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    huk***** 7月7日 20:34


     災害にあわれた方々にお見舞い申し上げます。子供をお持ちの方、動けない方々、患っている方々は大変ですよね。これからのご苦労をお察しします。

     でも、一日に日本で、4,000人ぐらいの人が亡くなっていますよね。その人たちのことも想像してしまいます。災害が起こると、そこに、焦点があたってしまいますが。死の苦しみは最も苦しんだ人が一番大変だったわけで、それは、病院でかもしれないし、自宅でかもしれないし、交通事故かも知れないですよね。

     すべての苦しんでいる方々にお見舞い申し上げます。

  • >>209

     あなたは、誰かを傷つけたことはありませんか。完璧な人間ですか。自分の現状を心得ての付き合いをしなければなりません。だから、忍耐と努力が必要になります。自分の嫌な面を認めての、だから、なるべく相手の嫌な面をも受け入れての付き合いになります。
     そこには、傷つくことをも認め受け入れることが大切です。だから、べったりの付き合いはしないことです。あるていど、距離を置いての付き合いをするべきです。70%の信頼を置きたい心を持ち、30%の自分に対する疑いから相手の心への疑いと耐える準備は必要かと考えています。
     そして、付き合う人によって、信頼をおく割合を変えるべきです。この人は10%。この人は50%。とかとね。そして、信頼をあげてゆきたいという心は常に持っていたいですね。そして、去るものは追わずですかね。人は必ずと言っていいほどに別れます。その代わりに出会いがあります。
     歳を重ねると70%の信頼が50.40%と下がってゆくかも知れませんが、0%になることはありませんね。自分を信頼できる分だけ他人をも信頼できると思います。
     自分の良心が自分になりたいと認める自分になる。それが自分の誇りになる。まずは、自分のことを。いい人生になるといいですね。

     きずついて、別れたときには、相手を恨まず、自分を責めず、今まで付き合ったことで得たものに感謝をして、相手のことを思いやった自分をほめてあげたいですね。自分の心を愛持って抱きしめてあげてください。そうすると心があたたかくなります。

    そうゆうときは課題の分離をつかってもいいですね。

  • >>208


     人のことをあまり思いやらない自分と、あるいは、適正に思いやることのできない自分と、それと同程度の他人とのふれあいですから傷つくことが多いのかもしれません。
     そのことを心の中で覚悟しておくべきですね。特に、ネットは、性さえ判断しかねるわけですから、心のどこかにそのことを置いておかないといけないですよね。だから、私は自分の立ち位置に戸惑います。それが、現実です。

     先ずは、自分の心を見つめてみませんか。自分は他人に対して信頼に値できる心を持っているだろうか、行動をしているだろうか。してきただろうか。また、あなたは他人を100%信用していますか。自分が信用に値する人物だと思いますか。私は自分がいい加減な人間だと思っています。自分が信用できないので他人もそうだろうなと想像します。

     例えば、言葉とか行動って、相手に、または自分に正しく伝わるだろうかを考えてみてください。あなたは自分の考えを正しく伝えることが出来ますか。好きな人に、嫌いなそぶりを、或いは、興味がないようなそぶりをしたことはありませんか。傷つける言葉をはっしたことはないのですか。
     あなたは、言葉を正しく認識できますか。
     あなたは、自分の中にいやな部分を持ってはいませんか。人を正しく批判できますか。悪口を言ったことはありませんか。

     例えば、嘘について考えてください。あなたは正しいことを絶えず、話していると思いますか。嘘だと思わずに話しているなかに正しくないことは含まれてはいませんか。うそであるならば誰かに間違いを伝えていることですから、誰かを傷つけているとは思いませんか。

     黒とか白とか、好きとか嫌いとか、自分のためになる人とかならない人とか極端に考えてはいませんか。一か百かではなく、二から九十九までの間があります。グレイゾーンが存在するのです。グレイゾーンを共有しての付き合いなのです。
     言葉を伝えることの難しさ、そういう嫌な面や伝わらないものを含んでの付き合いだということを確認してくださいね。

