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    ダンスを好きな音楽を聞きながら 踊り身も心も
    夢のひととき。

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  • 136690(最新)

    Dan von Roman 4月21日 20:37

    お陰様で、今日も、生きています。
    ありがとうございます。

  • >>136673

    壇さん
    こんばんは お母さんと 一緒の
    DND鑑定で 母親の子だったら
    わが子 父親は血液型で
    判定 医学も 進歩してますからね
    四季の花

  • >>136686

    よっちゃん
    こんばんは あれこれ しているうちに
    夕闇に 包まれました。
    赤ちゃん取り違え事件 難しい話ですね、
    四季の花。

  • >>136666

    皆様おはようございます

    妹に会うため脱走した犯人半月です警察の
    車検査混雑して会社遅刻は想定外ね

    ライオン元総理と長老、都知事姫、料理やで
    ひそひそ話みたいね。日の丸船長とハット帽子
    どげんかせんと、いかんみたいね

    > よっちゃん
    > お帰りなさい 遠出 お疲れさんです。
    > 長者が + はまなす駅 長いですね
    > 電車も 長い
    > 小屋作りでしたか。9時間ご苦労さんです。
    > 男は女に 溺れて 人生 失う。
    > 今宵も 楽しく お過ごしください。
    > 四季の花。

  • >>136666

    皆さんこんにちは
    ほのるるマラソン優勝川内選手、公務員辞職
    プロになるようで役所も理解してますかね

    赤ちゃん取間違いお母さん、東京で会見してます
    当時血液違う赤ちゃん順天堂に話すと浮気したんだろうと
    進展せず今日に至りました七十五歳になり
    さらに真実追及、裁判かもね、お金対応かな

  • 真実教えて」母親の訴え、赤ちゃん取り違え問題
    4/19(木) 19:22配信
    TBS News i

    Copyright(C) Japan News Network. All rights reserved.

    [ 前の映像 | 次の映像 ]
     順天堂大学の附属病院で51年前、赤ちゃんが取り違えられた可能性が高いことがわかった問題、母親が初めてカメラの前で取材に応じました。母親は「真実を教えてほしい」と訴えています。(19日15:54)

    最終更新:4/19(木) 19:54
    TBS系(JNN)

  • 順天堂医院で新生児が取り違えられた問題で、被害者の男性が国に対して検証などを求める要望書を提出しました。

     51歳の男性によりますと、3年前に遺伝子型の検査を受けて母親と親子関係がないことが分かりました。以前に母親が順天堂医院での取り違えを疑っていましたが、医院側は取り合わず両親は離婚しました。男性は「育ての母親を悔いを抱えたまま見送りたくない」として、なぜ取り違えが起きたのか検証することなどを求める要望書を厚生労働省に提出しました。男性は、他にも取り違えがあったのではないかと疑いを持っているということです。順天堂医院を運営する学校法人「順天堂」は、もう一方の当事者について平穏な生活を乱す恐れがあり、公表は控えるとしています。

  • およそ50年前赤ちゃん取り違いの被害にあった当事者が原因の検証などを訴えました。 およそ50年前に順天堂大学順天堂医院で赤ちゃんの取り違えが起きた可能性が高いことが発覚した問題で、取り違いの被害にあった男性は、原因の検証を要請する要望書を厚生労働大臣などに提出しました。 要望書では、「取り違えのミスはほかにもなかったのかなど様々な疑念があるとした上で」、二度とこのようなことが起こらないよう医学会のシステムを万全なものにしてほしいと訴えています。

  • 拒絶が生むトラウマ

     iPhoneのロック画面でホームボタンを長押しし、内蔵されているSiriという人工知能に向かって「私はだれ?」と話しかけると、自分の名前や連絡先などの個人情報が表示される。だが、この男性にとって、表示された情報は虚しいだけではないだろうか。なぜなら、「私」が「だれ」であるのか、彼にはもはやわからないからだ。

