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    北浜情報出版部・近刊

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    無依 9月18日 03:40

    『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     猪の姿となって

    猪の姿となって
    お前の夢は 夕べのはずれの森たちを 足を踏み鳴らしていく。
    氷を割って出てきたその夢の牙は
    その氷のように
    きらめくように白い。

    その夢は 自身の影が木々から引き毟った
    葉むらの下から
    一つの苦い木の実を掘り出す、
    お前自身がここを歩んだとき、
    お前の足がこちらへ突き離した心のように 黒い
    一つの木の実。

    夢は 木の実を刺し取り
    そして 林を 唸り声を上げる運命で満たす、
    すると その運命は 夢を
    下の 岸辺へと 追い立てる、
    あそこへ、海が
    その一番暗い祝宴を
    崖の上で催すところへ。

    おそらく
    その夢の果実のような 一つの果実が
    こんな石の涙を流した
    あの祝祭を上げる目を 恍惚とさせるだろう。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     暗闇から暗闇へ

    お前は 目を見開いた―ぼくは ぼくの暗闇が生きているのを見る。
    ぼくは その底を見るーー
    そこでも それはぼくの暗闇であり そして生きている。

    こうしたものが 向こうへ渡ったのだろうか? そして そのときに目覚めていたのだろうか?
    誰の光りがぼくのすぐ後に続いたのだろう、
    それゆえに 渡し守は見つかったのだろうか?

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     氷があるところに

    氷があるところに 二人のために冷たさがある。
    二人のためにーーそう ぼくはお前を来させた。
    炎から生まれたような一つの息吹が お前をとり囲んでいた―
    お前は薔薇からこちらに来た。

    ぼくはたずねた、「あそこでは お前は何と呼ばれていたの?」
    お前はそれを ぼくに名のった、あの名前をーー
    灰の放つような一つの輝きが そのうえにあったー
    薔薇からお前はこちらへ来た。

    氷のあるところに 二人のために冷たさがある。――
    ぼくはお前に 二つの名を与えた。
    お前はお前の目を その下で開いたー
    ひとつの光りが 氷に穿った穴を覆っていた。

    いま ぼくは閉じる、そうぼくは言った、ぼくの目をー ――
    この語を取りなさいーぼくの目はお前の目にそれを語りかける!
    それを取りなさい、ぼくのあとについてそれをゆっくり復唱しなさい。
    ぼくのあとについてそれを復唱しなさい、ゆっくりそれを言いなさい、
    ゆっくり言いなさい、引き延ばしなさい、
    そして お前の目―それはずっと開いたままでいなさい!

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     遠方

    目と目をあわせて、冷たさのなかで、
    ぼくたちも こんなことを始めようーー
    ぼくたちを 互いの前から隠す
    帷を
    一緒に吸い込もう、
    夕べのとるあらゆる姿から、
    夕べがぼくたち二人に貸し与えてくれた
    あらゆる姿まで
    まだどれほど離れているかを
    夕べが測り始めようとするときに。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     二つの姿

    お前の目を 小部屋のなかで 一本の蝋燭にせよ、
    その眼差を 芯にして、
    それに 火をともすのに
    充分なほど ぼくを盲目にせよ。

    いや。
    そうではなくせよ。

    お前の家の前へ すすめ。
    お前の斑な夢に 馬具を付けよ、
    その蹄に 語らせよ

    お前が ぼくの魂の棟から
    吹き飛ばした 雪に向かって。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     海から

    ぼくたちは あのひとつの そしてひそやかなことをした。
    ぼくたちは 深みの中へ 勢いよく降りていった、
    そこから 永遠の泡が紡がれるー
    ぼくたちは それを紡がなかった、
    ぼくたちは 両手が自由でなかった。

    両手は 編み合わされて 綱となっていた
    上から 彼らが それをぐいと引っ張る……
    おお ナイフがきらめきながら囲んだ目――
    ぼくたちは 影の魚を捕らえた、ごらん!

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     一房の髪

    一房の髪、それをぼくは 編まなかった、それをぼくはなびかせるままにした、
    それは 額たちの年に ぼくがその額を通り過ぎた
    額から ほどけたー ――

    これは 万年雪のために
    呼び起こされる 一つの語だ、
    雪の方を見つめていた 一つの語、
    ぼくが 目たちに 夏のようにとり囲まれて、
    お前がぼくの頭上に張った眉を 忘れたとき、
    ぼくを避けた 一つの語、
    ぼくの唇が 言葉のあまり 血を流したとき。

    これは いくつもの語と並んでやって来た 一つの語だ、
    沈黙の像を写しもつ 一つの語、
    つるにちにち草と悲痛が そのまわりに茂る。

    遠いものたちが ここに降り立つ、
    そして お前が、
    薄片となった彗星が
    ここに雪と降り
    そして 大地の口に触れる。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     一粒の砂

    石、それから ぼくは お前を掘った。
    夜が 自身の森を 荒らしたときに……
    ぼくは お前を 木のかたちに彫り
    そして お前を ぼくのほんのかすかな文句の茶色のなかにくるみこんだ
    樹皮でくるむようにー

