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船長の電子紙芝居

船長の電子紙芝居

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  • 2018/09/09 23:39
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    船長 9月9日 23:39

    >>882

    数日後、横浜中華街の名門店『珍珍楼』で、『怨み・ハラスメント』のメンバーと、郭分列の一味とで、『手打ちの会』を行うことになった。
    「いやあ、まあお嬢さん一杯。うちの諜報員たちも大幅に対偶改善されて、とても喜んでますよ」
    「そちらは命を懸けてらっしゃるんですからね、郭さん。これくらい当然です」
    「桔梗さんもその節は本当に申し訳なかったね。あばら骨は大丈夫?」
    「いえ、そちらもお仕事でしたからね」
    「なんでも、ジャグリングの世界大会への出場が決まったんですって?」
    「三か月後なので、骨は治ってると思います
    もう、忍者であることを隠さず、堂々と名乗って出場するつもりです」

    「山田くんさんもなんか、本格的に落語家になられるそうで」
    「いやあ、この間師匠にどやされましてね、一回真面目に落語に挑戦してみたらどうだあ! って」
    宴たけなわになって、須戸麗花がフジオカに耳打ちをする。
    「フジオカ、あのな、桔梗はなんだ、その、フジオカのことを好いとるぞ」
    「お嬢様、何故そこ博多弁なんですか? 私はほら、お嬢様のためにこの身を捧げるつもりですので」
    「いやいやいや。既婚の執事なんていくらでもいるぞ」
    「はあ……」
    フジオカが桔梗の方を見ると、桔梗は頬を赤らめながら微笑んでいた。
    呂馬苫樋は、また袁横縞に文句を言っている。
    「あ、あにき。そ、そんなにフォアグラ小籠包、く、食っちゃあダメだよ」
    「ハハン? 欲しけりゃ自分で注文すればいいじゃねえか」
    「そ、それもそうだけど、お、おれが食いたくて注文した小籠包を、か、かたっぱしから食われてるんで……」

    〈怨み・ハラスメント 完〉

  • >>882

    『死神湖』の本拠は、狭山丘陵の丘の麓の
    周りに水路をめぐらせた屋敷になっていた。
    屋敷の中は人の気配はなく、ひっそりとしている。
    一階はどの部屋もがらんどうで、二階の奥の部屋でかすかに音が聞こえていた。
    ドアを慎重に開けてみると。真っ暗な部屋の中、スーパーコンピュータ並の装置の真ん中に腰掛けている人影が見える。
    「死神湖……か?」
    暗闇に目が慣れて来るとそこには異様な光景が浮かび上がってきた。
    「うっ……」
    「こ、これは……」
    頭部に電極の様なものを何本も突き刺されミイラ化した死体が、あたかもコンサートの指揮者のように、両手でパソコン群を操っているかの様に見えた。
    その指揮に合わせるように、コンピュータは静かに活動を続けていた。
    「これが、怨み・憎しみの終着点って訳か」
    「とりあえず、電源はオフにしましょうか」
    フジオカはゆっくりと確実に、ケーブルを何本か引き抜いた。
    「フジオカ、一言くらい『お母さん』って呼んでやれよ」
    「お母さん……ですか?」
    するとその声に反応するかのように、死神湖=吉岡神子の死体の目から涙が流れ出した様に見えた。
    「ま、まさか?」
    「いや、フジオカおかしいぞ、涙の量が多すぎる。何かのトラップかも知れん」
    死神湖の顔や、体内から大量の液体が流れ出している。
    「これは……まさか油か?」
    「フジオカ、危険だ! ガソリンだぞ」
    床に流れ出したガソリンが、パソコン機器の方に流れ出して行く。
    「フジオカ! 罠だ!」
    「お嬢様! 退避です!」
    二人がドアから飛び出すと同時に、部屋から火の手が上がった、火は瞬く間に屋敷を包み、爆発音とともに崩れ落ちていく。
    須戸麗花とフジオカは、間一髪屋敷の外に逃れ、炎に包まれている屋敷を呆然と見つめていた。
    「お母さん……」
    死神湖の屋敷は、死神湖に今まで集まって来たすべての恨み辛み、絶望が炎とともに焼け落ちて消えて行った。

  • >>882

    「さっき『怨み・ハラスメント』の事を、ケチな復讐代行って言ったよね。
    そうなんだよ。確かにそうなんだけどさ。
    何かなあ。最近の世の中に違和感があるっていうか、気持ち悪いっていうか。
    世の中の力を持ってる奴が、平気で悪い事しても、返って開き直っている。
    差別・怨み・人を貶めたりすることは一向になくならない。若者は右傾化してネトウヨなんかになってる。
    別に世の中を良くしようとかさあ、良心とかそういうものと違うんだよね。だた『気持ち悪いもの』は許せないって思っただけ」
    「お嬢さん、そういう仕事はあっしら裏の者に任せて下さいよ。『怨み・ハラスメント』に寄せられた投稿は、当分あっしらが面倒みますから」
    「ああ、そうだな。桔梗や山田くんはこういう仕事から解放してあげなきゃな」
    「あ、ついでといっちゃあ何ですけど、『アニオタ病を支援する会』の西崎海苔天は、小笠原島のヨットの上から突き落として、始末しておきましたんで」
    「なんだ、それ。なんか秘密握られて邪魔になっただけだろ」

