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  • B氏 「美味しんぼ騒動も、STAP騒動も、事実の核心を究明すると言う科学の行動を忘れた騒動であるに過ぎません。」
    A氏 「そうです。大山鳴動ねずみ一匹、です。」
    B氏 「『STAP騒動』では、『論文の不正・捏造の結論』ですし、『美味しんぼ騒動』では、『鼻血が出るという表現』は、『風評被害を助長する』と言うことです。首相が耕運機に乗ったパフォーマンスと、国会議員の小泉進次郎氏が、何回も現地に行って、『あれだけ行っているのに鼻血ながしたことない』と言う発言で、風評被害の否定を行っています。」
    A氏 「『STAP細胞が存在する』『鼻血が出る』と言う、問題提起に対して、科学的に事実を究明しようと言う姿勢が見当たりません。」
    B氏 「どちらも、科学的に事実が証明されると困るのかもしれません。ですから、言葉の上での論争、パフォーマンス重視と言うことになるのでしょう。」
    A氏 「『STAP騒動』では、小保方博士を中心にして、再現実験を行えば済むことです。全国の研究者が集まって、実験すれば、結論は自ずから判明します。」
    B氏 「『美味しんぼ騒動』も、鼻血が出るという人が現に存在するのですから、全国で、鼻血が出る現象を医学的、疫学的に検証すれば、結論は自ずからでてきます。」
    A氏 「科学ですから、言葉の遊びではありません。提唱された課題を、いかに科学的に解決するかが、科学者、研究者の使命でしょう。」
    B氏 「再現実験、医学的、疫学的な検証の結果、出てきた結果に従って、論文の不正・捏造論議を行えばよいのです。」
    A氏 「そうすれば、『美味しんぼの鼻血』による『風評被害騒動』も解決できます。
    B氏 「『美味しんぼの鼻血』を巡って、騒動が起きています。」
    A氏 「STAP騒動と同じです。鼻血が出る、出ない、を巡って、言葉のやり取りだけで決着しようとしています。『鼻血が出る』と表現すること=『風評被害を助長する』と言うことに該当する、と言うわけです。」
    B氏 「そして、鼻血が出ないことの説明に、『一国の首相が耕運機に乗るパフォーマンスを示して』『鼻血が出ないことを肯定、鼻血が出ることを否定する』、と言うことです。」
    A氏 「国会議員の小泉進次郎氏が、何度も現地に行っているが、『鼻血が出ない』と強調し、『鼻血が出る』と言う表現を非難し、『風評被害を助長する』原因だと主張しています。」
    B氏 「しかし、『耕運機に乗った首相』も。『何度も行ったが鼻血が出ない』と主張する国会議員も、では、双葉町に定住しますか、と聞かれれば、様々な言い訳をして、決して定住しないでしょう。まず、率先して範を示すべきでしょう。」
    A氏 「首相も、国会議員も、風評被害だと主張する人々も、科学的根拠が無い為に、無意識の不安があるのかもしれません。科学的、疫学的根拠がないために、必然的に生じる、実際の行動で示す行為である、としか思えません。」
    B氏 「不安を抑える為に、声高に『風評被害を助長する』と主張するのかもしれません。」
    A氏 「鼻血が出る、出ないではなく、放射能との関係を科学的に、疫学的に検証すべきです。」
    B氏 「一般の人々にとっては、
    (1)紫外線に当り続ければ、皮膚癌になる人が出る。
    (2)癌の放射線治療では、癌細胞を死滅させるが、癌細胞でない細胞も死滅させる。
    (3)放射能の内部被曝については何も分からない。
    (4)内部被曝した放射性物質が、体の何処に蓄積されるのか分からない。
    (5)チェルノブイリの原発爆発から25年経過したが、人が住めない地域が存在する。
    と言った漠然たる不安が常に存在します。放射能汚染については、それら以外に、数多くの不安が存在します。福島第一原発が爆発し、広範囲の地域が放射能で汚染されました。放射能で汚染された土地に住んでも大丈夫なのか、と言った漠然たる不安です。」
    A氏 「(1)~(5)までのそれらの点は、科学的、疫学的に実証されています。体内に取り込まれた放射性物質は、ヨウ素は甲状腺に取り込まれて沈着し、ストロンチウムは背中のカルシウムと置き換わって蓄積し、カリウムやセシウムは水に溶け込み全身の細胞内に広がります。」

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  • 小保方さんに僕の童貞を捧げたいっす・・・・・・・・・・・・・・

  • 小保方さんが大好きでたまりませんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

  • それにしても報道関係者に聞いてみたいのは

    「あの小保方女史以上の科学者の栄光を見たことがナイ・・」
    「あの形だから嘘だったなんてサイテーだな!」
    「報道機関は(研究不正だと)知ってやってたんじゃないか?」

    だとか思ってしまうのです_w 手品の種明かしを知りたいのは私だけでしょうかねえ~、

  • >>15

    いわゆる低線量被ばくというやつでしょ、美味しんぼは「取材不足の断言しい」でSTAP騒ぎとは別ですw)

