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    下越の人 盛り上がりましょう♪

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  • 3806(最新)

    kim***** 2017年5月16日 18:40

    >>3805

    朝日新聞の社旗は旭日旗です。
    当然、朝日新聞はAFC(アジアサッカー連盟)と韓国に抗議謝罪を求めるんですね?

  • ■「嫌がらせだけは世界1の韓国」 の本領発揮■

    ★サッカーAFCは2017年4月25日のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)は、
    川崎F(日本)対水原三星(韓国)戦で、川崎サポーターが旭日旗を掲げた行為
    を差別に該当すると判断。
    (日本人サポーターが旭日旗を掲げたのを韓国サポーターが妨害、もみ合いに)

    えっ、意味が分からない!理解出来ない!
    ・差別を受けたのは旭日旗と川崎サポーターだろ。
    ・日本の准国旗の旭日旗を掲げたことの何が差別なの?

    ●他の日本国民のコメント
    ・これは日本に対しての韓国によるヘイトクライムだ。
    ・日本サッカー連盟はAFCとかいう腐った組織に厳重抗議しろ。
    ・日本サッカー連盟は韓国政府に厳重抗議しろ。
    ・朝日新聞はAFCと韓国に抗議し謝罪を求めるんですね。
    ・朝日新聞はこの件に関しての公式のコメントを出せ。

    ●中国人がよく使う言葉
    ・「日本はライバル 韓国はゴキブリ」
    ・「嫌がらせだけは世界1の韓国」

  • 同じ文章を、あちこちの掲示板に貼りつけている人物がいる。

    イヤだねえ。

  • 新発田も市役所、図書館などが新築。

    どれくらい借金があるのか、人口が減るが、大丈夫なんだろう。

  • 3億8千万円もの札束を一人で運ぶなんて・・・

    強奪された。

    本人にとっては大金ではないのだろう。

  • 『韓国の歴史史実と全く一致するところが存在しない韓国歴史ドラマ
    を垂れ流すBSNテレビ!』

    ■相変わらず新潟日報系列のテレビ局BSNテレビは嘘捏造の韓国ドラマ
    を垂れ流し
    ■当時の朝鮮半島の人間の服装の資料見てみろよ
    ■イギリス人女性 イザべラ・バードが書いた著書「朝鮮紀行」読んでみな
    一部引用
    1894年のソウル訪問時では
    ・「ソウルこそこの世で一番不潔な町だ」
    ・「ソウルには芸術品や公園や劇場、旧跡や図書館も文献もなく、寺院すら
    ないため、清や日本にある宗教建築物の与える迫力がソウルにはない」
    ・貨幣・通貨の流通については、銀行が町にないと記しており、また日本の
    円がソウルと条約港で通用したことを記している

  •  結婚しない30・40代の男女、50代だって。

     日本の人口は減るばかり、年金だって減るぞ。

     安倍さんどうする?

  • 「学生の戦争体験」

       渋谷 仙一さん
      
     昭和19年4月から半年は、長崎の三菱造船所に勤労動員された。

     当時我々は、未だ普通高校生で技術は無い。それで単純労働に駆り出された。1年上で大学工学部にいた先輩は技師並の待遇で設計室などで働いていたが・・・

     長崎市の南端の新戸町には、即成の粗末な2階建ての寮がズラリ並んでいた。聞くところではここに徴用工(例の強制連行と騒がれる朝鮮半島からの人も多くいた)と、動員学生が計2万人ぐらいいた。五島中学の生徒なんかは、私達より屈強だった。

      関門連絡船がここに回航されていて、我々を宿舎から、毎朝夕対岸の立神岸壁へ運んだ。 工場の作業は朝7時から夕5時までであった。

     私のクラスは、船台横で鋼板にリベット用の穴開けをした。これは割と軽作業であったが、他のクラスは、高い船台の上や、船内でリベット打ちをやらされた。

     炎天下、熱い鉄の上で、真っ赤に焼けた炉を前にして鋲を焼き、エアハンマを操作する仲間に鋲を放り投げる。騒音と熱気は凄まじい。

     エアハンマで打ち、指を失った者もいたし、クレーンで運ばれる鉄板に打ち当てられて、大怪我する者もいた。

     我々は、戦時標準船の1万tタンカーを造った。横の船台では2万トン級の空母(名前は忘れたが、後に撃沈された)が建造中だった。

     又、数100トンの小さな海防艦も横で建造中だったが、その鉄板の薄いことに驚いた。

     タンカーの船内は、区画が多く複雑で、その物陰でひょろひょろに痩せた捕虜(オランダ兵)がサボっていて、警備兵に見付かり、大きな棒で殴られているのを見たことがあるが、殴った人は、戦後は戦犯で処刑されたらしい。

