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                          *** 自然の謎 ***

    自然には大きな謎が存在するがそのうちでも、 “ 私という存在はある限られた期間だけ自覚されるのか“  つまり人間は平均寿命で
    ある約80年余りを自己意識という独立した個体としての認識を持ち続けるが、それ以前あるいはそれ以後においてはもう永遠にそれが
    自覚されることは無いのだろうか。 その他にも“ この宇宙には果てはあるのか ・ 自由意志とはどこまでを指すのか “ などの
    疑問も持つだろう。

                       *** 言語の相違と認識の同一性 ***

    脳の神経ネットワークも大規模情報処理装置と考えることは可能でありそれによって意識が生じると仮定する。 それでは外界認識を
    する時、外界から視覚器官に到達する光量や光強度などの光信号を生体電位に変換した後には、神経線維を走る信号強度やシナプス間
    での神経伝達物質の濃度や受容感度には個体差があるので、そのような過程を経て外界イメージが形成されるなら、独立した各個体に
    よって認識される外界はそれぞれ違ったものになるはずだ。

    さらに、人間が対象を認識した際のそれに適当な意味を付けて他者とのコミュニケーション手段に使用する言語に、日本語や外国語あるい
    は日本各地の方言のような相違があるのは何故だろうか。 この疑問については人間各個人の思考機能の差異や多様性によって生じたと
    考えれば説明は付くが、それならば外界認識において “ 他者は私の見る世界と同じものを見ている “ という素朴な信念は何を根拠に
    しているのだろうか。 つまりは何故各個人間の外界像には多様性が無くて、言葉には多様性があるのだろうか。

                  *** 統合失調症での了解不能性と、夢知覚を発現する脳機能について ***

    統合失調症の原因は現在もまだ解明されたとは言えない。 その妄想体験での主訴である “ 自分の意志であるのに他者性を帯びる “ と
    いう異常性について、意識は脳の物質的活性による属性とするのなら、それは外部からの循環する決定論的作用によるのだから了解可能
    である。 しかし体験者がそれによって混乱するのはその思考の元に、本来であれば求心性を持つはずの不完全な自己意識の存在が推測
    される。

    夢知覚については不要記憶の排除などの説があるが、睡眠中に記憶群からこれは必要だとか不要とかの高度な選択をしているようには思え
    ない。 また睡眠時の脳低活性においても夢を対象として知覚する主体が存在していることになり、その時点では低活性での脳のランダム
    な思考であるのに、夢内容はたとえ脈絡は無くても、それが見えているような心像としての “ 完成度の高い “ 印象を持つことがある。

    これは統合失調症での幻聴との類似性を、及び夢内容の意味不明性についてはこの疾患の了解不能な部分との類似性に注意する必要がある。
    また一般者も睡眠から覚醒での、自己意識の成立途上において夢知覚を体験することから、統合失調症での了解不能性と同じような夢内容
    の意味不明性は、自己意識が成立するうえでの何らかの役割を持っていると考えるべきかも知れない。 

                         *** 光速度の疑問 ***

    光速度が観測者の状態によらず一定であることは、マイケルソンとモーレイらの詳細な実験により確認されておりこれは自然の持つ事実
    なのだろう。 それでは何故光がそのような振る舞いをするのかを考えるとその理解は簡単ではない。 相対性理論によれば光速度不変
    を原理とするので、高速度で移動し再び静止系に戻った双子の時間経過に差異が発生するとする双子のパラドックスが生じる。
    しかしその時間差違について、上記のような独立した複数の単体相互の差違にとどまらず、実験手段によっては単一個体自身の連続部分
    での時間差違も起こり得る。
    .        しかし光はいつの時も、空間に局在する物理対象という素朴な物質像を持っているのだろうか。

    私のホームペーシ → http://www.geocities.jp/eig35153/

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    .            *** 量子力学探求は人間の死生観を完全に覆す ***

    それは前提として、人間の死生観が一回限りの人生であり、その人間の死後主体的な存在感を持つことは無い、との一回性
    であった。 それではこの一回限りの人生が否定されたらどうなるのか。 人間の主体的自我である “ この私 “ が、
    私一人を指すのではなく、その感覚を共有する人間全般を指すのだとしたら、どうなるのか。

    .          *** 人間の主体意志成立は、自然に元々潜在している自律性の反映 ***

    では、マクロな決定性と “ 拮抗して調律する自律性 “ は、自然の中でどのような構造であるのが最も安定なのか。
    それは自然の中で “ 特定の位置 “ を占有せず、
    自然全体の中でミクロ構造の “ 非局所的な汎連動性 “ として潜在するのが最適ではないのか。

    無機物でも生物でも自律性がマクロな自然の中で、局在した直接作用であれば全体律動は生じず混沌を招く。
    人間を考える時も、それは万能ではないが、理性や道徳観が生来的で普遍的であるのは全体律動に拠ると思える。