  • B氏 「今回の理研は、再現検証を最重点とせずに、何を考えて論文の不正、捏造に血眼になっているのでしょうか。」
    A氏 「論文の正しさが絶対的権威であって、NATURE誌といった学術的権威ある雑誌に、不備のある論文を掲載させることになったのが、けしからん、というところでしょう。学術雑誌とは、未知の科学的領域を追求して、解決していく研究結果を発表するところであって、権威ある学術雑誌の権威を汚してはいけない、と言うことではありません。権威ある学術雑誌であれば、それなりの査読者も存在するでしょう。権威ある学術雑誌とは、世界中で、人類にとって有益な研究を行っている人を発掘するのが使命だと思います。発掘するのですから、発掘された研究が、有益な研究であるのか、ないのか、時間が経過しなければ、つまり、研究が続けられなければ、結果が出ません。権威ある学術雑誌は、その発掘された研究者の課題を、関心のある研究者に、研究する資料を提供するのが使命でしょう。価値の高い研究資料を提供するのが使命でしょう。STAP細胞は未知の領域を示した研究です。NATURE誌の掲載判断は正しかったと思います。NATURE誌は、STAP細胞の研究者がいます、一緒に研究してはどうでしょうか、と言う提案をしたのだと思います。」
    B氏 「NATURE誌は、その雑誌の査読者と、掲載論文提供者との、論文の内容の争いをしていません。日本での、STAP騒動の原因は、その論文の研究の結論が、世界的な再生医療に役立つのか、将来的な発展性が存在するのか問いかけた、と言った視点が抜け落ちているからでしょう。」
    A氏 「日本では、研究者も、学者も、報道機関も、一般国民も、権威優先、未知の科学的研究は非難の対象という考え方でしょう。権威は海外に存在し、日本には存在しません。明治時代からの伝統でしょう。」
    B氏 「日本で発見した新しい科学的事象でも、海外の裏付けがないと評価されないと言うことです。」

  • B氏 「再生医療の発展を待ち望んでいる患者さんは、日本だけではありません。世界中です。再生医療の治療を受けられずに亡くなって行く方も、日本でも、世界中でも、大勢存在します。また、不幸にして、再生医療を必要とする人が生まれてきているのも事実です。STAP細胞に再生医療の可能性が、例え1%でも存在するのなら、科学者、研究者の集団である理研が、科学者、研究者の良心に問いかけて研究を行うはずです。理研に、再生医療の重要性がわかっていたら、今回のような対応をとらなかったかもしれません。」
    A氏 「理解していないでしょう。理研内部で一致団結して、STAP現象、STAP細胞の再現実験を行うと言った意識がまるでありません。理研内部の調査委の報告書の中に、再生医療の文字は見当たりません。」
    B氏 「さらに、研究者仲間で内輪もめしています。理研内部で内輪もめ、研究者仲間で内輪もめ、研究者の本分を忘れているような気がします。」
    A氏 「研究者仲間での評価が大切なのであって、未知の研究に挑戦すると言う姿勢が見当たらないような気がします。」
    B氏 「研究してから、検証作業を完了してから後、論文の疑義を検証すれば、結論は、自ずから導かれるはずです。」
    A氏 「STAP細胞も、 iPS細胞も、再生医療には重要です。STAP細胞を再生医療に応用できるのなら、それに越したことはありません。STAP細胞は、本人の細胞から作ることができるのであれば、再生医療に使用する臓器は、本人の細胞から造られたことになるからです。」
    B氏 「さらに、臓器移植の問題の解決にもなります。臓器移植を待ち望んでいる患者さんは大勢います。理研が、その問題に取り組むのであれば、STAP細胞の論文の不正、捏造に、かかりきりにならなかったでしょう。」
    A氏 「理研が、再生医療について全く関心がないからでしょう。STAP細胞が現実に存在するのであれば、その応用の可能性は、何処まで広がるのか、研究者の集団であれば、真剣に考えたでしょう。考えていないから、論文の不正、捏造、一点張りの議論になるのです。仲間内の非難合戦です。」
    B氏 「理研が、再生医療、臓器移植の問題に真剣に取り組むのなら、STAP細胞の再現実験を、小保方博士を中心にして、実行しているでしょう。」
    A氏 「片手まで行おうという意識が丸見えです。あるいは、学者にとって,研究者にとって、他人の論文の欠点をあげつらうのが仕事であって、研究者の研究が人の役に立つのか、人類の役に立つのか、真剣に向き合っているのかどうか、今回のSTAP騒動で疑問を感じることが、多々あります。」
    B氏 「再生医療、臓器移植を待ち望んでいるのは、日本人だけではありません。世界中の人達も待ち望んでいます。」
    A氏 「STAP細胞が、再生医療、臓器移植に役立つのであれば、それを如何に早く実用化するのかが、研究者、科学者の役目でしょう。論文の不正、捏造を議論する前に、STAP細胞の再現に、全力を尽くすのが、科学者、研究者の使命であるはずです。日本で、それに成功し、再生医療、臓器移植の道が開ければ、日本は世界的な貢献をすることが可能なのです。」

