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    NHKのラジオ講座を利用してイタリア語を独学していますが、時々、不思議に思う事に出会います。 ご存じの方がいらっしゃればご教示下さい。

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  • jyuma(ジュマ)とイタリア人に言ってみましょう,一応イタリア語ですよ,ジュースって意味ですが!
    Kran te miyo (クラン テ ミーヨ)とイタリア人に言ってみましょう.


  • ジュース、即ち果汁は英語で juice、フランス語で jus(ジュ)、スペイン語で jugo(フ―ゴ)、ところがイタリア語だけは succoです。なぜイタリア語だけがちょと変わっているのでしょうか?
    その理由は、フランス語、スペイン語はラテン語jus「スープ、煮だし汁」が語源で、英語はフランス語からの借用ですが、イタリア語はラテン語 sucus「樹液、体液」が語源であるからです。
    ポルトガル語もジュースは sucoです。 またフランス語にはイタリア語と同じ語源から生まれたsuc「汁、分泌物」という語があります。したがってイタリア語だけがちょと変わっている訳ではない事になります。
    むしろイタリア語がちょっと変わっているのは spremuta「生ジュース」と言う別の語があることです。これは spremere「絞り取る」の女性形過去分詞です。「果物」は frutta ですから frutta spremuta「絞られた果物」 が spremuta「生ジュース」になったと考えられます。

  • イタリア語 insoma は「つまり、要するに」と言う意味ですが、in + soma の合成語で、フランス語の en somme、スペイン語の en suma に相当します。
    イタリア語 soma、フランス語 somme、スペイン語 sumaはいずれも「総額、合計、金額」の意味で、英語の sum も古フランス語 summe, somme の借用ですが、語源はいずれも「頂点、総計、要点」を意味するラテン語 summa です。

    しかしラテン語 summa はなぜ「頂点」が「総計」の意味を持つようになったのでしょうか? それは数字を積み重ねて合計する際、現在では一番下に合計を書きますが、ローマ帝国に於いては合計を一番上に書く習慣があった為、「頂上」が「合計」の意味になった次第です。

  • フランス語の comme、イタリア語 come、スペイン語の como はいずれもラテン語 quomodo「どのように、~のように、~の限り」から生まれた語です。
    しかしイタリア語 come は他の語と少し意味の範囲が異なります。
    フランス語 comme、スペイン語の como は「~のように」と言う意味だけでなく「~なので」と言う原因、理由を表す語でもありますが、イタリア語 come は「どのように、~のように、~するや否や、~するにつれて」などの意味であり、原因、理由を表す意味がありません。イタリア語で「~なので」と言う原因、理由を表す語は siccome になります。

    フランス語では comme、スペイン語では como の一語になっている概念がイタリア語では come と siccome の2語になっているという事になります。

  • イタリア語でcostruire、costituzione と聞いても、初めてなら何の意味か想像が付きません。しかしcons- は ’n’ が消滅してcos- になる場合があると言う事を知ると、costruire は英語のconstruct「建設する」で、costituzione は英語のconstitution「憲法」に相当する事が想像つきます。
    (英)consider/(伊)considerare、(英)contain/(伊)contenere など、cons- がそのまま残るケースの方が圧倒的に多いですが、cons- がcos- になる語に次のようなものががあります。

    (英語)construct(フランス語)construire(スペイン語)construir(イタリア語)costruire
    (英語)constant(フランス語)constante(スペイン語)comstante(イタリア語)costante
    (英語)conscience(フランス語)conscience(スペイン語)conciencia(イタリア語)coscienza
    (英語)constitution(フランス語)constitution(スペイン語)constitución(イタリア語)costituzione
    (英語)conspiracy(フランス語)conspiration(スペイン語)conspiración(イタリア語)cospirazione
    (英語)constellation(フランス語)constellation(スペイン語)constelación(イタリア語)costallazione

  • 学習者を悩ますイタリア語の特性のひとつに語尾の e,o,a が取れてしまう事があります。
    語尾が le, lo, re, ro, ne, no の場合に良く見られます
    辞書を引いても「こんな単語ないよ?」になってしまい、学習者を悩ませます。

