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    bsd***** 10月18日 22:32

    改めて、自殺が違法で、また、売春が是認されないのはなぜでしょうか。共に被害者がいないと思うのですが。

  • >>50

    > >殺人であるというなら分かりますが、自殺関与罪にも当たらないとは、無知も極まれりとしか言いようがありません。通常、介錯は同意殺人に該当します。
    >
    > 君さあ、自分で勝手に意見表明するのは自由だけどね。それは何の説明にもなっていないじゃん。
    > じゃあ、君に聞くけどさあ。
    > 「介錯」とは【介錯(かいしゃく)は、切腹に際し、本人を即死させてその負担と苦痛を軽減するため、介助者が背後から切腹人の首を刀で斬る行為。(ウイキペディアより)】ということだよね。
    > つまり、介錯は「負担と苦痛を軽減するため」の殺人だよね。これって、医師が末期患者の「負担と苦痛を軽減するため」に行う尊厳死とでは、介在事情が積極的か消極的かの違いだけで、本質的には同じことじゃん。

    悪いですが、お笑いとしか言えない意見ですな。もっとしっかりネットで勉強してください。


    > じゃあ、君の判断に従えば、介錯が同意殺人なら尊厳死は自殺関与になるじゃん。それを君が認めるということだよね?

    なんで介錯と尊厳死が同じレベルで語られるのかさっぱり分からん。(ただ、「介錯が同意殺人なら尊厳死は自殺関与になるじゃん。」には、まずは一定の条件の下で、当然、肯定します。)
    そして、敢えて付言すれば、本当に言いたくないですが、“馬鹿かお前は!!”

  • >>49

    >殺人であるというなら分かりますが、自殺関与罪にも当たらないとは、無知も極まれりとしか言いようがありません。通常、介錯は同意殺人に該当します。




    君さあ、自分で勝手に意見表明するのは自由だけどね。それは何の説明にもなっていないじゃん。
    じゃあ、君に聞くけどさあ。
    「介錯」とは【介錯(かいしゃく)は、切腹に際し、本人を即死させてその負担と苦痛を軽減するため、介助者が背後から切腹人の首を刀で斬る行為。(ウイキペディアより)】ということだよね。
    つまり、介錯は「負担と苦痛を軽減するため」の殺人だよね。これって、医師が末期患者の「負担と苦痛を軽減するため」に行う尊厳死とでは、介在事情が積極的か消極的かの違いだけで、本質的には同じことじゃん。

    じゃあ、君の判断に従えば、介錯が同意殺人なら尊厳死は自殺関与になるじゃん。それを君が認めるということだよね?

  • >>48

    > じゃあ、介錯人は現代の日本でも自殺関与罪に問われないということですか?
    >
    > 本件での実行行為は本人による切腹が現実的危険ある行為である、且つ死に至る危険行為であることを認識、認容していることが明白である。また、本件に於ける因果関係をみるに、介在事情の異常性を考えれば、介錯人は社会通念上の形式的義務を果たしたに過ぎなく大きいとは言えない。また、介在事情の結果への寄与度についても、本件では実行行為が本人による切腹であり死亡の主因であって、介錯人の行為は本人の死期を若干早めたに過ぎず結果への寄与度は小さいと言える。
    > 従って、自殺関与罪には当たらないと考えます。

    w(°o°)w
    殺人であるというなら分かりますが、自殺関与罪にも当たらないとは、無知も極まれりとしか言いようがありません。通常、介錯は同意殺人に該当します。


    > >尊厳死とは、重くて深いテーマを軽く持ち出したものですな。その定義や成立要件、考察すべき事柄など論点は多岐にわたり、(御霊信仰などは顧慮する必要もなく)議論百出が予想されると思いますが、私は、尊厳死も自殺の一種であり、それは違法であるというところから考えを始めるべきである、との立場です。
    >
    > 違法性阻却事由に関して行為無価値論の立場で言えば、当該事由の「違法性」とは社会倫理規範に違反する法益侵害と解されている。従って、個人の尊厳を一定程度認めた上での自害行為は阻却事由になりうる。故に、尊厳死と自殺は区別可能であると考えます。

    またまた論点がずれています。尊厳死の違法如何に答えたのであって、(無関係ではないですが)区別云々は言っていません。ただ、ここでのテーマからして、この問題に深入りするのは避けたいと思います。

  • >>47

    >切腹は「日本の歴史上で既に存在」する「御霊信仰」から外れるわけですね。そのために「一般的な自殺の違法性は問われない」のですね。
    じゃあ、介錯人は現代の日本でも自殺関与罪に問われないということですか?


