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悩める大人

悩める大人

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  • 2016/06/16 13:07
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  • 私は悩める大人、少々苦しむ大人。その中で私は、アダルトチルドレン。貴方は何?

    ―――アダルトチルドレン―――

    「Adult Children of Dysfunctional Family(子どもの成育に悪影響を与える親のもとで育ち、成長してもなお精神的影響を受けつづける人々)」というものであり、現在もっとも広く支持されているアダルトチルドレンの定義となっている。

    近年では「幼少時代から親から正当な愛情を受けられず、身体的・精神・心理的虐待または過保護、過干渉を受け続けて成人し、社会生活に対する違和感があったり子供時代の心的ダメージに悩み、苦しみをもつ人々」を総称して、メンタルケア(心理療法)が必要な人をアダルトチルドレンと呼ぶこともある。

    本来、親は子どもに無条件で愛情を注ぐものだが、親の愛情が無条件の愛ではなく、何らかの付帯義務を負わせる「条件付きの愛」であることが問題となる。これが継続的に行使される家庭では、子どもは親の愛を受けるために、常に親の意向に従わなければならず、親との関係維持のために生きるようになり、この時点で親子関係は不健全であるといえる。主に幼少期からこうした手段が用いられ始め、子どもの精神を支配する手段として愛情を制限する。

    この手段は子どもが成人する段階になっても継続され、引き続き成人した子ども(Adult Children)の精神を支配する。実はこの状況は非常に多くの家庭に存在しており、子ども(年齢に関わらず)は常に不健全な状況にさらされている。しかし、第三者からは一見してこのような家庭は、何ら問題のない普通の家庭として認識される場合が非常に多く「条件付きの愛」はしつけや教育と称される家庭の病理性の深さを象徴する現象であり、最も基本的な精神的虐待である。しかし現実に、無条件の愛を常に実行できるかというと、これは極めて難しく、健全な家庭を目指すには「条件付きの愛」を減らし、可能な限り無条件の愛を与える方法、あるいは命令と愛情をできるだけ区別する方法を、養育者自身が訓練・勉強する必要がある。

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    Lucy 2016年6月16日 13:07

    何も知らなかった昔、いつも自分だけ孤立していた。
    他の人たちは連れ立って一緒どこかへ行ってしまうか、
    あえて一人でいる人もいたけど、その人は目的があって
    そうしていたわけで、私は仕方なく孤立していた。
    「いったいなぜいつもこうなるんだろう。」
    年月が経つうちに、その謎を解く手がかりになる
    知識を得た。その時は、これでどんどん良くなると思った。
    実際はそんなことはなく、悪化する一方だった。
    学校でも会社でも孤立、家庭では奴隷みたいな生活。

    そして、おなじみの偏見や無理解。
    「あなただけが苦労しているのではない。
     誰だって何か障害や苦しみを抱えている。
     表明できるのはそれだけ軽い証拠。
     深刻なほど誰にも何も言えないものだ。
     偏見や無理解に不満を持つのは甘え。」
    たまに、そう言わない人もいるがそれは、
    「かわいそうな人ね。」

  • 信頼できる人どうし触れ合うのがよいのね、
    そういえば親は私を触るのを嫌がった。
    私が親に触るのも、親は嫌がった。
    私と手をつないでくれたのは、親以外の親族、
    親戚だった。そのくせ、親の背中を
    マッサージするのだけは強いられた。

    ただし、今は少なくとも不幸じゃない。
    あのつらく苦しい年月の最中、
    人生に悔いが無いと信じていた。
    大切にされなかった当時のほうが夢中で生きた気がする。
    親のためだけに生きて自分を粗末にする生き方をやめて
    自分を大切にしようとすると非難された気分になる。
    幸福な今のほうがよほど間違っている感じが強い。

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  • ママチャリをぶっ飛ばして職場や自宅へ急ぐ人たち。
    自転車にイライラする運転手の車は危険だし、
    ちんたら歩いている歩行者は邪魔なんだろう。
    余裕が全くないギリギリの生活に見える。
    子供は親の私物ではないと言う人いたけど、
    社会は親だけに育児の責任を負わせている。
    そして、私の中で誰かがこう言った。
    「その親が子供をどうしようが勝手でしょ。
    自分の子を利用しないのはむしろ動物のほう。
    人間は賢いからすぐ利用する方法を見つけるのよ。
    子供は親の内臓を食い破って生まれた寄生生物。
    その寄生生物に復讐したっていいじゃない、
    死なない程度に、それも進化よ。」

  • >>9

    魂の告白を聞いたような、気がします。
    教え、悟らせようとするだけではないようですね。
    でも、私、もう眠くて、また来ます。

  • 毒親の正体を短い文にすると、こうなるらしい。
    自立した大人の生き方ができないのに子を作ってしまった人。
    自分で自分の面倒を見る能力がないから、
    それを代わりに子にさせるため、子に依存(子を利用)する。
    それから連想するのは、「何歳になっても一人前になれない大人」
    しかし、現実の毒親はそんなかわいい者じゃない。
    私の感覚では「害獣、害虫、寄生虫、人間になれない犯罪者」だ。