     ところが、この男性は順天堂によって、いわば根無し草にされた挙句、放置されている。精神科医の和田秀樹氏は、

    「それなりに生きたうえで取り違えの事実を知らされ、本当なら豊かな家庭でちゃんと教育を受けられたかもしれないのに、と思ったときには、大変なショックや取り返せないという怒りを覚える可能性があります」

     と指摘しつつ、生育環境による悪影響のほうが大きいと、こう続ける。

    「親に似ていない子や、兄弟で一人だけ顔が違う子がいたりすると、取り違えでなくても、夫が妻の浮気を疑ったりしてしまいかねません。また、人間は感覚的に、絶対に血がつながっていると思える子には愛情をかけられますが、顔が似ていなかったりすると、愛情が疎かになってしまう可能性がある。そういうふうに育てられると、無力感に支配されかねません」

     どういうことか。

    「たとえばレイプ被害を受けた人が、訴えても全然相手にされなかったりすると、その人のトラウマが大きくなったりする。取り違えは表向き“ないこと”になっているのでガイドラインがなく、病院側はプライバシーを理由に突っぱねられるのだと思いますが、精神科医として言えるのは、“知りたい”という思いを拒絶されることで、さらにトラウマになってしまう、ということです」

     順天堂ほどの名門の大病院が、そのことを知らないはずもあるまい。

  • 言うまでもないが、新生児の取り違え事故が1件あれば、取り違えられ、本来とは別の人生を歩まざるをえなくなった人は、必ず2人いることになる。

     この男性が、育ての親と顔も性格も似ていないのであれば、もう一方の被害者も、引き取られた先の親や兄弟と容姿も性質も異なっていたであろうことは、容易に想像がつく。「みにくいアヒルの子」よろしく大きなハレーションが起きていたとしても、なんら不思議ではない。

     だが、順天堂の関係者はこう語る。

    「その男性は順天堂医院を訪れて、本当の親に会いたいと訴えたのですが、順天堂側はそれを拒んだのです。しかも、“取り違えられたもう一方は平穏に暮らしている可能性が高いのに、それを壊してはいけない”というのがその理由です。そして、男性に金銭での解決を提案し、和解金を支払う代わりに、取り違えがあったことを一切口外せず、もう一方の相手を探さないことを約束させた。最終的に男性は押し切られてしまった格好です」

     病院は相手を探すことに協力してもよかったのではないか、という思いを、関係者は滲ませるのである。

     男性に対する順天堂の対応は、倫理的にどう評価されうるのだろうか。医療事故に詳しい田村勇人弁護士に尋ねると、

    「病院側が勝手な判断で患者の個人情報を開示すると、情報を曝されたほうの家族から、損害賠償請求をされる可能性があります。それを避けたいのでしょう。また、取り違えの事実が明るみに出て、もう一方の家族が名乗り出た場合、病院側はそちらの家族にも賠償金を払わなければいけなくなる。単純に倍のお金がかかりますからね」

     そう言いつつ、病院に注文をつける。

    「その男性の方が、もう一人を見つけたいというのであれば、病院はできるかぎりの協力はして然るべきだと思います。法的に義務が生じるかどうかは判断しかねますが、人としてというか、倫理的にはそうすべきではないでしょうか」


  • 被害者の告白

     そんな小林さんが、今回、重い口を開くにいたったのは、本誌記事を受けて学校法人順天堂がHPに掲載した〈お知らせ〉がきっかけだったという。

    「誠意がないばかりか、偽りが多い。こうなれば私が話すしかないでしょう」

     と順天堂への不信感を漏らすのは、小林さん本人だ。

    〈お知らせ〉が掲載された後、順天堂の代理人弁護士から小林さんの元へ、〈通知書〉が送られてきたという。そこに小林さんへの謝罪の言葉はなく、代わりにあったのは〈(HPで公表はしたが)合意書に基づく貴殿の守秘義務が解除されることにはなりませんので〉〈貴殿らに守秘義務違反があった場合には、しかるべき対応を取る所存ですので〉といった文言だった。

