ここから本文です
  • 1

    *****

    北浜情報出版部・近刊

  • <<
  • 5867 5848
  • >>
  • 5867(最新)

    無依 6月21日 07:31

    『パウル・ツェラン全詩集』青土社


    罌粟と記憶

    フランスの思い出

    お前 ぼくと一緒に思い出しておくれ―パリの空、大きなイヌサフラン……
    ぼくたちは 花売り娘から いくつもの心を買った……

    ぼくたちの小部屋には 雨が降り始めた、
    そしてぼくたちの隣人がやって来た、ムッシュー・ル・ソンジュがやせこけた小男が。
    ぼくたちはカードをした、ぼくは瞳を失った、
    お前はお前の髪をぼくに貸し、ぼくはそれを失い、かれはぼくたちを打ち倒した。
    かれは戸口から出ていった、雨はかれの後をついていった。
    ぼくたちは死んでいて 息をすることができた。

     *ル・ソンジュ=フランス語で「夢、夢想、空想」を表す。

  • 『長田弘全詩集』みすず書房

    言葉殺人事件

     この世のバラッド

    知らないものは
    知らないだろう。

    知るものは
    口を割らないだろう。

    知りたいものは
    知りたいことを知るだろう。

    知りたくないなら
    知らないことを好むだろう。

    そんなことはみな
    そんなことにすぎない。

    まちがっていなければ
    正しいわけじゃない。

    この世がつぶれても
    またぞろこの世はあるだろう。

  • 『長田弘全詩集』みすず書房

    言葉殺人事件

     老いてゆくバラッド

    それで
    こうして
    ああしたのですよ。
    それで
    そうして
    ああしたのですか。
    あいつら、ですよ。
    あいつら、ですな。
    また、ですね。
    また、ですよ。
    そうしたものです。
    そういうことです。
    そのようにいいつつ
    老いてきたひと。
    きみら、いわゆる
    あいつら、でないひと。
    立話しながら、
    事のついでに
    生きてきたひと。
    耳からさきに
    老いてきたひと。

  • 『長田弘全詩集』みすず書房

    言葉殺人事件

     われわれの無残なバラッド

    そうなんだ、
    そういうことだ。
    そういうわけで
    そうなんだ。
    そういうふうだし
    そういうことだし
    そうじゃなければ
    そうじゃないが、
    そうなんだし
    そうだったし
    そうであるだろうし
    そうなんだ。
    なあ、そうだろう?
    そうだろうが。
    そうじゃないと
    そうはいえまい。
    そうしたさ
    そうするさ
    そうなるさ。
    きれいに片をつけてきた、
    歴史を
    二行で。
    「いろいろなことがある
    いろいろなことがあった」
    そういうことだ。
    そうなのか?

  • 『長田弘全詩集』みすず書房

    言葉殺人事件

     千人語 5

    まず
    さてだ
    ところで
    そして
    それからだ
    では
    である
    またである
    次に
    なお
    ここで
    すなわち
    だが
    すなわちだ
    だが
    それで
    しかしだろうか
    おれと
    いや
    したがってだろう
    よって
    もはや
    なにより
    このようにして
    こうである
    そうなのだ
    そうなのである
    あゝ、
    そうですか

  • 『長田弘全詩集』みすず書房

    言葉殺人事件

     千人語 4

    われわれは
    とすれば
    であるだろう
    であるのだから
    であるから
    それゆえ
    であるはずである
    であるべきだ
    であらねばならない
    のである
    なのである
    である意味である
    であるのである
    であるでない
    のである
    である以上
    であるかぎり
    にもかかわらず
    ではないか
    われわれは

  • 『長田弘全詩集』みすず書房

    言葉殺人事件

     千人語 3

    こういって
    ああいって
    そういうのか
    あれはあれ
    これはこれだと
    それはそうなので
    そして
    ああして
    そうであるなら
    どうであれ
    こうであれ
    どうもこうも
    どうでもなるのか
    つまり、何だ
    それはそうなのであり
    それだけだ
    それだけである

  • 『長田弘全詩集』みすず書房

    言葉殺人事件

     千人語 2

    わたしではない
    ぼくではない
    ぼくでしかない
    ぼくがぼくであれば
    ぼくはぼくでない。
    ぼくのわたしは
    おれではない、ぼくの
    おれはわたしではない。
    ぼくがわたしでない
    なら、わたしは
    おれではなく、おれは
    ぼくではないのだ。
    わたしではない
    ぼくではない
    ぼくですらない。
    ぼくがぼくが
    というやつ、それは
    ぼくでない。

