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    全く同感です。 どう考えてもおかしいですよね。 福島の人々に対する責任なんて
    これっぽっちも考えていない。 最高益出して 社員に還元するなんて 冴えたる証拠。
    一般企業なら 大負債で倒産なのに 我々の税金で補填して 利益は 自分たちにとは、
    馬鹿にするのにも程がある。

  • なぜ、東電だけ税金投入する 倒産危機にある民間会社全てに税金投入しないと差別である
    電気料金の値上げも独占して値上げするのも 他業種の独占禁止法が差別です
    まず、東電を破綻させ新会社へそれから負歳を国が受け入れ 新会社社員平均年収は400万円ぐらいに抑えて再建をはかる
    公務員より高額な収入を維持したまま税金投入と電気料金値上げは国民を馬鹿にしてる

  •  はい!   事実です!!






                日帝によって“文化”を破壊された!!






                「労働蔑視」という大切な儒教文化を日帝が破壊したわけです!!







    李朝時代の朝鮮は両班(ヤンバンあるいはリャンバン)と言われる貴族階級があり、儒教が説く聖人君主たる条件である「働かず身を動かさない」という教えを守り、極端に労働蔑視していました。

    グレゴリー・ヘンダンーソン 『朝鮮の政治社会』
    「国家と民衆を食い物にして私腹を肥やすことしか考えていなかった」

    イザベラ・ルーシー・ビショップ(英作家)
    「両班はキセルですら自分で持たず、徹底して何もしないのが慣わしだった」

     高宗(李氏朝鮮王朝の第26代君主)が米公使館を訪れたとき、公使館員が庭でテニスをしているのを見て、「あのようなことをどうして奴婢(ノビと言われる賤民)にやらせないのか」と言ったといいます。運動まで蔑視していました。

     日露戦争では民衆は日本軍に協力しており、その中に両班も居ましたが、従軍した兵士によると「両班は生意気で、怠け者ばかり。なんべんか両班のやつをくらした(殴った)ことがある。働かんからだ。日本の村にあげなもんはおらん。威張ったゴミたい」(博多弁です)と述べています。

    「労働」に対する考え方が異なるのですから日本人にとっては驚きだったでしょう。ちなみに日本人は「労働は美徳である」と神話から来る伝統で考えており、西洋人は労働は「神が与えた義務」とキリスト教の教えで考えています。

     この労働蔑視の考え方を変えたのが日本統治でした。朝鮮総督府は両班の問題と農民自身にも積極的な意欲が無いことに着目し「勤労愛好、自主自立、報恩感謝」のスローガンを掲げ、農民を覚醒させ「自ら開き、自ら律し、自ら治め、自ら励み、自ら働く」という「独立自尊」の精神に基づいて農業を展開していきます。

     宇垣総督は農民生活の実態を把握するため地方巡視の際には村落に入り、自ら更生計画農家を視察しています。また郡守や村長の説明を聞き、農民を訪ね激励しています。農村振興のため、中堅人物、中堅青年の育成、婦人講習会、ハングル講習会、家計簿の普及などの指導が行われます。善意と愛情に満ちた農村振興運動は官民各層の共鳴を呼びます。

     朝鮮農民たちに日本式の集約的、多角的な農業経営、改良農法、新農法、品種改良をみせ、日本農民が老若男女の差無く家族ぐるみで農事に従事し、厳冬の室内作業やその他の副業に励む堅実さ、計画性を見せて朝鮮農民に新風を吹き込んでいきます。こうして朝鮮農民に大きな変化をもたらし、総督府のインフラ整備とあいまって生産性が向上し、近代市民社会へ向かったのです。

     現在、韓国では日帝によって文化が破壊されたとして、日本国内でもそういう論調がマスメディア中心に主流のようです。たしかに「労働蔑視」という大切な韓国の儒教(朱子学)文化を日帝が破壊したわけですね。韓国に謝罪される方はこのことも謝罪してあげてくださいな。

    ◆東電に税金を投入するな!◆  はい!   事実です!!                   日帝によって“文化&rd

  • これを読むと、





                 人間をやめたくなります!!






    現代史最大のタブー!!






               くれぐれも、人格を破壊されないように!!






     保導連盟事件(ほどうれんめいじけん)とは、1950年6月25日の朝鮮戦争勃発を受けて、李承晩大統領の命令によって韓国軍や韓国警察が共産主義からの転向者やその家族を再教育するための統制組織「国民保導連盟」の加盟者や収監中の政治犯や民間人など、少なくとも20万人あまりを大量虐殺した事件。

    「朝鮮戦争前後民間人虐殺真相糾明と名誉回復のための汎国民委員会」の研究では60万人から120万人が虐殺されたとしている。

     李承晩大統領が失脚した1960年の四月革命直後に、全国血虐殺者遺族会が、遺族たちの申告をもとに報告書を作成したが、その報告書は虐殺された人数を114万人としている。

    韓国政府の「真実・和解のための過去史整理委員会(ko)」は朝鮮戦争の初期に韓国政府によって子供を含む少なくとも10万人以上の人々を殺害し、排水溝や炭鉱や海に遺棄したことを確認している。


