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  • アイルランドトピが無いので、作ってみました。
    丸山薫(1899~1974)の詩に、汽車に乗ってアイルランドに行こう、と言う1節がありました。
    その時代には、国の名前を知っている人も日本では少なかったのでしょうが、遠い国への
    憧れのようなものを表したのかも知れません。
    今、アイルランドはBrexitとやらに何とか振り回されまいと苦労しています。
    尊大な隣国には800年も前から苦しめられてきたので、ある意味耐性もできているようです。
    ピンチはひょっとするとチャンスかも知れない。
    多年の念願である北の地域の再統合も視野に入ってきてもいる所で、いろいろな意味で
    活気に溢れてもいます。
    このエメラルドの島国に行ってみましょう。
    そのうち、日本からの直行便も出るでしょう。

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    cia***** 12月14日 11:55

    Mullinalaghtaの奇跡的勝利

    英語に訳すと「Hill of the standing stones」と言う名前は正しく読めそうもないので、そのままにしておく。
    レンスター地方でも殆どコナハトと言ってよい外れのカウンティー・ロングフォードの小さな村のSt Columba'sと言う(ゲーリック)フットボールクラブが、先頃行われたレンスターのシニアフットボール選手権で、見事強豪Kilmecud Croke(カウンティー・ダブリン)を2点差で破って優勝し、アイルランド中が大いに沸いた。
    ダブリンはこの何年かオールアイルランド選手権(カウンティー対抗の全国大会)で勝ち続けている強豪地区で、強すぎてつまらないと言う声も出て居る位、競技人口が圧倒的に多いカウンティーだ。
    このクラブも会員が4000人と言う大クラブで、当然裕福でもある。
    一方のMullinalaghtaは全人口が447人と言う小さな村で、よくメンバーを揃えられたなあ、と言う感じだ。
    ロングフォード自体が弱くて、この大会に優勝チームが出たのも初めてらしい。
    この村も1840年代の大飢饉以前は人口が最大3200人いた記録もあり、いかにあの英国がもたらした災禍がひどいものであったかを示してもいる村なのだ。
    この辺りは、ドラムリン(氷河の活動で生まれたなだらかな丘=アイルランドには多く、日本人の学者も研究対象にしている。)、湖、森からなる風光明媚な場所としても知られているが、素人には実際行ってみてこあれがドラムリン(氷堆丘)と言われてもよく分からないが。
    ともかくも、こんな小さな村(周辺も含めてだが)でも生きのいい若者が定住していて強いフットボールチームが
    作れてしまうあたりがアイルランド人の凄い所なのだと改めて思う。

    ついでの話だがBrexitでメイ首相にEUとの再交渉を求める保守党議員の中で、若いインド系女性議員がノーディールとなれば英国から食料が行かなくなってアイルランドが飢えることになると言う事実を突きつけて、もっと強く交渉すべきだと言う意見をツイートしている。

    実際にはアイルランドは食の安全保障についてはアメリカなどを抜いて世界1位と言う公的調査結果が出ている。
    確かに因縁のジャガイモをUKから輸入しているが、いざとなればみんな嘗てのように裏庭で作ればよいだけなのだ。

  • キルキー(Kilkee)の悲劇

    2016年9月9日に起きた海難事故の調査報告が先週出された。
    クレアの救助ヴォランティアの41歳の女性メンバー(2児の母でもあった。)が遭難した人を救出に向かったが、悲運な事故死を遂げたと言う痛ましい事故だった。
    その女性が所属していたのがモハーに近いドゥーリン地域のコーストガードだったのだが、運営体制、装備、訓練の状況についての報告が出ているようである。波の荒い日は大変な場所であることは間違いない。
    この方が実際にふだん活動していたキルキーは正にワイルドアトランティックウェーそのものの素晴らしい波を見る(サーファーはたぶん乗るのだろうが)ことのできるカウンティー・クレアの小さな浜辺の街だ。
    ホテルは少ないが、家族経営の一軒はなかなかの泊まり心地だ。
    夏のシーズン用の家族向け中長期滞在の貸別荘が多く、オフの時期に行くと閑散とした感じに見える。
    そんな時期こそ町のすぐ前の入り江の防波堤の間を抜けて打ち寄せてくる高く力強い白波の迫力は終日見ていても見飽きない位素晴らしい。
    この町の先(西の方)には、ループヘッドと言う灯台があり、車で30分くらいで行けるのではないかと思われる。
    手前の方にはドゥーリンの町があり、ここからアラン諸島やモハーの崖下へ行くフェリーが出ている。
    クレアでも、と言うよりアイルランド西部でも有数の美しい場所だ。(そういう所が多すぎるのだが)
    ループヘッドからの大西洋の眺望もまた素晴らしい。
    何しろ、遮るものが無い場所にぽつんと立っているのだから当然だが。

