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  • テレビ番組の「情報・バラエティー」というジャンルの放送のされ方を見ていて、とても
    不愉快に感じることがある。
    ところで、「情報・バラエティー」番組の構成には、おおよそ二つのタイプがあり、それ
    は次のような仕組みになっていると分析できるのではないだろうか。

    「情報・バラエティー」番組の二つのタイプ

    ① 何らかの世界内に生じている現象についての情報発信がメインであり、その発信に関わ
    る者(司会者、コメンテーター、タレント、芸能人など)は発信者としての働きを担って
    いるに過ぎない二次的存在である。
     
    ② 何らかの世界内に生じている現象についての情報発信は、その発信者(司会者、コメン
    テーター、タレント、芸能人など)の発言(振る舞い)に注目させるための手段に過ぎな
    い二次的なものとして処理されている。


    自分が、不愉快に思い、不気味な異和感すら覚えてしまうのは、②のタイプが何のためら
    いもなく当然のように(あたかも人間を誤った欲望に駆り立て社会全体を歪ませるのが当
    たり前であるかのように)公共の電波から垂れ流されているという無神経な現実を目の当
    たりにしてなのである。

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  • 自分自身を欲望の対象にしないこと(させないこと)は、人間の良心という〝意識〟の問題である。
    言葉を発したい者は、名乗り出るべきではない。
    それは、人間の良心という〝意識〟に問えば明白なのである。
    「生ける者」が注目を浴びながら言葉を発し続ける・・・・・・なんと下品で忌まわしい光景だろう・・・・・。

  • 社会的必然的に「欲望が対象化されること」つまり「欲望の移植」が行われるのは、その
    対象が感覚的に対象化されている場合に限られる。

    これは、どういうことかというと、端的に言えば、【故人】を欲望の対象とすることはで
    きない。なぜなら、【故人】はすでに感覚的対象ではないからだ。ということである。

    われわれは、感覚的対象である「生ける者」を、社会的必然的に欲望させられることによ
    って「なぜ、あいつだけが」とか「なぜ、オレはそうじゃないんだ」とかいう不愉快さを
    経験するのだが、【故人】に対してそういう思いが生じることは皆無である。

    非常に多くの愚者どもが、「生ける者」であるうちに自らを欲望の対象にしてもらいたい
    と願う。 そのために政治家は、有権者の支持を集めることに手段を選ばず、そのために
    芸能人は、人気を取るために手段を選ばず、そのためにマスコミは、視聴率を上げるため
    に手段を選ばず、そのために作家は、作品を売るために手段を選ばず、そのために教育者
    は、知識を詰め込むことに手段を選ばないのだ。

    われわれは、そんな政治家も芸能人もマスコミも作家も教育者も、感覚的対象として欲望
    すべきではないのである。 われわれが、そうすることによって、こいつらは不愉快さを
    撒き散らす「生ける者」であり続けようとするからだ。

    【故人】だけを尊重すればいい。 【故人】の政治家を範として政治を語り、【故人】の
    芸能人に憧れを抱きつつ、【故人】となった者のみをマスコミは報道し、【故人】となっ
    た作家だけが作品を公開できる。 そして、「生ける者」からの教育などという不愉快な
    ことはやめて、われわれは【故人】からのみ学ぶのである。

  • 最近、身近でいやに【癌】が見つかる人が増えてる。
    4~5年前と較べたら、1.5~2倍くらいになってる気がする。

    これって、やっぱ放射性物質の影響・・・・?

    出生率の低下と【癌】死亡者の増大で、日本はジワジワと滅亡へ向ってるのかもね。
    皆さんの周りではどうですか? 【癌】になった人、前より増えてます?w

  • ***不愉快な「死に方」について***

    最近、顧問先の社長やその身内の方々などが次々に【癌】を発症している。
    自分も【癌】の家系に生まれているので、いずれは【癌】になるんだろうと覚悟はして
    いるが、【癌】宣告(しかも絶望的レベルの)だけは受けたくないと心の底から思う。

    絶望的レベルに達した【癌】宣告とは、いわゆる「死刑宣告」のようなものなのだ。

    法的な「死刑宣告」であれば、被告人は、それ以降の生活費、医療費等の費用負担に
    ついて一切、国に面倒をみてもらえる。
    しかし、医学的な「死刑宣告」の〝被告人〟は、莫大な医療費等をすべて自費で賄わね
    ばならなくなるのだ。「死刑宣告」で命を奪われる恐怖を味わい、なおかつ全財産を失う
    恐怖まで体験しなければならないのである。

