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  • 20年の封印を解かれた闇資料





    「東アジア黙示録」より  





    河野洋平が愛した洋公主…慰安婦役者の最初のウソ

    そこには生年月日も出身地も記されていなかった…河野談話発表の“決め手”となった聞き取り調査の中身が判明。20年の封印を解かれた闇資料が慰安婦捏造派を更に追い詰める。

    「ちょっとお聞きしたいんですけれども、ヒヤリングを出さないと決めていらっしゃるわけですね。どうして出さないんですか?名前だけでも出せないんですか?」

    平成9年3月、自民党若手議員の勉強会に参加した西岡力教授は、政府関係者を追及、資料の公開を求めた。答えたのは河野談話の発表に深く関わった内閣外政審議室の東良信審議官だ。

    「非常に少ない人数なものですから、内容が出ますと必ず特定できるという状況になっておりますものですから、そこは…」(展転社刊『歴史教科書への疑問』170頁)

    はっきり言います。これは全くの詭弁です!
    なぜならば、この自称元慰安婦たちのほとんどが日本で訴訟を起こし、名前は完全にばればれになっているんです。(裁判は公開ですので。はい!)
    何をいまさら、“個人情報保護“ですか???
    ちなみに裁判は、自称元慰安婦側の全面敗北で全員あえなく撃沈されましたが。


    政府側が公開を拒んだのは、河野談話で一方的に謝罪する“決め手”となった自称慰安婦の証言記録。これまで政府側は、個人情報の保護などを理由に20年間にわたり門外不出としてきた。

    その重要資料を産経新聞が入手、10月16日付の1面を飾った。スクープである。先日の朝日新聞の意味不明な“慰安婦関連スクープ”とは質も格も違う。河野洋平らの大罪を暴く決定的な資料だ。


    産経新聞がゲットした証言記録は計13ページで、自称慰安婦16人が話した就業の経緯や体験談がメモされている。対象が僅か16人であることは以前から判明しているが、その内容は想像以上に杜撰だった。

    大阪や台湾など戦地でなく、慰安所がなかった地域で働いていたという証言が6人にのぼる。この6人は慰安婦を自称した時点でウソを吐いている。軍の関与も何ら関係ない一般的な売春婦に過ぎない。


    そして、半数の自称慰安婦は生年月日を詳しく明かさず、大半が出生地を明示していない。更に、氏姓すら曖昧な証言者も含まれる他、同一人物が複数の名前を使い分けていた疑いまで浮上した。

    【出身地も生年月日も忘れたが…】

    「20年ぶりに日の目を見たこの報告メモに目を通し、理由が分かったような気がする」

    慰安婦の実証研究で知られる現代史家の秦郁彦氏も、呆れ果てる。河野談話で「軍の強制性」を示す唯一の証拠となった証言記録。それは、歴史資料として逆立ちしても扱えないシロモノだった。

    「身の上、氏名、年齢さえあやふやな慰安婦が多く、公文書と呼ぶには恥ずかしいほどお祖末なものだったからである」(10月16日付産経新聞)


    ▼現代史の権威・秦郁彦氏(産経)

    秦氏が卒倒するのも当然だ。証言メモで出身地が明かされているのは、16人のうち僅か3人。しかも、ソウル・平壌と答えたのが2人で、全羅南道唐津郡と詳しく語っているのは唯一人だった。

    我が国の保護下の朝鮮半島では戸籍制度が整っていた。例えば、沖縄に移り住んだ元慰安婦を追った『赤瓦の家』の著者は、半島本籍地の役場や近隣を訪問し、一族の消息を調べ上げている。


    ▼本籍地を追跡した『赤瓦の家』

    出身の村を正確に伝えれば、第三者が現地調査し、村人から客観的な証言を引き出すことも容易い。本籍地の隠蔽は、追加調査で嘘が暴かれるのを防ぐ為だ。

    これとは対照的に、ビルマ・ミートキーナで米軍が慰安婦を拘束した際の尋問では20人全員が出身地を明かしていた。生年月日も出生地も不備だらけの証言メモが、河野談話の核になっていたのである。

    下は、身元を調べた米軍戦時情報局資料

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 20年の封印を解かれた闇資料      「東アジア黙示録」より        河野洋平が愛した洋公主

  • これぞ、忍法、“くノ一”!!




                  盗まれた国家機密は、数知れず!!






    哀れ!、ハメられた小沢の末路は・・・



              


    金 淑賢(キム・スクヒョン、김숙현、1972年 - )は、東北大学准教授。小沢一郎の元国際担当秘書。

    韓国ソウル特別市生まれ。大元外国語高等学校(ko:대원외국어고등학교)、韓国外国語大学日本語科・同大学院卒業後、1998年に日本に留学し、2000年に20倍の倍率を勝ち抜き自由党 (日本 1998-2003)小沢一郎の秘書に抜擢された。その後、秘書を退任し、2008年5月、東北大学大学院法学研究科准教授に就任する。

    • 小沢一郎の秘書時代は、主に国際情勢業務を担当しており、日本政界に従事するという関係から、駐日韓国大使館とも随時政局などについて情報交換を行っている。金は政権奪取を実現するまで小沢を補佐していくとしており、小沢の日韓関係に対する認識にも大きな影響を与えていることを明らかにしている。

    • 第21回参議院議員通常選挙での民主党躍進に関連して、韓国要人との会談に加え選挙期間中は全国を駆け回り選挙支援に乗り出すなど「全天候型秘書」ぶりを発揮、活躍が報じられる。

    • 日本政府による竹島領有権主張については衆議院選挙へ向けて政権の強いリーダーシップを発生させ、支持率低下を防ぐためのものであるなどの分析を韓国メディア聯合ニュースに寄稿している。


    • 在日韓国人の参政権問題については、韓国政府に日本への働きかけを強めるよう度々提言している。

    こいつがいわくつきの金 淑賢(キム・スクヒョン、김숙현、1972年 - )東北大学准教授、小沢一郎の元国際担当秘書 ↓

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 これぞ、忍法、“くノ一”!!                   盗まれた国

  • 秘密
    太平洋地域統合情報センター(JICPOA)
    海軍No.128
    c/o海軍郵便局
    サンフランシスコ/カリフォルニア
    JICPOA予備尋問調書NO.4