    自律性が自然の中でミクロ構造の全体に潜在して起因するなら、それは強い自律性とは成らず、自然全体の傾向
    として機能するのではないか。 つまり、その弱い自律性は物質的決定性と拮抗するが万能ではない。 しかし
    生物個体の自由意志と共にその全体律動は、理性的反省や共同社会参加を促し、人間社会として進化するのだと思える。

    .           *** 人間の “ この私 “ は、一人のこの私だけを指すのか ***

    Q…人間の主体意識がミクロ構造の非局所性から起因するとして、人間の死によりその主体意識はどうなるのか

    A…人間の死によりマクロな生体や脳神経は崩壊するが、主体意識がミクロ領域の “ 非局所的な汎連動性 “
    であるなら、それは個別に分割されない作用だから、現に存在する各々の他者の主体意識もどこかで繋がった
    一体的作用であり、人間一人の主体意識はその一部である。
    人間の主体的自我である “ この私 “ とは、唯一の私一人を指すのではなく、その感覚を共有する人間全般を指す。

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    >888.では人間の意識は、認識対象が微細レベルを介して “ 人間の思考意識成立に参加する “ から、
    認識対象がより一層身近に感じられるとした。 次に、その認識対象を充分に見て記憶し、想起したイメージや
    印象心像は、明晰ではないが自己の思考生成による所有感があるとした。  それならば、

    .        *** 睡眠時の夢知覚は、なぜ現実味を帯びているのか ***

    覚醒時の人間の意識は “ 主体意志の自然な確立によって “、夢知覚やイメージ像のような非現実と、現前の現実とが、
    明らかな異質として区分されている。
    そして、認識対象は微細レベルを介して “ 人間の思考意識成立に参加する “ から、一層身近に感じられるとした。

    それでは睡眠時の “ 主体意志が消失している場合 “ は、この “ 人間の思考意識成立に参加する “ 外界律動は
    どうなるのか。 人間の夢知覚は周期性があり、覚醒準備期でもあるレム睡眠時に起きるようだが、
    睡眠時の夢知覚が “ 現実味を帯びた印象心像 “ になるのは、まさしく “ 人間の思考意識成立に参加する “

    外界律動が存在することの傍証となる。 そしてその現実味を帯びた無秩序的な心像は “ 生の外界律動 “ では
    ないのか。 さらに夢知覚では、
    とりとめの無い夢内容を傍観するだけの意識性 ( 確立されていない主体意志 ) の存在もあるように思える。

    それでは、夢知覚時に現実味を帯びさせるような “ 生の外界律動 “ は、覚醒後にはどうなるのか。 それは、人間の
    “ 主体意志の確立によって “ マクロの世界が現前の現実となり、生の外界律動は擬似現実として後景へと退縮する。

    さもなければ、夢内容が無秩序であるように “ 生の外界律動とは現象可能性の総体 “ であるので、
    不眠による不完全覚醒の場合は思考内容に、複合した現象可能性を起因とした精神的混乱が起きる
    可能性が強く、 これは統合失調症での幻聴などの幻想イメージの現実誤認、を説明できるように思われる。

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  • 人間の自由意志やイメージ生成は、微細レベルを介して “ 人間の思考意識成立に参加する “ から可能になると
    考えるが、人工知能が外界認識をしたら人間と同じような感覚や心像を持つだろうか。 答えは否だろう。

    何故なら人工知能は自由意志やイメージ生成を生じない。 それでは人間にとっての “ 意識 “ とは
    なんだろうか。 恐らく “ 意識 “ とは、認識する外界なり対象が “ 人間の思考意識成立に参加する “
    ことによる、親和的一体性であり、それによる一層身近な感覚ではないだろうか。

    .         *** 人間にとって “ 意識 “ とは何だろうか ***

    ( 疑問点1 )、意識を持つ人間と、岩石など非生物を含む全ての認識対象物の相互について、確実な絶対的独立状態が
    存在しさらに、どこに至るまでも異質な固有状態であるのなら、それを生物が認知感覚器官によって知る場合の、
    その知覚像は “ 絶対的な異質な差異 “ を保持し続けているのか。

    ( 疑問点2 )、上記したように観測に際して疑問点1 のような状況であるのなら、人間が日常での観測対象の認知と
    それによって得られる認知内容が、その人間の思考上において “ 馴染む “ ことが果たして可能なのか。

    疑問点1、と疑問点2、を検証するための問い。  読者のあなたに質問です。

    まずあなたの身近に有る存在物、例えばコップがあるならそのコップを充分に見て、そのコップから視点を外してから、
    知覚し記憶したそのコップを想起する。 そうするとコップのイメージあるいはコップの印象心像が浮かぶと思うが、
    ではその時のコップのイメージなり印象像は、あなたが意志し作り上げた内的な思考世界に “ 属して “ いるか。
    それから、得られた認知内容があなたの思考において、“ 属しかつ馴染む “ ための絶対条件は何だと思うか。