    Wave of Kilkeeという親しみやすいトラッドの曲があるが、たぶん夏の穏やかな天気の日の海のじょうけいではないか、と思われる。
    https://www.youtube.com/watch?v=GbuznSJ64gE

  • ジョン・ガニングさん。(NHK国際放送の英語解説者)

    ガニングさんは45歳。コナハトのカウンティーロスコモンの出身で初めて来日したのは2000年の春で、桜が満開の折だったようでその風景に魅せられて日本を離れたくないと思ったそうだ。
    一旦帰国後再来日し、多くの人同様に英会話教師になったが、趣味でサッカーもやっていた。
    その後紆余曲折を経て、東京のアマチュア相撲の道場に入門し、ケガやしごきに耐える生活を送りながら、
    ひたすら食べて体重を120キロまで増やしたと言う。
    世界選手権にも出場経験を持っている。
    その後英語コメンテイターの職を得て、現在はInside Sport Japanと言うサイトを立ち上げディレクターを務めてもいる人だ。https://www.facebook.com/insidesportjapan/

    この人の出身地のロスコモンは、コナハトでは東の方にあり北には湖の多いリートリムがある所だ。
    これと言って特別な観光スポットは無いようだが、穏やかな雰囲気の地域である。
    ここにストロークスタウンと言う町があり、1845年のジャガイモ飢饉の犠牲者を追悼する、かなり大きな博物館があり、行ったことがあるが、その展示や記録からは当時の英国の占領政策(現場ではアイルランド人が仕切っていて、のちに暗殺されたようだが)が、酷薄なものであったかがよく理解できる。
    「ガス室の無いアウシュヴィッツ」クラスに近いというのが実感だった。
    たぶん、今イエメンなどで同じことが起きているのではないだろうか。

    そのロスコモンは、その後生き返り1943~44年にフットボールのオールアイルランド選手権で優勝している。
    小説家の故ジョン・マクガハンの自叙伝的小説の中で人々が数少なかったラジオの周りに集まって、息を詰めて聞き入っていた場面が出て来る。マクがハン自身は隣のリートリムの生まれだが、父親の勤務の都合で両カウンティーを行き来していたようだ。

    ともかく、ガニングさんの仕事は2019年RWC,翌年のオリンピックを控えて超多忙になってきているようだ。
    これからも、日本のことをスポーツを通じて、アイルランドや世界に発信してくれるだろう。

  • ハーリング&カモージ(女子の場合の名称)ユネスコの無形文化遺産に認定。

    日本では青森のなまはげなど「来訪神」が、今年認定され、昨夜のニュースでも流されたが、アイルランドでは、
    2000年以上前から続いているハーリングが認定を受けた。
    日本の場合は、過疎と後継者難で確かに「保護すべき文化遺産」と言えるが、ハーリングとゲーリックフットボール(総称してゲーリックゲームズ)については、どちらの人気が上かはさておいて21世紀の今日でも、アイルランドの人気NO1の文字通り国民的スポーツであり、選ばれたこと自体は良いとしても同列には語れないのではないかと言う気もする。昨年はイーリアンパイプが選ばれている。こちらはこの楽器を作る技術を持った人も少なく、演奏できる人も限られているので、まあ当てはまらなくもないな、とは言える。

    ゲーリックゲームズの聖地クロークパークは収容人員82300人だが、All Ireland選手権決勝などの大試合は満席である。9月に両競技の決勝が32チームによる戦いを勝ち抜いた2チームにより別の日に行われるが、当日は勝ち残ったカウンティーのサポーターたちが列車やバスから列をなして、それぞれのカウンティーのシャツやヘアバンドなどを身に着けてやってくる。
    通り道に当たるオコンネル通りは、サポーターたちで溢れかえっているのが常だ。
    その前の時期は勝ち進んでいるカウンティーの個人の家々や商店街は応援の小旗などが殆どあらゆる場所にと言っても大袈裟でないほどはためいていて盛り上がりは最高潮となる。
    歴史的にはハーリングの方がずっと古く、ケルト神話のフィン・マックールのようなスーパースターもこの競技の名手とされている。たぶん世界最古の団体スポーツの一つだろうとも言われている。

    ゲーリックゲーム(GAA)の選手は全員アマチュアで、そのカウンティの居住者でもある為地域社会との密接な関係が保たれているように見える。
    アイルランド人にとっては何よりも戦い続ける勇気が価値観として重要だ。
    今は危険防止の為ハーリングではフェースマスクを着用しているが、それ程遠くない頃までそんなものは無かったのだ。ともかく、何かに認定されることは小国にとっては良いことには違いない。
    https://www.youtube.com/watch?v=VUSZD4awiLo

