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  • 【加計学園】民進党「文書の出所は明かせません!」 ←これ半分捏造の自白だろ・・・



    2017年05月20日11:16




    民進、加計学園めぐる文書追及 出所明かさず


    学校法人「加計学園」(岡山市)が国家戦略特区に獣医学部を新設する計画を巡り、民進党は17日、文部科学省が、国家戦略特区を担当する内閣府とのやりとりを記録したとされる文書を入手したと明らかにした。

    「官邸の最高レベルが言っていること」「総理のご意向だ」などと記載されており、文科省や内閣府に事実関係の確認を求め、徹底追及する構えだ。

    最大の問題はこの文書の信ぴょう性だ。民進党幹部は「本物だと確信している」と説明。

    ただ文書を入手した経緯などについては明かさなかった。別の幹部は「入手ルートの問題ではなく内容の問題だ」と述べた。

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  • 川崎市は、終戦直後から今日に至るまで、半ば無法地帯(治外法権)になっている。

    戦後の1947年には川崎市で「神奈川税務署員殉職事件」があったが、今日も川崎市(神奈川県)の無法ぶりについては大きな改善がみられない。

    ▼1947年6月 神奈川税務署員殉職事件のあらまし▼

    当時の在日朝鮮人は、行政府職員への脅迫により米の配給を二重三重に受けることによって密造酒を醸造して闇に流すなどしており、深刻な問題となっていた。

    これらを取り締まろうとする税務署に対しては大勢で押し掛け、取締を行わないよう要求するなど組織的な妨害活動を繰り広げていた。

    事件の発端となった川崎市桜本町には在日朝鮮人集落があり、堂々と密造酒を製造していた。税務当局はGHQの指令もあり、一斉捜査を実施することになった。

    1947年(昭和22年)6月23日、税務当局は税務署員88名と検事2名、警察官206名、占領軍憲兵の応援を得て、一斉取締りを敢行した。

    端山豊蔵・神奈川税務署間税課長は、現場の責任者として陣頭指揮を執っていた。端山課長は、この日の取締りの事務処理を済ませて、午後9時に川崎税務署(現・川崎南税務署)を出た。

    京浜川崎駅(現・京急川崎駅)に到着しようとした時、賊数名が端山課長を取り囲み、「税務署員か?」と聞いたため、端山課長が「そうだ」と答えると、いきなり殴る蹴るのリンチを加えた。端山課長は直ちに病院に収容されたが、3日後に死亡した。


    ▼川崎市は終戦直後から無法地帯▼


    川崎在日コリアン生活文化資料館
    聞き書き事業報告

    イ・プンジョさん(女性 87歳)
    足跡:韓国慶尚北道→福岡→川崎→栃木に疎開→川崎


    〈終戦直後の川崎で〉
    うちも朝鮮へ帰ろうと思ったけど、切符がなかなか取れなかった。その時はヤミでしか手に入れられなかったから。川崎の駅のキング通りは終戦直後は、みんな焼け野原で店は一軒しかなかった。

    土地は誰のものでもなくて、みんな勝手に自分の土地にした。うちは韓国に帰るつもりだったから、そういうことはしなかった。向こうのみんなが日本に帰ってきたから、自分たちも帰るのをやめた。今ある川崎駅近くの店は、一軒残っていた呉服屋以外、みんな戦後勝手に振り分けた土地の所有者が代々継いできた店。


    写真は朝鮮人に殺された殉職税務署員の慰霊碑 ↓ 京急川崎駅のすぐそば

    【加計学園】民進党「文書の出所は明かせません!」←これ捏造の自白・・  川崎市は、終戦直後から今日に至るまで、半ば無法地帯(治外法権)になっている。   戦後の1947年

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