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市川秀志 徹底研究

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  • 2018/10/23 12:31
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    アマチュアの立場からYahoo掲示板での書き込み及び著作等で
    相対性理論・非ユークリッド幾何学・不完全性定理・集合論・ビッグバン・エントロピー増大の法則 等
    を完全否定する、市川秀志氏について徹底研究しましょう。

    著作
    「カントールの対角線論法―ミーたんとコウちんは闇の数学講座で無限の正体を見た」(パレード)
    「カントールの区間縮小法―ミーたんとコウちんは闇の湖で地球人と出会った。」(パレード)

    掲示板での書き込み
    http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835555&tid=ajbpoc0a4o4v0ca4ca4fa4a4a4ka1a9&sid=1835555&mid=1&type=date&first=1

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    市川秀志 10月23日 12:31

    返信をありがとうございました。

    「真実はいつも1つ」これは名探偵コナンの言葉です

    >数学はコナンのいう意味の真実を扱わない。 数学は物理学ではないからだ。ついでにいえば、物理学における真実は、ヒデが考える真実と異なる。ヒデは自分の直感が真実だと思ってるが、物理学では現実が真実だ。

    あなたは「物理学では現実が真実である」という固定観念から自由になれないのですね。あなたは、プラトンの洞窟の比喩をすっかり忘れています。哲学という「基本に戻って考え直した方が良い」でしょう。

  • 返信をありがとうございました。

    対角線論法は半年で論破できると予想していました。

    > 何の根拠もないw

    まさにそうです。私が、カントールの対角線論法を論破できるという根拠も保証もない状態で、対角線論法に挑戦を始めてしまったのでした。ところが想定外のことが起こったのです。それは、対角線論法から非ユークリッド幾何学に飛び火し、さらに相対性理論にまで飛び火したのです。これらがすべて間違っていることを発見してしまったのです

    >単に、対角線論法が論破できなかったので 非ユークリッド幾何学や相対性理論の非難に逃げただけw まあ、要するにバカが自分の直感に固執して 「オレが理解できない理論は間違ってる」と駄々捏ねてるだけ。みっともないw

    確かに、私はとてもみっともない生き方を26年間も続けてきました。賢い人間は、対角線論法を論破することなど、まったく思いつかないでしょう。

  • 返信をありがとうございました。

    >ヒデにはやり抜く力はない。そもそもやろうとする力すらない。 例えば、ある理論が自分の直感に反する前提に基づいていたとする。その瞬間ヒデはやる気を失うw 要するに自分の直感を否定してまで新たな直感を得るために理論に習熟する努力を行う気がない。ヒデのような「怠惰な愚民」は別に珍しくない 世の中の人間の99.99%つまり一万人のうち9999人はこんなもんだろう

    あなたも、私と同じく怠惰な愚民の1人でしょうか?

  • >愚民は無限集合論や非ユークリッド幾何学や相対性理論を否定しない 自分の直感を裏切る理論を研究する人たちをただただ「スゴイスゴーイ」と褒める 決して嫉妬して非難するなんてバカなことはしない 自分がやらないことを率先してやってくれる人がいたほうが得だからだw ヒデはバカだからそういう知恵が回らないw

    私はバカです。それは、自分でもよくわかっています。

  • 「物理学では、理論とは常に仮説である。現実と合わなければ破棄される。それだけのこと」
    「その考え方が正しいと言えるような根拠を持っていないでしょう?結局は、『物理では、理論は常に仮説である。現実と合わなければ破棄される』はあなたの抱いている仮説なのです」
    「物理では、原理から論理的に導かれる結果がこの宇宙の現実と合致すれば とりあえず正しい」
    「とりあえずという非科学的な用語は使わないでください」
    「合致しなければ間違っている。シンプルだね」
    「合致しなければどうして間違っているのですか?その論理的な根拠を挙げてください。それができなければ『合致しなければ間違っている』はあなたの個人的な直感を述べたにすぎません」

  • 命題をいくつか集めてくることは可能です。これらを仮定として設定すると、理論が作られます。真の命題をいくつか集めてくると、これから構築される理論は無矛盾です。しかし、仮定とされている命題に1個でも偽の命題が含まれていると、それは矛盾した理論となります。

    このように、理論が矛盾しているか矛盾していないかは、仮定とされた命題の真理値に依存しています。

  • 矛盾した理論を理解することは困難です。なぜならば、『理解する』とは『正しいとして納得する』ことだからです。

    理論は「仮定」と「仮定から結論を導く論理」と「結論」から成り立っています。したがって、私たちがある理論を理解するとき、次の3つのステップが必要です。

    ステップ1:仮定の納得
    理論の仮定が正しいと納得できる。
    ステップ2:論理の納得
    仮定から結論を導く論理展開が正しいと納得できる。
    ステップ3:結論の納得
    出てきた結論が正しいと納得できる。

