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天国へいらっしゃい。

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  • 2018/05/21 08:55
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    *****

    その名もBar Heaven

    ただのおしゃべりトピです。

    ちょっといかがわしいかもしれません。

    時々ぼったくられます。

    勇気のある方はどうぞ。

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    めごち 5月21日 08:29

    >>11472

    僕の奥さんはカタチをつくる人なんだ
    つばめさんとおんなじようにやってる

    奥さんのお仲間たちは 

    >隊列組んだり整えたり

    している


    つばめさんは いまのやりかたでおねがいします
                 つばめさんの詩のいちふぁんより(笑)

  • >>11471

    おはようございます♪

    >詩を書く人は だれでも つばめさんのように やりたいとおもっているのかもしれないね

    そんな人はいないとおもうなり~~~

    >やっぱり 才能 かな

    そんなことを書くと自称守護者がまためごちさんを守りたくなっちゃうかも。(@_@;)

  • >>11461

    > めごちさん♪おはようございます。
    >
    > >うけとるほうは
    > そのふたつをいっしょにうけとる
    >
    > めごちさんですよね。(変な言い方ですが。)
    > やっぱりなぁって感じがします。
    >
    > なんか嬉しいです。
    >


    (^^♪


    > >つばめさんは
    > 詩をつくる人だね(^^♪
    >
    > そこはわからないんです。
    > 自分では詩という感覚がない。だから詩を作ろうと意識しているわけでもない。
    > なんだろう、何も努力しないというか気が抜けているというか。
    > ただ好き勝手に思ったことを書いているという感じです。
    >

    いいね!


    > 詩を書く人はもっと隊列組んだり整えたりすると思うんです。
    > そうしようと思わないというか、・・・
    > 好き勝手にやると好き勝手なものができる、それは作品と呼ぶものではないのだけれど
    > そうしているのが楽しいからやっているみたいな感じです。
    >


    詩を書く人は だれでも つばめさんのように やりたいとおもっているのかもしれないね


    > ええと。
    > 詩を書く人が材木で家を作る人なら、私はその材木をただ積み上げておくだけ、って感じかな。

    やっぱり 才能 かな

  • >>11466

    哲学の起点は「懐疑」だが・・・
    宗教の起点は何だろうか?

    “ 困った時の神頼み ”とは子供の頃に聞いたことがあった^^

    人はどんな時に困るのだろう?

    農耕民族なら・・・不作になる災害が起きた時^^
    狩猟民族なら・・・獲物が捕れない時?^^

    説明出来ない心の不安恐怖を持った時^^

    これだ(笑)

    人はそれから逃れるために人智を超えた神を創造するんだ^^

    山の神、海の神、豊作の神・・・契約の神などなど^^
    死んだらあの世で天国に行けるよと勧誘されたり(笑)

    お祈りするのに、お願いするのに便利なように・・・
    偶像を創造することもある^^

    人は上手く説明出来ない不安恐怖を持った時に・・・
    宗教に類するモノ(占い迷信を含む)に頼ろうとする人が出て来るのだろう^^

    そのような人たちを纏めるそう^^
    組織を纏めるリーダーが登場する^^
    祭り上げられることもあるだろう^^

    神話が生まれ、聖書に類するモノも纏められる^^

    宗教の完成だ^^

    とりあえず^^

    哲学の起点は「懐疑」で良いが・・・
    宗教の起点は「懐疑」と言うより・・・不安恐怖からの「回避」^^

    回避より適切な言葉があれば・・・それ^^

    今のところ・・・回避、逃避、防衛など^^

    ー風に吹かれてー

  • >>11465

    こんばんは♪

    >同感です。これ他のトピでも言いましたが信仰の起点は文字通り「信じる」ことですが、哲学の起点は「懐疑」ですからね。一流の哲学者は彼自身の哲学にその人の信仰は影響してないように思います。自分の宗教を自分の仕事にまで反映させるなら、それはもう哲学者ではなく宗教者でしょうから。希望も含めてそうあって欲しいものです。

