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  •  2週間ほど前の平成25年2月12日、私は請求書を郵送するために、飯能市から入間市にある
    郵便局に自転車で向かった。
     その途中、西武池袋線の元8踏切の北側の空地にパトカーが止まっていた。
     県警には以前からいやがらせをされ続けているので、私は記録の写真を撮るため向きを変えると、パトカーは発進して来て真近かに止まり、警官が降りてきた。
     私は思わず「何する気だ」と言うと、警官は「反転したからだ」と言い、私は「何されるかわからない。県警が、私に、今までにどんなとんでもないことをし続けているのか知らないわけではないだろう」と言いい。結局、「そんなこと言われてもわからない」という警官に「とても一度に言えない程なのでヤフー掲示板の埼玉のところを見てもらいたい。」ということで警官は走り去って行った。
     パトカーはまた空地に戻って職務を続行してもよさそうなものだが、走り去った。
     また、話している間に私の後を追うように走ってきた防犯パトロールのステッカーを付けた軽自動車もパトカーの後を追うように戻って行った。

     そもそも、私が入間市の郵便局に行くのは、飯能市内の郵便局と狭山郵便局がときには県警とも連携して、いやがらせをするからであり、
     そもそも、私がこの線路沿いの道を通るようになったのは、国道299号線で、皮をなめすように車にぶつかられたり、コツンとぶつけられたり、国道299号線あるいはその途中に、監視ばあさんがいたり、「歩道を走っているとよく車にぶつけられそうになりますよね。私も何度かある云々」と話しかけてくる見知らぬ老人が現れたり、はてまた、私が野鳥の写真を撮るようになると同種の野鳥が道端に雪の上に血痕を残して死んでいたりしたからなのだ。(その鳥はまだとても温かった。)
     そして、私がこの線路沿いの道を通るように仕向けておいて、最近になってパトカーが元8踏切の北側の空地に、何かがあるときに、いるようになった。

     しかもこの日はその後もいやがらせ(共謀加害行為)がいつも以上に続いた。
     元4踏切そばの空地には意味ありげに小型外車が停車し、入間市役所の北側から白バイが出て来て目の前を東~北に曲がって行き、
     配達記録番号の印字が薄い郵便局を出ると巻尺と書類のバインダーを持った男が動作をし出し
    、3分後に交通安全指導車が現れ、
     それからミニパトが追い越して行き、さらに廃品回収車が付きまとうように脇道から私の進行方向に沿って出たり入ったりし、
     また防犯パトロールのステッカーをつけた白い軽自動車が2台追い越して行き、
     元4踏切そばの空地には行きの時と違う1ボックスカーが止まり、踏切の向かいにはカメラを持った男が立ち、
     さらにT字路が2つ続いて不規則な5差路のようになった細い道で、郵便局の配達の赤い軽自動車と大型トラックが私の前で止まり、窓を開けて話を始めた、恐怖を感じて脇道に曲がると行き止まりなのでまた戻ると、大型トラックがバックして来た。
     立ち止まって2台の車が去るのを待ち進むと飯能市社会福祉協議会の車と遭遇した。
     この間、救急車のサイレン音が2回響き、住まいに着くまでの間に米軍機が10回上空を通過して行った。
     住まいに帰ると、隣家からいつもに増してヒステリックにシャッターを閉める音が4回響き、米軍機
    による大きなあるいはとても大きな騒音をもたらす襲来が6回あった。
     そしてこの間パソコンがフリーズした。

     このように、偶然のはずがないのだ。パトカーの威圧居座りも、
     警察官とのお約束どおりにこれまでの県警の加害行為をこれから順次、記載していくので、県警は県警の記載とわかる方法を持って弁明、反省、更生をここに示すように!!

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  • 1年前のことですが、
    2015年8月16日、午前9時38分頃、まず県警ヘリが真一文字に真上を通過し周回し、次いでNHKヘリが登場。入れ替わりながら時には2機体制となり、次いで日テレ、そしてフジテレビのヘリが、飯能市街地を1時間半ほどヘリ音を鳴り響かせながら旋回飛行しました。 
     埼玉県警のJA310A新『さきたま』による1年前の加害威嚇飛行 2015年8月16日 午前9:41
    https://www.facebook.com/onthisday/?source=shared_feed_story&pnref=story
     共謀TV局
    https://www.facebook.com/hiroshi.tamura2/posts/858083480965769?pnref=story
    JA01AX Nippon T.V. Aug.16,2015 10:45
    JA08CX Fuji T.V.   Aug.16,2015 10:57
    写真そのうちの1機

