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  • 1.長州藩の安倍晋三のように、豊臣秀吉は百済血統。

    2.徳川家康はトルコの新羅血統。

    長州藩の伊藤博文が新羅系の徳川幕府をクーデターで倒して明治反乱を成功させて、おかげで安倍晋三が首相になったこと。
    日本の到来人たちは
    大陸の高句麗がトルコ人を攻撃して
    多くのトルコ人たちが日本に亡命したのだ。
    そのトルコ人らが新羅(しらぎ)人であり、徳川幕府で、前方後円墳の遺物だ。以上!

  • >>197

    秀吉が朝鮮出兵しなければ、唐辛子は朝鮮へは伝わらなかった。すなわち、韓国の世界遺産は秀吉が送ったといっても過言ではない。

    よかったね。朝鮮人様

  • 徳川家康が朝鮮人ならば、日本が朝鮮を併合してもなんら歴史的問題はないということですね

    日本が払った賠償金を金利をつけて返せ。徳川家康が朝鮮人と認めてやるからよ。

  • 朝鮮人はバカだから、こんなことばかりを言って、何とか日本人より優位に立ちたいと思ってる
    ネタミ民族なんだよ。
    朝鮮人が日本を創ったとよく言うが、5000年も中国の属国だし、ノーベル賞は1個もないし、製造業も自分たちが優秀だというんであれば、日本のものをパクラなきゃいいのに100%パク立派な死だよ。
    こんな恥ずかしいことをなくすために、日本人は朝鮮人だと話をごまかしているだけ。
    こういう言い方は朝日新聞の今と同じで、朝日の管理職はみんな朝鮮人と言うことが分かるよ。

  • 李氏朝鮮の始祖は満州人らしいな。その前の高麗王室はモンゴル人系統らしいしな。

  • >>211

    朝鮮の歴史捏造は日本向けだけかと思っていたら、シナ向けにもやっているのを見て、こいつらの言うことは口から出まかせにすぎないとわかってきたな。

     何しろ漢字や儒教の起源までシナから奪うつもりのようだしな。天皇家の朝鮮起源など孔子の朝鮮起源と同じ妄想にすぎない。

  • 現在、韓国で公式競技として行われている剣道は日本の剣道とほぼ同じものであります。日本に対して高慢な優越意識を持っている韓国人にとっては、野蛮人である日本人の武道を学んでいること自体が心理的負い目として作用します。そこで『剣道の起源は実は韓国だった』ということにしておけば、こうした心理的負い目をきれいさっぱり払拭してくれるばかりか、国内向けに愛国者面をすることもできて、一石二鳥というわけなのであります。故に韓国において、日本の剣道や茶道の起源は学究的な問題ではないのであります。日本に対する優越感を満足させ、劣等感を克服するという精神次元の問題なのであります。はい、これ、本当です!

  • 1998年に韓国の各マスコミが『日本人サッカー選手の中田英寿は、実は在日3世である』と報じてしまい、中田本人から抗議を受けたという事件であります。これは韓国マスコミの特殊なミスリードではないのです。実は同様の捏造報道は、気づかないところで数限りなくなされているのであります。

    朝鮮人はよほど日本人にコンプレックスがあるのか、こうした在日認定の傾向は、マスコミだけに見られる特徴ではないのです。むしろ、朝鮮人全般にわたって広く一般的に見られる症状であると言えます。なにしろアメリカ大リーグのホームページにまで、『野茂や松井は実は日本人ではなく朝鮮人なのだ』と怪しげな英語で投稿する朝鮮人が後を断たず、アメリカ人にやんわりと諭され、それに逆ギレして失笑を買うという黄金パターンは今も健在だそうです。

    歴史上の人物についても同様です。例えば、豊臣秀吉といえば、朝鮮半島に攻め込んだということもあって彼らにとっては悪魔のごとき人物なのだが、その豊臣政権を倒した徳川家康は、朝鮮人には意外とウケがよい。そして彼らにとって、悪魔を倒した英雄は、当然日本人ではあり得ず、朝鮮人でなければならないのであります。そこで驚くべきことに、『徳川家康は実は朝鮮人である』という妄想を平気で口にする朝鮮人が出てくることになったのです。

  • これが、韓国起源説、第一号だあああーーー!!!