  • 些細なことでつまづき、まともに生活できない障壁が
    次々と現れる。毒親の問題を解決しないまま、
    あるいは無視したまま生活を続けると、
    簡単すぎることさえ失敗したり、何も
    できなかったりする。「誰でもできるのに
    自分はこんなこともできないなんて」というふうに。
    だから毒親の問題を先に解決する必要がある。
    ただし、毒親の新たな言動を無視するのとは別だ。
    きっかけは毒親に原因があっても、その悪影響から
    自分の中で問題になってしまったことは無視しない。
    現在進行形で毒親が何を言って来たりしてきても
    徹底無視や完全放置するほうが適切だったりする。
    犯罪者に下手に関わると共犯者になってしまうから。
    でも、自分の中にできてしまった問題は自分しか
    解決できないし責任がある。その区別をまず先に
    することも必要だから、手を付ける順番がある。
    そして、あまり「解決」ということに囚われない
    のも必要かもしれない。解決すべきことなのかは、
    生活に支障があるかどうかによる。
    「こんなこともできない」という言葉を書いたけど、
    そういう考え方も良くない。「できない」ことを
    あげつらうより「できた」ことを意識するほうが
    できることが増えていくだろう。

  • AC、サバイバー、毒親を知ってから何年かそれ以上、
    毒親に対する殺したいほどの悪意の念で苦しかった。
    正しいからって無理に許そうとするのも間違いだった。
    書籍にちゃんと書かれているのになかなか覚えられない、
    正しく理解するには何度も読み返す必要があった。
    今はもう、親に対する強い感情はなくなった。
    「無視」がどれほど有効なのか経験した。
    昔の記憶に対しても、そろそろ無視して
    未来に向かって進んでいける時期に来たかもしれない。

    近年流行りのアドラー心理学、正しく理解してないと
    かなりきつい感じを覚える。
    親が悪いのに人生すべて自己責任だから。
    それは間違いじゃない。
    少なくとも、未来は自己責任。
    それを受け入れられないのは、「自己責任」という
    言葉の解釈が間違っていたからだった。
    例えば、犯罪者に狙われた隙を毒親が「自己責任」と言う時の意味ではない。
    「未来は自分で作っていこう」という希望ある意志が本当の意味。
    他にも言葉の解釈を勘違いしていることが多くて、
    それが問題を引き起こす原因になっている。
    一見何でもない言葉が、毒親から言われた時の
    隠れた悪意を感じてしまうから、つい悪く受け取ってしまう。
    それを一々気付いて直すのも大変だ。
    毒親が現実だと妄想する仮想現実ではなく、
    実社会には毒親ほど悪い人たちが周囲にいるわけではないから、
    無意味な警戒や勘違いや誤解は人付き合いを阻んでしまう。

  • 少々時代遅れかもしれないのに、知らない人はまだまだ多い。
    私は最初、「アダルトチルドレン=AC」という自分への視点があって、
    「毒親」という他者への視点が後から加わった。
    ACという名称は世間の誤解が多くて別のに変わってしまっていた。
    毒親というのも誤解が多いというか、
    親なら誰でも毒親と同じことをする瞬間があって、
    それが一度でもあろうものなら、毒親認定されるのも間違いだし。
    ただし、性的虐待とか命に危険を及ぼす暴力なら、
    たった一度でも毒親に違いないわけだけど。

    アダルトチルドレンという言葉が専門外の人たちから
    「子供っぽい幼稚な大人」という解釈をされていたように感じた。
    事実がそうというか、そう感じられても仕方ない感じが嫌だった。
    しかし私は言葉通り「大人みたいな子」という感じを覚え、
    それがまさに子供の時、親の精神が未熟すぎて幼児並だから、
    子が親の代わりに大人の役割を背負うしかなかったことを表している感じ。
    毒親から離れて暮らせるようになって初めて、
    成人してからのほうが子供っぽい行動が増えた。
    家で一人になるとき、子供のとき一切許されなかった
    子供向けの作品鑑賞や娯楽などを楽しんだ。
    それが高齢になってもやめられなかったら変かもしれないけど、
    堂々と子供向け娯楽を、自分の子供たちと楽しんで、
    大人にも良い影響があるとか言って勧めていた人もいたりして、
    犯罪じゃあるまいし、と思った。
    ただし、そういうものは数年で飽きて卒業した。
    それから初めて人間として成長できるようになった気がする。
    問題は、精神的成長する機会を奪われることのようだ。

  • >>4

    うつ病というレッテルを持っています。
    そんなに人に迷惑は掛けて居ない積りですが、中学生の頃から不登校で、今まで死にたいと思った事何度もある。
    どんなに辛くとも、大学は行きたいと思い、チョー孤独の中、頑張って大学卒業しました。
    でも、就職できるような状態ではありませんでした。朝は辛くて起きられないし・・・無気力でした。
    病院に通い、家で過ごし、親の世話になっていました。
    今は、大分大人になったせいか、良くなりました。
    でも、よく泣いています。夢を見ながら声を出して泣いていたりもします。今はネットで出来る仕事をしています。

    ご紹介頂いたそのスレッドにも行ってみますが・・・

  • >>2

    誰しも大なり小なり「アダルトチルドレン」では?
    ここで引用した学者の話・・・これを読むと心当たりがある人は少なくないと察します。
    親から子へ、またその子へ、またその子へと、その心理現象は増幅しながら連鎖を続けているようです。
    「子供の精神を支配する手段として愛情を制限する」と言うのは分かりやすく言えば、(少々乱暴かもしれませんが・・・)「愛情」と言う美味しい餌を「おあずけ」にする事によって、愛情を欲しているその子を自分の思い通りにしよう、という無意識の「追い詰められた」手段なのです。
    そうです。親もまた同じように「条件付きの愛」の下で育まれていた。と言う現実・悲劇です。

  • >>1

    はじめまして。
    最初のコメントなので、ちょっと躊躇いました。
    この説明書きを読んでいたら、自分そのもののようで、「ああ、ワタスもアダルトチルドレン」だな。
    とうなづいてしまいました。
    幼少より受けた、そして成人してもなお続いた、親による「心の傷」とでも言うのでしょうか?
    それが、もういい歳の大人になった今も、自分の人格を束縛しています。
    また来ます。
    おやすみなさい。

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