    県警が知らないとは言えない事実 1年前のことですが、 2015年8月16日、午前9時38分頃、まず県警ヘリが真一文字に真上を通過し周

  • これは、『お葬式ごっこ』でしょう!
    (救助事案だというが、特別機動救助隊の出番かい?)
    https://www.youtube.com/watch?v=kMAiy3iubx8
    2016/01/21 の出来事
    埼玉県特別機動援助隊の黒ベスト着用者がいる。=埼玉県内で大規模災害が発生した際に大規模災害時に県知事の要請で消防救助隊、防災航空隊、DMATにより編成される部隊である。遺体を連想させる青シートで目隠ししたものを収容したが、いかにも大袈裟だ。
     以前、ビンラディン殺害の日、私はこの河原の上で通行中、パトカーが追い越して行き、降りて来た警官2名が私に向かって走って来た。驚いて立ちすくむと、警官が急に90°向きを変えこの河原に降りて行った。脇のスーパーマーケットに入ると、警備員が付き纏って来て、「今、食品売り場にいる。」と通信機に向かって言っていた。ということがあった。まるで、その時の続編の様な気がした。

    県警が知らないとは言えない事実 これは、『お葬式ごっこ』でしょう! (救助事案だというが、特別機動救助隊の出番かい?) https:

  • >>25

    加害されに病院に行くバカがいない。
    私は他人を疑っていない。
    悪を悪と言っているだけ。
    飯能市役所職員が、私が3度も☏番号を伝えたにもかかわらず、☏番号がわからないという理由で、私の家にいきなり来て、玄関扉をガンガン叩いて、声をあげた。ことは、悪いことで、何の反省もなく、加害行為をし続ける。これは悪いことです。
    このように、悪いというと病気にされ、『悪い』が大手を振って行進することを正常とするのがあなたの役目らしいね。
    そんな生活はすぐ止め、反省し、更生の道を歩みなさい!!!
    ある割り当てがあなたにも行くかも?!!

  • 本気でそのように感じているのであれば、まず間違いなくあなたは統合失調症です。
    他人を疑う前に自分を疑ったほうが良いと思いますので、心から病院へ行くことをオススメします。

  • >>8

    あまりにも、現実離れした、闇支配勢力の手先としての、現実をごまかすための投稿なので対応しませんでしたが、警察も医者もまともではありません。闇支配組織の手先です。公務員は公正な公僕ではありません。警察は「公正なことはしていない」と認めているし、「約束を守らない。」と意思を込めて言っています。
    日本の社会は、脅す・従わせるでできています。このことにNOのは当然です。
    いかなる理由があろうとも、脅して黙らせることをしてはなりません。
    そんな労力を使わず、要望があれば堂々と言えばいいことです。
    そうしないで、共謀加害行為をするということは、この社会が、よっぽどまともでないことで成り立っているということをself実証していることなのすよっ!!""!"

  • 警察らを動かす闇支配組織があるとは言え 警察の差別・威力・暴力的集団としての実例

    飯能警察署は、私を酷い労働条件で働かせたあげく賃金をまともに払わなかった在日の会社と共謀し、私がその会社に渡した名刺を車で踏みつけ、私の駐車場に撒いた。
    その会社は、私の請求額の半分しか払わなかったが、その少ない金額の一部を入れていた財布は盗難にあった。私のこの盗難の件を飯能警察署は取り合わなかった。飯能警察署はいつも私の名刺を受け取らなかった。
    その後、加害的なスーパーマーケット内で、リュックの後ろポケットに入れていたシステム手帳が盗まれた。駐輪場の自転車は倒されていた。この件について飯能警察署に行くと、警官は盗難届を一通り書いたのだが、その警官は、まず、自分の名刺をケースごと「ドン」と置いた。
    (これらの警察の対応は、前出と後出に対する、警察の関わり方の少なくとも多少の差によるものだ。)

    (飯能市役所は年鑑業者と共謀し、私が年鑑に掲載されないような状況を作ろうとし、それに関する基を見せてもらえないかと言って来た。共謀悪裁判所が不当な強制(仮)執行で仕事場からその掲載写真の基らが強奪され、連絡もなしに競売された。)

    これは、目立たないようにしてしまえば、圧殺してもかまわない。闇で圧殺するために社会的に無名化し、常に踏みつけにするということなのだ。

    私の名前がTVのドラマの制作協力の字幕に出た後、不審なことが相次いだので、狭山警察署に電話すると、刑事課にまわされ、私が言う前にいきなり刑事が「この前TVに名前が出たでしょ」と言った。私は驚いて、その意味がわからず、ほめ殺しみたいで気色わるいので「サスペンスの謎解きを犯罪捜査の参考にしてるんですか。さすがですねぇ。どーも」という感じで電話を切った。すぐに『目立ったからしばく』(目立つのは指定された身分差別推進員上部の者)ということ!!

