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    ありふれた日常・・・時代の記録・・・
    云い忘れたこと・・・言残してしまったこと・・・
    あの頃の自分にでも、あの頃のあの人にでも・・・
    同世代、語合いませんか・・・?

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    hajimel@kne 7月16日 13:19

    死者210人、安否不明24人・・・

    家屋浸水、流失された被災地では7千人が避難生活を強いられる。

    ある意味人災ですね。ハザードマップ、「今回浸水した区域と予測した区域はほぼ同じで想定内だった」と。

    ま、消失した家屋は仕方ないにしても「命」は悔やまれる。
    土砂崩れはまさかの瞬間のできごとで、一瞬にして命は奪われる。

    高崎にもそう言うハザードマップに指定された区域に生活者います。
    観音山丘陵というところの谷間の村ですが知人もおりますがかなり急勾配の斜面だったり谷間だったりと。
    で、昔からそこに住んでる人はまだしも昭和40年代の団地造成ブームでそうしたところに幾つもの団地が造成され多くの住民がいます。

    まあ、よくも行政の方が「建築許可」を通したものだという場所。
    万が一のことがあればひとつの団地ごと土砂崩れで持って行かれそうなところ。

    今度の災害で政府の対応のまずさはひどかったですね。

    どう見ても、おぼっちゃま、お嬢ちゃまの政治家ごっこで、例の「自民亭」に参集した幹部のほとんどが世襲。
    しかもそうしたさなかの国会審議が「カジノ法」ですから、しかも国土交通大臣が「国土交通」をほっぽらかして「カジノ法」。
    でそのカジノ法、大臣、念仏のように「経済成長」とか「地域活性化」とか国際会議が、統合型リゾートが」、とかだが早い話が「賭博開帳図利合法化法」。
    つまり政府が胴元になり、その収益を社会に還元って、なにそれ(笑)。

    3ヶ所がその都市がその対象でそのカジノ売上1.7兆円規模を見込みその30%が政府への納付金(テラ銭)。
    で、博打なんだから「売上」って客の取り分(勝ち分)を決済したあとの残っていうことでしょ。仕入れがないんだから。
    つうことは政府のテラ銭5.1千億円、それに入場料はその当該施設の地方税。

    ま、1.7兆円の売上って、それって客の負けでしょ?
    ま、パチンコが売上「21兆円」とかだから掛金の決済は景品で粗利率は約18%。
    で、そのカジノの売上はカジノ業者の手残りが総売上だから粗利率は100%?

    つまり、コレって、国会議員の「パチンコ議員連」、カジノ法案を通すことによってなし崩し的に現行の「パチンコ産業」に指定地域での「カジノ」を許可することに?

    いずれにしろ「カジノ法」はトランプ様とのお約束・・・

  • >>12249

    宇和島上水道破壊ということで、水を送ろうかと思っていたら、やっと電話があり、ライフラインは無事だと。ただ宇和島といっても、今はいくつもの村が合併しているので、合併した宇和島周辺がライフラインが切れているとか。元々の宇和島は崖崩れもなく、元通りとか。毎年台風様の通り道でそのあたりは計算済みということか。
    大洲、肱川の反乱は、当たり前にあるから、被害感覚はないようだ。がけ崩れは別にして。
    松山は、文豪の街、大江健三郎、正岡子規、種田山頭火など。伊丹十三記念館あります。文豪の名のあるところ、色街がまたあります。道後は気位が高い(笑)なぜか芸者さん、知っている限り学があります。茶道、華道、お習字。当たり前。女性が優れているところ、男性も優れていますね。そういう意味で夏目漱石も影響受けたのではないでしょうか。ただし伝統的に男尊女卑。その具合と言いましょうか、司馬遼太郎は小説で描き切っているのでは、と感じます。一面しか見てないと思うところはありますが、いい線をいってます。面白い街です。何より温泉が最高(笑)

