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    Lucy 2016年6月16日 14:08

    主さん、ありがとうございます。
    お言葉に甘えて、また投稿します。

    ~~~~~~~~~~~~~

    暗殺されないだろうか?と心配になるほど
    昔から今でもあちこちにいる、世間が騒ぐ
    ある有名な人の映像を見ていて思った。
    彼(彼女)にも大事な役割があるんだな。
    世界中の人たちが観賞するリアル劇場。
    見ている人に大きな影響を与える。
    そういう所で彼(彼女)は心に秘めた
    知られざる使命を果たそうとしている。
    そうやって時代は進んでいくのだろう。

  • みんな変わっていくね。
    それでいいんだ。
    大切なものもみんな、変わっていく。

    でも一つやはり寂しいのは、
    私は誰にとっても大切な人間にはなれないんだろうなって事。
    でも、大切な人間になれなければ、
    まるでそれじゃ人間失格みたいに、
    思っている自分とか世間とかがあるんじゃないだろうか。

    私には友達はいない。
    だから人間失格みたいに思っていた。
    だから友達が出来ないのかもしれない。

    人間合格のために友達を必要としていたのかもしれない。
    間違っていたのは、自分自身なのかもしれない。

  • >>13

    私は自己否定感がすごく強くて。
    でもこんな自分だけど自分だけは自分を好きになってあげなくちゃ。

    ちょっと変わっているといつも言われるけど、
    それだっていいんだ。

    私は私で、私が納得できる生き方が出来れば、それでいいんだ。

    無理に人と付き合って、無理に笑って、無理に人の愚痴に付き合って、
    無理に誰かの悪口を言い合ってまるでそれで仲良しなのを確かめているような
    関係はもういらない。

    やっぱり前向きがいい。
    人を悪く言いたくない。
    そんな自分を自分が一番軽蔑しているから。
    自分を軽蔑したくない。

    新しいこと始めよう。

  • 友達ってなんだろうって思う。

    生まれ育った東京を離れ、主人の転勤で
    様々な場所に移り住んだ。
    東京にいた頃仲良くしていた数人の友達とも疎遠になり、
    引っ越し先でも、心の通うような友達との出会いもないまま、
    新しい場所に越して1年が過ぎてしまった。

    結婚前に仲良くしていた友達が病気になったとき、
    いろいろ話を聞いたり、お見舞いに新幹線で何度か会いに行った。
    その後も彼女が精神的にしんどい時にも、電話で話を聞いたりした。

    でも現在私が辛い状態で、彼女に話を聞いてもらいたくメールをしたけど、
    面倒くさいのだろう・・・無視された。
    その程度何だろうなと思った、彼女にとっての私は。

    私は彼女を友達だと思っていたけど、
    彼女はそうは思っていなかった、ただそれだけの事なのに、
    なぜだかとても悲しく、胸が苦しく・・・
    自分のどこが悪かったのか、そればかり考えてしまう。

    私にはもう二度と、心からの友達は出来ないんだろうか?
    諦めて、孤独感と向き合いながら生きていくしかないんだろうか?
    でも思うのだけど、私はその子とのことを本当に好きなんだろうか?

    本当に好きで、ずっと仲良くしたいと願うような人と出会えていないような気がする。
    そして自分も、他人にとって、そういう人間ではないのだろうな・・・。

    それはとても寂しいけど、受け入れて前向きに、独りでも楽しめる何かを見つけたい。
    独りなんて書いてしまったけど、自分には主人がいて、友達以上に仲良しの主人がいるのだから、
    それで充分なのだけど・・・。
    でも、主人はどう思っているんだろう。

    なんか今朝はすごく暗い自分。
    でもこうやってここに言葉を書いていくと、
    自然と心が落ち着くから不思議だ。

  • >>10

    はじめまして。
    このカテは時々見るのですが、
    捨ててしまったスレに投稿があり、
    覗いてみたら、あなたの投稿がありました。
    よかったら今後も、ご自由にお書きください。

  • 個人の些細な過ちや欠点を理由に「炎上」する
    息苦しい不寛容社会とか過剰反応社会だってさ。
    しかしそれって、今まで周囲が寛容で
    自由に生きられた人の感覚ではないかと思った。
    過去や今までが不自由で厳しい環境にいる場合、
    今や未来のほうがよほど快適ではないか?
    ある一つのことで大勢いや実は少ない人たちにどう言われようが
    委縮するのもしないのも本人の自由だろう。
    出る杭が叩かれるほどますます出てもよいだろう。