    「これって恫喝じゃないですか? ホームページでは〈心よりお詫び〉と言って世間体を取り繕って裏で恫喝する。どういう病院でしょう」

     そして、こう訴えるのだ。

    「本当の親が知りたい。それだけなんです。知る怖さはあるけど、知らないでいるほうが幸せだなんてことは絶対にない。近所の親子連れを見ても、親子が出てくるドラマを見ても“俺の本当の両親はだれなんだ”と考えてしまいます――」

     実は、さかのぼること45年前には、わが子の取り違えを疑った小林さんの母が、順天堂医院を訪れたことがあった。ところが病院は取り合うことなく、“訴えればいい”という態度だったというのだ。

     4月12日発売の「週刊新潮」では、小林さんの告白を掲載すると共に、順天堂の心無い対応などを報じる。カメラの前で小林さんが心情を語ったインタビュー動画は、現在「デイリー新潮」にて公開中である。

    「週刊新潮」2018年4月19日号 掲載

  • 実の親になぜ会えぬ 51年前の当事者
    . 毎日新聞2018年4月17日 03時05分(最終更新 4月17日 09時15分)


     「実の両親に会って、私が何者なのか知りたい」。順天堂大順天堂医院(東京都文京区)で51年前に起きた新生児取り違えの当事者の男性=東京都=が、毎日新聞の取材に応じた。病院側はミスを認めて男性に謝罪したが、実の親に関する情報提供は「相手方の平穏な生活を乱す」と拒否した。国内に同様のケースを想定したルールや法律はなく、情報開示の是非が議論を呼びそうだ。【原
    .


  • 整理をすると、事実の“隠ぺい”に反対する小林さんに“厚労省に報告するので隠ぺいではない”と説明したのが16年。本誌が最初に事件を報じたのは、18年4月5日発売号。そして実際に厚労省に報告が行われたのは、18年4月11日――。小林さんにウソをつき続けていた挙句、報道されて慌てて報告した、という構図が透けて見える。

    “本当の親に会いたい”と小林さんが願うように、“本当の子に会いたい”と訴えるのは、小林さんの母親の恭子さん(76)=仮名=だ。恭子さんもまた順天堂の被害者であり、

    「(取り違えを疑い)順天堂に3回ほど行ったんです。でも、病院側はこんなことで来るなという態度で、それこそ“シッシッ”っていう感じで、“浮気の子供じゃないか”とか、それはもうひどいことを言われました」(恭子さん)

     4月19日発売の「週刊新潮」では、恭子さんの証言と併せ、順天堂の「ウソ」を詳しく報じる。また「デイリー新潮」では、恭子さんのインタビューと上記順天堂との「話し合い」音声を公開中だ。
    .

    「週刊新潮」2018年4月26日号 掲載
    .
    新潮社

  • 取り違え「順天堂医院」 音声で明らかにする“被害者へのウソ”
    4/18(水) 16:59配信
    デイリー新潮

    取り違え「順天堂医院」 音声で明らかにする“被害者へのウソ”
    インタビューに応じる母親

     新生児の取り違えという過誤を犯しながら、金銭を支払って隠ぺいし、“本当の親に会いたい”という被害者の願いを無視……。「週刊新潮」がこれまで報じてきた順天堂医院の所業であるが、ここで新たな「ウソ」も明らかになった。

     血液型が適合しないことから「不倫の子」と疑われ、両親は離婚。継父に虐げられ、高校にも行かせてもらえず、母も心を病んだ。そんな人生を歩んできた小林義之さん(51)=仮名=に対し、そもそも順天堂は頭すら下げていないという。

     4月13日の記者会見で加藤勝信厚生労働相は本事件に触れ、“4月11日に順天堂医院から関東信越厚生局を通じて報告があった”と語った。これに憤慨したのは小林さん本人である。

