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    支那事変は、支那が戦争を始めて、日本が何度も何度も「やめよう。やめよう。」と言ったのに、支那がそれを無視して戦争を継続・拡大して暴虐の限りを尽くした戦争なのだから、日本にとっては自衛戦争以外の何ものでもない。

    米英は、そのような暴虐支那に対して大々的にカネや武器を支援し、日本に対しては経済制裁を行なうなど理不尽な行動をとった。

    日本は何も悪いことをしていなかったにもかかわらず、石油の輸入が出来なくなってしまった。
    米英蘭の3カ国が日本に「石油を売らない」と言うことは、日本に「死ね」と言うのと同じことだった。
    ハル・ノートを呑んで、支那や満州から撤退したら、失業者が溢れ、夥しい数の日本人が餓死などで死んだだろう。

    更に、当時は国家生存の条件とされていた大国の地位を失い、小国に転落すれば、いつソ連や米国の植民地にされてもおかしくなかったし、ましてやアジア諸国の独立なんて何十年・何百年後に実現したか分からない。



    20世紀前半、日本を虐めまくった米国
    日本人移民の受入停止、日本人が生きるための満州開拓・権益妨害
    http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/8285224.html
    「絶対的排日移民法」から「経済封鎖(石油禁輸)」まで
    米国の対日嫌がらせの歴史と日本人が生きるための開戦
    http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/8387340.html
    我らが祖先の偉大な功績
    http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/8446589.html

    「日本に戦争責任なし」目次
    http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/28278186.html
    http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/28278217.html

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  • 日本の方が悪いに決まってるだろ
    弱いくせに生意気にイキがったら誰だってヤキ入れるだろ、そういう事だよ
    偉そうに国際連盟脱退して石油も無いくせにさ、素直に謝れば良い物を攻撃してきたから
    コンテンパンに叩きのめしたそういう事
    弱い弱小国はイキがらずおとなしくしてろと言う事、実際当時偉そうに勇ましい事言ってた軍人は臆病で無責任な
    愛国心のない無能ばかりだった。石原慎太郎見れば解るだろあいつに責任感や愛国心があると思うのか?

  • 二本以上にアメリカという国は誤解されているだろうから、何かにつけてあしざまにののしられ、そのように史実として残されてきたということは想像できる。

  • >>2646

    >ところで満州と言う土地はいつから日本固有の領土だったのかな?

      あほか、固有の領土など 昔から、誰もゆってはおらん。常識知らず。

    満州事変は らる意味 自衛ってとこあるのだな。追いつめられたのだ。
    支那人の立場でものを言うのが日本左翼なのだが、その支那人ってのは嘘をつくのが得手。

    サヨてのは、とにかく日本を叩きたい、日本=悪玉ってゆう史観をGHQから植え付けられて、
    日本=前科者国家として自虐の快感にふけっておる。つか、偽善者なのだな。

  • >>2642

    >そもそも中国大陸ってのは、昔も今も、嘘と無法と暴力の大地、強い者は約束を平気で破り、
    条約も意味をなさない。そこに戦前の日本人は、糞真面目にも怒り狂ったとこあるのだな。
    リットン報告書ってのは、日本の満州侵略なんてゆってるらしぃが、よく読めば、日本に同情的で、
    中国側の条約破りを非難してるらしいんだな。

    ところで満州と言う土地はいつから日本固有の領土だったのかな?
    もしそうでないなら、

    >中国大陸ってのは、昔も今も、嘘と無法と暴力の大地、強い者は約束を平気
    で破り、条約も意味をなさない。

    と言う表現は明らかにおかしい? なぜならもしそうなら、なぜ日本は満州事変などをおっぱじめ
    たんだね?

