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>>164355

>>164355
mysさんへ

>あくまでも、平和的解決をめざし交渉する。
それでも相手が暴力を振るえば、当然身を守るためだけに暴力で対抗する。

「それでも相手が暴力を振るえば、」とされているのであり、相手が暴力を振るうことを問題とはされないのですよね。


>9条1項を読め、何処に軍事力を行使されても、防衛しないと書いてあるか?

そう解釈される9条1項ならば、mysさんと同じく、暴力(自衛権行使)を否定していないということなのでは。

私は、「戦争の惨禍」を防ごうとする憲法前文を踏まえて9条を解釈しますので、そのようには解釈いたしません。(「戦争の惨禍」が再び起こることを覚悟しなけば自衛権行使「正当防衛」はできませんよね)


>暴力を禁止した刑法には、正当防衛が認められている。

例外として暴力を認めているのですから(mysさん同様)ある暴力を肯定していることに変わりないかと。

それと、正当防衛は権利であり、義務でないことは了解されていたかと。(正当防衛をしないことを刑法を盾に責めることはできません)


>野生の動物だって、平和的解決ができる場合は相手を殺しはしない。

殺している場合の説明ではないのでは。

無用な殺生をしないことは、ある場合は力ずくで命を奪うこと(自然界における弱肉強食)を否定していないのであり、暴力を否定していることではありません。


>人間は欲求阻止されると、暴力に走る、幼児の行動を観ればわかる。

その暴力を問題として、暴力に訴える代わりに言葉にすることを教えることが(脳が進化した生物ゆえの)教育なのでは。


>平和主義=非暴力の無抵抗主義ではないよ。 その違いも分からぬアホ。

暴力を否定できず、暴力によって平和を得ようとされているようですね。(暴力を振るわれる側の平和をどう考えておられるのでしょうか)

それと、
「非暴力」は「無抵抗」とは異なります。(暴力以外の方法で抗うことは可能ですから)


「暴力を肯定している‐-164310」は勝手な意見でも見当外れでもないようです。

  • >>164377

    >>あくまでも、平和的解決をめざし交渉する。
    それでも相手が暴力を振るえば、当然身を守るためだけに暴力で対抗する。

    >「それでも相手が暴力を振るえば、」とされているのであり、相手が暴力を振るうことを問題とはされないのですよね。

    「相手が暴力を振るうことを問題とする」の問題とは何かね?
    こちらが平和的解決=非暴力の解決をしようとしているのに、
    相手が暴力により解決をするのは、不法、不当なことに決まっている。

    >>9条1項を読め、何処に軍事力を行使されても、防衛しないと書いてあるか?

    >そう解釈される9条1項ならば、mysさんと同じく、暴力(自衛権行使)を否定していないということなのでは。

    9条1項は圧倒的多数の日本国民により支持されている。
    それが不当とするアンタは無視すべき少数派だね。
    9条1号は、国際社会の圧倒的多数から支持されている国連憲章2条と同じ。
    しかし、現状はそれに違反する国がある。
    その被害国を救済するための例外措置が憲章51条。

    平和主義とは、非暴力無抵抗主義ではない。それが現実の世界での規範。
    平和主義=非暴力無抵抗主義を世界の多くの国と人が守ろうとすれば、非暴力を無視する少数の無法者が支配する世界になる。

    >「戦争の惨禍」が再び起こることを覚悟しなけば自衛権行使「正当防衛」はできませんよね

    当たり前。
    非暴力という信仰のために、己と家族の命を失っても良いとは思いません。

    多くの国家と民族は他国、他民族に支配されて生きることが、自衛のための戦争の惨禍より如何に悲惨なことか歴史的な経験として承知している。
    だから、多くの国は敢えて争いを戦争に訴えて解決しようとはしないが、
    それでも相手から攻撃されれば、自衛のために戦争も辞さない。
    だから、多くの国は軍隊を持っている。

    >その暴力を問題として、暴力に訴える代わりに言葉にすることを教えることが(脳が進化した生物ゆえの)教育なのでは。

    人を殺すなというモーゼの戒律以来、何千年経つが、未だアンタの言う「教育」は、60億の人類全てに行きわたっていない。
    日本の様な平和な国でも、暴力犯罪が横行している。
    まして、未だ10世紀も前のような社会の国、民族が世界中に多くある。
    アンタの理想と現実はとてつもなくかい離しているんだよ。

    非暴力主義のガンジーは、暗殺者の銃で殺された。

  • >>164377

    >無用な殺生をしないことは、ある場合は力ずくで命を奪うこと(自然界における弱肉強食)を否定していないのであり、暴力を否定していることではありません。

    そうですよ。私は絶対的な非暴力主義では有りませんよ。
    私たちの日本の社会の内部の不法な暴力から警察という暴力組織により守られているのを肯定してますよ。
    自然界の弱肉強食を否定して、肉食獣を皆殺しにしろなんて言いません。
    同時に自然界と同じような国際社会において、日本が肉食獣の餌になって良いなんて露ほども思いません。

    >暴力を振るわれる側の平和をどう考えておられるのでしょうか。

    正に、日本は「暴力を振るわれる側」ですから、その観点からの平和です。
    敢えて日本から戦争を仕掛けることはしない(9条1項)
    しかし日本の平和を保つために、第一に戦争を仕掛けられないように抑止力として十分な軍隊を持つ。
    そのために、「交戦権の放棄」や「戦力の不保持」のような日本は戦争の脅しや戦争を仕掛けられても何もしません、出来ませんというような2項を削除すべきです。
    多くの国が財政負担の大きい軍隊を持っているのは、戦争を仕掛けるためではなく、戦争を仕掛けられないためのやむを得ない必要からです。
    日本の社会内部の暴力から多くの平和的な国民を守るために、警察があるのと同様に、
    日本外部からの日本社会全体に対する暴力の脅威を防ぐために軍隊は必要です。

    >「非暴力」は「無抵抗」とは異なります。(暴力以外の方法で抗うことは可能ですから)

    相手がアンタと同じ、信条の場合のみ説得は可能だがね、世界中の99.9%の人は、アンタと同じではない。
    言論で抵抗する?無差別殺人犯を言論でどうやって止めさせるんかいな?

    アンタみたいな人の非暴力平和主義は、牧場の羊の平和でしかない。
    牧場の羊は、牧場主の造った柵と牧羊犬により守られ、平和を謳歌している。
    牧場の羊は、まわりの森には狼なんていないと思っている。

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