ここから本文です

南洲先生

  • 3,438
  • 5
  • 2018/10/17 18:09
  • rss
  • 1

    *****

    明治大正時代、主に西郷さんを知る人々によって書かれた文献から。

    その一、西南戦争時熊本鎮台指令官「谷干城」どんの見た西郷さん。






    ・・・御一新前に、西郷さんが良く親切に世話してくれた御恩は今でも忘れない。。。。。。

  • <<
  • 3438 3418
  • >>
  • 3438(最新)

    nan***** 10月17日 18:09

    >>3437

    【證】 南洲曾て滔々たる欧化主義の弊を戒めて曰く

    「広く各国の制度を探り、文明の域に進まんと欲せば、先ず我が国の事体を定め、風教を励まし、然して後ゆるやかに彼の長所を斟酌(しんしゃく)すべし。

    否らずしてみだりに彼に摸倣せば、国紀は衰たいし風教はいびし、また匡救(きゅうきゅう)すべからず、終に彼れの椌制を受くるに至らん』と。

    蓋し欧風に目をくらまして我が国の本領を喪うは、是れ即ち独立の精神を喪う所以であって、言簡単なるも南洲の意の存する所を知るに足りる。

  • >>3434

     喪己斯喪人喪人斯喪物

     【訓】己を喪う、斯(ここ)に人を喪う、人を喪う、斯(ここ)に物を喪う。

     【講】 人に尊ぶべきは富貴も淫する能わず、威武も屈する能わざる底の独立の人格に在る。

    国家社会は素(もと)より相頼り相輔て初めてその美を済ますものであるが、各人にして独立独歩の精神が無ければその社会その国家竟(つい)に存立の意義を喪うて滅亡の危機を醸成するに相違ない。

    唯それ独立の精神と自我主義とはその間に雲泥の差異がある。即ち前者に公益あり調和あり統一あるも、後者は眼中ただこれ自家の利福あるのみで、猶太人(ユダヤ)の現状は実に後者の絶好事例である。

    善隣シナの如きも今日覚醒しなければ、竟に第二の猶太たるを免るる事は出来ぬであろう。国滅びて山河の独り依然たるは最も悲しむべき象徴である。

    而して己を喪うことは独立の精神気魄無きは即ち人としての存在の意義を喪う。

    物を喪うは当然の結果である。ああ独立の人格なす哉。

  • >>3435

    扇さんこんばんは。

    敵が多いんですか。 
    それだけ人目に付くという事か、それとも振られた男のやっかみかな? 笑


    可愛らし女性ですね気高さを感じます。上村しょうえんさんの絵に似ているような?

    写真は霧島のホテルから写したものです。

    南洲先生 扇さんこんばんは。  敵が多いんですか。  それだけ人目に付くという事か、それとも振られた男のやっか

  • >>3430

    nanさま…こんばんは😃✨❇️
    少し御無沙汰しておりました🙇
    私がここで使っているIDの調子が悪くて、
    書き込めませんでした💧💧
    やっと復帰出来たみたい…😊
    (私…結構、敵が多いので違反報告されてたかな?)
    また後程、参ります🌝🌜🌝🌜🌝✨🎶

    ちょっと福福しい絵を…🎵

    南洲先生 nanさま…こんばんは😃✨❇️ 少し御無沙汰しておりました🙇 私がここで使っているID

  • >>3433

    『証』 南洲が私学校の校堂に掲げしめた、戊辰殉難の志士を祭るの文と、私学校本旨二ケ条とは、聊(いささ)か南洲の教育に対する方針を窺うに足るものがある。

    前者に曰く

    『けだし、学校者(は)善士を育て、以てあるべし也。只一郷一国の善士を(そだてるに)非ず。必ず天下の善士と為せるを欲すということである。

    それ戊辰の役、名を正し義を踏む。血戦奮闘して斃れる者、天下の善士と為す也。故にその忠に感じてここに之を祀り一郷の子弟を鼓舞す。亦、私学校の職分に尽くすを所為とする也。』と。