  • B氏 「科学の実験も、結局は『匠の技』がものをいう結果となります。」
    A氏 「そういう場合もあります。STAP細胞の再現検証では、そういうことになります。例えば、洋画家の大家に、日本画の横山大観、菱田春草の画風を直ぐに真似てくださいといっても、その場で、いくら研究しても、全く同一の画風を確立できません。日本の伝統工芸である蒔絵もその一つです。科学の実験は例外であって、研究者が直ぐに真似をすることが出来ると考えているから、再現実験が出来ないと短絡的に結論が出るのです。」
    B氏 「蒔絵は、木で作った器、漆器に漆の接着力を生かして、漆で絵や文様を描き、その上から金や銀の粉をまいて付着させて装飾する技術です。平安時代にこの技法が確立されたと言われています。匠の技のさじ加減で作成された工芸品です。簡単には、その技を習得できません。」
    A氏 「しかし、現在では、蒔絵師が少なくなりました。匠の技の習得が非常に難しいからです。希少価値です。蒔絵師の技術を習得するのに、手順書がいくら示されても、簡単ではありません。」
    B氏 「科学の実験も同じです。STAP現象、STAP細胞の再現実験でも、小保方博士が考え出した『匠の技、コツ』を受け継がなければ、簡単に再現実験など出来ないでしょう。」
    A氏 「言葉の上で、誰でもできる、と言うような感覚があるから間違うのです。医者であれば、手順書で、心臓手術をすることが出来るでしょう。しかし、手順書に従って、心臓手術をした結果、手術を受けた人が死亡すれば、失敗です。科学の再現実験では、再現出来ないことに相当します。」
    B氏 「天皇陛下の心臓手術では、東京大学の高名な先生方たちは手術を行わず、日本大学の先生が手術を行いました。」
    A氏 「東京大学の先生方は、心臓手術の手順書に書かれた以外の『匠の技、コツ』に不安があった為に辞退したのでしょう。」
    B氏 「しかし、日本大学の先生は、手引書に書かれた以外の『匠の技、コツ』をマスターしていたから、手術を引き受けられたのでしょう。」
    A氏 「STAP現象、STAP細胞の再現実験も全く同じです。著名な研究所がいくら再現実験に取り組んでも、『匠の技、コツ』を取得できなければ、再現実験は出来ません。」
    B氏 「ですから、STAP現象、STAP細胞の再現実験は、小保方博士が中心となり、それに関心のある研究者が集まって、まず実験を行うことが重要なのです。」
    A氏 「しかし、理研以外、何処の研究機関も再現実験をしたがりません。再現実験で、STAP細胞が確認された時、再現できない研究機関だ、と評価される可能性があるから、と恐れているのでしょうか。それとも、もっとはっきりとした手順書が発表されるのを待っているのかもしれません。」
    B氏 「多分そうでしょう。理研が再現実験に成功すれば、それから、どこかの研究機関が再現実験を行い、研究機関が役に立つと思えば、その研究に取り掛かるでしょう。再生医療に興味のある研究機関なら、いっせいに研究に走り出し、熾烈な競争になるかもしれません。」
    A氏 「そうなれば、小保方博士の論文の結論が正しいこととなります。成果は、小保方博士が得ることになります。小保方博士の論文を掲載し、STAP現象、STAP細胞の研究を世界中に知らしめたNATURE誌の功績も評価されることでしょう。」
    B氏 「さらに、STAP現象、STAP細胞は、iPS細胞、ES細胞を凌駕する可能性があります。」
    A氏 「そうなる可能性があります。STAP細胞の存在が再現実験で証明されたなら、再生医療の考え方が大きく変化するかもしれません。」
    B氏 「理研は、再生医療を待ち望んでいる大勢の患者さん達のことをまったく考えていません。」
    A氏 「その通りです。学者、研究者仲間、理研内部で、小保方博士の論文の不正だ、捏造だ、と批判することに夢中になっていて、再生医療を待ち望んでいる患者さん達への視点、配慮が全くありません。」

  • A氏 「事実を直視すれば、主張する人と一緒にSTAP現象、STAP細胞の再現実験を行えば良いだけの話です。結論ははっきりします。再現できれば、STAP現象、STAP細胞は存在することになり、出来なければ、無いということです。」
    B氏 「STAP現象、STAP細胞が存在する、と言う結論は欲しいが、そうなってもらっても困る、と言う事情が存在するからでしょうか。」
    A氏 「何らかの事情が存在するのでしょう。」
    B氏 「再現実験ができないと言う批判があります。」
    A氏 「理研は3月5日に、小保方博士が再現実験に成功した、と発表しています。報道によれば、『理研によると、小保方氏は理研発生・再生科学総合研究センターで先月、再現実験を開始。論文通りの手法でマウスの体細胞を弱酸性溶液で刺激し、あらゆる細胞に分化できるSTAP細胞を作製することに成功した。細かい実験手順も含め同センターとして正しさを再確認したとしている。』と言うことですから、STAP細胞について、何らかの結論を出しているのでしょう。」
    B氏 「しかし、理研は後日、『3月14日の調査中間報告の記者会見の質疑応答では、竹市雅俊が「光り出すというところまでということで、全体的には再現できていない」と答えた』と言うことです。どうしてそのような報道になるのでしょうか。」
    A氏 「それから先は、理研で検証作業を行うので、小保方博士は関与させないと言うことでしょう。『丹羽仁史が追試を行うことと、非公式に第三者に追試を依頼していることが述べられた』ことから推測できます。」
    B氏 「しかし、それ以後、一転して、再現実験できないと言う報道の一点張りです。」
    A氏 「何らかの事情があったのでしょう。報道も、理研も、全て、『再現実験が出来ない』と、何故報道するようになったかを、理解できるような、発表、報道は見当たりません。」
    B氏 「そのような説明のないまま、STAP細胞の再現実験は出来ないと、全ての報道では、確定してしまいました。」
    A氏 「再現実験ができないのではありません。再現実験する技量がないから、と思われます。小保方博士が述べていますように『実験にはコツがある』が存在するのです。」
    B氏 「ウイキペディアでは『ネイチャー掲載論文の実験手技要旨に加え、2014年3月5日、実験手技解説が公開された。実験手技解説には、「単純に見えるが、細胞の処理と培養条件、さらに細胞個体群の選択に、とりわけ慎重さを要する」という「注意書」があり、カリフォルニア大学デービス校准教授のポール・ノフラーは、これは「STAP細胞は作るのがきわめて難しい」と同義だ、とした。』『細胞外環境を変えることによる細胞の初期化の状況を解析した。細いガラス管に通すという物理刺激を与えたり、毒素(細胞毒素ストレプトリジンO)で細胞膜に穴をあけたり、飢餓状態にしたり、熱刺激を与えたりなどさまざまな方法を試した結果、小保方らは、酸性溶液による細胞刺激が最も有効であることを発見した』と言う記述があります。」
    A氏 「その通りであれば、研究者の実験手技のコツ、匠(たくみ)の技が必要です。」
    B氏 「そのコツが大変難しい。つまり、さじ加減が非常に難しい実験手技ということです。」
    A氏 「初めて取り掛かる人達にとっては非常に難しいでしょう。しかし、長年、同じ研究に打ち込んでいる研究者にとっては、その実験手技のコツは、早く言えば、『匠(たくみ)の技、コツ』です。『匠の人』は、さじ加減一つで実験手技を行うことが出来ますが、『匠』でない人が、独りでいくら頑張っても、『さじ加減をつかむことが非常に難しい』ので、直ぐには何も出来ません。」