    それでは、犯罪者のほうがよっぽどマシではないか!!
    だから自分は、医学的な「死刑宣告」だけは絶対に受けたくない。
    真面目に生きて、凶悪犯よりも多くの恐怖を味わねばならないなんて不愉快以外のなに
    ものでもないからだ。

  • 「欲望の移植」という事態は、今にはじまったことではない。
    かつては、政治的英雄がその対象となり、最強の武芸者がその対象となり、秀でた芸術家
    がその対象となっていたことだろう。
    人々は、政治的英雄のもつ欲望ではなく(対象化された政治的英雄という)移植された欲
    望をもつことになり、最強の武芸者のもつ欲望ではなく(対象化された最強の武芸者とい
    う)移植された欲望をもつことになり、秀でた芸術家のもつ欲望ではなく(対象化された
    秀でた芸術家という)移植された欲望をもつことになるのである。

    その「移植された欲望」とは、端的に言って「地位への欲望」なのだ。

    偉大な人物、特異な能力のある者、誰からも好かれる存在など、そういった人間はすべて
    「地位への欲望」の対象になり易い。
    しかし、そういった欲望は、対象化する主体である自分自身にとって害悪にしかならない
    のだ。それはいわば、精神構造に生じる【癌】のようなものだからである。

    次回、この精神構造に生じる【癌】によって悲劇的な死を遂げた、ある少女の実話を掲載
    しよう。彼女に移植された欲望(地位への欲望)とは、漫画家になりたいという偽の欲望
    だったのである・・・・・。


    ちなみに、歴史上に、けして移植されない欲望をもっていた者といえば、やはりあの方
    ではないだろうか。
    その地位に立つことなどいかなる者であろうと望むべくもない、神の子と呼ばれたあの男
    だ・・・・・・・

  • 「情報・バラエティ」番組という人間の〝意識〟にとって害悪しかもたらさない呪われた
    ものによって、そこに登場する「誰か」の欲望が視聴者に移植されることは具体的にどの
    ような事態を招いてしまうのだろうか?
    それを端的に言うならば、こういうことだ・・・・。

    「足ることを知っている欲望は移植されることにより《変異》し、足ることを知らぬ欲望
    と化す」

    このことが、いかにオゾマシく恐怖すべきことであるのかを理解するには、その「誰か」
    に「ヒトラー」という固有名詞を代入すればいい。
    ホロコーストという全世界を覆い尽くそうとした足ることを知らぬ欲望とは、ヒトラーの
    欲望が、ゲッペルスの情報操作によりドイツ国民に移植されたことで生じた欲望であった
    のは明らかなのだから。

  • 「織田信長」という人物に注目させ「織田信長」の心理に同調させるとき、ほとんどの
    人間はごく自然な流れで「自分も(織田信長のような)皆殺しを是とする者になりたい」
    という欲望を移植されるのである。
    それと同じ意味において、テレビ局が「情報・バラエティ」番組に登場する「織田信長
    のような誰か」に注目させ「織田信長のような誰か」の心理に同調させるとき、ほとんど
    の人間はごく自然な流れで「自分も(織田信長のような誰かのような)○○○を是とする
    者になりたい」という欲望を移植されてしまうのだ。

    ここで、「織田信長のような誰か」とは誰のことなのか詳細な検証はしない。
    それは、火事場泥棒を射殺しろと公言するある人物なのかもしれない。
    それは、客観的能力に優れた者だけが人の上に立てるのだと信じているある政治家なのか
    もしれない。
    それは、笑いの効用を過剰に意識するあまり暴力化した「笑い」を垂れ流して暴君のよう
    に振舞うある芸人なのかもしれない。

    とりあえず、個別の事例についての検証、分析はべつのスレに譲る。

  • たとえば、「織田信長」という人物が何らかの世界内に生じている現象についての情報発信
    をしているという状況を考えてみてほしい。
    われわれは、「織田信長」という歴史上の偉人について様々なことを情報として認識してい
    る。その情報の真偽はともかく、その認識によって「織田信長」を理解していることは確か
    なのだ。
    「織田信長は宗教者を皆殺しにした」という織田信長メインの認識が与えられたとき、人間
    の心理として、われわれは何を織田信長から受け取るだろうか?
    当時の世界内において宗教が担っていた役割、そして戦国武将としての彼が宿命的に果たさ
    なければならなかったことなどが一切考慮されることなく、きわめて短絡的にこう直観して
    しまうのではないだろうか?


    「織田信長はどんな相手でも皆殺しにしていいと言っているのだ」


    われわれは、殺人鬼を崇拝する酒鬼薔薇と同じなのか・・・・・?(苦笑)

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