    本件での実行行為は本人による切腹が現実的危険ある行為である、且つ死に至る危険行為であることを認識、認容していることが明白である。また、本件に於ける因果関係をみるに、介在事情の異常性を考えれば、介錯人は社会通念上の形式的義務を果たしたに過ぎなく大きいとは言えない。また、介在事情の結果への寄与度についても、本件では実行行為が本人による切腹であり死亡の主因であって、介錯人の行為は本人の死期を若干早めたに過ぎず結果への寄与度は小さいと言える。
    従って、自殺関与罪には当たらないと考えます。



    >尊厳死とは、重くて深いテーマを軽く持ち出したものですな。その定義や成立要件、考察すべき事柄など論点は多岐にわたり、(御霊信仰などは顧慮する必要もなく)議論百出が予想されると思いますが、私は、尊厳死も自殺の一種であり、それは違法であるというところから考えを始めるべきである、との立場です。



    違法性阻却事由に関して行為無価値論の立場で言えば、当該事由の「違法性」とは社会倫理規範に違反する法益侵害と解されている。従って、個人の尊厳を一定程度認めた上での自害行為は阻却事由になりうる。故に、尊厳死と自殺は区別可能であると考えます。

  • >>46

    > >じゃあ、切腹はどうですか。刑罰ではなく、称賛される場合もあったのでは。
    >
    > 尊厳を保っての自害は、自殺と尊厳死が区別できるように、切腹は名誉を認めた行為であって一般的な自殺の違法性は問われないじゃん。

    切腹は「日本の歴史上で既に存在」する「御霊信仰」から外れるわけですね。そのために「一般的な自殺の違法性は問われない」のですね。
    じゃあ、介錯人は現代の日本でも自殺関与罪に問われないということですか?


    > それとも、君は自殺も尊厳死も同じ違法であると考えるのですか?

    尊厳死とは、重くて深いテーマを軽く持ち出したものですな。その定義や成立要件、考察すべき事柄など論点は多岐にわたり、(御霊信仰などは顧慮する必要もなく)議論百出が予想されると思いますが、私は、尊厳死も自殺の一種であり、それは違法であるというところから考えを始めるべきである、との立場です。

  • >>45

    >じゃあ、切腹はどうですか。刑罰ではなく、称賛される場合もあったのでは。


    尊厳を保っての自害は、自殺と尊厳死が区別できるように、切腹は名誉を認めた行為であって一般的な自殺の違法性は問われないじゃん。

    それとも、君は自殺も尊厳死も同じ違法であると考えるのですか?

  • >>44

    > あのね、自殺に対する社会的忌避の振る舞いは、日本の歴史上で既に存在(御霊信仰)することは、最初に説明したよね。
    > そういう倫理規範が変わらず「現代の日本で成り立っている」ということじゃん。
    >
    > 君の主張する事を正当化する為のは、一体全体、「日本の何処の空間でどんな時間(時代)に成り立っていないと明白に言えるのか」を説明するべきじゃん。

    じゃあ、切腹はどうですか。刑罰ではなく、称賛される場合もあったのでは。

  • >>43

    >申し訳ないですが、歴史認識を欠き、「倫理規範」という(中身のよく分からない)言葉で思考を停止した考え方としか見えません。
    自殺不可罰も基本的人権普遍価値も現代の日本においては一般に認められているものですが、時間・空間を変えるとたちまち成り立たなくなることが少なくありません。ここで、では、なぜ、これらが現代の日本で成り立っているのか、と考えることが重要であると思うのですが。