    朝鮮戦争の折、テコンドーの生みの親、崔泓熙(チェ・ホンヒ)は、徴兵されそうになった時、小さな漁船で釜山
    から日本に密入国し、トンズラしてました!!
    休戦協定締結後、のこのこと韓国に帰り、陸軍に入隊し、将官にまで出世した、実に厚顔というか、
    恥知らずな人間ですが! まあー、日本で言えば非国民ですが、韓国では・・・

    1955年4月11日、「テコンドー」という名称が、崔泓熙(チェ・ホンヒ) が日本留学中に学んだ松涛館空手を元に独自の工夫を加えて、正式に命名された。

    「テコンドー」命名以前 、1940年代中盤の朝鮮半島では、韓国併合後に日本から伝わった空手が「コンスドー(空手道)」、「タンスドー(唐手道)」などの呼称で普及しはじめた。当時の主な道場勢力は以下の通りである。

    青涛館(1944年 - )
    初代館長は李元国(イ・ウォングク)。日本留学中に松武館の盧秉直とともに松濤館へ入門、船越義珍に師事。朝鮮戦争勃発時、軍の召集を拒み日本へ密航した。青涛館の分館として4つの道場が派生。
    吾道館
    館長は崔泓熙(チェ・ホンヒ)陸軍少将。軍隊内でその教義を広め、民間道場とは一線を画していた。「テコンドー」の名称が決まるまでは自らの雅号「蒼軒」に因んで「蒼軒流唐手」と称していた。ベトナム戦争時は657名のテコンドー師範を同地に派遣した。
    国武館
    正道館
    青龍館
    松武館(1946年 - )
    館長は盧秉直(ノ・ピョンジク)。日本留学中に青涛館の李元国とともに松濤館へ入門、船越義珍に師事。後に大韓テコンドー協会の第5代会長に就任。
    朝鮮研武館空手道部 / 智道館(1946年 - 1967年)
    館長は田祥燮(チョン・サンソプ)。 柔道道場内に発生。後年、智道館に改称。
    YMCA拳法部 / 彰武館(1946年 - )
    館長は尹炳仁(ユン・ピョンイン)。後に智道館と親交を深める。後年、彰武館に改称。この分館として講徳院、韓武館等がある。
    武徳館
    館長は黄琦(ファン・ギ)。鉄道局内のクラブとして発生。黄琦は南満州で中国武術を学んだとしている。後に「手搏道(スバクドー)」の名称で普及、大韓手搏道会の前身にあたる。
    「テコンドー」命名 ;1950年代、韓国内の武道団体統治の動きは武道自体の名称統合の流れを生み、「テコンドー」が命名される。国政の動乱の中で一度は解体されるも、命名者崔泓熙の活動により復活を果たす。

    1950年 - 朝鮮戦争が勃発。臨時首都のあった釜山で「大韓空手道協会」が創立される。中央審査委員の資格が付与されないことを理由に、武徳館館長の黄琦と青涛館館長の孫徳成(ソン・トクソン)が脱退。
    1953年 - 黄琦、「大韓唐手道協会」を独自に発足。
    1954年 - 崔泓熙陸軍少将を含む第29歩兵部隊が李承晩大統領の前で演武を行う。空手を知らない大統領はテッキョンと断定したままこれを賞賛、軍内での普及を宣言。崔泓熙は反日の立場を取る大統領に向かって日本の武道である空手とは言えず、またテッキョンとも違うことから自らが創始した武道であると伝える。

    ここから、韓国起源説の、第一弾が始まったのですよ!!!