    ルフナ

  • >山をいくつも壊してできた道路です。

    それはここも一緒です。

    高崎の場合は昭和40年代以降、榛名山から妙技山にかけてゴルフ場の開発ラッシュでした。
    一時は自然破壊というか猿の集団が山里に。碓氷峠旧バイパスにはその猿が道路を占拠する騒ぎも。
    そう、鹿も狸もクマも珍しくない時期がありました。

    しかし、高齢化に伴いゴルフ人口の減少でしょうかゴルフ場も相次いで閉鎖、どうするんでしょう、植林でもするんでしょうか、芝生は伸び放題(笑)。
    ま、野生動物にとっては棲みやすい環境になったのではないかと・・・

    >宇和島のえひめ丸ハワイ沖事故を思い出してください。

    シンキロー総理がゴルフをやめなかったアレですね。
    シンゾー総理は宴会をやめなかった。こんな惨事になるとは思ってなかったって、副官房長官。
    しかし、赤坂「自民亭」での片山さつきなんたらのツイッターが笑っちゃいますね。
    東大出て、大蔵省主計局あがりがあの程度のおちゃらけじゃあ世も末です。
    シンゾー総理親衛隊。なんでかしらないけどやたらとそういうのが多いい、気持ち悪いです。

    >賑わった商店街は宇和島の自慢でしたがガレージだらけ、開かずの商店街に。

    宇部だったか、呉だったかの立派なアーケード商店街、昭和末期で「シャッター通り」でした。
    唯一、倉敷はそのころ商店街は健在でしたね。

    しかし、松山は魅力的な街の印象が残ってます。街の中に温泉街があって、松山城があって市電が走ってて。
    なんか市電のある街ってゆとりを感じますね、自動車との共存。
    広島、岡山、長崎、熊本、鹿児島、豊橋、福井、富山、それを言うと東日本にはないです。
    北海道の札幌、函館だけかな。高崎もその昔走ってた。昭和28年廃線「高崎=伊香保」間。

    さて、台風シーズンを控えてこれからが大変ですね被災地。

    それを思うと東京オリンピック、7月8月開催ってIOCの嫌がらせでしょうか?

    ケンタ。

  • >>12247

    松山辺り、島ががけ崩れがありました。それぐらいだと思います。

    排水はなんせ温泉の街。道後本館の湯以外、周りのホテル旅館、すべてに温泉風呂ですから、しっかり上下水道は完備してるものと。ただ山がどこに行っても迫ってます。奥道後もすぐ山ですね。水を含んだ山がいつというのは怖さがあります。

    が、弥生式時代からの遺物がたくさん残ってますので、太古の昔から住みやすい土地だったとは思います。
    石鎚山からは、多分いまだに透明な水(美味しい!)が流れてます。豊後水道からは美味しい魚が(( ^)o(^ ))したがってお酒も。

    宇和島のえひめ丸ハワイ沖事故を思い出してください。高卒で海に出て働くのです。
    あの事故は、何か秘め事の様に扱われてますが、未来の地元を支える生徒を失ったことは大変なことでしたが、貧しい過疎地ゆえ、亡くなった生徒の補償金をめぐり、「得した」と陰口をたたかれる始末だったとか。噂ですよ。被害者をさらに袋叩きにする、それが日本かな、と言いたくなる。
    賑わった商店街は宇和島の自慢でしたがガレージだらけ、開かずの商店街に。

    貧困とはそういうことです。
    真っ先に心がダメになる。
    連絡はとれたけど、心配かけないようにか、ライフラインの状況は分かりません。

    ケンタさんの走った道路は、私の幼いころと違って、山をいくつも壊してできた道路です。

    ルフナ

  • >>12246

    >高知という地形、愛媛の地形は、

    昭和60年ころ年に一回エレキの行商、挨拶がてらで山陽、九州、四国とまわった。
    まだ四国には高速道路がなかった、確か高知高松間にちょっとだけ。

    ルートは大阪を出発して岡山、倉敷、福山、三原、呉、広島、岩国、徳山、宇部、下関と。
    そこから九州を大分中津からまわって北九から一路、柳井へ。そこからフェリーで松山入り。
    で、松山までは順調なんだけど松山から高知へ行くのが大変、どう行ったかなぁ山ん中走って高知についいたのが翌朝。
    でびっくりもんの「播磨屋橋」。橋というのに川がない(笑)。
    で高知から高松へ行くのもいい時間かかった。高速道路はちょっとだけ。
    高松から徳島、フェリーで和歌山へ。

