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  • ホントのところ、朝鮮人はなぜ、元号の使用を嫌がるのか?・・

    大問題

    譲位・即位どころではなく、元号の使用そのものに反対している・・

    朝鮮人はなぜ、元号の使用を嫌がるのか??

    新羅が7世紀に唐の支援を受けて朝鮮半島を統一して以来、中国の臣下として属国となり徹底した中国化が推し進められました。それまで日本のように漢字で二文字、三文字あった苗字はすべて漢字一文字に変更されました。

    以後、新羅、高麗、李氏朝鮮は中国の臣下・属国として中国皇帝へ国書を奉じる時は、必ず中国の元号を使用することとなりました。(厳密に言うと、新羅は唐に服属する前には独自の元号を持っていました。たとえば、建元、仁平、太和・・とか。)

    朝鮮の歴代王朝は自ら自国の元号を設定することなく、信書では必ず中国の元号を使用し、国内の出来事を記すときはもっぱら干支を使用することにしたわけであります。

    たとえば秀吉の朝鮮せい伐は壬辰倭乱、日清戦争は甲午事変と言うように。(ちなみに日清戦争を英語では“First Sino-Japanese War”=第一次日支戦争と呼び、CHINAを使わずSINO=シナを使います。昭和の日中戦争も同様です。第二次日支戦争なのです。)

    そして近年に至っては、韓国は日本の歴史教科書も、日本の元号で表記するのではなく、すべて干支で表記するように求めてきています。北朝鮮の立場も同様です。

    中国でもごくわずかではありますが、清朝の光緒帝が行おうとした変法自強運動にかかわる一連の政変を戊戌の政変といったり、清朝崩壊を辛亥革命と呼んでいます。また日本でもごくわずかではありますが、幕末の倒幕戦争を戊辰戦争と呼んだり、古代の日本での内乱で壬申の乱というのもあるにはありますが・・

    でも日本では、大化の改新、承平・天慶の乱、元寇のことを弘安・文永の役、頼朝死後の承久の乱、室町時代の嘉吉の乱、応仁の乱、朝鮮征・伐を文禄・慶長の役、江戸時代の享保、寛政、天保の改革、明治五年の政変等等、元号で表記されたものが圧倒的多数を占めます。

    ところで朝鮮でもごく例外的事例として、朝鮮独自の元号が確認されています。

    一つは新羅による朝鮮半島統一前、好太王碑で有名な高句麗の広開土王が永楽という元号を使っていたことがわかっています。後の中国の明代にも永楽という元号があり、永楽帝とか貨幣の永楽通宝にその元号の名残があります。

    また、日清戦争で日本が清を打ち破ったことにより朝鮮の独立が認められると、李氏朝鮮は早速にもまず国号を大韓帝国と改め、朝鮮国王の高宗は今や中国と対等であるという意味で皇帝を称するようになりました。

    そして統一新羅以来朝鮮初の元号として、“開国“を宣言しました。(開国→建陽→光武→隆熙、1894年から開国で、1897年から光武と改めこの時大韓帝国と称しました。最後の元号は隆熙で以後日韓併合時代となります。)
    https://youtu.be/LIj3fd2zjnU

    ですから、朝鮮の歴史にはまったくといっていいほど朝鮮独自の元号は出てきません。出てくるのは、中国の元号と干支を使った表記しかないわけです。

    はなはだしきは、高麗の時代、中国では唐滅亡後の五代十国時代、後唐、後晋、後漢、後周、宋の元号使用と目まぐるしく入れ替わります。仕方ありませんね。ご主人様がころころ入れ替わるのですから。

    てなわけで、朝鮮人は干支表記を好み、元号を嫌うようになったのです。そして甚だしきは、日本の歴史表記も元号ではなく干支表記で表すように露骨な干渉をしてきています。

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