    後者に曰く

    『第一、道同じく義協(かな)うを以て暗(あん)に集合す、乃ち益(ますま)すその埋を研究し、道義に於ては一身を顧みず必ず踐行(せんこう・実行)すべし。

    第二、王を尊び民を憫(あわれ)むは学問の本旨たり、乃ちこの理を究め王事民義に於いては一意難に当たり必ず一同の義を立つべし。』と。

    即ち道義を以て性情を陶治し、賦命に従って王事民義に尽くさしめ、人としては善士たらしむるを主眼としたように思われる。

  • >>3432

       性同而質異、教之所由設也。性同教之所由立也

    【訓】 性同じうして而して質異なり、質の異なる教えの由(より)て設くる所なり。性の同じき教えの由(より)て立つ所なり。

    【講】各人その質の同じからざる事、その面の相異なれるが如く、百人百色、十人十色の趣きがある。

    しかも性は善なりとの説に従えば、各人その面は相異りその質は相同じからずとするも、本然の性情は必ずや善良でなければならね。

    鳥の将(まさ)に死なんとするや、その声悲しく人の将(まさ)に死なんとするや、その言善しというのは畢竟この性善説から割り出された一面の真理である。

    そして性善なる各人が漸(ようや)く長ずるに従い、或はその為す所に黒点を印し、或いはその行う所に暗影を投ずる者のある所以は、即ち古聖の謂える性相近し習えば相遠し、習うと習わざるとの如何に存する。

    その負う所の賦命は自ずからに異なるものがある、濫(みだ)りに同一型中に人を鋳込まんとするのは大いなる誤りである。

    善良なる性情をして愈々益々善良ならしむると共に、その賦命を尽くしその使命を宜こべしむる事に努めねばならね。

    約言すれば教育の本義は、性情の同じきを知ってこれを善良に導き、資質の異なれるを察してその能事を尽くさしむるにある。

  • >>3431

    その当時翁は人に語って曰く
    『他日関白に任ずる任ずる者は必ず三條公であろう』と、
    果してその通りであったが、流石に翁の眼識は偉いものである。

    また斉彬や南洲が国政刷新の大作策決行上、幕閣の英材として最も頼みにしていた阿部伊勢の守正弘が卒去して、当時の大条件であった将軍継嗣問題も失敗に帰してしまったので、南洲は一先ず故山鹿児島に帰って斉彬公に逐一報告に及んだが、その時南洲は斉彬公の問いに対して

    『今後の方策は畏れ多い事ではあるが、幕政改革の勅命を請い奉り、天朝の御威光によりて閣老の解任を行い、諸侯の心を統一して幕府の大改革を終、内外の大事件を一気に取り片づける外他に途は御座りますまい、もしこれを拒む者があらば、それは違勅の罪を免れぬ次第で、これに処するの方法は幾らでも御座ります。』

    と答うる所、理義尤も明白、難境窮地に処してよくその方途を愆(あやまら)ざる南洲の態度は如何にも達人の概がある。

  • >>3428

     【証】
    幕末の偉材勝安芳をして、逹人克(よ)く大観すと謡(うた)わしめただけに南洲の着眼は常に時流に一歩を抜いていた。

    文久元治の政変に伴う長州処分が済んで、さて三條、東久世等五卿(七卿中錦小路頼徳は病死し澤主水正は生野の義挙に与して斃れる)をどうしようか、打ち棄てておいたら又々志士を糾合して幕府に抗敵するかも知れぬ、
    この際浪速に幽閉したが宜しかろうとしきりに主張するものがあった。

    ところが南洲は断乎としてこれを退けた為、終に立ち消えになってしまった。

  • >>3429

    扇さんこんばんは。

    基本的には自分の立ち上げた掲示板に於いて、何時までも反応しない事は避けたいのですが、このところ時間の都合が付きません。今夜は同好会の夜でした。

    私は鼻笛にチャレンジしたいとは思って居ません。 笑
    ただあの笛には興味があるのでいつかチャレンジします。

    時々子供が会に入って来るものの進学等諸事情もあり中々長続きはしません。
    そういう子が入って来るきっかけは、学校で学んだリコーダーに興味を持った事のようです。
    扇さん如何です、笛にチャレンジしませんか? 👸

    「散りぬべき時知りてこそ世の中の・・・・。」
    この詩も味わい深いものですが、添付の魅力的な文字は残念ながら読めません、一体何て書いてあるんでしょうか?
    昔の人はこういう崩し文字でも読めた事に驚きます。

