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    若者らは天皇を利用したクーデターを行い、強引に新政府を作った。徳川氏は馬上にて天下を取ったのであるから、馬上にこれを復してこそ初めて数百年来の覇業を成すことが出来たのである。若者らは、日本人の尊皇の心を利用して徳川を倒して天下を握った。だから、日本国内では、内乱が10年間も続くのであった。以後国内の矛盾をそらすために海外派兵をしながら、国を纏めて行くのである。無用な戦争を行いながら、明治・大正・昭和の敗戦まで続くのである。なかには、海外派兵を自衛の戦争であるといい議論もありますが、維新政府が出来てから、外国から武力攻撃を受けての地上戦は一度もない。さらに明治以来どころか、日本は大昔元寇以後、外国から武力攻撃や侵略をうけたことはないのです。
    そして作った維新政府は、内部権力闘争を繰り返し、日本の根幹であった農村機構を破壊し、維新官僚で起こした官業工業は赤字で、そのほとんどの事業は薩長企業に捨て値で売り飛ばされた。これにより日本の政治や産業は、薩長閥に独占され、官僚と企業の癒着が起こり、日本国の近代化は損なわれ、進歩的な思想や民主的な思想は、薩長政治財閥の独占にとっては、邪魔になるだけで、臣民として国民を教育した。暴力によって社会秩序を破壊し政治権力をものにした維新政府の悪例は、閔妃暗殺や昭和時代のさまざまなテロ、軍部内の下剋上などを正当化した。テロリストや軍部が「昭和維新」を唱えたことが、なによりそれを物語る。これが、日本が明治維新以降にだんだんと野蛮になっていった原因で、その結果日本に敗戦をもたらした。

  • 野蛮なのは国ではありません。

    野蛮なのは狼でもライオンでも猿でもありません。

    人です。

    毛沢東、ヒットラー、麻原彰晃等々の人、個人です。

  • >>53

    日清戦争は朝鮮独立戦争なんです。

    朝鮮が清国やロシアの支配下に成ったら一緒に成って日本に攻めて来る。
    この危機感が有った。
    実際、二大軍艦でもって長崎に寄港して乱暴狼藉を働いていたのだ。

    今からすれば日清戦争などは無駄な戦争だったかにみえる。
    しかしそれを明治の人に言うのは酷だ。

    当時の情勢からして、朝鮮を独立させようとしたのが間違い。
    彼の国は当時、独立心など殆ど無い。
    初めから属国の様に扱えばよかったのだ。
    そうすれば日清日露なども無かったかも知れないのです。

  • >>54

    >お相手をするのにも飽きたので、勝手な事を書いて終わりにさせていただきます。

    そんなつれないことを言わんで下さい。

    >また日清戦争時の事を書かせて頂きますが、当時の日本には清国の二大軍艦、定遠、鎮遠の半分ぐらいの排水量の軍艦しかありませんでした。
    幸い、清国兵は戦いに対する熱意、訓練の熟練に乏しく勝てましたが、戦う前から相手のそんな事情は容易には分かりません。負けても、ちっともおかしくない戦いだったのです。


    清国は日本の領土を侵略したことはないのに、なぜ清国と戦わなければならんのかね~~

  • お相手をするのにも飽きたので、勝手な事を書いて終わりにさせていただきます。
    すでに明治の歴史がなんとか無事に過ぎているので、それが容易だったと思っていませんか?
    また日清戦争時の事を書かせて頂きますが、当時の日本には清国の二大軍艦、定遠、鎮遠の半分ぐらいの排水量の軍艦しかありませんでした。
    幸い、清国兵は戦いに対する熱意、訓練の熟練に乏しく勝てましたが、戦う前から相手のそんな事情は容易には分かりません。負けても、ちっともおかしくない戦いだったのです。

