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随想

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  • 2018/05/26 09:42
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    年輪を重ねてくると、ふと昔懐かしい故郷が甦ってくる事はありませんか
    自由な書き込みのトピックスにしたいと思います
    どうぞご自由に書き込み下さい

    但し、必ずしも返信は致しません 返信に拘られる方には不向きなトピです

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    oldo70 5月26日 09:42

    空き家?

    この「随想」の部屋に、6年ぶりに入ってみた。だが、どうもおかしい。
    あのころ(H24年)、頻繁に投稿しあっていた人たち。
    みんな、どこに行った?

    最後の投稿が1年前で、その後投稿は無い。・・ なんだか、誰もいない空き家に入ったような気がする。

    60代以降の世代にとって、6年間は長すぎたかな・・
    歌を思い出した・・「幾とせ、ふるさと来てみれば、咲く花 鳴く鳥 そよぐ風・・・・」

    もう少しまってみようか。誰か来るかもしれない。
                                          浦島太郎

  • 電話

    町を歩くと、携帯で話しながら歩く人が多い。 が、これはいい。
    スーパーでお父さんが、何を買うか奥さんと話しながら物色している。

    銭湯では着替えながら、パンツ一丁で電話。 図書館でも大きな声でおじいさん。
    もちろん、車の運転中も、よく見かける。

    携帯電話。たしかに便利だが、すこし行き過ぎ・・という感じがする。

    子供のころを思い出す。

    このコーナーは60歳以上なので、覚えておられる方も多いと思うが、当時、小中学校には連絡網があり、
    先生の伝言を、順番に流す方法。で、名簿の横に電話番号が書いてある。

    その番号の隣に(呼)の文字、つまり電話のない家庭は、近所の電話のある家に掛けてもらい、
    「電話ですよ」と呼び出してもらう。 私の家もそうだった。

    まだ電話が普及していない時代。多くの家庭が (呼) だった。
    今はどうなんだろう。連絡網は存在するのかな?

    タバコ屋の赤電話は、1通話で10円。 つまり受話器を置くまでは、いくら話しても10円。
    そのため、公衆電話の前はいつも行列。
     
     50年前のあのころを思うと、ずいぶん原始的な時代だったんだなと思うが、
     反面、のどかな時代に生活していた、と 微笑みたくもある。

  • 今年も夏真っ盛り、暑さで水槽の水の温度も35度に近くなります。
    そんな中の老いたメダカが気になっています、先日来寿命が来たのか数匹死んでしまいました、泳ぎが何か元気が無いとか、食欲が無いとかの現象がみられる。
    多くの子供を産んでくれてるから大丈夫とは言え寂しい。

    命有るもの何時かはなんて言いますが、やはり命終える様は哀しいです。

    随想 今年も夏真っ盛り、暑さで水槽の水の温度も35度に近くなります。 そんな中の老いたメダカが気になってい

  • 今年もまた盆が近付いてきた
    盆だからではないが色々思い出される事が有る

    遠い過去の人だとか
    昔訪れた場所だとか

    もう老い先短くなって来た性か
    懐かしく思い出される

    今年は同窓会のお誘いの連絡が来たが
    今回は欠席する事にした

    前回にどうしても許せない事柄が有った性
    人にはこの様になる事も有るもの

    多分だけどもう出席する事も無いだろう

    随想 今年もまた盆が近付いてきた 盆だからではないが色々思い出される事が有る  遠い過去の人だとか 昔訪れ

  • 霜月に入って気温も下がって来た、そんな中に虫の幼虫が、果たして無事に成長するのだろうか?
    もし成長しても寒空で生きて行けるか、自然の事とは言え命の儚さを感じさせられます。

  • いや~ベスさん覚えていますとも。
    お元気そうで何よりです

    小生も同じく年々歳々昔ながらの友人を一人、また一人と見送り今は町内会の人々と定期的に集まり何やらボランティアの真似ごとの様な事を行っております

    また何か愉しめることを行いたいと昔から好きだったカメラを取出し同じ趣味の会に参加し、暇を見ては(・・と云ってもいつも暇ですが)
    趣味と実益(歩く事)を兼ねあちらこちらと彷徨っております