     韓国では近年まで事件に触れることもタブー視されており、「虐殺は共産主義者によっておこなわれた」としていた。


    韓国軍による処刑

     日本の敗戦時、朝鮮の抗日勢力においては民族主義者の潮流が衰退し、共産主義者が各地で主流を占めていた。李承晩率いる大韓民国政府は、ストライキや武装闘争を挑む南朝鮮労働党(南労党)を中心とする共産勢力に対して弾圧を行い、1948年12月1日、国家保安法を制定。

    1949年6月5日、要監視対象者の教化と統制をおこなう思想保護観察団体「国民保導連盟」を組織し、翌年にかけて末端組織を全国に拡大した。

    保導連盟に登録すると食料配給がスムーズに行われたため、食料目当てに登録した人々も多かったといわれ、警察や体制に協力する民間団体が左翼取り締まりの成績を上げるために無関係な人物を登録することもあったともいう。

     1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発。朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が侵攻しソウルに迫った。6月27日、李承晩大統領は保導連盟員や南朝鮮労働党関係者を処刑するよう命令を発し、同日中にソウルを脱出した。韓国軍、警察は釜山にまで後退する一方、保導連盟に登録していた韓国人を危険分子と見なして大田刑務所などで大虐殺を行った。

     韓国当局は彼らが北朝鮮軍に呼応して反乱することを恐れたと弁明した。また、ソウルに侵攻した北朝鮮にとっても、保導連盟員は党を捨てて敵の体制に協力した者にほかならず、追及・粛清の対象となった。

    再び、アメリカ・韓国軍がソウルを奪還すると北朝鮮の協力者とされたものたちは虐殺された。南北朝鮮双方からの虐殺を逃れようとした人々は日本へ避難あるいは密入国し、そのまま在日コリアンとなった者も数多い。

     この事件は韓国現代史最大のタブーとも言われ、軍事政権下はもちろん、その後も口に出すのも憚られると言われてきた。李承晩以来の独裁的・軍事的政権を批判する立場からは、体制によって隠匿されてきた権力犯罪の一環として糾明の対象となり、盧武鉉政権による「過去史」清算事業の対象の一つとなった。


     なお、韓国紙・朝鮮日報は、2007年3月15日付の社説で「過去史委員会による壮大な予算の無駄遣い」と題し、保導連盟事件の調査にあたる「真実・和解のための過去史整理委員会」(委員長・宋基寅(ソン・ギイン))を指し、「趣味程度に過去の歴史を書き直したいのなら、何も国民の税金にたからずに「過去史書き換え同好会」の会員たちで募金活動でも行って、必要経費をまかなうべきだろう」と述べ、真相究明への否定的な社説を発表している。

    これが、虐殺される直前のシーン(保導連盟事件) ↓

    ◆東電に税金を投入するな!◆ これを読むと、                   人間をやめたくなります!!       現代史最

  • 悲劇的に述べてひきつけておいて、






    問題点をあげ、「今後」につなげていく






    ちゃんと今後の自分の飯の種を撒いておく






                    ディス イズ ザ “差別ビジネス”






    凶悪犯罪、金嬉老事件(きんきろうじけん)に群がる差別ビジネス。


    昭和43年(1968年)2月20日夜、静岡県の清水市のバーで借金返済を迫る暴力団員3人のうち二人をいきなりライフルで撃ち殺した無職・金嬉老(キム ヒロ 39)が車を奪い闘争し、温泉旅館ふじみやに押し入り、宿泊客ら16人を人質に88時間に及んで篭城した事件です。

    金嬉老は清水市の生まれです。父親は建設労働者でしたが、昭和6年に事故死し、母親は2年後に再婚しますが、生活は苦しく、小学校は5年で中退し、丁稚奉公にでます。その後、盗みをやり清水警察につかまりますが、姉とともに鈴与レンガで働き、軍関係の飛行機工場で働き、清水に帰るとまた窃盗で捕まります。少年院に送られますが、終戦によって出所。その後も窃盗、詐欺、強盗の犯罪を繰り返しますが、冒頭に書いた殺人事件を起こします。そして記者に変装した刑事が飛び掛って取り押さえます。

    金は静岡地裁で意見陳述を行い「日本の皆さんに迷惑をかけたことを謝罪する」と述べています。一方「私たち民族に対する醜い偏見や差別、ひどいことが多々あるんだと、それはあってはいけないんだと・・・」 これはもう知識人やマスコミが飛びつくような内容で、当時やはりそうでした。

    金は無期懲役でした。面会は自由で、房内には金品、ラジオ、カメラ、包丁、ヤスリ、エロ写真まであったといいます。そして70歳で仮釈放され、支援者に導かれて故郷釜山に帰りました。韓国では「差別と闘った在日英雄」として迎えられました。おそらくこの当時としても「差別」だけクローズアップして偏向報道していたのでしょう。素行をよく見ると擁護する気にもなれません。