    あのね、自殺に対する社会的忌避の振る舞いは、日本の歴史上で既に存在(御霊信仰)することは、最初に説明したよね。
    そういう倫理規範が変わらず「現代の日本で成り立っている」ということじゃん。

    君の主張する事を正当化する為のは、一体全体、「日本の何処の空間でどんな時間(時代)に成り立っていないと明白に言えるのか」を説明するべきじゃん。

  • >>42

    > >私自身はここでの議論に「自然法」を持ち出しても、ほとんど意味がないと思っていることは前述のとおりです。
    >
    > 自殺が不可罰であるのは当然としても、一般に「自殺は違法である」ということを説明する原理は、「それがある種の倫理規範に合致する」からだよね。
    > そして基本的人権を普遍的価値と認めるならば、全ての倫理規範の最大公約数ということになるよね。だとすれば、基本的人権の淵源である「自然法」を持ち出す必要性があると考えるのが自然だと思うよ。

    申し訳ないですが、歴史認識を欠き、「倫理規範」という(中身のよく分からない)言葉で思考を停止した考え方としか見えません。
    自殺不可罰も基本的人権普遍価値も現代の日本においては一般に認められているものですが、時間・空間を変えるとたちまち成り立たなくなることが少なくありません。ここで、では、なぜ、これらが現代の日本で成り立っているのか、と考えることが重要であると思うのですが。

  • >>41

    >私自身はここでの議論に「自然法」を持ち出しても、ほとんど意味がないと思っていることは前述のとおりです。



    自殺が不可罰であるのは当然としても、一般に「自殺は違法である」ということを説明する原理は、「それがある種の倫理規範に合致する」からだよね。
    そして基本的人権を普遍的価値と認めるならば、全ての倫理規範の最大公約数ということになるよね。だとすれば、基本的人権の淵源である「自然法」を持ち出す必要性があると考えるのが自然だと思うよ。

  • >>40

    ???
    よく分かりません。

    > こういう話は難しいよね。
    > 要するに、憲法が国の最高法規である以上、それを飛び越して自然法が認められるとすれば普通の文理解釈として説明がつかないよね。だから、これらは特殊な解釈として説明するしかない。
    >
    > 端的に一例を言えば、人間には私的領域と公的領域があって、私的領域での契約が自然法、そして公的領域での契約が憲法という考え方。そして私的領域が公的領域よりも優越するという近代的観念に基づく思想でしょう。

    憲法等々と「自然法」は対立・競合したり、適用領域が異なるようなものではなく、後者が前者を裏打ちする関係にあると理解しています。
    もっとも、私自身はここでの議論に「自然法」を持ち出しても、ほとんど意味がないと思っていることは前述のとおりです。

  • >>39

    >ホッブズやロックを持ち出す必要はありません。その(自然権や自然法の)「正当性」を吟味しようなどとは思っていません。一方、その「事実性」に安住することも潔しとしません。現代における意義や機能をより深く分析するべきだと考えているのです。

    (聞いた話ですが)昔テレビの討論番組で、「…人権が…人権の…」と連呼する弁護士に対してある評論家が「あんた人権、人権って繰り返すけど、人権って一体何なんだ言ってみろ。」と問い質したところ、件の弁護士は「人権…、ヒューマンライツ…」と言ったきり絶句したそうです。
    自然権や自然法、人権とは果たして何なのか。別の視点から言うと、それらは何のために存在するのか。常にこれらを明らかにしようとする姿勢が求められると思っています。憲法の条文に書いてあるからといって、そこで思考停止してはダメではないでしょうか。



    こういう話は難しいよね。
    要するに、憲法が国の最高法規である以上、それを飛び越して自然法が認められるとすれば普通の文理解釈として説明がつかないよね。だから、これらは特殊な解釈として説明するしかない。

    端的に一例を言えば、人間には私的領域と公的領域があって、私的領域での契約が自然法、そして公的領域での契約が憲法という考え方。そして私的領域が公的領域よりも優越するという近代的観念に基づく思想でしょう。