  • B氏 「小保方博士とSTAP騒動も『風評被害』と『美味しんぼ騒動』も、同じ原理です。どちらも、事実を確かめるための実験を行いません。理研が小保方博士をはずして、再現実験をしているそうですが。」
    A氏 「順序が逆だと思います。小保方博士は理研の職員です。STAP現象、STAP細胞の存在を主張しているのは小保方博士です。ですから、小保方博士をはずして再現実験を行っているから、順序が逆なのです。」
    B氏 「理研の再現実験に、5月中旬以降、入院中の小保方博士に実験のコツなどを電話やメールで教えてもらっていると言うことですが、姑息な実験方法としか思えません。」
    A氏 「報道では、『理研は「STAP細胞がなかった」とは結論づけていない。STAP細胞が本当に存在するかどうかを明らかにするため、内部の研究者でゼロからの検証作業を続けている。存在の有無の目星をつけ、第三者に検証してもらうことを目指す。』と言うことですが、内部の研究者でゼロからの検証作業を続けるのなら、小保方博士をはずしながらの、小保方博士の助言など必要ないでしょう。」
    B氏 「小保方博士をはずして、内部の研究者だけで検証作業を行うのですから、小保方博士の助言など必要ないはずです。小保方博士の助言を得て検証実験を行って、STAP細胞が存在したということになれば、小保方博士が実験を行ったのと同じ結果です。小保方博士の『STAP細胞は存在する』と言う主張を、自ら実験して、正しかったことを証明したようなものです。論文の不正、捏造云々を問題視する前に、当初から、理研主導で、小保方博士を中心にして、再現実験を行っていれば、今頃は、何らかの結論を得られた可能性があります。」
    A氏 「小保方博士をはずして検証実験を行っても、小保方博士の助言がなければ、検証作業が進捗しないと言うこと、それは、小保方博士が検証実験に参加しているのと同じことです。どうも姑息な手段のように思えて仕方がありません。」
    B氏 「理研広報部に拠れば、『検証作業は小保方博士に実験のコツを電話やメールで教えてもらっている』と言うことですから、小保方博士の助言がなければ、再現作業が進捗しないと言うことを意味しています。」
    A氏 「小保方博士を最初から検証作業に参加させれば、検証作業は早く進捗するはずです。そうすれば、STAP現象、STAP細胞が存在するのか、しないのか、結論を早く出せるはずです。」
    B氏 「小保方博士が参加した理研の検証作業で、STAP現象、STAP細胞を確認することが出来れば、その後、小保方博士が参加せず、理研内部の研究者で、再現実験を行えばよいのです。成功すれば、第三者に再現実験を依頼する、これが順序だと思いますが。」
    A氏 「そう思いますが、公表できない訳でもあるのでしょう。小保方博士の論文を不正・捏造と断定し、論文の取り下げを勧告し、懲戒委員会まで設置した理研が、STAP細胞の検証作業では、小保方博士の助言を得なければならない、助言がなければ検証作業が進捗しない、つまり、理研内部の研究者では手に余る検証作業と言うことでしょう。」
    B氏 「理研ともあろうものが、なんともはや言いようがないですね。」
    A氏 「事実に従って検証する姿勢の問題でしょう。『美味しんぼの鼻血』の件も、『鼻血がでる人がいると言う事実』を、それでは、鼻血が出る人を交えて、科学的に検証するのと同じで、『小保方博士はSTAP現象、STAP細胞は存在するのは事実と主張』しているのですから、小保方博士を交えて、検証作業を行えばよいだけのことです。」
    B氏 「それをしません。小保方博士の助言を求めています。小保方博士が、いくら助言をしても、検証作業の現場にはいませんから、言葉による説明でしかありません。」
    A氏 「福島原発事故と同じです。責任者が、会社のトップが現場で指揮を取らずに、現場に指示を出していました。現場を見ない言葉のやり取りだけです。小保方博士を中心に研究者が集まって再現実験に取り掛かれば直ぐに結論が出ます。再現実験に取り掛かれない現実があると、考えざるを得ません。」
    B氏 「歯切れの悪い検証作業ですね。」