    以上の問いに対してごく一般的な回答として、
    得られた認知内容であるコップのイメージあるいはコップの印象心像は、観測者の内的思考で作られたものであり、
    かつ特別な異質感は無く “ 思考に馴染んでいる “ と言える。 またそのことは自明であり、
    コップのイメージあるいはコップの印象心像が、現実的印象や独立感を持つことは無い。 ← 一般的回答

  • 分からない事は沢山あります。

    そうして分かり得ない事も沢山あります。

    しかし、人間の死ははっきりしています。土葬するか風葬するか樹木葬するかだけです。

    意識もはっきりしています。

    もし、もし、と肩を軽くたたいても動きがなければ意識はないと言います。

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    .              量子力学探求は人間の死生観を完全に覆す可能性がある.9

    .          *** 人間の主体意志成立は、自然に元々潜在している自律性の反映 ***

    では、マクロな決定性と “ 拮抗して調律する自律性 “ は、自然の中でどのような構造であるのが最も安定なのか。
    それは自然の中で “ 特定の位置 “ を占有せず、
    自然全体の中でミクロ構造の “ 非局所的な汎連動性 “ として潜在するのが最適ではないのか。

    無機物でも生物でも自律性がマクロな自然の中で、局在した直接作用であれば全体律動は生じず混沌を招く。
    人間を考える時も、それは万能ではないが、理性や道徳観が生来的で普遍的であるのは全体律動に拠ると思える。

    .            *** 主体意識はミクロ領域の、個別に分割されない一体的作用 ***

    自律性が自然の中でミクロ構造の全体に潜在して起因するなら、それは強い自律性とは成らず、自然全体の傾向
    として機能するのではないか。 つまり、その弱い自律性は物質的決定性と拮抗するが万能ではない。 しかし
    生物個体の自由意志と共にその全体律動は、理性的反省や共同社会参加を促し、人間社会として進化するのだと思える。

    Q…人間の主体意識がミクロ構造の非局所性から起因するとして、人間の死によりその主体意識はどうなるのか

    A…人間の死によりマクロな生体や脳神経は崩壊するが、主体意識がミクロ領域の “ 非局所的な汎連動性 “
    であるなら、それは個別に分割されない作用だから、現に存在する各々の他者の主体意識もどこかで繋がった
    一体的作用であり、人間一人の主体意識はその一部である。
    人間の主体的自我である “ この私 “ とは、唯一の私一人を指すのではなく、その感覚を共有する人間全般を指す

    しかしあれこれと議論をしなくても、この歌詞が非局所性の本質を見事に表現している。
    平原綾香のJupiter。 この歌の冒頭の歌詞である “ 私達は一人じゃない。深い胸の奥で繋がっている “
    → https://www.youtube.com/watch?v=Uj29uK8uh-0

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    .            量子力学探求は人間の死生観を完全に覆す可能性がある.8

    .            *** 意識は脳の物質的属性とする場合の矛盾点 ***

    人間の思考器官が物質的脳だと仮定して、その活性により属性意識が生じる場合、その物質的脳で外界認識を
    する時、外界から視覚器官に到達する光信号を生体電位に変換する過程や、
    神経線維を走る信号強度やシナプス間での神経伝達物質の、濃度や受容感度には “ 個体差がある筈 “ だ。

    さらに戦争や事故で脳実質に損傷を負った事例は相当数あるが、その事例について外界認識がどのように変化
    したかを調べると、視野欠損や視野狭窄などがほとんどであり、
    外界が以前とは異質にように見えるなどの、外界そのものの変容を訴える事例は稀である。

    .            *** 他者は私の見る世界と同じものを見ているのか ***

    そのような過程を経て外界イメージが形成されるなら、人間各個体の外界はそれぞれ違ったものになる筈だが、
    外界認識において “ 他者は私の見る世界と同じものを見る “ という素朴な信念は何が根拠になるのか。
    この人間各人の外界像同一性についても、微細レベルでの汎連続的様相が “ 人間の思考成立に参加する “

    からと思われる。 さらに成長段階の幼児の意味認識発達が人工知能に比較し得ないのは、
    微細レベルでの汎連続的様相が “ 人間の思考成立に参加する “ からであり、この参加によって、
    親の教育という外界影響だけではなく、幼児の自発意志の成立が思考発達を促進させると思われる。

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    .             量子力学探求は人間の死生観を完全に覆す.7 【重要】

    .           *** 時間概念の成立と、自己という “ 自 “ の起原について ***

    自己という “ 自 “ の成立に先立つ起源動因は、独立する人間の、微細構造組成の内奥より出現する。
    その起源動因は宇宙全体の律動であり、 それはマクロ域とを繋ぐミクロ域の非局所性の介在によって可能になる。