    いや~本当に驚きました この掲示板もスタイルが変わって昔のメル友?とも以降遣り取りも無く、自然に消滅するばかりと思っておりましたが今夜フト開いてみたら1年ぶりに投稿が・・・

    私もこの掲示板に投稿するのも1年2カ月ぶり・・また気が向かれましたら投稿して下さい
    どうぞ皆様、ご健勝で。
                            水車

  • 桜並木の時期も良い 満開の桜の下で酒を飲み、弁当を食べる・・昔ながらの日本人の文化  その桜も今や北の地方に向かっている

    当地方、桜も終わり初々しい新緑の時期  これはこれで感じ入る
    花の命は短くて・・新緑の木々の中で野鳥が戯れる 今は恋の季節か

    やはり日本の四季は誠に素晴らしいと改めて想い直す 年々老化を感じつつ今年の春を過ごせた事が感激である  さて後何年この気持ちを抱く事が出来るだろうか  桜並木も今やすっかり新緑の並木道と移ろっている

                                 水車

  • 当地の標本木のサクラ開花は未だ発表されてはいないけど、同じ公園内の日当たりのよい場所のサクラは既に開花したようだ 

    全てがアベノミクスの影響か否か、判らないが世相は明らかに明るさを感じている 暖かさも影響しているのだろうが先日の市内のメイン通りも多くの人出で賑わっていた 本来は大いにこの世相を喜び合いたい処であろうがやはり東日本の被害を被り未だ復旧も儘ならない人々の事を思えば歓びを感じる事に気兼ねも思う  自分も阪神大震災の被災を受けた身ゆえに当時を振り返れば他人事とは思えない 一日も早い復興を願うばかりである

    昨日好天にも誘われ久々に長距離のウオーキングを行ってきた
    時は良し、元気が続く間の興を味わいたい心境である

                               水車

  • 間もなく黄砂が飛来する時期が遣ってくる 今年は其れにも増して「PM2.5」なる有害微小粒子が含有されているそうである
    気管支系が弱い自分は今から戦々恐々している 外出時用にと幾つかの薬局を廻りお奨めのマスクを求めてきた  政府、自冶体は環境基準を超える濃霧の日は外出を控えるよう注意報を発する事を準備中とか。

    とは云っても何日も外出しない訳にもいかない 暫くは憂鬱な日々が続きそうである 世界の経済大国の某国、いい加減に対策して貰いたいものである

                                  水車

  • 振り返っても何も無い

    ただ虚しさだけが残されている

    時は無意に過ぎていく

    情の虚しさ

  • 2002年の春、娘の心の癒しにと思って拾って来た仔犬、そのハルも今年で十一歳になる。

    この春娘は千葉へ行く、折角得た教職を捨ててだ。

    これは親の目、本人にとっては苦渋の決断だったのだろう、その娘に連れられてハルも千葉へ行ってしまう、行けばもう帰って来る事は無いだろう。

    小さな仔犬だったハル、今では13キロにもなって、多少の老化を感じるが、まだ俊敏に動く事が有る。
    昨年から前足でびっこを引き始めたのだが、気になって触ってもやっても嫌がる様子もない、痛みは無いのか、でもびっこを引くのには痛いから脚を庇っていると思うが、いったい何処が痛いのか。

    昨年は乳ガンの手術を受けさせた、一昨年から触手でガンが有るのを発見、獣医に見せると悪性ではないと言う事だった。

    それを聞いて少しは安心したが、発見から一年程経った2012年の夏に手術を決めた。

    術後のハルは人間で言う中年太りの様に太って来た、当然動きも心なしか鈍くなった様にも感じる。

    娘のこころの癒しと思ったハルであったが、私自身も癒されていたようだ、過去に飼った犬達への思いも有って、この犬だけは可愛がってよろうと思って世話をしていたが、とうとう別れの時が来る。