  • B氏 「福島県で、鼻血を出す子供達の調査をする一方で、全国の都道府県の鼻血を出す子供達の調査を行えば、科学的、疫学的データによる比較を行えます。」
    A氏 「甲状腺癌についても同じです。福島県で行った同じ方法で、全国の都道府県の子供達の甲状腺がんを調べれば、比較できます。全国の子供達に安心感を与える結果となります。厳しい現実が出るかもしれません。厳しい現実が出れば、直ぐに対策を立てる目途となります。」
    B氏 「子供の内部被曝についても、全国の都道府県の子供達の内部被ばく線量を調査すれば、福島県と、その他の都道府県とを比較できます。」
    A氏 「内部被曝をした子供達の体のどの部分に放射性物質が蓄積するのか。蓄積した放射性物質が、子供の発育にどの様な影響を与えるのか、全国的レベルで調査すれば、福島県と、他の都道府県との相違が見つかるかもしれません。国が、本気で科学的、疫学的調査をする気があるならば、このような『風評被害云々』と言った、訳の分からない騒動は起こらなかったでしょう。」
    B氏 「しかし、国は科学的、疫学的に、全国的な調査をしようとはしませんでした。科学的、疫学的な立証をする機会を放棄したのです。」
    A氏 「そのため、首相が耕運機に乗ったり、国会議員が現地に何回も行っている、と言った非科学的は言動で『風評被害云々』に対処しているのです。」
    B氏 「全国的な調査は、多額の費用がかかると言って、行いません。調査を行う施設も、医者も、専門医も、器具も、人手も足りないと言います。」
    A氏 「全国には、原発が50基以上存在するのも事実です。福島第一原発爆発事故が起こったのです。次の原発の爆発事故が起こらないとも限りません。せっかくのチャンスです。福島第一原発事故を教訓にして、放射能汚染による科学的根拠、疫学的根拠を国の関係する機関を総動員して、民間の機関の協力を仰ぎ、調べ続ければ、万が一、次の原発が爆発しても、その科学的、疫学的手法を応用でき、被害を出来るだけ少なく出来る可能性があります。」
    B氏 「それだけではありません。日本が福島第一原発爆発事故で発生した放射線汚染による、科学的、疫学的研究を、対策、予防、に役立てることが出来ます。チェルノブイリの原発事故では、広島原爆の結果を引用しています。」
    A氏 「残念ながら、日本はそれをしません。あくまでも、言葉の上のやり取り、非難の応酬です。それを続けている限り、解決方法は無く、『風評被害云々』は、なくならないでしょう。」
    B氏 「それは、最も気楽な問題でもあるからでしょう。全国的に調査した科学的、疫学的解決策を求めなければ、一部の論拠で、常に論争することが出来ます。」
    A氏 「そうです。全国的に調査をすれば、福島県の事象、現象は、福島県独自のものなのか、そうでないのか、明確になります。」
    B氏 「『風評被害と美味しんぼ騒動』も、簡単に解決です。『風評被害』がなくなるからです。それでは困ると言うことかもしれません。」
    A氏 「福島県と、他の都道府県との相違が判明したら、その相違に従って、福島県の対策を立てることが出来ます。福島県に住めるか、住めないかが判明すれば、福島県の人達を国民がどの様に支えるかを議論することが出来ます。全国の原発事故を想定した具体的な対策を実施することが出来ます。」
    B氏 「鼻血の出る人が多い、と言う結論であれば、その土地に定住することが出来るのか、出来ないのか、結論を出さなければなりません。科学的、疫学的に結論を出すことが出来れば、後は、健康を守る為にはどうするかは、国と、国民と、本人の選択でしょう。」
    A氏 「他国の例を引用して、安全だと主張しても、参考にはなりますが、解決策はありません。あくまでも、日本国内で科学的、疫学的に研究、究明することが解決策を生み出すでしょう。」

  • A氏 「25年前のチェルノブイリの原発爆発事故で、鼻血が出ることが報道されています。チェルノブイリ、ベラルーシ、などでは、調査も行われています。」
    B氏 「それ以外にも、甲状腺がん、白血病、内部被曝の問題、つまり、放射性物質が関係して発症する病気、内部被曝した放射線が、体内に蓄積され続けたときに発症する病気、など、数え切れないくらいの現象が発生していると思います。しかし、科学的、疫学的根拠に基く結論が出た現象は少ないでしょう。当時のソ連政府は1986年のウィーンでのIAEA( 国際原子力機関 )非公開会議で、当時放射線医学の根拠とされてきた唯一のサンプル調査であった広島原爆での結果から、4万人が死亡するという推計を発表しました。しかし、広島での原爆から試算した理論上の数値に過ぎないとして会議では4000人と、結論を出しました。この数字がIAEAの公式見解となり、後にベラルーシやウクライナの専門家、ウクライナ政府などからの抗議で、4000人の数字の変更はなく、表現を変えた修正版を出すことになりました。放射線医学の根拠など、国際原子力機関のIAEAでも、政治的な駆け引きで結果は決まります。国際機関だから、そこが発表する数値には誤りがないと決め付けるのは、どうかと思います。放射線医学の根拠は、原発事故が発生した地域で主たる研究をすべきことであって、その研究の比較の為に、原発事故が発生していない地域の放射線医学を研究することも重要です。両者の放射性医学の根拠を研究、比較することが大切です。」
    A氏 「当時のソ連のミハイル・ゴルバチョフは、ソ連側の事故処理責任者ヴァレリー・レガソフにIAEAに全てを報告するように命じていましたが、彼が会場で行った説明は非常に細部まで踏み込んでおり、会場の全員にショックを与えたと回想しています。しかし、結果的に、西側諸国は当事国による原発事故の評価を受け入れませんでした。4000人と言う数字がそれを示しています。」
    B氏 「ですから、チェルノブイリの原発事故でも、科学的、疫学的研究、検証は非常に難しいのが現実です。政治が絡んでいるからです。」
    A氏 「しかし、実行されている事象もあると思います。ですから、科学的、疫学的データをチェルノブイリから取り寄せ、福島原発事故に応用すればよいのです。日本独自の国際的評価に耐えられる科学的、疫学的データを集積できれば、それはそれで世界に貢献することになります。」
    B氏 「その気がありません。」
    A氏 「チェルノブイリの原発爆発事故では、放射能汚染があったと言うのは事実です。その事実に基く科学的検査が、行われ続けていますが、結論が出たものもあれば出ないものもあります。ですから、福島第一原発の爆発事故が起こった後、チェルノブイリの事象、現象を調べて、政府が、徹底的に科学的、疫学的な検証を行っていれば、『美味しんぼ』の『鼻血が出る』表現による鼻血騒動も、風評被害騒動も派生せずに済みました。」
    B氏 「チェルノブイリで発生した現象と、福島県で発生した現象が同じであれば、その原因を特定できます。異なれば、更なる科学的、疫学的検証を行う必要があります。」
    A氏 「その検証の積み重ねが、『風評被害云々』『美味しんぼの鼻血騒動』を解決するのです。」
    B氏 「検証をしないから、いつまでたっても、『風評被害云々』『美味しんぼの鼻血騒動』はなくなりません。」