  • >>38

    > 敢えて、ホッブスやロックを持ち出しても良いけどね。今更その内容の「正当性」を吟味するという段階よりは、現にほぼ全ての国で世界人権宣言が批准され、日本でも「基本的人権の尊重」が憲法の原則となっている。この「事実性」に基づくと理解するべきだと思うよ。

    ホッブズやロックを持ち出す必要はありません。その(自然権や自然法の)「正当性」を吟味しようなどとは思っていません。一方、その「事実性」に安住することも潔しとしません。現代における意義や機能をより深く分析するべきだと考えているのです。

    (聞いた話ですが)昔テレビの討論番組で、「…人権が…人権の…」と連呼する弁護士に対してある評論家が「あんた人権、人権って繰り返すけど、人権って一体何なんだ言ってみろ。」と問い質したところ、件の弁護士は「人権…、ヒューマンライツ…」と言ったきり絶句したそうです。
    自然権や自然法、人権とは果たして何なのか。別の視点から言うと、それらは何のために存在するのか。常にこれらを明らかにしようとする姿勢が求められると思っています。憲法の条文に書いてあるからといって、そこで思考停止してはダメではないでしょうか。

  • >>31

    >自然権や自然法、天賦人権論は、王権神授説と同様に、主張する者の思いが込められたスローガンであって、それ自体はあまり意味がなく、それが生成してきた経緯や背景、それが機能する状況などを分析して初めて「使える」ものになると考えています。
    「自殺が違法であるのは自然権や自然法に反するからである。」との言説を一応肯定すると、次の段階として、ここでいう自然権や自然法とはどういうものであるのかが問われなければならないと思います。


    敢えて、ホッブスやロックを持ち出しても良いけどね。今更その内容の「正当性」を吟味するという段階よりは、現にほぼ全ての国で世界人権宣言が批准され、日本でも「基本的人権の尊重」が憲法の原則となっている。この「事実性」に基づくと理解するべきだと思うよ。


    例えば、第九十七条
    この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

  • 数行の文章を張り付けると、投稿できなくなるのは、なぜ?
    2行なら、投稿できるかな?

  • >>35

    > >既に14に書いた「ここで自殺関与罪を持ち出したのは、自殺が違法でないとしたらそれに関与することが犯罪となることを矛盾と捉えないのか、どう考えるのかってことです。」で回答します。
    >
    > だから、それについては、こっちも既に指摘済みなんだけど。(話を理解しようね)
    >  (1)
    >  他人の自殺を手伝うことが罰っせられないとした場合(現行法では処罰する)
    >   本当は他殺であったのに、「頼まれた」と主張して自殺(「他殺」の誤字ですね。)を隠蔽する
    >   ための手段に用いられる。そして、その隠ぺい行為を見抜くことは
    >   非常に困難。社会的危険性は非常に大きい。

    こんなことで処罰されては、事実認定としての自殺に関与した者はたまったものではありません。刑法第202条の構成要件には「自殺(と嘱託又は承諾による他殺)」が掲げてあって、単純な他殺(人を殺した)は第199条の問題です。
    立法趣旨について感想を述べるのは自由ですが、それにしても、ここまで無知をさらけ出すのはいかがなものかと。


    >  (2)
    >  一方、自分で自殺することを罰しないとした場合(現行法でも負処罰)…

    これ以上書くのは、めんどくさいのでやめときます。

  • >>34

    >既に14に書いた「ここで自殺関与罪を持ち出したのは、自殺が違法でないとしたらそれに関与することが犯罪となることを矛盾と捉えないのか、どう考えるのかってことです。」で回答します。

    だから、それについては、こっちも既に指摘済みなんだけど。(話を理解しようね)

     (1)
     他人の自殺を手伝うことが罰っせられないとした場合(現行法では処罰する)
      本当は他殺であったのに、「頼まれた」と主張して自殺を隠蔽する
      ための手段に用いられる。そして、その隠ぺい行為を見抜くことは
      非常に困難。社会的危険性は非常に大きい。