  • 『長田弘全詩集』みすず書房

    メランコリックな怪物

     わが詩法

    今日一篇の詩を書こうとして
    ただの一行も書かなかった
    いったい何をぼくは書こうとしていたのか
    ふとった魂についてか?
    艶やかな正義についてか?
    いいえ、兎のような愛についてか?
    何についてぼくは書けばよかったのか
    悪意のない沈黙がどのように可能だというのか
    詩は断じて芸やオリジナリティーじゃないよ
    精神は銀行じゃない、ぼくは
    ぼくの詩を怖るべき希望と結びつけたいのだ
    死という死の大きな手とたたかう詩だ
    男色家が純粋に猥褻を憎むように
    ぼくはぼくの現在を正確な憎悪でたたきのめしたいのだ
    ばかやろうちきしょうおたんちん!
    ヒョーヒョーヒヒョーくそったれ!
    ぼくは叫んだ 鳥も兵士もピアニストも叫んだ
    ぼくは感受性の治外法権なんて認めないぞ!
    だがぼく、全開した一コの感情、
    ぼくのあんまりな無力と悲しみを自覚せいよ
    そして 時代の最初の一行の
    見事な不在をはっきりと加担せいよ

  • 『辻征夫詩集成』書肆山田

    落日

    わたしは沈丁花が

    わたしは沈丁花が
    咲いているのをみつける
    あの数秒の時間が
           好きです。
    わたしはうつむいて
    今日いちにちはどんな風になるのだろう
    きのうのわたしのらんぼうな 言葉は
    きのうのちいさな雲のように
    もうあのひとの
    ぼんやりした
    こころの空から消えたかしら
    保険のおばさんはまた今日も
    こんにちはって
    わたしの山羊座の未来を語りに
    くるのかしら
    かんがえながら
    バス停にいそいでいます
    するとにおっています
    塀の
    かげの藪の
    なかで藪と
    おんなじ色の葉っぱのなかで
              くすんで。
    わたしは沈丁花が
    (薮のなかでも外でも)
    つよくにおって
    咲いているのをみつける
    この数秒がとても好きです。

  • 『アンドレ・ブルトン集成』人文書院

    慈悲の山 一九一九年

        黒い森


                                 アウト
    柔らかなカプセル  等々(エト・セテラ)   メロン

    ド・サン・ゴバン夫人はひとりぼっちで 時間を長いと思う
    骨付きあばら肉が風味を失う

                     運命の浮彫
    そこで   鎧戸なしの        この白い鳩
       瀑布
         木出し人足たちは優遇される

                    吹いているぞ
    何て健康に良いんだろう風は   ミルクホールの風
                「旅籠屋守護天使亭」の創立者は

    去年 やはり死んだよ
    ときに

      チュービンゲンから 私を迎えに
      若きケプラー・ヘーゲルが出かけて来る
      そして 良き仲間

    ランボー 語る

  • 『長田弘全詩集』みすず書房

    われら新鮮な旅人

     かなしみの海

    世界は滑っていって
    とつぜん島を爆発させる。
    数えつくされた時のあと。
    氷海はいきなりくらい空に吹っ飛び、
    あらゆる魚はいっせいに裂かれる、
    声もなく悲鳴をあげて。
    つめたい飛沫の一粒一粒が、
    ふしぎに明るい朝の食卓にふりそそぐ。
    アザラシは氷塊に叩きつけられ、
    ひどく傷つき、
    どんなコミュニケよりも早く、
    どんなバリッチン地震計よりも震えて、
    ぼくたちの凍える胸のふちにたどりつく。

    かがやく橙色の宮殿で
    ウクライナの男がとめどなく饒舌だったとき、
    誰の耳だって聴いただろう、
    失敗つづきのヴィジョンが咽喉までひたひた浸すのを。
    氷の渚で、心臓はプスプス泡立ち
    ゆびをひらいて何も確かめられなかった
    あなたの腕のなか。
    薄いくちびるから緑色の血がサーッと噴きだす。
    竜巻のようにぐるぐるのぼってゆく。
    くるめく渦の中心で
    かなしみはしずかに白熱し、
    ほとんど純白に怒りのようになる。
    ぼくの咽喉は笛のようにいっぱい膨らむ。
    あっ、誰だって叫びたいし、
    誰も叫べない。
    どんな失敗もぼくたちを証すことはない。
    どっとこらえてあふれるのは、
    氷山よりもひとまわり冷やかな決心だ。
    流れて、流れてゆくよ。
    水平線のない愛しいものの眠りのしたを
    いつかはゆきつかねばならない。
    じゅうぶんな夜明けの岸まで。