    名前 キム・ヒョンガム(朝鮮名) 金山マサオ(日本名)
    身分 民間人
    識別番号 3353
    所属 海軍愛国作業団
    担当職務 班長
    捕虜となった日と場所 1943/11/23、タラワ

    1 前文
    この捕虜は、朝鮮のホーカイ道ホーザン郡(翻訳者注:黄海道の鳳山郡のこと?)キエ面シンイン里6番地で1919年1月31日に生まれた。彼は結婚しており、7歳と4歳の二人の息子がいる。父は死亡しており、母は48歳である。23歳の弟がいる。彼は小学校(6年)を卒業してソウルの中学校に通っていたが、父の死によって故郷に帰って仕事をしなければならなくなった。

    この捕虜は、彼の父が行っていた運送会社で、それが1941年に日本人によって閉鎖されるまで働いた。その時、朝鮮における運送業は、日本の代表的な運送会社であるマルツウ商社の朝鮮支店であるマルボシ商社を除いて全て閉鎖された。会社が閉鎖されるまで、彼は月に50~60円の利益を得ていた。

    その後、彼は大阪毎日新聞を彼の近隣地域に配達する販売店の仕事を始めた。この仕事は大して利益にならなかったため、彼は5人の朝鮮の女性による小さな売春宿の仕事を始めた。彼はこの仕事で月に300~400円を稼いだが、親としての立場から、その地域を離れて女性たちと共に満州国へ行くことにした。 

     彼は、まず新京の一つ前の小さな駅であるトゥンサンマルへ行き、そこで友人宅に数日滞在した。彼はそれから牡丹江に行き約2か月滞在し、さらに一行と共にPEIANSHENG、SHENSHUに進み、4か月滞在した。この間、彼は近辺の朝鮮人労働者たちにサービスを提供した。

    彼の収入は毎月1,000円ほどであった。彼は満州国にのべ8か月滞在した後、冬の強烈な寒さと淋病が現れたことにより、1942年11月にこの利益の多い仕事をやめて故郷に戻った。

    それから彼は「海軍愛国作業団」に入った。彼は世界を見たいと考えてこの組織に入った。彼は1年契約の短期雇員であった。彼の班長としての給料は月に145円だった。彼は教育があり日本語をうまく話すことができ、また商売の経験があったことから班長に選ばれた。

    2 時日経過 (略)


     当時、朝鮮人業者が売春業を経営していたことの一例です。

    http://koreanhistorytranslations.blogspot.jp/2012/09/1943-nov-23-pow-captured-had-small.html

    これが秘密予備尋問調書の原本 ↓

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 秘密 太平洋地域統合情報センター(JICPOA) 海軍No.128 c/o海軍郵便局 サンフランシス

  • この若造の救い様のない性癖を自白した放言。
    「冗談」? こんな低俗なアホ発言など 冗談とする高尚なもんじゃない。

    しかし大阪人
    こんな非見識な男をよく首長など祭っているねぇ!
    橋下は論外として、貴方がたの見識が疑われているんですよ。
    一人相撲の辞職・選挙といい、他所ではこんな男 つるし首もんですよ。

  • 南朝鮮(韓国)の歴史教科書

     韓国の教科書の歴史は、韓国の歴史教科書なのに日本に対する記述がやたら多いことが特徴である。この教科書は日本でいうところの「日本史」と「世界史」を合わせたようなものだと理解したほうが適切なほど、我々から見ると「韓日史」の教科書じゃないの?と思うくらいに、一隣国でしかない日本について非常にたくさんのことが書かれている。隣の大国中国のほうが文化的にも、政治的にも大きな影響があったにもかかわらずである。

    しかも、歴史教科書でありながら、神話の時代の話を年号まで入れて確定的に書いてしまうのはあまりにもお粗末である。

    韓国が独島といってる島は、教科書では島根県の竹島とは別のものといえる。この教科書にある地図を見ても大きさも位置も違う。

    韓国の歴史教科書は中国同様、国定教科書で1種類しかない。国家が歴史解釈を統制し、1つの歴史解釈しか許さない。政府の主張したい歴史を、大きく反映したものである。

     最大のデタラメは何といっても、1910年の日韓併合まで韓国が有史以来あたかも独立国であったかのように記述されていることに尽きる。このデタラメこそが日本に凄まじい災禍をもたらしている。

     1258年に高麗はモンゴルの襲撃により事実上壊滅する。その後、三別抄というパルチザンが江華島、珍島、済州島で抗戦するも1273年には平定され、高麗はモンゴルの完全属国になる。

    その後はモンゴル皇帝の元に人質に出されていた王子が高麗に戻され王になる。傀儡政権時代だ。ちなみにその後、日本を攻撃した元寇はこの傀儡政権が元に提案して実行された。高麗史にそう書かれている。

    ところが韓国の国定歴史教科書では「高麗と元(モンゴル)は講和を結んだ」でおしまいだ。これでは事実が全く伝わらない。あたかも対等の立場で戦争を終結させたかのようなデタラメ記述なのだ。

     しかしより深刻なデタラメは1637年1月30日の三田渡の盟約を完全黙殺していることだ。一切記述がない。清との間に戦争があったことすら記述がないのだからあきれる。第16代朝鮮王仁祖は丙子胡乱で惨敗し、清のホンタイジの前で9回土下座(三跪九叩頭の礼)してやっと許してもらった。


    三跪九叩頭の礼

    大清皇帝功徳碑復元記念レリーフ 清国皇帝(ホンタイジ)に土下座で許しを乞う16代朝鮮王仁祖 ↓

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 南朝鮮(韓国)の歴史教科書   韓国の教科書の歴史は、韓国の歴史教科書なのに日本に対する記述がやたら

  • 戦後、日本がポツダム宣言を受け入れると日本各地で、婦女暴行、窃盗、暴行、殺人、略奪、警察署の襲撃、公的機関への襲撃、土地建物の不法占拠、鉄道や飲食店での不法行為等様ざまな朝鮮人による犯罪が多発した。

    自称「戦勝国民」(正しくは戦勝国民ではない)であると主張し、自らを「朝鮮進駐軍」と名乗り各地で徒党組んで暴れ事件を起こした。GHQの資料にあるだけでも最低4000人の日本人市民が朝鮮進駐軍の犠牲となり殺害されたとされている。