  • ・孤高と共感

    一人、凛として、自分の志を守り生きていく、人の生き様。孤独のように見えるけど、ベースには大地に支えられて宇宙といったいの
    自分、すべてのものと一体で支えられているという思いを持っている。
     孤高な人プラス、他人を自分の心を信頼している割合で信頼して、自分の心を信頼できない割合で人を疑って距離を置くこと。
    人との別れは必ず来ること。傷つくことは必ずあること。そして、傷つけることも必ず起こりえることを肝に銘じておきたい。
    だから、孤独ではなく孤高が自分にはよいように思えるのだが。はたしてどうなのか。

    共感は人の心のなかの志向性です。共感もないとなかなか付き合えないですよね。尊敬にもつながります。

    他人の考えや行動に対して共感できる割合はどのくらいなんでしょうか。100%もなければ0%もないはずです。
    私の経験からして多くても40%、少なくても、数パーセントは存在していると思います。小説などは70%ぐらいはあるものもあったで
    しょうか。
    孤高のよりどころは良心でしょうか。他人にべったりと寄り添わない。別れのときにつらくなりますから。だから、孤高です。キープ
    です。自分の良心に胸を張って生きればいいですね。それが幸せ。人は認めてくれなくても自分が認めれば。そして、自分をあたたかく
    抱きしめてあげることができればいいんじゃあないでしょうか。心、ほっこりです。

    自分の心の中を見つめ、自分の良心が自分のこころをどのくらいの割合で認めているのでしょうか。自分の心の中には
    いいかげんなところもあり、怠惰ですし、弱いですし、思いやりや優しさもそんなに多いとは言えなでしょう。自分が可愛いので、
    他人よりも自分の心のいたらない部分にしたがってしまいます。
     自分の良心が、自分がよい人と思える割合はいったいどのくらいなんでしょうか。もし、40%ぐらいだったとします。私は2、30%ぐらいの
    ものでしょうか。その数字を基本として他人を判断するでしょう。自分と比較するしかありません。想像では他人もそのぐらいでしょうと
    思いますよね。他の人もいい加減なのです。それは自分の心からわかりますよね。いいかげんな部分を持つ自分といい加減な部分を持つ
    他人とが付き合うわけです。


  •  星の方、ありがとうございました。共感できる箇所も少なかったでしょうに。感謝です。

     次の、心のステップですね。自分の良心を誇りに思い、愛をもって抱きしめてあげてください。そして、よい人生をお送りください。


  •  ひっかかるものが (志向性)

     おおいなる岩の顔(The Great Stone Face)と言う少年・少女向け(?)の物語があります。  昔、この本に出会いました。私は、こういう本にひっかかる心の志向性をしています。

     岩に慈悲深い理想の顔があり、その顔を見つめながら精進をしていたら、いつしか、その顔のようになるという話であったかと思います。なぜその顔が理想の顔なのか、わかるのかというと、自分の心のなかに理想の顔のイメージを持っているからです。
     理想をめざし、精進をしているといつしか自分の顔が岩の顔になっていたのですね。その理想の顔はいたるところに見受けられます。色々な景色のなかに、壁やじゅうたんの濃淡のなかに、ほんの字の並びのなかにさえ見ることが出来ます。そんな理想の顔を確認しながら心に留め置く。そうして、やがて自分もその顔のようになれたなら、いいですよね。


