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    其の計算式では
    未来科学技術の
    進化度をグラフの
    記入線の確度として表せる
    発表後三十年反論が出ていない

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  • 925 902
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  • 925(最新)

    und***** 6月23日 19:29

    h ttps://www.amazon.co.jp/%E7%B4%A0%E7%B2%92%E5%AD%90%E3%81%A8%E7%89%A9%E7%90%86%E6%B3%95%E5%89%87%E2%80%95%E7%AA%AE%E6%A5%B5%E3%81%AE%E7%89%A9%E7%90%86%E6%B3%95%E5%89%87%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%A6-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BBP-%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%B3/dp/4480090002
    「素粒子と物理法則 −窮極の物理法則を求めて ─究極の物理法則を求めて」

    これはファインマンが1986年にケンブリッジ大学で行った以下の講演を本にしたものらしい:
    https://www.youtube.com/watch?v=MDZaM-Bi-kI
    The reason for antiparticles - Richard P. Feynma2018/06/17

  • スティーヴン・コルベア(Steven colbert)
    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%99%E3%82%A2


    スティーヴン・コルベアが「この世界は無から生じたのか?」の問題でLawrenceKrasuuを問い詰める:
    https://www.youtube.com/watch?v=6Ylj4UkVKnY
    00:00:SV:聖書は世界は神によって創造されたと主張する。
    00:22:SV:これを論破してみよ(destroy it)。そもそも何故、無から有が生じ得るのか?
    00:29:LK:それは簡単な問題だ。何も存在しない状態は不安定なのだ。
    00:50:SV:基本的な問題にもどろう。無とは何も存在しない状態ではないか?存在しないものが何故不安定になり得るのか?
    00:57:LK:物理学の無はあなたの言う無とは違う。それは沸騰するお湯のようなものだ。
    01:06 SV:それが沸騰するなら、それは無ではない。そこには沸騰する何かがあるはずだ。もしそれが無なら、何故泡のように出現したり消えたりを繰り返す仮想粒子が存在出来るのか?
    01:13:00 LK:それが量子力学の法則だからだ
    01:16:00 SC:何もないのなら法則もないはずではないか?

  • http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~soken.editorial/sokendenshi/vol20/nakanishi_signature.pdf#search=%27%E5%8F%8D%E5%A4%89+%E8%A8%88%E9%87%8F+%E4%B8%AD%E8%A5%BF%27
    >量子重力を構築するさいに,幾何学を量子化しようという試みが数多くなされた.たとえば,経路積分法的レシピに従い,「すべての多様体についての和」なるものが考えられた.この場合,困るのは一体どの範囲の多様体を考えるのかである.計量が導入できる多様体に限ったとしても,計量符号はどうするのだろう.頭からローレンツ計量に限定するのか?そしたら因果律と矛盾する測地線をもつ多様体まで含めるのか否か?などなど,いろいろと人為的な選択をしなければならなくなる
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    >リーマン空間的,すなわちローレンツ計量的構造は,アインシュタイン方程式を解くときの境界条件として入ってくる.つまりいわば後から手で入れているわけだ.特殊相対論を習って次に一般相対論を習うから,誰もこの手続きに対して疑問を抱かないのである.しかし,理屈からいえば話は逆だ.理論的には一般相対論のほうが特殊相対論よりも基礎的な理論のはずだから,ローレンツ計量をここで勝手に持ち込むのはルール違反と言うべきであろう.ローレンツ計量は基礎理論から論理的に導出されなければならないことのはずだ.


    ルール違反と言うのは言い過ぎではないだろうか?
    相特殊相対性理論では、「時空はミンコフスキー計量を持つ4次元空間である」と言うのは原理であり、より基本的な別の何かから導き出されるものではない。そして一般相対性理論はこのミンコフスキー時空の大域的ローレンツ変換を局所化しただけだから、「時空はミンコフスキー計量を持つ4次元空間である」を公理とする点では特殊相対性理論と同じ。
    仮に一般相対性理論がそれをより基本的な何かから導き出せると誇大宣伝しているなら「看板に偽りあり」になるが、一般相対性理論はそのような主張はしていない。
    しかし、中西襄氏は一般相対性理論が誇大宣伝のインチキ商品であるといわんばかり。

    ※:
    それは光速度不変原理と同値

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  • https://www.youtube.com/watch?v=gUEt3eM2CVE
    Professor Kip Thorne's Public Lecture - A Century of Relativity2015/11/26
    00:26:49~
    1939年、オッペンハイマーはユタ州でトラック運転手をしていたHartland Snyderとブラックホールの共同研究を始めた

  • >>918

    >堀田氏の物心2元論はこの問題にどう答えるのだろうか?

