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エスペラント語とは

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  • 2017/04/15 01:39
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    エスペラントをめぐっていろんなテーマを論じましょう.

    1.エスペラントと比較言語学.
       何しろ橋かけ言語ですから、多言語と関係があって・・・
    2.エスペラント語の学習し易さ.
       より合理的で、より易しい言語はありますか?
    3.エスペラントの中立性.
       民族間の不平等性を最小化するには・・・
    4.インタ−ネット時代のエスペラント.
       アメリカ人と論争する時、英語でやるのは、不公平?
    5.エスペラントが開く世界.

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  • 4615(最新)

    laf***** 4月15日 01:39

    >>4614

    >>どこの国のエスペラ゚ンチストはんが読まはっても、ニュアンス、おんなじでっか?

    >「分かりません。」


    しょーじきなお答え、ありがとーございました。

  • >どこの国のエスペラ゚ンチストはんが読まはっても、ニュアンス、おんなじでっか?

    「分かりません。」
    私の程度は、エスペラント文を見て時間をかけて理解する程度です。
    また私たちのロンド(エスペラントファンクラブ)の一人の外国人も、いわば初心者であります。
    日本在留の外国が、もうあと二人いたのですやめてしました。
    その外国人に日本の事情を説明するのさえ難しい経験もありました。

    話の内容が、相撲ですね。まずその場面を理解してもらうことさえ大変です。
    さらに、文体、表現のよさ、悪さの評価を期待するのは難しそうです。
    私自身、物事の区別がつかないというか……そうゆうもどかしさを感じます。
    検証する手立てはありせん。
    会の面々も文章を見せてみたいと思います。
    他のロンド(エスペラントファンクラブ)ではいかがですか?

  • >>4612

    hec様、
    ありがとーございました。

    spirit はコピペのときミスりましてん。もーしわけありまへん。

    ついでにもーひとつ、おねがいします。

    En la printempa turniro la nova jokozuno KISENOSATO kun sia neniel cedema spirito konkerinte malfacilon de vundig^o en la historio de sumoo post-lasotan kortus^an dramon ludis.



    En la printempa turniro la nova jokozuno KISENOSATO ludis kortus^an dramon post-lasotan en la historio de sumoo, konkerinte malfacilon de vundig^o kun sia neniel cedema spirit

    て、どこの国のエスペラ゚ンチストはんが読まはっても、ニュアンス、おんなじでっか?

  • 理解可能です。
    原文//… kun sia neniel cedema spirit konkerinte …//
    spirit  は、  ⇒  spirito ですね。

    会話では、日本人として、スピリットと発音しがちですが、[spiríto]とエスペラント風に発音できると思います。

  • >>4610

    次のエスぺ文、理解可能でっか?

    En la printempa turniro la nova jokozuno KISENOSATO kun sia neniel cedema spirit konkerinte malfacilon de vundig^o en la historio de sumoo post-lasotan kortus^an dramon ludis.

  • >>4600

    <めげない稀勢の里>にVeteran-Eperantistoがどう反応しておられるのか、その共感をEsp.で発信しているか、注目していましたが、見つけました:

    //En la printempa turniro la nova jokozuno KISENOSATO ludis kortus^an dramon post-lasotan en la historio de sumoo, konkerinte malfacilon de vundig^o kun sia neniel cedema spirito //
    ・・・ERAJの週間時事ニューズの一部分。
    粗訳を入れておきますと、(初学者向きに、できるだけ逐語訳にした)

    //春場所で、新横綱・稀勢の里が演じた;感動的なドラマを←相撲史に残るような、打ち克って←負傷による困難に←自身の不屈の精神をもって//

  • 結局、エサンはんは、「ネイティブ」ゆう単語をどうゆう意味で使いはったんですか? 教えてちょ。

  • 訂正とお詫び。

    ×遺伝学上「獲得形質は遺伝しない。」の仮設の通りだと思います。

    〇遺伝学上「獲得形質は遺伝しない。」の仮説の通りだと思います。

    仮設住宅の仮設の用語使用は間違いです。正解は、仮説です。
    仮説検証の仮説です。

  • >>4606

    ここでの議論の的は、「言語」に絞るべきであります。
    広い意味で、ネイティブを「生まれつき」の中に…
    全部入れてしまうと話の筋がそれてしまいます。
    例えば、日系アメリカ人などで…
    世代が進み、4、5世になると、英語は達者だが、日本語は、片言。
    こうした人たちの広い意味で「ネイティブ」というと、大変、難しい評価になります。
    日系か?
    顔かたちは、私たちそっくり、日本食文化などもにも馴染みの深い人も大勢います。
    「ネイてブ」の意味合いだけを考えると、話の筋が分らなくなり、混乱のもとです。

