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  • 世界史最大の謎! なぜこれを誰も研究しようとはしないのか?・・

    英仏は条約上の義務がありながら、なぜ宣戦布告をしなかったのか?・・

    ポーランド侵攻を計画したヒトラーは、1939年8月23日に独ソ不可侵条約を締結してソ連と手を結んだ。イギリスはここに至ってようやく宥和政策を続けることが困難と判断し、ドイツを牽制するためポーランド支援を明確にし、25日にイギリス=ポーランド相互援助条約を締結、フランスもそれに倣った。

    第二次世界大戦の開戦
     1939年9月1日、のダンツィヒ(グダンスク)を親善訪問中のドイツ巡洋艦シュレスヴィヒ・ホルスタイン号が、突如ポーランド守備隊に対して砲撃を開始した。ナチス・ドイツは開戦の理由としてポーランド国内でドイツ系住民が虐待されていることをあげ、その保護を掲げたが、虐待の事実はなかった。ヒトラーの大義名分は、ヴェルサイユ条約で失ったドイツ領を回復することであり、それによって東方への「生活圏」を拡大する意図から始めた戦争であった。これによって第二次世界大戦が始まった。

    そして9月3日英仏はポーランド相互援助条約をもとにドイツに宣戦布告した。ヒトラーは当初英仏がドイツに対し宣戦布告するとは予想しておらず、非常に狼狽困惑したが、結局意地で同日のうちに英仏に対し宣戦布告した。

    しかしポーランドはソ連をもしのぐ東欧きっての一大陸軍国として知られていた。ドイツの侵攻に対し劣勢ではあったが頑強に抵抗し、首都ワルシャワはそう簡単には陥落しそうにもなかった。

    ポーランドの悲劇は、ソ連の侵攻を全く予想していなかったことにある。つまり、ポーランドの東部(ポーランドーソ連国境)はがら空きの状態であった。

    1939年9月17日、ドイツ軍の侵攻に呼応し、ソ連赤軍がポーランド東部へ侵攻を開始した。東ヨーロッパをドイツとソ連が分割支配する独ソ不可侵条約の「秘密議定書」を、ソ連が忠実に実行した訳である。ソ連によるポーランド攻撃によって、ヒトラーの軍隊はワルシャワ攻略に集中することができるようになった。ソ連による侵略はポーランドにとっては予想外であった。

    ポーランド軍は執拗且つ頑強に抵抗したにもかかわらず、ドイツ侵攻から1か月以上持ちこたえたが、同年10月6日にドイツとソ連は実質的にポーランド全域の占領を完了することとなった。当初のヒットラーの目論見であった2週間でのポーランド制圧の倍以上の時間がかかった。

    ここで不思議なのは、なぜ英仏は、いまだ頑強に抵抗しているポーランドを見捨て、条約上のポーランド防衛の義務があるにもかかわらず、ソ連に対し宣戦布告をしなかったのか??しかも、ドイツがポーランドに侵攻を開始して以来、なぜか英仏はソ連に対しポーランド侵攻を思いとどまるようなけん制もしくは威嚇すらしなかった。
    https://youtu.be/KZtU0l6w9g8

    不思議だー! 英仏はドイツ以上にソ連を怖がっていたし、ソ連におびえていた。

    もっともっと不思議なことは、世界の近現代史研究家と称する自称歴史家や政治評論家の類、つまりコケ脅し的な無造作な論文を連発してメシを食っている連中は、なぜか全く、この英仏のソ連への宣戦布告しないの条約違反を、研究しようとはしない。まことに不思議である。世界史最大の謎がここにある。

    ちなみにイギリスがダンケルクから撤退しフランスが降伏したのは、翌1940年の7月のことである。それまで世界の大多数が、独ソよりも英仏のほうが優勢であると思っていた。

    日本も100パーセント完全にそう思っており、ヒトラードイツからの執拗な誘いである日独伊三国軍事同盟も拒否し続けていた。イギリス撤退、フランス降伏後の1940年10月になって、日本はようやくこの戦争はドイツが勝利すると確信し、日独伊三国軍事同盟を結ぶこととなった。

    そしてさらに、これを日独伊ソ四か国軍事同盟にまで発展させれば、さすがのアメリカも日本に戦争をけしかけてはこれまいとまで考えるようになりました。

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