  • お騒がせ男、スピード違反で免停6か月。

    総合格闘技のスターでダブリン北の人気者コナー・マクレガーがスピード違反で捕まり、ネース(Naas)の裁判所で
    罰金1000ユーロと6か月の免停処分を受けた。
    アイルランドの道路規制は緩く、1車線しか無いような田舎道でも制限速度80キロが普通だし、少し広ければ一般道で100キロというのもあるというのそうで、ちょっとびっくりすることがある。対向車が殆ど来ないし、運動神経に恵まれた人が多い国だから、なのだろうが、結構カーブもあるので怖い時もある。
    この人物の場合、相当飛ばしていただろうと察しがつく。

    ネースの裁判所と聞けば、すぐ思い出すのがベロニカ・ゲリンのことだ。
    1996年ジャーナリストで麻薬犯罪を追及していたゲリンはやはりスピードマニアでこの裁判所に出廷し、免停を免れて意気揚々とダブリンへ引き上げる途中、信号待ちをしている時に、バイクで接近したギャングのヒットマンに射殺されたのだ。
    2003年にケイト・ブランシェット主演で映画「ベロニカ・ゲリン」が作られ、アイルランドでの麻薬撲滅運動の機運は高まった筈なのだが、現状は、その頃とあまり変わっていないようで、有力な2つのギャングの抗争事件がしょっちゅう起きているし、ダブリン港などでは、この小さな国でそんなにも需要があるのかと思うくらいの量のヘロインなどが発見、没収されている。

    因みに、ゲリンさんの殺害を指示した人物は、その件で無く脱税などで合計28年の刑に服している。
    (後に捕まったヒットマンは終身刑。)
    この映画は、映画としても緊迫感があってよかったが、昨今他の国々でのジャーナリストの暗殺事件が後を絶たない現実をみると、こうした事件の裏にいることが明白になった人間や、国、組織を自分の個人的な都合で容認することの危険性を改めて知らしめるものでもあると思わずにいられない。
    https://www.youtube.com/watch?v=dnfFiizvajk

  • 60㎏級ボクサー、ケリー・ハリントンが世界選手権で金メダル

    ダブリン出身のハリントン(28歳)が、インドで行われたボクシングの世界選手権女子60㎏級決勝で、タイの選手を破り、初優勝。
    ボクシングを始めて13年、以前は1階級上のクラスで世界2位になったことがあったが、オリンピックでは60㎏クラスしかないので減量して栄冠を勝ち取った。
    このクラスでは世界選手権を制した後、2012年のロンドンオリンピックで金メダルを取ったケイティー・テイラー以来の快挙だ。テイラーはリオオリンピックでは不可解な判定で敗れ、その後はプロに転向し、無敗の王者に君臨して
    強い相手がいなくて困っている状況にある。

    ハリントンの減量はかなり大変な努力を要するものだったと思われる。
    彼女は今後当然東京を目指すことになり、何色かは別にしてメダルの有力候補となるだろう。
    但し、東京ではボクシングが、競技種目から外されてしまいそうな可能性がまだ残っている。
    IOCのバッハ会長がこれまでも再三にわたり、この競技の主催団体ABIAの腐敗を指摘し、警告を与えてきたにもかかわらず、体質が一向に改まらないからだ。
    この11月に会長に就任したウズベキスタンのラヒモフと言う人物は、かなりの度合いで麻薬犯罪と関わっていることが知られており、IOCも就任前から懸念を示していたが結局強行就任してしまった。

    そんな訳で東京五輪でのボクシングの実施が危ぶまれているのだが、ハリントンだけでなく多くのアマチュアボクサーが、伝統ある競技(競技人口も多い)で文字通り身を削って努力している訳で、何とか開催に漕ぎつけて欲しいものだ。
    ハリントンはこんな感じのアイリッシュ女性だ。
    https://www.youtube.com/watch?v=lMlJeQcymh8

  • サッカー、リパブリックオブアイルランドHCにミック・マッカーシー

    先頃電撃的に辞任した(一応、解任ではない)オニールに代わり、元HCのマッカーシーが2022年までと言うことで復帰した。その後はドンドークを2冠に導いたケニーがなるようだ。
    プレーヤーとしてROI(republic of Ireland)代表57キャップ。引退の数年後37歳でHCに就任。
    2002年の日韓共催のWCに出場し、チームは厳しい状況の中、若きエース、ロビー・キーンの活躍と堅い守りで、千葉で行われた予選プールを突破し、韓国に移った決勝トーナメントに進んだが、1戦目で強豪スペインと引き分け、PK戦で(2対3で)惜しくも敗れた。
    6月の蒸し暑さは相当きつかった筈だが、ドイツ、カメルーンと引き分け、サウジアラビアに3-0で快勝しての快挙だった。
    このチームは、当時勝負以前のことで大騒ぎ(少なくとも国内では)を引き起こした。
    と言うのは。どうしてそうなったのか分からないが、直前のキャンプサイパンで行うことになり、行ってみるとそこにはサッカー場が無く芝生もろくに手入れされていない高校の運動場で練習する羽目になった。
    それやこれやで、キャプテンのロイ・キーン(マンUでも中心選手だったスーパースター)が練習環境のあまりのひどさに怒って帰国してしまい、大騒動になったのだ。
    マッカーシーは下見をしなかったのだろうか、と当時は思ったものだ。
    尤も結果を見ると日本以上に蒸し暑いらしいサイパンで体を慣らし、あまり練習をしなかったことが却って良かったのかも知れないが。
    そのロイ・キーンはその後ROIのアシスタントコーチとして復帰し、ロシア大会では予選プレーオフまで進出したが、本大会出場はならず結局今回オニールHCと共に辞任した。
    2002年の対ドイツ戦のロビー・キーン。(今回アシスタントコーチ就任が期待されているようだ。)
    https://www.youtube.com/watch?v=VIexE4B1GHY