     工場の食事は、大豆入りのご飯に、煮魚などが付いていた。

      寮の食事は米の丼飯だったが、副食は惨めだった。或る時なんか、手のひらほどのキャベツの葉っぱの煮た物が、一枚乗っているだけ・・・それをめくったら指ほどの青虫がいた。

      過労と栄養不足で、皆ガリガリになっていた、腹も良く壊した。その時は梅干とお粥だけ。

      布団はスフ(ステーブルファイバー)と言う人絹みたいな生地に、訳の判らん綿?みたいなものが詰められていたが、一方の端に寄ってしまって実質は布生地2枚だけを被って寝た。

     8月のある夜、突然空襲警報が鳴った。みな、裏山に避難していたら、敵機が飛んできて、何処かに爆弾を落とした。照明弾や高射砲弾が炸裂して、一面明るく花火を見ているようだった。

     翌朝、通勤の途中に、壊れた民家があったが、対岸の高射砲弾がそこに落ちたと聞いた。

      以後、昼間でも時々空襲警報が出た。私は建造中の空母の下に潜り込んでいた。

     大陸の成都からのB29だったが、殆どは北九州の工業地帯へ向かっていた。

     その前年の昭和18年や昭和17年頃は、熊本郊外や阿蘇の農村で5月には麦の、10月には稲の収穫に1週間程駆り出された。

     徴兵されて男手の無い農家に1、2人ずつ分宿したが、皆歓待してくれお腹一杯食べさせてくれるので有難かった。

     しかし、昭和18年夏の長崎諫早・南風崎の、埋め立て土木作業の動員は辛かった。

     炎天下もっこ(土を入れた籠を、天秤で2人で担いで運ぶ)作業やトロッコ推しの重労働だった。しかし、幸い10日ほどの短期だった。

     私の実家が神戸にあり、大学は大阪だったので、両方でしばしば空襲に遭った。

      昭和20年に入ると、サイパンからのB29がしょっちゅう日本の何処かの都市を襲っていた。

     2月頃は、航空機工場などを狙う、昼間の高空からの水平爆撃だった。

     冬の昼間、1万mの高空を編隊で飛ぶB29は美しく、飛行雲を引き銀色の小さな「しらみ」みたいに見えた。

     夜は1機か2機だが、1トン爆弾などを落として行くので、空襲警報が出ると皆、防空濠に入り、睡眠不足と寒さで風邪引いたりした。

      朝登校途中に、そう云う被爆した横を通ることがあったが、1トン爆弾の穴は、直径50Mくらいもあった。 勿論周囲は、バラバラに吹き飛んだ残骸の山だった。。

  • 【予科練では 毎日が競争】

     予科練に限らず、海軍全体の日常は、不断の競争であった。

     朝の「総員起こし」から兵舎前に整列するまでの時間が計測され、班対抗の競争であり、その目標時間も日を追って短縮された。

     整列順位の遅い班は、夕食後に兵舎前に整列、全員バッターを数発ずつ尻に喰らった。

     バッターは樫、栗など容易に折れない堅い木製の棒であったが、これで殴られた尻は赤く腫れ、やがては青く化膿したから、入浴時は痛くて浴槽に入れず、湯を被って済ました。

     清掃、食事用意、いずれも他の班に負けてはならない。当日の食卓当番は、食事用意(配膳)を1秒でも他の班より早く終え、教員室へ駈けて行って「第6班長! 第6班食事用意よろしい」と届けることがきそわれた。

     順位が下方であることの続いた班は、班長が「ワシはメシを食う気にもならん」と不機嫌で、お出ましにならなかったら、あわれ班員25名食事抜きとなる。全員一生懸命にならざるを得ない。