  • >>2638

    >・・・こういう背景から出てくる本間中将処刑の受け取り方は、次のような言葉にもなった。「あれが“死の行進”ならおれたちの行軍は何だったのか」「きっと地獄の行進だろ」「あれが“米兵への罪“で死刑になるんなら、日本軍の司令官は”日本兵への罪“で全部死刑だな」 (山本七平著「一下級将校の見た帝国陸軍」より)

    全くその通りだ。実は本来ならA級戦犯はこの国の国民が判断して処刑しなければならなかったんだな。

  • >>2642

    日本国が悪いと言っていた約70年間、戦勝国と言われた国々は
    どうなっているだろうか。
    自滅や未だに戦争状態や腐敗、テロの標的。
    所詮、不自然な事や国々は、自然界により淘汰される。
    何と世界で一番、安全で安心で世界中から奇跡の国と言われ
    来た人は皆、こんな国が存在していたなんてと驚く。
    尊敬され頼られる、最先端の国、
    真実は、いずれ明かされ、日本が正しかった事は、世界的に証明されつつある。
    悪は自然法にのっとり駆除されるのだ。

  • 敗戦国ってものはツライもんでね、嘘っぱちを言いふらされ、認めさせられる。
    本来なら、中国や韓国、米英仏蘭らこそ、日本に謝罪するべきなのだ、それが歴史の真実ってものだ。

    そもそも中国大陸ってのは、昔も今も、嘘と無法と暴力の大地、強い者は約束を平気で破り、条約も意味を
    なさない。そこに戦前の日本人は、糞真面目にも怒り狂ったとこあるのだな。リットン報告書ってのは、日
    本の満州侵略なんてゆってるらしぃが、よく読めば、日本に同情的で、中国側の条約破りを非難してるらし
    いんだな。どだい、世界中で侵略しっぱなしの英国人が人に言えたことかと、ゆーことやね。 先の大戦の
    根本原因は中国にあるのであって、支那人を反日へとあおりまくった米資本、その手先となった宣教師ども
    に隠れた遠因があるのである。
     現代日本人の規律正しさ、日本社会の律義さが世界の評判になっておるやうだが、それって戦前もおなじ、
    昔から日本人は世界比較すれば残虐な民族では決してないし、信頼に足る民族だ。むしろアメリカ人や中国
    人こそ残酷・非道な人間たちなのである

  • 大東亜戦争、太平洋戦争共に
    当時、人種差別が根底にあったことを忘れてはならない。

    日本は敗戦国となったが
    当時のアジア、アフリカの数百年間植民地とされ続けてきた国々は
    日本から自主・自立国家の道を選択する勇気を得た

    当時、戦勝国でもなかった中国共産党勢力が
    台湾に代わりいつの間にか戦勝国入りした。

    そして、中国共産党勢力が未だに
    人種差別と人権侵害を継続していることは
    当時の名残を継続しているようなもので
    無恥としか言いようがない。

  • 史実、史実というから、史実などあるように思うが、よく考えてみると過去の世界などというものはどこにも存在していない。現在の世界だけがあって、それが刻々変化しているだけである。だから、戦時中の世界というのも、現在しかなかったわけだ。それで現在の世界は誰が見ても同じものかというと、めいめいの立場によってかなり異なる。だから裁判所などでも侃侃諤諤の論争というのをやっているのだが、いつも誤審というのが付きまとっていて、さっぱり本当の姿が見えない。それぞれの人物をランダムに選んで事実を記録させて見ると、各人によって少しずつ異なるわけだ。まだ事件の痕跡の残っている3分前の事柄を記述させてみても、かなりの差異を見る。3年もたつと、世界に事件の痕跡は残っていないから記録に頼るか記憶に頼るほか事実を確認する方法はなくなる。ところが記憶のほうは毎晩寝るたびに書き換えられていくような代物だ。時間がたつごとに周囲の都合のよい意見を取り入れて、無意識のうちに現代の目で見てつじつまのよいものに変化している。だから記憶のほうは事実を再現するに当たって、まったく参考にならない。それで参考にするには過去の記録に頼るしかなくなるわけだが、これがじつに千差万別といってよい有様だ。おまけに記録を読むものの評価というのもさまざまだ。そうすると、過去は現在よりも無数に枝分かれしていたと思わざるを得なくなる。