    フジオカが戻ると、瀬戸麗花とフジオカは
    郭から教えてもらった『死神湖』の本拠へ乗り込むことにした。
    「本拠といっても、『亡霊酒場』のサイトは最近あまり機能してないそうだがな」
    「前回はバーチャルのサイトの中での仮想対決でしたが。今回は西崎海苔天もいなくなったことですし、これでアニオタの会と死神湖の関係は切れたのかもしれないですね」
    「ああ、まあ『アニオタの会』自体はまた頭を挿げ替えて活動するんだろうけどな」
    「お嬢様、あの……」
    「なんだ?」
    「お嬢さまはいつごろから、私が吉岡純だと気づいていたんですか? 最初からですか」
    「ああ、気づいたというか、爺さんの持ってきた優秀なスパイのリストの一番に、フジオカがたまたま載ってたんだよな」
    「私が吉岡純でも、お嬢様は一向にかまわなかった、ということですか」
    「これも何かの縁かも知れんしな。大体フジオカはロシアで、顔も声も変えられて、別人になった。そういうことだろ。私にとってはフジオカはフジオカだからな」
    「そうですね、ですから今さら母親には何の未練もないですが。あっちも別人格になってしまっているようですしね」

  • >>882

     怨み・ハラスメント⑩『さいごの戦いⅡ』
            
    須戸麗花の手元のパソコンから発信音が流れ、麗花は画面を一瞥したあと、Enterキーを押した。
    「おおっと! お嬢さん。変な動きをするとお嬢さんといえども容赦はしないぜ」
    「ああ、悪い悪い。まあすぐ決着がつくと思うから」
    「???」
    しばらくして、核分裂の携帯が鳴った。
    「はい郭っす。ハイハイ…… えええっ
    そりゃまたどうして? はい、はいはい……
    承知いたしました」
    郭は固い表情で電話を切った。
    「お嬢さん。今までの非礼をお許し下さい」
    「ああいや、改まらなくてもいいよ。C国を丸ごと買わせてもらった。山田くんが実家に状況伝えといてくれてな。話が早かったわ。まあずっと持ってるつもりはないからね」
    「しかしよく国家主席と『シード』が納得しましたね」
    「郭さんがヒントをくれたんだよ。元老が集まっている決定機関という事は、社会的なイデオロギーの問題というよりは、むしろ経済的なもんだろうと思ってね。元国家主席には、例のベトナムとカンボジアの国境にあるリゾートで一生遊んでいてもらおうかな」
    「まあいずれ尻尾切られたトカゲみたいに、新しい傀儡が出てくるでしょうがね」
    「じゃあ早速、三人の身柄の安全を確認してもらおうか」
    「へいへい承知」
    その時、須戸家の指令室のモニターに、ハインリヒ・フジオカの顔が大きく映し出された。
    「お嬢様」
    「おお! フジオカ無事か!」
    「いま桔梗と合流しました。桔梗はあばら骨を骨折したあと、さらに十人のマッチョを倒してましたよ」
    「桔梗にはすぐ救急処置を行ってくれ。それにしてもフジオカもよくあの鉄の棺から出られたな」
    「調べてみて、溶接が一か所だけ甘そうなところがあったんで、そこを少しだけこじ開けて探査・発信機を出してみたんですが。そこに運よくロシアの原子力潜水艦が通りかかって、ちょうど昔なじみの諜報員も乗っていたので、鉄の箱ごと回収してもらいました」
    郭にも連絡が入った。
    「お嬢さん。山田くんも師匠の桂亭円丸さんのところに無事にお送りしました」
    「了解…… なあ郭さん」
    「はあ、なんですか?」
    須戸麗花は、少し思いつめたような目で言った。

    船長の電子紙芝居  怨み・ハラスメント⑩『さいごの戦いⅡ』          須戸麗花の手元のパソコンから発信音が流れ

  • >>882

    桔梗は屈強なマッチョ4人を倒したが、5人目の時に不覚にもあばら骨に痛恨の一撃を喰らい、骨にひびが入ったようだ。
    「さあ、どうしたお嬢さん。もう少し楽しませてくれよ」
    桔梗は苦痛に顔を歪めながらつぶやいた
    「……ハインリヒ」

    山田くんはいきなり真っ暗な袋にぶち込まれて、車でどこかへ運ばれているようだった。郭分裂の一味の仕業であろうことは今までのやり取りから予想がついた。
    「幸い、これは見逃してくれたようですね」
    山田くんは、親指の爪の裏に仕込んだ超小型タブレットで、須戸本家に緊急の信号と状況を発信していた。
    「さてどこへ連れていかれるのかな。おお、今は桂亭楽丸師匠の家のすぐ近くじゃないですか……」

    郭分裂は、須戸麗花に銃口を向けたまま
    「本当はさあ、前にも言ったかも知れないけど、こんなことで貴重な地球の頭脳遺産を失うのは忍びないんだよね。あんたもさあ、並外れた財力と頭脳があるんだから、ケチな復讐代行業なんかやってないで、人類の役に立つ研究をするとか、日本を陰から動かして少しは良い方向に持っていくとかすればよかったのに」
    「あんたにいわれたくないよ」