    一つの想像:
    電子の物理的な状態としてのスピンの状態は数学的には確かに知識としての状態ベクトルと同じ|ψ>の形式で表現されるが、それはたまたま偶然に表現形式が同じになっているだけであり、それが表現しているのはあくまで電子のスピン状態と言う物理学的状態であり、知識としての|ψ>ではないと言うことかも知れない。
    しかし、では電子の軌道角運動量についてはどうなるだろうかか?
    更に言えば、電子の通常の意味の運動量についてはどうなるのだろうか?

  • >>917

    >つまり堀田氏の解釈は物心2元論。

    堀田氏流の2元論の場合、以下の図1の上に示されている電子のスピン状態ベクトル|ψ>は電子の物理的状態なのか?それとも電子の状態についての我々の知識なのか?
    http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/04/05/094917

    堀田氏の考え方に従えば多分知識になるのだろう。
    しかし、以下のEMAN氏が示すアインシュタイン・ドハースの実験についてはどうだろうか?
    この場合は、スピンは電子の物理的な状態のようにも思える。どっちが正解か?堀田氏流の物心2元論はこの問題にどう答えるのだろうか?

    http://eman-physics.net/quantum/spin.html
    >実験内容は簡単なものである。磁性体の円盤に磁場を掛けておいて、円盤を静止させ、いきなり磁場を切ると円盤は勝手に回りだすのである。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    >その後、磁場が消え失せてしまうと、スピンは互いに同じ方向を向いているより、バラバラな方向を向いた方がエネルギーが低くなって安定していられる。つまり、スピン角運動量は互いに打ち消しあって全体の角運動量は 0 になってしまう。この時、角運動量保存則を満たすためには、円盤全体が回らなければならないのである。

  • >>916

    >エベレットの多世界解釈のエッセンスは一言でいえば、「量子力学的状態空間上の状態ベクトルのみが存在するもののすべて」と言う解釈。


    これに対して以下で堀田氏は
    「量子力学的状態空間上の状態ベクトルは物質の状態についての観測者の知識」
    と解釈する。
    http://mhotta.hatenablog.com/entry/2014/04/05/094917
    この解釈では{状態ベクトル=観測者の知識}が存在するもののすべてとはならず、その他に{そのような状態を持つ物質}の存在が必要になる。
    つまり堀田氏の解釈は物心2元論。

  • >>914

    >この考え方を中途半端でなくトコトンまで突き詰めれば、結局はエベレットの多世界解釈に行き着かざるを得ない。


    エベレットの多世界解釈のエッセンスは一言でいえば、「量子力学的状態空間上の状態ベクトルのみが存在するもののすべて」と言う解釈。

  • >>913

    >つまり古典物理学と全く同じ性質を持つものを量子力学の概念のみによって再構成出来ると言うこと。

    この考え方を中途半端でなくトコトンまで突き詰めれば、結局はエベレットの多世界解釈に行き着かざるを得ない。

  • >>912

    >しかし量子力学は違う。
    >量子力学は上記の問いに以下のように答えることが出来る:
    運動量は素粒子の波動関数の4元波数の空間成分である。

    そして古典物理学の運動量と言う物理量が持つ性質のすべてを、素粒子の(量子力学的)波動関数の4元波数の空間成分の性質として導き出すことが出来る。
    つまり古典物理学と全く同じ性質を持つものを量子力学の概念のみによって再構成出来ると言うこと。

  • 古典物理学では運動量とは何か?と言う問に対しては「それは質量と速度の積である」と言う答が返ってくる。しかし、それは「そもそも運動量とはなんぞや?」と言う根源的な問いに対する答にはなっていない。同じことはエネルギーや質量、電荷などについても言える。
    古典物理学にそのような根源的な問いに対する答を求めてもそれは出来ない相談。古典物理学の守備範囲は運動量やエネルギーあるいは電荷などのような物理量同士の間に成立する関係を明らかにすることまでであり、運動量やエネルギーあるいは電荷などのような物理量そのものの意味を明らかにすることではない。
    しかし量子力学は違う。
    量子力学は上記の問いに以下のように答えることが出来る:
    運動量は素粒子の波動関数の4元波数の空間成分である。
    エネルギーは素粒子の波動関数の4元波数の時間成分である(※)。
    質量は素粒子の波動関数の4元波数のミンコフスキー計量に関するノルムである。
    電荷は荷電粒子のゲージ空間上の波動関数の波数である。
    このように考えれば、量子力学の真の意義は、ミクロレベルの物理法則を明らにしたことにあるのではなく、ミクロ~マクロを通じた物理法則の成り立ちそのもの、つまり何故それが現在知られているような形のものになるのかを明らかにした点にあるということになる