    更に驚くことにそのいずれの犯人も罪に問われた者がいない。

    ところがGHQは 「削除または掲載発行禁止の対象となるもの」として30項目からなる検閲指標が纏められ、連合国に関する批判、東京裁判批判に繋がる一切の言論、其れと同時に闇市の状況や進駐軍や在日朝鮮人による夥しい強姦事件、暴力事件、殺人事件が発生したが報道することさえ禁じたのである。

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。   戦後、日本がポツダム宣言を受け入れると日本各地で、婦女暴行、窃盗、暴行、殺人、略奪、警察署の襲撃

  • ◆◇在日朝鮮人のすばらしい「愛国心」◇◆

    ・ 強制連行されてきた外国人のはずだが、祖国に帰らせろとは言わない。

    ・ 祖国は日本よりすばらしいと言うくせに、帰ろうとはしない。徴兵も無視。

    ・ 帰る祖国が存在するのに、帰る場所はないと言う。

    ・ 日の丸を見るのも嫌な外国人のくせに、日本から出て行こうとはしない。

    ・ 立派な朝鮮人名を名乗らず、屈辱なはずの日本人名を自らの意思で名乗る。

    ・ 大嫌いなはずの日本人に、リアルでもネット上でも成りすます。

    ・ 外国でトラブルに遭うと、祖国の大使館ではなく日本の大使館に泣きつく。

    ・ 祖国に帰れば参政権があるのに、なぜか先に日本での参政権を要求する。

    ・ 祖国を良くするための諫言はしないが、日本には内政干渉をする。

    ・ 日本は嫌いというわりに日本語で会話し日本語を書いて日本のテレビを見ている。

    ・ 大嫌いなはずの日本人に普段の生活から日本人風の偽名を名乗って成りすます。

    ・ 素晴らしい我が祖国というくせ、石にしがみついたように頑に帰ろうとはしない。

    ・ 可哀想な被害者というわりには、60年間ルーツの祖国に、自分たちは日本に強制連行されたから助けて欲しいと訴えたことすらない。

    ・ 60年間,本国から同胞に「在日朝鮮人を返せ!」といわれた事すらない。

    ・ 60年間,日本人に対して、自ら早く帰らせてくれと懇願した事すらない。

    ・ 飛行機で数時間、フェリーで一万円で帰れる祖国が存在するのに、帰る場所がないと言う。

    ・ 海から泳いできたり、指紋まで削ったり、必死すぎるくらい日本に入国したがる。

    ・ 日の丸を見るのすら嫌というわりに子孫まで作って一向に日本から出て行こうとはしない。

    ・ 従軍慰安婦(笑)にされて謝罪と賠償を求める癖に、今も自ら日本人相手に喜々として売春してる。

    ・祖国が在日専用の居住区まで用意したのに帰らないほど日本にしがみついている。


    これが、通称パチ屋のデブゴコウ パチンコ店を50店舗以上持っている。 ↓

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 ◆◇在日朝鮮人のすばらしい「愛国心」◇◆  ・ 強制連行されてきた外国人のはずだが、祖国に帰らせろと

  • これは、現在進行中の人身売買である!!





                    そして、現代における奴隷制の一つである!!






    <米政府・米軍の勧告>
    2010年にアメリカ国務省は韓国の米軍基地周辺のバーで働く女性達の状況について、現在進行中の人身売買であるとする報告を行っている。2012年に在韓米軍はジューシーバーで高いドリンク代を支払うことは現代における奴隷制の一つである人身売買業を支援することであるとする動画をユーチューブに投稿した。


    <基地村浄化キャンペーン>
    全斗煥政権(1980年 - 1988年)の時代には、全斗煥大統領による基地村浄化キャンペーンが実施されると売春婦とアメリカ兵との関係の発展を目指して、エチケット講義が行われるとともに頻繁に薬物療法が行われるようになった。医師免許を持たない医者達の前で脚を広げることを強制され、抗生物質を打たれて死にいたる女性もいた。女性達が逆らうと医者達に暴力を振るわれて監禁されることとなっていた。


    1990年代から現在まで
    朝鮮戦争時に設置された束草の慰安所は休戦後、私娼の集娼地が形成され、1990年代まで軍の慰安所として機能していた。1990年ころも、軍の訓練所の外に 俗に「毛布部隊」と呼ばれる私娼窟があった。

    韓国では旧日本軍慰安婦問題だけでなく、在韓米軍を相手にした慰安婦(売春婦)の問題も、在韓米軍慰安婦問題として社会問題にもなっている。1990年までに韓国における米軍相手の売春婦は25万から30万にのぼった。

    ○尹今伊殺害事件
    1992年10月には、米兵のケネス・マークル(Kenneth Markle)が米軍専用クラブの従業員で「洋公主」の尹今伊(ユン・クミグミ)を殺害し、ちつにコーラ瓶、肛門には傘が刺され全身に洗濯用洗剤がまかれたままの遺体で見つかるという尹今伊殺害事件が発生し、反米運動にまで発展し、翌1993年には駐韓米軍犯罪根絶運動本部が設置された。
    <注>ちつを漢字で書くと、この掲示板では投稿を拒否されます。

    <韓国と米国に対する慰安婦訴訟>
    2009年、韓国系アメリカ人の元慰安婦らが米兵との性的行為を1960年代から1980年代にわたり強制されたとして、米軍と韓国政府に対して損害賠償をもとめてアメリカで提訴した(在韓米軍慰安婦問題)。原告の慰安婦らは韓国政府は米軍のためのポン引きだったと批判している。
    その後、謝罪と補償を求める女性たちもいるが、韓国最高裁は売春である不法行為に基づく損害賠償請求であるとして棄却している。

    これは、モンキーハウス、つまり在韓米軍慰安婦たち

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 これは、現在進行中の人身売買である!!                      そして、現代におけ

  • 多くの朝鮮人国会議員の働きで、志願兵制度が認められました!!



                日本軍入隊のための血書提出が、山のように殺到!!



    その中には、朴クネ大統領のお父さんも!!