    〈さいごの戦いⅡに続く〉

  • >>882

    「やっぱり郭分列さんか、ずいぶん久しぶりだね」
    「ああ、その節はお世話になったな」
    「C国のスパイが、なんでこんな、とても政治的とは思えない案件に絡んでるんだ?」
    「お嬢ちゃん、このカジノの一件ってえのは利権の額が桁外れでね。冥途の土産に教えてやるが、我がC国の国家主席は独裁者に見えるだろうが、実は陰では何人かの国家を支えてきた『元老』たちが組織する『シード』って言う意思決定機関に操られている傀儡政権なんだよ」
    「ほう、それは良いことを聞いた。経済的な利権に対して動いた、ということだな」
    「お嬢ちゃんとこの『怨み・ハラスメント』は、日本一大学の件や、グッドコイン仮想通貨の件。そしてアニオタ病を支援する会の件とことごとくC国の利権に逆らってきたんだな。まあおいたが過ぎたんでお灸をすえるって訳だ。悪く思うなよ」
    「我々を始末するのが目的か」
    「フジオカは鋼鉄の箱ごと海に投げ込んだし桔梗ちゃんは魅力的なマッチョと格闘中、山田も麻袋にぶち込んで身柄を拘束させてもらった。あとは『シード』の最終意向決定待ちってとこかな」
    「その『シード』って、なんかコンタクトレンズみたいだよな」
    須戸麗花は怨み・ハラスメントの大ピンチにも関わらず、不敵に微笑んでいた。

    フジオカの入った特殊合金の箱は、津軽海峡の海底へと投棄された。
    「わ、悪く思うなよ、フ、フジオカ。あ、あんたがロシアのスパイだったころは、お、おれたちの憧れの存在だったんだぜ」
    フジオカは金属の棺の中で、その材質を冷静に分析していた。
    「ふうむ、やはり私の破壊力を計算して、中からは壊せない様に作ってあるな。万が一破壊できたとしても、水圧でペシャンコというわけか」 
    フジオカはポケットから丸薬を取り出して口に含んでいた。この丸薬は酸素・水分および最低限の栄養を補給するもので、宇宙空間んでも最長一カ月は生きながらえることができた。
    「まあしばらく策を考えるか。カーズみたいに『考えるのをやめる』訳にはいかないからな。

  • >>882

    「お嬢様、そもそも今回の件ですが」
    「なんだ?」
    「死神湖との決着を着けようというのはわかるのですが、いったい誰の何に対する復讐の代行なのですか」
    「そうだな、言わばフジオカの過去からの依頼……という事になるかな」
    「!?」
    お嬢様はやはり私の過去の事を……と言おうとした時、フジオカの目の前を見覚えのある顔の男が横切った。
    「あ、あれは。郭分裂の部下の袁横縞じゃないのか」
    フジオカはすぐ後を追う。
    「フジオカ、危険だぞ。深追いするなよ」
    須戸麗花がメッセージを送る。
    港町の倉庫の方まで袁を追うと、袁は倉庫の中に消えていく。
    袁の消えた倉庫に慎重に入って行ってみると、やけに狭い、窓一つない薄暗い空間だった。
    「これは……」
    その時、轟音とともに入口の扉が閉鎖され
    すぐに扉の方の壁の周りから、金属を溶接する時の音と匂いが発せられる。
    「しまった。罠か!」
    フジオカは入口の扉の方の壁に体当たりをしたが、びくともせず、逆にフジオカの体がいかれそうになる。
    「特殊合金か……」

    フジオカに何かあった時は援護をしようと後方に待機していた桔梗が駆け付ける。
    「ハインリヒ!」
    「おっとお嬢さん。あんたの相手はこっちだよ」
    数十人の筋骨隆々のマッチョを引き連れた
    袁が現れた。
    「呂馬よお、そっちの箱は溶接が済んだらさっさと海に捨ててしまえよ」
    「へ、へいっ! あ、兄貴」
    「……ハインリヒ」
    「さあ、お嬢さんにはこっちの、格闘技の達人のマッチョ達と、一人ひとり勝負をしてもらおうか。完全に体力勝負の消耗戦になるがな。どこまで持つか、ゆっくり楽しませてもらおうか」
    「くっ!」

    須戸麗花の方では、フジオカ・桔梗との連絡が途絶え、山田くんともコンタクトが取れなくなっていた。
    「妙だな、これは。仕掛けられたのか?」
    「その通りだよ、お嬢ちゃん」
    須戸麗花のいる屋敷の指令室に、薄笑いを浮かべながら現れたのは、郭分列とその手下数名だった。

  •  怨み・ハラスメント⑨『さいごの戦いⅠ』
            
    焼肉料理『馬謖苑』の店内で、C国の諜報員、袁横縞と呂馬苫樋の二人は、彼らのボス郭分列からの連絡を待っていた。
    「あ、あにき。そ、そんな赤い肉食っちゃあか、体に悪いってえ」
    「ハハン? 明日死ぬかも知れない身の俺たちが何心配しようってんだい。石田三成か、お前は」
    「そ、それもそうだけど、お、おれがしっかり焼こうと待ってた肉を、か、かたっぱしから食われてるんで」
    「ケチなこと言うんじゃねえよ。ここの飲み代も食い物代も、全部うちへの上がりから相殺してもらえんじゃねえか」
    「そ、それにしたって、あ、あんまり大っぴらにやるなって、ボ、ボスからも……」
    携帯から『リムジン河』のメロディーが流れた。
    「おっと、そのボスからだぜ。え~っと今度のターゲットは、と。
    うん? 『怨み・ハラスメント』? なんだこりゃ」


    ハインリヒ・フジオカと桔梗は。須戸麗花の命を受けて、北海道の椴法華に来ている。

    「山田くんの調べによると、カジノ法案が通ったせいで、『アニオタ病を支援する会』の西崎海苔天が良からぬ動きをしているらしいな」
    「西崎海苔天……アニオタの会の黒幕ですか。どうやってそこに行きついたのです?」
    「ああ、吉岡吾郎に会って来たんだわ」
    「吉岡吾郎にですか?」
    「そうそう、フジオカも元気だって伝えてきてやったぞ」
    「吉岡吾郎に? なぜです?」
    須戸麗花はあえてそれには答えずに、
    「それでな、西崎は椴法華にカジノを誘致しようと暗躍しているらしい。まあすごい利権だからな。それでネットじゃあよくわからない事が多いから、実際に調べてきて欲しんだわ」
    「椴法華に……ですか」