    昔などというものは結局どこにもない。夢物語とあまり変わらないといってもいいくらいだ。それで「戦争なんてあったのか?」などという連中が出てくるんだろう。

  • ・・・「バターン死の行進」がある。これは日本軍の行った悪名高い残虐事件で、このため当時の軍司令官本間中将(当時)は、戦犯として処刑された。
    ・・・この行進は、バターンからオードネルまでの約100キロ、ハイヤーなら1時間余りの距離である。日本軍は、バターンの捕虜にこの間を徒歩行軍させたわけだが、この全行程を1日20キロ、5日間で歩かせた。武装解除後だから、彼らは何の重荷も負っていない。一体全体、徒手で1日20キロ、5日間歩かせることが、その最高責任者を死刑にするほどの残虐事件であろうか。
    ・・・だがこの行進だけで全体の約1割、2000といわれる米兵が倒れたことは、誇張もあろうが、ある程度は事実でもある。3か月余りのジャングル戦の後の、熱地における5日間の行進は、たとえ彼らが飢えていなかったにせよ、それぐらいの被害が現出する一事件にはなりうる。
    ・・・だが収容所で、「バターン」「バターン」と米兵から言われたときのわれわれの心境は、複雑であった。というのは本間中将としては、別に、捕虜を差別したわけでも故意に残虐に扱ったわけでもなく、日本軍なみ、というよりむしろ日本基準では温情をもって待遇したからである。日本軍の行軍は、こんな生やさしいものでなく、「6キロ行軍」(小休止を含めて1時間6キロの割合)ともなれば途中で、1割や2割がぶっ倒れるのは当たり前であった。
    ・・・こういう背景から出てくる本間中将処刑の受け取り方は、次のような言葉にもなった。「あれが“死の行進”ならおれたちの行軍は何だったのか」「きっと地獄の行進だろ」「あれが“米兵への罪“で死刑になるんなら、日本軍の司令官は”日本兵への罪“で全部死刑だな」

    (山本七平著「一下級将校の見た帝国陸軍」より)

  • 中国人のモラルが悪かったということは事実らしい。大体アヘン戦争なんていうのが起こったのも、元はといえば中国官僚が悪いようだ。

    しかし欧米の態度が悪かったというのは疑問。やはり現在同様に中国の非礼を攻めていた筈だと思う。


  • http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-5917.html
    間違い知ったマッカーサー「占領政策の真実」ケント・ギルバート■マクマリー、ケナン、フィッシュ

    (一部抜粋)

    ■【戦後70年と私】占領政策の真実 間違いに気付いていたマッカーサー ケント・ギルバート氏
    2015.08.07、ZAKZAK

     70年前の終戦直後、日米関係は、お互いが完全な対立軸からスタートした。

     米国は、大日本帝国とは、軍国主義の独裁者が神道という宗教を利用して国民を統率する、非民主的国家であり、世界征服をたくらむ野蛮で好戦的な民族の国だと考えていた。

     日本の占領政策、言い換えれば「保護観察処分」は、危険な日本を制度面と精神面の両方から矯正する趣旨で始まった。

     東京裁判(極東国際軍事裁判)を通じたABC級戦犯の処罰や、戦争の贖罪(しょくざい)意識を植付ける「WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)」、日本国憲法第9条も一貫した趣旨に基づいている。

     しかし、朝鮮戦争が起きたころには、GHQ(連合国軍総司令部)最高司令官のマッカーサー元帥は、根本的な間違いに気付いていた。米国が戦うべき敵は日本ではなく最初からソ連であり、日米戦は不必要だったのだ。

     強い日本軍が、野蛮で危険なソ連の脅威からアジアの平和を守っていた。米国は間抜けな勘違いのせいで、日本軍を完全に解体してしまった。これが今日まで続く、米軍日本駐留の根本原因である。

     最高司令官を解任されて帰国したマッカーサー元帥はワシントンに呼ばれ、1951年5月3日、米国議会上院の軍事外交合同委員会で証言した。

     「Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security(=日本が戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだった)」と。

     日本が始めた大東亜戦争は侵略戦争ではないという意味だ。戦後体制の大前提を根底から覆す、このマッカーサー証言の存在すら知らない人が日米両国とも圧倒的多数である。

     占領下の日本には「プレスコード」(=GHQによる言論統制。『連合国や連合国軍への批判』など禁止事項を厳格に列記した)があったので、このニュースを取り上げることはできなかった。

     しかし、終戦70年を目前にした現在も、日本の首相経験者や与野党の要職者が、「安倍晋三首相は70年談話で日本の侵略戦争をわびろ」などと、無知蒙昧(もうまい)ぶりを披露している。