    (-re)
    signore → signor
    dottore → dottor
    professore → professor
    piacere d'amor → piacer d'amor「愛の喜び」
    cuore → cuor「心」
    mare(海)⇒ mar   
    amore mio → amor mio「恋人」
    fare → far
    avere → aver

    (-ro)
    d’oro → d’or「金で出来た」
    martiro(苦悩)⇒ martir   

    (-no)
    buono amico → buon amico「良い友達」
    buono giorno →buon giorno
    sono buoni →son buoni「これらは美味しい」
    seno(胸)⇒ sen

    (-le)
    male di testa → mal di testa「頭痛」
    fedele(忠実な)⇒ fedel   
    crudele(残酷な)⇒ crudel

    (-lo)
    solo(~だけ)⇒ sol
    cielo(天)⇒ ciel

  • イタリア語の副詞 pure はラテン語の副詞 pure「汚れなく、明瞭に」が語源ですが、「~もまた、それでも」などの意味になっています。また、「どうぞ」と言う意味でも使われます。
    次の例文はNHKラジオ講座で出てきたもです。
    Provi pure quel vistito. 「どうぞこの服を試着して下さい」 
    ラテン語から生まれた語でありながら、意味が大きく変わってしまった事になります。 DIZIONARIO ETIMOLOGICO ONLINEには、次のように書かれています。
    …in italiano divenne avverbio e congiunzione per esprimere affermazione, ovvero per aggiungere forza e per maggiore evidenza. 「イタリア語に於いては断定又は強調及びよりハッキリした明確さを付け加える為の副詞及び接続詞となっている」
    フランス語では aussi, donc, pourtant, même si に相当し、スペイン語では también, con tal de に相当します。

    ではラテン語の形容詞 purus「清潔な、純粋な」はイタリア語ではどうなったのでしょうか?イタリア語では puro、フランス語では pur、その借用である英語では pure、スペイン語では puro になっていますが、「清潔な、純粋な、単なる」と言う意味です。
    すなわちラテン語の形容詞 purus は同じ意味のフランス語、イタリア語、スペイン語になっていますが、副詞 pure はイタリア語に於いて、特別な意味になっているという事になります。
    また、pure は o, e, se, ne と複合してo ppure、eppure、seppure、neppure などの語になっているのもイタリア語だけの特殊現象です。

    oppure
    ①「又は、それとも」
    Vuoi im caffe oppure un tè?「コーヒー、それとも紅茶にする?」

    ②「《命令文などで》 さもなければ 」
      Dovrai affrettarti, oppure perderai il treno.
       「急がないと列車に乗り遅れるよ」

    eppure
    ①「けれども、しかし、にもかかわらず 」(≒ tuttavia)
      Guadagna tanto denaro eppurenon è soddisfatto.
       「あれほど金を儲けながら、なおかつ満足していない。」
    ②「それでもやはり」
      Sembra impossibile, eppure è vero!
       「まさかと思うかもしれない、でも本当なんだ!」
      “Eppure si muove!" 「それでも地球は動く」

    seppure:
    ①「《仮定の譲歩》 たとえ~であっても ≪+接続法≫ 」
      Voglio riuscirci seppure mi dovesse costare un grande sacrificio.
       「どんな犠牲を払ってでも、成功したい。」

    ②「《現実の譲歩》 ~であるにかかわらず、~ではあっても≪+直説法≫」
     Seppure sono stanca, non voglio rinunciare a quella festa.
       「疲れているのだが、あのパーティーは欠席したくない。」

    neppure:
    ①「….もまた…ない」
    Non lo sa neppure lui.「彼もその事を知らない」
    Non mi piace neppure questo. 「私はこれも気に入らない」

    ②「《強い否定》... さえ....ない、全く....ない」
    Non dice neppure una parola.「彼は一言も喋らない」

  • イタリア語 scoprire を初めて見てもどう言う意味の語か想像が付きませんが、イタリア語 coprire は英語 cover に相当し、英語で反意語を作る接頭語 dis- の di が消滅している事に気が付くと、英語 discover に相当することがわかります。
    英語 discover は古フランス語 descovrir(現代フランス語 découvir)の借用であり、更にその語源は後期ラテン語 discooperire(dis- 「反対の」+ cooperire 「覆う」)で、スペイン語では descubrir と言う語になっています。ラテン語の接頭語 dis- は、フランス語では dé- に、スペイン語では des- に なり、イタリア語に於いてはdi が消失している事になります。

