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天国へいらっしゃい。

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  • 2019/01/23 23:04
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    *****

    その名もBar Heaven

    ただのおしゃべりトピです。

    ちょっといかがわしいかもしれません。

    時々ぼったくられます。

    勇気のある方はどうぞ。

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    mame_maruha 1月23日 23:04

    [No.16539] Re: 菩薩の勇気(無畏)、禅定、あるいはその立ち位置について
     春間 則廣  投稿日:2019/01/23(Wed) 13:31:00

    > >  虚妄は非虚妄と縁起の関係にある。したがって一切が虚妄なところでは、虚妄ならざるものがないゆえに、虚妄ということすら言えなくなる。かくして一切は、虚妄なるままに虚妄ならざるものとして肯定される(矢島羊吉『空の哲学』)。

    >   これは、『中論』の13章の第7偈のように見えて、そうではない意見と受けとめました。
    >   その根拠は、わたしの考えを理解しようとされないからです。

    一切が虚妄  であるところでは 虚妄ならざるものがないゆえに
    「 虚妄 」 という 語 自体が 存在しない

    「 虚妄 」 という 語 が あってもよいが、意味は 自性にある = 実存 ということになります
    虚妄 が なければ 縁起するところの 自性 (にあるもの) が ない 

    真理は 存在してはいない =  すべてが タターガタである
                          → すべてという概念も存在しない

    >  わたしも虚妄で、spinobuddhistさまも虚妄であれば、虚妄である点では変わらないのだから、どうして、わたしのことばを拒否するということが起こるのでしょうか。

    それは “ 虚妄にあるから ” 
     その( 起きている、あるところの ) 虚妄を
          (spinobuddhistさま  が)  真理とすれば、できてしまうことです
    spinobuddhistさま  が 真理であり 管理人エム 様 が 虚妄であるときに
    拒否が起きる

    > ご自分で、拒否し、否定する意見を見いだしながら、自分のものこそ正しいとする考えは、「一切が虚妄である」という原理に抵触するでしょう。後世に何をゆだねるのでしょうか。

    虚妄にあるものは 「 一切 」 という語を
     自分だけを除外する   真理 として 扱う 
      その場合 一切 とは 真理を知る者が 見渡すことが出来るモノ であり
      真理を知る者は 真理(自ら)を見ることが出来ない という 「 真理 」 を 生み出します

    もっと言うと 見渡すモノが 自分であるのに
     それを見渡すことが出来ない という 齟齬を生みます

    ( 二重の見地で 正しいけれど 一つだけを知っても 正しい  ことです )
    (  「 縁起 」  にあると  両辺とも = 偏にあっても  正しい     )
         このことが 分かるようなら  “  「 縁起 」  を 知る   ”  と 言ってもよい

    わたしは まだ 矢島羊吉『空の哲学』  を 読んでいませんが
    もし、 そこに 正しく  「 縁起 」  が 記述されているのなら
    管理人エム 様が 重ねて 記述を起こす必要はなくなる

    ( ただし、 空海・道元・親鸞 等々 は 重ねて 述べている )


    > そうですか。
    > お互い虚妄な道を歩む者ですが、それぞれの道を行くことにいたしましょう。

    こういう言葉で 締めてはいけない

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  • >>12184

    > >あ ごめ
    > >クリアーに見える能力の話だったんだね。
    > >ワシは何か突出した感じの能力のことを総合的に言ってるのかと思ってしまった。>

    > あ。こっちこそごめんなさいです。
    > 「何か突出した感じの能力」があるのかもですが自分わからなかったので(見当がつかなかったので)視力?に焦点宛ててしまいました。

    なるほど。
    ワシは、SPEC見てたから、いろいろな突出した能力のイメージがあったんだわ。
    SPECって特殊能力を持ったヒトの話なんだ。

    > ものすごく現実的なことです。
    > 形にするって現実的じゃないですか。
    > 現実に形にならなければどうしようもないというか、現実は「形」じゃないですか。
    > え~と。頭の中で考えた(構成した)ものは自分の頭の中だけにある。
    > それを外にだす、・・・例えばこんな建物を作りたいとしたらそのデザインにそった構造計算、柱、杭の一本一本、はとても現実的なものになると思うのです。

    現実的ではあるけれども
    そのデザインが生み出される過程とか、デザインに沿った構造計算、素材の選択などにも
    何か特殊なセンスのようなモノが伴っているのかなあ~なんてイメージなんだよ、ワシ。