  • ティペラーリー国際平和賞授賞式
    そもそものきっかけについては承知しないが、ティペラーリー国際平和賞と言うものが35年前に制定され、今年の受賞者に選ばれた南米コロンビアの前大統領であるファン・マヌエル・サントス氏が受賞され、はるばる南米から授賞式の為に小さな国の小さな町を訪れてくれた。
    過去にはクリントン元大統領やハンギムン国連事務総長など著名な人たちも受賞している。

    ティペラーリーはマンスターに属するがアイルランド島の中央辺りに位置していて、北西側にシャノン、東側にシュアと言う二つの川があるものの海には面していない。
    カウンティー全体の人口が16万人位。たぶん一番の大都市であると思われるクロンメルが人口1万7千人である。
    日本では、こういう地域は過疎地になっている場合が多いが、クロンメルに行ってみると賑やかとまではいえないものの、シャッターを下ろした商店はほとんど見られず、地域社会が教会やGAA組織を中心に機能しているのが分かる。あかちゃんも結構多い。
    市の外にはアイルランドで一番大きいと言われるサイダー(以前日本でシードルとか言っていたのではないかと思う)工場があり、それなりに雇用を生んでいる。(アイルランド人は、このリンゴを原料とする発泡酒が割合すきなようだ。)
    ティペラーリーは起伏は多いが、地味は豊かなようで農業には適している。
    その為にかつては占領した英国軍の兵士に英国政府が褒美として土地を分け与えたと言う史実がある位だ。
    「Ned of the hill」は、そうして「コナハトか死か」と脅されて、追い出された小地主が地元に残って追いはぎとなってイギリス人を襲って生きた人のことを歌った曲だ。18世紀頃こういう人はたくさんいた筈で、その人たちが
    やがて対英独立闘争に加わって行ったのだ。
    nhttps://www.youtube.com/watch?v=8-rTAwIUVAoed

  • ベルファスト71

    ごく最近、1971年8月に起きたバリーマーフィー事件の検視審問がようやく始められた。
    英国軍の不適切な銃器使用により、カソリックの神父を含む10名が射殺された事件で、有名なデリーの「ブラディーサンデー事件」(特にU2のヒット曲で世界に知られるようになった13人が同様に殺された。)より5か月ほど先に起こった事件である。こういう先例がありながら、デリーの事件を起こした当時の英国(悪名高いパラシュート部隊)
    軍の失態は実に47年間も真相究明が行われて来なかったのである。
    近年になって漸く真相究明を行うことになったのだが、北アイルランド自治政府の第1首相の座にあったDUP(民主ユニオニスト党)のフォスター党首が、その調査や審問の為の追加予算計上を拒否して、実際に始まったのは今年の9月になってからである。皮肉なことに昨年1月から、北アイルランドでは別の疑獄事件または重大な過誤事案であるRHI問題と言うもので(詳しくは書かない)自治政府が議会ごと機能不全となり、フォスターも首相では無くなったことで道が開けた印象だ。

    2014年に「ベルファスト71」と言う映画が作られ、日本でも公開されたが、この事件を暗示させるようなものでは無く、日本ではアドベンチャー(または一種のサバイバル)映画と言う感じで紹介されている。
    とにかく当時の北の地域の状況は、部外者には全くちんぷんかんぷんな複雑なもので部外者には到底理解不能なものだった。
    それでも、当時のベルファストのすさまじい状況は読み取ることができる。
    当時、と言ってもその後ずっと長くインターンメントと言う制度があり、これはカソリック教徒を令状なしに逮捕、拘留して良いと言う法律だった為、ひっきりなしに一般市民も捕らえられ拷問にあっていたのだ。
    この不平等な法令の撤廃を求める運動が活発化したさなかの事件であったのだ。

    この映画の主演はジャック・オコンネルと言うアイルランド系イギリス人の俳優だと言うことも、悪い冗談のような
    話に思えた。この映画では混乱の中で武器を奪われて迷子になってしまった英軍の新兵を演じているのだ。
    オコンネルは常々自分はアイルランド人だ、と言ってきた人気俳優である。
    belfast71https://www.youtube.com/watch?v=7csD0CBMODM