  • >>5854

    『長田弘全詩集』みすず書房

    われら新鮮な旅人

     ぼくたちの長い一日

    きみの額のうえを海の沈黙がひろがってゆくとき
    きみの瞼のしたで栄光と恐怖が出会う
    きみの二つの耳たぶのなかで難船ははげしくゆれて
    とびちる泡と塩は運命より速く死者の胸を叩く……

    荒々しい風の唇にのせてはこんでやれ 星条旗のうえで
    意味もなく生き 意味もなく死んでゆく男の虚しさを
    綿花と一にぎりの石灰とロールスロイスで包んでやれ
    権力の輝きは生を彩るが 死を支配しないから

    繃帯を夕日のように滲ませて 血が海のうえに
    煙っている ぼくたちは魂の岸辺にそって
    歩いてゆこう 勇気とは何であるか問うために

    おお 厖大な漣(さざなみ)のなかで 貝が孤独な手をあげる
    それは ぼくたちの悲哀の貌(かたち)のようだ 四つの島で
    四つの季節を繰りかえすぼくたちの生活のようだ

  • 『長田弘全詩集』みすず書房

    われら新鮮な旅人

     言葉と行為のあいだには

    言葉と行為のあいだには
    死のためのかすかな隙間がある
    その蒼ざめた隙間を通ってくる
    ひかりを誰もついにみない。
    水の底をゆらゆらゆらめかせて
    流れてきた蛇だけが
    その隙間をいっぱいにみたそう
    とこころみたが
    熱い叫びはあわだつ泡のなかに
    しだいしだいに薄れてゆき
    悲鳴に似た音階のうえを滑りながら
    誰よりもさとい瞳は
    水ではなく みずからの
    内部からあふれでるものに溺れ死んだ
    そのときともに死んでゆく
    優美なくちびるの周囲で
    貝は割られ 星の声は砕けおちる。
    崩壊のひびが鋭く走り去ったあとの
    そんなにも静まりかえった
    時のしたをくぐって
    記憶とか何とかのひとかたまりの
    さざなみが しろく
    後悔のようにざわめきたち
    じわじわ時代の海にひろがってくるとき。
    うるんだ睫毛をして
    きみは松の木の下に眠り
    松はたくさんのやにをにがい経験のうえに
    夜どおし滴のようにしたたらした。
    急がねばならないのか はたして
    ぶんぶんうなる翅をもつ蜜蜂の胸をして
    花と花のあいだを飛びまわって
    言葉と言葉のあいだの孤独な影を
    きりたつ水晶の意味の断崖に
    おおきく映しだすには
    ぼくたちの呼気と吸気は、だがまだ
    じゅうぶんにひとつのものとはいえないだろう。
    ひたひたとアルコールの波がながい
    ながい腕をのばしてたしかめている
    岸辺の感情はぐらりと深みに沈みこみ
    かたむくひとつの顔を、必死にまさぐる。
    夥しい砂の真中に匍いつくばって見つめた
    掌のなかの湿ったいく粒かの麦粒。
    ふるえる指は虚ろな窓ガラスをばらばらに砕く。
    そして ひらかれる
    髪だけがそよいでいる階段の沈黙のうえに
    鋼鉄の休暇はいまようやくはじまるのだ。
    礫がひずませた歴史への責任を
    きみのやわらかい筋肉に爽やかに沁みこませ
    鏡がぬらした
    海蛇の曳いていったひとすじの
    水のひかりを
    祈りのように浴びて
    ふたたびその死の入口に近づいてゆくために。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    罌粟と記憶

    逆光

    (お前とそしてすべての)

    お前とそしてすべての鳩たちのように 昼と夜を暗闇から掬う者が、
    ぼくの目から星をついばむ、それがきらめく前に、
    ぼくの眉から草を毟る、それが白くなる前に、
    扉を雲のなかで勢いよく閉める、ぼくが落下する前に。

    お前とそしてすべての撫子のように 血を硬貨として 死を葡萄酒として必要とする者が
    ぼくの両手からガラスを吹いて自分の杯をつくる。
    ぼくが言わなかった言葉で それを赤く色づけし、
    彼方の涙の石で 粉々に砕く。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    罌粟と記憶