    > 欲望(願い)が先にある。だから、ドラマになり共感を得るのだろうな、と。

    > ・・・・「永遠の命」のようなものかなと。

    > あ~~~~。

    > 「永遠の命」と「時間旅行」は同じか。

    > ・・・・かなしい、いとおしい、と思ってしまった。

    > だが。あきらめなければいけないことだろう。

    どうなんだろうね。あきらめるのかなあ。。

    永遠に生きたいとか、時間を自由に行き来したいとか
    なんでそんなこと思うんだろうとワシには不思議だけど。

  • >>12183

    つばちゃん
    おはよ~ござります。

    > >関係ないけど
    > パプリカって、おじいちゃんのワガママの話だったな~なんて思い出しました。

    > ああ。妄執じみてますね。
    > ・・・てか妄執かな。

    > 意外と老人のほうが若者と比べて夢や希望・・・違うか、欲望を強く持っているんじゃないか、そんな風に思いました。
    > 意外と語らせれば老人のほうがより多くを語りより多くを要求する、そんな気がします。

    なんていうのかなあ
    自己を肥大させつつ生きてきた のか
    自己と適度に向き合って生きてきた のか で老人の姿が変るのかもしれないなあと。

    肥大させつつ生きたら、もう枯れることはないのでは。肥大するのみで。

    > アポトーシス

    > そんな言葉が過ったな。円満なアポトーシスがあるかどうかは知らないけれど。
    > 成熟し人生の午後を生きる時、その午後が(幸運にも)長ければ色々な夢を見るのだろうな。

    成熟しているのならば、自分の時が尽きる時を知るんじゃないかしら。。。と思った。

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  • >>12179

    カシさん。こんばんは♪

    >関係ないけど
    パプリカって、おじいちゃんのワガママの話だったな~なんて思い出しました。

    ああ。妄執じみてますね。
    ・・・てか妄執かな。

    意外と老人のほうが若者と比べて夢や希望・・・違うか、欲望を強く持っているんじゃないか、そんな風に思いました。
    意外と語らせれば老人のほうがより多くを語りより多くを要求する、そんな気がします。

    アポトーシス

    そんな言葉が過ったな。円満なアポトーシスがあるかどうかは知らないけれど。
    成熟し人生の午後を生きる時、その午後が(幸運にも)長ければ色々な夢を見るのだろうな。

  • >>12171

    > >そうかあ。
    > 宗教が夢見るための装置だとすると 
    > そのなかには 気持ちのよくなるようなアトラクションがいくつもあって
    > 選民意識をもつのはそのうちの一つ って感じのイメージだなあ。。ワシは。

    > ・・・何を夢見るのだろうと思うんだよね。
    > 今の状況で足りないもの、欲しいもの、こうありたい、こんなだったらいいな、・・・かなぁ。

    ワシが思っていた「夢」とは、「実際の自分」を装飾するモノというか
    「実際の自分」から離れていくモノという感じで思っていました。

    > 私、虐げられた人たちが自分たちも他の人たちと同じように平等なんです、が行き過ぎると?(うまく言えない)選民意識につながるような気がする。・・・えらい誰かの言っていたとを伝える集団ワレワレです、最終的には救われる羊ワレワレです、真理に目覚めたわたしです、みたいな。

    そうかあ。。ワシ、そこんとこはピンとこない。。。
    虐げと選民意識が結びつけられない。。

    > 宗教以外で選民意識を持つ人たちはこの世界には普通にいると思う。
    > ・・・選民意識を持てない人たちの最後の砦みたいなものが宗教なんじゃなかろうかと。

    そういう見方もあるな。
    特殊な能力とか財力とかがなくても一般人が持てる選民意識ってコトだね。

    > >で、「人の心、生き方とかを改善するコトすることを目的とする何か」っていうのは
    > 自分の心の中に向かう、向き合うことでなすことであって

    > 「人の心、生き方とかを改善するコトすることを目的とする何か」っていうのは、
    > 私の最近の収穫?・・ちょっとした明確化に即して考えると
    > 物語りの(解釈の)修正、なんだろうなと思う。
    > 改善=修正・・・に近いかなと。
    > 物語りを変えたいと思う=物語が嫌だ・・・かな。
    > だから、自分の解釈を精査していく。

