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  • これから、冤罪を根拠に死刑廃止の主張、を書くわけですが、その前に、

    以下に書く、廃止派とは、冤罪を根拠とする廃止派、であり、私、のことです。
    廃止派の意見を代表するものではありませぬ、よろしくm(._.)m


    廃止派は、冤罪死刑を否定する
    (あたりまえだ(・・。)ゞ テヘ)

    そして、

    存置派は、冤罪死刑を肯定する

    存置派には「それは間違ってる」と反撥されそうだが、


    それはこういうこと、・・・


    死刑制度には冤罪死刑リスクがある

    それでも死刑存置に賛成するということは、

    たとえ冤罪死刑があったとしても死刑を存置する

    であり、

    死刑存置のためならば、冤罪死刑を肯定する

    にほかならない。


    ( ^-^)_旦""


    「冤罪死刑を肯定する」と言っても、廃止派だって「冤罪死刑はあってはならない」と言うだろう。

    それはもっともだが、・・・、ここでは、

    「~を肯定する」は、論理的な肯定・客観的事実、を表す。

    一方、「~はあってはならない」は、主観的・価値観的主張、になる。

    たとえば、

    「交通事故は起こらない」と「交通事故を否定する」ならば自動車保険に加入する必要はない。

    自動車保険に加入する人は、客観的事実として「交通事故は起こるものだと肯定している」のだ。

    その上で、

    「交通事故はあってはならない」と主張しても、矛盾、にならない。

    客観的事実としての「肯定する」と、主観的主張としての「あってはならない」が、別次元の主張であるからだ。

    廃止派でも「冤罪死刑はあってはならない」と主張するだろう。

    それでも、

    「死刑制度には冤罪死刑リスクがある」を否定できない上で「死刑を存置する」と主張することは、「冤罪死刑を肯定する」ことであることは、否定しようがない。


    ( ^-^)_旦""



    <こんな三段論法>

    廃止派は冤罪死刑を否定する
    死刑制度には冤罪死刑リスクがある
    だから
    死刑制度は廃止する

    死刑制度には冤罪死刑リスクがある
    存置派は死刑制度を維持する
    だから
    存置派は冤罪死刑を肯定する



    エートォ (・o・) エートォ


    『存置派の反論』
    なんで死刑だけなのサ。他の刑罰にも冤罪はあるだろ

    『廃止派の回答』
    刑罰制度は必要だから
    刑罰制度は死刑がなくても成立する
    だから、死刑だけ、なんよ



    ?c(゚.゚*)エート。。。


    『存置派の反論』
    冤罪じゃなければ死刑にしてもいいのだろ?

    『廃止派の回答』
    いや、冤罪じゃなくても死刑にできない。その根拠は、冤罪、なのだ(ここ、驚くとこw)


    冤罪じゃない凶悪犯を死刑にするには、死刑制度が必要である
    死刑制度を認めれば、冤罪死刑を認めることになる
    廃止派は冤罪死刑を否定する
    冤罪死刑を否定すれば、死刑制度は否定される
    死刑制度が否定されれば、冤罪じゃない凶悪犯を死刑にできない

    かくして、冤罪じゃない凶悪犯を死刑にできない根拠は、冤罪、ということになりました。



    (*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪



    「冤罪根拠の死刑廃止箇条書き論」、とりあえず、こんなとこで。

    肯定・否定の説明はしつこかったかな・・・

    さあ、どんなリアクションがいただけるのでしょう。

    ワクo(´∇`*o)(o*´∇`)oワク

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  • 14 1
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  • >>12

    所詮この程度ですか。やっぱりこの掲示板は程度低過ぎということで。でわ。

  • >>12

    トリッキーな言い方がなくなり、内容が少し分かりやすくなりました。ありがとうございます。

    > 「刑罰制度には冤罪リスクがある」
    > これは客観的事実であり、否定できない。

    肯定します。


    > あってはならないハズの冤罪リスクを認めなければならない理由は「我々社会に刑罰制度が必要」だからだ。

    文脈上、一応肯定します。


    > だとしたら、
    > 「刑罰制度が成立する」ことが許容範囲を決めるだろう。

    肯定しません。許容という言葉が価値判断を含んでおり、レアな一つの意見に過ぎません。また、仮にその表現を認めるとしても、その要素は「刑罰制度が成立する」ことに限らないと思います。


