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    北浜情報出版部・近刊

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    無依 9月30日 05:30

    『石原吉郎詩集』現代詩文庫26

    未刊詩編から

    泣きたいやつ

    おれよりも泣きたいやつが
    おれのなかにいて
    自分の足首を自分の手で
    しっかりつかまえて
    はなさないのだ
    おれよりも泣きたいやつが
    おれのなかにいて
    涙をこぼすのは
    いつもおれだ
    おれよりも泣きたいやつが
    泣きもしないのに
    おれが泣いても
    どうなりもせぬ
    おれよりも泣きたいやつを
    ぶって泣かそうと
    ごろごろたたみを
    ころげてみるが
    おいおい泣き出すのは
    きまっておれだ
    日はとっぷりと
    軒先で昏れ
    おれははみでて
    ころげおちる
    泣きながら縁先を
    ころげてはおちる
    泣いてくれえ
    泣いてくれえ

  • 『尾崎放哉句集』


    あたたかき炬燵を出る別れ哉

     まえがきに「一月九日、郷里を発す、」とある。

  • 『石原吉郎詩集』現代詩文庫26

    未刊詩編から

    真鍮の柱

    あの夕焼けをくずしておとせ
    あつい豆腐をくずすように
    つきくずしておとせ
    かがやく真鍮の柱がのこるまで
    要求であるものが
    怒りにかわるとき
    どのような保証も
    怒りに与えるな
    すでに怒りであったものを
    かぼそい煙突におきかえるな
    すなわちそのように
    生きたものを
    夕焼けの朱へ立たせておけ
    かがやく真鍮の
    柱がのこるまで

  • 『石原吉郎詩集』現代詩文庫26

    未刊詩編から

    閾(しきい)

    耳のそとには
    耳のかたちをした
    夜があり
    耳穴の奥には
    耳穴に したがう夜があり
    耳の出口と耳穴の入口を
    わずかに仕切る閾の上へ
    水滴のようなものが
    ひとつ落ちる

    耳だけのこして
    兵士は死んでいる

  • 『石原吉郎詩集』現代詩文庫26

    未刊詩編から



    ある日蒼ざめた
    殺意となって
    にぎられた拳のうちがわから
    錐は手の甲を突きやぶる
    くらい拳のうちがわから
    錐は祈った
    光のようなもの
    明滅のくりかえしを
    ゆるされぬもの
    あらわれて決着を
    告げるものが
    ついにけたたましい
    光条に変わるとき
    いかなる声よりも
    錐は声である

  • 『石原吉郎詩集』現代詩文庫26

    未刊詩編から

    斧の思想

    森が信じた思想を
    斧もまた信じた
    斧の刃をわたる
    風もまた信じた
    森へたわんで
    声となる均衡が
    たわやかな黙殺を
    めぐりにめぐり
    一枚の刃となって
    自立する衝動を
    圧倒する静寂の
    みどりが迎えるとき
    斧には蒼白な
    横顔があると
    およそこの森の
    深みにあって
    起こってはならぬ
    なにものもないと

    金持ちを明日から貧乏人にする経済学 『石原吉郎詩集』現代詩文庫26  未刊詩編から  斧の思想  森が信じた思想を 斧もまた信じた 斧の

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     客

    夕べのはるか前に
    暗闇と挨拶を交わした者が お前のもとに立ち寄る。
    昼のはるか前に
    かれは目覚め
    そして 煽る、去っていく前に、ひとつの眠りを、
    ひとつの眠りを、足音がそれに響きわたり――
    お前は かれが彼方を踏破するのを聞く、
    そして お前の魂を そちらへ投げる。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     二人して

    二人して 死者たちは泳ぐ、
    二人して、葡萄酒がまわりを流れる中を。
    かれらがお前のうえに注いだ葡萄酒の中を、
    死者たちは 二人しておよぐ。

    かれらは その髪を敷物に編んだ、
    かれらは 臥所を共にする。
    お前は お前のさいころをもう一度投げよ
    そして 二の目の一つのなかへもぐれ。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     よい

    よい、ぼくがお前のうえを越えて 飛んでいったことは。
    よい、天がお前の目から溢れ出たときに、ぼくもまた ぼくのために鳴り響きはじめたことは。
    よい、誰の星がそこでかすかに光っているのかを ぼくが見たことは―
    よい、ぼくが それにもかかわらず 叫び声を上げなかったことは。

    なぜならば ぼくを荒々しくこちらへ突き離した
    あの声が いま お前の耳のなかで 甲高く響いているのだから。
    そして ぼくを鞭打った雨が
    お前に いま ひとつの口を鏨で彫る、
    その口は話す、星たちが収縮するときに、
    その口は膨れる、天が潮のように引くときに。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     ブルターニュの海岸

    集められている、ぼくたちが見たものが、
    お前との そしてぼくとの別れのときにーー
    ぼくたちのために いくつもの夜を陸に放り投げた海、
    ぼくたちと一緒に その夜を通り抜けて飛んだ砂、
    そのうえの 錆びたように赤いヒース、
    そのなかで ぼくたちに 世界が生起した。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     猪の姿となって

    猪の姿となって
    お前の夢は 夕べのはずれの森たちを 足を踏み鳴らしていく。
    氷を割って出てきたその夢の牙は
    その氷のように
    きらめくように白い。

    その夢は 自身の影が木々から引き毟った
    葉むらの下から
    一つの苦い木の実を掘り出す、
    お前自身がここを歩んだとき、
    お前の足がこちらへ突き離した心のように 黒い
    一つの木の実。

    夢は 木の実を刺し取り
    そして 林を 唸り声を上げる運命で満たす、
    すると その運命は 夢を
    下の 岸辺へと 追い立てる、
    あそこへ、海が
    その一番暗い祝宴を
    崖の上で催すところへ。

    おそらく
    その夢の果実のような 一つの果実が
    こんな石の涙を流した
    あの祝祭を上げる目を 恍惚とさせるだろう。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     暗闇から暗闇へ

    お前は 目を見開いた―ぼくは ぼくの暗闇が生きているのを見る。
    ぼくは その底を見るーー
    そこでも それはぼくの暗闇であり そして生きている。

    こうしたものが 向こうへ渡ったのだろうか? そして そのときに目覚めていたのだろうか?
    誰の光りがぼくのすぐ後に続いたのだろう、
    それゆえに 渡し守は見つかったのだろうか?