    それにしても四国は鉄道整備とかはできなかったんですかね。
    確かにおっしゃるとおり瀬戸内はくまなく海運が張り巡らされているけど・・・
    それにしても、高知ってある意味陸の孤島っていうかその意味で江戸幕府の監視が届きづらかったんだろうか。陸路は関所があるけど海路はボーダーレス。

    村上水軍っていうのもあったくらいだから陸の人間にはとても及ばない思考があったんでしょうね。
    正直、僕ら海を知らないで育ったものは海は怖いもの・・・

    ま、今回の豪雨災害確か去年も九州でかなりの死者が出た豪雨災害があったのに、人災かもしれませんね。
    国土強靭化法とか言っちゃって利権あさりですから中々始まらない。

    高崎もそうだけど、昭和40年~50年代、観音山丘陵にへばりつくように造られた高級住宅団地。傾斜20度?30度?雪が降ったらアウト。
    崖崩れ、地すべり、ありえないことがありうる。そこ高崎ハザードマップに指定。

    確かに眺めはいいです。
    花火大会は特別観覧席です。

    ありえない、ありえない、ありえない・・・

    ところで、松山には同い年の従姉妹いたんですが、どうしてるだろうか?

    ケンタ。

  • >>12245

    愛媛の被害状況の把握に追われています。で、親戚の状況はほとんどわからない。
    ただ昔からの原風景は崩れていない。ま、これからですが、崩れるのは。

    愛南町は近年でもないが(笑)高知に道路を貫通させるため、山に発破を何度もかけたのですよ。鉄道も通した。そこがどうも崩れているような。竜馬の海援隊ですか、船を操ることができたのは、高知という地形、愛媛の地形は、陸から移動は難しかったので海の移動が発達した。あの辺りは港が発達していた。九州は今でも船が早い。無理な道路造成が貧困、寒村にどのくらい効果があったか疑問です。いまだに貧困です。道路造成の際は土方さんに女性まで出て、鉄筋の家を建てるまでになりましたが。道路整備が終わった後は公園、旅館なども瞬く間になくなっていました。まあそこには親戚はいませんが。今はちょっと話す気になりません一言入れると、戦前満州とか中国奥地に棄民政策で行った村々が余計に戦後寒村になりましたが、真珠の養殖で経済を立て直したが、欲を出して少ない面積に真珠母貝を養殖したため全滅。幼いころ砂浜に牡蠣がたくさん転がって(生きてますよ)割って塩で洗って喉越しに食べたものです。

    ルフナ

  • >>12243

    >夫が、江戸時代の愛媛の話をしだした。

    ぜひ聞きたいですね「江戸時代の愛媛」のおはなし。

    本当の話、聞きたいことばかりです・・・

    前にも書いたかもしれないけど「パパのおじいちゃんのお父さんは江戸時代の人」、娘の作文、小学校の頃のことです。

    僕の祖父は明治17年(申年)。僕はひょんなことから市役所で祖父の戸籍謄本を取った。3300円かかったけど(笑)。
    そしたら祖父は祖母と二度結婚離婚を戸籍上していた。戦前の話だ。姉にそんな話をしたら「知らなかった」と。

    祖父は農家の三男で祖母と結婚すると「新宅」として本家の近くに土地と家をあてがわれた。
    よくは知らないが祖父は当時、株、相場をやっていて昭和恐慌でえらい目にあったとか。
    まあ、姉が生まれたのが昭和14年。姉が生まれる10年前の話・・・