    朝鮮人日本兵とは、大日本帝国陸海軍(旧日本軍)に所属し軍務に服した、朝鮮人の軍人。俘虜監視員など軍人に近い任務を行った軍属も含むことがある。

    最初に陸軍に朝鮮人が大量採用されたのは1910年に創設された憲兵補助員制度においてである。憲兵補助員は陸軍一等卒、二等卒に準じる処遇を受ける軍属とされた。1919年に憲兵警察制度が廃止されると憲兵補助員は朝鮮総督府警察の警察官に転官した。1938年に陸軍特別志願兵制度、1943年に海軍特別志願兵制度が導入された。

    特別志願兵制度の施行以前は、朝鮮人が一般の兵卒として陸海軍に入隊することはできず、朝鮮人の日本軍人は洪思翊に代表される、陸軍士官学校を卒業して士官に任官した者、李秉武のように旧大韓帝国軍から朝鮮軍人として日本陸軍に転籍した者に限られていた。また、海軍兵学校、海軍機関学校などの海軍の士官養成諸学校は、終始朝鮮人の入校を認めなかった。1944年からは徴兵も行われた。ただし、訓練中に終戦を迎え、前線には一兵もいかなかった。

    朝鮮人志願兵
    選抜条件
    • 思想堅固ニシテ体躯強健、精神に異常ナキ者
    • 前科者殊に民族主義者、共産主義運動等に関係せし者は之を採用せず、家族にして主義運動等に関与しある家庭の者は之を採用せず

    志願者数
    志願者数[5]

    年度 志願者 入所者数 選抜率 志願倍率
    1938年 2946人 406人 16.2% 7.3倍
    1939年 12,348人 613人 4.9% 20.2倍
    1940年 84,443人 3,060人 3.6% 27.6倍
    1941年 144,743人 3,208人 2.2% 45.1倍
    1942年 254,273人 4,077人 1.6% 62.4倍
    1943年 303,394人 6,000人 1.9% 50.6倍

    志願の背景
    1940年頃には日本に非協力的であった朝鮮人の大半が協調的に転向していた。当時、朝鮮人による日本軍入隊のための血書提出は流行しており。1939年には45名、1940年には168名が血書を提出している。後に第5-9代韓国大統領となる朴正煕訓導も血書を提出し満洲新聞1939年3月31日付に掲載されている。
    <注>下部写真参照
    なお、1965年の日韓国交正常化後、朴正煕韓国大統領は在日韓国大使に毎年、靖国神社を参拝させていた。このことは、朴クネ現韓国大統領もよく熟知している。

    著名な朝鮮人日本兵
    旧日本軍出身の韓国人は、日本統治終了後、韓国軍の主力として朝鮮戦争などでも指導的役割を果し、第11代までの韓国陸軍参謀総長は全て旧軍出身者で占められていた。21世紀になると、日本軍の将官、高級将校を務めたものは貴族院議員、衆議院議員、道知事、裁判官、朝鮮総督府高官などを務めた朝鮮人と同様に親日反民族行為者と認定されている。他方、北朝鮮においては、旧軍の将校以上の地位にあった者は対敵協力者としてほとんどが粛清され、ソビエト連邦の士官養成教育を受けた者たちが朝鮮人民軍将校団の主軸となった。

    将官
    • 洪思翊 - 中将(戦犯処刑)
    • 趙東潤 - 中将
    • 李秉武 - 中将
    • 趙性根 - 中将
    • 魚潭 - 中将
    • 李垠 - 中将(李王)
    • 李煕斗 - 少将
    • 金應善 - 少将
    • 王瑜植 - 少将

    佐官以下
    • 李應俊 - 大佐(韓国軍中将、初代参謀総長)
    • 金錫源 - 大佐(金鵄勲章、韓国軍少将)
    • 李鍝 - 大佐(広島市への原子爆弾投下により被爆死)
    • 安秉範 - 大佐(韓国軍准将、朝鮮戦争で自決)
    • 李鍵 - 中佐(李王家、日本に帰化)
    • 衛喨 - 満州国軍中佐
    • 蔡秉徳 - 少佐(韓国軍少将、参謀総長)
    • 白洪錫 - 少佐(韓国軍准将、韓国在郷軍人会初代会長)
    • 金貞烈 - 大尉(韓国軍大将、第19代首相)
    • 金擎天 - 中尉(抗日パルチザン、ソビエト連邦の大粛清により粛清)
    • 池青天 - 中尉(抗日パルチザン、韓国無任所大臣)
    • 朴正煕 - 満州国軍中尉(韓国軍少将、韓国大統領)
    • 白善燁 - 満州国軍中尉(韓国軍大将、韓国軍連合参謀会議議長)
    • 張都暎 - 少尉(韓国軍中将、参謀総長、国家再建最高会議議長)
    • 安光鎬 - 少尉(ko)(韓国軍准将、大使、大韓貿易振興公社社長)
    • 丁一権 - 階級不詳、憲兵士官、(韓国軍参謀総長、第9代首相)

      
    <注>下の写真は、血書志願をした朝鮮人志願兵の、ソウル市内朝鮮銀行前での
           市街地演習。(昭和14年 アサヒグラフより)

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 多くの朝鮮人国会議員の働きで、志願兵制度が認められました!!                日本軍入

  • 絆は理解できないだろう!!





    存亡をかけた情熱!!





                歴史」を勉強する必要がある!!






    「朝鮮人の強制連行」問題の著作物は、地方の公立図書館へ行くと、意外なほど多い。戦前の日本国内では、朝鮮人の犯罪者が多かったので、いかにして朝鮮半島からの人の流入を釜山港で阻止するかに悩み、たびたび朝鮮総督府に有効な対策を求めていた。だが、「朝鮮人の強制連行」問題の著書があれほど多くても、「犯罪」「入国阻止」関連研究書は、大学図書館でさえほとんど見いだすことが困難だ。

    (中略)
    韓国人の著述には、「日帝36年」について「強制連行」「強制労働」「強制徴集・徴用」と表現することが多いが、その「強制連行」とは、じつは大陸文化そのもので、戦争や動乱があるたびに、住民が「強制連行」されたことは、中国史にも、朝鮮史にも繰り返し書かれている。


    韓国人の「日帝」糾弾のバターンは、たいてい決まっている。それはあたかも日帝のすべての悪事悪行が隠蔽されてきたが、それが次から次へと考古学や犯罪事件摘発のように発掘されていくという図式である。

    第二次大戦末期に、台湾からも多くの少年工が来日している。しかし、彼らは「強制連行」ではなく、厳しい選考をへて、来日が許可されたのだった。
    「強制連行」については、台湾人の子供まで連行され、海軍飛行場の建設工場で、酷使され、息を引き取ったと韓国有力紙に報道されたこともある。