    (在日の会社は裁判所と共謀したうえで、その件を私に訴訟に持ち込ませた。私は労働価値を認めさせ、訴訟分に関する中の一部を回収した。その後の報復があるようだが、)

  • 2014年7月3日、午前10時頃から県警ヘリ新『さきたま』が30分以上に渡って、私の住まい上空を旋回飛行をし続けました。
    そのヘリコプターはこれでもか、これでもかと周回をし続け、撮影している私を確認したのであろう、午前10時22分の周回の離れ際に、発射的発光をして行きました。
    ビデオで確認していたら、発射音のようなものもあったので、音と光による威嚇、示威行為にちがいありません。
    月初めの加害のクライマックスに向けた共謀加害行為なのです。
    写真:周回飛行中に発射的発光をする新『さきたま』

    県警が知らないとは言えない事実    2014年7月3日、午前10時頃から県警ヘリ新『さきたま』が30分以上に渡って、私の住まい上空

  • 先ほど、
    >4回に渡ってのべ7台のスクーターが、住まいの前を騒がしく通過して行った。<という一文の入った投稿をしたところ、
    早速、午後5時47分と同50分に、報復のスクーター部隊が2度に渡って、住まいの前を東から西に走り抜けて行った。2度目は4台だった。

  • 共謀加害集団の地元地上部隊 法と言葉はないのか? の続き 3
    <2009年(平成21年)11月27日~12月3日>

    2009年(平成21年)11月27日(金)
    警察署前で警官らに囲まれ、追いかけられたり、転んだりした翌日の2009年(平成21年)11月26日の午前11時以降から比較的静かな日が続いていた。
    午後、隣接する市の銀行まで行こうと外出した。防犯を表示したカゴの自転車とすれ違い、防犯を表示した軽トラが追い越して行った。そして、後々まで加害起点となる道路が集まるように交差する地点に、『違反広告取締り」の表示をした男が少なくとも4分以上立ち尽くしていた。
    確かに、この頃、27日には必ずここを通っていた。
    帰途、救急車のサイレン音が一度した。
    夕方、ミニパトに遭遇した。

    2009年(平成21年)11月30日(月)
    外に出ると、住まいの前の通りに警備員がいて、何の連絡もなく自動車侵入禁止状態となおり、大型の下水道汲み上げ車が作業していた。
    3分後、とても大きな騒音をもたらしながらジェット機が衝撃的に、私の真上を通過して行った。
    さらに、7分後、26日に追いかけて来た警官がニタニタしながら乗ったパトカーが追い越して行った。
    目的の信金に行ったが、わざとらしく違う苗字で呼ばれ、顎を少し動かしアンタだと示された。
    近くの交番前にはハサードランプを点滅するパトカーが停車していた。このパトカーは、15分後に目の前を通過して行った。
    そして、次々に、防犯協力会のパトロール1ボックスカー、ミニパト、公園管理委員会のワゴン車と遭遇した。
    住まいにいると、救急車のサイレン音がし、同時に2階から「バンバン」という踏みつけ音とともに圧迫感が迫って来た。と同時に、妙に間抜けな女の声の廃品回収アナウンスが聞こえてきた。
    そして、午後6時20分~午後8時45分までの間に、米軍機が騒音をもたらしながら5回通過して行った。
    その後、救急車のサイレン音が2回した。

    2009年(平成21年)12月1日(火)
    午前7時7分~午後8時24分までの間に米軍機が時には2機で、時にはとても大きな騒音をもたらしながら19回通過して行った。
    その間、消防車の「カン・・カン・・」という半鐘音を鳴らしながら3回した。
    この日の登場は、米軍と消防。

    2009年(平成21年)12月2日(水)
    午前6時45分、7時0分に救急車のサイレンが鳴り響いた。午前9時45分に2機の米軍機が、私の真上上空を大きな騒音とともに通過した。
    そして、埼玉県警のヘリコプター『むさし』が、午前10時3~6分に周囲を飛びかい、この印象付けの後、午前10時20分、このヘリにしては高速で、私の真上上空を東~西へ真一文字に飛び去った。
    さらに、ヘリは、午前10時41分と11時23~25分、さらに午前11時54分に飛来した。
    その間、午前10時40分~11時24分に、4回に渡ってのべ7台のスクーターが、住まいの前を騒がしく通過して行った。
    夕方、外に出ると、若者が外階段に座り込んで、携帯電話のメールを打っていたが、これは、典型的な閉じ込め作戦のメッソッドだそうだ。
    日が暮れると、午後5時37分~9時27分までの間に、米軍機が9回飛来し騒音をもたらした。
    ちなみに、この日の米軍機の飛来は13回、ヘリ5回、救急車サイレン音4回。

    2009年(平成21年)12月3日(木)
    終日振り続ける雨の中、午前8時1分~午後6時55分に米軍機が13回、大きな騒音、あるいはとても大きな騒音をもたらしながら通過して行った。そして、午後8時23分に消防車の半鐘音がした。

    こうして、一月間単位の加害のクライマックスの5日およびその周辺の日を迎えた。米軍も含む警察を中心とした各部隊が連携し威力・暴力社会を形成している。その中心原理・社会・中枢とは?