    僕が知る限りでは祖父の家、僕が生まれた家だが競走馬を飼っていて村で酒、味噌、醤油を扱う萬屋を営んでいた。
    それは僕が生まれた昭和24年もそうであったようだ。というのもその店の前で生まれたばかりの僕をおんぶしている姉の写真がある。

    祖父は日露戦争に従軍したと母から聞いていた。そう思うと祖父、父と動乱の時代を生きていたのだなと、己と重ねると恥ずかしい。
    そして戦後、昭和22年、祖父にとって長男(父)がシベリア抑留から復員する。その時祖父は62歳。胸中はどんなだったろうと・・・

    ぜひ聞きたいですね「江戸時代の愛媛」のおはなし。

    ケンタ。

  • >>12242

    こちらは災害情報と、地震と、夏のプランで、電話を掛けたりかかったり。
    姉は脳梗塞と、心臓の精密検査。姉は電話で「あなたは幸せだね」と。私は「有名な作家が人生はトータルすればみな同じと」姉「それはそうだった(笑)」今を嘆かずに生きていこうよ、と心で呟く。
    長女と連絡。そのたびに尾崎豊の曲を「アレクサ」にかけてもらいます。夜は尾崎をプロデュースした人々の話をYoutubeで。長女と尾崎は似てます。高校を中退した尾崎に、高校の先生がかけた言葉は「先生、教師は踏み台にすればいい」と。長女を教育放棄した先生、理解しようとした先生、踏み台にしてくれといった先生。すっかり忘れてた過去を思い出しては「幸せだな、感謝だな」と。長女のために作ってくれたような尾崎の曲を聴きながら。
    夫が、江戸時代の愛媛の話をしだした。また長々と話すべきか、今日はしかし孫に会いに。

    ルフナ

  • >>12241

    >大変な災害だわ。

    高崎はね、ほぼ69年暮らしてるけど・・・
    今回の騒ぎにも曇りのち雨で、今日は曇り。
    雪は大雪あったけど、ほとんど降らない。
    高崎の地形上台風が避けて通るし烏川、明治43年の大災害、烏川、鏑川の氾濫以降はない。
    もっとも明治43年と今では河川の整備も全く違うし。僕が子供の頃はちょっと降ると洪水。
    その度、保健所が街中に消毒しに回ってた。

    この間の「首都直下型地震の被災度も高崎は8%。
    どうやら中央構造線断層帯から外れているようです。
    ま、浅間山、榛名山、赤城山の噴火で形成された火山灰大地の上にある高崎は揺れるには揺れるけど関東大震災の時も倒壊家屋は数件。
    もっとも昔の家の話ですから。

    とにかく、災害とは無縁の高崎。だから人間がのんき、のんびりしている。結構みんなボーッとしています(笑)。
    海がないから津波の心配はないし。

    とにかく災害のない街、高崎なんだけどほとんどの人が知らない。
    新幹線で東京駅まで1時間。新宿までは1時間40分、湘南ラインは沼津まで行ってます。

    とにかく地価が安い。高崎駅周辺のマンション高くて3千万円大普通で2千万円台。駅徒歩5分~20分。
    私が社長ですの「APAマンション」なんか駅構内にありますから(笑)。

    昨日は地域の公民館で「グループサウンズ」のコンサート。
    70歳半ばと思しきご婦人からはチップをいただきました(5千円)。
    僕が、ベンチャーズメドレーを弾くと、曲名を教えてくれえとその後婦人。20代の頃に聞いた覚えがあるだけど生のエレキギターサウンド、それも目の前で聴けるなんて・・・
    と、甚く感激されてました。ビートルズの楽曲、アイソーハースタンディング・ゼア、ツイストアンドシャウト踊りだすご婦人も。

    ま、ボランティアです。これまでそういうことは考えてもいなかったけどこれからは積極的に高齢者の皆さんに10代、20代に若返ってもらうために演奏していきたいと思ってます。