    娘の人生だから行くなとは言えないがやはり寂しさを覚える。

    毎朝の様に八時になると起に来ていた、知らぬ顔していると「ワン!ワン!」吠えて起にかかるハルだった、もうそれも無くなってしまうのだ。

    あと何年生きてくれるのだろうか、私は71歳、どっちが先に逝く事になるだろうか、自宅に連れ帰った頃は一緒に逝くかと言う計算だったが、どうやらそれが現実になりそうな感じだ。

    ハルとの思い出は多い、飼い始めた頃は娘が未だ自宅に居なかった事も有って、何時も私が連れ歩いていた。
    或時は夜通しで漁火の撮影にも行った、車内で食事をして過ごした、その時のソーセージを美味しそうに食べていたハルを今でも思い出す。

    長く生きて欲しいとハルに願うばかりだ。

  • この所毎年楽しみな花、可愛い福寿草が咲きます。
    今年は未だ咲いていませんが、先日のニュースで東北で咲いているとか、もしそれが本当なら、遥か南の地ではどうして咲かないのか?

    人間にも有る感覚、寒い所で育った方と、温暖な所で育った人達とは同じ気温でも感じ方が違う。

    草花もそうなのだろうかとつい考えてしまった。

    厳しい寒さに耐えて咲く花と聞いている、同じ種目の花でも咲いて居る場所によっては環境の感じ方が違っているのだろうか?

    こちらでは振り返れば昨年は梅の時だった、もう直ぐでもあるが、北の方が早いことには少々の疑問も有った。

  • ある日、私は娘の問題で県の教育委員会へ出向いた、それは昨年の夏頃からの事かで、教育委員会の話に納得が行かず、居た堪れなかったからだ。

    それは先ず話の経緯を確かめたいと言う気持ちからで、一月の二十八日に辞職願の撤回の意思を校長に伝えたが、翌日になってその旨不可能との回答が有った事。
    そしてその後に県の教育委員会から相談の書状が届いた。

    これで私は未だ撤回の可能性が有るかの様に受け止めたのだ。

    この書状からして撤回が可能と思うのは当然の事と思う、しかし結論は駄目だ、話の流れに全く納得が行かなかった。

    後々知った事は、県の教育委員会にはこの事についての何の権限も無かったと言う事だ。

    僅かな期待を持った私は深い奈落の底に落とされた思いで帰宅したし、一気に全身の力が抜けてしまった。
    その後娘と家内は市の教育委員会へ話に行ったが、結局の所無駄足だった。

    思えば一時間余りかけての県の教育委員会との話は何の意味が有ったのかだ、娘に対する助言的な諸々の話も、それがその後に継るものでは無かったように思える。

    その夜の私の心の空間、そこには虚しさだけが残った。

    そして今日、平成二十五年二月七日早朝六時半、普通なら八時頃までは眠っているのに、何故かこの日は早くに目が覚めた、しばし床の中で微睡みながらフッと娘の事が頭に浮かんできた。

    昔、歌手の宮城まり子さんが主演だった、椎の実学園と言う映画の事が思い出された。
    この時点では未だ定かではないが、確か孤児を集めた学園の話だったと思う。

    娘の件で私が行動を起こして一週間目、娘の行く末が気になったのだ、普段からの娘の言動を振り返って見ると、いま彼女が向かおうとしている道が合っているのではないかと思えて来た。

    その道は通常の学校では無い為、身分には多少の危うさを感じるものの、本人の考え方や性格からして、自分を活かせる道の様に思えて来たのだ。

    学校と言う場よりもっと人間らしく児童と向かい合って生きて行けるのではと考えた。

    映画「椎の実学園」を見て涙した遠いあの日、宮城まり子さんの演技から熱いものを感じた。
    ひょっとして娘もあの様な生き方が出来るのではないか、あの様な生き方が一番合ってるのではないかと思えて来た。

