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  • >>117

    己を誤魔化す道具立てとしては良いかも
    しかし、誤魔化しを感じると余計にストレスがかかる。
    ある人が、「ぐちゃぐちゃ考えず働け」と言った。
    名言と思うが、老人向きではない。

  • >>116

    温泉地でおいしいモノを食べれば良いのです。
    日帰り入浴でも良いなら安上がりな上にまあまあの場所もあります。

  • >>115

    >人間は平等ではありません
    >民主主義はある種の虚妄ですからね

    そうですね。
    しかし、現実が民主主義で覆われ、信奉する人達の中で、
    己の信念に従う程の論理的見解を持てない輩(自分自身)は、
    ストレスを溜めるしかない。
    そんな輩は宗教集団に逃げ込むか、
    それとも、己を誤魔化し、世間に紛れ一生を終えるか
    それとも、ストレスを感じる神経を抹殺するか・・・・

  • >>113

    【民主主義と言う名の宗教】・・・LGBTの考察から発想
    以前から民主主義に疑問を持っていたが、宗教と捉えるとスッキリとする。
    さて、そのお題目の基本は神でなく「自由・平等」となる。
    どちらも存在するものでなく、思考から生まれた願望で、
    今や崇める対象に成っている。
    そこに個人の尊厳を加えて法治化すると、民主主義となる。
    個人の尊厳は閉鎖的で、歴史の繋がりを考慮できない処に問題がある。
    LGBTを普遍的なものと捉える者達の根っこには個人崇拝がある。
    極論すれば、キリストでなく、個人が神になっている。

  • >>104

    まあ、法律ってのは基本的に砂上の楼閣ですよ
    泥でかろうじて形を整えてるだけでは?

  • 【破棄された常識】
    我々日本人は言論統制された時代があった事を知らない。
    極一部の者だけが、覚えている。
    また、公職追放を受けた人達が20万人以上も居た。
    そして、大学も含めて教職に復帰したのは左翼系の人達からであった。
    こんな事は常識の範疇にあって然るべきである。
    しかし、殆どの日本人はそんな常識を持って居ない。
    GHQが去ってなお言論統制が続ている。
    それが、新聞社であり、NHKを含めた放送局、そして、教職員達であった。
    その証拠が左翼政党に残っている。
    つい最近まで、共産党、社会党の議員数が非常に多かった。
    また、全学連が猛威を振るい、日本赤軍が生まれたのはその証拠である。
    最近ネットでの共通語に反日日本人の言葉が躍っているのは、
    ようやく、報道に携わる者達以外で、言論統制から逃れた者達の本音が聞こえてくる。

    何処の国でも、国民も政治家も愛国心を持って居ると当然の如く言う。
    しかし、日本は違和感を持たされており、堂々と愛国心があると言わない。
    何故なのか?
    今も変わらぬが、「愛国心=戦争愛好家」の印象を持って報道している。
    何故なのか?
    日本は、国旗掲揚に反対する団体が居る。
    堂々と国家斉唱に反対する団体が居る。
    大東亜戦争と表現する事に反対する団体が居る。
    そんな人達に非難されたくない配慮から変な風潮ができた
    記憶への直接刷り込みでなく、社会風潮を作った。

    20年以上前に、兄と弟で戦後体制の話をした事がある。
    何時になったら日本は日本らしく西洋社会の体制を消化できるのか?
    日本はこれまで数々の事を吸収してきた。
    仏教も儒教も日本に入ってきて変わった。
    一神教が思想の基盤にあり、自由・民主の上に成り立つ制度。
    この制度を呑込み、消化するのに避けられない言葉がある。
    リバティーとフリーダムの違い。
    福沢諭吉が苦し紛れにリバティーを訳した。
    それが「不自由の中にある自由」
    少なくとも、この言葉を消化できねば西洋社会の制度を日本型に変えられぬと推察する。

    蛇足:私自身はフリーダムも含めて「自由とは不自由の中にある」と考察した。
       それが、20数年前の事である。近年、福沢諭吉の訳を知り、少々驚いた。

  • 最近、左翼運動家に腹立ちを覚えるようになった。
    年を重ねた所為もある。
    それより、彼らの数々の所業に腹立ちを覚える。
    例えば、成田空港の闘争、辺野古移設の反対、保育園開設反対、リニア解説反対・・・等
    数え上げれば限がない。
    子供が駄々を捏ねているとしか思えない。
    「多分そうなのであろう」と仮定して考察する。
    「子供が駄々を捏ねる理由は?」・・・感情を抑えられない。
    理由の殆どは感情の問題で片付くであろう。
    では、感情を抑えられない原因は?
    経験値が少ない、道理を知らない、常識が少ない・・・
    つまり、無知が原因と思える。
    では、左翼運動家はどうか?
    やはり、無知が原因と思える。
    但し、知識だけでなく、それより、常識が足りない。
    左翼運動家はほぼ護憲派である。
    前回書いた憲法前文のいかがわしさを理想と置き換え解釈している。
    「福田武夫は(一人の命は地球より重い)」と世迷い事なる迷言を吐いた。
    しかし、この言葉に喝采を送る多くの人がいる。
    履違えも甚だしい。(比べる対象でなく、命に軽重はない、我々は命を頂いて生きている。)
    「ユダヤ教を起源とする一神教では神が万物を創造し、その最上位に人が存在する」との発想をする。
    「人は万物を支配する存在である。」との歪んだ思想を持って居る。
    私は敢えて歪んだと表現する。(持論:縁で結ばれた世界)
    さて、左翼運動家は「縁で結ばれた世界」等の発想はあるだろうか。
    厄介なのは子供と違い「理論武装」できる知識を持って居る。
    人が創り、創造した制度には欠陥が必ずある。
    欠陥を不満とし、論っているのが運動家の姿と結論付けている。
    つまり、駄々っ子である。