    自分も高齢者、腰椎すべり症でブロック注射と薬を飲んでなんとかエレキを弾いています。
    僕が18の時からのバンドです。リーダーは今年72歳で存命はリーダーと僕と、ボーカル72歳。
    ベース、キーボード、ドラムスは新メンバー。結成50年。まあエレキバンド、あんまり上手くないけどそれはそれで。

    「想い出の渚」は皆さんと合唱です。

    ケンタ。

  • >>12240

    広島の知人の地区大丈夫。愛媛の親戚、川が氾濫道路が冠水したが、家は坂の上にあり大丈夫。がスーパーにはたどり着けない。米櫃と眺めて何とかなる。水道はOK.
    大洲はテレビに出ないがツイッターで家が流されている。
    台風が来ても(年中夏の行事に台風襲来はなっている)無事越せたが、今回は被害が出た。う~ん。大変な災害だわ。

    ルフナ

  • >>12239

    脈絡なく、席を立ったり座ったりして書きました。
    尾崎豊の「卒業」の中身そのものを彼女は訴えていた、と今は思います。
    時折、寝られないと突然起きてきて、「お母さん、私の頭は言葉でいっぱいなの」というので、納得するまで、二時間ばかり、彼女の話を聞いていたものです。

    ルフナ

  • >>12238

    発達障害は、知的障害ではないのです。同じことを子どもたち3人に言えば、下2人はこちらの意図するところを受け止める。長女は違っている。学校の先生で小学校一年の先生が、理解できた。学校は学習するところ、勉強するところと認識したと思うのですが、学校が勉強するところ日々学ぶという場所と認識したのは大学に行ってからではないかと推測しています。小学4年生の時、面談で先生が「〇〇ちゃん、外しか見ないのですよ、黒板、私を視野に入れない。それでもテストは満点しかとらないのですね」
    中学でも、それでずっとです。
    中学一年の先生「授業中後ろ向いてずっとおしゃべりしています。どうにかなりませんか」長女に先生が困ってる、といったところ、「先生の話はずっと聞いてるよ」と一字一句間違わず、私に話してくれる。小学校で忘れ物検査をしていると長女が飛び切り、群を抜いて忘れ物している。連絡ノートに書かせますと先生。書くふりをして書いてない。全部一応頭に入れてるのです。だから私は点検ができない。何度も空っぽのランドセルしょって学校に行ってあわてて帰ってきては筆箱教科書ノート持っていく。
    絵もうまい。音楽も鋭い。ピアノ弾かせたら、音がいい。練習すればとお稽古に行かせるが、途中で友達に会うとそのまま遊びに行く。月謝持たせる時だけお稽古に行く。それで結構弾けるようになるので、放置して置いたら、ピアノの先生から半年分のお稽古代お返しします、と電話がかかる。いいセンスしていますが稽古に来てくれないと。
    中学生になるなり、尾崎豊に共感する。卒業のときテーマ音楽にしてビデオを仲間と作成する。中学3年の先生が「あの子は普通じゃない、何かの才能があるから、卒業ビデオ任せました」と。「卒業」大人の支配からの・・・
    同時にアニメになってない宮崎駿の漫画を友人と内緒で電車に乗って買いに行ってました。そのころ「新聞配達」で得たお金でかってお何冊も並べていました。
    何か突き抜けているのですが、学校のルールとか社会のルールにはまらない子、でした。で、「窓際のトットちゃん」が出たとき私は彼女が初めて理解できたということです。
    ルフナ

  • >>12236

    >今でいうアスペルガー症候群の特徴とみています。

    長女、千春には小さな頃から「出来る、できない」をはっきりいうことを常に言ってきた。
    早生まれ、3月25日生まれの彼女は小学校一年生の時全学年単学級、ひとクラス25人。クラスでも一番小さかった。
    友達も少なく、仲良しだった子は「チヤちゃん」ていう知的障害の子で3年生になると「特殊学級」でそうなっても「ちいちゃん、ちいちゃん」といって千春のところへ授業中も。
    担任曰く「千春ちゃんはやさしいから嫌がらずにチヤちゃんの相手をしてくれてるんです」って。

