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  • また会えて、とてもうれしかったけど、
    「健全な女子大生なら、ボーイフレンドとデートぐらいいったら?」
    ってね、プライベートでは一緒に過ごさないようにした。それがその子の為だと思ったから。

    年月が流れて・・・。

    その子、大学も卒業して、無事に就職もしたんだけど、体が弱くてあまりきつい仕事はできなくて、自分ができること探していろいろな仕事を転々としてたんだ。
    仕事が変わる度に連絡がきてた。

    そんな年月が5~6年過ぎていった。

    ある日、その子からびっくりするような連絡が来た。
    「先生、私、学校の先生になりたい。今からそのための勉強する。」
    さすがに、普通の仕事もできない体の弱いこいつがこんな激務は無理と思い、やめるように説得した。

    でもその夜、その子の母親から電話が来て、
    「あの子は言い出したら聞かないから、力になってもらえますか?」ってね。

    自分も腹をくくって、こいつともう一度勉強しようと思った。
    でも、その子「今度は自分の力でやるから、自分で決めたことだし、もう大人だから。」ってね。

    でね、ほんとに採用試験受かったんだ。すごい高倍率の狭き門だったのに、
    母親に聞いたら、起きている間はずっと勉強していて、体を壊さないか心配だったそうだ。

    採用校が決まったとき、久しぶりに一緒に過ごした。とてもキラキラした素敵な笑顔で
    その日は、ほんとうにうれしくて楽しかった。

    別れ際に、「これから1年後には一人前の教師になってます。そのときに会いましょう!」
    ってね。

    4月・・・5月・・・6月・・月日が流れてだんだんとその子と連絡が取れなくなったんだ。
    でも僕は、「誰かいい人でもできたんだろう。」と軽い気持ちで考えてた。

    正月にメールしたら、
    返信に、「病気で休んでました。ごめんなさい」とだけ書かれていた。

    びっくりして連絡を取ろうとしても、どうしても取れなくて、
    週末に家にいったら母親と会えた。

    末期癌だったよ。その子は入院してた。病院を聞いても「あの子が会いたがらないから」って教えてもらえなかった。

    自分ができること???何だろう。頭はパニックになって何もできなくなった。

    「残された命を一緒に過ごすこと?」
    「一緒に死んでしまうこと?」

    どんなに考えてもこの2つしか頭に浮かばなかった。

    とにかく会って話がしたい。

    でもどんなに努力しても会うことはできなかったよ。

    最後のメールは一言「ありがとうございました。」ってだけ。

    それからはメールの返信もしてこなかった。

    2ヶ月後、母親から「娘が亡くなりました。」って連絡がきた。
    ただ、「娘があれだけ見られるのをいやがっていたので、お通夜は遠慮してください。」
    と言われた。

    それから、数ヶ月自分がどうやって過ごしたのかあまり覚えていない。仕事でもみんなに迷惑ばかりかけたと思う。

    毎日のように思い出した泣いていた。

    あいつは、自分に楽しくて優しい思い出、沢山くれたのに、
    自分は過酷な試練ばっかり与えていた。

    短い人生だとわかっていたら、もっと豊かな生き方ができたはずなのに。

    あいつの人生は幸せだったのだろうか?

    でも、少しだけ救われるのは思い出のなかのあいつはいつも最高の笑顔を見せているってこと。

    そして、あいつが昔、自分の愛犬が死んだとき、言ってくれた話。

    「神様もかわいくて優しい子が大好きで、自分のまわりに置きたいから連れていったんだよ。神様のわがままだね。」

    ほんとにそう思うよ。

    今、向こうで幸せに暮らしていて欲しいと心から願っている。

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