    イタリア語における di, de の消失は次の語にも見られます。
    英語:disappear、フランス語:disparaître、スペイン語:desaparecer、
    イタリア語:scomparire「消える」

    英語:discolor、フランス語:décolorer、スペイン語:decolorar、
    イタリア語:scolorire「退色する」

    英語:diagreeable、フランス語:désagréable、スペイン語 : desagradable、
    イタリア語:sgradevole「不愉快な」

    英語:dismount、フランス語:démonter、スペイン語:desmontar、
    イタリア語:smontare「(馬、自転車などから)降りる」

    英語:decompose、フランス語:décomposer 、スペイン語:descomponer、
    イタリア語:scomporre、「解体する、分解する」

    英語:discredit、フランス語:discréditer、スペイン語:desacreditar、
    イタリア語:screditare「信用を失わせる」

    英語discontent:スペイン語:descontado、イタリア語:scontento (フランス語では dis- が「反対」を意味するもう一つの接頭語 mé- に変わって mécontent になっています。)

  • イタリア語 ovvio は「明らかな」と言う意味の語ですが、似た語が他の言語で見当たりません。 しかし語源を調べるとラテン語 obvius で、スペイン語の obvio/a、英語の obvious と同じ語源から生まれた語であることがわかります。イタリア語に於いてはなぜか ‘b’ が消失している訳ですが、この現象はフランス語の objet、スペイン語の objeto、英語の object に相当するイタリア語では ‘b’ が消失して oggetto になっているのと同様です。
    ラテン語 obvius は「途中にある、手近な、ありふれた」等の意味ですが、英語やイタリア語に於いては 「明白な」 と言う意味になった次第です。
    なおフランス語にはなぜか同じ語源の語は見当たらず、英語 obvious はフランス語を経由せず、ラテン語からの直接借用です。

  • イタリア語 ovvero は「或いは、それとも、すなわち、言い換えれば」と言う意味の接続詞ですが、語源は何でしょうか?
    Net辞書 Garzanti Linguistica によると (o「或いは」+vero「真実」) との事です。
    http://www.garzantilinguistica.it/ricerca/#!?q=ovvero
    Etimologia: ← comp. di o e vero.

    cioè「つまり、すなわち、むしろ」, ossia「すなわち、或いは」 oppure「又は」と同義ですが、
    cioè も(ciò 「そのこと」+ e「~である」)で、
    ossia も(o「又は」+ sia「essereの接続法現在」 )で、
    oppure も(o「又は」+ pure「~もまた、~であっても」です。

  • 「海岸」を意味する語はイタリア語は spiaggia ですが、フランス語は plage、スペイン語は playa、ポルトガル語は plaja です。
    なぜイタリア語だけが異なるのでしょうか?
    フランス語、スペイン語、ポルトガル語の語源はラテン語 plaga「空間、広がり、地帯」ですが、イタリア語 spiaggia も同じ語源から生まれた語で、DIZIONARIO ETIMOLOGICO ONLINEによると、piaggia の綴りも存在するとの事です。 「換える、変える」を意味する語にcambiare と scambiare があるのと同じかも?

  • 「両親」は英語で parent で、フランス語も parent(パラン)ですがイタリア語は genitore(-trice)「親」の複数形 genitori であるのはなぜでしょうか?

    ラテン語には動詞 gignere「生む」の過去分詞から生まれた名詞 genitor「生みの親、父親」と言う語と、動詞 parere「子供を産む」の現在分詞から生まれた名詞 parens「親、祖先」の2語がありましたが、前者がイタリア語 genitore(-trice), genitori の語源となり、後者がフランス語 parent の語源となり、更に英語に借用されてparent になった次第です。
    しかしフランス語にも géniteur(-trice)「父親」progéniture「子、子孫」というラテン語 genitor を語源とする語も存在します。

    一方、、スペイン語は padre「父親」の複数形 padres が用いられますが、スペイン語にも progenitor(-ra)「父、母、(複数-resで)両親」と言う語があります。 これはラテン語 genitor の派生語 progenito「祖先」が語源です。

  • 「とにかく」を意味する成句は

    フランス語:de toute façon 
    スペイン語:de todass formas
    イタリア語:ogni modo
    英語:anyhow

    いずれも「すべての方法で、いかなる方法でも」→「とにかく」という成句ですが、イタリア語には comunque という単語があります。 しかしフランス語やスペイン語には類似の単語はありません。イタリア語 comunque の語源は何でしょうか?