  • 共謀加害集団の地元地上部隊 法と言葉はないのか? の続き
    <2009年(平成21年)11月25日と翌26日>
    翌日の25日は、朝6時45分から米軍機が飛来し大きな騒音をもたらした。正午に買物に出ると、通り道の公園で、いやがらせで付きまとうように現れる元信金の老人と遭遇した。
    そして、住まいのそばまで来ると、踏切の東側で、スピードを出したバイクが向かって来た。ウインカーを出さないので私に向かって直進して来るかと思ったら、一瞬躊躇するようにしながら、右折して行った。そして住まいの前で、以前10台ほどのスクーターを連ねて住まいの前の細い道を騒音と共に通って行ったこともある市内の大学の女子ホッケー部員の何台かのスクーターとすれ違った。
    夕方、買物に出ると、住まいのそばのT字路にパトカーが居座り続けていた。買物から帰ると、消防車の半鐘音が聞こえた。さらに、午後9時21分にパトカーのサイレンがアナウンスと共にけたたましく鳴り響いた。そして、午後9時23分に消防車の半鐘音が鳴り響いた。
    この日の米軍機の大きな騒音をもたらす襲来は8回、騒音率72%

    翌26日、午前7時24分から米軍機が飛来し大きな騒音をもたらした。
    午前 10時42分、外出すると、また、住まいのそばのT字路にパトカーが居座り続けていた。パトカーの後ろに行き、苛立を露にすると、車内の警官はあざ笑いながら、パトカーは発進して行った。
    ムカついた気分が収まらないので、パトカーの居場所くらいは突き止めてやろうと思った。駅前と東交番にパトカーはいなかったが、飯能警察署の駐車場にそのパトカーはエンジンを掛けたまま停車していて、傍らに若い警察官が立っていた。
    私は、その警官に、常日頃の警察の共謀加害行為のことを言い、昨日といい今日もと言うと、その若い警官は「交通取締りのことですか」と、しらばっくれた。
    事実として、パトカーが住まいのそばに居座るようになったのは共謀加害行為が始まったある日からなのだ。
    そして、若い警官は「中で話しましょう」と、私を警察署の建物内に入れようとした。私は、これまで何度も中で、盗難のこと、駐車場に2度も大便をされたこと、ある会社の者に渡した名刺が自動車に踏まれタイヤの跡を付けられ駐車場にばら撒かれたこと、その会社が超ブラック工房であること等々話したが、話せば話すほど共謀加害は酷くなっているので、「信用できないので中へ入らない。いつも酷くなるだけだから帰る。」と言った。 そこへ、年配の警察官が来て、「もう話したようだからいいじゃないか」と言った。しかし、私が帰ろうとすると、若い警官が阻み、年配の警官は袖を掴んだ。そして、大きくなった私の声を聞きつけて、警察署の建物から多くの人が出てきて私を取り囲んだ。「何をするんだ。こんな大人数で・・・信用できない」と私は言い、掴まれた袖を振り払って自転車を走らせた。
    若い警官が全力疾走で追いかけて来てすぐ後ろに迫って来た。私は、追いつかれるすんでに、危険を回避するために、歩道の左側の植え込みに倒れこんだ。「何をするんだ!」「何もしてないじゃないですか。」「もう話したんでしょ。だったらいいじゃないか」ということで、私は、帰途につくことができた。
    住まいまでの途中、住まいのそばの踏切の前に警備員がいて、踏切の東側のマンホールの蓋が開いていた。突然、NTTの工事が行われていた。
    午後3時42分、1切れ電話があった。
    午後5時36分、市内の大学の女子ホッケー部員の乗った2台のスクターが住まいの前を通って行った。
    どういうわけか、この日は、私が警察署に向かってから以降、米軍機の飛来は大きな騒音とは言えない程度が1度、そして、救急車のサイレン音も1度あっただけで、街は全体としてひっそりとした感じだった。
    そして、この日の警察署でのことは、感触として私に残り続けるものとなった。

    県警が知らないとは言えない事実 共謀加害集団の地元地上部隊 法と言葉はないのか? の続き <2009年(平成21年)11月25

  •  2009年(平成21年)10月22日、買物の帰途、30分程の間に、1人の防犯パトロールの表示をした自転車の老人と4人の警官に次々と遭遇した。
     その内の1人の警官が、こちらに向かって来て前を通り過ぎ、市街地の道を反時計回りに通って行った。
     私は、そのバイク警官が周回して来て、住まいに向かう私の背後を通り過ぎるか、「自転車に鍵がついているか?」などと言いがかって来る。 と思ったので、広くもない道の角に立っていた。
     案の定、警官は、周回して来て、私の住まい方向に曲がろうとしたので、私と鉢合わせ状態になり、慌てて逆方向に曲がって行った。