    それは視認や触覚などによる外界の直接表層認識とは違って、このことによって外界認識が、
    動的実在感を伴った心像のような “ 意味認識 “ が成立する。 この “ 意識 “ が成立するのは、
    人間個体の内奥に、宇宙全体の律動である外界が “ 動的擬似実体を持って参加 “ することで初めて可能となり、

    これによって世界から独立している人間の思考感覚に、世界との同時性 ・ 一体性という感覚が生じる。
    この世界との同時同在によって、世界との瞬間的一体感覚が生じて、この瞬間の “ 今 “ という概念が生じる。
    この瞬間の “ 今 “ という概念が生じることで、過去 ・ 現在 ・ 未来という時間概念が成立する。

    .           *** 自己という “ 自 “ の起原と成立は、宇宙全体律動の表出 ***

    つまり、自己という “ 自 “ の起原と成立は、人間個体の内奥からの宇宙全体律動の表出である。
    しかし自己という “ 自 “ の成立に、なぜ宇宙全体の律動が必要になるのか。 食物摂取による個体生産
    エネルギーからの、完全独立した人間個体による主体意志成立で充分ではないか、という疑問が出るかもしれない。

    では自己主体が、完全独立した人間個体のみの主体意志成立であった場合は、意識上の共通概念や
    生物発生としての人体形成での奇形発生防止は可能だろうか。 生物比率での雌雄同率や、
    生物進化における遺伝子配列の “ 集団的恒常性 “ は、果たして生物個体のみの制御で可能だろうか。

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    .           量子力学探求は人間の死生観を完全に覆す可能性がある.6

    しかし自然のマクロ構造は離散している。 そこに “ 世界の同時性 “ という素朴感覚が成立するのは、
    自然の構造のどこかに “ 非局所的な汎連動性 “ がなければならない。 
    微細レベルでの “ 無時間かつ変化しない “ 汎連続的一体様相が、自己という “ 自 “ の感覚あるいは
    主体意識になると思える。 ← この指摘は、以下の事実によってその傍証となるかも知れない。

    .          *** 私という主体感覚の、連続的同一性についての疑問 ***

    物質的脳が行為立案を行う時、例として “ 水を飲むためにコップを取る “ という行為を物質脳が行なう
    場合、“ 脳の物質的属性として意識が成立する “ のであれば、脳内では立案から実行に至るまで物質的
    な変化によるから、その変化によって生じる主体意識も “ そのつどの主体 “ が成立していることになる。

    物質的属性とした場合の主体意識の “ 連続性と同一性 “ は、変化しない記憶と独立した身体性によって
    成立すると主張するなら、固定維持された記憶がそれを担うのであれば、回想される記憶は類似した内容でも
    そこに時間・空間の “ 差異 “ を認め得るなら、その時点で成立した主体も当然差異が生じる筈だ。

    意識は脳の物質的属性であるなら、成長による身体変化でも、属性としての主体の同一性が維持されるのは、
    “ 記憶 “ が変化しないからだ、と主張するなら、物質的な脳の記憶領域及び記憶担体は、
    全ての “ 決定論的被影響 “ から、独立している必要があるのではないか。

    子供時代に体験した過去の記憶が想起される時、記憶内容は変化せずにある程度保持されながら、それを認識する
    主体意識の方が “ そのつどの主体 “ として変化するなら、それが過去の記憶だとどうして分かるのか。

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    .            量子力学探求は人間の死生観を完全に覆す可能性がある.5

    .         *** 決定論的物理作用だけの人工知能に、時間概念が生じるだろうか ***

    人間であれ人工知能であれ時間概念が生じるには、” この瞬間の今という事実 “ が認識され実感されねばならない。
    それでは人間は時間概念を有していると仮定して、何を基にして ” この瞬間の今 “ を特定するのか。
    そして ” この瞬間の今 “ という概念が生じることで、過去 ・ 現在 ・ 未来という時間概念が成立する。

    それは微細レベルでの汎連続的様相が、“ 人間の思考意識成立に参加する “ から可能になるのではないか。
    何故なら時間とは観測対象全般の “ 変化 “ によって成立すると思われるが、その時点での観測対象の変化を
    検出する思考担体が、外界と同様の物質的変化による検知装置であるとしたら、
    そのような物質的構成の人工知能が、自発的に “ 異質様相 “ な時間概念を持つだろうか、ということだ。 

    .     *** 今現在という時間概念や世界の同時性は、マクロ離散構造で成立可能か? ***

    外界変化を検出する装置自体あるいは変化検知部分が、外界の決定論的物理作用とは異質の様相を帯びていなければ、
    そのような異質性は検出できないのではと思われる。
    恐らく人工知能は ” この瞬間の今 “ と、過去とを何で区分するのか悩むことだろう。