  • こんにちは。
    主さんの話を読みました。
    一年を越える月日が過ぎていました。
    私も都会育ちです。
    未だ里山で暮らしたことありません。
    人工的な環境も好きですが、健康に良いとは思いません。
    自然豊かな離島が好きで昔からたまに旅行します。
    持病の性質上、空中と陸上の移動がつらいので
    船で行ける島々です。
    それでも、おそらく死ぬまで都会暮らしでしょう。
    そろそろ旅行に耐える体力も尽きてきました。
    若いころ家出して里山で暮らすことを夢見ていました。
    でも、その勇気はありませんでした。
    しかしあれこれ後悔しても結局これでよかったと
    最近思うことが増えました。
    私も今まで、はるか昔のことから直前の時まで
    過去に自分がしてきた記憶を些細な非が見つかるまで
    執拗に思い出して疲れるまで非難し続けました。
    まるで自分がいかにダメな者であるか証明するかのように…
    そういうことを続けていると、
    他人のことも同様に非難することになります。
    そういう害悪で無駄なことをやめて、
    未来に希望が持てることに意識を向けたいです。

  • ここでの暮らしもあと僅か・・・。
    こんなに自然と一緒に暮らせた時間はなかった。

    都会で生まれて育って、自然なんか知らないで育った。
    人間の創造物に囲まれて、目新しい建造物に感動し、
    自然なんかには目もくれなかった。

    けどどう?
    ここでの暮らしは?
    ここは人と自然が共存している。
    ここは人間と自然が共に暮らしている。

    山がどんなに心を癒してくれたか。
    川の水が澄んでいることが、どれだけ美しいと感じたか。
    棚田に沈む夕日に初めて無心の意味を知った日。

    東京の友達に言っても分かってもらえない。
    あぁ~寂しいなぁ~。
    こんなに素敵な場所なのに。

    それともあと僅かで「さよなら・・・」

    ありがとう。
    大好きだよ。
    峠から見える素朴で優しい里山の風景。
    どれだけ癒してもらっただろう。

    私はこの景色にちゃんとお礼を伝えられたんだろうか・・・。
    もう時期桜が咲く。
    風に舞う花びらに、さよならを言いに行こう。

    ありがとう、大好きだよ、忘れないよ。

  • 私の心の住人は煩い。

    私は私なのですが、私の心には私をいつも批判する住人が複数住んでいます。
    その住人はすごく口煩いんです。

    ちょっとでも間違うと責め立てます。
    気が休まる時がありません。

    私はこの住人達に私の心から立ち退いてもらいたい。

    ・・・それとも、この住人たちの存在を許して、
    共存した方がいいのかな?

    上手く手なずけてしまえば口煩く責め立てなくなるのかな?

    この住人達にいつも悩まされて、疲れてしまった・・・。
    そんな生き方をしてきてしまった自分。

    バカにされるのが嫌だとか、
    頭が悪いのが嫌だとか、
    気が利かない自分が嫌だとか。
    あれも嫌、これも嫌。
    こんな自分が許せない。

    許せない探しが得意な私の住人達。
    どうか私を許してください。

    疲れたから・・・お願い・・・。
    もう、黙っていて!

  • 閉鎖されてしまったブログに『心の衣をぬぐ』というのがありました。
    閉鎖されてしまって見られなかったので、キャッシュからそれを読みました。
    どなたのブログか分からないまま、承諾なくここに載せてしまいますが
    許してくれるかな?

    そこにはこんなことが書かれていました。

    ~~~~~~~~~~
    人は、煩悩という心の衣を幾重にも重ね着して、本当の自分をよく見せようと背伸びしてしまうものです。心の厚着とは、見栄を張る、威張る、虚勢を張って人に「私は偉いんだ」「あなたより優れている」と他人を下に見て優越感に浸って安心してしまいがちです。そんな生き方をしていると、他人の目が気になり、世間の常識が気になり、本当の自分が見えてきません。
      厚い衣を脱ぎ捨てて、心を裸にして生きられれば本当に楽に生きられます。他人と比べているうちは、本当の満足感や安心感は得られません。なぜなら、競争は無限だからです。建前を辞めて本音の自分を生きると人生が楽しくなります。
    ~~~~~~~~~

    「他人と比べているうちは、本当の満足感や安心感は得られません。なぜなら、競争は無限だからです。」

    特にこの部分、突き刺さりました。

    108つの全ての煩悩が何なのか分からないけど、
    108つの衣を纏って生きているんだなと感じるこの頃。

    一枚ずつ脱いでいけたらいいな・・・。

    そのままの自分を自身が受け入れられたら、もっと楽に生きられるのに。

  • 神の存在なんて信じていない。

    時々空しくなる。
    誤解されたり、固定観念でしかものを見てもらえない時。
    寂しく感じて、まるで自分が本当に宇宙で一人ぼっちのような気分になる。

    所詮人間なんてっていつも思って
    そう思うことで自分を納得させている。

    でも本当の所では理解されたくてたまらないんだ。

    神様はいない。
    でも言葉として神は存在していて、
    その神と言う概念を人が作り上げた理由を探すとするなら、
    その理由の一つは、全知全能の神なら、心の全てを理解してくれて、
    寄り添ってくれる・・・
    間違いをしてしまった時、許しを乞えば許してくれる・・・。
    そんな都合の良さも理由の一つじゃないだろうか。

    神なんか信じていないけど、
    信仰を持って生きている人には、
    いつも傍らで寄り添い、許してくれ理解してくれる
    そんな絶対的な存在があることが、少し羨ましくも思える。

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