    もし「言語」という狭い意味で的を絞るなら…
    たとえ日系の人でも「ネイティブ・イングリッシュ」…
    といって、英語教育に役立つ人がもいるのではないでしょうか。
    英語学習の適正なのかどうかの基準には、それだけでいいのだ。
    狭い意味の「ネイティブ」に限定すべきです。

    英語語と違って…エスペラントの場合。
    「ネティブエスペランチスト」といかにマッチしているか?そんなことは…
    一切考える必要はない。
    いきなり独学で、個人・学習可能。
    しかもで速習に優れている言語です。他の言語より10倍速かったという学習経験者もいます。

  • ネイティブちゅうのは、「文化的継承者」という意味でっか?地域や継続性は無視できるんでっか?
    継続的に受け継がれていない文化では、ネイティブがおらんいうことになりますな?

  • >>4604

    「生まれつき」とか「DNA」で継承される言語があるんでっか?
    そういう「言語」はありません。
    英語、日本語、エスペラントそのものが遺伝することはありません。
    これは常識です。遺伝学上「獲得形質は遺伝しない。」の仮設の通りだと思います。
    問題は、denaska ;
    生まれつきという言葉が、エスペラント辞書に掲載されています。
    ~ denaska esperantisto
    三宅史平、エスペラント小事典 第41版
    それ以外の意味合いは、この辞書の文言はありません。

  • >>4602

    狭い意味でのエスペラントの「ネイテブ」の範囲。
    まあ、生まれつきといいますと、遺伝の継承ということになります。
    エスペラントが、遺伝的継承ではないことは明白です。
    生まれつき、DNAで検証することは、できない。
    とすると、人が生まれて、ことばを覚える環境にある状態で、エスペラントを覚えた人ということです。
    両親が、エスペラントを使えば、子供はエスペラントがうまくなります。
    よく動画で、そういった姿をみることがあります。
    しかし…
    成人するまで、言語を保持している人は、「超」少ない。
    成人に達するまで、言葉を保持できるには…
    両親以外に、くわえて友人、知人、親戚、影響があります。
    複数の家族で育てられた人たちということです。
    まあ、「超」少ないのではないかと。

  • >>4601

    >今風に云えば、ネイティブ感を味わった、ということでしょう。

    この、「ネイティブ感」の「ネイティブ」は、どーゆー意味でつこーてはるんでっか?

    ” カタカナ英語「ネイティブ」は、原語の「native」と全く同じ意味で使われているとは限らない。”使う人によって千差万別、便利な未熟語”、そうそう。”てあんたはんゆーてはるんやから、定義してからつこーてもらわへんかったら、「今風に云えば、ネイティブ感を味わった、ということでしょう。」の意味、わからへんわ。

    「今風に云えば、エスペ学習者感を味わった、ということでしょう。」てゆー意味でっか?

    「今風に云えば、生まれながらのエスぺ話者感を味わった、ということでしょう。」てゆー意味でっか?

    もっとほかの意味でっか?

  • >>4598

    <カタカナ英語「ネイティブ」>
    カタカナ英語「ネイティブ」は、原語の「native」と全く同じ意味で使われているとは限らない。”使う人によって千差万別、便利な未熟語”、そうそう。

    また、Esp.の「denaska」(=生まれつきの)とも、似ている点はありますが、全く同じ意味で使われているわけではない(辞書では、多数派を採録しますから、それでもいい)

    諸兄のご意見、面白いですし、それぞれ参考になります。
    「ネイティブ」ゆーことば、エスペラ゚ント語のdenaska の意味とはちゃうんやろなあ。」
    『ネイティヴ』は使う人によて千差万別、の、便利で面白い未熟語」てゆーてはるんやけど」
    「個人で達者な方や家族の中にいても、孤立しているなら、denaskaではない。一身専属のエスペラント・言語所有者です」
    「もとの議論はエスぺラント教育には、英語でいうような「ネーティブ」講師は求めなくてもいい」