    徳川政府を残す、なんていうぬるい事をやっていたら、日本海軍は船不足、砲弾不足で全滅、今頃日本は中国の一部になっていたかもしれません。
    それから、当時は帝国主義全盛の時代です。野蛮でなければ生きていく資格はありませんでした。虎狼の民(西洋人)が世界を支配していました。

    私は軍国主義も嫌いだし、東郷神社も嫌いです。
    とはいえ、1945年8月まで独立を保ったのは、資源小国にしてはよくやったと思います。

    どうしても、徳川政府でやっていくべきだったと思うのなら、仮想歴史物語でも書いて出版社に売り込んだらどうでしょう?
    説得力があれば、きっと出版社も買ってくれるでしょう。

  • 鎖国があったので明治維新が必要になった。

    過激に改革しなければ欧米に追い付かなくなったのだ。

  • >>45

    その流れを述べれば、王政親政のクーデターを起こし、慶喜を閉め出した倒幕派は、更に慶喜だけに辞官と納地を迫った。対して、慶喜は京都での武力衝突の事態を避けるためにいったん大阪城へ下がることを決め、容保や松平定敬も会桑藩士を率いてこれに従った。その後、朝堂では、山内容堂や後藤象二郎らが熱心に動いて、もともと圧倒的多数派であった公議政体派が優勢に立ち、慶喜だけに対する懲罰的扱いを取りやめさせることに成功した。そこで、慶喜が、朝命を受けて上洛し、辞官納地を受け入れることが決まった。ここに至って、もともと朝堂内で少数派だった倒幕派は追い込まれ、窮地に立った。焦った倒幕派はとんでもない奸計を弄す。すなわち、西郷隆盛は、浪士を雇って江戸や関東各地で放火略奪など暴虐の限りを尽くさせ、江戸では、御用商人や警察組織らに誅戮を加えていた。浪士たちは辻斬り、強盗、放火と大いに暴れまわった。捕らえられ薩摩藩屋敷内で処刑をしたりした。彼らは薩摩御用盗と呼ばれ、首都でテロを繰り返していた。12月23日夜、三田の庄内藩屯所への発砲事件が起こります。江戸市中取締庄内藩を主力とした軍勢で、庄内藩の安部藤蔵が薩摩屋敷に出向き、留守居役の篠崎彦十郎に浪士たちを引き渡すよう掛け合いました。しかし薩摩側はそれに応じず交渉は決裂して、戦争が起こり、薩摩藩屋敷は焼けてしまいました。そして鳥羽伏見の戦いが起こります。つまり、薩長は武力で旧幕府を武力で倒してしまいます。

    そして作った維新政府は、内部権力闘争を繰り返し、日本の根幹であった農村機構を破壊し、維新官僚で起こした官業工業は赤字で、そのほとんどの事業は薩長企業に捨て値で売り飛ばされた。これにより日本の政治や産業は、薩長閥に独占され、官僚と企業の癒着が起こり、日本国の近代化は損なわれ、進歩的な思想や民主的な思想は、薩長政治財閥の独占にとっては、邪魔になるだけで、臣民として国民を教育した。暴力によって社会秩序を破壊し政治権力をものにした維新政府の悪例は、閔妃暗殺や昭和時代のさまざまなテロ、軍部内の下剋上などを正当化した。テロリストや軍部が「昭和維新」を唱えたことが、なによりそれを物語る。これが、日本が明治維新以降にだんだんと野蛮になっていった原因で、その結果日本に敗戦をもたらした。

  • >>43

    >私は徳川慶喜公が愚かだったとは思ってはいません。
    近代化もしていたでしょう。けれども、その装備に優れた徳川軍は、薩長を中心とする軍に敗れたのです。
    それより強い欧米各国の軍、そして国家規模の大きい清国軍に、徳川政府軍が勝てたとは考えられません。