    子を思う親心から進路に就いて色々アドバイスをし、その結果自分の思うのとは違った時、ついつい不機嫌な態度をとったが、もっと深く考えると、私の考えの間違いに気付いたのだ。

    いま娘が進もうとしている道に、彼女の背中を押してやり、祝福をしてやる事が良いのではないかと思えて来た。

    宮城まり子さんも生涯独身の様だし、そんなことからしても生き方がぴったしなのではないだろうか。
    一週間が終った今朝、心にこの結論が浮かんで、これまでの心のもやもやが消えて行くのを感じた。
    私との同居を危ぶむ様に感じていた娘の心情を思うと、親として本人の脚を引っ張っていた思いだ。

    いま娘に言ってやるとすれば、「頑張って行け!そして園長になる程の意気込みを持て」の言葉か。

    親として何とか学校を出してやれた後は、本人の選ぶ道を快く進ませてやる事が親の心であろうか。

    事後調べたところ、宮城まり子さんの「椎の実学園」は肢体不自由児の施設で有った、しかしこれまでに幾度かマスコミでドキュメンタリーとして放映されたケースが記憶にある、人間としての素晴らしい生き方と思う。

    雑草花

  • 寒い日々が続きます。

    晩酌も日本酒を燗にして独り酒、パソコンを覗き、YouTubeで古い歌謡曲や
    懐かしいMusicalを案外音響の良いヘッドセットで楽しんでいます。
    その中で “You’ll Never Walk Alone” を楽しみました。

    讃美歌のようなメロデーだが、これは1945年のMusical ‘Carousel’ の歌です。当時多くのMusicalsを書いたRogers and Hammersteinのアメリカ発祥の歌です。でもイギリスのLiverpool Football Clubサッカーのエンブレムの上にも “You'll Never Walk Alone” と書かれゲーム前後で良く歌われると知りました。

    私は最近 Lylic, 歌詞も楽しむようになりました。
    最初のYouTubeはノルウェー人のテナーMarius Roth Christensenさんの歌です。
    http://www.youtube.com/watch?v=oQA72UAE7Us
    声量十分で発音がはっきりと非常に良い。でもチョットKの発音が強い。

    最近亡くなったがAndy Williamさんの歌も優しい。
    http://www.youtube.com/watch?v=cHPywwIibE8
    (出ない時は”Watch on YouTube"をクリックして下さい。)

    涙を良く拭くのは薬の副作用だけではなさそう。

    これ等YouTubeのサイトの右に他の多くのアーテイストの同じ歌が聞けます。
    Perry Comoと Elvis Presleyのレンデイションも良い。

    歌詞の日本語訳をみつけました。趣きを考えちょっと編集しましたが。

    ――――
    嵐の中を歩むときは
    顔を上げて堂々と行こう
    暗闇をおそれちゃいけない

    嵐の後には
    金色の空が広がり
    雲雀の甘く澄んだ歌が待っている

    歩こう 風の中を
    歩こう 雨の中を
    たとえあなたの夢が破れたとしても

    歩こう 歩こう
    希望を胸に
    あなたは決して独りじゃない
    ひとりじゃない

    歩こう 歩こう
    希望を胸に
    あなたは決して独りじゃない
    ひとりじゃない

    英文は:

    When you walk through a storm
    Hold your head up high
    And don't be afraid of the dark.
    At the end of the storm
    Is a golden sky
    And the sweet silver song of a lark.

    Walk on through the wind,
    Walk on through the rain,
    Tho' your dreams be tossed and blown. 
    Walk on, walk on
    With hope in your heart
    And you'll never walk alone,
    You'll never walk alone.

  • >>3555

    高齢者は、いつも身体の各部を動かす努力をしないと、50肩にもなるし、狭心症など病気にもなります。

    私はテレビを見ながらでも体操をするし、ウオーキングにも出掛けます。

    おかげで80歳を過ぎても旅を楽しんでいます。

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