     休憩時間中に、「各班、作業員何名第3格納庫前に整列」と号令が掛かる。これも各班競争で駆けつける。必要人員が僅かでも、それ以上の者がわれ先にと駆けつける。

     あとの参集者は、解散になることが判っていても駆けつける。こんなところにも班の名誉をかけて競争する。

     「あの班は、いつも早い」「あの班は、いつもモタモタしている」といった評価に、栄誉と、恥辱をかけた激しい競争が行われていた。

     班員同士の強い絆、軍務の急速化の養われるもとは、こんなところにあった。

  • 空き家・空き地の急増 「都市のスポンジ化」

     かつてにぎわいをみせていた駅前の商店街が周辺人口の減少などに伴ってシャッター通りとなり、街から活気が消えうせる。

     こんな光景が今、全国で広がっている。こうしたシャッター通りを生み出している大きな要因が空き家や空き地の増加である。

     とくに都市部で空き家や空き地が不規則に発生して空洞化する「都市のスポンジ化」は、都市計画における新たな課題といえる。

     中心市街地でも個人が相続した土地は、空き地として放置される事例が目立っている。これは都市基盤をスポンジのように弱体化させる恐れがある。

     このため、国土交通省では都市のスポンジ化を防ぐ対策づくりに着手した。これまで開発・整備段階で規制してきた都市計画制度を抜本的に見直して、将来の維持・管理段階まで一定のマネジメントを促すような仕組みを検討することにしている。

     平成25年の住宅・土地統計調査によると全国の空き家は過去最多の約820万戸に達し、住宅全体の13・5%を占めた=グラフ。空き家の中でも賃貸や売却用などを除いた「その他空き家」が約320万戸と5年前に比べて2割近く増加した。これは年10万戸ペースで増えた計算になる。

     ここ数年、老朽化して放置されたままの空き家が社会問題化し、27年には空き家対策特別措置法が全面的に施行された。倒壊の危険や周辺の景観を損なう恐れがある空き家に対し、市町村が所有者に修繕や撤去を指導・命令できる制度だ。

  •  私が一人でいるとき、ときどき、気合いを入れるために、「エイー」とか「オウ」とか叫ぶ。

     しかし、スーパーや人のいるところでこれをやると、狂人だと思われるだろうから、止めないといけないかな・・・と思っている。

  •  犬は人に噛みつくこともあるが、猫はめったに噛みつかない。

     犬は散歩に連れていかねばならないが、猫は勝手に歩き回る。

     かく飼い犬は減り、飼い猫は増えているのだと言う。

  • >>3345

    【ダイヤモンド・プリンセス号】
     
     ダイヤモンド・プリンセス号は、2004年に三菱重工長崎造船所で建造され、総トン数115,8751、全長290、00m、全幅41,5m、喫水8,05m、巡航速度22,1ノット。

     乗客定員2,674名、乗員1,239名、船籍バミューダ。

  •  知らぬ高齢者に道を訊くのに「おじいちゃん、○○へ行くのはどっちかね」などと、聞いてはいけない。

     自分が年取ったときに、そう言われると腹が立つよ。

     お父さん、「旦那さん」「あの~」「すみません」と、他に聞き方は沢山ある。

  • 犬の忠ちゃん 用水路転落男性救う。

    用水路に転落した岡山県玉野市内の男性(78)を発見し、助けたとして15日、医療アドバイザー橋本良美さん(52)=玉野市=ら4人と、犬の忠太郎(ちゅうたろう)=雑種、雄4歳=が市消防本部から表彰された。

     「忠ちゃんが見付けてくれて本当によかった。すごいね」。橋本さんは一緒に喜んだ。
    .
     「ワンワンワンワン!」。昨年12月6日午後0時半ごろ、玉野市東高崎。橋本さんに連れられて散歩していた忠太郎が、激しくほえて走りだした。

     「普段はおとなしいのに。どうしたんだろう」。ぐいぐいと用水路まで引っ張られた。何かを吸い込むような音が聞こえた。のぞき込むと、水面に男性の口元が。呼吸の音だった。

     橋本さんはすぐに用水路(深さ約70センチ)の中へ。男性を引き上げようとしたが、水を含んだ服が重く持ち上がらなかった。

     「人が落ちてるの。死にそうなの」。大声に、近くの同じ会社に勤務する井上祐一さん(54)=同市、三宅将生さん(50)=同、岡武遼佑さん(23)=岡山市南区=が駆け付けた。4人で男性を引き上げた。

     橋本さんは近くに住む親戚に119番を依頼。医療機関で働いた経験から、脈拍数などのバイタルサイン(生命兆候)、意識レベル、けがの有無などを確認。

     救急隊員が到着するまで気道確保を続けた。男性は市内の病院に搬送され、一命を取り留めた。

     市消防本部が人命救助で犬を表彰したのは初めて。井上さん、三宅さん、岡武さんも表彰された。

     表彰式が消防本部であり、橋本さんと忠太郎が出席。澤満也消防長が感謝状と記念品を手渡し、早期発見と機転の利いた迅速な行動をたたえた。橋本さんは「男性が助かって何より」と話した。

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