  • A氏 「県や市町村の言う事を信用できる人と、出来ない人が存在します。また、一般の国民にとって、馴染みの薄い世界保健機構だの、国連科学委員会とかが言っている、と言った話を持ち出しても、信用する、しない、の問題ではなく、分からないのが現状でしょう。世界保健機構は、どの地域と比べて、『被ばく線量が最も高かった地域の外側では、福島県においても、がんの罹患のリスクの増加は小さく、がん発生の自然のばらつきを越える発生は予測されない』、と言っているのでしょうか。具体的地名、調査方法、比較年月日等、福島県は公表すべきでしょう。世界保健機構が、日本全国で、癌発生の自然のばらつきを調査したのでしょうか。調査したと言う実績を公表して欲しいですね。『癌の罹患のリスクの増加は小さく、癌発生の自然のばらつきを越える発生は予測されない』とは、福島県民に、福島県は安全だから、放射能汚染はされているが、何も心配せずに定住しなさい、と言っているようなものです。」
    B氏 「癌発生の自然のばらつきとは、福島県の癌発生についての自然のばらつきなのでしょうか。福島県は一体、何時、何を、何処で、何の目的で、どのような方法で、そのような調査を行ったのでしょうか。是非、示して欲しいですね。」
    A氏 「そこまで把握しているのなら、何も国連科学委員会の見解を持ち出さなくても、福島県で調査したデータを示せば十分でしょう。調査期間、継続して調査したのか、するのか、しないのか、原発爆発以前、原発爆発後、前後の調査した人員の総数、生年月日、癌の発生時期、癌の種類、死亡、生存、など、様々なデータが存在するはずです。福島県が、全国の都道府県に依頼して、『癌発生の自然のばらつき』を調査してもらえば、世界保健機構の説明など要りません。」
    B氏 「現実に存在すれば、素晴らしいデータでしょう。福島県以外に都道府県で調査すれば、比較可能となります。」
    A氏 「多分、データは存在しないでしょう。福島県に長年定住して得られる結果でしかないからです。科学的、疫学的に何の調査、検証も行わず、安全だ、安全だと言って定住させ続ければ、福島県民は実験台のような存在となってしまいます。それでありながら、検証もしてもらえない結果となります。」
    B氏 「比較可能なデータが存在しなければ、何が起こっても正常と判断されてしまいます。健康被害など存在しなくなります。その前提に立てば、健康診断は不要となります。結局、『風評被害云々』で全てが解決されることになります。」
    A氏 「福島県は、福島第一原発が爆発して、放射能汚染されたのは事実です。事実を踏まえ、科学的、疫学的データを集め、放射能汚染されていない日本全国の地域のデータと比較できるようにすることが、非常に重要でしょう。」
    B氏 「科学的データ、疫学的データを集める為の行動を起すべきでしょう。言葉のやり取りは止めにすべきです。」
    A氏 「現状では、福島県は、泥沼にはまり込んでゆく様な気がします。」
    B氏 「日本では、解決策は、海外のデータを国内に持ち込んで説明するか、海外の権威ある機関に『安全だ』と宣言してもらうしかないのです。」
    A氏 「日本人自身では、科学的、疫学的根拠による『安全宣言』は不可能なのでしょう。」
    B氏 「事実を直視することを嫌う国民性かも知れません。」

