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    evo 8月1日 21:46

    > 増発された紙幣がどれだけ保有されるかは重要なのに、

    重要なのは、紙幣ではなく、預金。

    > 貨幣供給に限って供給が
    > 需要を生み出すセイ法則が当たり前のように
    > 前提とされていて興味深い。

    日銀が国債を買い、民間銀行が国債を売れば、
    ベース・マネーは増加する。
    民間銀行が家計や企業に貸付を行えば、
    マネーストックは増加する。

    ケインズの流動性選好は、セイ法則の否定ではある。
    セイ法則の否定は、
    複数利子率の複数投資量(雇用量)均衡ではある。


    > 貨幣需要が萎んで実質貨幣残高が
    > ゼロに収斂する怖さがどこにもない。

    貨幣の価値は、商品の価格と結びついているので、
    貨幣需要は、ゼロに収斂しない。

  • 岩波新書「偽りの経済政策」
    (格差と停滞のアベノミクス)

    「エナジー・エコノミクス」第2版
    (電力システム改革の本質を問う)日本評論社刊。
    ミクロ経済理論の応用です。

    「錬金術の終わり」
    (貨幣、銀行、世界経済の未来)日本経済新聞社刊。
    著者は、前イングランド銀行の総裁、
    マーヴィン・キング氏です。

    岩波文庫「転回期の政治」
    民主政から独裁政への移行の分析。
    同時代史的な批評。

  • 自由放任では、失業者が存在しつづけることになります。
    市場は均衡しない場合があるのです。

    正確には、利子率毎に雇用の均衡量がある、と言えます。
    利子率を下げても効果は弱いのですが、
    利子率を引き上げれば、景気は確実に悪化します。

    マクロの預金量は、中央銀行の貨幣供給の結果ではなく、
    民間銀行の貸付の判断の結果です。
    利子率も預金量も、自由市場の結果ではないのです。

    技術革新は、競争の結果、かもしれません。

  • マクロ経済学に関しては、大学生のうちに、
    ・簿記会計
    ・ケインズ「貨幣論」
    ・スラッファのハイエク批判
    をとにかくみっちりやって下さい。

  • > マイナス金利の受け払いは
    > 金融システムの村のなかで
    > やりとりしているだけなんだよね・・

    民間銀行間で、
    日銀預金を「手放す競争」は、
    発生しないのか?

  • 一橋、S教授の誤り

    > まずわれわれが1万円札を民間銀行に預け入れる。
    > 民間銀行は1万円札を日銀に持ち込み、
    > 当座預金に預け入れる。

    ミクロでは、正しくても、
    マクロでは、因果関係が逆ですね。
    日銀が、民間から国債を購入した結果、
    民間銀行の日銀預金は増加します。


    > 「いつでも返済される」紙幣

    ミクロでは、貨幣や通貨(円)は、
    日本国内において、
    「労働」や「商品」と結びついています。
    この点こそ、重要です。

    民間での返済の概念はあっても、
    対政府に対する返済の概念はないですね。

  • 「債務、さもなくば悪魔:ヘリコプターマネーは世界を救うか?」
    日経BP社、2016年12月刊。著者はケンブリッジ大学卒。
    p116:銀行が創造する通貨(預金創造)
    p118:ヴィクセルの言葉では「組織化された信用」

    行動経済学
    「企業」
    ・預金増加欲=安心選考=流動性選好
    ・投資=収益選好

    「家計」
    ・預金増加欲=安心選考=流動性選好
    ・消費

    民間銀行の「預金創造」の簿記会計と、
    家計と企業の「預金増加欲」の行動実証分析、
    この融合こそ、正しいマクロ経済理論の構築に、
    つながるのではないか、と思う。

  • すらたろう氏のツイート(12/18):

    > 貸出しされて創造された預金通貨は
    > 他の民間銀行に決済後に振替されても、
    > その民間銀行の日銀当座預金に預けなおしされるので
    > 金融システム全体では変化しない。

    すなわち、ある民間銀行の貸付は、
    マクロの預金を増やすということ。

    そして、預金とは、民間銀行の「負債」であり、
    家計と企業の資産。

    民間銀行の貸付は、民間銀行が複数あったとしても、
    家計と企業の預金を増やすということ。

    「預金創造」です。

  • 「通貨の運命」

    > ChihayaやFull「運命戦」

    お互いに、最後の1枚になった状態。

    > 運命には、逆らえませんね!?