    私も古文書に興味があり、一時ハウツウ本など買い求めチャレンジしたことはあるものの、結局長続きせず諦めました。残念無念。飽きっぽい性格が災いしたようです。 

    ところでガラシャさん、もしかしたら扇さんと似てたのかな? 😊

  • >>3427

    nanさま、こんばんは😊

    →扇さん返事が遅くなりました。

    nanさま…どうか私への返信は御気になさらないで…。私はnanさまのお暇な時に、御気が向いたら話し掛けて下さるだけで充分幸せでございます😊

    リコーダーですが…nanさまも、まさか
    鼻で御吹きになるの…(ノ゚ο゚)ノ❔❔
    笛の世界も、和洋共に奥が深いようですわね。
    リコーダーにも大小様々な物があるみたい🎵
    私も小学校の音楽のリコーダーは、かなり上手でしたのよ🤗✨

    書といえば、私は中学生の時に
    「何て優雅で美しい手だろう…」
    と思った文(ふみ)があります。
    細川ガラシャの手でした。
    今夜はそれを載せて、おやすみなさいの御挨拶と致します😊❤️❤️❤️

    南洲先生 nanさま、こんばんは😊  →扇さん返事が遅くなりました。  nanさま…ど

  • >>3425

      著眼高則見理不岐。
       
     【訓】 著限(ちゃくがん)高ければ、則ち理を見て岐(わか)れず。

     【講】 人にして苟も事を為さんとする、その政治家たると実業家たるとを問わず、必ずその眼の著(つ)け所が高く、且つ潤(ひろ)くなければならぬ。

    如何に細事に明かに小局に詳しくあっても、大勢に通じ大局に逹して居らねばついに目的の彼岸に到り、成功の華冠を領することは出来ぬ。

    則ち大観する者にあらざれば逹人を以て許すべからず。

    重箱の隅を楊子でほじくるは小人俗物の事である。しかも着眼徒らに高くして手腕のこれに伴わざるは断じて大人君子を以て許すべからざる者である。

    彼の北斗以南の第一人と謡われつつあるルーズベルトが、「高く天上の星を指すと共に、脚底の地上に存する事を忘るる勿れ」と言ったのは、要するにこの意味にほかならぬ。

    もしそれ這般の(しゃはん)の用意あって事物を観じ来れば、たとえ如何なる岐路に立つも決してその方向に迷うが如き事無く、一断克く右すべきか左すべきかを定了して、些(いささか)の愆(しくじ)り無きを期し得る。

  • >>3426

    扇さん返事が遅くなりました。
    今日は並木ホールに行ってました。


    余興がありましたが、その中の一つに素人さんが面白い話をしながら、リコーダーの小さいのを同時に二本(鼻の穴で)、口ではハーモニカを吹いているのには驚きました。 笑

    あのリコーダー面白そうなので、今度探してみようと思って居ます。

    西郷さんの書は沢山残されて居るようですが、何れも個性ある堂々たる存在感のある書体かと思います。
    そして昔の人達は難しい文字をよくご存知なのには驚きます、どれほど練習を数多くつまれた結果なのか、自分の書いた文字を見るまでも無く敬服致します。

    もしかしたら、お家にもこういうお宝があるのではありませんか? 😊

  • >>3424

    nanさま、こんばんは🌟🌠✨
    本日もお疲れ様でした🙇
    漢詩の写真と内容を教えて下さり、ありがとうございました🙆ウレシイ🎵

    筆跡というか、その人が書いた字というものを見ると、その人が朧気ながら表されているような気がするのですが…西郷さんの字も、極端に上手い訳ではなさそうですが、豪胆な中にも朴訥なものを内包しているようで、しばし見入ってしまいました。
    この日本の中には、まだまだ色々な未発見と言われる物が在るのでしょうね😊

    おやすみなさいませ、nanさま…❤️❤️
    また明日…🌻🌹🌻🌹🌹✨🎶

  • >>3419


    【証】 南洲が十二三歳頃のことである。

    一日聖堂の帰り途で同輩とある事の争いから遂につかみ合いの喧嘩になった。
    その際どうしたはずみか、相手の刀の鞘が破れて、翁は右の臂(ひじ)に怪我をした。

    その後翁は嘆息して語って曰く、
    『武士の世に処せんとするには、文事を学び武技を修め、以て天下有用の人とならねばならね、然るに吾輩は既に右手の自由を失って了ったから、最早武道を研(きわ)むる事が出来ぬ。今から筆硯を以て刀槍に代え、文を励み膽(きも)を練って大いに志を伸べよう』と。

