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  • 宗教は「気休め」効果がありますから、「気休め」目的で残しておきましょう^^

  • {宇宙の起源、138億年前に生じた巨大ビッグバーン!}

    我々の銀河だけでも1000億以上の星と10万光年以上・・!!

    一番近い銀河で238万光年先のアンドロメダ星雲・・・!!

    天動説から地動説、神や仏は支配者の道具・・・!!

    悩みがあるなら精神科へ行きなさい!!!

  • >>71

    宗教の預言者などの作り話は、世界的に存在しますが、それは、この生物としての存続のための心理に基づいているのです。
    その神話の中に、預言者や聖典や神殿をまぎれこませ、それで聖職者が生計を立てているのです。

  • >>69

    生命を守るために内蔵された死の恐怖は、人間の生命としての存続が個人としては不可能である以上、集団としての死を最も恐れるように仕組まれています。
    集団の絶滅の危機に直面すると、個人の死の恐怖は抑えられ、集団を救うために命をも捧げることが、集団として生きる心理として仕組まれているのです。
    これも、生物としての心理であって、宗教的導きなど必要ありません。

  • >>68

    死を目前にした人が幻想にすがるのは、
    心の自然な働きです。
    しかし、幻は現にはなりません。
    それは、幻を現にするように励め、と
    進化と前進を命じているのです。
    しかし、さらに死が直前まで近づくと、
    感情は消え、悟りのような安らかな状態に入ります。
    ひとは、自分の永遠の故郷、母胎の、さらに母胎、
    宇宙に帰るのですから、安らぎが訪れるのは
    自然なことです。
    宗教は、必要ありません。
    戒名だの、位牌だの、お墓だの、
    お金をムダに使ってはいけません。

  • >>22

    > ヒトは弱い存在です
    > 何処かに頼る存在が欲しいのかも知れません



    救ってくれるものは、なにもない・・・
    だから、生きることは、限りなく厳しく、
    恐ろしく、残酷なのです。
    このどうしようもない恐ろしさは、
    生命が、生命の大切さを忘れないように、
    心に植えつけたものです。
    恐怖は、生命のうちに内蔵されているのです。
    人間の意識は、体が自分を守るために
    作り出したものです。
    生命は、限りない暗黒の恐怖と不安に包まれていることを
    理解し、それをごまかさず、耐えなければなりません。
    意識が独立した存在であるかのように思い込み、体の指令に
    背いて勝手に活動しようとすると、必ず激しい苦悩が起り、
    罰せられます。
    しかし、まったく死滅するしかない絶望的な状態になると、
    もう、恐れも苦しみもありません。
    こうなると、体は、心を苦しめる理由がないからです。
    それは、臨死状態で訪れる深い深い安らぎです。
    宗教は、いずれもこの安らぎを語りますが、
    しかし、それは命の最後にあって自然に訪れる平安であって、
    宗教とは関係ないのです。
    宗教にだまされないでください。
    ここで大切なことは、体は、個人として活動しているのではなく、
    群れをなして初めて、生存してゆけるということです。
    子供が殺されると、親は物凄く苦しみ、怒り、復讐を誓います。
    生命を守ってくれるものとして妄想された神は、
    家族や部族や民族の生命を守る神となるのです。

  • 《宗教を止めよう!》

    人間の活動は、すべて生きるためにあるもの、「生命活動」
    です。
    この活動は絶対に止めるわけにはいかず、死をもたらすあら
    ゆる考えや想像や事実に対決して行かなければなりません。
    だから、生命を生みだしたものは神聖であり、不可侵である
    とされ、それを否定するものは恐怖を与えられ、罪として罰
    せられるのです。
    神とか、神の力をもつと信じられているもの、つまり「神聖」
    なものは、すべてこの生命への信仰に基づいています。
    しかし、人間はそれ自体が生命で、生命活動の中にいるので
    すから、生命を外から捉えることはできません。
    この不確かなものを限定し、確定しようとしたものが、神とい
    う想像です。
    これは、根本的に想像力の越権行為であり、不当なことです。
    生命の働きは、つねに宇宙そのものと密接不可分に結びついて
    いて、人間の思考力で把握できるようなものではないからです。
    だから、神信仰は、生命を特殊化し、自分たち人間の生命力に
    なってしまうのです。
    まさに、人間の種族本能が、つまり、個人としてではなく、集
    団としての存続と拡大本能が、神とされたのです。
    「産めよ、増えよ、地に満ちて、地を支配せよ。」(旧約)。
    生命力が神や神的な性格をもっていることは、旧約ほどに明確
    ではないにしても、他の宗教も同様です。
    もちろん、生物は人間だけではないのですから、この人間の自
    分たちの種族崇拝は利己的で、まちがいであり、他の生物たち
    には悪魔、恐怖と憎悪の対象であり、ここから限りない闘争の
    歴史が生まれます。

  • >>57

    もう、宗教の時代ではありません。
    早く宗教から脱けだしましょう。
    今では、子供ですら、はっきり分かることです。
    神様など、ありえません。
    天国も、地獄もありえません。
    もちろん、天使も悪魔も、予言者も、
    まったくのウソ、幻覚、妄想、ダマシです。
    宗教のもとは、「恐れ」です。
    恐怖の中で、生きて行く・・・
    これが、宗教が生まれた情況です。
    これは、人間を死滅から救うために、自然が人間の体に
    埋め込んだ感情です。
    自分や、自分の仲間を、恐ろしい死の恐怖から救ってく
    れるスーパーパワーを持った人がいる、この人は、神と
    呼ばれ、死なないし、自分が死んだ後でも、あの世で生
    き返らせてくれる・・・。
    これが、すべての信仰の核となった妄想・幻覚ですが、
    仲間がみんなでこの幻想を信じれば、何も怖くないと、
    妄想は集団に広がりました。
    しかし、この狂信が広がるにつれ、大きな問題が生まれ
    ました。
    この妄想は、実際の人間の生命の定めとはちがいますか
    ら、どうしても、人間のほんとうの姿を否定しないと、
    幻想が否定されてしまいます。
    そこで、狂信を広めようとする妄想家たちは、幻想こそ
    が真実で、現実はウソだという考えを思いつき、この考
    えを、まだ知恵の未熟な子供のうちから、徹底的に植え
    つけようとしました。
    「洗脳」です。
    そして、この洗脳の社会システムを作ろうと考え、ほと
    んどの国で、それは成功しました。
    ですから、ちょっとやそっとでは、宗教の妄想から人間
    を救い出すことは困難で、恐ろしい反撃に会います。