  •  心はその思いを実現しようとしています。

     怒りとか不満には心の志向性、心が追い求めているもの、それに向かって進んでいる目的が含まれていると思います。
     怒りや不満は自分の生命を守るためおこると思われます。心を守るために起きます。自分を守ると言うなかには心があり、心の中には理想と言う志向性が存在しています。自分はこのように思っています。こうなのだという理想に反した事象に対しての反応が怒りとなって現れます。怒りから自分の理想が見えるのです。そこを見つめて欲しいですね。
     理想どうりには生きることは難しいですが、でも、そこに向かって、行きつ戻りつを繰り返しながら進んでいると思います。心の実現、そのために生きています。
     宇宙は動いています。行き着く先が目的地です。指向性です。
     人間の心も志向性の先に向かっています。素晴らしい理想の人になりたい。たゆまない命の流れのなかに素晴らしくなりたいという欲求が存在しています。でもその理想どうりにゆかない人生も存在しています。そこに苦悩が生じます。理想に対するあきらめがおこります。でも、そこに向かって進んでいます。そこの基本をこころの隅に置いておきましょうね。
     人は誰でも人から愛される素晴らしい自分になりたいと思っています。でも、理想と現実との差に嘆き苦しむ。自分は素晴らしい人間なんだ。或いはそう思いたい。そうしてマウンテン・優越思想のはけ口としてダークな心を実現しようと言う欲求がでてくる。
     そこには幸せはないですよね。新幹線の殺人もそうなのではないでしょうか。ダークな心を実現しても苦悩しかないですよね。やはり素晴らしい人になるという方向に軸足を置いておかないといけないような気がします。
     心が望んでいる方向へ行くのが基本のような気がします。
     自分の心からの逃げ場はありません。だって自分の心なんですから。

     ここを読んで、何を言っているんだとお思いの方もいることでしょう。その方は、その考えの下には自分の心の理想が隠れています。
     その自分の理想をかたちに現してみませんか。それが貴方の生きる道。志向性かもしれません。


  •  もし全世界の人が、貴方を憎み、あなたを悪人だと信じたとしても、あなたの良心が、あなたの正しいことを証明し、無罪を言い渡すのだったら、あなたは見方がないわけではない。


  •  ・幸せの捉え方(加点法と減点法)

     自分の普通と言う状態のレベルが何処に存在しているかと言うことで幸せのとらえ方が異なるかもしれません。
     生まれたときに非常に恵まれた状態にあった人はその状態が普通であったと思われます。つまり、幸せでも不幸とも感じる状態ではないということです。
     また、生まれたときには父も母も病弱で貧困で明日の食べるものにも事欠く状態にあった人はその状態が普通であったと思われます。その状態が当たり前で、幸せでも不幸と感じる状態ではないと言うことです。
     幸せを感じることが出来る状態は普通と思われる状態以上のことが起きないと喜びなどは起きませんから、恵まれた状態の人は今の生活以上のことはそれほど起こりえることはないのではないか。
     困窮の状態の人はそれ以上の状態はいくらでも起こりえます。子供であったら、大人になり、収入を得られるようになれば生活が少しづつ改善していくわけですから喜びはすごいですよね。そして最貧の状態を覚えていますし、その状態が普通ですから喜びを実感できます。そして、貧困には耐えることが出来ます。
     それに比べ最高の状態にあれば最高でも普通ですから、それ以下のことが起こることは目に見えていますから、そのことは不幸でしかありません。同じことが貧困の人におこったならば、その人にとっては過去の状態よりは良い状態であったり、普通と感じれる状態であるかもしれませんね。
     子供の時から恵まれていたかった。今、幸せでないのは子供の時に恵まれていなかったからだと思ってしまう。さて、どうなんでしょうかね。
     貧困状態でも、そこに、思いやりがあり、教育さえしっかりと受けれたならばそれでいいような気がしますね。
     成長して周りと比べて自分が惨めと感じたときに不幸になるのでしょね。貧困状態から抜け出せないのが不幸なのでしょうね。
     貧困状態が普通ですから、それでいいやと思えばそこにとどまるしかない。
    貧困状態を不幸だと感じてそこから抜け出す努力をしないといけないことに気づくかどうかなのでしょうね。誰かの指摘や導きが必要なのでしょうか。
     現実はもっと複雑ですが。