    この「子供強制徴用の実態」に関して、あたかも「歴史発掘」のように、韓国では一時、歴史捏造に狂奔した。

    「東亜日報」(91年10月23日付)は、「神奈川県で12から18歳の台湾少年工8000名が、軍需工場で強制労働させられていたことが明らかになった。しかし、8歳の少年強制労働と火葬というのは、ひょっとすると日本全国で初めて確認されたことではないだろうか」と日本の大学教授の発言を引用して報道している。

    日本の反日大学教授も不勉強であるが、韓国のマスコミも「反日」の話題でさえあれば、なんでもかんでも派手に報道するという姿勢は問題であろう。

    じつは、台湾少年工についての歴史捏造と歪曲ほどひどいものはない。

    戦争末期、台湾から日本に来た8000名の台湾少年工は、主に名古屋、大和市、群馬県の戦闘機工場で働いた。彼らは「強制連行」ではなく、厳しい筆記試験に合格、さらに身体検査にも合格、校長と両親の許可を得て来日したものであった。

    「強制連行」どころか、現在でいえば「東大入試」の狭き門をパスした誇りある少年たちである。私が直接彼らから聞いたところでは、「隼」以外に「ゼロ戦」をつくったという人もいた。

    彼らは現在「高座会」をつくり、生存者は70歳前後になっているものの、なおも5000人以上の会員を有している。会誌も発行されている。十数歳の台湾少年工の作詞、作曲した会歌は、日本の寮歌に似ていて、合唱するとじつに感動的である。

    彼らは日本人の友人との絆が強く、94年の大和市の大会では、2000人以上の会員が台湾から来日し、大和市は、交通大渋滞となるほどであった。当時、日本のマスコミは、彼らを「強制連行」と報道したため、自尊心を傷つけられ、会長が会員全員を引き連れ、新聞社へ抗議に行くという話もあったほどだ。

    戦争末期の米軍空襲下でともに働いてきた台湾人と日本人は、上官と部下の関係のみでなく、その絆もなかなかに強い。私は台湾から来た昔の少年兵を連れ、かつての日本人仲間の病気見舞いや、老後の不遇者の生活の面倒に奔走する戦友を案内したこともあった。

    日帝の「暴挙」ばかりを追及してきた韓国人には、日本国民として育てられ、ともに国家の存亡をかけた情熱と戦友としての絆は理解できないだろう。この5000人以上の証人について、日本人ももっと「歴史」を勉強する必要があるのではないだろうか。

    彼ら韓国人が、いかに「強制連行」「虐殺」「追害」だけを喚(わめ)いているかを示唆するような話ではないだろうか。

    韓国人の「反日」 台湾人の『親日」 黄文雄 1999 光文社より

    この人が台湾の気鋭のジャーナリスト黄文雄氏 ↓

    15,6歳で徴用された元台湾少年工の懇親会。↓ 今でも続いている。彼等は、ゼロ戦や雷電戦闘機の製造にかかわったことを、この上なく誇りに思っている。どうして、こうも朝鮮人元徴用工とこんなにも違いが生じるのでしょうか・・・

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 絆は理解できないだろう!!      存亡をかけた情熱!!                  歴史」

  • 非常に荒っぽい方法で盗まれ、行方不明







                 再び姿を現したのは翌年







                          既に勝手に国宝に指定






    盗まれた重要文化財、いつの間にか韓国の国宝に!



     14世紀末、朝鮮半島の支配が高麗から李氏朝鮮にかわると、儒教が仏教に代わって最大宗教勢力となり、廃仏運動が発生した。その結果、押し出されるようにして経典や仏画などが日本に渡るようになり、1488年に如円坊という僧によって長崎県の安国寺に持ち込まれた「高麗版大般若経」もその一つと考えられている。

     「高麗版大般若経」は国の重文として安国寺の宝財殿に安置されていたが、1994年、南京錠を破壊して押し入るという非常に荒っぽい方法で盗まれ、行方不明になった。再び姿を現したのは翌年の1995年、驚いたことに、既に勝手に韓国の国宝に指定されており、韓国人の「正当な所有物」となっていた。

     前年の盗難事件を韓国政府が知らない筈もなく、韓国博物館の関与も囁かれていることもあって、現在では国家ぐるみの犯行との疑いが非常に濃厚となっている。1998年2月、日本の文化庁は外務省を通じて韓国に調査協力を求めたが、 韓国政府は「個人所蔵により要請に応えることは難しい」と、事実上の略奪宣言に等しい回答で調査拒否を行った。 2001年、この事件は、そのまま時効となっている。

     盗まれた「高麗版大般若経」は現在、韓国博物館会会長であるユ相玉(ユ・サンオク)氏の私有財産となっている。美術品収集家としても有名なユ相玉氏(72)は韓国高級化粧品会社「コリアナ化粧品」の会長でもあり、同社が経営する化粧品博物館「space*c」では、2005年7月まで「高麗版大般若経」をユ相玉の私有財産として 
     堂々と展示していた。

    ユ相玉と、安国寺からの強奪を指揮した窃盗グループとの関係は、未だ不明である。ユ相玉の前は、申という人物の所有物となっていた事も、直接の関わりあいを追求するのを難しくしている。

     ユ相玉は、化粧品博物館「space*c」の開館(2003年)にあわせて、申から「高麗版大般若経」を手に入れたのではないかとする見方もある。その場合、氏は盗品を買っただけであり、犯行の指揮には関わっていないことになる。

    ただ、韓国博物館会会長という立場からして これが日本からの盗品であること、日本の国家重要文化財に指定されていることを知っていたのは まず間違いないと見られており、この盗難事件との密接な関わりが否定されているわけではないようだ。
     
    この件に関し、コリアナ化粧品広報部は「大変微妙な話で,内容をきちんと把握しないことには応えられない。」と、一切の取材を拒否している。

    これが、韓国人に盗まれた「高麗版大般若経」 ↓

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 非常に荒っぽい方法で盗まれ、行方不明                     再び姿を現したのは翌年

  • しょせん一時しのぎ






            問題は終わらない






                  問題の先送りにしかすぎない






    金完燮(キム・ワンソプ)と呉善花の対談より


    呉 そうではなく、日本の問題を言うなら、戦前の日本を糾弾したくてたまらない日本の左翼活動家たちが、韓国の反日感情に同調、火に油を注いでさらなる反日を煽っている、ということです。残念ながら日本の政治指導者はその火消しをするのではなく、謝罪すれば問題が解決すると思っているように見えます。それが逆効果でしかなく、問題の先送りにしかすぎないことになぜ気が付かないのか。