     常日頃こんな状態なので、警察にとって不都合な書面を、他県の警察署にではあるが、郵送すると・・・

     2009年(平成21年)11月24日、その書面は、その警察署に午前8時49分に届いた。
     すると、午前9時台に、不審な自動車が3台現れた。
     そして、午前10時1分から午後1時15分までの間に米軍の戦略中距離輸送機C-130Hハーキュリーズが、13回飛来し大きな騒音をもたらした。
     この間ヘリコプターも2回飛来した。
     そして、午前10時2分にバイク警官と、午前10時8分にパトカーと、午前10時14分に不審車と、
    午前10時17分に防犯パトロールのタスキをかけた5人の市役所職員と、午前10時43分にバイク警官と次々に遭遇した。
     また、夕方の買物に出ると、午後5時14分、住まいのそばのT字路に、3人の警官がいて、現場検証のようなことをしていた。
     そして、午後5時40分から午後8時52分までの間に、米軍の戦略中距離輸送機C-130Hハーキュリーズが、7回飛来し大きな騒音をもたらし、その内2回はとても大きな騒音だった。

     (写真) 2013 年(平成25年)10月16日午後4時41分、飯能市私上空を通過しUターンして行った米軍の戦略中距離輸送機C-130Hハーキュリーズ

    県警が知らないとは言えない事実  2009年(平成21年)10月22日、買物の帰途、30分程の間に、1人の防犯パトロールの表示をした

  •  10月初旬のその日、午前7時46分から午後4時57分までに、米軍機が7回飛来し、大きな騒音を3回、とても大きな騒音を3回もたらした。
     『危ない男』は市役所には現れなかった。
     しかしながら、市役所で用を済ませ、文化財関係の本を閲覧しようと、いつもと違う出入口の方へ向かうと、上田知事の選挙活動を積極的にしている政党には属さない無所属市議 ( ことあるごとに「外貨獲得」を叫んでいた、愉快犯としての活動をする、明らかに北朝鮮コミュニティーの構成員) が、その扉から入って来たので、私はその方向を避けてすぐに帰った。
     そして、デパートに向かうと、時おり付きまとうように現れる元信金の老人が向かって来た。
     さらに、夕方、スーパーマーケットに行くと、出入口で『危ない男』と鉢合わせになりそうになった。
     私は、正面からの視界が遮られているところで『危ない男』が充分に出て行くのを確認しようとしていた。が、『危ない男』は、店内に戻って行き、出て来なかった。
     買物を断念し住まいの前まで来ると、パトカーが視界の先を通り過ぎて行った。

     11月初旬、市役所に行くと、『危ない男』がいた。<一旦、その場を去ったが、また戻って来て、明らかに、見せつけとして職員と話を始めた。>  [写真1] (危ない男と市役所そして県警 2013年(平成25年)5月~11月19日その1に添付)
     そして、市役所を出るや否や、米軍の長距離戦略輸送機C-130Hが真上を通過し大きな騒音をもたらして行った。この日の米軍機の飛来は9回で、その内、7回が大きな騒音をもたらすものであった。
     午後、買物の帰途、住まいのそばまで来ると、店舗の駐車場に停車していたパトカーが動き出して先を走って行った。私が自転車をこいで、まるでその後を追うように進むと、セブンイレブンの駐車場で時間差を調整していたそのパトカーが、住まい方向へ向かって走り出し、去って行った。

     11月18日、ツイッターの『被加害記録』に、11月初旬のその日の<一旦、その場を去ったが、また戻って来て、明らかに、見せつけとして職員と話を始めた。>写真を投稿すると!!!
     11月19日、例のスーパーマーケットに行くと、店頭で『危ない男』と警官たちがタムロしていた。[写真2]
     この日、ツイッター画面が2度パソコン画面から消え、その間、間違い電話が1回、米軍機の騒音をもたらす飛来が1回あった。

     このように、市役所、警察そして、それと同等の立場の『支配組織』が、大きな武力を背景に、市民を巻き込んで、無法な闇支配をしている。
     警察は、民主主義国家を装って、なりすまし支配している闇集団の威力・暴力・チンピラやくざ部隊なのである。