    逆光

     霧笛のなかへ

    隠された鏡のなかの口、
    高慢の柱の前の膝、
    格子の桟を持つ手――

    お前たちに暗さを差し出せ、
    ぼくの名を呼べ、
    ぼくをその名前の前に連れていけ。


    ~~~~~


    逆光

    (まだかれの目が)

    まだかれの目が探している青を ぼくは誰よりも先に飲む。
    お前の足跡からぼくは飲む そしてみる、
    お前がぼくの指をすりぬけて転がるのを、真珠よ。そしてお前が大きくなるのを!
    お前は忘れられたすべての者のように大きくなる。
    お前は転がるーー憂鬱の黒い霰の粒が
    一枚の 別れの合図によって真っ白な布の中に落ちる。

  • 『長田弘全詩集』みすず書房

    われら新鮮な旅人

    ふたり

    「恋人が呼んだら 恋する女はとんでゆく
    そんなふうに愛したいわ わたしたちが貧しくて
    結婚をかんがえてみるなんてさえできなくなっても
    ……」
    そしてふたりはふたりを求めあった、
    くちびるとくちびるを重ねて。
    傷口のうえにやすむ白鳥のように
    海からいちばん遠い高山の冷たい頂きの
    清潔な快楽と生の悲哀につつまれて。
    世界のすべてに驚きの目をみはる
    子どもたちと孤独な冒険家は、
    真昼のベッドに倒れゆく恋人たちの魂ちかく往く旅人。
    ………………………
    「恋人が呼んだら 恋する女はとんでゆく
    そんなふうに愛したいわ わたしたちが貧しくて
    結婚をかんがえてみるなんてさえできなくなっても
    ……」
    花婿と花嫁のように新鮮に
    飢餓と放縦とに溶けるように結ばれて、
    そしておもいがけず傷つきながら身を離すとき
    けれどそのときまったく衝動的にふたりは知るんだ、
    ふたりの貧しさはふたりの悪だということを知るんだ。

  • 『辻征夫詩集成』書肆山田

    学校の思い出  



    美しいもの

    たとえば薔薇 若い死刑囚など
    美しいものばかりをぼくは
    愛するのです とあなたは言った
    壁に薔薇の影のしみついている
    春の終わりにはこんなにも静かで
    子供の無心に創りあげた紙の
    死面(デスマスク)の荘厳な眼がひらかれている

    ひととき

    おまえの夢は
    世界に荒涼としたソファーを置く
    そこにひととき
    坐して おまえに語りかけようと
    ぼくは裸足で広場をめぐっている

  • 『吉野弘全詩集』青土社

    幻・方法



     たそがれ

    他人の時間を小作する者が
    おのれに帰ろうとする
    時刻だ。

    他人の時間を耕す者が
    おのれの時間の耕し方について
    考えようとする
    時刻だ。

    荒れはてたおのれを
    思い出す
    時刻だ。

    臍を噛む
    時刻だ。

    他人の時間を耕す者が
    おのれの時間を耕さねばならぬと
    心に思う
    時刻だ。

    そうして
    納屋の隅の
    光の失せた鍬を
    思い出す
    時刻だ。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    罌粟と記憶

    海からの石

    ぼくたちの世界の白い心、暴力はなく ぼくたちはそれを今日 黄ばんだとうもろこしの葉の時刻に失ったーー
    丸い糸玉、そういう風に それは ぼくたちの手から軽々と転がった。
    そういう風に ぼくたちには 紡ぐために 新しい赤い眠りの羊毛が 夢の砂の墓場の傍に残されたーー
    もはや心ではない、けれどおそらく深みからきた石の頭髪が、
    貝や波を想っているその額の乏しい飾りが。

    多分、あの街の門口で 一つの夜の意志がその石を空中に高めるだろう、
    石の東の目は 石に ぼくたちが横たわる家のうえで 話してきかせるだろう、
    口もとの海の黒さと 髪にさしたオランダからのチューリップについて。
    かれらはその石に先立って槍をかかげていく、そういう風に ぼくたちは夢をかかげていった、そういう風に ぼくたちからぼくたちの
    世界の白い心が転がり落ちたのだ。そういう風に 縮れた
    紡ぎ糸が 石の頭のまわりに生まれたのだーー奇妙な羊毛、
    心のかわりに 美しく。

    おお 来てそして消え去った鼓動! 終わりあるもののなかで ヴェールが翻る。

  • <<
  • 5867 5848
  • >>
並べ替え:
古い順
新しい順
アプリでサクサク「掲示板」を見る Yahoo!ファイナンス公式アプリ