    人間が時間概念を持つのは、微細レベルでの汎連続的様相が “ 人間の思考成立に参加する “ からであり、その
    微細レベルでの汎連続的一体様相によって、人間個人と世界との一体感覚である “ 世界の同時性 “ が感知される。
    そしてこの “ 世界の同時性 “ は、” この瞬間の今 “ と同意味でありそれを認識させる。

    つまり物質的時間系列からは異質であり無時間的であるような、微細レベルでの汎連続的様相が、
    ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^   時間概念を生じさせると思われる。

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    .             量子力学探求は人間の死生観を完全に覆す可能性がある.4

    それは宇宙全体の推移において、マクロ領域での決定論的収束運動だけでは、それによる運動単調化によって全体構造
    は均質平衡に至り、宇宙躍動の動因や律動は失われる。  このマクロな決定論的運動に “ 拮抗する “ ミクロ領域
    の非決定性あるいは “ 多様な実現可能性 “ が存在するからこそ、宇宙の運動では
    惑星軌道などにも自律的安定性が生じて、なおかつ無機質構造の中にも “ 内的自律性 “ を持つ生物が進化した。

    .             *** ミクロ領域の複合実体は、マクロな決定性に拮抗する ***

    明らかに、マクロ構造による決定論的運動だけでは “ 自然に調和した多様性 “ は生じない。 それはマクロ領域内
    では各存在物は独立して離散しているが、それでもマクロ域内全体に動因起因をもたらしかつ自律調和を生じさせる必要
    がある。 このためイリヤ・プリゴジンは、マクロ構造だけで説明を付けるべく散逸構造というアイデアを提出した。

    そのアイデアは、熱対流から発生する熱流動や乱流などの簡単な構造の中にも、自己組織的な自律化が生じている
    可能性を論じてノーベル賞を受けた。 その後このアイデアからカオス論が派生して複雑系科学として発展した。
    特にカオス論では気象予測困難の理由として、初期観測値の変動の増幅がその後の予測を困難にするとした。

    しかし散逸構造論にしても複雑系科学にしても現在は、これらの理論が指摘する “ 自発的自律性らしさ “ にしても、
    限定された特別な事例についてだけであって、自然一般への適用には至っていない。
    特に生物については昆虫のような原始的自律性の “ 兆候すら “、人工知能は出現させることはできない。

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    .             量子力学探求は人間の死生観を完全に覆す可能性がある.3

    さらに究極の問題はシュレーディンガーの指摘のように、猫の生死は人間の観測行為が、ミクロ域の実体可能性を
    収束させるのかという点である。  それはその実験場にいた “ 一人の観測者 “ によって、自然が形成されたと
    言ってもよい。 しかし物質の微細レベルでは量子力学によって、従来の決定論的唯物性とは異なる様相が示された。

    .           *** マクロ域とミクロ域の、汎一体性あるいは汎連動性はなぜ必要か ***

    それは二重スリットを通過する微細粒子が、スリットの一方に通過検出器を置くか否かという人間の行為によって、
    微細粒子の集団運動が明らかに異なるという事実である。  これは物質の微細レベルでは
    マクロ構造のような、各存在物が明確な占有領域を持って独立に存在するという様相ではないことを示している。

    これはマクロな実験場所であっても、ミクロ対象物とそれを観測する “ 人間の意志行為 “ は、その時点において、
    もはや独立した一人の観測者の行為ではなく、ミクロ領域との汎一体性あるいは汎連動性を持つ、と考えるべきだ。
    さらに人間の主体意識や自由意志は、いやそれ以前の夢知覚でさえ、唯物論的決定性では全く説明のできない事象であり、

    そして人間が思考する自由な想像はどのように生起するのか。 この実体の無い想像あるいは心像は、前記したように、
    ミクロ領域における実体可能性という実体準備性がなければ説明できないだろう。 これは人間の主体意識も同じく
    汎一体性からの産物であるかも知れず、これが事実なら、人間の死生観を完全に書き換えることになる。

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    .       量子力学探求は人間の死生観を完全に覆す可能性がある.2

    人間の思考や意志行為は、かなりの自由裁量という “ 多くの選択可能性 “ を伴っていると考えられる。
    これは明らかに、人間の思考から生じるイメージ ・ 想像性によって可能になると思える。
    このイメージ生成は、人工知能にいかなる指令言語と機械構造を与えても不可能であると思われる。

    それはこのイメージ生成がマクロな物質過程では無いと思われるからだ。 生物であれ人工知能であれ、
    今現在より以上の最善な存在状態を “ 自分自身で獲得する “ には、
    “ 自分自身を客観視できる能力 “ が必至であると思われるが、恐らくこれは人工知能の限界を一言で表す。