    3年生から「そろばん塾」と「スイミング」そして「ミニバスケットくらぶ」と通い始めた。
    彼女は黙々とやるタイプだけど「おっとりタイプ」で競争心はなく、率先するタイプではなかった。それでも6年生までずっとやり通した。

    中学へ行くと、どうしたことか体質も体格も性格も体育会系には縁のないはずが「新体操部」へ。
    3年生になると驚くことに「新体操部」の部長に。おっとり型でハキハキしない(親から見て)、そんな千春が部長に。
    心配になって顧問に聞くと親に見せる頼りない彼女と違って・・・

    「千春はとても頼りになるんです。後輩たちからも人気があるんです」

    家では子ども子どもしてるけど「へ~」っと、妙な感心をした。

    高校は商業高校、部活は請われて県内トップのバスケット部「マネージャー」に。
    3年間インターハイ連続出場。強豪校ともなるとマネージャーの仕事も選手の健康面、メンタル面の管理、試合の管理と対戦相手の情報管理と早朝に登校して帰りは夜9時、10時のそんな毎日だった。

    卒業を前にして大学受験、富山大学大、防衛医科大学、東京経済大学、専修大学・・・

    合格したのは「専修大学」のみ(笑)。

    彼女たちの時代はいわゆる「就職氷河期」。アルバイトをしながらの就職浪人、2年。ようやく大手コーヒーチェーンに採用され今日に。
    職場結婚した夫との間に3人の子供が。現在は新宿の百貨店内にあるショップの店長で、末娘を保育園に送り出し出勤という忙しい毎日のようだ。長女42歳。

    ケンタ。

  • >>12235

    おめでとうございます。
    喜びをばねにしてご活躍期待してます。

    うちはぎりぎりまでひやひやでしたから。どの子も。
    次女など卒業旅行に出た後、学校から「単位が足りません」(笑)

    海外に電話。「卒業できてないよ」

    ま、今は3人ともフルで仕事。
    長女など「仕事でミスなし」

    今でいうアスペルガー症候群の特徴とみています。
    育てにくかった長女。ほんとに窓際のトットちゃんでした。

    ルフナ

  • >>12234

    >それで幸せではないですか。

    Summer Work & TravelをJ-1ビザの制度ができた1969年から実施しており、約50か国から大学生を受け入れています。

    後で知ったんだけどこのインターシップ制度、学校に申請して「CIEE」のテストにパスするにはかなり難関だということ。
    彼女が選んだモンタナ州グレイシャー国立公園での三ヶ月いろんな国の友人が出来たらしい。
    そのアルバイト期間が終わってカナダ人の友人と鉄道でモントリオール(バンボさん)まで。
    台湾の友達に会いに台湾へ、トルコの友達に会いにトルコへ、タイの友達に会いにタイへ。
    そしてこの秋には卒論を書くためにイギリスの友人を訪ねてイギリスへ。

    彼女は僕の教育方針通り、自分のことは自分で「親に相談するな、反対はしない、助言はするが」と小学生高学年の頃から。
    つまり僕は何事においても彼女は間違った判断はしないと信じているから。
    前、ここでも書いたけど「ママチャリ東京紀行」もそうだった・・・

    「パパ、自転車で渋谷まで行こうと思うんだけどどうやって行ったらいいかな」

    僕がマップをプリントして「この道が国道17号、明治通り、山手通りで渋谷まで近道だな」と。

    ちょうど時間通り夕刻、5時半にNHKセンターのところへ。

    彼女は高校へ行くとずっとアルバイト、校則では禁止されてたいたが、担任が黙認していたらしい。
    一度僕も学校に呼ばれて校長から注意されたが・・・
    後で彼女に聞くと、高3になって夏休み「合宿自動車免許取得」に行くためだという。