  • >>207

    全く根拠のない朝鮮の歴史を議論してもしょうがないが、大学教授達も馬鹿だねえええええええ

  • 韓国起源説がいつごろ始まったかは定かではないが、世界で有名になるとその文化に対する韓国起源説が主張され始める場合が多い。例えば韓国では侍や日本刀や桜は「野蛮な日帝の象徴」として長らく忌み嫌われていましたが、侍や毎年春にタイダルベイスンで開かれる全米桜祭りのソメイヨシノがアメリカで人気を博していると認識すると大規模に韓国起源説を主張し始めたのであります。

    • 「先進的で文化的で優秀な朝鮮が、未開で野蛮で劣等な日本に先進的な文明を授けてやった。」
    • 「日本は韓国の優れた文化を受け入れただけの文化劣等国」
    • 「(日本は)有史以来一枚見下げるべき文化的劣等者」「全ての日本文化は朝鮮に源流がある」
    • 「百済人が日本を建国した」
    という歴史観が広く浸透し、日本文化に対する韓国起源説の温床となっているのであります

  • >>204

    日本人はちゃんと朝鮮人に言い返してもらいたいんですよ。
    日本にいる同じ朝鮮人というならば、朝鮮の国では英雄が出なくて、どうして日本に住むだけで英雄が出るんだとね。
    朝鮮がそれだけ馬鹿な国だということだとはっきり言ってあげるのが礼儀かもね?
    朝鮮の国がこれから本当の民主主義国になれば英雄も出ますが、今の中華思想の国では、尻つぼみになるだけだよね。

  • 1998年に韓国の各マスコミが『日本人サッカー選手の中田英寿は、実は在日3世である』と報じてしまい、中田本人から抗議を受けたという事件であります。これは韓国マスコミの特殊なミスリードではないのです。実は同様の捏造報道は、気づかないところで数限りなくなされているのであります。

    朝鮮人はよほど日本人にコンプレックスがあるのか、こうした在日認定の傾向は、マスコミだけに見られる特徴ではないのです。むしろ、朝鮮人全般にわたって広く一般的に見られる症状であると言えます。なにしろアメリカ大リーグのホームページにまで、『野茂や松井は実は日本人ではなく朝鮮人なのだ』と怪しげな英語で投稿する朝鮮人が後を断たず、アメリカ人にやんわりと諭され、それに逆ギレして失笑を買うという黄金パターンは今も健在だそうです。

    歴史上の人物についても同様です。例えば、豊臣秀吉といえば、朝鮮半島に攻め込んだということもあって彼らにとっては悪魔のごとき人物なのだが、その豊臣政権を倒した徳川家康は、朝鮮人には意外とウケがよい。そして彼らにとって、悪魔を倒した英雄は、当然日本人ではあり得ず、朝鮮人でなければならないのであります。そこで驚くべきことに、『徳川家康は実は朝鮮人である』という妄想を平気で口にする朝鮮人が出てくることになったのです。

  • これが、韓国起源説、第一号だあああーーー!!!

    朝鮮戦争の折、テコンドーの生みの親、崔泓熙(チェ・ホンヒ)は、徴兵されそうになった時、小さな漁船で釜山
    から日本に密入国し、トンズラしてました!!
    休戦協定締結後、のこのこと韓国に帰り、陸軍に入隊し、将官にまで出世した、実に厚顔というか、
    恥知らずな人間ですが! まあー、日本で言えば非国民ですが、韓国では・・・

    1955年4月11日、「テコンドー」という名称が、崔泓熙(チェ・ホンヒ) が日本留学中に学んだ松涛館空手を元に独自の工夫を加えて、正式に命名された。

    「テコンドー」命名以前 、1940年代中盤の朝鮮半島では、韓国併合後に日本から伝わった空手が「コンスドー(空手道)」、「タンスドー(唐手道)」などの呼称で普及しはじめた。当時の主な道場勢力は以下の通りである。