    君は我が国が幕藩体制では、近代国民国家に脱皮できず、強い欧米各国の軍、そして国家規模の大きい清国軍に、徳川政府軍が勝てないと主張していますが、その議論は事実に反していて成り立たない。なぜなら、慶喜の大政奉還の奏上を朝廷が裁可した時点で、法的には幕府は消滅するのだから、それ以後はもはや幕藩体制ではないです。慶応3年11月10日、大政奉還の勅許が出て、徳川の治世は終わっています。

    そもそも、我が国では、鎌倉以来、武家が政治を行ってきた。しかし、いくらその支配力が絶対でも、国の頂点に君臨するのは武家ではない。大和朝廷によって日本という国が誕生しても、日本最高権力者は、建前上、ずっと天皇だった。事実、鎌倉から江戸にかけて、日本を支配した武家のトップは権力を正当化するために天皇の後ろ盾を得ている。それは江戸時代でも同様で、建前上、幕府は天皇から権限を授けられ、政治を行うという体制だったのである。よって明治維新とは慶喜の大政奉還によって、生じたものである。幕府から政権を引き継いだ明治新政府は、国際的に独立国家として新生日本の船出だったのだ。続く

  • 私は徳川慶喜公が愚かだったとは思ってはいません。
    近代化もしていたでしょう。けれども、その装備に優れた徳川軍は、薩長を中心とする軍に敗れたのです。
    それより強い欧米各国の軍、そして国家規模の大きい清国軍に、徳川政府軍が勝てたとは考えられません。

    国家の第一の役割は国民を守ることです。
    まあ、今の日本のように大国の奴隷になれば別ですが。
    独立を守れない国家は、国民の努力も守れません。
    日米繊維交渉の結果、仕事を潰された当時の日本の繊維工業の人間の気持ちが分かりますか?
    バブル崩壊も、アメリカの命令で日本の役人が起こしたという説もあります。
    多くの日本人が、バブル崩壊後の日本で苦しみました。
    同じように輸出で儲けている中国の繊維産業を、アメリカは潰しません。中国は、日本と違って独立国家だからです。

  • >>41

    >虎狼のごとき欧米列強と対抗していくには、自らも虎狼となるしかないのです。
    近代国家が、道徳的とは限りません。が、近代国家は戦争が強かった。
    とはいえ、軍の権力を強めすぎたのは、失敗だったとは思います。
    ですが、それも明治維新の成立なくしては、改善するどころか独立を保てなかったと、私は考えます。


    肥前飽之浦製鉄所が完成、遣欧使節の派遣、洋学調所の設置、オランダ留学の派遣、鎖港談判遣欧使節、軍制調査のためのフランスの派遣、幕府のロシア留学生の派遣、遣欧特使派遣、神戸海軍操練所を設置、パリ万国博参加を決定、横浜製鉄所完成、横須賀製鉄所起工、洋式競馬場の設置、アメリカからの東艦を購入など、徳川は列強国と使節や貿易を通して友好関係を築いています。

    >徳川家を中心として、各藩による共同支配が成立。
    各藩の財産は、各藩が管理する。
    だが、各藩がそれぞれの方針を主張して、全体の方針が決まらない。
    内戦に突入。
    結局、数個の勢力に分裂してそれぞれが「日本」の政権を主張。
    分割して支配せよとの欧米列強の方針に適合し、欧米各国に都合よく支配される。
    現在に至るも、複数の国に分裂。

    当時は倒幕であれ、徳川であれ、日本が幕藩体制では列強と対峙することは、不可能であることは、共通した認識があった思う。日本は外敵にたいしては、一つにまとまる性質が備わっているとおもうので、そうはならんと思う。つまり民族の本能ですね!