    あ。なんか納得です。↓

    >信仰の起点は文字通り「信じる」ことですが、哲学の起点は「懐疑」

    「信じる」ことと「懐疑」って表裏みたいなもので、「信じる」ためには「疑い」に答えを得ることがが必要というか、それについての全ての疑いに納得のいく答えが与えられることが必要ですよね。

    >自分の宗教を自分の仕事にまで反映させるなら、それはもう哲学者ではなく宗教者でしょうから。希望も含めてそうあって欲しいものです。

    仕事にするなら宗教者だと思います。
    普通にそうだろうと思います。
    ただなんとなく思うのですが宗教と哲学は分かれにくいのかもしれないかなと。
    宗教と哲学のどちらが古いのかと言われれば宗教のほうが恐らく古いのだろう。
    宗教から枝分かれしたものが宗教の影響を受けてしまうのはある意味自然なことのようにも思えたり。。。

  • >>11466

    「信じる」は・・・宗教の「逃げ」であり「到着点」だと思っています^^
    /////////////

    「信じる」は・・・人生での宗教への「逃げ」であり「到着点」だと思っています^^

    に部分修正^^

    で・・・

    同時に信じた後は・・・人生の新しい「スタート=起点」だと思います^^

  • >>11466

    >科学者と宗教者と哲学者はそれぞれ別物別者で成立するモノだと思います^^

    そうそう^^
    今、流行りの言い方をすれば・・・
    三刀流もOKと言うことです^^

    ー風に吹かれてー

  • >>11465

    横レス失礼^^

    パニさん^^

    > 他のトピでも言いましたが信仰の起点は文字通り「信じる」ことですが、哲学の起点は「懐疑」ですからね。

    哲学の起点は「懐疑」だが・・・
    宗教に関しては・・・
    「信じる」は・・・宗教の「逃げ」であり「到着点」だと思っています^^
    同時に信じた後は・・・人生の新しい「スタート=起点」だと思います^^

    俺の定義は・・・宗教とは・・・
    “ 方便を真実にまで高め昇華させ信じ切る ” です^^

    >一流の哲学者は彼自身の哲学にその人の信仰は影響してないように思います。自分の宗教を自分の仕事にまで反映させるなら、それはもう哲学者ではなく宗教者でしょうから。希望も含めてそうあって欲しいものです。

    科学者と宗教者と哲学者はそれぞれ別物別者で成立するモノだと思います^^

    すなわち・・・
    科学者でもあり宗教者でもあり哲学者でもありと言うこともあり得る^^

    誰を想定している訳ではないが^^

    まあ・・・俺は普通のおっさんなんだが(笑)

    ー風に吹かれてー

  • >>11455

    ツバさん、おはようございます♪

    > そうなのだろうなと思います。・・・が、パニチェさんのような方もいらっしゃるわけで揺れ動きながらずっと行くのだろうと思います。
    > ニーチェがう〇こになったとしても本人がやってきて「それ違うよ。」と言う事はない。
    > 同じことは釈迦やイエスにも言えるのではないかと。

    ニーチェもパニチェの投稿を読めば、「そらちゃうやろ!お前、発狂前のわしよりはるかに年上やのに読みが浅いのぉ~」とか言われそうです。(笑)

    > 哲学書ってもあまり読んだことがなく、カントさんについても、エフニさんに教えていただいた本を2冊(入門書)よんだだけなので哲学のことは全く知らないと言っても過言ではないのですが、哲学者でかつ有神論者というのは・・正直何かぴんと来ないものがあります。
    > まあ。私が「神」を知らないだけかもですが・・・

    同感です。これ他のトピでも言いましたが信仰の起点は文字通り「信じる」ことですが、哲学の起点は「懐疑」ですからね。一流の哲学者は彼自身の哲学にその人の信仰は影響してないように思います。自分の宗教を自分の仕事にまで反映させるなら、それはもう哲学者ではなく宗教者でしょうから。希望も含めてそうあって欲しいものです。