  • A氏 「不安を感じながら食べなければなりません。結果は、その食品を食べた人しか分かりません。運悪く、何らかの健康被害の症状が出れば、可能性がありますが、特定は困難でしょう。」
    B氏 「その人は、病気になれば、何故なのだろうと、考えるだけで、結論が出せません。医者に、長年の食歴を話しても、医者は判断できないでしょう。結局、漫然とした不安と向き合いながら食品を摂取しなければならない、非常に厳しい選択です。」
    A氏 「安全基準とはそういったものでしょう。安全基準が決められたから安全である、とは、各人が、信ずるか信じないかだけです。各人が納得するしかないだけです。」
    B氏 「安全基準の食品だから食べ続けた、その結果、自分自身に健康被害が降りかかってきて、初めて事の重大さに気付く、と言うことでしょう。」
    A氏 「『鼻血が出る』と言う現象も、その因果関係を科学的、疫学的に研究すべきなのです。食品が原因なのか、呼吸器を通しての被曝の結果なのか、口、消化器を通しての被曝の結果なのか、皮膚、特に傷口を通しての被曝の結果なのか、解明しなければならない科学的、疫学的研究は山ほどあります。」
    B氏 「山ほど存在するから、言葉で否定すればするほど不安が増すということになります。」
    A氏 「国も、県も、市町村も、医者も、科学者も、研究者も、何もしてくれない。すべては個人で解決しなければならない、と一般の人は思い込んでいます。」
    B氏 「国も、県も、市町村も、『風評被害云々』を言う前に、国民が不安に思っている事項を、科学的、疫学的に、全国的な規模で行えば、納得できる事実も多く判明するでしょう。」
    A氏 「福島第一原発爆発と言う大変厳しい現実があります。放射性セシウムで汚染された地域に住む人々は、健康不安を常に持ち続けて生きておられる、と思います。その解消の為にも、国も、県も、市町村も、お金をかけて、全国的な規模で、科学的、疫学的検証を行えば、福島県の人達も、全国と比較することが出来るので、安心できる面も有ると思います。」
    B氏 「放射能汚染の悲劇を、逆に、放射能の危険性に関する研究に役立てることが重要なはずです。」
    A氏 「放射能で汚染されているという現実から逃れることは出来ません。現実を直視することです。言葉のみで言い繕うことではありません。科学的、疫学的に検証する、国際的な評価に耐えられる科学的、疫学的検証を行うことが、解決の早道です。」
    B氏 「言葉で言い争っているうちに、貴重な時間が過ぎ去っていきます。直ぐに、実行すべきことと思いますが。」
    A氏 「しかし、なかなか取り掛かれません。言葉で言い争うほうが簡単ですし、科学的、疫学的結論を得る必要がないからです。」
    B氏 「『鼻血が出る』と言う発言に対して、福島県は、『「福島を広域に除染して人が住めるようにするなんてできない」との表現がありますが、世界保健機構(WHO)の公表では「被ばく線量が最も高かった地域の外側では、福島県においても、がんの罹患のリスクの増加は小さく、がん発生の自然のばらつきを越える発生は予測されない」としており、また、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の報告書においても、福島第一原発事故の放射線被ばくによる急性の健康影響はなく、また一般住民や大多数の原発従事者において、将来にも被ばくによる健康影響の増加は予想されない、との影響評価が示されています。』と言うことですが、それでは、除染した放射線汚染物を貯蔵する中間貯蔵施設を作ることは必要でありません。地域ごとに集めておけばよいでしょう。チェルノブイリでは除染を行って人が定住しているのでしょうか。定住しているとすれば、その人達に健康被害はないのでしょうか。健康影響の増加は予想されないと言うのであれば、定期的な健康診断を必ず実施しなければならない、とは限りません。してもしなくても良いということになります。」

  • A氏 「その1kg単位を、2kg単位、3kg単位、5kg単位、にまとめないことです。」
    B氏 「それでは取引が出来ません。現実には出来ません。」
    A氏 「放射性セシウムを測る機械も、人手も、お金も必要です。不可能でしょう。取引単位での放射性セシウムの検査となります。」
    B氏 「例えば、袋詰め30kgのおコメを10袋精米したとします。各々の袋の放射性セシウムの安全基準値の最大値3000ベクレルとすれば、合計で30000ベクレルです。これを、5kgの袋に詰めれば、放射性セシウムが、分散されます。しかし、均一に分散されるのではありません。」
    A氏 「5kgの単位にするのですから、均一に分散されれば、500ベクレルです。ところが、500ベクレル以下の袋が多ければ、500ベクレル以上の袋が存在する、と言うことです。」
    B氏 「500ベクレル以下の袋が多ければ多いほど、少ない数の袋に高濃度の放射性セシウムで汚染されたおコメが存在することになります。」
    A氏 「極端に言えば、5kg一袋で3万ベクレルが検出されると、残り59袋は0ベクレルです。ベクレルが検出されません。放射性セシウムの汚染が無いと言うことになります。しかし、5kg入りが60袋販売されているのです。その高濃度の放射性セシウムで汚染された5kg詰めのおコメを誰かが買うことになります。」
    B氏 「自分が買ってしまうのか、誰かが買ってしまうのか、それは全く分かりません。」
    A氏 「ですから、食品の放射性セシウムの安全基準を決めても、1kg単位で放射性セシウムの検査を行っていなければ、漫然とした不安が常に付きまとうのです。」
    B氏 「放射性セシウム汚染に、偏り、ばらつき、が存在する限り、この不安は解消できないでしょう。」
    A氏 「何故、そのようなことを言うかといえば、例えば、スーパーでみかんの大きさ、L, M、Sのネット売りを買えばわかります。6個なり、8個なり、10個なり、それぞれネットにみかんが詰まっています。」
    B氏 「つやのあるミカンはどれか、美味しそうなミカンはどれか、傷んだミカンは入っていないか、選りに選ります。」
    A氏 「これだと決めて買って、意気揚々と自宅に持って帰ります。」
    B氏 「さて、帰って家で食べようとして、調べてみると。」
    A氏 「腐りかけが混じっていました。」
    B氏 「あれほど選り回して、何処も傷んでいるところがないかを調べたのに。」
    A氏 「悔しい思いをします。と言うよりも運がないなあ、とつくづく思います。」
    B氏 「選り回さなくても、運の悪いときがあります。傷んだミカンが含まれていることがあります。」
    A氏 「そこなんです。ミカンの傷んだのが含まれていたら、それを食べるのを止めればそれで済みます。損したなあ位で済みます。こういうことは、実際にスーパーで商品を買っていない方には分かりません。」
    B氏 「しかし、放射性物質セシウムが含まれていた場合にはそう言う訳にはいきません。放射性セシウムは目に見えないからです。買う前に放射性セシウムを測定することが出来ません。」
    A氏 「買ってきた食品に放射性セシウムがどの程度含まれているのか、見当がつかないからです。放射性セシウムの、偏り、ばらつき、均一ではない、と言う現実、全てが傷んだミカンの時の現実とは訳が違います。」
    B氏 「傷んだミカンでは、それを食べなければ避けることが出来ます。目で見て判断できます。しかし、ネット入りのミカンでも、放射性セシウムに汚染されていたら、事前に汚染されていると言うことが判明しているのであれば、ミカンがいかに美味しそうでも、食べなければ良いのです。しかし、そうでない場合は、放射性セシウムは、目で判断できないため、食べてしまいます。」
    A氏 「販売者が安全だと言うことを信じるしかないのです。食品を買う時に、高濃度の放射性セシウムで汚染された食品を買ってはいないか、常に不安が付きまといます。」
    B氏 「可能性が存在します。不安ながらも食べてしまう危険性があります。」