     70年間に、日米ともさまざまな機密文書が公開され、過去の多くの常識が、今では非常識になった。

     開戦前の日米和平交渉の経過や、当時のルーズベルト大統領が議会承認を得ずに「ハル・ノート」という最後通告を日本に突きつけた事実は、米国人にも隠されていた。

     ハル・ノートの草案を書いたハリー・ホワイト財務次官補は、後に「ソ連のスパイ」だとバレて自殺した。日米開戦支持の議会演説を行ったハミルトン・フィッシュ下院議員は、すべての真実を知って大激怒。自分の演説を恥じ、「ルーズベルト大統領を許せない」と死ぬまで言い続けた。

     戦後70年の節目を機に、日本人のみなさんには、日米関係のみならず、国際情勢全般について、最新情報へのアップデートをお願いしたい。





    ■ハミルトン・フィッシュの証言■

    真珠湾攻撃の翌日(1941年12月8日)、フランクリン・ルーズベルト大統領は、日本に対して宣戦布告を求める議会演説(恥辱の日演説)を行った。

    ハミルトン・フィッシュは、米下院の共和党議員で主導的政治家だったので民主党のフランクリン・ルーズベルト大統領の政敵だったが、国家の一大事に際して、ルーズベルトの演説に続いて、それを容認する演説を行った。

    全米2500万人(当時のアメリカ人口は約1億3000万人)が、フィッシュの演説をがラジオで聴いた。

    ところが、戦後、フィッシュはこの自分の演説を深く恥じることになった。

    なぜならば、ルーズベルト政権の対日交渉の詳細が次々と明らかになってきたからだ。

    特にフィッシュが問題にしたのは、ルーズベルトが「ハル・ノート」の存在を議会に隠していたことだった。

    ルーズベルトは「アメリカが誠意を持って対日交渉を続けている最中に、日本は卑怯にも真珠湾を攻撃した」と、議会や国民に説明していた。

    しかし、それは偽りだった。

    フィッシュは自著『FDR: The Other Side of the Coin.』(1976年)(渡辺惣樹訳、「正論」2014年1月号)で、次のとおり振り返っている。

    私たちは、日本が、和平交渉の真っ最中にわが国を攻撃したものだと思い込んでいた。
    1941年11月26日の午後に日本の野村大使に国務省で最後通牒が手交された。
    それはハル国務長官が渡したものである。
    ワシントンの議員の誰一人としてそのことを知らなかった。
    民主党の議員も共和党の議員もそれを知らされていない。


    フィッシュは、ハル・ノートは議会の承認を得ない対日最後通牒であると言い切っている。

    それは、議会だけに開戦権限を認める合衆国憲法の精神にも背いた外交文書だった。

    フィッシュは、ルーズベルトを軽蔑するとともに、自分がその嘘に乗せられて対日宣戦布告を容認したことを強く恥じた。

    戦後の研究で、日本の天皇も指導者も、対米戦争を望んでいなかったことまでが明らかになると、彼の怒りは頂点に達した。

    私はルーズベルトを許すことができない。  
    彼はアメリカ国民を欺き、全く不必要な日本との戦争にアメリカを導いた。

    日本の指導者が開戦の決断をすることになった最後通牒ハル・ノートはルーズベルトが真珠湾攻撃を「恥ずべき行いの日」と呼んだことにちなみ、「恥ずべき最後通牒」と呼ぶのが適切と思われる。

    日本は、面積がカリフォルニアにも満たない人口八千万人の比較的小国であった。  
    天然資源はほとんど保有せず、また冷酷な隣国であるソビエトの脅威に常に直面していた。

    天皇は名誉と平和を重んずる人物であり、側近の攻撃的な軍国主義者を制止するために、できるかぎりのことを行っていた。

    日本はフィリピンおよびその他のいかなる米国の領土に対しても、野心を有していなかった。  
    しかしながら、ひとつの国家として、日本はその工業、商業航行および海軍のための石油なしには存立できなかった。

    日本は、コメおよび石油の購入を平和的に保証されたならばどのような条約にでも署名し、南方に対するいかなる侵略も停止したであろう。  
    ただ、自由貿易を認めるだけでよかったのだ。

    どうしてイギリスが極東における数多くの領土を保有する絶対的な権利を持つべきであり、その一方で日本が近隣諸国からコメ、石油、ゴム、錫その他の商品を購入することさえもできないくらいの制限を米国によって課せられなければならないのか。  
    こんな理不尽な話はあり得ない。