    ※:これに対して直ちに異議申し立てがあることは百も承知している。私は、それを承知の上で上記のように述べている。

  • >>909

    >回転をはじめた途端に実に妙な具合に歪み始める

    回転をはじめるタイミングが円板の各部分で違うのだから、形が妙な具合に歪むのは当たり前だ。

  • >>908

    従って円板の中心が静止して見える座標系上から眺めた場合に止まっていた円板が形を歪めずに回転し始めるようにみえる場合でも、その座標系に対してある相対速度で動く座標系上から眺めると、円板はただ単に運動方向にローレンツ収縮して見えるのでなく、回転をはじめた途端に実に妙な具合に歪み始めるよに見える。

  • >>902

    >静止していたベルトが動き出すと考えると回転円板の場合と同じイヤラシイ問題が生じるので

    そこでイヤラシイ問題が発生する原因は、特殊相対性理論では、加速運動の際に、どの慣性系上から見ても形を変えずに速度を変えるように見える剛体が存在しえず、ある慣性系上から見て物体が形を変えずに加速するよう見えても、別の慣性系上から見ると、加速の際に形が変化するように見えるため。
    物体が形を変えずに加速するように見えるためには、物体の各部分がタイミングをそろえて速度を変えなければならないが、特殊相対性理論では慣性系ごとに同時の意味が変わるため、ある慣性系上から見て速度の変化が同時に生じているように見えても、別の慣性系上からみれば、物体の各部分で速度の変化が生じるタイミングがズレて見える。
    従って特殊相対性理論では止まっていた円板が回転し始めるという一見単純な問題が絶望的に複雑な問題になる(Ehrenfestのパラドックス)。

  • >>905

    >従って特殊相対性理論で密度という概念を考える場合には、それが慣性系依存の相対的物理量になる点に注意が必要。

    特殊相対性理論では複数の物体からなる系の重心が、慣性系依存の相対的物理量になるのも同じ問題。

  • >>904

    高速道路を走る車の平均車間距離を測定するため、上空から写真をとって、そこに写っている車の数を数えることにより平均車間距離を求める場合、シャッターはフォーカルプレーン方式のシャッターを用いてはならない。それは道路上の車の状態を同時に捉えることが出来るシャッターでなければならない。
    この場合の「同時」というのは同時刻が絶対的な意味を持つ非相対論の場合には特別にイヤラシイ問題を生じなかったが、「同時」の意味が慣性系に依存して変わる特殊相対性理論では話が違ってくる。
    これは上記の車間距離の問題に限らず、密度という概念一般について生じる問題。
    特殊相対性理論で密度という概念を考える場合、それが慣性系依存の相対的物理量になる点に注意が必要。

  • >>898

    スリットが左から右に走るフォーカルプレーンシャッター付きのカメラで右から左に動く物体を撮影すると物体の長さが運動方向に縮んで写る。
    これは運動する物体の長さが運動方向にローレンツ収取して見えるのと同じ問題。

  • http://www5b.biglobe.ne.jp/sugi_m/page013.htm
    >マクスウェル方程式におけるローレンツ変換不変性証明の誤りの発見
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    >ここで(6.1)の変換式に伴うこれらの量の間の変換式として
      ix′(x′)=(ix(x)-βcρ(x))/√(1-β^2)・・・・・⑬
      iy′(x′)=iy(x)                  ・・・・⑭
      iz′(x′)=iz(x)                  ・・・・⑮
      cρ′(x′)=(cρ(x)-βix(x))/√(1-β^2)・・・・⑯
    を仮定しようというのである。・・・・」
    と、なぜかこのような特殊な仮定を入れるのです。
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    >その証明の論理は、マクスウェル方程式がローレンツ変換不変となるための条件(つまり⑬⑭⑮⑯)をあらかじめ探し出しておき、それを一つの仮定として証明のはじめにもってきて、その仮定を使って証明するという論理となっており、こんなインチキをすれば、証明できるのは当たり前だからです。
    --------------以上------------------


    ⑬~⑯は4元流束(cρ、i)の定義に対してローレンツ変換を当てはめた結果として必然的に導き出された帰結であり、マクスウェル方程式をローレンツ変換に対して不変になるようにするために御都合主義的に設けられた仮定ではない。
    従って異議申し立ては却下される(objection dismissed)

  • >>899

    静止していたベルトが動き出すと考えると回転円板の場合と同じイヤラシイ問題が生じるので、
    「初めからベルトが速度v1で動いている状態で存在していて、そのベルト上に静止系から見て長さdの間隔で粒子がはりつけられている」
    と言う形に問題を変更する。
    このように変更しても問題の本質は変わらない。。

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