  • >>11447

    > 今回見た範囲でも相手によって対応が極端に違いますね^^。過去の事例を思い出して・・『自分は知っている』ということに疑いを持てる人物かどうかの違いかな、とイメージしていますが・・。本人が言葉でどう言っているかではなく他者に対する振る舞いに現れるところの。勝手な推測だし自分自身の傾向も反映した見立てかもしれませんが・・。
    > ツバメさんは驚くほど聡明なのに、自分の考えへの疑いも持てる人というイメージ。
    > パニチェさんと会話しているという話が出たとき、相性が良さそうだと思いました。

    ツバメさんやぶたのはなにねぎさんやカシオペイアさんとは相性がいいし、レス交換してて楽しいです。
    あと、どうもあるタイプの人たちは無視すりゃええものを相手にしてしまうんですねぇ~。これ昔からなんですが真摯な人たちとのレス交換だけしていると、どうも自分が善人であるかのように見えてしまってるようで「そんなええ人間とちゃうやろ!」という自分自身への突っ込みがもう一人の自分から入って、毒入りパニチェを発揮することで、リアルパニチェとのバランスを保っているようなところもあります。^^

    > ありがとうございます。ここ四五年くらいこのトピしか見てませんでした。自分がyahooによく参加していた最後の頃はパニチェさんがほとんど投稿してなかったように思います。今回ここでパニチェさんの名前が出たので久しぶりに他を読みました。
    > 転法さんの名前でも検索してみましたが、しばらく見かけないというパニチェさんの投稿だけヒットしました・・。

    転法祖師も戻ってきて欲しいなぁ~。なんとニーチェトピにウダさんが戻ってきました(笑)
    これからも、よろしくお願いします。(_ _(--;(_ _(--; ペコペコ

    PS.しっかしお互いええ歳になりましたね。^^

  • >>11447

    おくったがわさん、おはようございます♪

    > ゴウさんという人がそのように評価されてました。愚さんもパニチェさんには肯定的に会話していたような気が・・。見性している人から見ると分かるものがあるんだろうな、と思っていました。

    そのように言っていただけるのは有難いですね。

    > イメージしていたとおりの気がします。

    あっ、そうですか。ありがとうございます。
    ちなみになんですが、ゴウさんは、その前にちょこちょことニーチェトピに登場してレス交換していた密教の女性修行者であるアサヒさんという方が行中に亡くなられたということをわざわざ私に教えに来ていただいた方でした。
    アサヒさんから私のことを聞かれていたようで。その後、ゴウさんとは私のライフワーク(そげな、たいそうなもんやない!)というかライフホビーである〈私〉に関しての探究に付き合っていただきました。〈私〉と真我についてのレス交換をニーチェトピ&ニーチェクラブで数年にわたってレス交換していたのですが、(何年か前の愚さんのtextreamのカキコによると)これまた行中に意識不明になられたみたいで、非常に残念です。
    板の上だけではりますが、私はそういう人たちとの出会いは本当に貴重だったと思っています。転法祖師や科学教梵梵法主や鰯の頭教教祖や、もちろんおくったがわさんや、新たに出会った方も含めてリアルの友人と同じく宝です。

  • >>11445

    おくったがわさん、おはようございます♪

    >話題を振った責任感じましたが

    ない、ないです♪
    「本が届きましたので読んでみます♪」なんて書くとおくったがわさんがそのように思われるかなぁとは思ったのですが、魅力的な本に思われましたので買っちゃいました。
    (図書館で借りて読んでよかったら買おうかとも思いましたが地方の悲哀で目的の本がないことも多いので)
    とても面白かったです。
    まだ、わからないところたくさんありますが何度か読むうちにわかるかなとかっても思います。

    >なんか、詩論にありがち(?)な、比喩の力とか、象徴表現とか、常識の言葉を破るとか、そういうのがなしで、手持ちの材料から(一見)理系的に分析という雰囲気が好きです。

