ここから本文です
  • 1

    鯛の活け造りはおいしい。普通のお刺身よりずっとおいしく感じる。なぜなのだろうか?

    私のような精神異常者は、突然人を殺してしまうかもしれないという恐怖心に襲われそうになることがある。もし仮に自分が人を殺してしまったらどうしようとか、そういう変なことを心配してしまうことがある。実際に人を殺すことは決してないのだか、頭の中で変なことを想像したり、あるいは動物が処刑される動画を見て精神異常者としての快楽を感じることがある。

    しかし当然のことではあるが、本当に人を殺すことは決してできない。

    とはいえ、食べるために動物を殺すことは当然みんながやっていることである。仮に自分自身で動物を死刑執行しなくても、肉屋さんに処刑させた肉をおいしく食べることはみんなやっていることである。

    でも通常はその処刑の場面を生で見ることはできない。

    しかし例外はある。鯛の活け造りを食べるときである。自分自身で鯛の肉体に包丁を入れて処刑しているのではないのだけども、肉体に刃を入れられて死の苦しみに悶えている鯛を目の前にして、その鯛が死に行く過程を楽しみながら食べるのが鯛の活け造りである。鯛の死に行く過程を楽しむつもりが無ければ、鯛の死肉だけを皿の上に乗せればよいのであるから、私のような精神異常者でなくても鯛の活け造りを食べる人には鯛が苦しみながら死んでいく過程をこの目で見て確かめたい、という願望があるに違いない。そうでなければわざわざ鯛の頭部を皿の上に載せて食べる人に見せる理由はない。

    そうなのだ。当然ながら人を殺すことができない私も、死に行く鯛の苦しむ姿を楽しみながらその鯛の肉体をほおばることは当然ながら可能である。

    驚くべきことだが、こんな残酷なことがこの日本では合法的にお金を払えばできるのである。なんということであろうか。

    そして精神異常者で無い人たちもこういうことをやっているのである。

    だから人を殺したくなりかけるような衝動に駆られそうになって気が狂いそうになりかければ、鯛の活け造りを食べればよいのである。人殺しの妄想そのものが現実に充足されることは決してなくとも、その妄想を満たすための代用品として鯛の活け造り食べることを利用してその妄想心を満足させることは可能であるし合法である。そしてその妄想心を仮想的に満足させるからこそ、鯛の活け造りは普通のお刺身よりおいしく感じるのではないだろうか?

    鯛の活け造りを食べることによって、人々の妄想的想像が部分的に満足され、そしてそのことによって人間社会から暴力が減るのであれば、これはもの凄くすばらしいことではないのであろうか。

    もちろん殺される鯛は可哀想なのではあるが。

    しかしこんな変なことを考えている私は間違いなく精神異常者だと思う。というか、精神科に通院して薬を飲んでいるのだから私が精神異常者であることは疑う余地はないと思われる。そしてその精神異常者である私にとって、鯛が苦しみながら死んでいく過程を楽しみながら、鯛の死肉を食べるということは、私自身の猟奇的ともいうべき異常精神を部分的に満足させるのである。だから鯛の活け造りはよりおいしいのだと思う。

  • <<
  • 42 19
  • >>
  • <<
  • 42 19
  • >>
並べ替え:
古い順
新しい順
アプリでサクサク「掲示板」を見る Yahoo!ファイナンス公式アプリ
Yahoo! JAPANからの口座開設限定!最大32,000円キャッシュバックキャンペーン