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     氷があるところに

    氷があるところに 二人のために冷たさがある。
    二人のためにーーそう ぼくはお前を来させた。
    炎から生まれたような一つの息吹が お前をとり囲んでいた―
    お前は薔薇からこちらに来た。

    ぼくはたずねた、「あそこでは お前は何と呼ばれていたの?」
    お前はそれを ぼくに名のった、あの名前をーー
    灰の放つような一つの輝きが そのうえにあったー
    薔薇からお前はこちらへ来た。

    氷のあるところに 二人のために冷たさがある。――
    ぼくはお前に 二つの名を与えた。
    お前はお前の目を その下で開いたー
    ひとつの光りが 氷に穿った穴を覆っていた。

    いま ぼくは閉じる、そうぼくは言った、ぼくの目をー ――
    この語を取りなさいーぼくの目はお前の目にそれを語りかける!
    それを取りなさい、ぼくのあとについてそれをゆっくり復唱しなさい。
    ぼくのあとについてそれを復唱しなさい、ゆっくりそれを言いなさい、
    ゆっくり言いなさい、引き延ばしなさい、
    そして お前の目―それはずっと開いたままでいなさい!

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     遠方

    目と目をあわせて、冷たさのなかで、
    ぼくたちも こんなことを始めようーー
    ぼくたちを 互いの前から隠す
    帷を
    一緒に吸い込もう、
    夕べのとるあらゆる姿から、
    夕べがぼくたち二人に貸し与えてくれた
    あらゆる姿まで
    まだどれほど離れているかを
    夕べが測り始めようとするときに。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     二つの姿

    お前の目を 小部屋のなかで 一本の蝋燭にせよ、
    その眼差を 芯にして、
    それに 火をともすのに
    充分なほど ぼくを盲目にせよ。

    いや。
    そうではなくせよ。

    お前の家の前へ すすめ。
    お前の斑な夢に 馬具を付けよ、
    その蹄に 語らせよ

    お前が ぼくの魂の棟から
    吹き飛ばした 雪に向かって。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     海から

    ぼくたちは あのひとつの そしてひそやかなことをした。
    ぼくたちは 深みの中へ 勢いよく降りていった、
    そこから 永遠の泡が紡がれるー
    ぼくたちは それを紡がなかった、
    ぼくたちは 両手が自由でなかった。

    両手は 編み合わされて 綱となっていた
    上から 彼らが それをぐいと引っ張る……
    おお ナイフがきらめきながら囲んだ目――
    ぼくたちは 影の魚を捕らえた、ごらん!

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     一房の髪

    一房の髪、それをぼくは 編まなかった、それをぼくはなびかせるままにした、
    それは 額たちの年に ぼくがその額を通り過ぎた
    額から ほどけたー ――

    これは 万年雪のために
    呼び起こされる 一つの語だ、
    雪の方を見つめていた 一つの語、
    ぼくが 目たちに 夏のようにとり囲まれて、
    お前がぼくの頭上に張った眉を 忘れたとき、
    ぼくを避けた 一つの語、
    ぼくの唇が 言葉のあまり 血を流したとき。

    これは いくつもの語と並んでやって来た 一つの語だ、
    沈黙の像を写しもつ 一つの語、
    つるにちにち草と悲痛が そのまわりに茂る。

    遠いものたちが ここに降り立つ、
    そして お前が、
    薄片となった彗星が
    ここに雪と降り
    そして 大地の口に触れる。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     一粒の砂

    石、それから ぼくは お前を掘った。
    夜が 自身の森を 荒らしたときに……
    ぼくは お前を 木のかたちに彫り
    そして お前を ぼくのほんのかすかな文句の茶色のなかにくるみこんだ
    樹皮でくるむようにー

    一羽の鳥が、
    一番丸い涙からすべり出て、
    木の葉のように お前の頭上で揺れるーー

    お前は待つことができる、
    皆に見守られて 一つの砂粒がお前に輝きはじめるまで、
    一粒の砂、
    それは ぼくが夢みるのを助けてくれた、
    ぼくが お前を見つけようと もぐっていったときにー

    お前は それに向かって根を伸ばす、
    大地が死で赤く燃えるとき、お前を巣立たせる根を、
    お前は 高く身を伸ばす、
    そして ぼくは一枚の葉となって お前に先立って漂う、
    あの門たちがどこで開くかを知っている葉となって。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     重いもの

    お前がぼくに向かって投げた重いものーー
    それは ぼくに石を好きにならせない、石は割れる、
    ぼくが 呟く指で
    深みによってくしけずられるその髪をつかむと。

    ただお前を
    ぼくの方へと かがませる、
    お前が投げたものが。

    鉛について語れ。
    鉛について語れ、ぼくたちに 月が輝いているかぎり。
    ぼくの馬の毛を梳け。
    ぼくの馬の毛を梳け、手がここでパンを割るときに。
    それにまたがって ここのテーブルへ 水飼い場へと駆けよ。

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