    青涛館(1944年 - )
    初代館長は李元国(イ・ウォングク)。日本留学中に松武館の盧秉直とともに松濤館へ入門、船越義珍に師事。朝鮮戦争勃発時、軍の召集を拒み日本へ密航した。青涛館の分館として4つの道場が派生。
    吾道館
    館長は崔泓熙(チェ・ホンヒ)陸軍少将。軍隊内でその教義を広め、民間道場とは一線を画していた。「テコンドー」の名称が決まるまでは自らの雅号「蒼軒」に因んで「蒼軒流唐手」と称していた。ベトナム戦争時は657名のテコンドー師範を同地に派遣した。
    国武館
    正道館
    青龍館
    松武館(1946年 - )
    館長は盧秉直(ノ・ピョンジク)。日本留学中に青涛館の李元国とともに松濤館へ入門、船越義珍に師事。後に大韓テコンドー協会の第5代会長に就任。
    朝鮮研武館空手道部 / 智道館(1946年 - 1967年)
    館長は田祥燮(チョン・サンソプ)。 柔道道場内に発生。後年、智道館に改称。
    YMCA拳法部 / 彰武館(1946年 - )
    館長は尹炳仁(ユン・ピョンイン)。後に智道館と親交を深める。後年、彰武館に改称。この分館として講徳院、韓武館等がある。
    武徳館
    館長は黄琦(ファン・ギ)。鉄道局内のクラブとして発生。黄琦は南満州で中国武術を学んだとしている。後に「手搏道(スバクドー)」の名称で普及、大韓手搏道会の前身にあたる。
    「テコンドー」命名 ;1950年代、韓国内の武道団体統治の動きは武道自体の名称統合の流れを生み、「テコンドー」が命名される。国政の動乱の中で一度は解体されるも、命名者崔泓熙の活動により復活を果たす。

    1950年 - 朝鮮戦争が勃発。臨時首都のあった釜山で「大韓空手道協会」が創立される。中央審査委員の資格が付与されないことを理由に、武徳館館長の黄琦と青涛館館長の孫徳成(ソン・トクソン)が脱退。
    1953年 - 黄琦、「大韓唐手道協会」を独自に発足。
    1954年 - 崔泓熙陸軍少将を含む第29歩兵部隊が李承晩大統領の前で演武を行う。空手を知らない大統領はテッキョンと断定したままこれを賞賛、軍内での普及を宣言。崔泓熙は反日の立場を取る大統領に向かって日本の武道である空手とは言えず、またテッキョンとも違うことから自らが創始した武道であると伝える。

    ここから、韓国起源説の、第一弾が始まったのですよ!!!

  • 原則として韓国の自民族優越主義が根底にあるため、好ましい有名な事物に適用される一方で、有名であっても日本色が強すぎた文化(桜)や、好ましくないと考えられていた文化(侍や切腹)については日帝残滓というような形で蔑まれ、ある時点においてまで起源説が主張されないこともあったのです。しかし、映画などを通して侍や切腹、武士道が高潔な姿として認識されるようになると、一転して起源説が唱えられるようになったわけであります。

  • さすがに、犬肉を食する習慣は、韓国オリジナルですよねえーー!
    これだけは、認めますよ!

    下の文章は、2000年7月25日付け朝鮮日報日本語版の記事です。
    要は、韓国で、犬肉論争が生じた原因は、犬肉を食さない日本人が、朝鮮を
    植民地化したためである、と。日本人が、朝鮮を植民地化しなければ、韓国で
    犬肉を食することで、問題・論争はおきなかった、と・・・・・・


    <「犬肉を世界的な食べ物に」
    高句麗 | ハリス  食品栄養学専攻の教授が「食用犬論争には一考の価値もない」として末伏(8月10日・立秋後最初の庚の日)を控えて『韓国人と犬肉』という本を発行した。