    .             *** 夢 ・ イメージ ・ 意識の生成は物質過程か ***

    外界の直接認識にはイメージは含まれない。 ここにパズルの知恵の輪があり、それを解く課題が与えられた。
    解答者は試行錯誤を繰り返しながら知恵の輪の形状を “ 想像イメージで変形 “ させて要点を探す。
    この “ 想像イメージによる変形 “ は非現実であり仮想現実である。 これは人工知能にはできない。

    それは人工知能に形状変形のプログラムを与えても、そこから出力された変形像は人間の想像のような、
    生命的変容性は含まれていない。 この生命的変容性であるイメージ生成や客観像は非現実であり、
    その非現実を構成しているのは恐らくミクロ成分と思われる。

    しかしそれなら人工知能も素材は原子分子で構成されるから、自然のミクロ域と連動してイメージ生成は可能、
    との指摘があるだろう。 ただ人工知能の素材は人工物であって、人間の生物的脳構造とは大きな差異があり、
    しかしそれ以上に脳は、人間の脳構造と成るように自然が産出し構成した要因が含まれているのかも知れない。

    上記した意味は、人間の脳構造だけではなく生物を構成する微細な原子分子は、単なる物質の小片ではなく
    その微細域には、その構成と成るような “ 自然全体の生成参加 “ が含まれている可能性がある。
    であれば人工知能のような人工的自律性の製造は、宇宙の作成から始める必要があるのかも知れない。

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    .           量子力学探求は人間の死生観を完全に覆す可能性がある.1

    .       *** 量子力学の核心は、実現可能性のための複合擬似実体が潜在する ***

    “ 量子力学の核心 “ を説明するなら、皆が知っているシュレーディンガーの猫が相応しい。
    この思考実験では猫の生死が確率1/2で決定するのだが、それは人間の観測が猫の生死を確定するのかと
    いう問題と、実験開始から猫の生死が確定する迄は、猫はどのような状態で存在するのかという点が問題になる。

    この点について、ミクロ粒子の集合体である猫の生死は、量子力学の知見では、人間による観測以前では生死混在の
    非決定状態であり、人間による観測によって猫は生死混在から単一状態へと遷移する、のだろうと考えられている。
    それでは何故ミクロ領域では、このような不可解さが存在するのだろうか。

    これは投稿者がかなり以前から指摘していることだが、結論から言えば、ミクロ領域においてこのような
    “ 複合する現象可能性 “ が存在するのは、宇宙のマクロ構造の運動決定性 “ に拮抗する多様的自由度 “ が
    存在するからこそ、人間のような小規模構造にも自律性が生じると考えられる。

    .        *** ミクロ域の複合する現象可能性は、人間の自由意志を成立させる ***

    このミクロ領域の “ 複合する現象可能性 “ は、明らかに生物一般の自律性の根源であり、人間については、
    人間の思考や意志行為での、かなりの自由裁量という “ 多くの選択可能性 “ からの一つの選択という、
    人間の自由意志成立の根源である。 さらにそれは、人間の思考から生じるイメージ ・ 想像性の根源でもある。

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    .          *** この自然は、人間がその生存を感謝する程の仕組みが在る筈 ***

    例えば青年期に事故で全身マヒとなり、なぜ私はこの数少ない事例の一人になったのかと深い苦悩の人生を歩む人は、
    人間の死と共にそれは一切が無に帰すのか。
    残忍な犯罪を繰り返して悪徳な富を得た者が、司法から逃れて一生を終えた時、人間の死と共にそれは一切が無に帰すのか。

    特に後の方の、凶悪犯罪者が罪を償わずに一生を終えた時、それを断罪する手段は完全に消滅する。
    これは人間の素朴な自然への信頼からすれば実に許容できない事であり、神も仏も居ない世界なのかと思うだろう。
    しかしよく考えるとそれは因果応報という決定論の待望であり、宇宙の審判者である神の待望でもある。

    .       *** 従来の人間の死生観である生存の一回性は、人間存在での難問をますます難しくした ***

    また前の方の、生来的であれ事故であれ、全身マヒとなり深い苦悩の人生を歩む人は、何らかの因果的な理由を考えるだろう。
    しかしそのような、苦悩の人生を与えられる因果的な理由など無いかも知れない。 まさしく運が悪いのである。
    凶悪犯罪者がその罪を償うこと無く死亡しても、その後何の審判も行われないだろう。 “ しかしその方が良いのである。 “

    なぜならそれは、あらゆる難事の解決について神を待望して神に依存することは、人間の進化にはならない。
    人間社会に生じるあらゆる難事は、人間自身が解決すべきである。 しかしそれなら、まさに当事者には何の落ち度も無い
    難治疾病の発症や、偶発的に生起した大災害で家族と全財産を失った人の苦悩は、神の存在が無くてもその苦悩は癒えるのか。