    「お嬢様、こちらで調べてみると、やはり椴法華のカジノリゾート計画は実際に進み始めています。西崎海苔天と複数の政治家が絡んでいて、しかもC国まで一枚かんでいるようです」
    「なに、C国というと、郭分列の奴か」
    「そうですね」
    「西崎と郭分列が組んでいるとすると相当厄介だな。フジオカ、そっちも危険かも知れんからもう一回こっちに帰って来てくれ。作戦の練り直しだ」

    船長の電子紙芝居  怨み・ハラスメント⑨『さいごの戦いⅠ』          焼肉料理『馬謖苑』の店内で、C国の諜報員

  • >>878

    吉岡吾郎は、遠くを見る様な目つきで言った。
    「人間ってえのは、なんですかねえ。不幸なもんは、生まれつき不幸になる様に出来てるんですかねえ」
    「それは私にはわかりません」
    「あんたの様な、賢くて財力もありそうな方々が、貧乏人を救ってくれる様な世の中にしてはくれないんですかねえ。貧乏人は夢も見ちゃいけないんですかねえ」

    「発明や、科学の進歩で世の中が良くなる事はあると思います。例えば『食器洗い機』などでは家庭の主婦の家事労働は軽減されていると思います。
    ただ、それを羨んだり、阻んだりする何らかの意思が、必ず出てきます。姑さんや近所の目を気にして、あるいは自分が夫に楽をしていると思われたくなくて、そういう便利な道具を未だに使うことができない奥さんは、たくさんいるんじゃないですか」
    「食器洗い機ねえ…… それを買える家はまだいいんでしょうけど」
    「それは一つの例です。この世から妬み・嫉みなどの悪意が無くならない限り、足の引っ張り合いみたいなことは無くならないのではないでしょうか」
    「悪意がまた新しい悪意を生む。まるでウチの妻が今やってることのようですな……」

    「吉岡、時間だ。出ろ」
    吉岡が連れていかれる。
    「吾郎さん、あんたの息子さんだけど」
    「ああ、ロシアのどっかで野垂れ死んじまったそうですがね」
    「生きてるぞ」
    「ええ? いま何をおっしゃったんで?」
    「いま、私のすぐそばにいる。元気にしているぞ」
    吉岡吾郎は全く訳が分からず、名残り惜しそうに麗花の事を振り返り、振り返り見ていた。
    「……それはきっと、何かの間違いだな」
    吉岡吾郎は低く呟いた。

           〈了〉

  • >>878

    「……」
    「だからというわけでもないが、あなたには話す義務があるように思うんだが」

    吉岡吾郎は、重い口を開く。
    「まあ、あっしも今も、『アニオタ病を支援する会』から支援をいただいている身で、それで刑務所の中でも比較的いい思いができてるわけなんですけどね。
     ……で、何を知りたいんで?」
    「吉岡家に起こった不幸の背景。あなたの奥さんを死神湖というモンスターにしてしまった本当の原因は何なのか」
    「原因……といっても、ねえ」

    吉岡吾郎はゆっくりと、自分の生い立ちから語り始める。

    「元もとは妻とは、半分見合いだか紹介みたいなことで、妻の父親の経営する自動車修理会社にそのまま就職しました。
    三十代のころ、会社の資金繰りが悪くなり経営者が変わり、私も失職せざるを得なくなりました。
    その当時、「Ⅰターン」っていうんですかねえ、北海道の農業経営の募集があって、申し込んだんですが、行ってみると話とは大違いで。農地もほとんど荒地みたいな土地で、廃屋みたいな家にはとても住めそうになかったので、石を運んで一から建て直しました。

    「共済会」という古いしきたりの組織が仕切っている村で、共済会の機嫌を損ねたらゴミを出すことも出来ませんでした。
    妻も息子も事あるごとに様々な嫌がらせを受け、家族は次第に心を病んで行きました。

    息子の純が『アニオタ病』という奇病にかかってからは差別はますますひどくなっていきました。そこにあの事件です。
    あとはまあ、お嬢さんのご存じの通りで」

    「あなたの奥さんは、いつごろからあのサイトというか、ああいう事をやり出したんですか」
    「ああ、あれはまあ『アニオタ病支援の会』の西崎なにがしに利用されたんでしょう。
    息子がああいう目に合ってからは、もう復讐の鬼の様になってましたから」

    「大体はわかりました。お話にくい事もお話いただいてありがとうございました」
    「ねえ、お嬢さん」
    「何ですか?」

  • >>878

    須戸麗花は、八王子の医療刑務所に収容されている吉岡純の父親、吉岡吾郎に面会することにした。
    「まあ、根は朴訥でいい奴なんでしょうけど
    人を食った男ではありますね。息子が殺したと疑われている娘の家に、なんとカボチャを持ってお詫びに行ったって言うんだから、まあ空気が読めないというかなんというか…」


    「吉岡、面会だ。出ろ」
    「……面会?」

    吉岡吾郎は、面会室に連れてこられた。
    「……え~っと。あの~、どちらさんでしたかね?
    こういう世間と離れたところに籠っていると、とんと記憶が飛んじまって」
    「須戸麗花です」
    立会の係員が驚いて、麗花の顔をちらっと一瞥した様に見えた。
    吉岡吾郎は少し考えて、
    「……あなたは、若干十四歳でノーベル賞の共同受賞者に名を連ねた、科学者さんじゃないですかね」
    「私の研究の事、知っているんですか」
    「いや。その研究の『ナノイー理論』だかはさっぱりなんですが、週刊誌のグラビアとかで読んだ事がありますぜ」