    爾来暇だにあれば書をひもとき字を習い、往々夜を徹して暁天に至る事があった。

    翁の筆蹟の遒勁(しゅうけい)にして気魄ある、またその詩文の博大にして直諒なる、尋常一流の文士書家の企及し難きものあるは、、畢竟翁が憤の一字を悟入し来たった結果たるにほかならぬ。

  • >>3422

    扇さんこんにちは。

    午前中は地域のボランテイア団体の用事に参加して居りました。
    用事とは、トンチャン牧場の近くに花壇の栄養剤を取りに行く仕事、金木犀の香りならぬ発酵した臭いが充満して居りました。 笑

    そのニュースは知らなかったです。ありがとうございます。
    漢詩の指導を仰いだ人は、名前は覚えてませんが確か何人か居られたはずです。
    明治2,3年の頃は鹿児島に居られたはずなので、添削した人は多分鹿児島に居た方でしょうね。

    大西郷全集の中に、その西郷さん自筆の漢詩と共に解説が記されているので書き込みしておきます。



    世上毀誉軽似塵 眼前百事偽耶真 追思孤島幽囚落 不在今人在古人


    (訓読)世上の毀誉軽きこと塵に似たり、眼前の百事偽か真か。追思す孤島幽囚の楽、今人に在らず古人に在り。

    【解説】この詩は明治ニ、三年頃の作であろう。三年の書があるから少くとも三年以前のものに違いない。

    一首の意は、

    「世の中の評判というものは毀も誉も権威の無いもので、塵のように上がったり下がったりしている。

    眼前の百事、皆偽りか真か明かでない。

    嘗て孤島に幽囚されて居たことを思うと、却っで島の人にも真率(しんそつ)なところがあっで樂しい事が少くなかった。

    あの当時を思えば全く時代が異って居る感がする。今の人でない古人のようである。」というのである

    南洲先生 扇さんこんにちは。  午前中は地域のボランテイア団体の用事に参加して居りました。 用事とは、トンチャ

  • >>3421

    nanさま、おはようございます🌞🌞✨🎶
    今朝ヤフーニュースを見ていたら、
    こういうのが出ていましたわ😃🎵
    既に御存知でしたら、すみません🙇
    下記です🙆ウフフ…🎵⬇️

    『西郷どん熟慮にじむ直筆漢詩 明治初期の草稿を発見、京都』
    10/10(水) 8:59
    京都新聞

    西郷隆盛の直筆による漢詩の草稿。朱筆で添削したあとが残されている
     西郷隆盛の直筆による漢詩の草稿が新たに見つかった。明治2~3(1869~70)年ごろの詩3首が記され、鑑定した専門家は「添削の跡などから推敲(すいこう)を重ねて詠んだことがうかがえ、西郷が残した漢詩を研究する上で貴重な史料だ」としている。
     古美術収集家で歴史や文化の学習アドバイザーを務める鳥井光広さん(40)=京都市上京区=が、神奈川県鎌倉市内の骨とう品店で7月に発見し、入手した。詩を書いた帳面の一部を切り取って掛け軸にしたもので、保管されていた箱には西郷の孫で政治家となった吉之助の署名、押印がある。
     西郷は、流刑の地・沖永良部島などで熱心に漢詩を習い、生涯で200首近い詩を残したとされる。今回見つかった草稿のうち、「世上毀誉軽似塵」(世の人のほめそしりはちりのように軽くはかないものだ)で始まる詩は、遠島での日々を回想した作品として広く知られている。
     草稿を鑑定した霊山歴史館(東山区)の木村幸比古副館長によると、書式や紙質が類似した別の詩の草稿1点を鹿児島県歴史資料センター黎明館(鹿児島市)が保管しているが、新たに発見されるのは珍しいという。西郷に漢詩を教えた書家、児玉天雨(源之丞)が朱筆で添削した跡もあり、「思いつきではなく何度も熟慮を重ねて詩をしたためたことが分かる」と指摘する。
     発見者の鳥井さんは自身の古美術コレクションを子ども向けの体験学習などで活用しているといい、「西郷の心情を表現した貴重な草稿を、今後多くの人に見てもらいたい」と意気込む。