    「いいよ、自分のことは自分でするから。ママも大変だし、心配しないで」

    で、免許取るとアルバイトで貯めたお金で軽四の中古車買って。

    「大学に通うのに車ないとね」

    大学も高崎から10キロくらいの公立女子大学へ。

    授業料もさっさと自分で奨学金申請して、アルバイトして、自分のための費用は全て自分で。

    「家から通えるし、下宿代、食費かかんないし」

    そうして来春卒業・・・

    「私、日本にいないから」(笑)。

    ケンタ。

  • >>12233

    >「私、日本にいないから」って、ホントにそうなるみたい。

    雛が旅立ちに失敗すると、ほかの鳥の餌食になるしかない、から、そこの旅立ちを親が失敗すると、致命的ですが、人間なら再出発できますから。

    姉からお金があるなら、教育に、譬えどぶに捨てることになろうと、使いないと、かねがね言われていたので、息子は中二の時、ウィスコンシン州にホームスティ3週間、長女はニュージーランドに4週間、大学時代にさせました。

    それぞれ、自立して一人生活を選択して出ていきました。次女も早々と家に寄り付かなかったです少々問題ありましたが。今のところ家族をもって生きていますね。

    息子は中学時代に成田空港を出ていくときは「いやだ」といって泣いてましたが背中をつついて飛行機に。帰国して成田に迎えに行くと、「家には帰りたくない」と二時間空港にへばりついていました。自立への準備の始まりでしたね。

    確かに、50歳で夫を失った彼女は億単位の遺産があり、食べるに困らないといってましたが、子どもを自立させることはできなかった。完ぺきな母親はよくないなと、彼女を見て思いまして、少したとえ話をするのですが、聞いてないですね(笑)

    まず働く、ということを意識させることができればいいのですが。

    家にいなくていいですよ。親としては未来を見れば。本当に困ったときは、何とかしてくれますよ。いくら頼りない親でも、ありったけのことはしてきたつもり。広い世界を見れば見るほど、子どもたち、子どもを持って初めて親のありがたさを感じています。

    抜け殻ではなく、まだ身がある生きている。それで幸せではないですか。

    ルフナ

  • >>12232

    >親は出来損ないがちょうどいいのかなと

    子どもを持って始まる「親業」。それは子供が親を親として成長させる。
    長女が生まれたときの親としての実感。それは2470グラムの我が子を両手のひらに乗せたその時だった。

    真夜中、時を構わず夜泣き一年・・・
    夜中近くの小学校の校庭で抱っこして歩くと、スヤスヤ。
    寝たかなと思って家に戻ってベビーサークルに置くと火が付いたように泣き出す。お腹すいたのかなと思って哺乳瓶、煮沸消毒を急ぎミルクを作ってもちょっとしか飲まない。

    「赤ちゃん時計だから、しばらくは赤ちゃんに付き合いなさい。体重は増えてるからミルクは足りてるんじゃないの」と先生。

    オムツの交換、紙オムツじゃあない、手縫いのさらしオムツ。
    3月生まれだったので入梅時期は洗濯が間に合わないくらいで大慌て。

    母乳も、ミルクも一切受け付けなかった長女。でもそれも一週間だった、とても長く感じた。
    小児科へ行くと、先生が「こういう子よくいますよ」と言って勧めてくれた「ボンラクト」(豆乳)。
    長女、ハイハイし始める頃になると飲むこと飲むこと、3ヶ月検診の頃には健康優良児に、あんなに心配してたのが嘘のよう。

    ま、次女三女には申し訳ないが、煮沸消毒もいい加減・・・
    落っこちたものを口に入れても「ま、いっか」(笑)。

    人間、子供を育て上げてそこそこ一人前ですね。そこそこ。

    我が家の三人娘は親離れが早かった。親が頼りないせいか全て自分で。
    結婚も長女次女、「結婚するから」って自分で決めて。次女は離婚しちゃったけど、「離婚したから」って(笑)。
    三女も「私、日本にいないから」って、ホントにそうなるみたい。

    カミさん脊椎管狭窄症で、僕が腰椎すべり症。このところ痛みも収まってきたけどまだ薬が切れると痛い。
    まるでセミの抜け殻。子供たちが飛び立って、高齢の「抜け殻」。