    「その才媛の科学者さんが、一体あっしに何の用で?」
    「あなたの奥さんと、息子の純さんの話をお伺いしようと思いまして」
    「妻と息子の? ああ、思い出したくもない事件でさあ……」

    「なんでそんなことをお聞きなさるんで?」
    「私の父親は須戸零士です。そういえば分かりますか」
    その名前を聞いて、吾郎の顔色が変わる。
    「まさか、あの弁護士の……」

    歩きスマホをしていた女子学生がビール瓶で殴り殺されるという「椴法華事件」で、犯人と疑われた吉岡純の弁護を最初に受け持ったのが、須戸麗花の父親、須戸零士だった。
    須戸零士の努力の甲斐なく、吉岡純は起訴されてしまうのだが、その後吉岡純はロシアに失踪。
    その頃急に勢力を持ち出した、『アニオタ病を支援する会』の代表西崎海苔天という男に、アニオタ病の吉岡純を守れなかったという理由で須戸零士はバッシングを受け、ついには法曹界からも抹殺されてしまうことになる。
    零士はその後失意の後に病死。妻の須戸理都も後を追うように死亡した。
    「別にあなたに対して怨みがあるわけじゃない。ただあなたの奥さんは相当ネットでこのことを煽って、父を精神的に追い込んだそうだがな」

  •  怨み・ハラスメント⑧
        『須戸麗花・IQ265の孤独』
            
    IQ265の須戸麗花は、3歳の頃から線形代数の方程式などで遊んでいて、神童といわれていた。

    スティーヴン・ホーキング IQ160
    イギリスの理論物理学者。21歳のときに「筋萎縮性側索硬化症」と診断される。「車椅子の物理学者」として知られている

    アルベルト・アインシュタイン
    IQ160~190(推定)
    ドイツ生まれのユダヤ人理論物理学者。特殊相対性理論及び一般相対性理論などを提唱した業績により、二十世紀最大の物理学者とも、現代物理学の父とも呼ばれる。

    レオナルド·ダ·ビンチ
    IQ180~190(推定)
    イタリアのルネサンス期を代表する芸術家。

    クリストファー平田 IQ225
    日系アメリカ人。天体物理学者のエキスパート。その世界では知らない人はいないといわれている。13歳の時、国際物理オリンピックの金メダルを最年少受賞。NASAなどを経て現在は大学で宇宙物理学を教えている。

    テレンス・タオ
    IQ220~230(推定)
    中国系オーストラリア人数学者。カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授。専門は実解析、調和解析、微分方程式、組合せ論、整数論、表現論。

    須戸麗花は、子供のころから決まってみる同じ夢があった。
    薄暗い夕暮れか、夜明け前の公園で、自分がブランコに腰掛けている。
    そこへ、闇の声が囁く。
    「この世の中すべての人間は、黒と白どちらかに塗り分けられている。
    生まれつき黒か白かに塗り分けられている者もいれば、大人になる前にどちらかを選択できるものもいる。
    さあ、お前はどちらを選ぶ?」

    この夢を見るときは、麗花はいつも全身が金縛りの様になって動けず、起きると汗びっしょりで、非常に嫌な気分だけが頭に残っていた。
    世の中が見れるようになって、そんな単純なことではないことは分かったが、生まれつき人生の生き方が塗り分けられている人が大勢いることは理解できた、

    船長の電子紙芝居  怨み・ハラスメント⑧     『須戸麗花・IQ265の孤独』          IQ265の須戸麗

  • >>874

    郭たちは地下室のカギを施錠して、煙の中を階段を駆け上がった。
    地上へのドアを開けたその瞬間……
    出口で待ち構えていたアーニーとバートに郭の一味は次々と拳銃で撃たれ、倒されていった。
    郭は機転を利かせて、ドアのすぐ横にあった下水のマンホールに飛び込み、下水道伝いに逃げおおせた。
    ところが、しばらく離れた場所で、地上に出てみると、周囲は地震の被害の様子も何もなく、普段のフランクフルトののどかな郊外風景が続いているだけだった。
    「あれ? 地震は……?」
    郭はスマホを手にして組織と連絡を取ろうとしたが、すぐにスマホの異常に気付き液晶の画面を叩き割った。
    「くそっ! 一杯食わされたか……」

    そのころ、アーニーとバートが地下室に二人を救出にきていた。
    フジオカはなんと何事もなかったかのように息を吹き返していた。
    「フジオカ…… 大丈夫なのか?」
    「はあ、隙を見て郭の銃弾に細工をしておいたんですが、まあ普通の銃弾でも私の背中を貫通することは難しかったでしょうね」
    「お嬢さん、こいつの体は、鍛え方が尋常じゃないんですよ」
    「それにしても、周囲数百メートルに共振を起こさせ地震の効果を起こす例の装置の効果は、抜群だったな」
    「この派手なスモークも効いたって」
    「あ、あなたたちは?」
    「ああ、ご紹介が遅くなりました。同じ組織のメンバーの、アーニーとバートです」
    「お嬢様、初めまして。よろしく」
    須戸麗花は、フジオカに向き直って言う
    「フジオカ、見事だ。私はお前を引き抜くことに決めたぞ」
    「はあ…… お嬢様なにを言ってらっしゃるので?」
    ところが同僚のアーニーとバートもそれを聞いてニヤニヤしている。
    「もともとはおじいちゃんの須戸立覇が生きていたころにロシア政府の要人と進めていた話なんだが、ロシアの諜報員の腕ききを私の用心棒にトレードしてくれないかとな」
    「……」
    「フジオカ、お前を執事件用心棒としてロシア政府から九千億ルーブルでもらい受ける」
    「九千億ルーブル! 国家予算級ですね。それにしてもアーニーとバートも、このことを最初から知っていたのか」
    「そうさ、今回の君のもう一つの使命は須戸お嬢様の『面接』に受かることだったのさ、そしてそれを君は見事にやり遂げた。
    おめでとう! ハインリヒ」