    >でもねえ、上のようになるのが予想されるので、明治維新政府は朝鮮半島を侵略したわけで。武経七書を出版させ武術の修行を勧めた徳川家康公の教えを守っていれば、徳川体制も、朝鮮半島の支配を望む結果になったと思うんですが。
    李氏朝鮮または大韓帝国が独自の近代化を成し遂げ、共に欧米列強と戦ってほしかったのですが。あ、これは私の個人的希望です。

    そいう言う思想もありましたが、あくまで、神国日本に基づく世界の国作りの一環としての思想上にあるわで、独善的なものです。徳川と李氏朝鮮とは長年に渡る通信がありますから、神国の維新政府よりも徳川体制のほうが、朝鮮半島の支配を望むことは少ないと思う。

  • >>34

    4

    >徳川家を中心として、各藩による共同支配が成立。
    各藩の財産は、各藩が管理する。
    海軍は、徳川軍を中心とする各藩の連合艦隊。
    規模は清国の北洋艦隊に劣る。

    慶喜は征長軍の解兵願いの勅使を得て、戦いから取りやめるまで、一か月もなく停戦交渉をまとめあげます。その後すぐに、幕政改革にのりだし、有能な人材を登用して、とくに軍政改革に力をそそぎます。銃隊を中心に歩兵7連隊、騎兵1隊、砲兵4隊、計1万数千人の近代的な常備軍を作りあげます。政治も老中と合議で決めていたものを、仕事を分散して、それぞれの責任をもった、陸軍総裁(陸相)、海軍総裁(海相)、国内事務総裁(内相)、外国事務総裁(外相)、会計総裁(蔵相)老中首座の板倉勝静を首相にあたり、内閣制度に近いものができあがります。このとき、横須賀に製鉄所がつくられはじめ、王子の反射炉が建設され、滝野川の洋式火薬製造所も第二次長州征伐の翌年慶応3年には完成します。
    海軍ともなれば主力艦の「開陽丸」も、当時、世界最大級の軍艦だったし装備も極めて優秀です。
    幕府も時代の変化には充分に危機感をもち、軍制や税制、そのほかさまざまな改革を少しずつ積み重ねていた。 そもそも開国・近代化を目指したのは幕府の方が先です。


    >朝鮮半島の支配は望まない。
    ロシアと清国が、北中国(いわゆる満州)と朝鮮半島の支配権をめぐって戦う。
    ロシアが勝利。
    ついで、九州をロシアが侵略。これに敗北する。
    ロシアは九州の支配権と多大な賠償金を要求。
    欧米各国に借金する羽目になり、結局日本は欧米各国に分割支配される。
    「勝の言う通りにしておけば良かった。」自決前のある方の言葉。

    読みが甘いと思う。日本が朝鮮に侵出しなければ、ロシアの南下政策で朝鮮や中国に侵出すれば敵対するのは西欧列強国で、日本は彼らの戦争により膨大な貿易増加につながる。当然各国は日本に対しての近代化のための援助は惜しみなく受けることになります。もちろん、日本は中立を建前に敵対する両方と取引をする。ギャンブルでいえば、ダブルアップです。

    時間が遅くなりましので、残りについては、またレスをいれますね!

  • >>32

    >歴史は必然で動いており、IFは禁物とはいうものの、戯れに明治維新が起こらず、徳川幕府を継承する政権が日本を支配していたらどうなったかを、私なりに考えてみました。

    歴史は必然で動いていると考えるのは危険なことです。なぜなら運命論に陥り易くなります。現状を否定しにくくなり保守的になりやすいです。歴史は自然に起こることは絶対ないのです。歴史は人の行為よって生まれるものです。歴史において無数の意外と偶然があるが、すべて行いは人為的なもので、自然に起こったものなど何も無いと思う。だから未来に対しての指標として歴史のIFは必要なことだと思う。

    >私は、明治維新に際しての徳川家の行動を大変尊敬しております。
    いわゆる官軍に江戸と江戸城を無血で明け渡したのは、大英断でした。これなくして、日本が大規模な内戦になっていたら、どうなったかを考えると暗澹たるものがあります。
    さすが、家康公の子孫。利よりも義を重んずる武士道の精華と尊敬しております。