    このうちの1つでもクリアできないと、その理論を理解したとは言えません。

    では、相対性理論について考えてみましょう。特殊相対性理論では、理論の仮定に光速度不変の原理があります。これは、「どんな速度で運動している観測者にとっても、真空中の光の速度は常にcとして観測される」という内容です。とても正しいとは思えません。つまり、ステップ1で引っ掛かっています。

    次に、一般相対性理論では論理展開に非ユークリッド幾何学を使っています。平行線公理の否定を仮定に持つ非ユークリッド幾何学は矛盾しており、これよりステップ2でも引っ掛かっています。

    最後に、相対性理論から出てくる結論です。2つの原子時計に別々の運動をさせると、この2つの時計が刻む時刻がずれるという予測があります。実際に実験したら、そのとおりの結果になりました。これも納得できません。つまり、ステップ3でも引っ掛かっています。

    相対性理論は最初から最後まで、すべてに引っ掛かっています。

  • 次のような3つの文を明確に区別する必要があります。

    1.理論Aの中に矛盾が存在する。
    2.理論Aと理論Bの間に矛盾が存在する。
    3.理論Aによる理論値と観測や実験による実測値の間に矛盾が存在する。

    ところで、理論値と実測値にギャップがある場合、このギャップの大きさがどれだけ大きいと間違った理論とみなして破棄するか、どれだけ近いと現実を説明することができる理論として採用するか、その明確な基準は存在しません。これより、理論が正しいかどうかは、明確な規準がないことになります。これが、科学理論と非科学理論を明確に分ける境界線が存在しないという、かの有名な『線引き問題』にもつながります。


    >物理理論と観測結果の乖離は、本質的な矛盾ではありません。単なる未解決問題です。―――うん、そうやって100年認めては無いけど、余計観測結果が合ってきてるん それに対してどうするの?―――矛盾した理論が観測結果に合うメカニズムを解明する必要があります。―――そんな必要はない。仮定が二つあり、一つが間違っているだけだ。
    (1)相対論は矛盾していない=故に観測結果は理論と合っている
    (2)相対論は矛盾している=故に観測結果が理論と合う説明がつかない

    イコールで結ぶこと自体が間違っています。「理論の内部矛盾」と「理論と現象の矛盾」はまったく違う内容です。これは、科学の基本の基本がまるでわかっていない発言です。

  • 公理系から公理を1つ取り除いたら、その公理がないと証明できない定理が証明できなくなります。つまり、証明能力が落ちます。このように「公理が少なくなる」とは「公理系から証明される命題(すなわち定理)が少なくなる」ということでもあります。

    公理の数が減ると、定理の数も減る。

    つまり、公理を減らすことによって、公理系はより貧弱になります。これを「公理系の縮小」と呼びます。

    公理を減らすと、公理系が縮小する。

    逆に公理を追加すると、証明できる定理の数が増えるので、公理系としてより強力になります。これを持ってして、「公理系が拡張した」と表現します。

    公理を加えると、公理系が拡張する。

    当然、次なることも言えるようになります。

    公理を増やすと、定理の数も増える。

    これらをまとめると、次なる結論が出てきます。

    公理を減らすと証明能力の貧弱な公理系になり、公理を増やすと証明能力の強い公理系になる。しかし、公理を増やし過ぎると証明能力が強くなりすぎて、やがては矛盾まで証明されてしまう。(証明能力の貧弱な公理系では、矛盾を証明する力もない)

  • ヒデ先生は、再びジー校長に向かって話し始めました。

    「数学が取り扱う命題は無数に存在しています。そして、命題である以上すでに真偽が決定しています。真偽の決定していないものは命題ではありません」
    「そんなことはない。真偽の決定しない命題もあるはずだ」
    「真であるか偽であるかが決っていないものは、命題に値しません」
    「それは間違いだ」
    「いいえ、これが命題の定義です。その真偽を知るために、私たちは証明をするのです」
    「命題の真偽が決まっているというのであれば、その証明をしてみろ」
    「定義は証明できません」
    「それみろ」
    「では、校長は真かつ偽の命題や真でもない偽でもない命題が存在するとでもおっしゃるのですか?」