    「すると、話し合いの際に私が順天堂側から聞かされてきた話は、真っ赤なウソだったのですね。私は順天堂から、厚労省にちゃんと報告するのだから、取り違えを公表しなくても隠ぺいにはならないと説得されたのです」

     小林さんと順天堂との間では数回にわたって“話し合い”の場が持たれているが、小林さんは病院側との交渉を録音している。それを聞くと、たしかに2016年7月4日に順天堂医院内で行われた話し合いで、順天堂の医師がこう発言している。

    〈厚労省。これははじめて出た話なんです。厚労省にやはり医療事故として届け出るべきであろうと〉
    .

    〈ちゃんと報告をしておくことによって『隠れて私たちがやっているわけではないんだ』ということをですね、『公にはしないけれども、隠れてやっているわけじゃないんだ』ということを、私たちも立場をそうとりたいなということで、話が出ました〉


  • 順天堂はくだんの〈お知らせ〉に、〈こうした取り返しのつかない事態が〉云々と書く。だが、取り返しがつかなくなったのは、45年前に取り違えを疑って訪れた被害者を追い返したからだろう。いままた隠ぺいによって、さらに取り返しがつかなくしているが、それが“罪”だという認識がないこと自体、罪である。

    「週刊新潮」2018年4月19日号 掲載
    .
    新潮社

  • 45年前に追い返され

     順天堂医院は本誌の問いに、

    「ホームページに掲載した以外の詳細については、当事者様との間ではいずれも解決済みであり、当法人としてコメントすることは適切ではないと判断しておりますので」

     と、臭いものに蓋をしたいと言わんばかりの返答をしたが、「当事者様」との間で、いったいなにが「解決済み」だというのか。この名門病院には人の“生”への責任感が、まるで欠如しているようだ。

     小林さんの血のつながらない母親が、言葉少なに思いを語った。

    「義之の血液型を知って順天堂にかけ合っても、“そんなはずない”と無下に扱われてね。その後も3回くらい行って、私も主人も血液検査を受け、義之の血液と合わないと告げられはしたんです。なのに“それなら弁護士を入れて訴えてください”と言われ、豊かじゃないから裁判なんて無理で、主人からは“浮気の子供”と散々言われて、離婚しちゃってね。私は雨戸を閉めて家に籠ってしまって。いま一番許せないのは病院です。私と義之の人生をなんだと思っているのかって。悔しさとか怒りを通り越して、むなしいです」

  • 話し合いはその後、数カ月にわたって重ねられ、

    「16年12月、不本意ながらも話がまとまり、ほぼサインするだけになりました。ところが年明けに順天堂側の弁護士が代わり、積み重ねてきた話をひっくり返したんです。怒りがこみ上げましたが、長い話し合いで疲弊し、母も“もういい”と言うので、押し切られる形でサインしました」

     その結果、小林さんは金銭こそ手にしたものの、なにひとつ満たされないままだという。

    「本当の親が知りたい。それだけなんです。知る怖さはあるけど、知らないでいるほうが幸せだなんてことは絶対にない。近所の親子連れを見ても、親子が出てくるドラマを見ても“俺の本当の両親はだれなんだ”と考えてしまいます。50歳をすぎて本当の親を知っても、いまさら人生は変わらないでしょう。それでも知りたい。仮に私が生まれたとき30歳だったら、もう80歳。時間がないけど、ギリギリ間に合うかもしれない。母だって本当の子供に会いたいはずです。私は最後の親孝行に、母の本当の息子も探したいんです」

  • “金銭で解決したい”

     DNA検査の結果が知らされたのちに時計を進める。16年1月13日、小林さんは順天堂に出向いて「取り違えられたみたいなんですけど」と伝えたという。病院との最初の話し合いがもたれたのは3月3日。