    維新政府は生まれたときは、基本的な国のプランは何もありませんでした。あったのは、三韓征伐に基づく神国日本で、つまり王制復古に基づく国作りです。

  • >>30

    >第二次大戦後のアメリカの日本占領政策は、日本にとっては「やさしい」ものでした。
    それは、第一次大戦後のドイツに対する占領政策が厳しすぎたために、ドイツにナチスが生まれてしまった事に対する反省に基づいたものです。他の場合だったら、膨大な賠償金の請求、日本人の奴隷化が行われたかもしれません。あるいは、アメリカの言うことを聞く独裁者が支配する国家になったか。(フィリピンとか旧東側ではルーマニアみたいな。)

    「第一次大戦後のドイツに対する占領政策が厳しすぎたために、ドイツにナチスが生まれてしまった事に対する反省に基づいたものです。」というのは、表向きの話で、当時はソ連と対立を見越したアメリカの長期的な戦略に基づいて行われたものだと思っています。

    >どうも、日本が他の国家に支配されても良かったと考えているようですが、だとしたら、韓国/朝鮮に対する日本の侵略も正しかったと考えているのですか?
    近代国家による身分社会国家の侵略という意味では、同じ行為ですが。

    侵略か解放かを決めるのは、現在そこに住んでいる人々が決めることで、他人が侵略か解放かを評価するものではないと思っています。たとえば香港は昔イギリスに支配され中国に変換されましたが、そこに住んでいる人々は現在イギリスに侵略されたと思っている人は少ないと思う。現在韓国の人々が日本に侵略されたと評価されているから、それは侵略だと言えます。
    また、ハワイの人々が現在アメリカに侵略されたと意識している人はいないのに、ハワイもアメリカに侵略したと日本に住んでいる人が言うこと自体、ナンセスなことだと思います。

    >あと、反論として過去の日本軍関係の残虐行為を挙げていますが、論点がずれています。
    ヨーロッパ系の人々によるアジア、アフリカ系人種に対する差別感情の事を、私は書きました。
    革命前のキューバでは、アメリカの兵隊がキューバの女性を自分達用の売春婦のように考えていたとか。
    第二次大戦後に日本を占領したアメリカ兵も、日本人女性をそのように考えていたようです。

    差別感情や差別意識とはどの国でも存在します。かって日本も東南アジアや朝鮮、中国にたいして差別をしていました。だから、その差別感情をもって何を述べたいのか解りません。

  • もし明治維新がなかったら-4

    虎狼のごとき欧米列強と対抗していくには、自らも虎狼となるしかないのです。
    近代国家が、道徳的とは限りません。が、近代国家は戦争が強かった。

    とはいえ、軍の権力を強めすぎたのは、失敗だったとは思います。
    ですが、それも明治維新の成立なくしては、改善するどころか独立を保てなかったと、私は考えます。

  • もし明治維新がなかったら-3

    ということで、朝鮮半島の支配を望んだ場合。

    #最善のケース

    徳川家を中心として、各藩による共同支配が成立。
    各藩の財産を共同管理する。
    とはいえ、武士階級の生活を保障するために、国家予算が足りない。
    朝鮮半島の支配をめぐって、清国と戦うが引き分け。
    ロシアが北中国(いわゆる満州)を侵略。
    日清連合でこれに対抗する。
    清国軍上層部が日本軍上層部の意見を無視しようとして作戦会議は紛糾。現場では、日本軍が清国兵の訓練のレベルの低さを軽蔑する。
    作戦がうまく実行できず、ロシアが勝利。
    北中国、ついで朝鮮半島を支配。
    九州をロシアが侵略。これに敗北する。
    ロシアは九州と多大な賠償金を要求。
    欧米各国に借金する羽目になり、結局日本は欧米各国に分割支配される。