           〈了〉

  • >>874

    「じゃ、段取りとしては、まずカーネル博士たちの解放。その後装置の概要をあんたのパソコンに入力してやるよ、ただそうだなあ、一時間くらいはかかるかなあ」
    「三十分でやれ、ハイ交渉成立」
    郭とその一味たちは、博士たちの足の腱を切り裂いて走れないようにした上で、地上に開放した。
    須戸麗花は装置の入力に取り掛かる。
    そのころ、地上ではフジオカの仲間のアーニーとバートの二人が、博士たちを保護していた。
    アーニーは続けて、付近にスモークを焚き始め、付近に毒ガスが漏れたと非常線を張り
    周囲に人が近づかない様に細工をした。
    その間にバートは、その廃ビルにある仕掛けを施し始めた。

    「お嬢さん、そろそろ約束の三十分だぜ」
    「う~ん…… わかったわかった。残り30秒になったら秒読みしてくれないかな」
    「藤井7段かよ!」
    「こまったお嬢さんだねえ。あと2分」

    「あと1分」

    「25秒・6・7・8・9……」
    その時大きな地響きとともに、地下室がまるで大時化に会った船の船室の様に、大きく揺れた。
    「あああああーっ!」
    「こ、これは?」
    外からは瓦礫の崩れる様な音や、窓ガラスが割れて張り裂ける様な音が次々と聞こえてきた。
    須戸麗花やフジオカや郭の一味の持っているスマホからも、緊急を知らせる非常音が鳴り響いている。
    「これは、只事じゃないぞ」
    いち早くヤホーのニュース画面を探し出した須戸麗花は、その画面を郭一味に見せながら言った
    「見ろ!」
    「げげええええーっ!」
    ドイツのダイニンゲンを震源とするマグニチュード8.9以上の地震が起こり、ビルが崩れ、各地で火災も発生しているという。
    「こりゃあ、やばいな」
    「お嬢ちゃん。ここはこれまでだ。出来上がったところまではいただいて行くぜ」
    「ボス、早く逃げましょう」
    ドアの隙間から煙が流れ込んで来ている。
    「あばよ! お嬢ちゃん! 行きがけの駄賃だぜ」
    「あぶない! お嬢!」
    須戸麗花に向けられて発砲された銃弾は、お嬢をかばったフジオカの背中を直撃した。
    「ぐはあっ!」
    「フジオカー!」

  • >>874

    法要の当日。式典の段取りが最後に差し掛かったところで、黒塗りのベンツから降りてきた数人が、招待客に紛れて忍び込み、まんまと須戸麗花を拉致して行く。
    但し須戸麗花を警護し片時も傍らを離れなかったフジオカは、なんと自らの腕を手錠で須戸お嬢と繋いでいたため、お嬢ともろともに拉致されていくこととなった。
    二人は人里をはなれたフランクフルト郊外のある廃ビルの地下室に連れていかれた。
    須戸麗花と手錠で繋がれたままのフジオカを見て、郭分列は激怒した。
    「なんだこいつは! 邪魔な奴まで連れてきやがって」
    「須戸麗花の執事らしいんですがね、まさか手錠で繋がれてるなんて…… めんどくせえんでんで一緒に拉致してきましたんで」
    「さっさとそんな腕切っちまえよ」
    「こんなごっつい腕、切り落とすのも厄介ですぜ」
    「フジオカの腕を切るくらいなら私の腕を切れ! 但しそうなれば二度と私は口を開かんぞ」
    須戸麗花は驚きの言葉を発した。
    「こりゃ気の強いお嬢さんだねえ。まあゆっくり楽しむとするか」
    郭は不敵な笑みを浮かべる。
    すでに拉致をされていた二人の博士夫妻もこの建物の地下牢に閉じ込められていた。
    博士夫妻たちは、どのみちその装置の秘密を伝えても、その後に殺されるだけだろうと
    内容を一切教えないという結論に達していたのだ。
    須戸麗花とフジオカは、博士たちのいる地下牢に連れてこられた。
    「さあ、どうですかお嬢さん。この二人の頑固な博士たちは、絶対に口を割らないと決めてしまったようですが」
    「う~ん、そうだなあ……」
    須戸麗花は少し考えて。
    「まずはそっちの博士夫婦の解放だな。そうしたら装置の秘密に関しては、考えないでもない」
    「自分の立場を分かってんのか、このアマ」
    郭の部下が声を荒げた。
    「まあ待てって。お嬢さんこっちも、世界の重要な頭脳遺産を無益な殺生で失うようなことをしたいわけじゃない。
    ただ、私は嘘が嫌いでね。もしお嬢さんが必ず装置の秘密を教えてくれるって言うのなら、二人の博士たちは解放しないでもないがね」
    「須戸博士! やめろ! 我々の研究をこんな奴らに売るのは」
    カーネル博士とサンダース博士は口を揃えて言った。
    「私ももう周りで人が苦しんだり命を落としたりするのを見るのはまっぴらなんだよ。」

  •  怨み・ハラスメント⑦
        『ハインリヒ・フジオカの過去』
            
    ハインリヒ・フジオカは、かってはドイツを拠点に活動するロシアのスパイだった。
    ライプツィヒの古い建物の中にある銀行の貸金庫から取り出したUSBメモリを、手持ちのパソコンに接続した。