     [写真2] 11月19日、例のスーパーマーケット店頭で、タムロしている『危ない男』と警官たち

    県警が知らないとは言えない事実  10月初旬のその日、午前7時46分から午後4時57分までに、米軍機が7回飛来し、大きな騒音を3回、

  •  今年5月頃、スーパーマーケットのレジに並んだとき、一人前に今まで出くわしたことのない、 紺色の上下の服と帽子の痩せた病的な、いかにも『危ない男』がいた。とても馴れ馴れしい感じで、いかにもこの辺の顔役とばかりに店員と会話をしていた。
     この男は、その後もまとわりつくように、この店に現れた。

     6月初旬、本来は行かなくてもよいのであるが、事実上、強いられて飯能市役所に行った。
     この毎月の初旬のこの日は、月単位の加害のクライマックスの日なのである。
     すると、その『危ない男』がいた。そして、『危ない男』は市役所のある課のカウンターの中に入って行き、馴れ馴れしく、職員に話を投げかけていた。
     そこから出て行ったので帰ったと思ったら、私が同じフロアーの別の課のカウンター前で用事を足そうとしていると、隣に現れ、確認をしている私を覗き込み「もっとしてやりたいけどなぁ」と言って来た。
     職員に「あの男は何なんだ?」と尋ねても、職員は無言だった。
     そして、この日、米軍機は、8回のヘリコプターを含む29回の飛来をし、大きな騒音を10回、とても大きな騒音を4回、急襲的大騒音を1回もたらした。
     また、パトカーのサイレン音が1回し、ミニパトと2回遭遇した。特に、2回目のミニパトは、私の通行する道を1往復半しながら、「自転車の鍵が付いていないように見えたもので」と言いがかってきた。

     7月の初旬のその日、そのクレームが功を奏してか『危ない男』は市役所に現れなかった。
    が、朝から近所の個人住宅の工事現場から、生コン打ち込み時に使うバイブレーターの音が、和楽器がうねるホラ貝のような音が鳴り響いた。
     そして、この日に限って、ゴミ収集車が早い時刻に現れ、いつになく、威勢のいい音と声を出した。
     米軍機の飛来は2回だけだったが、大きな騒音ととても大きな騒音をもたらした。
     
     8月初旬のその日、朝から近所の個人住宅の工事現場から、生コン打ち込み時に使うバイブレーターの音が、和楽器がうねるホラ貝のような音が鳴り響いた。その和楽器の瞑想的パターンでもあるような雰囲気を、作業員が型枠を叩きまくる音とタン管がぶつかる音が覚醒へと導くようであり、それは、繰り返された。
     市役所に行くと、私の前に『危ない男』が現れた。その場から出て行ったかと思ったら、また、現れた。
     市の職員が外に誘導して行ったが、『危ない男』が現れることをしなが、市の面目を取り繕う演技をしているようであった。
     市役所を出ると、以前からいやがらせ的に出現する共産党市議がすれ違っていった。
     そして、帰途、警官スクーターとパトカーに遭遇し、住まいの前へと向かうT字路には、監視老人が二人たっており、その背後から、防犯パトロールの表示をした自転車に乗った小学生が私に向かって走ってきてすれ違っていった。
     また、午後4時ごろには県警のヘリコプター『新さきたま』が飛び回った。
     この日は月曜日で、普通、金曜日から月曜日は米軍機の飛行は少ないのであるが、この日は、米軍機が10回飛来し、そのうち5回は大きな、2回はとても大きな騒音をもたらした。
     また、救急車のサイレン音が6回した。

     9月初旬のその日、『危ない男』は市役所に現れなかった。
    が、朝、ゴミの収集が1種類にもかかわらず、ゴミ収集車が、8時0分、9時8分、10時26分と3回現れ、2回目はエンジンを掛けっぱなしでとまっているだけ、3回目は、月に1度クラスの勇ましい蛮声を響かせた。
     米軍機の飛来は5回だけだったが、大きな騒音を4回、とても大きな騒音を1回もたらした。
     そして、近所の老女が玄関先に出ている状態が2回あり、その内1回は、私の前を警官が歩いていた。
     また、朝と夕方に計5回、隣家から窓のシャッターを開閉するヒステリックな音がした。

     [写真1] 11月初旬、市役所に行くと、『危ない男』がいた。<一旦、その場を去ったが、また戻って来て、明らかに、見せつけとして職員と話を始めた。> 場面。 危ない男と市役所そして県警 2013年(平成25年)5月~11月19日 その2 参照

    県警が知らないとは言えない事実  今年5月頃、スーパーマーケットのレジに並んだとき、一人前に今まで出くわしたことのない、 紺色の上下

  •  2009年(平成21年)10月2日午後6時46分、帰宅の途中、どうしても通らざるを得ない踏切にさしかかったところ、新聞屋が立っていた。
     その新聞屋は、以前、私が「代金はこちらが支払いに行く。契約の延長はしない。勧誘にもこないで下さい。」と言っていたのにもかかわらず、『代金を支払いに来たから』と勧誘に来た男である。
     私は、厭な感じがしたので、別の道を迂回して行った。
     そして、住まいの前の通りに曲がって行こうとしたところ、ドラッグストアの陰から、警官の乗ったスクーターが2台飛び出して来て、すれ違い、走り去って行った。
     唖然としていると、1テンポ遅れてダメ押しとばかりに、もう1台の警官の乗ったスクーター飛び出して来て、2台の後を追って行った。
     実に、よく訓練された、共謀加害行為である。