     チュンチョン大学アン・ヨングン教授が著者。アン教授は本の中で、国内外で犬を食べるようになった歴史から犬関連の説話・夢、食用犬の種類、薬理的効果、犬をつかまえる方法、これまでの論争についても整理・紹介し、犬と犬肉に関する談論を集大成した。


     アン教授は犬肉に関する古今東西の情報を整理し、犬肉食用反対論の非論理性を主張する。例えば「愛玩動物論」に対しアン教授は、米国の人類学者マービン・ハリスの「西洋人は犬を愛しているから捕食しないのではなく、犬より効率の高い肉食動物があるから捕食しないのだ」(『飲食文化の謎』1994年)という主張を引用して批判している。また「愛犬文化自体が西欧文明の否定的影響の一つで、家族制度の崩壊によるもの。自分が好きだからといって他人にも犬をかわいがるよう強要するのは問題だ」ともいう。韓国における犬肉食用の歴史を探る過程で、4世紀頃の高句麗アナク古墳の壁画から倉庫で屠殺された犬が鉤にかけられている姿を見つけたのも目を引く一場面だ。


     アン教授は犬肉のスープや寄せ鍋など伝統的犬肉料理を食べる方法はもちろん、焼きもの、蒸しもの、煮もの、串焼き、てんぷら、腸詰、ギョウザ、干肉、しゃぶしゃぶ、スープ、缶詰など新しい食品化の可能性についても真摯な議論をしている。彼は「犬肉論争の構造的問題」という章で、犬肉を食べない日本人による植民地支配の影響をあげ、「キムチとともに世界的な食べ物にすべきものが犬肉」と主張している。

    朝鮮日報/朝鮮日報JNS>

  • 1998年に韓国の各マスコミが『日本人サッカー選手の中田英寿は、実は在日3世である』と報じてしまい、中田本人から抗議を受けたという事件であります。これは韓国マスコミの特殊なミスリードではないのです。実は同様の捏造報道は、気づかないところで数限りなくなされているのであります。

    朝鮮人はよほど日本人にコンプレックスがあるのか、こうした在日認定の傾向は、マスコミだけに見られる特徴ではないのです。むしろ、朝鮮人全般にわたって広く一般的に見られる症状であると言えます。なにしろアメリカ大リーグのホームページにまで、『野茂や松井は実は日本人ではなく朝鮮人なのだ』と怪しげな英語で投稿する朝鮮人が後を断たず、アメリカ人にやんわりと諭され、それに逆ギレして失笑を買うという黄金パターンは今も健在だそうです。

    歴史上の人物についても同様です。例えば、豊臣秀吉といえば、朝鮮半島に攻め込んだということもあって彼らにとっては悪魔のごとき人物なのだが、その豊臣政権を倒した徳川家康は、朝鮮人には意外とウケがよい。そして彼らにとって、悪魔を倒した英雄は、当然日本人ではあり得ず、朝鮮人でなければならないのであります。そこで驚くべきことに、『徳川家康は実は朝鮮人である』という妄想を平気で口にする朝鮮人が出てくることになったのです。

  • 韓国起源説がいつごろ始まったかは定かではないが、世界で有名になるとその文化に対する韓国起源説が主張され始める場合が多い。例えば韓国では侍や日本刀や桜は「野蛮な日帝の象徴」として長らく忌み嫌われていましたが、侍や毎年春にタイダルベイスンで開かれる全米桜祭りのソメイヨシノがアメリカで人気を博していると認識すると大規模に韓国起源説を主張し始めたのであります。

    • 「先進的で文化的で優秀な朝鮮が、未開で野蛮で劣等な日本に先進的な文明を授けてやった。」
    • 「日本は韓国の優れた文化を受け入れただけの文化劣等国」
    • 「(日本は)有史以来一枚見下げるべき文化的劣等者」「全ての日本文化は朝鮮に源流がある」
    • 「百済人が日本を建国した」
    という歴史観が広く浸透し、日本文化に対する韓国起源説の温床となっているのであります

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