    「おはよう、ハインリヒ君。
    カーネル博士とサンダース博士は、武力をすべて無力化する画期的な装置を開発中の三人のうち二人であるが、このほど二人は奥さんともども誘拐されてしまった。誘拐したのはC国の諜報員・郭分列である。
    しかし第三の科学者、日本人の才媛・須戸麗花が欠けては特殊装置の製法が分からぬ以上、次に敵は当然須戸麗花博士を狙って来るに違いない。それが果たせぬと分かった時、誘拐された二人の命は重大な危機に晒されることになる。
    須戸麗花博士が学会でドイツのフランクフルトを訪れるこのタイミングで、C国の諜報員も二人の博士をドイツに連れてきてどこかに監禁しているという情報を当局は得た。
    そこで君の指名だが、万難を排してカーネル博士とサンダース博士、およびその奥さん達を無事救い出すことにある。
    例によって君もしくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりで。なおこのSBメモリは自動的に消滅する。成功を祈る。

    ハインリヒ・フジオカと須戸麗花は、フランクフルト空港で対面した。
    「あなたがフジオカさんね。この度はお世話になります」
    「フジオカと呼び捨てでいいですよ。須戸博士お嬢様は、なんとお呼びすれば?」
    「博士はかったるいなあ。『お嬢』でいいっすよ」
    フジオカは、今回の計画を須戸麗花にすべて伝えていた。
    須戸麗花にはかなり危険な、重要な役どころをお願いすることになる。
    「お嬢様、今回は非常に危険な役割ですが、
    御身の安全は、このフジオカが命に代えても保障いたします」
    「ああ、まあ面白そうでいいじゃん」
    この須戸麗花というお嬢様は相当肝っ玉が据わっていて、只者ではないな、とフジオカは思った」

    須戸麗花の祖父、須戸立覇が亡くなって丁度一年になる。海外にも知人の多かった祖父を偲んで、このフランクフルトで一周忌の法要が催されることになっていた。フジオカはその法要の事をわざと新聞にも載せ、大勢の招待客が集まる中で、恐らく郭分列が何かを仕掛けてくることを誘った。

    船長の電子紙芝居  怨み・ハラスメント⑦     『ハインリヒ・フジオカの過去』          ハインリヒ・フジオ

  • >>871

    「おまえさんが座布団を運んだり、タイヘイを突き飛ばして腕を骨折したりした時には、あたしは、そっとテレビに手を合わせて、いつもおまえさんにあやまっていたんだよ……
    この金も大事にネットバンキングに預けておいたんだけど、これをみせて、おまえさんがもとの投機の悪魔に戻っちゃいけないと思って、あたしゃ、心を鬼にしていままで隠してきたんだよ。
    でも、もうおまえさんも一流の座布団運びになったんだし、もうこのお金を見せても大丈夫かと思ってみせたのさ。
    自分の女房に嘘をつかれるなんて…… どうか気のすむまで、あたしをぶつなり蹴るなりしておくれ」

    「おうおう、待ってくれ。どうして、蹴るどころのはなしじゃねえや。蹴るのはワールドカップの奴らに任せておけってんだ。
    そんなことをしたら罰が当たって、また腕を骨折しちまわあ。
    えれえや、おめえは、まったくえれえ」

    山田くんは怒ろどころか、自分をここまで働き者にしてくれたのはけいこちゃんのおかげだと、礼を言いました。
    許してもらったけいこちゃんは、機嫌直しにと用意しておいた三年前のあのレミー・バルタンを出します。

    こうして懐かしいお酒が注がれた山田くんは
    「なつかしいなあ。おい、バルタン星人
    しばらくだったな、よくもまあご無事で。
    たまらねえやどうも……
    いや、やめとこう……」

    「どうしたんだい?」

    「また夢になるといけねえ」

    この後山田くんは、不動産で騙されたり、破産した人を救済するための、匿名のサイトを立ち上げた。
    サイトは評判になり、たくさんの人が未然に救われた。
    ただし、すでに不当な契約を結んでしまっていたり、土地を騙し取られたりしてしまった人までは救済することができず、山田くんは歯がゆさを感じた。

    けいこちゃんとラブラブで子だくさんの山田くんが、なぜ『怨み・ハラスメント』の一員となったかは、定かではない。

             〈了〉

  • >>871

    「え、なんだい? 一千万円? どこにそんなお金があるのさ?」
    「一千万どころが、今までオイラが土地や株やFXで儲けたお金はどうしたんだ」
    「なに言ってるんだよ。
     おまえさん、パソコンは苦手で触れもしないじゃないかい。FXだかSEXだか知らないが、うちには今貯金なんてないよ」
    「するとなにか?
    土地や株やFXで儲けたのは夢で、酒飲んで寝たのは本当か? えれえ長げえ夢を見ちまったもんだ。
    もしかして『すとおんず』で紅白に出たってのも夢かね」
    「あんた、すとおーんと肥溜めに落ちたことはあるねえ」
    「それにしても、元はといえば他人の金で大儲けしたなんて浅ましい夢を見たもんだ。我ながら情けねえや。もう投機はやめて、仕事に精をだすぜ」

    山田くんは知り合いの『桂亭楽丸』という大御所に頼んで、『大喜利商店』という店で下働きとして働くことになった。
    元々はまじめでコツコツタイプの山田くんは、座布団の上げ下ろしから精を出し、次第にお得意様も増えていった。