    金 それは同感です。「わが国は遠くない過去の一時期、国策を誤り、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は疑うべきもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのおわびの気持ちを表明いたします」というのは、1995年に村山富市首相が出した戦後50周年談話とされるものです。

    日本は天皇をはじめ歴代総理の談話や国会答弁という形で、アジア諸国に対していずれも似たような表現の謝罪を表明してきていますが、私もそれは、相手の非難、相手も不満を一時的にしのぐ方法にすぎず、根本的な和解、相互理解には何ら役立っていないと思います。

    昨日もインターネットに接続していたら、ある韓|国の女の子からメッセージが届いて数十分チャットをしたのですが、私の本を変だと言うんですね。つまり韓国政府が捏造した反日の歴史を韓国国内で教えていて、自分たちの学んだ歴史がみんな嘘だとしたら、日本はどうしてそれを黙っているのか。私の主張(親日派のための弁明)が事実なら日本はどうしてそれを黙っているのか。私の主張が事実なら日本が黙過しているのはおかしい、韓国政府に抗議してくるはずで、抗議してこないということは日本も侵略を認めているということではないか、というのです。

    この女の子の反応は至極まともだと思います。だからこそ日本のほうが先に歴史認識を変える必要がある。そしてはっきりと事実を主張すべきなのです。そうすれば韓国との問題はは自ずと解決に向かいます。呉さんの言われるように、日本政府のやっていることは問題の永遠の先送りです。

    呉 日本人が事実を重要視せず、それは善意からなのかもしれませんが、安易に謝罪すれば謝罪するほど、誤った歴史を日本が肯定することになり、周囲の不信を呼び込むことになる。日朝首脳会談でも、金正日書記が拉致事件を謝罪したということで、バランスを大事にする日本としては日韓併合の事実を見るよりも前に、「過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えた」として、またもや「痛切な反省とおわびの気持ちを表明」してきたました。

    金 [・・・]ちょうど私は、日朝首脳会談の行われた9月17日は韓国にいたのですが、新聞の論調などを見ると、「日朝平壌宣言」の内容から1965年の日韓基本条約は無効だという主張がありました。北が新たな謝罪と補償を得るなら、われわれも植民地時代のことをもう一度日本に謝罪させて、賠償をもらわなければならないというのです。日本の今までの偽善的対応では結局こういう意見が出てくるのを抑えられない。しょせん一時しのぎにすぎず、問題は終わらないということになるのです。

    呉 日本人が本当に、韓国と北朝鮮との良好な関係を築きたいと考えるなら、あんなに安易に謝罪してはいけないのです。真の友情を欲しているのなら、歴史に関わる誤解は解かなくてはならない。そう努めることが相手を認めた誠意ある態度だと思います。[・・・]

    (以下略)

    月刊正論 2002年12月号

    金は「日本が自国に対して正当な歴史認識を持っていたら、韓国もこんなふうにはならなかった」と言い、呉は「日本の左翼活動家たちが、韓国の反日感情に同調、火に油を注いでさらなる反日を煽っている」と指摘する。

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 しょせん一時しのぎ               問題は終わらない                  

  • 2013/10/02 11:25

     大阪外国語大学の藤目ゆき助教授(歴史学)の話 

    非常に重要な報告だ。軍慰安婦については、韓国でもほとんど知られておらず、発見といっていい。韓国にいて韓国軍の暗部を問うのは難しい。同胞の女性を性奴隷化した自国社会を直接問うことになるからだ。アジア女性史研究の上でも、軍慰安婦と現在の軍事基地周辺での性暴力がどのようにつながっているのかを知る助けになる。

    asahi.com : 社会 : 速報 2002/02/23
    http://www.asahi.com/national/update/0223/028.html

     日本軍の慰安婦問題「だけ」を追及したい朝日新聞としては、韓国に不利になるような報道をするのは不本意だったに違いありません。
     シンポジウムを後援した立場上、報道せざるを得なかったのだろうなと、私は推測しています。

     それはさておき……

     金貴玉教授のコメントに、「日本軍の慰安婦制度をまねたものではないか」「設置主体だった陸軍の幹部の多くは日本軍の経験者だった」とありますよね。

     つまり彼女の見解は、第二次大戦時に日本軍に所属していた韓国人(当時は日本人ですが)たちが、日本軍の慰安婦“制度”をお手本にして、韓国軍の慰安婦“制度”を作ったのだろうと。


     これはたとえば、著書「親日派の弁明」でおなじみの金完燮(キム・ワンソプ)さんも同じ考え方で、「親日派の弁明2」にこのような記述があります。

    【ベトナム戦争に参戦した韓国軍人の証言を聞くと、韓国政府もベトナム戦争に参戦した軍人たちのために変則的な軍隊慰安婦制度を運営した事実が認められる。これは当時の大統領・朴正煕が日本軍将校出身であるという事実を勘案すれば、それほど驚くべきことではない。】

    朝鮮戦争当時、北朝鮮地区で強制的に拉致された慰安婦たち ↓

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 2013/10/02 11:25   大阪外国語大学の藤目ゆき助教授(歴史学)の話   非常に重要な

  • 聞いたことありますか???






             大東合邦論を!!







                 それは、韓日満蒙合邦論なのです!!






    韓日合邦をなし得た韓国最大の政治団体、一進会の領袖李容九は、日本で大亜細亜主義を唱える黒竜会の内田良平に接近しました。

    そこで李容九は、“大東合邦論”をぶちあげます。韓日満蒙合邦論を口をきわめて熱く語り、朝鮮人の満州進出の必要性を強く主張しました。

    大亜細亜主義を掲げる内田は、すっかりこの李容九の論理に飲み込まれました。そして、李容九を伊藤博文なきあと日本の政界を牛耳っていた桂太郎に会わせました。

    李容九から韓日満蒙合邦論=大東合邦論を聞いた桂首相は、腰を抜かすほどびっくりし、李容九および一進会を日本とって危険極まりない人物・団体であると、極度に警戒するようになりました。

    李容九にしてみれば、ロシアを破りロシアの勢力を満州から駆逐した今こそ、日本が世界の一等国になった今こそ、日本が主導力を発揮し欧米がアジアに打ち込んだくびきを、木っ端みじんに粉砕するべく絶好のチャンスと見たわけであります。