     翌2009年(平成21年)10月3日土曜日夕方、飯能駅駅前交番の前に警察官が集まっていた。
     そして、警察の駐車場所に駐車していたミニパトが移動したかと思ったら、入れ替わりに乗用車が入って来て、女性が2人降りて来た。
     午後11時30分、東飯能駅西口の店舗前で警官2人が若い男に職務質問をしていた。
     さらに階段下でも他の警官が他の男に職務質問をしていたが、順番待ちをするように駐輪場に突っ立っている女子高校生風の女に声をかけていた。
     私は住まいに向かったが、途中の郵便局前にパトカーが停車していて、3人の警官が2人の男に、きつい口調で職務質問をしていた。
     土曜日だというのに、市街地が異常に静まりかえっているわけである。
     たとえ、訓練だとしても示威行為である。

     さらに翌2009年(平成21年)10月4日日曜日、午後11時9分、私は朝食をとりながらTV の「サンデーモーニング」見て、そして「サンデージャポン」を見て、さて買物でも と、外に出ると、これまで散々付きまとうように現れ、住まいのそばのT字路にスクーターで居座わり、ぶつけるぞとばかりに迫ってきたり等々してきた、また、共謀加害行動のときにも必ずいる警官がすれ違って行った。
     さらに、飯能駅の近くの線路沿いの細い道で、2人の若い警官がすれ違って行った。
     その後、夕方までに防犯関係の車両3台、わざと住まいの前を集団で通っていく大学の女子運動部員のスクーター6~7台と遭遇し、救急車のサイレンが、たて続けに4回あった。
     私は、今日も何か警察がしだすのでは? と、飯能駅前交番の前をそれとなく自転車でゆっくりと弧を描きながら、様子を見ていた。
     すると、2人の若い警官が出てきて「お父さん、交番の前の歩道は、子供が遊ぶので危険だから、自転車に乗って通らないでください。」と、当時は自転車の歩道通行は認められていなかったとはいえ、あからさまに、警戒と示威を込めて、皮肉を言って来た。

     そして、翌2009年(平成21年)10月5日月曜日の月単位の加害のクライマックスの日を迎えたのである。

     このように、県警は、脅して強いる、民を家畜扱いする行政の実働部隊なのだ。

     [ 写真 ] 闇に煙る飯能駅前

    県警が知らないとは言えない事実   2009年(平成21年)10月2日午後6時46分、帰宅の途中、どうしても通らざるを得ない踏切にさ

  • 前回、9月1日の投稿(No.11)で、
    < 8月11日、午後3時30分に、県警ヘリ新『さきたま』が、また、飯能市街地上空に現れ、狭山警察署からのお願いとして「ひき逃げ犯の情報呼びかけ」をしていました。
     どうしてものことであれば、管轄は違うとはいえ、防災飯能のアナウンスを使えば確実に伝えられることです。 >
    と記載したところ、

     昨日(9月4日)午前8時30分に、防災飯能を使った飯能警察署のアナウンスがありました。
     「狭山市内で56歳の男が所在不明です・・・・」と、
     一昨日9月3日の防災飯能のアナウンスでは、「所在不明者は飯能市内の74歳の男・・・」でしたが、昨日のは、老人というわけではないし、実に私と年齢が近いではないか !!

     しかも、昨日は、夕方から、住まいの前の細い道を、何台もの車がヒューンという音をたてて走っていました。
    そして、午後10時20分に、住まいのごく近くから、パトカーのサイレンが一瞬し、警官の野太い声のアナウスが、短く、内容が聞き取れない状態でありました。

     このように、県警は、威力・暴力による支配集団の構成員としての共謀愉快犯集団です。
     そして、今日は、月単位の加害の中のクライマックスの日で、私は外出しなければなりません。
     
     飯能市・埼玉県・日本は異常な状態であります。根本を問い、この威力・暴力による支配集団を更正させなければなりません。
     生も死も配給制の政策がすすんでおりますし・・・

     生命は、誕生した瞬間から死に向かってひた走っています。だから、皆、懸命に生きています。
     県警らよ!! おまえらのタシのために、我が、我等の生命があるのではない。
     我ら生存を維持する。