  • 久しぶりにトピの本題に近い事を

    【憲法前文の嘘】
    憲法前文の一節↓
     われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、
    政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、
    他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
           ↑
    「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」
    他国無視をしている国が隣にいる。(中国・韓国)
    「政治道徳の法則は、普遍的であるもの」
    政治であっても、道徳の基準は定める事のできない。
    故に、普遍的ではない。

    なんと、日本国民は危うい立場に居るのだ。
    日本国憲法は砂上の楼閣であり、現実離れした幻想の世界を描いている。

  • 【豊洲移転問題】
    報道の論点が偏っている。
    さも安全性に問題有の報道が目立つ。
    どの報道も、土壌分析、及び、空間にある、空気の分析結果を問題視しない。
    安全かどうかばかり叫んでいる。
    安保法案を戦争法案と言い換える論理展開に似ている。
    「説明と違った建築だ⇒安全でない。」
    何故にこうも国民を誤った方向へと導くのか?
    善意に解釈すれば、視聴率維持に繋がるから、面白いから
    「なんと馬鹿なのか」と思うのは私だけだあろうか?

    【二重国籍問題】
    初めて知ったのだが民進党は帰化人の溜り場になっている。
    そこから、閃いたのは彼らの帰属意識はどこか?
    その延長線上の思考で、国家意識を持って居るのか?
    そして、その又延長上に「家庭崩壊」と繋がった。
    思考が飛躍しすぎているかもしれない。

    個人と家庭がギクシャクしている。
    とうとう姉が弟を殺害する所まできている。
    家族が家族意識を上回る個人の尊重。

    ・・・個人的な出来事
    私も同じで、個人の意識が強く、家族の干渉を嫌う。
    以前、弟に「俺が嫌いか?」と、問われたことがある。
    「お前は自分を嫌うか?」と、問い返した。
    冷静な判断を持つ者は「誰しも嫌いな自分、好きな自分がいる」と、言った。
    家族の中に嫌いな者が居ようとどうであろうと存在を否定するものでない。
    その意味での個人は存在しない。
    このような会話を交わしたことがある。
    ・・・ここまで

    家族とは?、地域とは?、国家とは?、そして、個人とは?
    この辺りの線引き、難しく表現すれば哲学、平らにすれば常識が失せているように思う。
    グローバリズムを語る前に、足元を固める必要があると思う。

  • 【直情径行】
    好き嫌いをハッキリする人達を支持する割合が増えた。
    当たり前な風潮になって、単細胞や、直情径行な人の表現が無くなった。
    一昔前の世代は直情径行を戒められた。
    争いを避ける為の戒めであり、他者を慮る為でもある、戒めが無くなった。
    虐めの根底に巣くっているのもこの種の感情だ。
    食事の時、好き嫌いは栄養の偏りを招き、健康を害すると言う。
    同じく、心を害するのが感情の偏りとの見解を持って居る。
    アメリカかぶれが日常に浸透した例と思える。

  • 【下衆な根性】2016.8.26
    昨今、バラエティ番組の冒頭は高畑の強姦事件ばかりだ。
    これに嫌気が差すのは私だけであろうか?
    強姦事件など日本中にあり、表面化していない事も含めれば、どれ程起こっているのか?
    追及すべき問題はそこで、犯罪抑止に繋がる、「なぜ起きた、なぜ起きる」がない。
    高畑が何故起こした、高畑に問題があった。
    個人だけでなく、もっと普遍的な対策を話題にすべきと思う。
    井戸端会議の覗き見根性を下衆な根性と自覚して頂きたいものだ。
    蛇足
    ゲスの言葉が良く使われるが、下種・下衆・下司と色々書く。