     (2)
     一方、自分で自殺することを罰しないとした場合(現行法でも負処罰)
      自殺は、「自分が自分を殺す場合」だけに限定されることになるから
      他殺を隠蔽する手段として利用できない。社会的危険性は0。

    こんな簡単なこと、何度も指摘しないで済む話でしょ。



    >有責性がない、可罰的違法性がない、などです。少しは刑法を勉強してください。

    有責性がないっていうのは、kitty guyとかが、どういう結果になるかわからないで自分の首にロープを巻いて引っ張って死んじゃったようなケースでしょ。
    だけど、自殺の多くは、正常な脳みそをした人たちが意識的に結果をきちんと予測して計画的に行うことになるんだから、有責性云々なんて、成り立つわけないじゃん。

    それから、可罰的違法性っていうのは、同僚の机の上のティッシュ1,2枚をちょっと使って鼻をかんじゃった(窃盗罪か?)っていうような、ものすごく小さな無視できるレベルの被害について言うんで、自殺っていうのは「小さな被害」なの?
    だいたい、可罰的違法性っていうのは、「(被害が小さすぎるために)違法性が成り立たない」とする考え方だから、形式的には成り立っている違法性が何か他の理由(違法性阻却事由)によって違法性が取り消されるみたいなのとは、違うじゃん。



    結局、自殺っていうのは、明治の爺さんたちが西洋の「宣教師」の真似をして「道徳がどうたらこうたら」って言ってたこと自体が、

      現代では、笑い話のレベル

    でしかないってことだよね。

  • >>33

    > さて、君のように自殺を「違法」とした場合、自殺はどの法律条文に違反するんだろうな?
    > 君は、それに対して答えられてないだろ。
    > なぜ、君が答えられないのかっていうと、
    >  「自殺が違法である」という結論を導出することができる法律条文が、
    >  日本の法律には存在しないから
    > だろ。

    既に14に書いた「ここで自殺関与罪を持ち出したのは、自殺が違法でないとしたらそれに関与することが犯罪となることを矛盾と捉えないのか、どう考えるのかってことです。」で回答します。少しは刑法を勉強してください。


    > さてさて、君のように「自殺を違法」とした場合、さらなる問題も発生するぞ。
    > 「自殺で処罰された奴はいない」っていうことは君も知っているだろうけど、ということは、君のように考えたら、形式上は違法性が成り立っていているのに、処罰が一つも行われたことがないっていうことになるから、
    >   違法性を覆すだけの非常に強い違法性阻却自由が存在することになる
    >   (君の説に従うならば)
    > よな、自殺について。
    > そういうように強い「違法性阻却自由」っていうのは、一体全体、何?
    > 君は、答えられないでしょ! (↑初めての言葉を使うから2回も誤字するのでは?!)

    答えましょう。
    有責性がない、可罰的違法性がない、などです。少しは刑法を勉強してください。


    > なぜなら、元から「自殺は違法じゃないから」だよ。

    繰り返しますが、自殺は、一般に違法とされているのですよ。

  • >>32

    >「罰する理由」ではなく、「違法とする理由」をテーマとしています。論点を正確に把握してください。


    「違法」っていうのは、法律っていうメルクマールに形式上、違反した状態のことだよな。

    さて、君のように自殺を「違法」とした場合、自殺はどの法律条文に違反するんだろうな?
    君は、それに対して答えられてないだろ。
    なぜ、君が答えられないのかっていうと、

     「自殺が違法である」という結論を導出することができる法律条文が、
     日本の法律には存在しないから

    だろ。



    さてさて、君のように「自殺を違法」とした場合、さらなる問題も発生するぞ。
    「自殺で処罰された奴はいない」っていうことは君も知っているだろうけど、ということは、君のように考えたら、形式上は違法性が成り立っていているのに、処罰が一つも行われたことがないっていうことになるから、

      違法性を覆すだけの非常に強い違法性阻却自由が存在することになる
      (君の説に従うならば)

    よな、自殺について。
    そういうように強い「違法性阻却自由」っていうのは、一体全体、何?
    君は、答えられないでしょ!

    なぜなら、元から「自殺は違法じゃないから」だよ。

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