    「小さな会議室で“どうやら事実のようです”と告げられました。病院側の出席者は4人。私は“本当の親に会わせてほしい”と訴えましたが、病院側は“それはできない”。院内でも意見は割れたようで、看護部長さんら女性スタッフの間では“公表して引き合わせるべきだ”という意見が多かったそうですが、多数決で公表しないことに決まったというんです」

     順天堂はその方針を崩さず、それが小林さんの拭えぬ不信感の源泉だという。

    「取り違えの相手方は平穏に暮らしているかもしれず、その家庭を壊してはいけない、というんですが、おかしいと思う。事実が判明した以上、公表して相手に伝えるのが義務でしょう。それに見た目も性格も違う家族のなかに一人置かれたら、平穏に暮らせないというのが私の実感です。病院の説明では、私が生まれた日に院内にいた新生児は24名。その日に生まれたのは私と、15分違いで生まれた男の子の2人だそうです。だから相手は半ば特定されているのに、順天堂はきれいごとを言って事実を隠ぺいしたんです。4月12日に行われた2回目の話し合いでは、順天堂の顧問弁護士から“金銭で解決したい”と、はっきり告げられました」

  • 「母と離婚した父に結婚を報告しようとしたら、“会いたくない”と拒まれて疑問を感じてね。同じころ祖母から“あんたはこんな苦労する必要なかったのに”、親戚からは“(両親は)あなたの血液検査が原因で離婚したんだよ”と言われて、どんどん疑問がふくらみました。考えてみれば、私は顔も性格も母に全然似ていない。母に“本当に俺はおかあさんの子?”と聞いてみましたが、“橋の下で拾ってきたのよ”とはぐらかされましてね」

     そんな母親が、小林さんにようやく疑念を打ち明けるまでには、さらに20年ほどを要したのだ。

  • 両親の離婚、母の精神病

     小林さんが覚えてきた違和感は、色も姿も異なるアヒルのひなの群れに放り込まれた白鳥のひなの違和感に近いか、またはそれ以上であったようだ。

    「私が生まれたのは1967年1月半ば。母に聞くと、初めて取り違えを疑ったのは、私が小学校に入るときだそうです。当時は小学校に入学するとき血液検査を受けたんですが、うちの両親は2人とも血液型がBなのに私はA。生まれるはずがない。母は出産した順天堂医院に何度も行って“取り違えがあったんじゃないか”と相談したのに、“だったら訴えろ”と、無下に追い返されたといいます」

     以来、悲劇は日増しに拡大していく。

    「直後、会社を営んでいた父が家からいなくなりました。私が生まれるはずのない血液型なので、父は母の不倫を疑い、離婚になったと聞きました。以後、母は精神病院への入退院を繰り返し、その間、私は祖父母や親戚の家に預けられっ放しになったんですが、小学3年のとき母が再婚しましてね。やっと普通に暮らせるかと思ったら、新しい父から毎日つらく当たられた。弟にはやさしいのに、なんで私にはこんなに厳しいのか解せなくて、何度も自殺を考えました。いまにして思えば、私は不倫の子。母親の人生が滅茶苦茶になった原因だと思えば、私が憎く思えたのでしょう」

     継父に虐げられる日々は、その後も続いたという。

    「小学生のときサッカークラブに入っていたら、継父に“金がかかるから”とやめさせられました。貧しくて、中学に入ると生活費を稼ぐために朝日新聞の配達もしましたよ。高校受験では都立高校に合格したのに、継父から“うちには学費を出す余裕がない”と言われ、行けなかった。仕方なく実家近くに家賃1万8000円のアパートを借りて、食品工場に就職しました。母が時々きてご飯を作ってくれましたが苦しかった。それからしばらく職を転々としてから定時制高校に入り、ラーメン屋や鉄工所で働きながら卒業しました」

     その後、小さな会社を自身で営み、20代のうちに結婚するが、そのころから違和感が強まったという。

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