    もう疲れたので止めますが、もし今、宗教がなかったら、
    人々はどんなに幸せになれただろう、と思いませんか?
    宗教ができたそもそもの動機、「恐怖」から人々が解放
    されることが、人類が宗教から解放されるきっかけにな
    るでしょう。

  • >>57

    無宗教もまた宗教であるという、あなたの指摘には疑問があるが、無宗教であることと引き換えに、特定の信念体系を人は必要としてしまうということなら、その通りだと思われる。

    安倍のナショナリズムに限ったことではないが、保守的主張の中には「本来性」というものへの回帰の欲求が見える。

    「日本人らしさ」というイメージに包摂される、美徳道徳と公共意識、連帯、絆、などの強調である。
    また、移民受け入れに反対する三橋氏は、日本を自然国家だと強調する。古来より日本民族のみによって自律繁栄を為してきたその自然的歴史を立脚点とし、この事実から、これからもそうであるべきだと規範を引き出している。

    生活様式と倫理を基礎づけていたい宗教が弱体化し、また現代リベラリズムの信念によって、生の意味や自己承認の拠り所を、我々は宗教以外に求めなければならなくなった。すなわち個人の選択の自由に任される。
    左翼的政治イデオロギーも、宗教的ドグマもいかがわしく信じられなくなった現代日本において、本来性への回帰運動としてのナショナリズムの台頭は、人間の本来性を追求してきた宗教が国家理念へ転嫁した、人間の普遍的要請の一つの顕現であるのかもしれない。

  • 宗教というのはあらゆる国にあり、あらゆる宗教に共通なこととして、聖なるものというのがあり、それが崇める対象になっています。
    そこからやはり人類には宗教は切っても切れないものと言えるのでしょう。
    勿論宗教は科学的に説明出来ませんから、信じない人は多いわけですが、その人達には、ある意味無宗教が宗教なのでしょう。神仏がいないことも証明は出来ませんから。

  • 人類が古の真実や知識や英知なしには、もはや生きられなくなる瞬間を「神」は辛抱強く待っておられる。
    神話では、洞察と偉大な力をもたらす呪文が古くから伝えられています。
    今日でも、子供たちは無から何かを創り出そうと念じて「アブラカダブラ」と叫びます。
    それがただの遊びではない事を、だれもが忘れてしまいました。この呪文は「わたしはことばで創造する」という意味の古代アラム語「アヴラー・カダブラ」を起源としています。
    このような事は、旧約・創世期にも記載されています。
    ここで一考してもらいたいのは、その来るべき啓蒙の預言が地球上のたいがいの信仰や伝統的哲学に反映されている事です。
    ヒンドゥー教はそれを「黄金時代」と呼び、占星術師は「水瓶の時代」と呼び、ユダヤ人は「メシアの到来と呼び、神智学者は「ニューエイジ」と呼び、宇宙論者は「ハーモニック・コンパージェンス」と呼んで、実際の日付けまで予測しています。
    大いなる啓蒙の時代が来るという一点に関しては、歴史上のさまざまな思想や学問の見方が一致しているということです。

  • 哲学における永遠の疑問の一つ、人間の魂の存在について人間の意識が肉体の外に残りうるか否かという問題について、
    ほとんどの古代哲学が同じ立場をとっている。
    仏教とバラモン教の教えは、「輪廻」死後に魂が新たな肉体に転生する事を認めてる。
    プラトン学派は、肉体とは魂を閉じ込める「監獄」だと定義する。
    ストア学派は魂を「神の粒子」と呼び、死に際してそれが神に呼び戻されると考える。
    人間の魂の存在は決して科学的に証明されないであろう。

  • 宗教を早く抜けだそう。
    人類の子供時代の遺物。
    愚劣で、陰湿で、凶暴。
    神に名を借りて、殺しを行う。
    ウソがばれそうになると、
    ウソで上塗り、ウソにウソを固めた、
    神学、教学の歴史。

  • >>50

    私の書いている事をもう一度よく読んでください。
    私がキリスト教によって与えられ学んだのは、一見現実離れしたような考えに対しても、決して心を閉ざしてはならないという事です。
    科学だけでは、決して解かれる事はないのです。
    目を閉ざしては見えないし、耳を塞いでは聞こえません。

  • その地域の長年の生活慣習、価値観が規範となり、昇華したものが宗教。
    メガ宗教だとその逆の場合が多いが。
    生活の規範となる物だから、どの宗教も善悪については表現こそ違えどもほぼ同じになる。
    ただ、メガ宗教は今や一種の企業なので、拡大、維持が必要となり、各地で異教間の諍いが有る。
    昔のポリス、村間の諍いの様なものだな。
    何にせよ、その生活規範の宗教に多少は関係しないと人は生活出来ないし、社会は安定しない。
    共産主義では宗教を全否定したから、どの共産主義国家も例外なく、社会は安定せず、
    その為、超監視社会、密告奨励社会になったし、なっている。

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