    > メモ:貨幣鋳造費用と額面の差益が
    > 発行収入となるのは硬貨。

    家計と企業の保有する貨幣の大部分は、
    民間銀行の負債である、預金。
    硬貨、紙幣、日銀預金ではない。

    誰も貸さない、誰も借りない。
    (何も足さない、何も引かない。)
    故に、ハイリスクな貸付・借入は、
    行われず、インフレにはならない。
    人々や銀行の時間認識の長期化である。
    ライフ・サイクル・モデルとも言える!?


    > 頑健な通貨の価値を落とす場合、
    > コツコツと叩いて緩やかに
    > コントロールしながら落とそうとしても
    > ビクともせず、
    > 結局は巨大なハンマーでたたき落とすという
    > 激烈な行為が必要と思われ、
    > それはつまり、
    > 「信認」は一気に落ちるしかない、
    > というイメージ。

    現代の通貨は、労働本位制。
    故に、無駄遣いは、行われず、
    インフレにはならない。

    誰も貸さない、誰も借りない。

    それは、「信仰(徳)の運命」でもある。

  • > 家計と企業が貯蓄し、
    > 誰も資金を使わなければ、
    > 経済は縮小均衡に陥ります。

    マクロ貯蓄とは、「預金」(金融商品)という
    「金融資産」と「金融負債」との消去後の
    「実物資産」の増加です。

    マクロ経済理論において、
    貯蓄と預金は、明確に区別すべきです。

    確かに、家計と企業の「預金増加欲」は、
    消費と投資の減少を意味し、
    雇用量の減少につながります。

    雇用量の減少を抑制する方法は、
    「民間銀行」の貸付、あるいは、国債購入という、
    「預金創造」以外に方法はない、と言えます。

  • > 金融仲介機能があれば、
    > 資金余剰企業から資金不足企業に
    > 余剰資金が融通できる。

    資金余剰企業とは、資金「獲得」企業。
    資金不足企業とは、資金「使用」企業。
    金融仲介や貸付とは、無関係な部分も大きい。
    銀行(金融)とは無関係な
    キャッシュのフローなのです。


    > 企業が銀行口座にお金を溜め込めば、
    > そのお金は銀行が
    > 融資するための原資になりこそすれ、
    > 資金の滞留にはならない。。

    マクロでは、銀行の融資の結果、
    企業部門の預金が増加します。
    預金とは、民間銀行の負債です。
    金融商品でしかありません。
    金貨(紙幣)ではありません。
    金庫内の紙幣とは無関係です。


    “家計と企業が貯蓄し、誰も資金を使わなければ、
    経済は縮小均衡に陥ります。
    … 個別企業にとっては合理的な財務改善の取り組みが、
    伝統的な金融が成立せず、
    マクロ経済を停滞させる新しいタイプの
    合成の誤謬をもたらしているのです”

    家計と企業の「預金増加欲(安心選好)」が、
    強い、とも表現できます。

  • > 物価や景気のために中銀券を
    > ボロボロにすることに執心すると,

    家計や企業の「預金増加欲」や安心選好を
    見落とすと、失業率が高まります。
    雇用量がボロボロになります。

    家計や企業の「預金増加欲」の増加フロー分の、
    財政赤字は、雇用量を維持するために、
    必要なのです。


    > 中銀券が本質的に担っている決済機能が
    > 危うくなってくる。

    企業の決済機能を担っているのは、
    民間銀行の負債としての預金。

    勤労者の給与も近年は、口座振込。

    日銀当座預金の担っているのは、
    民間銀行間の決済機能。

    民間銀行間で、
    日銀預金を手放す競争が発生した場合、
    日本は、インフレとなる。


    > 価値変動の激しい仮想通貨だが,

    電力「本位」制の通貨こそ必要。
    単位は、kWh。
    価値の保証は必要です。

    価値を保証した場合、貨幣量の拡張性が失われ、
    経済が縮小します。
    そのリスクは回避すべきです。

    英国植民地時代のセイロンの幣制史が、
    参考になるかもしれません。

    人様に失業を強制する無礼な学問、
    新古典派マクロ(経済学)、
    そのことに、気が付くことが
    遅すぎたのかもしれない。

  • > 日銀券に「神秘の力」などなく,
    > 真っ当な証書と分かる。

    マクロでは、民間銀行の預金は、
    人々の労働の結果や、企業の収益の結果ではなく、
    民間銀行の貸付(預金創造)の結果である、
    という視点こそ重要である。

    > 交換手段という用語に代えて
    > 決済手段という用語を用いるのは,
    > …紙幣や硬貨…によって
    > 商品交換が媒介されている取引よりも,
    > …決済システムによって
    > 商品や資産の交換が媒介されている取引のほうが
    > スケールがはるかに大きいからである。

    決済手段、決済システム:
    「預金創造」の認識へは、あと少し。
    頑張ってくれ、お前さんだけが頼りだ!?