    ヒデ先生とジー校長はにらみ合いました。

    ヒデ先生は続けます。

    「無数にある命題のうちのいくつかを選んで、それを仮定と定めることにより、われわれは自由に数学理論を作ることができます。したがって、でき上がった数学理論には真の命題のみを仮定に持つ数学理論と偽の命題が仮定の中に混入している数学理論の2種類に分けられます」
    「そんなことはない。意味のない数学理論もあるだろう。それは、どちらに分類されるのだ?」

    この唐突な質問に対して、ヒデ先生は答えに窮しました。

    「意味のない数学理論とは、矛盾している理論のことですか?」
    「意味の無い理論とは、無意味な理論だ」

     ヒデ先生はこの質問を無視することにしました。

    「数学理論を構築するときは、まずは、理論の仮定を設定します。仮定という漢字は仮と定から成り立っています。すなわち、仮に(真と)定めたものです」
    「それはそうだ」
    「仮に真と定めたことが本当に真であるかどうかは、別問題です」

  • ジー校長は、自分に講義を始めたヒデ先生を面白くは思っていません。

    「ところで、仮定は数学の対象物だから、それは命題か非命題のどちらかです。もし命題ならば、真の命題か偽の命題かのどちらかです。そのため、数学理論を作るときに用いられる仮定は、次の3つに分類されます」

    (1)真と仮定された真の命題
    (2)真と仮定された偽の命題
    (3)真と仮定された非命題

    「(1)は問題ありません」
    「当たり前だ」
    「でも、(2)と(3)は問題があります」
    「いったいどこに問題があるというのだ。偽の命題を仮定にしたり、非命題を仮定にしたりすることは数学の自由のはずだ。お互いに矛盾がなければ、どんなものでも仮定にしてかまわないはずだ」
    「いいえ、そんなことはありません。たとえば、偽の命題を仮定に設定するならば、それは仮定として真であっても命題として偽になります。これは、真かつ偽の対象物ですから、矛盾そのものです」

    コウちんはヒデ先生に加担しました。

    「そうだよ、間違った仮定から構築された理論は、おかしな理論になるよ~」

    新入生にお説教食らった気持ちになったジー校長の顔は、次第に紅潮してきました。マユ先生は嫌な予感がしてきました。ヒデ先生はさらに追い討ちをかけます。

  • 「数学理論には、矛盾のない数学理論と矛盾した数学理論があります。どちらの数学理論でもその仮定は真です。なぜならば、仮定として設定することは真であると決めつけることだからです。数学理論の仮定が真と決まっている以上、次のことが言えます」

    矛盾していようが矛盾していまいが関係なく、数学理論の仮定はすべて真である。

    「これを2つに分けると、次のようになります」

    矛盾していない数学理論の仮定はすべて真である。
    矛盾している数学理論の仮定もすべて真である。

    「仮定として採用した以上は、真の命題でも偽の命題でも非命題でもすべて真です」
    「もういい」

    ジー校長はさえぎりました。

    「もう、うんざりだ」

    ノブ教頭も、もうこれ以上聞きたくはないようです。いつものかん高い声で校長先生に味方しました。

    「そうです、あなた方はうざったいです」

  • なぜ、理論の仮定はいつも真なのでしょうか?ある命題を理論の仮定として設定する場合、次なる命題の違いが生じます。

    「理論の仮定は真である」
    「理論の仮定は真の命題である」

    矛盾とは、真であって偽であることです。これより、矛盾は真です。(つまり、矛盾は正しいです)しかし、真の命題ではありません。

    矛盾は真であるが、真の命題ではない。

    これより、次なることが言えます。

    「矛盾した理論の仮定は、すべて真である」
    「無矛盾な理論の仮定は、すべて真の命題である」

    つまり、矛盾していようと無矛盾であろうと、理論の仮定はいつも真なのです。

  • ここで、もう1つの別の発想をしてみます。理論に命題Pを加える場合、次の2つがあります。

    (1)無矛盾な理論に命題Pを加える。
    (2)矛盾した理論に命題Pを加える。

    無矛盾な数学理論Zには、命題Pを加えるか、または命題¬Pを加えた場合、どちらかは矛盾します。なぜならば、命題Pと¬Pのうち、どちらかは偽の命題だからです。偽の命題を仮定に持つ理論は矛盾しています。これより、次なる命題が成り立ちます。