    特に、凶悪犯罪者がその罪を償うこと無く死亡した時、その深刻な被害を受けた人は、神の存在が無くてもその苦悩は癒えるのか。
    それは前提として、人間の死生観が一回限りの人生であり、その人間の死後主体的な存在感を持つことは無い、との一回性であった。
    それではこの一回限りの人生が否定されたらどうなるのか。
    人間の主体的自我である “ この私 “ が、私一人を指すのではなく、その感覚を共有する人間全般を指すのだとしたら、どうなるのか。

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    時間や空間を行き来できるタイムマシンは実現可能なのか。 ずばり未来への移動は可能だ。
    むしろ 「 日常的に、あなたも未来に移動している 」。 高速に移動している乗り物の中は時間の進み方が相対的に
    遅くなることがわかっている。 つまり 「 光速 」 に近づくほど時間の流れは遅くなる。 ( 佐藤勝彦氏解説 )

    .        *** ↑ タイムマシンを可能とする佐藤勝彦氏の解説には矛盾を含む ***

    今ではタイムマシンや双子のパラドックスの矛盾点を指摘する場合に、どのようなアイデアで論破するのかではなく、
    どれ位の “ 文字数の少なさ “ で論破できるか、という段階に来た。 このマクロな現実世界でのタイムマシンについて、
    高速運動で生じるとされる時間遅延についてその矛盾を指摘するのなら、それを体験する人間について考慮すればよい。

    今から高速運動をする体験者に課題が出された。 それはその体験者が未だ知らない歌謡曲を、高速運動中に覚えろという
    ものだ。 体験者は高速運動中に録音された歌謡曲を何回か再生して、地球基準系に帰還するまでにその歌謡曲を覚えた。
    問題は体験者が地球基準系で “ その歌謡曲をまともに歌えるか “、ということだ。

    高速運動で生じるとされる時間遅延は、例えばそれが10年の時間差が生じるなら、体験者はそれに応じた容姿になる
    だろうし、ゼンマイ時計も原子時計もその時間差異を示すだろう。
    高速運動体内部では地球基準系に対して時間はゆっくりと過ぎる。 高速運動中に体験者が歌謡曲を覚える過程も、
    さらには、体験者が歌謡曲を記憶に定着させるなどの脳思考活動も、地球基準系に対してはゆっくりと行われる。

    高速運動中の、ゆっくりと悠長な脳思考活動によって定着させた歌謡曲の記憶を、地球基準系で想起する場合に、
    地球基準系に合ったリズムでそれは歌われるだろうか。
    もしそれが地球基準系のリズムだとすると、体験者の容姿は時間遅延の過程が残っており、時計も明らかに時間遅延を
    示しているのに、体験者の意識や記憶だけは何の時間遅延も残さずに、地球基準系に同期するのは矛盾にはならないのか。

    もしこの指摘が正しいのならそれは歌謡曲の記憶だけに限ったことでは無い。
    高速運動中の、体験者の脳思考活動全般でそれは起きることになる。

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    .      *** A・アスペの量子遠隔相関の検証実験は、なぜノーベル賞を受賞できないのか ***

    1982年に仏のアラン・アスペによってベル不等式の破れが検証された。 この歴史に残る、量子の非局所性による
    遠隔相関の検証実験は、アイルランド出身の物理学者 ション.S.ベルが考案した巧妙なアイデアによって可能となった。

    ペアで発生して別々の方向へ飛んで行く2つの粒子を、それぞれ遠く離れた場所に設置した2つの測定器でスピンを測る。
    そして3通りの測定角度をあらかじめ決めておいて、その3通りの角度から好きなものをランダムに選んで測定する。
    そうすると観測前の量子状態に物質的個有値が実在しているか否かによって、観測統計の予想値が異なる。

    このアイデアによって、歴史に残る量子遠隔相関の検証実験が可能になり、
    宇宙規模の遠距離相関の検証でもあるのに、小規模な実験施設でその量子相互の遠隔相関は立証された。 
    この量子の遠隔相関実験は、その後様々な研究機関で追試されて確立されたが、なぜノーベル賞は受賞されないのか。


    .     *** ノーベル賞の疑問点として、偉大な業績を創っても必ずしもノーベル賞は授与されない ***

    オーストリアのルートヴィッヒ・ボルツマンは、熱現象の不可逆性であるエントロピー関係式を創出したが、自殺で早死にした。
    ハンガリー出身のフォン・ノイマンは、計算機科学や量子力学の発展に大きな貢献をしたが、ガンにより早死にした。
    イギリスのアラン・チューリングは、計算機科学に大きな貢献をして人工知能研究の端緒を開いたが、自殺して早死にした。

    ドイツのマルティン・ハイデッガーはその著書 “ 存在と時間 “ で、人間の存在主体の謎を問いかけたが、そのような業績
    .     があるにも係わらず文学賞も授与されなかった。 それどころか文学賞は呆けた色情文学を受賞させている。
    オーストリアのクルト・ゲーデルは、不完全性定理によって数学論理の枠内を超えて人間知性の明証性にまて
    .            迫ったが、バカげた学問区分のために受賞は無かった。
    ドイツのフォン・ブラウンは、ロケット技術開発に極めて多大な貢献をして人類初の月着陸を成功させたが、授与されなかった。
    このフォン・ブラウンの業績は、小柴昌俊氏や下村脩氏の業績とは比較にならぬ程大きい。
    .