  • アイルランドにUFO現る。

    10日の朝(だと思うが)アイルランド西部のシャノン空港の管制塔に3機の旅客機のパイロット達から、高速でケリーの方角へ飛んで行った輝く物体を見たと言う知らせが入った。
    シャノン空港からは確認できていない。
    あっという間にニュースは世界を駆け巡り、(世界は大袈裟か?)BBC,CNN,Washington Postなども報じている。
    言うまでも無く、この地域はダークナイト活動で知られ(日本のNHKでも特集があった。)世界でも星空が最も美しい場所とされているアイヴェラ半島やその北のディングル半島そしてスケリグ・マイケルがある場所だ。
    スケリグと言えばスターウォーズのロケ地で知られる世界遺産。
    もしかすると、と言う期待もあって・・・。
    今の所まだ正体は不明だ。
    skelighttps://www.youtube.com/watch?v=g_0lk8BY0Vk

  • ジェームズ・マクリーンの謝罪

    結局、事態を収拾する為、「マクリーンは大多数のサポーターは自分を支援してくれ沈黙を保ってくれた」としてストークシティーのHPに謝罪のメッセージを出した。
    これで脅迫が収まるかどうかは分からないが。
    ポピーのシーズンが過ぎれば、と言うチームの思惑に従ったと言うことなのだろう。
    これまで、何人もの(北)アイルランド出身の選手が時期と関係なしにバッシングに遭ってきている歴史は変えられない。マンチェスターやリバプールのようなアイリッシュが多くサポーターにも当然多い強豪ではそういうことは無かったのだが、そうでない地域では特にIRAによる爆破じけんが起きた後などは大変だったようだ。
    現アイルランド共和国代表のHCであるマーティン・オニールも北の出身だが現役時代随分つらい目に遭った、と述懐している。アイルランドの人たちはマクリーンに同情的で謝る必要はないのに、と言う雰囲気だが、一面、毎度のことなので大して話題にもしない。
    現実に家族が危害に遭えばそうもいかないだろうが。

    マクリーンはプレーヤーとしても共和国代表の中心選手であるが、一方で北の地域のナショナリスト(カソリック)の人権保護にも、またクリスマスなどのチャリティーにも積極的に取り組んでいる人物だ。
    ごく最近も、北のナショナリストの著名人1000人が連署した共和国首相宛ての「北の人権問題への積極関与」を要請するレターにも参加している。同性婚、人工中絶、アイルランド語教育など、ユニオニスト(プロテスタント)政党の反対で行われないままになっている事案や、Brexit(北は残留はがかなり多い地域)での国境問題への対処などについての要請である。
    下はマクリーンの最近の映像でウェールズせんのゴールシーンだ。
    mcleanhttps://www.youtube.com/watch?v=9RhgYTyOMso

  • Armistice 100。

    11月11日は第1次世界大戦の終戦記念日であり、英国では害2次大戦やその他の戦闘で亡くなった兵士たちの追悼も「Rememblance Day]として記念行事を行ってきている。
    実は第2次大戦には当時英国の植民地であったアイルランドからも主として貧しさを逃れるために大勢の若者が志願兵として参加し、多くが激戦地のソンム(ベルギー)などで命を失った。辛うじて帰国してみるとそこでは反英独立闘争のの真っ盛りで、家族は喜んだにしても世間の目は敵国の協力者と言う感じの冷たいものだったことは想像に難くない。そんな背景もあって長らくアイルランドでは少なくとも1100人(BBC調査によると、の話だが)の人たちの戦死は特に公式な追悼の対象になってはいなかったようだ。
    近年になって、そういうことも無くなってきて、ソンムの記念碑(アイルランド人の為のものもある。)に高校生などが修学旅行のような感じで訪れたり、ダブリンその他でも顕彰行事がおこなわれるようになってきている。
    今年は終戦100年にあたる節目の年で、Armistice100としてかなり立派なな式典も行われている。

    Remembarance Day(11月11日に一番近い日曜日)の前後に英国人は全ての戦死者を称える意味でポピーの花を胸につけるのが習わしになっている。
    数年前からフットボールのプレミアリーグでも、この日の試合では選手がポピーを身に着けてピッチに出るようになったが、外国人選手も多いので必ずと言うことでもない。
    現在1部のストークシティーに所属するMFでアイルランド共和国代表(60回)のジェームズ・マクリーンは、北のデリーの出身なので、カソリックの出ではあるが一応英国国籍であるが、ポピーはずっと着けていない。
    この為、試合では敵味方双方のサポーターたちから罵声を浴びせられ、家族の殺害を示唆するメールが送り付けられる事態となっている。チームやイングランド協会は彼を擁護してくれているのだが、嫌がらせは終わっていないようだ。マクリーンはデリー生まれでこの地では所謂ブラディーサンデー事件で、非武装の一般市民が英軍兵士に射殺されているが、そういう兵士の仲間も対象になっていると言う歴史が一方にあるのだ。