  •    しこうに気を付けなさい

    思考に気を付けなさい それはいつか言葉になるから

    言葉に気を付けなさい それはいつか行動になるから

    行動に気を付けなさい それはいつか習慣になるから

    習慣に気を付けなさい それはいつか性格になるから

    性格にきをつけなさい それはいつか運命になるから

     なかなか難しいですよね。でも、心の片隅に置いておきたい言葉ですね。

     目の前には言葉の海が広がっています。素晴らしい言葉を身の回りに置きたいですよね。
    「いつも心は笑顔で」なんかいいですよね。


  •  心の中に素晴らしいものもっていますよね。言葉少ない自分ですが観ていますからね。
    「コーピング」、はじめてふれる言葉です。もっと前をあゆんでいる姿を見てみたいですね。そうしたら、斜め後ろからついていきたいですね。でも、できる範囲で・・・ですよ、無理はしないでくださいね。


  •  記憶は主張する。
     幸せを記憶させなければいけない。幸せの記憶しかなかったら、どうなると思います。幸せしかありませんから、幸せな人生になります。でも、日常の生活で色々なことが起こり、その結果色々なことが記憶され、幸せが記憶されることが少ない。さて、どうします。心は持ちようとも言います。また、想像でも、記憶はできます。例えば、「ワッショイ、ワッショイ」と一日中、
    繰り返したとします。そこにあるのは、パブロフの犬とプラシーボ効果です。そういう心身の生きてゆくための機能が存在しているのです。・・・・・・記憶は主張します。


  •  アリはすごいですよね。相当高いところから落ちても死にませんよね。ネギや大根も食べるらしい。アリがたかっていますからね。
     そういえば子供の頃、大根をおやつに食べていたこともあるから、少し甘みもあり美味しいですよね。
     生で食べて美味しいものや味付けをしないで蒸したり煮たりして食べて美味しいものは身体が本当に欲している食べ物のような気がします。
     塩コショウで味をごまかしているものは美味しいですが本当にこれが身体にいいのだろうかと思ってしまいます。


  •  クモはすごいですよね。空を飛んで行きますからね。風任せ、着地が海とかだと死ですからね。それでも生きるために飛ぶ。


  •  安楽死したい人が六割と言うことではありませんが、安楽死を認める人が六割に達しているそうです。

     社会のなかに人が最後まで幸せに生きていける環境があるだろうか。環境をつくろうとしているだろうか。
     人の心がそこまで育っているだろうか。育てようとしているだろうか。人を支える心がそこまであるだろうか。育てようとしているだろうか。
     病気や老化や障害などの下でも幸せにいきてゆける心が育っているだろうか。
     個人の資質や努力にまかせている状態ではそりゃあ無理だと思わずにはいられませんね。
     少子化の問題も人生が素晴らしいとは思えないから世の女性たちは子供を産まないのではないでしょうか。
     先ずは、幸せに生きれる環境を整えること。そして、人を喜びを持って支えることが出来る心を含めて幸せを感じることが出来る心を育てることが必要ですよね。
     心はまだそこまで育ってはいませんね。心に従って生きるならば人それぞれですよね。
     他人の心を尊重すべきかどうか。出来るだけ尊重をしたいですけれども。さて・・・・・・どうなんでしょうか。人それぞれということでしょうか。


  • 「今を生きる」いい言葉ですね。今を前向きに精一杯に生きると解釈できるのだろうか。でも、頑張れない人は精一杯に頑張る必要はないですよね。ただ、目の前にある選択を「ワクワクする」方を「幸せになる」と思う方を、或いは「好きな方」を選択するだけでいいよね。


  •  苦しみや危機から生まれる能力がある。幸せが続くと生きる能力が退化するかもしれません。危機に遭遇するとすべての能力を全力で、或いはそれ以上の力を持って対処する。生命の能力がのびる。進化することがあるかもしれません。
     苦しんでいる人の中から乗り越えた能力を持つ人が生まれてきます。その人が生き続いていく。アフリカで生きたすべての人の母、グレートマザーのように。
     そのような人は大切な存在なのではないでしょうか。苦しみにも存在意義がある。

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