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>>164377

>>あくまでも、平和的解決をめざし交渉する。
それでも相手が暴力を振るえば、当然身を守るためだけに暴力で対抗する。

>「それでも相手が暴力を振るえば、」とされているのであり、相手が暴力を振るうことを問題とはされないのですよね。

「相手が暴力を振るうことを問題とする」の問題とは何かね?
こちらが平和的解決=非暴力の解決をしようとしているのに、
相手が暴力により解決をするのは、不法、不当なことに決まっている。

>>9条1項を読め、何処に軍事力を行使されても、防衛しないと書いてあるか?

>そう解釈される9条1項ならば、mysさんと同じく、暴力(自衛権行使)を否定していないということなのでは。

9条1項は圧倒的多数の日本国民により支持されている。
それが不当とするアンタは無視すべき少数派だね。
9条1号は、国際社会の圧倒的多数から支持されている国連憲章2条と同じ。
しかし、現状はそれに違反する国がある。
その被害国を救済するための例外措置が憲章51条。

平和主義とは、非暴力無抵抗主義ではない。それが現実の世界での規範。
平和主義=非暴力無抵抗主義を世界の多くの国と人が守ろうとすれば、非暴力を無視する少数の無法者が支配する世界になる。

>「戦争の惨禍」が再び起こることを覚悟しなけば自衛権行使「正当防衛」はできませんよね

当たり前。
非暴力という信仰のために、己と家族の命を失っても良いとは思いません。

多くの国家と民族は他国、他民族に支配されて生きることが、自衛のための戦争の惨禍より如何に悲惨なことか歴史的な経験として承知している。
だから、多くの国は敢えて争いを戦争に訴えて解決しようとはしないが、
それでも相手から攻撃されれば、自衛のために戦争も辞さない。
だから、多くの国は軍隊を持っている。

>その暴力を問題として、暴力に訴える代わりに言葉にすることを教えることが(脳が進化した生物ゆえの)教育なのでは。

人を殺すなというモーゼの戒律以来、何千年経つが、未だアンタの言う「教育」は、60億の人類全てに行きわたっていない。
日本の様な平和な国でも、暴力犯罪が横行している。
まして、未だ10世紀も前のような社会の国、民族が世界中に多くある。
アンタの理想と現実はとてつもなくかい離しているんだよ。

非暴力主義のガンジーは、暗殺者の銃で殺された。

  • >>164378

    >>164378
    mysさんへ

    >「相手が暴力を振るうことを問題とする」の問題とは何かね?

    「暴力」自体を問題とする立場です。


    >こちらが平和的解決=非暴力の解決をしようとしているのに、相手が暴力により解決をするのは、不法、不当なことに決まっている。

    では、なんで「それでも相手が暴力を振るえば」を問題とせず、御自身の主張の前提とされるのでしょうか。


    >9条1項は圧倒的多数の日本国民により支持されている。
    それが不当とするアンタは無視すべき少数派だね。

    ?。mysさんって、無視するかどうか「是非判断」を圧倒的多数か否かで判断される方なのでしょうか。(ならば、圧倒的多数故に正しく、少数故に間違っている。とされる理由を語っていただきたく思います)


    > 平和主義とは、非暴力無抵抗主義ではない。それが現実の世界での規範。

    「平和」って、よい意味で使われることであり、暴力があることではないのでは。mysさんは、暴力「弾圧・脅迫・…」による平和を(される側にとっても)よいこととされているのでしょうか。


    >平和主義=非暴力無抵抗主義を世界の多くの国と人が守ろうとすれば、非暴力を無視する少数の無法者が支配する世界になる。

    その無法者の暴力を問題とすること(問題と表明し、疑問・異論・反論を述べること自体が、無抵抗とは異なり、抵抗になっています)で、無法者の支配を防ごうとあれこれ思考するのであり、無法者の暴力を問題とせずに前提としてそこから守ろうとあれこれ思考する立場ではありません。


    > 非暴力という信仰のために、己と家族の命を失っても良いとは思いません。

    非暴力主義は無抵抗主義ではありませんので。(非暴力主義であっても何も抗わずに家族を失ってもよいとはしていません)

    とりあえず、「戦争の惨禍」が再び起こることを覚悟することを「当たり前」とされているのであり、憲法前文、「再び戦争の惨禍が起こることのないやうに」を否定されるということで。

    ならば、9条2項だけではなく、そこ「戦争の惨禍が再び起きることを覚悟すべき」(憲法前文の否定)を隠すことなくセットで主張すべきかと。(前文がそのままでは矛盾が生じますので)

    つづく

  • >>164378

    >>164378
    mysさんへ(つづき)

    >だから、多くの国は敢えて争いを戦争に訴えて解決しようとはしないが、
    それでも相手から攻撃されれば

    これも「それでも相手から攻撃されれば」を問題とせずに前提とされています。


    > 人を殺すなというモーゼの戒律以来、何千年経つが、未だアンタの言う「教育」は、60億の人類全てに行きわたっていない。
    日本の様な平和な国でも、暴力犯罪が横行している。
    まして、未だ10世紀も前のような社会の国、民族が世界中に多くある。
    アンタの理想と現実はとてつもなくかい離しているんだよ。

    現実がそうであることは、それをこの先変えることができないことではありませんよね。(この先も変えることができない前提となるためには「現実だから」とは別の理由が必要です)


    >非暴力主義のガンジーは、暗殺者の銃で殺された。

    暴力を振るわれた時点で(弱者は)OUTですから。ですから暴力への対応力を問うのではなく、暴力(が起こること)自体を問題とするのです。(そうして暴力から身を守ろうとするのです)

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