    デモクラシーのお手本と言う英国人の本質を見るような話ではある。

  • ドンドークがサッカーで国内2冠達成。

    国境に近い町ドンドークは伝統的にサッカーが強い。
    先頃のFAIカップ決勝でコークシティーを破り、リーグオブアイルランドに次いで2冠を勝ち得た。
    この年は国境の町として知られているが、今やダブリンの通勤圏に入ってきている感じでもある。
    この町の企業で働く若い日本人男性が、通り魔のような18歳のやはり外国人の男に殺害されたのは今年の正月のことであるが、その際、亡くなった若者の遺体を日本へ搬送する費用などのドネーションを地元の方がネットで募った所、あっという間に目標額を超える募金が集まったと言うことは、日本ではたぶん報道されていないだろう。
    こちらでは、海外で死亡した人の遺体の搬送は、家族の負担になるという認識らしい。(公務の場合は当然違うだろうが)こういう所がアイルランドの人たちの優しさなのだと思う。

    このドンドークの南に広がるのがクーリー半島でその中心がカーリングフォードと言うこじんまりとした港町だ。
    ダブリンから車で1時間もかからないエリアであるが、その風景は本当に絵になる。
    北の方にはモーン山脈の山並みを仰ぎ(と言うほどの高さでも無いが)弧を描くような湾は概ね穏やかで、小ぶりな桟橋の手目にこれも小さな古城跡がある。
    このドンドーク、クーリー半島の辺りがご出身の人が、東京の戸越銀座商店街で「巨人のシチューハウス」と言うアイルランド料理店を経営している。日本の大手ソフトウェア開発会社に新卒で入られ、かなり活躍されていたのだが、独立してお店を始められたそうだ。聖ブリジット十字を店のシンボルマークにしておられ、たぶんドンドークサッカーのサポーターでもあると思う。
    身長ほぼ2メートルの文字通りの「巨人」であるが、楽器が得意で店でも日によってはケリのようなことも行っているそうだ。今年のせんとパトリックフェスティバルには代々木公園に出店されていて長い行列ができていた。
    その場でちゃんと作るので時間がかかると言うことなのだろうと思う。
    去年だと思うが、抜こうのIrish Times紙でも紹介されていた。勿論日本のTV番組にも出ている。

    ともかく、カーリングフォードはそこのビストロの美味しいシーフードや洒落たカフェもあって、一度行ったらまた行きたくなるような(他も大抵そうなのだが)有名ではないけれど魅力のある場所なのだ。

  • アイルランドの10月下旬から11月初旬にかけてのハロウィン以外のイベントとしてはWexford festival operaとOireachtas na Sambhaが行われた。前者は文字通りオペラの祭典である。
    後者はゲール語の読み方がよく分からないのだが、簡単に言えば広い意味でのシャンノースのコンテストのようだ。
    こちらはカウンティーケリーの国立公園キラーニーの中心都市キラーニーのホテルで行われ、数千人が参加した。
    映像で見ると5歳くらいに見える児童も出演していて、幅広い年齢層の参加者がいることが分かる。
    キラーニー国立公園は昔から有名なキラーニー湖を中心にした広大な地域で、すぐその辺にと言う感じで鹿が住んでいる。(牛もいるが)結構大きな鹿で、一人で散歩やジョギングに出て群れの傍を通るのがちょっと怖いくらいの時もある。たぶん、とてもおとなしいし、人間になど興味も無いと思うが。
    伝統音楽は好きで毎日聴いているが、このコンテストの詳細については知識が無い。
    一方のウェックスフォードはアイルランドの南東部、レンスターの一番南になる。お隣のウォーターフォードはマンスターに属する。ウェックスフォードの方が少し小さいが、こちらは(どこもそうだが)美しい港町である。
    文化面ではなかなかの知名度があり、特に現代文学では、ジョン・バンビル(72)とコルム・トビーン(63)と言う
    秀逸な作家を輩出している。バンビルは「海に帰る日」でブッカー賞を受賞している、少し難解な所もある作風の人だ。トビーンはシアーシャ・ローナン主演の映画がヒットした「ブルックリン」などの作家で、どちらかと言えば地域性が高く読みやすい作風の人だ。2014年に書かれた「ノーラ・ウェブスター」は、凄く若いとは言えないが、活力溢れる未亡人を書いた優れものの一作だと個人的には思っている。
    将来、この二人のどちらかでも、ノーベル文学賞を取らないだろうか(まあ無理だが)思ってもいる。
    その主人公は今だとこんな感じの女性ではないか、と思われるシンガーが下の動画向かって左の人だ。
    https://www.youtube.com/watch?v=bxae4qlTpg0