    米国の最後通牒を受け取った時点の日本は、四年にわたる戦争の結果、中国のほとんどの海岸線、大都市、かつ広範な領土および満州全土を掌握し、極東最大の勢力となっていた。  
    このような強力な国家に対し、米国はこれ以上何を要求できると言うのか。

    天皇および近衛首相は、平和を維持するために信じられないほどの譲歩をするつもりでいたのである。  
    非常に平和愛好者である首相の近衛公爵は、ルーズベルトとの会談を繰り返し要望していた。

    在日米国大使であったジョセフ・グルーは、日本がどれだけ米国と平和的関係を保ちたいと希望していたか承知しており首脳会談を強く要請した。

    日本は米国との開戦を避けるためならば何でもする用意があったであろう。  
    しかし、ルーズベルトはすでに対日戦、対独戦を行うことを決意していたというだけの理由で日本首相との話し合いを拒否した。

    日本との間の悲惨な戦争は不必要であった。  
    これは共産主義の脅威をより恐れていた日米両国にとって、悲劇的であった。

    我々は、戦争から何も得るところがなかったばかりか、友好的だった中国を共産主義者の手に奪われることとなった。  
    イギリスは、それ以上に多くのものを失った。  
    イギリスは中国に対して特別の利益と特権を失い、マレーシア、シンガポール、ビルマ、インドおよびセイロンをも失った。

    日本人は、高度な忠誠心、愛国心に満ちた、非常に感受性の強い、誇り高き、かつ勇敢な民族である。  
    このような民族に『恥ずべき最後通牒ハル・ノート』を突きつければ、必ず戦争になるとルーズベルトは確信していた。

    私はルーズベルトを許すことができない。  
    この大戦は米国に三十万人の死亡者と七十万人の負傷者、そして五千億ドルの出費を米国にもたらした。

    日本には軍人、民間人合わせて三百万人以上の死亡者をもたらした。  
    日本の物的、人的、精神的被害は計り知れない。

    その責任はルーズベルトが負っているのだ。

    『日米・開戦の悲劇―誰が第二次大戦を招いたのか』ハミルトン・フィッシュ著、岡崎久彦訳(1992年12月)
    『Tragic Deception: FDR and America’s Involvement in World War II.』 Hamilton Fish (原著)(1983年)

  • 【KSM】日本が大東亜戦争に突入せざるを得なかった大きな理由 上智大学名誉教授 渡部昇一氏「かくて歴史は始まる」

    https://www.youtube.com/watch?v=kFyvCMQxQow

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    ★尖閣/離島防衛の要 これが水陸機動団と即応機動連隊だ 中国反応アリ!
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    ★日本と世界トップと兵器共同開発を前進! 韓国の反応あり!
    ★空母もダメ 潜水艦もダメ これが中国兵器の実態だ! 中国反応アリ!

  • 昨日(12月8日)は今から73年前の未明、日本が自衛のため大東亜戦争に突入した日だ。
    然るに日本人はもうこの日を忘れたのか?
    戦争の終盤で同盟国のドイツ、イタリーが倒れ、日本は中立国を除いては世界の強大国をすべて相手にして戦った、戦い利あらずして日本は敗れたがその大和魂は世界中が覚醒するところとなった。
    この結果、日本を敵に回してはならぬと心底確信したのもアメリカだった。

  • >>2629

    逃亡といえばmotaさんの得意技
                                               でも一回逃亡に成功しても,二回三回と続けて成功するとは限らない。                                                      成功の確率はどれくらいですか?                                                                       5%以下でもやめないのですか?

  • >>2628

    一回逃亡しても二回目はあるのですか?
    勝ち星の多い逃亡将軍 次は何時の予定ですか?

    一回くらいで失敗したからと言ってやめないのですか?

  • >>2626

    そうアメリカでさえ負けたことがある

    なので1回負けたぐらいで戦争をやめる必要は無いのです。
    勝ち星のほうが多いんですからどんどんやればいい

    motaさんも一回くらい食い逃げに失敗したからと言ってやめないのと同じです。

  • >>2626

    「戦争に負けない国なんてないですからね。」・・・そうだね。                                                         シナも多分負けるだろうな。

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