    > そして、死刑がなくても刑罰制度は成立する。

    肯定します。(例が多数あります・ありました。)しかし、「刑罰制度の成立」は死刑がないこと(死刑制度を廃止すること)の必要条件ではあるが十分条件ではありません。(これも例が多数あります・ありました。)


    > 刑罰制度が必要だから冤罪リスクも認めるしかないのだが、冤罪死刑リスクは必ずしも認める必要はない。
    > と、考える。

    後段は肯定しません。「冤罪死刑リスクは必ずしも認める必要はない。」と言うためには、やはり刑罰であっても生命を奪うことの特殊性を論じる必要があると考えます。

  • >>11

    「死刑がなくても刑罰制度は成立する」
    「自由刑を廃止すれば、刑罰制度は社会的役割を果たすことができない」
    を理解されたのかどうか、はっきりしないのですが。

    次のように考えることもできる。
    ______________________

    冤罪根拠の死刑廃止派が考えるのは、
    「無実の人間が死刑になることはあってはならない」なんだけど、
    そんな主観的主張を強調しなくても死刑廃止の理屈はできる。

    それは、・・・

    「刑罰制度の冤罪リスクはどこまでが許容範囲であるか」と考えること。

    「刑罰制度には冤罪リスクがある」
    これは客観的事実であり、否定できない。

    あってはならないハズの冤罪リスクを認めなければならない理由は「我々社会に刑罰制度が必要」だからだ。

    だとしたら、

    「刑罰制度が成立する」ことが許容範囲を決めるだろう。

    そして、死刑がなくても刑罰制度は成立する。

    刑罰制度が必要だから冤罪リスクも認めるしかないのだが、冤罪死刑リスクは必ずしも認める必要はない。

    と、考える。

    冤罪根拠の刑罰廃止の基準が、「刑罰制度が成立するか否か」であれば、
    死刑は廃止できる。

  • >>10

    机上の論理で追究するのかと思ったのに残念。

    > >⇒ 刑罰制度は懲役刑がなくても成立する、刑罰制度は罰金刑がなくても成立する…。
    > >  なぜ死刑にだけ焦点を当てるのでしょうか。
    >
    > 懲役刑がなくて刑罰制度が成立すると思いますか。…

    色々長々書いてありますが、私が指摘したかったのは(死刑)廃止派も冤罪懲役や冤罪罰金を肯定するようであるにもかかわらず冤罪死刑だけを否定するのはなぜか、死刑だけ特別扱いするのはなぜかという問いに対してどう答えるのか、ということです。
    ここに「死刑は例外的刑罰」とか「死刑がなくても刑罰制度が成立する」とかを持ち出すようでは、単に生命尊重を理由とする廃止論をいうに過ぎないように見えます。

    > _________________
    >
    > >「冤罪じゃない凶悪犯を死刑にするには、死刑制度が必要である」
    > >  「死刑制度を認めれば、冤罪死刑を認めることになる」
    > > ⇒ この2文を並列するのは矛盾です。冤罪じゃない凶悪犯の存在を認めているので
    > >  あれば、その場合にだけ死刑を適用すればよいのです。明らかに冤罪ではない凶悪
    > >  犯は死刑に処せられて然るべきでしょう。(死刑を肯定する意見であれば)
    >
    > じゃあ、冤罪じゃない凶悪犯を、凶悪犯、と呼びましょう。…

    ここでも冗長な文章が続いていますが、要するに死刑制度を存置すれば冤罪による死刑執行の可能性を捨て切れないということですね。
    それなら、「冤罪じゃない凶悪犯を死刑にできない根拠は、冤罪、ということになりました。」というより、「冤罪リスクを根拠に死刑制度を廃止することによって、冤罪じゃない凶悪犯を死刑にできなくなる。」であり、これでは誤審冤罪を理由とする死刑廃止論の奇をてらった言い換えに過ぎないように思えます。

    素直に、陳腐な死刑廃止論を展開してはどうですか。

  • >>7

    超亀レス失礼。

    >⇒ 刑罰制度は懲役刑がなくても成立する、刑罰制度は罰金刑がなくても成立する…。
    >  なぜ死刑にだけ焦点を当てるのでしょうか。

    懲役刑がなくて刑罰制度が成立すると思いますか。

    刑罰制度の刑罰は、財産(罰金)刑・自由(禁錮・懲役)刑・死刑、に分類される。
    罰金は補助的刑罰。
    刑罰制度のメインは自由刑。
    死刑は例外的刑罰。