  • 今日はハロウィン。
    渋谷のバカ騒ぎを見ると興醒めだが、今日ではハロウィンがケルトの宗教行事に端を発していることを知っている人も多くなっているだろう。アイルランドでは、たぶん今も南瓜はあまり使わないだろうが、仮装やイベントは、そういうことがいつでも好きな人たちなので、盛大に行っている。
    1993年10月30日(ハロウィンイヴと言っている)デリーの近くのGreysteelと言う村のパブでも、イヴのパーティーが開かれていたのだが、夜中近くになって、そこにUFF(プロテスタント側の武装集団の一派=UDAの分派)の数人が銃で武装して現れ、8人を殺害19人を負傷させた。(死亡者には2人のプロテスタントも含まれていたのだ。)
    昨日はその25周年の日でもあったが、この事件の前週にベルファストで、IRA(カソリックの武装集団)によるUDAを狙った爆破事件があり、その報復の一環と言う犯行声明が出され、2年後くらいに犯人のうち4人が逮捕され、終身刑となった。
    こういうことの連鎖をいい加減断ち切ろうと言う人達の働きかけで、1998年の聖金曜日和平合意が調印され、20年が経ち、地域は完全ではないにしろ安定した状況になっている。
    ただ、合意事項に沿って、2000年にこの4人は早期釈放されている。反対側の者も同様な処置がされた筈だ。
    つまり、どこかで生き残っているのだ。
    今、Brexitの行方は、かなりの人たちの見る所、「合意のないままの決別」と言う方に傾いている。(最近の英国の世論調査では3分の2がが交渉は結局うまくが行かない、と見ている。
    寧ろそれを望んでいる英国人や、北アイルランドの民主ユニオニスト党の人たちもいるからだ。)
    その場合どういうことが起きるかについて、南北の警察のトップが早くから懸念を表明し、共和国の首相も1972年の国境検問所爆破事件(一般市民を含む8人が死亡)を例に挙げて軽傷を鳴らしているのだが、英国保守党の政治家の中には耳を傾けない人たちがいる。
    「(ルールは俺たち=イギリスが決め、お前たち=アイリッシュは従う)」
    これが800年来の伝統的な考え方だ、とCNNのディベート番組でリベラル側の人が言っていた。
    昨今は、武器が以前より遥かに高能力になっているのに何を考えて居るのだろうと思ってしまうが、これは平和ボケなのだろうか。greysteel

  • 昨日行われたアイルランド大統領選挙で77歳のマイケル・D・ヒギンズ現大統領が再選された。
    約44%と言う低投票率ではあったが、予想通りの楽勝と言う所である。7年間の任期を考えると、よく頑張るなあ、と言う感じだ。政治的な権限は限定的ではあるが、結構多忙な仕事であることは間違いない。
    見た目より遥かに活動的な人で、2年くらい前には中国を訪問して習主席と会見したりして、その後、李首相がアイルランドを訪問し、メイヨーでアイルランド産牛肉を食べ、結果的に今年から中国向けの輸出が正式に認められることになったが、(中国も食習慣が変わり、牛肉の消費量が飛躍的に増えている。)なかなかのセールスマンとも言える。もともとは詩人、ジャーナリスト、人権活動家(世界的な賞も得ている)でもあるのだが、労働党の議員や大臣としても活躍してきている。1993年から芸術・文化・アイルランド語相を務め、映画庁の再建、ゲール語TV局の開設などを行う一方でアイルランドの文学、伝統音楽を海外に広める活動に補助金を付けたり、と言った取り組みも精力的に行ったことでも知られている。
    その頃日本でもアイルランド作家の作品が多く翻訳されたことや、ある時期第一次とも言えるケルトミュージックの盛り上がりがあったことにも力を貸してくれていたのかも知れない。
    このリベラリズム(例えばチリのピノチェト独裁政権で殺されそうになった何千もの人たちを、国際監視団の一員として救出に関わったりもしている。)と中国とのビジネスはどう折り合うのか、はさておき今は主として英国に輸出しているビーフの販路を広げたことはBrexit後のアイルランドにとっては大変な功績になるのではないだろうか?
    2014年の中国訪問時はBrexitの話より前のことで、ヒギンズ氏の先見の明があったとも言える。
    (尤も習主席はその前の副主席時代にアイルランドを訪問しているが。)
    同時に行われた「Brasphemy(冒涜)法」廃止の国民投票も、アイルランドにとっては先の同性婚承認や人工的妊娠中絶承認と同様に意義深いことだった。ガーディアン紙は、アイルランドもこれで中世から脱却した、と評価?している。これまで実際にこの法に基づいて出版物が発禁などになっていた時代もあったのではないだろうか。
    今時、こんな法が西欧社会であったのか、と言う感じだが。65%の人が廃止に賛成したようだ。