    >働かない)しない子どものことを話されていましたが。

    それって、今のところ働かなくても生きて行けるからじゃあないんですか。
    で、親がいなくなってどうするかだけど・・・
    いま巷、一見「いい子」がナイフ振り回したり、拳銃打ちまくったり。
    で、働かない親が我が子を虐待死させる。

    ま、国会で嘘つきまくった高級官僚と行政府の長。鰯は頭から腐るです。

    「党首討論の使命は終わった」って、「オマエの使命は終わった」でしょ。

    ケンタ。

  • >>12231

    昨日はどういう意図か目的か、かつての集まりの人々が集うことに。参加してみた。

    必要以上に年取ったように見える人は、骨密度がない人のように思いました。

    それぞれが病気と付き合いながら元気な姿を見せていました。

    どんな格好になっても、付き合えるなと感じました。

    4時間、おしゃべり。主に50歳で夫を亡くした女性が、自立(学校にいけない、働かない)しない子どものことを話されていましたが。

    私には母親がよくできすぎたからじゃないかなとなんとなく感じた(その人に失礼とは思うが)。
    うちの子は、私から逃げるように家から出て、好きな人をそれぞれ見つけ、自立してゆきました。親は出来損ないがちょうどいいのかなと、ふと感じました。

    ルフナ

  • >>12229

    >時の為政者が解決すべきです。

    今の時の為政者は「官邸」だけです(笑)。
    ABE一強、どうしてなのか、はっきり言ってポットでの世襲があれよあれよで内閣総理大臣。
    モリ内閣でどういうわけかいきいなり「副官房長官」小泉内閣も横滑り。
    で自民党幹事長、官房長官、挙句が内閣総理大臣・・・

    自民党、ヒラの国会議員なんて仕事ないわけです。
    採決の時くらいしか国会に出てこない。
    たまに出てくれば「いいかげんにしろよ」っていうヤジ。
    各委員会なんてまず出てこない、たしかにつまんないです与党議員。
    予算委員会だって、出てもただ座ってスマホいじってるだけ(笑)。
    まあ、閣僚だて居眠りこいてるわけですし。

    >若者も何をなすべきか考えるときです。

    若者悲惨ですね。今はあの派遣村以上に深刻らしい。
    もう日本社会「派遣・非正規」定着しちゃってそのことに疑問が薄弱。
    問題は、彼らが高齢者になったとき、人口構造上少数・・・・

    そうなんです、若者の声、行動が見えないのも人口が少ない。

    僕らの時代はなんだかわけわかんないけど新宿西口フォークゲリラとかま、とんでもない方向に走った連合赤軍も。
    小生意気にも、仲間が数人集まるとベトナム戦争中だったこともあって議論し合った。

    今日の若者自身将来への夢を語れない。
    まともな奴でさえ今日生きることが精一杯なんじゃないのかな。

    政府は「人生百年時代」とか言っちゃて定年70歳、年金給付75歳を言い出す始末。
    しかも、それは年金かけてる正規社員だけだから分母がめちゃくちゃ小さい。
    そしたら、健康保険も、年金もアメリカ並みに民間保険会社・・・

    そんなわけで西洋みたいに慈善事業ののシステムのない日本社会は冷たい社会に。

    ケンタ。

  • >>12228

    >>「脱力」。

    一昨日、夫が一晩いないからと、加齢臭がひどい敷パッド、カバーを強力な脱臭効果のありそうな洗剤で洗い、二階に干しに。両方の手に洗濯物を持ち、ベランダに勢いよく行く途中、簀子ベッド(背がないもの)に思い切り足小指をぶつけてしまい、痛いのなんの。ゆっくり行けばいいものを。翌日は親指ほど晴れあがり紫色に。
    勢いよく、は年寄りは禁止(笑)
    若さも勢い余っては大体失敗します。ご無理なさらないように。

    簀子ベッドはしっかりカバーすることに。両手に前後左右見れないほど持ち歩かないように。反省。

    ルフナ

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