    はい。解りやすいです。
    実作者が書くとそういう雰囲気になるのだろうな、とも思います。手堅いという表現がぴったりなんじゃないかと。
    それと熱意(興味、好奇心)のようなものかな、と。
    語り口も好きな感じがしました。

    >そして詩に限らず言語論全般にも広げられそうな。

    思います。

  • >>11442

    めごちさん♪おはようございます。

    >うけとるほうは
    そのふたつをいっしょにうけとる

    めごちさんですよね。(変な言い方ですが。)
    やっぱりなぁって感じがします。

    なんか嬉しいです。

    >つばめさんは
    詩をつくる人だね(^^♪

    そこはわからないんです。
    自分では詩という感覚がない。だから詩を作ろうと意識しているわけでもない。
    なんだろう、何も努力しないというか気が抜けているというか。
    ただ好き勝手に思ったことを書いているという感じです。

    詩を書く人はもっと隊列組んだり整えたりすると思うんです。
    そうしようと思わないというか、・・・
    好き勝手にやると好き勝手なものができる、それは作品と呼ぶものではないのだけれど
    そうしているのが楽しいからやっているみたいな感じです。

    ええと。
    詩を書く人が材木で家を作る人なら、私はその材木をただ積み上げておくだけ、って感じかな。

  • >>11458

    うん?

    催促?(笑)

    横浜のウキシマ^^

    茶坊主はコレ↓^^

    チャウリくん曰く^^
    「二年前に女房子供に逃げられました…(-o-) 」

    80331
    卑弥呼 11月27日 17:19
    >>80328
    ガリガリだから、奥さんに嫌われたとか?(笑)

    ちゃありー 11月27日 17:28
    >>80331
    そう言うのじゃないよw
    お金や女性関係にだらしないからw
    ええ、今は深く悔いてます(>_<)

    ちゃありー 5月7日 13:52
    >>38965
    僕は女の人に不自由した記憶がない

    //////////

    女の人に不自由したことがない?(笑)

    こいつアホやん(笑)

    ー風に吹かれてー

  • >>11457

    事実貼っとくな。


    ttps://textream.yahoo.co.jp/message/552019920/3044d80a2cf6683e7bc14bfd22420013/1/53906


    multitude5月11日 02:24

    >>53904

    〇〇在住の〇〇〇〇よ^^(市名並びに苗字でしたが、自主的に伏せ字)

    > あなたは、他人に注目されてる人が羨ましくて、その真似っ子ばっかりしているの。
    > それが、情けないのよ。

    俺を侮辱するな!(笑)

    どアホ!(笑)

  • >>11456

    噂嘘妄想捏造の流布はアカンし、誹謗中傷の流布は最悪^^

    まあ・・・基本放置だが・・・
    降りかかる火の粉は振り払う自由はある^^

    //////////////////////////

    悪意ある・・・
    噂嘘妄想捏造の継続流布はアカンし、、、

    誹謗中傷の流布の継続は最悪最低^^

    まあ・・・基本放置だが・・・
    降りかかる火の粉は・・・相手のために・・・
    正々堂々と勇気を持って振り払はなくてはいけないv(^_^v)♪

    ー風に吹かれてー

  • >>11449

    オクさん、他諸君!!^^

    > > 俺は上から目線でう@こと揶揄されるモノを投げつけるのが大好きな・・・
    >
    > この部分、まったくの冗談と読んでいいですか?
    >万が一少しでも事実が含まれている場合は・・・

    事実は1つ、真実は人それぞれ^^

    事実と意見(感想)は区別しなくてはいけない^^

    色んな事実がアチコチに散らばっているし・・・
    意見感想は人により違って良いし・・・
    違うからこそ面白い^^

    噂嘘妄想捏造の流布はアカンし、誹謗中傷の流布は最悪^^

    まあ・・・基本放置だが・・・
    降りかかる火の粉は振り払う自由はある^^

    オクさんはオクさんなりの事実を見極め真実を探し納得してください^^

    嫌われても・・・
    真理の探究が・・・大好き💕*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

    ー風に吹かれてー

    ps

    喜怒哀楽は素直に出した方が良い^^
    されどその喜怒哀楽は刹那でなくてはいけない^^

    怨念として溜め込むのは最低最悪^^

    そう言った意味で・・・
    テキストリーム(以後テキムと略する^^)は・・・
    参加者にとって・・・修行修練修身修心の場とも言えるv(^_^v)♪

  • >>11441

    おはようございます♪

    >そうなればいいのですが、いったんク●にまみれてしまうとマヒしてしまって、ク●まみれである感覚に気付かなくなったりして、そうなるとニーチェもク●になるわけで。。。。(爆)