  • >>3420

    こんばんは。
    こんなに可愛いいんですか、即恋に落ちそうです! 😫

    掲示板をきっかけとして思わぬ出会いがあり、今来るメールの殆どはその流れです。
    縁は異なもの味なもの、あるきっかけから運命的な出会いも生まれた掲示板ではありましたが、何事にも終りがあるのが世の常であれば致し方ないと思って居ります。

    新年の御挨拶が出来ると良いですね。楽しみにして居ります。



    写真はあそこです。 笑

    南洲先生 こんばんは。 こんなに可愛いいんですか、即恋に落ちそうです! 😫  掲示板をきっかけとして思わぬ出会

  • >>3418

    nanさま…こんばんは😊💕
    ふふふっ…確かに、あのイラスト
    瞳が毛虫みたいに見えますわ( ´艸`)🎵
    選択を間違えました🙆💦キャ~
    私は厚化粧はしませんわ。…というか、肌が弱いので薄化粧しか出来ません😊

    nanさま、きっと沢山たいへんな事もおあり
    でしたでしょうが、それ以上に楽しい思い出や親しい御友人にも掲示板で巡り会われたのでしょうね。
    ここが無くなるにあたって、nanさまには
    私のような新参者には解らない類いの
    感慨深さが御ありだろうな…って思います。
    せめて「明けましておめでとう🇯🇵」のコメントが出来る位までは、ここが開いていて欲しいわ🎉✨✨🎊

    では、瞳の色は違いますが、私の乙女の頃に似ている絵で挽回を…(笑)
    ❤️❤️❤️おやすみなさいませ❤️❤️❤️❇️✨

    南洲先生 nanさま…こんばんは😊💕 ふふふっ…確かに、あのイラスト 瞳が毛虫みた

  • >>3411

    憤一字是進学機関。舜何人也世予何人也。方是憤。

    【訓】墳の一字は是進学の機関なり。舜何人ぞや、予何人ぞや、まさに是れ墳。

    【講】 英雄崇拜は軈(やが)て英雄模倣となり、ここに幾多の小英雄を陶鋳(とうちゅう)するは、事理の真(まさ)に然るべき所であるが、更に一歩を進めて、その英雄を凌駕(りょうが)するの雄心にして存せざれば、到底出藍の偉材たるを期し難い。

    彼も人なり、我も人なり、王侯将相豈(あ)に種あらんやの気慨と努力とありて、始めて英雄だたり賢哲たり得るものである。

    所謂棒ほど望んで針ほど叶うの語は、這般(しゃはん)の機微を道破し去って神の如きものがある。

    孔丘曰(い)えらく『憤せずんば啓せず、悱(ひ)せずんば発せず』と。

    蓋し憤の一字は、人の智能を啓発し人の品格を向上せしむる唯一の導火線であって、発憤の如何に依りては千古の聖賢と仰がるる堯舜たる、また必ずしも難事で無い。

  • >>3417

    扇さんこんばんは。
    憂いを含んだ可愛い女性。良い画像ですね。
    欲を言えば、マスカラがもう少し小さければ尚更好みにあいます。

    実はマスカラには少々哀しい思い出があるのです。
    勝間の海岸で遊泳中、一緒に行っていた女の子の睫毛が、波がザンブリコと来た途端落ちてほっぺに引っかかって居ました。
    アレッ? この人誰かいな? と一瞬思った次第です。😫


    掲示板も20年近くやってると色んな経験をしました。
    裁判沙汰の片棒担いでおよそ一年余りのバトルも有ったり、相当修業も積んで居ります! 苦笑
    語ればキリがないほど沢山ありますよ。 

    何はともかく、何れはなるようになっていきます、「因果応報この世の倣い」の言葉通りです。
    行いの良い人は運勢もアップ、然しながらそうで無いひとは・・・・・!
    チョチョンがちょいという事です。 笑

  • <<
  • 3438 3418
  • >>
並べ替え:
古い順
新しい順