  • 【朝まで生テレビ】
    憲法問題を議論していたが、井戸端会議とはこういう事を言うのだろう。
    つまり、成果を上げる積りがない。
    議論の為の議論でしかない。
    何故なら、田原総一郎氏そのものが評論家の立場を堅持しいる。
    つまり、評論家は議論の種を求めるだけで、結論へ至る責任は回避する。
    質が悪いのは田原氏は政治家の責任を承知しながら、政治家に自分の意見を押し付ける。
    全く無責任の権化と思う。
    評論家なら、意見を引出すだけでよい。
    一国民や、団体の総意で要求するのと、評論家が要求するのは意味が違う。
    田原氏は何時まで経ってもその違いが分かっていない。
    この事は、左派の特徴でもある。
    現実を動かす手立てでなく、理想だけを言う。
    今回、おおさか維新の改憲草案を「お試し改憲」と揶揄する。
    具体案に興味がないと、そのような否定をする。
    そろそろ、現実逃避し、理想ばかり語る者を馬鹿と呼んだら良いと思う。
    理想ばかり語るのは、思春期の若者で十分足りている。

  • 【2016都知事選の報道から】
    鳥越氏を推薦した事で、左派連合の本質が丸出しになった。
    報道から聞こえてこないが、鳥越氏には政治家として基本的な要素が欠けている。
    ジャーナリストは欠けた所を指摘し、批評・批判すれば良い。
    しかし、政治は実現能力も加味され、最も必要な能力思う。
    政治家は指針を示し、官僚達に実現可能な設計図かかせる。
    そんな能力を全く示さなかった。
    鳩山由紀夫と同じく夢しか語れない。
    民主党として、政権を担い、失敗した経験が未だ左派連合には理解できていない。
    鳥越氏擁立から、憶測すれば、永遠に政権担当させるべきではない。

  • 続・【倫理・道徳の欠如】

    前回、酒鬼薔薇聖斗(さかきばら・せいと)が事件を起こして以来
    【倫理・道徳の欠如】を言い続けている。
    と、書いた。
    その内容は、最初、家族に、「これからこんな訳の分からない事件が起こる」。
    と言った。
    家族は「こんな事件は特殊で、めったに起こる事件でない」と言った。
    家族6人全員が否定した。
    それから、暫くして、付属池田小学校乱入殺傷事件が起こった。
    この頃の私は、無神論者の増加が原因と捉えていた。
    :::↓
    戦前は迷信を含め、信仰心を持つのが当たり前で、
    信仰心の無い者を「罰当たり」と揶揄していた。(恐らく、母親から聞いた)
    科学万能の時代であった。(今も、科学を信奉する者は多い)
    倫理・道徳は科学的根拠を証明できる性質のものではない。
    景気に表される「気」を扱う、経済学と同質の要素がある。
    それ故、専門性が必要となり、小中高の教育現場に馴染まない。
    一番身近にあるのは宗教施設で、そこでしか学び取る事のできない。
    例えば、「因果応報」
    殺人すれば、自分も殺害される運命に巻き込まれる・・・等、根拠なき恐怖を与える戒め。
    :::↑
    そのように、考えていた。

    最近、「宗教は必要ですか」のトピに下記の事を書いた。
    :::↓
    宗教が「必要・不要」と論じるのは
    人間に知能が「必要・不要」と論じるのと同義と愚考します。
    つまり、宗教心は知能の発達が根本にあると愚考します。
    また、信じる事が宗教心の根本にあると愚考します。
    人は全知全能の神でなく、寧ろ、知り得ぬ事の塊です。
    知らぬ事を知りたい、知り得た事は信じる。
    そのように脳機能は働くようです。
    最近、自覚したのですが、無意識は信じる事の塊です。
    「好き・嫌い」と同じく無意識の中に存在します。
    さて、そんな無意識の世界を言葉で具現化したのが宗教と愚考します。
    脳科学・精神分析学・心理学・・・等との違いは哲学の存在です。
    宗教哲学は有っても、脳哲学・精神哲学・心理哲学・・・等は有りません。
    この哲学の解釈が争いを生み、育てると愚考しております。
    :::↑

  • 【倫理、道徳不足の弊害】

    植松聖がとんでもない殺人を起こした。
    バラエティ番組のコメントと私の見解は違っている。
    あくまで、私見で、独善的見解かもしれないが、全く違った視点を持って居る。

    彼は独り善がりの見解を持って居る。
    個人主義の悪しき側面が増幅され、暴力的な犯行に至っている。
    SEALSのリーダーと同種の意識構造を持って居る。
    慰安婦問題を捏造した朝日新聞にも同種の狂気がある。
    また、ヘイトスピーチにもそんな狂気がある。
    問題は、個人の行為か、集団の行為かの違いで、見解が大きく異なっている。
    個人の殺人は罪で、戦場での殺人は罪に問われない。
    この違いを分別できぬ者がいる。
    例えば、昨今殺人事件が多発している。
    ISをはじめ、人種差別での殺人・・・等
    動機はあるが、一般社会で容認できぬ殺人が横行している。
    昨今の殺人事件の影響を受けているだろうが、植松聖にも彼の持論がある。
    その持論を精神異常や、理解できない、としてはいけない。
    倫理、道徳の不足が招いた悲劇である。
    日本の風潮は倫理・道徳を教育現場から排除する方向に向かっている。
    その弊害が顕著に表れた結果と私は結論付ける。

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