    罰金廃止は死刑とは別問題だが、どーでもいい議論になりそう。
    自由刑を廃止して死刑を残すのは極論でしょう。

    成立の条件が、刑罰制度が社会的役割を果たすか否かであるならば、死刑がなくてもなんとかなる、と考えることができる。

    とゆーか、
    死刑がなくても刑罰制度が成立する、は廃止国を見ればわかる。
    自由刑のない刑罰制度は存在しない。
    刑罰制度には自由刑が必要だ、ということでしょう。
    _________________

    >「冤罪じゃない凶悪犯を死刑にするには、死刑制度が必要である」
    >  「死刑制度を認めれば、冤罪死刑を認めることになる」
    > ⇒ この2文を並列するのは矛盾です。冤罪じゃない凶悪犯の存在を認めているので
    >  あれば、その場合にだけ死刑を適用すればよいのです。明らかに冤罪ではない凶悪
    >  犯は死刑に処せられて然るべきでしょう。(死刑を肯定する意見であれば)

    じゃあ、冤罪じゃない凶悪犯を、凶悪犯、と呼びましょう。

    冤罪根拠の死刑廃止派は、冤罪死刑リスクを否定する。

    凶悪犯を死刑にする、ならば、死刑制度が存在する。
    死刑制度が存在する、ならば、冤罪死刑リスクが存在する。
    すなわち、

    凶悪犯を死刑にする、ならば、(死刑制度の)冤罪死刑リスクが存在する。
    論理的等価で書き換えれば、
    冤罪死刑リスクが存在しない、ならば、凶悪犯を死刑にしない(対偶)。

    冤罪死刑リスクが存在しない(=冤罪死刑リスクを否定する)(廃止派の主張)
    冤罪死刑リスクが存在しない、ならば、凶悪犯を死刑にしない。
    すなわち、
    凶悪犯を死刑にしない。

    かくして、冤罪根拠の死刑廃止は、冤罪じゃない凶悪犯を死刑にできないことが、論理的に証明、されるのでございますよ。

  • >>6

    超過目レス失礼(なんちゅう変換じゃw)

    たしかに、・・・

    「死刑になりたいから殺した」という事件があると、
    「嘘だ」「言い訳だ」と主張するネット死刑存置派がいるな。

    日本で殺人による死亡者は、300~500人だったかな。
    一方、年間の自殺者は3万人レベル。

    自殺志願者の中には、
    「自分で死ぬ勇気がないから死刑にしてもらおう」
    「自分をこんなふうにした社会に復讐して死刑になろう」
    「どうせ死ぬなら大量殺人で目立ってやろう」
    と考える人間もいそうだな。

    なにせ、3万人。「いない」という方が不自然。

  • 始めの文章が長すぎて(冗長で)よく分からないのですが、取り敢えず気が付いた箇所
    から聞きます。

    1 『廃止派の回答』
      刑罰制度は必要だから
      刑罰制度は死刑がなくても成立する
      だから、死刑だけ、なんよ
     ⇒ 刑罰制度は懲役刑がなくても成立する、刑罰制度は罰金刑がなくても成立する…。
      なぜ死刑にだけ焦点を当てるのでしょうか。

    2 「冤罪じゃない凶悪犯を死刑にするには、死刑制度が必要である」
      「死刑制度を認めれば、冤罪死刑を認めることになる」
     ⇒ この2文を並列するのは矛盾です。冤罪じゃない凶悪犯の存在を認めているので
      あれば、その場合にだけ死刑を適用すればよいのです。明らかに冤罪ではない凶悪
      犯は死刑に処せられて然るべきでしょう。(死刑を肯定する意見であれば)

  • 冤罪もそうだけど、自殺願望者による死刑制度利用殺人が起き始めているよね。(昔からあったのかもしれないけど・・・)  死刑制度があることによって逆に殺人が起きている(増えている)ということも言える訳だわ。その辺りを存続派は認識できているのかなぁと思うよ。

  • >>2

    こんにちは、そ〇い〇さん^^
    ヤフー掲示板の頃はいろんなテーマで湧いていたんですけどね^^;
    委託されてからはご覧の通りみたいです。

  • ・・・、まさか、ノーリアクションだなんて(ノд-。)クスン

    死刑存廃ははやらない?

    よーし、今度は法律カテで「もしもアメリカが死刑廃止国になったなら」だ。

    (‐^▽^‐) オーホッホ

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