  • 28日はダブリンマラソン。

    10年位前に一度出場したことがあるが、その頃は出場者が8000人位だった。
    その後どんどん出場者が増え、今年は2万人の予定だと言う。
    10年前とは出発点など多少コースなどが変わっているようだが、フィーニックスパークを走り抜ける所などは、従来通りのようだ。全体にアップダウンがあまり厳しくなく、とても走りやすいコースだが、気持ち良すぎて、飛ばし過ぎてしまう恐れもある。当時、前日の夕方はリフィー川べりを練習で走る人たちも大勢いて。その雰囲気も良かったが、今はルアスも増え、自転車も多そうなのでどんな感じになっているのだろうか。
    今年は乾燥メダルにマンケヴィッツ伯爵夫人(イースターライジングから独立戦争にかけて大活躍した女性)の像が刻印されていると言う案内が出ている。
    当時も外国からの参加者が多かったが、今は。その頃より遥かに多くなっているのではないだろうか。
    メリオンスクエアに近いゴールからグラフトンなどはすぐ近くなのだが、速い人たちは、まだパブが開いていない時間帯にゴールしてしまうことになるだろう。
    ダブリンマラソン、ハロウィンと言うイベントが終わると、ダブリンは夜が長く寒い時期に入るのだ。

    マンケヴィッツ夫人のお墓は、グラスネヴィン墓地のマイケル・コリンズの墓の割合近くの場所にささやかなものが作られている。独立に全人生をささげたような女性である。
    https://en.wikipedia.org/wiki/Constance_Markievicz#/media/File:Countess_Markiewicz.jpg

  • >>32

    前の投稿の訂正。
    KUMIKOさんは間違いで、RUMIKOさんでした。
    苗字は出ていません。

  • 昨夜からRTEラジオのFolk Award 2018と言うイベントが行われていて、ベストシンガーにはRadie Peatと言う女性が選ばれた。まだ、あまり知られていない感じの若いシンガーでリンちゃーどと言うグループと共演したりしている。伝統音楽のジャンルの人では無さそうだ。
    この女性のことはよく分からないのだが、このイベントでは当然ながら他にいくつもの賞があり、その中にBest Traditional Folk Trackと言う賞があり、Declan O'Rouke(この人はかなり知名度の高いシンガーソングライターだ。)、Andy Irevine,Nicholas Carolanと共にKUMIKOと言う日本人らしい?女性が受賞者として並んでいた。
    ただ、説明では受賞者は、これまたかなり著名な女性アーティストであるアラン島出身のMuirean Nic Amhlaoibhで曲はBean Dubh An Gleannaと言う名曲となっているので、この方は関係者なのだろう。
    アイルランドにはケルト音楽が好きで、エニスなどで修業している人が増えてきているし、いろいろなフェスタなどにも出演して高評価を得ている人もいる。
    こういう文化面での交流が更に活発になることは本当に素晴らしいと思う。
    Bean Dubhhttps://www.youtube.com/watch?v=QgID2Uegfzo A'Gleanna

  • アナ・バーンズのMilkmanがブッカー賞受賞以後の数日間で、売り上げがそれ以前の10倍になったと言う。
    既に10万部増刷しているが、クリスマスにかけ更に売れ行きが伸びそうで、12月からはアメリカの書店でも販売されることが決まった、と言う。
    Me-Too運動への共感もあるし、アメリカやオーストラリアのアイルランド系社会はアイリッシュの作品をいつも歓迎し、マーケットはアイルランドよりはるかに大きい。

    そのアメリカ、ボストンでケイティー・テイラーが女子ボクシングのライト級でタイトルマッチを行い、また防衛に成功した。ダブリンの南の美しい海岸のリゾート地兼ベッドタウン(東京に対しての江の島のような位置関係だ)であるブレイの出身で、2012年のロンドンオリンピックのゴールドメダリスト(アイルランドでは実に16年ぶりの金メダルだった。)である彼女は、リオにも出たが、不可解な判定で敗退してしまった。
    (余談だが、こういうことがあまりに多い為IOCでは腐敗体質と見做され、ボクシングはオリンピック競技から外されそうになっている。)
    今回は相手があまりに弱くて、テイラーも勝った後憮然としていた感じだ。
    このアイルランドで一番人気のある女性アスリートの試合に、問題ばかり起こしているUFC前王者のコナー・マクレガーが応援に来ていて、品位の落差に天と地の差がある二人の2ショットが、映像になった。
    最近行われたジュニアオリンピックで銅メダルを獲得した少女が、ダブリンの空港でインタビューを受け、あこがれの人は勿論ケイティー・テイラーと答えていたが、アイルランドのボクシングの伝統は長く、他にも好選手がいることを考えると、この少女たちのオリンピックの夢は乳房内で欲しいものだ。
    https://www.youtube.com/watch?v=SUvxWeUYPco

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