    ところが桂太郎首相は、李容九と一進会のこのような主張・考えは、いたずらに欧米を刺激し日本を欧米との戦争に巻き込み日本を亡国に導く、とてつもなく危険極まりない思想と考えたわけであります。

    桂太郎首相は、直ちに一進会を含む韓国のすべての政治団体に、朝鮮総督府を通じて解散を命じさせました。韓国の政治団体は、欧米列強の怖さを余りにも知らなさすぎると映ったのであります。

    これに憤慨した李容九は、憤然として下野し、日本政府からの今までの功労に対する爵位の授与の申し出も決然ときっぱりと断ったのであります。

    しかし、この大東合邦論=韓日満蒙合邦論は日韓の水面下で人知れずひそかに生き延びて、のちの“大東亜共栄圏”思想に結び付いていくのであります。
    李容九死すともその精神は死なず!!
    朝鮮の人々は、大東亜戦争開始とともに、歓喜と熱狂の渦を巻きあげたのであります。

    下の写真参照。
    右が黒竜会の内田良平。
    左が一進会の会長李容九。

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 聞いたことありますか???                大東合邦論を!!             

  • >>22

    朝鮮学校PTAを逮捕!しまむら店員「土下座強要」で在日朝鮮人→帰化?青木万利子を逮捕!
    2013-10-07 23:07:03


    朝鮮学校のPTAの質が問われませんか?
        日本人に成りすましての日本人攻撃ですかね?



    この事件は、「日本人への異常な憎悪」が感じられたので、「おかしいな」と思っていましたら、案の定、朝鮮関係の方だとか!

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 朝鮮学校PTAを逮捕!しまむら店員「土下座強要」で在日朝鮮人→帰化?青木万利子を逮捕!

  •   あなたは、果たして、本当に向き合えますか!!



                     この歴史の闇に葬られた虐殺=ジェノサイド!!



                  レイプ、強姦、おぞましい鬼畜の嵐



                        その結果、生まれた子供たちは、今・・・


      
                あなたの父親が、一体何をしたか・・・



                          朴クネ韓国大統領!!



    この歴史に、真摯に向き合えますか・・・



    ライダイハン(越:Lai Đại Hàn、𤳆大韓)とは、大韓民国(以下、韓国)がベトナム戦争に派兵した韓国人兵士による現地ベトナム人女性に対する強姦などの性的交渉によりもうけられた子供のこと。パリ協定による韓国軍の撤退と、その後の南ベトナム政府の崩壊により取り残され、「敵軍の子」として迫害された。ライ「𤳆(チュノム表記)」はベトナム語で動物を含む「混血雑種」を意味する蔑称で、ダイハンは「大韓」のベトナム語読みである。

    ライダイハンの正確な数は、諸説ありはっきりしない。1500人(朝日新聞・1995年5月2日)、2千人(野村進)、最小5千人(釜山日報)、7千人、1万人以上(名越二荒之助]など)、最大3万人(釜山日報)としているものもある。、集団として注目できる、まとまった数の混血児が発生したのは事実である。
    原因については韓国軍兵士による強姦、兵士や民間人が「『妻』と子供を捨てて無責任にも韓国に帰国したこと」とする現地婚、「ベトナム人には美人が多いので、女は皆、慰安婦にさせられた。」とする慰安婦(非管理売春)などと複数のことが言われている。

    ただし、南ベトナム解放民族戦線が放送によって、韓国軍による拷問や虐殺事件、あるいは婦女子への暴行事件を連日報じていたことは事実であり、各地の韓国軍による虐殺、暴行事件の生存者の証言に共通する点としても婦女に対する強姦が挙げられている。

    韓国軍は30万人を超すベトナム人を虐殺したとも言われ、ベトナムでは村ごとに『「ダイハン」の残虐行為を忘れまい』と碑を建てて残虐行為を忘れまいと誓い合っているという。

    韓国の歴史教科書には、ベトナム戦争についてほとんど記述はされていない。中学生向けの国定教科書に記されているのは「そして、共産侵略を受けているベトナムを支援するために国軍を派兵した」の約1行のみだ。(佐藤和「被害者史観韓国を揺るがすベトナム民間人虐殺の加害責任」

    ヴェトナムにおける韓国軍(猛虎師団) ↓

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。   あなたは、果たして、本当に向き合えますか!!                     この歴史の

  • “半島の鷹”と呼ばれ、畏怖される男!!





    米寿を超えた気骨の歴史家!!





              今なお、孤高の雄たけびが響き渡る!!





    崔基鎬(チェ・キホ、1923年 - )は、韓国の大学教授。
    明知大学校助教授、中央大学校、東国大学校経営大学院。教授を経て、現在、加耶大学校客員教授

    日本統治時代に生まれ、日本語に堪能。反中・親日家であるといわれている。韓国ではあからさまな親日発言は袋叩きにされるために公では発言をしていません。彼は、朝鮮民族の性質を言い表すうえで、[政敵を糾弾するための道具として親日派という言葉をつかう]と、韓国の風潮を批判しています。

    彼の主張の要旨は以下の通りです。
    • 日韓併合で搾取されたのは日本。
    • 韓国、朝鮮の本当の敵は中国である。
    • 李氏朝鮮は隷属国家であり、北朝鮮は日本時代の遺産をすべて壊し、李氏朝鮮の時代に戻っている。
    • 日本はもう謝罪する必要はない。
    • 日本は明治時代の武士道を覚醒させて、しっかりと韓国と手を組んで中国と対処してほしい。

    韓国の大学教授崔基鎬(チェ・キホ、1923年 - )は、孤高の叫びを続けている!