    最後のご意見は、その通りです。Esp.の第1回世界大会 ブーローニュ・シュル゜メール゜でZamenhofが演説したとき、聴衆のほとんどは会話未経験者でした。それが通じたときの感激が、会場に波のように沸き上がった、と。今風に云えば、ネイティブ感を味わった、ということでしょう。
    これは「Esp.の発音は1字1音」「単語の切れ目が分かる(-2番目母音にアクセント)」「語尾で品詞が判る」と云ったメカニズムのせいで「通じる独学」が容易、なためです。第1回大会参加者が特に優秀だからとか、志が高いからとか、生まれつき云々、とかではありません。(自然語では、これらの条件は望むべくもない)
    ・・・Esp.講師には、せいぜい「先生」(原義=先に生まれる)くらいで十分です。

  • <めげない稀勢の里、に共感> 
    いよいよ全勝目指して~・・・
    13日目に日馬富士戦で、左肩に重傷を負い、まさかの敗戦;
    14日目には鶴竜戦で左肩をかばったせいか、為す術もなく寄り切られた時には、もはや「優勝」はシャボン玉の泡のように・・・。
    15日目、千秋楽には本割と決定戦と連勝しない限り、優勝は見えない。もうもう、怪我がひどくならないように、と祈るだけ。TVを見ながら胸が迫りました。でも、奇跡は起きた。その瞬間、涙がどっと吹きだしました。

    翌日に、ふだんあまり相撲のことなど話題にしなかった先輩veterano にあいました。
    mi「・・・苦境にある人々に、稀勢の里は、勇気をくれました!」
    li「そうなんだけどね、・・・圧倒的な不利な形勢の中で、残っている右腕をフルに活用し切ったたところが、えらい! 利き腕の左を捨てて、不得手なはずの右手で、強引な小手投げを打っただろ? 稀勢の里自身も、右の小手投げなんか、やったことがなかった、と。 めげないこと、土壇場の勇気に、僕は感動したよ」

    Esperanto運動の中で、永い風波を乗り越えてきた人は、目の付けどころが違うなあーと思いました。

  • >現代では、存在してもまれではないかと…思っています。
     もしも具体例があるとするなら、皆様の報告を期待します。

    私は、存在しないと言い切っていません。

    ホームページは、しょっちゅうみています。が、ちょっと不十分ではないかと。
    具体例ですが…
    皆さんが経験された実体験として、実例を期待したいと思います。

    もとの議論はエスぺラント教育には、英語でいうような「ネーティブ」講師は求めなくてもいい。
    ここです。
    社会の最小単位としての個人が、Esperantaj beteranoj に育つことが必要なのではないでしょうか。

  • > そこで、エスペラント語を共通語として生活しているかどうかであります。

    それだけではネイティブ言わんと思うで。第2言語として習得した者同士の夫婦の例は結構あるらしいから。そうゆう家庭でエスペラントで育った子供やったらネイティブといえるんちゃうか。具体例は、ここを見たらええわ。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88%E6%AF%8D%E8%AA%9E%E8%A9%B1%E8%80%85

  • >エスペラ゚ント語のdenaska
     これは、意味を調べるよりも実体を調査すればいい。
     社会の最小単位は、個人であります。次が家族です。その複数の家族の言語生活の実体を調査すればいい。そこで、エスペラント語を共通語として生活しているかどうかであります。
    もし見つかれば、その中にいるメンバーは、denaskaj Esperantistoj であります。

     現代では、存在してもまれではないかと…思っています。

     もしも具体例があるとするなら、皆様の報告を期待します。ヨーロッパなどを広く交流した方、いかがですか?
     エスぺラントが、個人で達者な方や家族の中にいても、孤立しているなら、denaska ではない。一身専属のエスペラント・言語所有者です。
     単なるEsperantistoであります。

  • >>4594

    hecさま、ありがとーございました。

    察しますねんけど、わてらがふつーに、「英語ネーティブに査読してもらわなあかん。」とかゆーときに、denaska て、使えそうでんなあ。西洋語ネーティブのエスペラ゚ンチストはんがエスペラ゚ント語話しはるとき、英語の native とおんなじ意味でdenaska つこーてはるんとちゃいますかなあ。

    esperplena はんやら、essan はんがゆわはる、「ネイティブ」ゆーことば、エスペラ゚ント語のdenaska の意味とはちゃうんやろなあ。

    「『ネイティヴ』は使う人によて千差万別、の、便利で面白い未熟語」てゆーてはるんやけど、「denaska も、使う人によて千差万別の、便利で面白い未熟語や。」てゆわはるんやろか。

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