要するにオリエンタリズムは、イギリス・フランスと19世紀初頭まで実はインドおよび聖書の国だけを意味していたオリエントとの間で経験された特殊な近接関係(クローズネス)のうちにこその起源があったのてある。19世紀初頭から第二次世界大戦までは、イギリスとフランスとかオリエントとオリエンタリズムを支配していた。第二次世界大戦以降はアメリカ合衆国がオリエントを支配するようになり、かつてのフランス、イギリス同様のやり方でオリエントに対するアプローチを行なっている。この近接関係の力学は、ことごとく西洋(イギリス、フランス、アメリカ)の〔東洋に対する〕優越を証拠立てるものだとしても、その生産力は巨大なものであって、この近接関係にある内側から、私がオリエンタリズム的と呼ぶ大量のテクストが出現したのである。

    p20~24


    明日から少しづつ載せていきます。

    今夜はお休みなさい。

    さんね沙弥

  • >>30329

    その前に

    昭和史 1926~1945 半藤一利 平成3年(1991年)著

    「失敗の本質」にしろ、「昭和史」にしろ読んでいると自己嫌悪に陥ってくるのはなぜだろうか?
    戦中派もしくは戦後教育第一世代の作家、歴史学者、社会学者によるものであるのと無関係ではなさそうです。

    戦中派には大空襲や疎開生活やらの戦争の被害者意識を引きずり、
    戦後教育第一世代の知識層は欧米近現代の個人思想、自由主義、人道主義を「絶対昰」とする価値観からの分析、批判に終始してるかに見えます。
    何より先の大戦の敗北の原因を日本人の民族性・気質、感性の文化に求めようとする理性・合理性信奉からもものが多く、ある意味「客観性」を欠いているやにも見えます。

    先の大戦の敗戦の原因は帝国主義的植民地時代から次の世界を支配していく国際構想、国家戦略の優劣が決定的な勝因の差となって現れている。
    大西洋憲章とインターナショナルと大東亜共栄宣言との差だといっても良いかもしれない。

    アメリカは参戦以前に既に戦後の国際社会の在りようを具体的に描いており、参戦はその国家目標、覇権の確立のためであった。
    日本はロックフェラー以降始めていた壮大な国家戦略をルーズベルトが実現すべく描いた戦争戦略に見事に嵌められて、勝ち目のない戦争だと自ら知りながらも追い込まれていき、あの様な惨めな敗戦を喫し廃墟と化し、他国に有史以来始めて占領された。
    フーバー大統領の「裏切られた自由」の訳者の解説書、「誰が第二次世界大戦を起こしたか」など読んでいるとルーズベルトと策略の巧妙さに驚かされる。

    インターナショナルは形を変えた国家主義の世界観を世界に広げる構想だが、マルクス・レーニン主義という人道主義的な普遍的平等観を有し、世界の若者たちを引きつけてやまない思想性を持っていた。

    一方日本の大東亜共栄圏構想は大戦突入後に大西洋憲章に刺激されて纏められたもので、実際に英仏米欄を東南アジア諸国から追い出しはしたが、それは解放ではなく、新たな植民地支配の始まりであることがすぐに露呈してしまう従来の植民地主義の焼き直しにすぎなかった。

    時代は既に新しい国際社会のビジネスモデルの構築のための戦いになっていたが、旧態然とする日本の植民地戦略と軍隊は新たな覇権確立の障害でしかなく、このドイツ、日本という覇権の障害をいかにして取り除くかのアメリカの戦争戦略にまんまと嵌められていく。

    経済力、生産力の圧倒的な差は日本もよく知るところであり、自ら望んで戦争する相手ではないのはバカではない限り誰でも分かる事だが、
    1929年の世界恐慌から満州進出でいち早く立ち直り閉塞状態から脱し、
    明るい未来を描けるようになった国民は熱狂的に軍部の武力侵攻を支持し、マスコミは先頭に立って煽り、もうどうにも止められない熱狂と化していった。
    この熱狂に軍部は乗じ、天皇も逆らえず、原爆とソ連参戦で耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ終戦の日を迎える事になるのです。

    日本人の感性を重んじ、理屈でなく直観で真理をつかんでいく民族性は
    誰よりも欧米文化を知り尽くした鈴木大拙が敗戦を覚悟して、戦後どんな価値観を世界に発信していくかを見極めて発信した「日本的霊性」に書かれている通り、大いに評価されるもので、懺悔・改心すべき民族的気質などではないのではないでしょうか。

    歴史に学ぶとは自己否定し、懺悔・改心する事ではなく、敗戦に学ぶのであれば次の戦いにはいかにしてして勝つか、真の誇りとは何かを問い見いだす事ではないでしょうか。

    さんね

  • エドワード・ザイードの「オリエンタリズム」読み始めました。

    日本人の心を探る旅路の一コマです。

    しばらく書いていきます。

    さんね沙弥

  • >>30325

    親鸞の南無阿弥陀仏は

    原始仏教、アビダルマ、小乗、大乗、

    全ての仏教を含み包み込んでる仏教の極致にあるものですね。

    いただいた信心の生・起・本・末、教・行・証に照らして行けば

    決して難しい作業ではなく

    かえって親鸞の奥深さに気づかせていただけることが本当に多いんですよ。

    釈さんね

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