    一羽の鳥が、
    一番丸い涙からすべり出て、
    木の葉のように お前の頭上で揺れるーー

    お前は待つことができる、
    皆に見守られて 一つの砂粒がお前に輝きはじめるまで、
    一粒の砂、
    それは ぼくが夢みるのを助けてくれた、
    ぼくが お前を見つけようと もぐっていったときにー

    お前は それに向かって根を伸ばす、
    大地が死で赤く燃えるとき、お前を巣立たせる根を、
    お前は 高く身を伸ばす、
    そして ぼくは一枚の葉となって お前に先立って漂う、
    あの門たちがどこで開くかを知っている葉となって。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     重いもの

    お前がぼくに向かって投げた重いものーー
    それは ぼくに石を好きにならせない、石は割れる、
    ぼくが 呟く指で
    深みによってくしけずられるその髪をつかむと。

    ただお前を
    ぼくの方へと かがませる、
    お前が投げたものが。

    鉛について語れ。
    鉛について語れ、ぼくたちに 月が輝いているかぎり。
    ぼくの馬の毛を梳け。
    ぼくの馬の毛を梳け、手がここでパンを割るときに。
    それにまたがって ここのテーブルへ 水飼い場へと駆けよ。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     斧たちと戯れながら

    夜の七時間、覚醒の七年間――
    斧たちと戯れながら
    お前は 直立させられた亡骸たちの影のなかに 横たわる
    ―おお お前が切り倒さない木々――、
    口にされなかったことの華麗さを 枕元において、
    言葉のがらくたを 足元において
    お前は横たわり 斧たちと戯れる―
    そして最後に お前は斧たちのように きらめく。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     一緒に

    いま 夜と時刻が、
    こんな風に 敷居の上で、
    入ったり出たりする者たちの名を呼び、

    ぼくたちがしたことを 承知したのだから、
    ぼくたちに 他には誰も 道を示さなかったのだから、

    影たちは
    別々に来ないだろう、もし
    今日告げ知らされたよりも もっと多くあるとして、

    翼たちのざわめきが
    お前に ぼくより遅く聞こえることはないだろうー

    そうではなくて 海のうえを
    ぼくたちの隣りを漂っていた石が転がる、
    そして それが後に残していく痕跡のなかで、
    生きている夢が産卵する。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     輝く

    沈黙する身体で
    お前は ぼくの傍で 砂に横たわる、
    星を降り注がれた女よ。

    …………………………………………

    一条の光が
    ぼくに向かって 屈折したのだろうか?
    あるいは それは
    ぼくたちの頭上で折られた杖だったのだろうか、
    あんなに輝いているものは?

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     晩い赤のなかに

    晩い赤のなかに 名前たちが眠っているーー
    一つを
    お前の夜が 目覚めさせ
    そして 導いていくのだ 白い棒たちで
    心の南の塁壁を 手探りしながら、
    傘松の木々の下へとーー
    一本が 人間の大きさとなり、
    陶工たちの町へと ゆっくり歩いていく
    そこでは 雨は
    海の時刻の友となって 訪れる。
    青のなかで
    その傘松は 影を約束するひとつの木の言葉を口にする、
    そして お前の恋人の名前がそれに
    自身の音綴を加える。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    敷居から敷居へ(一九五五)

    七つの薔薇だけ遅く

     ぼくは聞いた

    ぼくは聞いた、
    水の中に 一つの石と 一つの輪が
    そして 水の上の方に 一つの言葉があり、
    その言葉が 石のまわりに 輪をつくるのだということを。

    ぼくは見た、ぼくのポプラが 水へと降りていくのを、
    ぼくは見た、その腕が 深みをつかもうと 下へと伸びる様を、
    ぼくは見た、その根が 天に向かって 夜を請い願うのを。

    ぼくは ぼくのポプラの後を 追わなかった、
    ぼくは お前の目の形と 気高さをもった
    あのパン屑を 地面から拾い上げただけだった、
    ぼくは お前の首から 連なる文句の鎖を外し、
    そして パン屑が今そこにあるテーブルを それで縁取った。

    そして ぼくのポプラを 二度と見ることはなかった。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    罌粟と記憶

    夜の茎たち

    (アーモンドを数えよ)


    アーモンドを数えよ、
    数えよ、苦く そしてお前を生き生きと目覚めさせていたものを、
    ぼくをそれに数え入れよーー

    ぼくは お前の目を探した、お前がその目を開き そして 誰もお前を見つめなかったときに、
    ぼくは あのひそやかな糸を紡いだ、
    その糸をつたって お前が想っていた露が
    瓶へとすべり落ちた、
    誰の心にもたどりつかなかったひとつの文句が守っている瓶に。
    そこではじめて お前は お前のものである名前のなかに すっかり入り込み、
    お前は お前自身に向かって 確かな足どりで歩み、
    鐘槌が お前の沈黙の鐘架で 自由に揺れ、
    耳を澄ませて聞き取られたものが お前と一緒になり、
    死んだものが お前にも腕をまわし、
    そして お前たちは三人で 夕べを通り抜けていった。

    ぼくを苦くせよ。
    ぼくをアーモンドに数え入れよ。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    罌粟と記憶

    夜の茎たち

     水と火

    こうして ぼくはお前を ついに塔に投げ入れ そして ひとつの言葉を 水松の木々に 語りかけた、
    そこから 炎がひとつ 躍り上がった、それは お前のドレスを採寸した。お前のウェディングドレスをーー

    明るいのは 夜だ、
    明るいのは ぼくたちのために 心たちをつくり出した夜だ、
    明るいのは 夜だ!