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    .       *** ノーベル賞は国威高揚の為に、日本政府が金銭取引している可能性がある ***

    最近やたらと日本人がノーベル賞を受賞しているが、これは日本政府がノーベル財団やCERNに様々な名目で資金提供して、
    その見返りとしてノーベル賞を金で買っているのではないか。  南部陽一郎の業績は本来それ程のものでは無いから、
    高齢になるまでノーベル賞受賞は無かったが、 “ ヒッグス粒子発見と同時に大慌てで受賞 “ させた。

    しかしヒッグス粒子の働きはいまだに不明の部分が多い。 このような不確定要素が大きな発見事例では、
    ノーベル財団はその不明部分が解消されるまで、ノーベル受授与は延期するのが今までの慣例だったが、
    ヒッグス粒子発見から南部のノーベル賞までは性急すぎる。 ヒッグス粒子によって質量が生じるとは誰が言い出したのか。

    .        *** あれだけ巨額な税金の巨大装置を作れば、” 誰でも新発見の恩恵には預かれる “ ***

    2002年ノーベル物理学賞受賞の小柴昌俊氏の業績は、宇宙ニュートリノ検出に際するパイオニア的貢献などと
    喧伝されるが、小柴昌俊氏はニュートリノに関する先見性理論を打ち出した訳でもなく、
    素粒子物理学の特定の分野に対して何らかの理論的貢献がある訳でもない。

    受賞理由は、宇宙由来のニュートリノを検出する巨大装置であるカミオカンデの、計画着工から完成までの責任者だった
    というだけであって、その検出器で運よくニュートリノが検出されたから、ノーベル物理学賞が授与された。

    2015年のノーベル賞となったニュートリノ質量検証も、巨額な税金を流用した巨大装置によるものであり、例えればこれは、
    大金持ちのアマチュア天文家が巨額な観測機器を購入して、未知の星を発見したと喜んでいるようなものだ。
    ようするに、これだけ巨額な税金を流用した巨大装置を作れば、” 誰でも何らかの新発見の恩恵には預かれる “ 。

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    .   *** 国松警察庁長官狙撃事件、政府関与だから当然迷宮入り ***

    国松長官狙撃事件、オウム真理教が徹底的に捜査されたのに何故犯人は逮捕されないのか。
    それは実に簡単なことで、狙撃事件が日本政府の関与の元での犯行なので、当然迷宮入りになる。

    国松警察庁長官狙撃事件で、当時の垣見隆刑事局長が防弾チョッキを着用して国会答弁をしていたのは
    印象的だった。 この意味が分かるか。 これは日本の政府国会をも信用できないというメッセージだ。
    国松長官狙撃事件発生当時、警察内部にはオウムサリン事件はオウム教団単独説に強い疑義を持つ

    グループがあり、それはオウム教団の覚せい剤疑惑や武器製造などから、
    国松警察庁長官指揮で、オウム教団と関係を持った暴力団の捜査を進める矢先に、狙撃事件が起きた。
    これはそれ以上の捜査をするなという、北朝鮮と共謀テロを行った日本政府の、警察への警告であった。

    .  *** 滋賀県警、グリコ森永事件共犯取り “ 逃がし “ で本部長自殺 ***

    滋賀県警は、グリコ・森永事件の共犯者を取り “ 逃がして “、当時の山本県警本部長が
    焼身自殺した。 山本県警本部長が自殺した理由については、
    共犯者取り “ 逃がし “ の他にも、捜査状況がグリコ・森永事件の犯人側にかなり漏洩しており、
    山本県警本部長にも漏洩の嫌疑を掛けられたため、その潔白を晴らす自殺と言われている。

    .  *** 1985年8月12日日航機123便墜落、グリコ森永事件犯人は終息宣言 ***

    1977年09月28日 ダッカ日航機ハイジャック事件 日本赤軍が起こしたハイジャック事件である
    1984年03月18日 グリコ・森永事件発生 江崎グリコ社長宅に拳銃と空気銃を構えた3人組の男が侵入
    1985年08月12日 グリコ・森永事件終結宣言 犯人側から終息宣言が送りつけられた
    1985年08月12日 日本航空123便墜落事故 日本航空123便が、群馬県多野郡上野村の尾根に墜落
    1987年11月29日 大韓航空旅客機爆破事件 北朝鮮工作員によって飛行中に爆破されたテロ事件

  • 物理学における意識の役割はボーアにでも聞くがいい、人間の死は神のみぞ知る、だ!

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