  • > ヘリコプターマネーの議論は金輪際止めよう。
    > 借りたものは返す、当たり前のことだから。

    マクロとして認識した場合、
    民間銀行による企業への貸付は、
    民間銀行の負債としての預金を増やす。

    マクロとしては、「預金創造」こそ、
    正しい認識だと言える。

    新古典派的なマクロ認識(均衡財政)は、
    誤りだ、と主張し続けたい。

    貨幣の大部分は、民間銀行の負債としての
    預金なのだから。

  • > 国家債務膨張で
    > 将来資源の現在への移転があからさまだと、

    財政の均衡よりも、優先すべきことは、
    現役世代の失業率の低下です。


    > 現在世代が将来世代に移転する金融・実物資産が
    > 究極的な返済原資となってくる。

    貨幣や預金(貸付)は、労働の対価ではなく、
    民間銀行の貸付という「預金創造」の結果です。

    「返済原資」という概念(表現)は、
    「預金創造」への無理解を意味しています。
    新古典派マクロの誤認、弊害です。


    > 公的年金基金や財投資金を
    > 無謀な冒険に投ずるのは避けなければならないが、

    民間銀行が、日本国債を購入する以下の、
    無謀な冒険的な貸付があればお教え頂ければ幸いです。

    相対的ですが、民間への貸付こそ、
    貸し倒れのリスクが大きいのです。

    一方で、家計と企業の「預金増加欲」、
    「安心選好」も高いのです。

    失業者の増加を抑制する方法は、
    財政赤字以外にない、というのが、
    先進国の状況です。


    家計と企業の「預金増加欲(安心選好)」分の
    財政赤字は、社会の厚生・福祉のために、
    必要なのです。

    インフラ建設のための財政赤字も、
    上記の論理に従えば、極めて重要かつ、必要なのです。

    新古典派マクロ的な「財政均衡」への指向は、
    家計と企業の「預金増加欲」と
    民間銀行の「預金創造」を認識していない、
    という点で、愚かで、無知な、主張でしかないのではないか?

  • > 金融危機に備えるとは、財政を健全にし、
    > 万が一に備えて中銀のバランスシートを
    > コンパクトにすること、
    > それが長い目で見て危機の芽も摘む。

    失業者の増加を抑制するには、
    家計と企業の「預金増加欲」分の
    財政赤字(支出)を行い、
    民間銀行のバランスシートを
    「預金創造」により拡大すること。

    それが長期的に見て、
    失業率の高まりを抑制して来たし、
    今後も、そうあるべきであろう。

    現代の多くのマクロ経済学者は、
    民間銀行による「預金創造」を
    見落としている。

    民間銀行による「預金創造」は、
    1930年代のケンブリッジでは、
    常識であったそうなのだが。

  • 有斐閣のNew Liberal Arts Selection
    新版「マクロ経済学」を本日(4/23)、購入しました。

    第3章1「マクロ経済における金融機関と金融市場」

    (私的対案)
    「マクロ経済における民間銀行と預金創造」
    ・資金不足主体は、正確には、資金使用主体である。
    ・資金余剰主体は、正確には、資金獲得主体である。
    ・投資とは、ミクロの預金の放出である。
    ・投資主体以外のマクロ経済空間における預金の獲得である。
    ・銀行借入は、マクロの預金の増加である。

    「おわりに」への私的対案
    ・「市場の力学」ではなく、「競争の力学」。
    ・「長期の競争」はあっても、「長期の市場」はない。
    ・市場価格とは、瞬時の価格である。
    ・利子率は、市場価格ではなく、政策価格である。
    ・スラッファのハイエク批判こそ、重要である。

    市場競争ではない競争を基礎としたマクロ理論を
    構想(構築)すべきだと思う。
    それは、短期の競争ではなく、
    長期の競争を重視することを意味する。
    ある意味、「市場の否定」であり、
    「商品による商品の生産」という、
    産業ネットワーク(技術独占)への注目である。

    電力の消費と、発電コストのマクロ理論は、
    市場価格の理論ではなく、
    地域別・季節別・時間帯別の需要を前提とした、
    発電(供給)コストの理論(把握)でしかない。

    一方で、長期(歴史)的な時間の中で、
    需要量が大きく変化することは、事実である。
    それは、「技術革新」の発生でもある。

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