    この金を擁護する意見の中に、現在よく知る有名人に姜 尚中(カン サンジュン 東大教授)や辛淑玉(シン スゴ)が目につきます。


    姜 尚中 1999年9月7日毎日新聞

    「金氏は当時の在日韓国・朝鮮人が共有していたものを、自滅的にアピールした。在日韓国・朝鮮人はその姿に自らの内なる『金嬉老』を感じた。(略)最近、日韓が急速に接近し、よい関係にあんって(?)いるが、金氏を生み出した構造は残ったまま。事件から学ばず、歴史の中に封じ込めれば、今後、第二、第三の金氏が生まれる可能性がある」

    ちょうど、金氏が釈放されたときのコラムと思われます。さすが「差別ビジネス」で飯を食っているだけのことはあり、悲劇的に述べてひきつけておいて、問題点をあげ、「今後」につなげています。ちゃんと今後の自分の飯の種を撒いています。このコラムで一番苦々しく感じたのは善良な在日韓国人ではないでしょうか。自らの内なる『金嬉老』を感じた、と述べているあたり、日本人の警戒心は高まります。姜尚中氏のエゴイズム的発言といえます。

    さて、金氏は平成11年(1999年)に仮釈放され、獄中に結婚した韓国人女性と同居します。この妻が翌年には現金や預金通帳など持ち出して行方を絶ちました。同じ年に金は釜山市内のアパートに押し入り、部屋にいた男を手製の竹やりで脅し、1時間にわたって監禁します。

    金はこの男の妻と親しい関係にあったといいます。金は殺人未遂と放火容疑で逮捕され、懲役2年6ヶ月の判決をうけ、治療看護所に収容されました。どうみても根っからのワルですが、こういうのはもう報道しないか、飯の種を見つけた「差別ビジネス」がまた日本の差別のせい、として取り上げるかでしょう。

    2010年、金氏から入国申請があったようですが、どうなったのでしょうか?被害者アイデンティティに人生の根拠と動機を見出している人間には自己責任の感覚がない、といいます。


    ※金嬉老氏は入国許可申請ニュースの1月後3月26日に前立腺がんのために釜山市の病院で死去していました。享年82。本人の希望により、遺骨は静岡県掛川市に納められています。祖国韓国より故郷日本がよかったということで、差別されたイヤな国ではなかったということです。また、ことのほか、石川啄木の歌集を愛読したことが知られています。ご冥福は、あえて祈りません。

    こいつがハイエナ永野鉄男こと 姜 尚中 ↓

    ◆東電に税金を投入するな!◆  悲劇的に述べてひきつけておいて、       問題点をあげ、「今後」につなげていく       ち

  • あらゆる機会を利用して、国益の伸張を図ります!!



              でも、北朝鮮を非難することはしません!!



                      反発が怖いので・・・



                  でも、日本は徹底的に叩きます!!



    2007年10月24日、国連の日であるこの日は、恒例行事として国連事務総長主催のコンサートがニューヨークのマンハッタンにある国連本部で開催され、加盟している192カ国の大使や外交官ら約1600人が出席した。国連事務総長であり、韓国人である潘基文は、彼の意向により母国・韓国の「ソウル・フィル・ハーモニー・オーケストラ」が公演し、ソウル市と韓国国連代表部がコンサートを後援した。

    このコンサートの場において、韓国国連代表が作成した「Welcome to KOREA」と題されたパンフレットを用意したが、これには日本海を「東海」などと表記した英文のパンフレットが式次第とともに配られた(さらに竹島を強調した上で「独島」などと表記して間接的に韓国の領土であることを主張した)。

    事務総長が主催する国連コンサートで韓国側がこうしたパンフレットを配布したのは過去に例がなく、国連側はその場で回収するなどの措置も取らなかった。韓国側は地名の表記方法などについて話し合う国連地名標準化会議で、日本海の呼称を「東海」と併記するよう求めており、加盟国大使らが多数出席するコンサートの場を利用して自らの主張の定着を狙ったものとみられる。翌日、日本の国連代表部は国連事務局と韓国国連代表部に対し、文書などで抗議を行った。

    なお、2008年7月3日に国連事務総長として初めて訪韓した際、国連事務総長は複数国家の代表として職務の中立性が求められるのにも関わらず、「韓国人の国連事務総長として韓国の国力伸張に貢献できるようベストを尽くす」と述べた。


    2013年8月26日、前任の事務総長までの慣習である「歴史を消し去ることはできない」との言及をやめ、「『日本政府や政治指導者ら』は、とても深くみずからを省みて、国際的で未来志向のビジョンを持つことが必要だ」と中立的立場をとらない対日批判を行った。

    なお国連憲章100条1 には「事務総長及び職員は、その任務の遂行に当って、いかなる政府からも又はこの機関外のいかなる他の当局からも指示を求め、又は受けてはならない。」との記載があり、この規定に抵触する可能性が指摘されている。

    下の写真は、潘基文にひれ伏す安住財務大臣(当時)、隣は野田

    ◆東電に税金を投入するな!◆ あらゆる機会を利用して、国益の伸張を図ります!!              でも、北朝鮮を非難するこ

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