    数学理論Zが無矛盾ならば、理論Z+Pと理論Z+¬Pののうち、どちらかは矛盾している。

    一方、初めから矛盾している数学理論Zに命題Pや命題¬Pを加えた場合、次の論理が成り立ちます。

    数学理論Zが無矛盾ならば、理論Z+Pと理論Z+¬Pはともに無矛盾である。

  • 数学における命題は無数に存在しています。これを、次の2つに分類することは困難です。

    (1)矛盾が証明される命題
    (2)矛盾が証明されない命題

     ある命題Pを考えます。この命題を真と仮定したとき、矛盾が証明されたとします。すると、これは(1)に分類されます。
     次に、別の命題Rを考えます。この命題を真と仮定したとき、矛盾が証明されないとします。すると、これは(2)に分類されるのでしょうか?
    結果から申し上げると、(2)に分類されるか、それとも分類されないか、結論が出ません。というのは、「矛盾が証明されない」という概念が次の2つに分類されるからです。

    (2)-1
    矛盾の証明が存在しないから、矛盾が証明されない。
    (2)-2
    矛盾の証明が存在するにもかかわらず、それが見つからないから矛盾が証明されない。

    私たちは(2)-1と(2)-2を見分ける手段を持ち合わせておりません。

     これは理論を作るときに、決定的な役割を果たします。数学理論を作る際、まず仮定を設定します。この仮定から矛盾が証明されたら、理論自体が矛盾しています。

  • 返信をありがとうございました。

    実在する時計の針が全然動いていなくても、絶対時間は刻々と時を刻んでいます。

    > 絶対時間がある、というのは妄想。

    この宇宙では一様に時が流れています。

    > 妄想w

    マッハは「砂の落ちない砂時計の時間は止まっている」と考えていました。

    > 測れない時間は存在していても無意味  物理学は妄想の体系ではないw

    「人間はすべての時間を測れる」と思っていたら、大きな間違いでしょう。ニュートンはこのような傲慢な姿勢を避けていました。自然界のほとんどは観測できない範囲(測れない時間もその1つ)にあります。物理学が自然界の本当の姿を否定し、そのごく一部で観測可能なものばかりを扱っていたら、物理学は発展しません。

  • 返信をありがとうございました。

    ニュートンは「止まっている時計」の存在を認めません。

    >ニュートンは神ではありませんw

    「止まっている時計」の存在を認めないというのは、「止まっている時計が表示している時刻を正しいとみなさない」という意味です。

  • 返信をありがとうございました。

    次なる場合は衝突したことにはなりません。
    (1)ある瞬間に2物体が異なる空間座標に存在する。(同時刻に別の場所に存在している)
    (2)同じ場所でも2物体が異なる時間座標に存在する。(場所は同じでも別の時刻に存在する)

    > 相対論でも、衝突時には2物体は同じ空間座標値、同じ時間座標値を持つ  しかし、衝突の瞬間、同時とする他の事象は、物体によって異なる

    「他の事象」ではなく、相対性理論では「他の現象」と呼ばなければなりません。なぜならば、相対性理論は「事象を語る物理理論」ではなく、「現象を語る物理理論」だからです。なにしろ、光速度不変の原理そのものが「観測したら、光の速度が一定として観測される」という現象を語る原理だからです。

    >相対論は、誰に共通の「現在の宇宙」の存在を否定する  つまり、現在というのは全く主観的なものだということだw

    そうです。相対性理論には、ニュートン力学のような客観性はありません。「自分の持っている時計が正しい」という固有時間を主張しています。客観性のある絶対時間を否定しています。

    >ナイーブな人は、この瞬間に「ウソだぁぁぁぁ!!!」と絶叫発狂するw しかし、観測結果に基づくならそう考えざるを得ないのである

    観測結果が事実とは限りません。

  • 返信をありがとうございました。

    相対性理論には、ニュートン力学のような客観性はありません。

    > 観測による裏付けがない客観性が否定されるのは当然でしょうw

    間違った観測で裏付けられた理論が相対性理論です。

  • 返信をありがとうございました。

    矛盾した理論が一番証明能力も高く、それゆえに難問を次から次へと解いてくれることになります。その代表が無限集合論と相対性理論です。

    > 残念ながら無限集合論や相対性理論からは矛盾が証明できない

    無限集合論からはカントールのパラドックスやラッセルのパラドックスなどの無数の矛盾が発生し、相対性理論からは双子のパラドックスやリンゴのパラドックスなどの無数の矛盾が証明されて出てきます。

    >無限集合論は集合全体が集合であることを導けない。

    自然数全体の集合Nが集合であることも導けません。

    > 相対性理論は絶対時間を導けない。

    相対性理論が導けるのは自己矛盾だけかもしれません。失礼な表現がありましたら、大変申し訳なく思います。ⅿ(__)m

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