     写真は、2013-09-04 10:03 騒音米軍機 飯能市内

    県警が知らないとは言えない事実  前回、9月1日の投稿(No.11)で、 < 8月11日、午後3時30分に、県警ヘリ新『さきた

  •  つい先日、2013年(平成25年)8月5日のことです。
     この日は本来行かなくてもよいのにもかかわらず、飯能市役所に行かなければない、しかも、月単位の共謀加害行為のクライマックスの日なのです。

     まず、午前8時24分から近所の民家の建築現場から、生コンをコンクリートミキサー車から型枠に流し込む作業が行われ、そのバイブレーターの「ブォーン、ブォーン」というほら貝の音にも聞こえる、時代を逆行させながら、脳の中で音を識別する右脳ではなく、言葉を識別する左脳に働きかけるような、少し妙に祝祭的な音が、覚醒を促すような型枠をやたらと叩たきまくる「バンバンババン」という音と共に聞こえてきました。
     これは、偶然ではありません。というのは、先月と3ヶ月前の 飯能市役所に行かなければない日であった7月5日と5月2日にも鳴り響いたからです。

     市役所へ行く途中で、防犯パトロールの車両と1回遭遇し、救急車の音も1回聞こえてきました。
     市役所内に行くと、6月5日に続いて危ない感じの男が、どこから出てきたのか、私の直前に現れました。
     この男は、6月5日の少し前にスーパーマーケットのレジで精算しようとしたところ、直前に現れ、とても病弱そうでありながら病的な精神性を漂わせて、ヒステリックに弾けたら怖そうという感じで、しかも、まるで街の顔役のような態度で店員と接していたのです。
     しかも、6月5日の市役所においては、同じような雰囲気を持って、私の直前で、市役所の2つの部署において大柄な態度を見せつけ、しかも、私と職員との対応中に隣から覗き込み、「もっと○○してやりたいんだけどなぁ」と言ってきたのでした。
     さて、8月5日においては、まるで防犯訓練のように市の職員が、この男を誘導し帰らさせていました。
     正直言って、あくまでもこの男を登場させながら、市としては正当な行為しかしていない と作り上げる行為と感じました。
     また、市役所内では、掃除と空調にかかわる温度測定をしている会社の老人が、また、測定行為をしており、
    外に出ると、何日か前に2度すれ違った共産党市議とすれ違いました。
     以前のことですが飯能郵便局の郵便窓口がいやがらせをするので、夜間に「ゆうゆう窓口」に行くと、配達記録などの用紙を記入するテーブルに陣取って居られました方で、
    先日の市議選でも、投票日直前の日に2度もごく近所でハンドマイクを持って演説なされていた方なのです。

     電車に乗って用事を足しに行くと、救急車のサイレン音が1度し、帰りの電車が元加治駅から発車すると同時に道が平行している間パトカーが並走しました。
     そして、午後12時台に出所不明のサイレン音が「ウィーン、ウィーン」とすることが、2度ありました。

     午後に買物に出ると、すぐに、防犯パトロールの車両と遭遇し、米軍のC-130H中距離輸送機が騒音と共に飛行しはじめ、それは、午後3時19分から午後8時53分までの間に7回つづきました。
     そして、帰途、住まいに近づいてきたあたりで、上空を県警のヘリコプター新『さきたま』が飛び交いはじめ、さらに、住まいのそばのT字路に2人の男が立っており、そしてさらに、防犯パトロールの表示をした自転車に乗った小学生が挟み撃ちにするかのようにすれ違って行きました。
     この前後、少なくとも8分間、県警ヘリ新『さきたま』は、上空を飛び交っていました。
     
     そして、6日後の8月11日、午後3時30分に、県警ヘリ新『さきたま』が、また、飯能市街地上空に現れ、狭山警察署からのお願いとして「ひき逃げ犯の情報呼びかけ」をしていました。
     どうしてものことであれば、管轄は違うとはいえ、防災飯能のアナウンスを使えば確実に伝えられることです。
     つまり、ヘリで上空から威圧し示威行為をしながら、それを正当化しようという加害行為なのです。
     それは、米軍関係機による大きな騒音もたらす真上を通過して行く飛行が、午後3時15分と午後3時40分に、この県警ヘリの午後3時30分の飛行を挟んで、行われたことからも確定できることです。
     この日の米軍機の私が確認し得た飛行は、この2回だけだったのです。

     このように県警は共謀加害集団の中で、威力・暴力的役割を大きく担うものとして、あからさまな加害行為をし、また、あからさま誤魔化し行為を加害行為の継続として、
     やはり同じく共謀加害集団の構成員である飯能市役所らと同様に、
     行い続けているのです。

     写真は2013年8月5日、午後4時2分に真上上空を飛び回る、埼玉県警のヘリコプター JA310A 新『さきたま』

    県警が知らないとは言えない事実  つい先日、2013年(平成25年)8月5日のことです。  この日は本来行かなくてもよいのにもかかわ

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