    実は comunque は in qualunque modo「いかなる方法でも」と言う意味のラテン語の成句 quo-modo-cumque が一語になった単語なのです。 結局 ogni modo と同じ表現であると言う事になります。

  • イタリア語 più「より多く」と言う意味の副詞で比較級に用いられると共に、in(di) più「更に」、per di più「その上、しかも」più o meno「多かれ少なかれ」、tanto più(ancora più)「なおさら、一層」などの成句に用いられ、また、数学の「プラス」と言う意味の前置詞でもあります。
    一方フランス語の plus も「より多く」と言う意味の副詞で比較級に用いられると共に、bien plus/en plus「更に、その上」、de plus en plus「ますます」、plus ou moins「多かれ少なかれ」などの成句に用いられ、また、数学の「プラス」と言う意味の前置詞でもあります。

    イタリア語 più はフランス語 plus とは綴りはおおきく異なるもののほぼ同義であるわけですが、同じ語源から生まれた語なのでしょうか?
    然り。どちらも語源はラテン語plus「より多く、更に、その上」です。
    なお英語plus「プラスする」も同語源です。

  • piacere は「気に入る」と言う意味ですが、接頭語 dis- が付くと dispiacere「残念である」という意味になってしまい、piacere の反意語にはなりません。
    しかし piacere に相当するフランス語 plaire、スペイン語 placer においては、 接頭語 de- が付いたフランス語 déplaire も、接頭語 des-が付いたスペイン語 desplacer も「不愉快にさせる」と言う意味の反意語になります。
    英語も please と displease は反意語です。
    すなわち反意語になっていないイタリア語 piacere / dispiacere はイタリア語だけの特殊現象であると言えそうです。

  • Può darsi che sia ancora in tempo.「まだ間に合うかもしれない」
    これは今朝のNHKラジオ講座に出てきた文章ですが、può darsi che.... はなぜ「....かもしれない」と言う意味になるのでしようか?
    dare は「与える、上演する、評価する、面している」などの意味であり、darsi は「身を捧げる、没頭する、降伏する」などの意味ですので、どこから 「....かもしれない」 と言う意味が生まれててくるのか分かりません。

    イタリア語 darsi はスペイン語の darse に相当しますが、スペイン語の darse を調べて見ると「起こる、生じる」と言う意味があることが分かりました。 può darsi che....の成句にはこの「起こる、生じる」の意味が生きているとすれば 「起こり得る」→「....かもしれない」 という成句の意味が理解出来る事になります。
    しかしスペイン語で「....かもしれない」は darse が使われず、pude ser, tal vez などの成句が使われます。

  • フランス語 famme、スペイン語 mujer は「女」と言う意味であると同時に「妻」と言う意味でも使われますが、イタリア語では「女」は femmina 又は donna で「妻」は moglie(モッリェ)です。 イタリア語 moglie とスペイン語 mujer は関連があるのでしょうか?
    どちらもラテン語 mulier「女、妻、既婚婦人、情婦」から生まれた語です。
    一方、フランス語 famme、イタリア語 femmina はラテン語 femina「女性、雌」から生まれた語です。
    なおスペイン語には femenino(a)「女性の」という形容詞はありますが、なぜか「女」を意味する同語源の名詞がありません。

  • Sono certa che troverai una persona più adatta a te. 
    「もっと貴方にふさわしい人が見つかるよ」

    今朝のNHKのラジオ講座に出てきた例文です。troverai は未来形の直接法です。
    「~だと思う」と言う表現は事実ではなく考えを述べているのだから直接法でなく接続法を使うというのは文法理論ですが、「~だと確信している」となると直接法になるんですね。

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