    ワシのイメージは、「物語」を明確化する 「物語」を物語として認識する
    「物語」を無意識に垂れ流すのを減らしていく という感じで思ってました。


    > >教義に従ったり組織を大きくしたりすることとは逆向きだと思うのよ。

    > それなりにも満足すれば、逆向きだとは思わないんだ。
    > 人は状況の生き物、環境の生き物だと思うから教義に従ったり組織を大きくしたりすることで満足が得られれば(大船に乗った)自分物語りも変わるのではないかと。

    ワシが思ってたのは
    「満足を得る」 という点ではなくて
    「物語を減らす」という点なのよ。
    「教義に従う」とか「組織を大きくすることに邁進する」なんてことは
    「自分物語を減らす」ってコトと関係ない。教義に従うならむしろ増やすだろうと思う。


    > 逆言えば、自分物語りそんなに重要じゃないってことかなと。

    そう思う。「宗教」に属するというのは自分物語を重視しない という意味で逆といいました。

  • >>12170

    > >「神がかる」みたいな状態なんだろうと思うんだよね。
    > >芸術とかもありそう。

    > 芸術についてはあるかもしれないのだけれど全然わからない。
    > クリアーに見える、と言う事については・・・どうなのだろう。完成品のビジョンが素材の中に見えるとか?・・・ああ。だめ。私の想像でしかない。

    あ ごめ
    クリアーに見える能力の話だったんだね。
    ワシは何か突出した感じの能力のことを総合的に言ってるのかと思ってしまった。

    > ・・・職人が天啓みたいな技を「神がかる」みたいな状態で生み出すとしたら半分以上の技術(経験)プラス何か?だと思うんだ。それは芸術家についても同じじゃないかと。

    > ふと思ったのだけれど、「神がかる」みたいな状態・・・というのは他が芸術家を見る場合だよね?
    > 芸術家本人は超現実的な世界に没頭しているのかもしれないかな、と。

    えーと
    「超現実的」ってものすごく現実的ってこと?
    それとも、現実を超えた何か現実じゃないようなこと?

    > >> ・・・・最初から普通に(特別なわけじゃなく)全開の人がいるのかもしれないな、みたいな。

    > >なるほど。
    > >そういうヒトを超能力者とかいったりするのかもなあ。

    > わからないっす。
    > 超能力者って周囲にいないから。
    > ただ、一日24時間、365日ものごとがスローに見えてクリアーに見えた場合、時間や空間の枠から飛び出すというか、時空の枠を持ちえないのではなかろうかと。
    > だって、他人の一瞬をスローで見ながら生きてる。。。って想像つかないんだ。

    ワシも周囲にいないけどさ
    SPECってドラマではそういう人いたよ、そういえば。
    自分の時間を自由に調節できるヒト
    面白いドラマでワシは好きだった。

    でもそういう能力があったらやっぱりそれはそれで辛そうな気がするな。。。

  • >>12169

    つばちゃん
    おはよ~ござります

    関係ないけど
    パプリカって、おじいちゃんのワガママの話だったな~なんて思い出しました。

  • >>12162

    こんばんは♪

    消すなら書きたい心に負けないことだよ?

    書いたなら結果は受け止める。

    別に消してもいいのだけれどね、(私も消すし)

    ただ。

    優柔不断だよ?

    そこは自覚ある?

             花に集う蝶のように
             痛みに集う。

             それはなぜ?

  • なんと 春めいているのだろう
    白い月は東の空に輝き始めている

    空は
    もう暮れてもいいですか?

    そんなとまどいがちに
    少しずつ
    暗色を混ぜていくよう

        花に集う蝶のように
        悲しみに
        集わないではいられない

        擬態する花
        どん欲に光を求めて地べたを這えばいい

        そして
        いつか
        青く美しい花びらを
        春の日差しに
        どん欲にかざせばいい。

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  • >>12161


    > (自分も禅僧と話したことはなく、ネットにある昔の禅僧の逸話とか禅問答とかのイメージです。)

    > 縄などない! と言うとしたら、実際に縄跳びしてる場面でした。実際にあるものを、無いと。
    > 今回の話だと、
    > 幻だよね と話しているところだったので
    > 縄はある! とツッコムかも。

    なるほど。
    おくったがわさんのイメージですね。

    > 常識や理屈で考えていることを否定して、相手の脳を一撃して
    > さあどうする? さあどうする? と追い込むイメージ。

    そういう修行ってありそうなイメージ。


    > 縄はお前だ! とか。

    > 古池もカエルもお前だ 

    > となると、世界は一つとか自他一如 とかいう言葉に行きそうですが…。
    > そういう理屈で納得していると、今度は
    > いや、お前がカエルのはずがないだろ どうなんだ(池に突き落とす)
    > と逆を突いてきたり