    「1895年に日本が日清戦争に勝つと、李氏朝鮮は清国の属国としての桎梏をのがれて、独立国となることができた。国号が清国と対等な国として大韓帝国に改められ、第26代の高宗王が、中華圏における中国皇帝の臣下を意味する国王の称号を廃して、はじめて皇帝を称した。

    大清皇帝功徳碑は、1895年に、あまりにも恥辱であるとして、川の中に投げ込まれた。もっとも、この碑は韓日併合後に、川底から掘り出されて、史碑として同じ場所に建立された。

    1893年には、ソウルの西大門の近くにあった迎恩門が破壊されて、その場所に独立を記念する西洋式の独立門が建立された。迎恩門は、李朝を通じて、明、あるいは清の皇帝の勅使がソウルを訪れたときに、朝鮮国王がそこまで迎え出て、勅使に対して九回叩頭する礼を行なう場所だった。

    今日、独立門は韓国の史蹟32号に指定されている。しかし、今日の韓国民のうち、いったい何人が、そこに韓民族にとって、はかりしれない災禍をもたらした象徴である迎恩門が建っていたことを、知っているだろうか。日本にはその歴史を通じて、大清皇帝功徳碑も迎恩門もなかった。私たちから見ると、何と羨ましいことだろうか。

    かつて李氏朝鮮は中国への卑屈な服従関係と、不正腐敗を覆い隠す名分として、慕華思想という言葉を用いた。誇りを失った李氏朝鮮の末路は、亡国しかなかった」と評しました。

    朝鮮日報は、歴史問題を語る崔基鎬教授の動画がYouTubeに投稿されている事に対し、「歴史歪曲貶下」だと批判しています。

    以下は、彼の著作です。一読の価値は十分あります。
    崔基鎬 『韓国 堕落の2000年史――日本に大差をつけられた理由』
    崔基鎬 『日韓併合 歴史再検証 韓民族を救った「日帝36年」の真実』

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 “半島の鷹”と呼ばれ、畏怖される男!!      米寿を超えた気骨の歴史家!

  • あらゆる機会を利用して、国益の伸張を図ります!!



              でも、北朝鮮を非難することはしません!!



                      反発が怖いので・・・



                  でも、日本は徹底的に叩きます!!



    2007年10月24日、国連の日であるこの日は、恒例行事として国連事務総長主催のコンサートがニューヨークのマンハッタンにある国連本部で開催され、加盟している192カ国の大使や外交官ら約1600人が出席した。国連事務総長であり、韓国人である潘基文は、彼の意向により母国・韓国の「ソウル・フィル・ハーモニー・オーケストラ」が公演し、ソウル市と韓国国連代表部がコンサートを後援した。

    このコンサートの場において、韓国国連代表が作成した「Welcome to KOREA」と題されたパンフレットを用意したが、これには日本海を「東海」などと表記した英文のパンフレットが式次第とともに配られた(さらに竹島を強調した上で「独島」などと表記して間接的に韓国の領土であることを主張した)。

    事務総長が主催する国連コンサートで韓国側がこうしたパンフレットを配布したのは過去に例がなく、国連側はその場で回収するなどの措置も取らなかった。韓国側は地名の表記方法などについて話し合う国連地名標準化会議で、日本海の呼称を「東海」と併記するよう求めており、加盟国大使らが多数出席するコンサートの場を利用して自らの主張の定着を狙ったものとみられる。翌日、日本の国連代表部は国連事務局と韓国国連代表部に対し、文書などで抗議を行った。

    なお、2008年7月3日に国連事務総長として初めて訪韓した際、国連事務総長は複数国家の代表として職務の中立性が求められるのにも関わらず、「韓国人の国連事務総長として韓国の国力伸張に貢献できるようベストを尽くす」と述べた。


    2013年8月26日、前任の事務総長までの慣習である「歴史を消し去ることはできない」との言及をやめ、「『日本政府や政治指導者ら』は、とても深くみずからを省みて、国際的で未来志向のビジョンを持つことが必要だ」と中立的立場をとらない対日批判を行った。

    なお国連憲章100条1 には「事務総長及び職員は、その任務の遂行に当って、いかなる政府からも又はこの機関外のいかなる他の当局からも指示を求め、又は受けてはならない。」との記載があり、この規定に抵触する可能性が指摘されている。

    下の写真は、潘基文にひれ伏す安住財務大臣(当時)、隣は野田

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 あらゆる機会を利用して、国益の伸張を図ります!!              でも、北朝鮮を非難するこ

  • いかにして、「国籍ある教育」が行えるのか???




           自らの力で、独立を勝ち取ることができなかった




              永遠にその機会を、失ってしまったのだあああーーー!!!




                その挫滅した精神を、いかに病魔から守るのか??




                     徹底した優越感主義をとれ!!




                      徹底して、相手を蔑視しろ!!!




             かくて、歴史のキ形児、猟奇民族が誕生した!!




    「朝鮮民族の問題点」を払拭するために行われた「国籍ある教育」に基づいた韓民族優越史観で編纂された韓国の国定教科書が韓国起源説を加速させている側面があります。

    教科書では、「先進的な韓国が未開な日本に文明を授けてあげた」という歴史観が一貫して強調されており、日本に対して、日本の独自性の強い社会・文化や、日本が最も影響を受けた中国との東シナ海交易ルートや、日本から外国への文化伝播が存在しないかのような誤解を与えています。

    また、朝鮮半島が歴史上ほとんどの期間中国の従属国で政治・社会・文化の面で隷属していたことに殆ど触れられていないため、韓国人が「歴史的に朝鮮は文化先進国」という認識を一層強くする原因となっています。

    例えば、小学校の社会科教科書の日本関連では、
    「百済の文化を日本に伝えてあげた王仁」
    「(三国時代)わが先祖は発達したわが文化をとなりの日本にも教えてあげた」
    「高句麗の文化を日本に伝えてあげた」
    「今も日本人は、王仁を日本文化の先生として崇めている」
    等と朝鮮半島から日本への文物の「授与」が執拗に記述されている一方で、日本から朝鮮半島への影響については「残虐性」や「野蛮性」が誇張されて執拗に記述されており「日本人は文化的に劣等」という認識のもとで一貫して記述されています。


    また、高校の歴史教科書では、
    「倭族は大概東北アジア系統の族属と南洋族そしてアイヌ族の雑種」
    「優秀な朝鮮民族と劣等な日本民族」
    「東アジアの文化的後進国であった日本」
    「朝鮮半島の先進文化を未開な日本に教えてあげた」
    「近代化以前の日本の文化はすべて偉大な先進文化を持つ朝鮮半島から由来したもの」
    「野卑な日本はいつも朝鮮半島を侵略して財物を奪っていった」
    と示唆するような記述で一貫されていて「東アジアで文化的に劣等だった日本」とまで明記されているのです。

    下は、漫画はだしのゲンの一こま。
    戦後の日本人は、六等国民。
    朝鮮人は、二等国民。

    あほ橋下は謝るくらいなら最初からしっかり考えて物言え。 いかにして、「国籍ある教育」が行えるのか???            自らの力で、独立を勝ち取ること

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