    「勝の言う通りにしておけば良かった。」自決前のある方の言葉。

    #まあまあのケース

    徳川家を中心として、各藩による共同支配が成立。
    各藩の財産は、各藩が管理する。
    海軍は、徳川軍を中心とする各藩の連合艦隊。

    朝鮮半島の支配をめぐって、清国と戦うが敗北。
    「もう、砲弾がありません。」というのが、ある軍艦の艦長の最後の言葉だった。
    琉球、九州の一部を清国に割譲(つまり、取られた)。多大な賠償金を要求される。
    ロシアが北中国(いわゆる満州)を侵略、ついで朝鮮半島を支配。
    (以下、同文)

    #最悪のケース

    徳川家を中心として、各藩による共同支配が成立。
    各藩の財産は、各藩が管理する。
    だが、各藩がそれぞれの方針を主張して、全体の方針が決まらない。
    内戦に突入。
    結局、数個の勢力に分裂してそれぞれが「日本」の政権を主張。
    分割して支配せよとの欧米列強の方針に適合し、欧米各国に都合よく支配される。
    現在に至るも、複数の国に分裂。

  • もし明治維新がなかったら-2

    徳川家を中心として、各藩による共同支配が成立。
    各藩の財産は、各藩が管理する。
    海軍は、徳川軍を中心とする各藩の連合艦隊。
    規模は清国の北洋艦隊に劣る。

    朝鮮半島の支配は望まない。
    ロシアと清国が、北中国(いわゆる満州)と朝鮮半島の支配権をめぐって戦う。
    ロシアが勝利。
    ついで、九州をロシアが侵略。これに敗北する。
    ロシアは九州の支配権と多大な賠償金を要求。
    欧米各国に借金する羽目になり、結局日本は欧米各国に分割支配される。

    「勝の言う通りにしておけば良かった。」自決前のある方の言葉。

    でもねえ、上のようになるのが予想されるので、明治維新政府は朝鮮半島を侵略したわけで。武経七書を出版させ武術の修行を勧めた徳川家康公の教えを守っていれば、徳川体制も、朝鮮半島の支配を望む結果になったと思うんですが。
    李氏朝鮮または大韓帝国が独自の近代化を成し遂げ、共に欧米列強と戦ってほしかったのですが。あ、これは私の個人的希望です。

  • もし明治維新がなかったら-1

    歴史は必然で動いており、IFは禁物とはいうものの、戯れに明治維新が起こらず、徳川幕府を継承する政権が日本を支配していたらどうなったかを、私なりに考えてみました。

    私は、明治維新に際しての徳川家の行動を大変尊敬しております。
    いわゆる官軍に江戸と江戸城を無血で明け渡したのは、大英断でした。これなくして、日本が大規模な内戦になっていたら、どうなったかを考えると暗澹たるものがあります。
    さすが、家康公の子孫。利よりも義を重んずる武士道の精華と尊敬しております。

  • 第二次大戦後のアメリカの日本占領政策は、日本にとっては「やさしい」ものでした。
    それは、第一次大戦後のドイツに対する占領政策が厳しすぎたために、ドイツにナチスが生まれてしまった事に対する反省に基づいたものです。他の場合だったら、膨大な賠償金の請求、日本人の奴隷化が行われたかもしれません。あるいは、アメリカの言うことを聞く独裁者が支配する国家になったか。(フィリピンとか旧東側ではルーマニアみたいな。)

    どうも、日本が他の国家に支配されても良かったと考えているようですが、だとしたら、韓国/朝鮮に対する日本の侵略も正しかったと考えているのですか?
    近代国家による身分社会国家の侵略という意味では、同じ行為ですが。

    あと、反論として過去の日本軍関係の残虐行為を挙げていますが、論点がずれています。
    ヨーロッパ系の人々によるアジア、アフリカ系人種に対する差別感情の事を、私は書きました。

    革命前のキューバでは、アメリカの兵隊がキューバの女性を自分達用の売春婦のように考えていたとか。
    第二次大戦後に日本を占領したアメリカ兵も、日本人女性をそのように考えていたようです。

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