    夜は 海を 遠く輝きわたる、
    夜は 海峡の月たちを目覚めさせ そして それらを泡立つテーブルのうえへと載せる、
    夜は それらを ぼくのために 時から清らかに洗い流すーー
    死んだ銀よ、甦れ、貝たちのように 深皿や鉢となれ!

    テーブルは どの時刻にも 揺れている。
    風は 杯を満たす、
    海は 食物をこちらへ転がすーー
    さまよう目を、雷雨となる耳を、
    魚を そして 蛇をー

    テーブルは どの夜にも 揺れている。
    そして ぼくの頭上に 諸民族の旗が押し寄せる、
    そして ぼくのとなりで 人間たちが陸地へ柩を漕ぎ寄せる、
    そして ぼくの下で 稲妻が走り 星が光る、聖ヨハネの祝日の頃の故郷のように!

    そして ぼくはお前の方を見やる
    太陽につつまれるように火でおおわれた女よーー
    夜がぼくたちと一緒に山に上ったあのときのことを 思い出してごらん、

    あのときのことを 思い出してごらん、
    思い出してごらん、ぼくが いまあるものであったことをーー
    牢獄や塔の支配者、
    水松の木々のなかの息吹、海にいる大酒飲み、
    お前が燃えながら降りていくひとつの言語。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    罌粟と記憶

    夜の茎たち

     静かに!

    静かに! ぼくは 棘を お前の心に打ち込む、
    なぜならば 薔薇が 薔薇が
    影と一緒に 鏡に映り、それは 血を流している!
    それは すでに血を流していた。ぼくたちが「諾」と「否」と混ぜ合わせたとき、
    ぼくたちが それを啜ったとき、
    テーブルから転がり落ちたグラスがひとつ 音立てたからーー

    ぼくたちは 飢えた口で飲んだーー
    胆汁のような味がした、
    だが それは葡萄酒のように泡立ったー
    ぼくは お前の目の輝きの後を追った、
    そして ぼくたちのために まわらぬ舌は甘くしゃべった……
    (そう まわらぬ舌はしゃべる、そう いまなおしゃべる。)

    静かに! 棘は お前の心にもっと深く入り込むーー
    それは 薔薇と結託している。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    罌粟と記憶

    夜の茎たち

     (お前が言葉に目暗まされ)

    お前が言葉に目眩まされ
    足を踏みならして 夜から
    影が先に咲く木を 生じさせるとーー
    その木めがけて 灰の瞼が飛んでくる、その下で 妹の目は
    雪を いくつもの想いに紡いだー

    いま 葉むらは充分だ、
    風の息吹や文句を推し当てるには、
    そして 星たちは、積みかさねられて、
    時の鏡の中に いま映っている。

    窪地に足を踏み入れよ、テントを張れーー
    彼女が、妹が、お前のあとをついていく、
    そして 死が、両の瞼の隙間から現れながら、
    歓迎のしるしに お前たちにパンを割り、
    お前たちのように 杯に手を伸ばす。

    そして お前たちは その死のために 葡萄酒に味をつける。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    罌粟と記憶

    夜の茎たち

     (彼女はその髪を)

    彼女は その髪を 死者の髪をくしけずるように くしけずるーー
    彼女は シャツの下に 青い破片を身につけている。

    彼女は その破片の世界を ひもに下げて身につけている。
    彼女は その言葉たちを知っている、だが 彼女は微笑むだけだ。

    彼女は 彼女の微笑みを 杯の葡萄酒に混ぜるーー
    お前はそれを飲まなければならない、この世に存在するために。

    彼女が 物思いに耽りながら 生のうえに身をかがめるとき、
    お前は あの破片が彼女に示す像だ。

  • 『パウル・ツェラン全詩集』青土社

    罌粟と記憶

    夜の茎たち

     (落ち着きのない心)

    落ち着きのない心、そのために 荒野は街を
    蝋燭と時刻の只中に築く、
    お前は
    ポプラたちとともに 池へと下りていくーー
    夜のようなもののなかで あそこで
    フルートが 自身の沈黙の友を彫り
    そして その友を 水に示す。
    岸辺では
    仮装した想いが さまよい歩き そして耳を澄ますーー
    なぜならば 何も
    自分自身の姿となって現れるものはないのだ、
    そして お前のうえで輝く言葉は
    羊歯の葉陰の甲虫を信じている。

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