    そうなのだろうなと思います。・・・が、パニチェさんのような方もいらっしゃるわけで揺れ動きながらずっと行くのだろうと思います。
    ニーチェがう〇こになったとしても本人がやってきて「それ違うよ。」と言う事はない。
    同じことは釈迦やイエスにも言えるのではないかと。

    >哲学者でかつ有神論者は結構いますね。

    哲学書ってもあまり読んだことがなく、カントさんについても、エフニさんに教えていただいた本を2冊(入門書)よんだだけなので哲学のことは全く知らないと言っても過言ではないのですが、哲学者でかつ有神論者というのは・・正直何かぴんと来ないものがあります。
    まあ。私が「神」を知らないだけかもですが・・・

  • >>11444


    > 能力不足だと思います

    能力は 人によっての 過不足がありません
    それを イエス や 釈迦牟尼 は
     「 平等 」 という 言葉で 表わしています

    一つの価値基準を 運用して
    価値を 創作すると その 道筋に沿って
    出発点からの 距離(価値の多寡) が 生まれ出ます

    人に 上下はない  のに
    上人 が  創出されます

    下卑た心 (という判断)は
    それを知る人が 下卑だと 評価しますが
    その評価の元を 自らが所有していて
    他人ごとを  評価します

    清らかさ(浄心) に ある人には
    人卑 は 存在していません

    能力不足 だと 判断できる 能力さえあれば
    その不足は すでに足りています
    おいおい 必要に応じ 対機によって
    すでに満ち足りた能力を 使えばよいことです 、、、、



    > > >  よくこれで社会が成り立っていると思うけれど、やはり修正していく柔軟性も(多くの)人は持ち合わせているからではないかとも。
    > >  ここに至るところに 飛躍と 思い違いがある

    >> よくそれで そのまま放かっておくことが出来ると
    >> 自分事ながら !
    >> 放かっておける ことに、 驚くこともできる

    >  そうですね。社会が成立しているということ自体、創作かもしれませんし。

    創作であろうと、 成立 “させて” います
    すでにある(成立させられた)モノは
      “自らの手を離れている” からこそ、
    “自ら(起きたモノである)” という 客観視ができる

    >   それに対して「よくこれで」と言うなら、なんでも結びつけて驚けるし、

    この 思索方法では “ なんにでも結びつける ” のは 難しい
    自らというモノから 出離して 本当の客観  が 起きます

    先の記述と 一聴 矛盾しているように取れるところに
    客観という主観が 起きています

    自らから 出離するには 「禅定」 が 必須です
    「禅」 と言うと 「坐禅」 を 思い浮かべますが
     「坐禅」  でも 「禅定」 を 得ることは “出来うる” だけです
    ( ただし 行住坐臥 全て
       「坐禅 」 であるなら それは 唯一の事です )   

    しっかりとした拠り所にあって、没入できる時にあれば
    それが 「 禅定 」 の 姿  です

    しっかりとした   → これが 「 金剛 」 です
    拠りどころにある → これは ヨーガ( 瑜伽 ) です

    そうして それらを経て
    他人事としてすませている
    自らに出会うことが   → 驚きを起こします

    >   また理由を創作して解決することもできるのでしょうね。

    解決は 創作できません
    解決は すでに決まっていることで
    決めること には 入りません

    どのような人が 出現しようと
    解決は その出現に関わらず
     解決として 最初から 最後まで 存在しています

    最初が 最後であるのが  解決です

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