  • B氏 「放射性物質の体内での居場所が違うわけです。ヨウ素やストロンチウムは沈着する場所が分かっていますが、セシウムは、水溶性ですから、体の中のどの部分に主に沈着するかは、人によって違うと思います。動物実験すれば、放射性セシウムが体内の何処の部分に多く沈着するか分かるはずですが、不安を煽ると考えるのでしょうか、全く公表されません。」
    A氏 「公表されないから余計に不安になる悪循環です。『鼻血が出る現象』も、科学的、疫学的に実証すべきです。論争は存在しますが、では、『鼻血が出る現象』は全国的に見て、各都道府県ではどうなのか、福島県と比較してどうなのかと言った結論は出ていません。」
    B氏 「食品の放射性セシウムの新基準値は1kgあたり100ベクレルです。しかし、放射能汚染の基準も不安の源です。」
    A氏 「例えば、おコメの基準です。1kg当たり100ベクレルですが、5キログラムのおコメを買ったとします。お米は、30キログラムの単位で取引されます。話を簡単にする為に、30キログラムのおコメの放射性セシウムが3000ベクレル(30kg × 100ベクレル)としましょう。食品の放射性セシウム基準に合格です。」
    B氏 「しかし問題があります。この3000ベクレルが、満遍なく、均一に、拡散しているわけではありません。」
    A氏 「必ず、偏り、ばらつき、があります。30kgの何処に放射性セシウムが存在するのか不明です。2000ベクレル、1500ベクレル、1000ベクレル、と言った偏った場所が存在しないのか、全く不明な点です。」
    B氏 「偏っていれば、放射性セシウムが存在しない場所もあれば、高濃度の放射性セシウムを含む場所もあります。」
    A氏 「おコメ、一袋30kgで放射性セシウム3000ベクレルは安全基準内です。しかし、その30kgを1kg単位で放射性セシウムを計れば、安全基準外と安全基準内が存在する可能性があります。1kgずつ放射性セシウムを計り、30kgの袋詰めをすれば、30kg全体で3000ベクレルの放射性セシウムが存在しても、安全基準内でしょう。」
    B氏 「しかし、お米は、30kg単位で袋詰めされて取引されます。30kgの袋のまま放射性セシウムの検査が行われます。」
    A氏 「ほとんどの食品が取引単位で放射性セシウムの検査が行われていると思います。」
    B氏 「あるいは、サンプル検査でしょう。」
    A氏 「サンプル検査で放射性セシウムを検査したところで、あまり意味がありません。先ほどのおコメの例でも分かるように、放射性セシウムが均等に食品に含まれているわけではありません。必ず、偏り、ばらつき、が存在します。1kgずつ放射性セシウムを検査し、検査した1kg単位を取引単位にして、別々に集めて、出荷されるのなら別です。」
    B氏 「野菜、果物、しいたけ、鮮魚、など、1kg単位で放射性セシウムを検査した商品を、1kg単位のまま取引単位になるまで一つの箱詰めにする、不可能でしょう。」
    A氏 「ですから、箱単位、袋詰め単位の放射性セシウムの検査を行い安全性の合否を決めます。あるいは、サンプル検査を行います。」
    B氏 「食品に含まれる放射性セシウムには偏りがある、ばらつきがある、と言う事実を抜きにして、食品の安全性を議論しても、解決できない面があります。」
    A氏 「完全な解決策は見つからないでしょう。概略の安全性を求めると言うことです。1kg単位で放射性セシウムのベクレルを計ることで、一応の安全性を担保できます。一般食品では100ベクレル/kg、乳幼児食品では50ベクレル/kg、牛乳では50ベクレル/kg、飲料水では10ベクレル/kgの安全基準内であるかを1kg単位で計ればよいのです。」
    B氏 「原材料の販売数量は出来るだけ小さく、かつ、放射性セシウムの有無を調べる、と言うことですか。最終製品ではありません。」
    A氏 「それでも、問題があります。1kgの中身に、放射性セシウムで汚染された場所に、偏り、ばらつきがあるからです。」
    B氏 「結局、食品の安全な取引は1kg単位と言うことになります。」

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