    それから三年後の大晦日の晩。

    「ああ、いい心持ちだなあ。
    こうして畳をとりけえた座敷で正月を迎えられるなんて。……借金取りの来ねえ大晦日なんてうそみてえじゃねえか、今夜は紅白でもゆっくり見るかね」

    本当のことを話すときが来たと考えた女房のけいこちゃんは、ネットバンキングの残高の画面をだして言います。

    「聞いてもらいたい話があるんだけど……
    あたしの話が済むまでは、どんなことがあっても乱暴なことはしないって、おまえさん約束しておくれよ」

    こうして女房のけいこちゃんは山田くんに、三年前までの出来事は夢ではなかったこと、そしてそれは山田くんのことを思って三年前に思い切って今までの生活のすべてを捨てて納屋の様な家に移り住んだことを打ち明けました。

  • 怨み・ハラスメント⑥
        『山田くんの真実』
            
    『山田くん』こと山田康夫は、もともとはアイドルグループ『すとおんず』の一員で、『おうどいろの恋』という曲でNHKの紅白歌合戦に出演したこともある。
    山田くんの実家は、元々裕福な家であったが、土地を騙し取られて窮地に陥った。山田くんは暗く落ち込んでいる家族を笑わそうとして落語を始めたらしい。それが現在への演芸の道に続いているのだろう。
    また、両親が土地で苦労したことから、不動産の投機には異常な執念を燃やし、もともと努力家で勉強家であったこともあって。不動産・土地に関して専門家の顔負けの知識を身につけ、自らの土地投機はもとより、土地に関する相談も喜んで受けるようになった。
    パソコンの操作の腕も熟達し、土地投機だけに止まらず、株取引、FXに至るまでその腕を生かして大きな財産を築くようになっていった。
    山田くんはこの頃年商3億近くを稼ぎ出し周囲にも傲慢な発言が目立つようになっていた。アイドル時代の栄光も忘れられなかったようで、そういった発言も聞かれるようになり、最初に結婚した「けいこ」さんとはこの後離婚している。
    二人目の「けいこ」さんとの結婚の後も、
    『投機依存症』の性癖は治らなかった。

    「ちょいと、お前さん。またFXとやらで大儲けしたのかい」
    「いや、今日はほんの一千万くらいだね」
    「まったく恐ろしいねえ。それは元は、他の誰かが損をしたお金なんだろ」
    「頭の悪い奴が悪いんだいべらぼうめえ。選ばれたものだけが得をするようにできてるんだよっ」
    「……あんたねえ、あんまりそんなに驕り高ぶるもんじゃあないよ」
    「てやんでえ、オイラは昔、アイドルグループで紅白に出たこともある、選ばれた人間なんだよっ」
    「あんたまたそれかい。困ったひとだねえ」
    「さあ、今夜はこのレミー・バルタンで祝杯でも挙げるとするか」

    次の日起きてみるよ、なんだか様子がおかしい。
    親子5人で納屋の様な狭い部屋に、『州』の字の様に布団を敷き詰めて寝ている。
    「お父ちゃん! 腹減ったあ~」
    と子供は泣き叫んでいる。
    「な、なんだあ? メシなんか、昨日ネットの波で儲けた一千万円でなにか買えばいいじゃねえか」

    船長の電子紙芝居 怨み・ハラスメント⑥     『山田くんの真実』          『山田くん』こと山田康夫は、もと

  • >>867

    桔梗は少し首を傾げて
    「怨みの復讐ですか。でも憎しみはまた新たな憎しみを生むだけだと思うのですが」
    「おお、桔梗ちゃんいいこと言うねえ。確かに江戸時代までは『敵討ち制度』って言うのが公認されていて、親を殺された子供が敵討ちをして、敵討ちされた相手の子供がまた敵討ち… みたいな負の連鎖を永遠に繰り返していたんだな。ワタシたちはそんな大それたことじゃなくても、依頼された怨みを代わりに晴らしてやって、依頼人にはまた復讐の矛先が及ばない様にしてやろうってことさ。まあそのうちワタシたちが代わりに思いっきり怨みを買うことになるかも知れないけどね」
    「で、私にそれに加われと……?」
    「ああー、 まあはっきり言ってそれはどっちでもいいんだわ。ワタシは親戚の爺ちゃんが地下で風魔の次郎斎さんとつながってて、桔梗ちゃんの事を聞いたんだわ。桔梗ちゃんをくれぐれもよろしく頼むとか言われたんだけど、まあ桔梗ちゃんにとっては有難迷惑かもしれないしね」
    「はあ……」
    「まあとりあえずワタシたちと一緒に来てみない? 桔梗ちゃん自由の身かも知れないけど、きょう日この世の中では金も身分もないと本当の自由や幸せは手に入らないしね」
    「幸せ… ですか。でも私何が幸せかもまだわからないので」
    「なんでもいいじゃん。とりあえずおいしいもの思いっきり食ってみてもいいし、女の子らしくオシャレでもしてみてもいいし。恋愛したり、デートしてみたりしてもいいんじゃね?」
    桔梗は少し考えて。
    「そんな、人並みの幸せを受け入れる資格が私にあるのでしょうか」
    すると、フジオカがゆっくりと微笑んで
    「大丈夫ですよ、桔梗さん。一緒に行きましょう。幸せになる権利は、誰にも平等にあります」
    桔梗はその時、この二人について行くことを決めた。
    ハインリヒ・フジオカに、なにか同じ境遇の人間の持つ『匂い』を感じたから。
    「まあしばらくは『大道芸人』を装って暮らしてみたら。ゆくゆくはその大道芸で世界大会にでる、なんてえのもいいかもよ」

             〈了〉

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