    > 納得できる答えに安住させない。

    無常の体験ですかね。。

  • >>12172

    > わぁお~♪

    > >夢見る装置の中には 苦でも罪でもない欲 というのも用意されているのではないか。

    > その発想はありませんでした。

    > 苦でも罪でもない欲・・・それは何っすか~~

    思いやりとか〜
    優しい心とか〜
    親切とか〜

  • >>12166

    わぁお~♪

    >夢見る装置の中には 苦でも罪でもない欲 というのも用意されているのではないか。

    その発想はありませんでした。

    苦でも罪でもない欲・・・それは何っすか~~

  • >>12165

    >そうかあ。
    宗教が夢見るための装置だとすると 
    そのなかには 気持ちのよくなるようなアトラクションがいくつもあって
    選民意識をもつのはそのうちの一つ って感じのイメージだなあ。。ワシは。

    ・・・何を夢見るのだろうと思うんだよね。
    今の状況で足りないもの、欲しいもの、こうありたい、こんなだったらいいな、・・・かなぁ。
    私、虐げられた人たちが自分たちも他の人たちと同じように平等なんです、が行き過ぎると?(うまく言えない)選民意識につながるような気がする。・・・えらい誰かの言っていたとを伝える集団ワレワレです、最終的には救われる羊ワレワレです、真理に目覚めたわたしです、みたいな。

    宗教以外で選民意識を持つ人たちはこの世界には普通にいると思う。
    ・・・選民意識を持てない人たちの最後の砦みたいなものが宗教なんじゃなかろうかと。

    >宗教ってさ
    ワシとしては、教義があって組織がある そういうイメージなのね。

    うん。恐ろしく制度的だし社会的。

    >で、「人の心、生き方とかを改善するコトすることを目的とする何か」っていうのは
    自分の心の中に向かう、向き合うことでなすことであって

    「人の心、生き方とかを改善するコトすることを目的とする何か」っていうのは、
    私の最近の収穫?・・ちょっとした明確化に即して考えると
    物語りの(解釈の)修正、なんだろうなと思う。
    改善=修正・・・に近いかなと。
    物語りを変えたいと思う=物語が嫌だ・・・かな。
    だから、自分の解釈を精査していく。

    >教義に従ったり組織を大きくしたりすることとは逆向きだと思うのよ。

    それなりにも満足すれば、逆向きだとは思わないんだ。
    人は状況の生き物、環境の生き物だと思うから教義に従ったり組織を大きくしたりすることで満足が得られれば(大船に乗った)自分物語りも変わるのではないかと。

    逆言えば、自分物語りそんなに重要じゃないってことかなと。

  • >>12164

    >「神がかる」みたいな状態なんだろうと思うんだよね。
    >芸術とかもありそう。

    芸術についてはあるかもしれないのだけれど全然わからない。
    クリアーに見える、と言う事については・・・どうなのだろう。完成品のビジョンが素材の中に見えるとか?・・・ああ。だめ。私の想像でしかない。

    ・・・職人が天啓みたいな技を「神がかる」みたいな状態で生み出すとしたら半分以上の技術(経験)プラス何か?だと思うんだ。それは芸術家についても同じじゃないかと。

    ふと思ったのだけれど、「神がかる」みたいな状態・・・というのは他が芸術家を見る場合だよね?
    芸術家本人は超現実的な世界に没頭しているのかもしれないかな、と。

    >> ・・・・最初から普通に(特別なわけじゃなく)全開の人がいるのかもしれないな、みたいな。

    >なるほど。
    >そういうヒトを超能力者とかいったりするのかもなあ。

    わからないっす。
    超能力者って周囲にいないから。
    ただ、一日24時間、365日ものごとがスローに見えてクリアーに見えた場合、時間や空間の枠から飛び出すというか、時空の枠を持ちえないのではなかろうかと。
    だって、他人の一瞬をスローで見ながら生きてる。。。って想像つかないんだ。

  • >>12163

    カシさん。こんばんは♪

    パプリカね。
    セリフや映像が印象的でした。
    にぎやかな夢♪(笑)

  • >>12162

    >話が ズレテいっていると  感じますか ?

    感じないです

    ということは納得に安住しているのか

    以前、非常に納得できる(と感じる)レスをいただいたときに、長く返事をしなかったのも、
    全て納得できます、とレスしても意味がないか
    的な感じだったような

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