ここから本文です
  • 憲法第二十六条第1項に『 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する』と規定し、教育基本法には、(教育の機会均等)第四条に『 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。 2  国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。 3  国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない』 と定めるが、社会実態は全くこの規定が反映されていない様に思える。あなたは、どう考える?

  • <<
  • 16 1
  • >>
  • 16(最新)

    SUS 6月12日 08:16


        立派な大学の施設に感動して入学する学生と親がいるのだからしょうがねえじゃん

  • 教育で問題になっているのは大学の学費の高さだろう。中高年以上の年配の方たちに聞いてみた。国立大の年間授業料は現在¥535800、入学金¥282000、4年間では¥2425200、概算で250万かかる。
    昭和40年代後半頃には授業料年額は¥12000~36000だったという。昭和40年代後半頃の会社員の平均給与月額は約¥30000ぐらいだったそうだから、現在の平均給与約300000と比較すると約10倍前後になる。
    つまり昭和40年代後半(1970年代、1970~75年)と現在平成28~29年(2016~17年)を比較すると、この約40~50年で授業料は12000⇒535800と44.65倍、
    サラリーマンの平均給与月額は¥30000⇒300000と約10倍になっている。
    2世代を経て家計の負担は約4.5倍に膨れ上がった。昭和40年代の親の負担に比べ、現在、平成20年代の親の負担は約4~5倍になっている。(物価の上昇は評価しにくいが、だいたい10倍くらいか。日常の生活費も概算5~10倍ぐらい?)してみると国公立大進学は相当な負担になる。国立大学の学生数は40~45万人ぐらいだそうだから、30~40万世帯ぐらいが2世代前の4~5倍の負担を背負わされていることになる。この負担はあまりに大きい。昔なら子供2人を大学に行かせられたが、今では1人しか行けない。
    私立大は現在文系約80~100万、理系150万ぐらいだから、4年間の学費は約¥400~600万(医学部を除く)になる。上記期間での学費の推移をみると私立文系は約8~12万⇒80~100万と約10倍ぐらいだから、私立については給与の変化に比例している(学費10倍、給与10倍)ようだ。
    貧しくても大学に行けることが日本の良さだったのに、それができなくなったのは日本の将来にとって大きな損失ではないか。資源に乏しいわが国で最大の資源は人材=人だ。一定以上の能力があれば誰でも大学に行ける状況を作っておかないと日本の将来が危機的状況になるのではなかろうか。某ノーベル賞日本人受賞者が「地方の国立大学の厚みが近年の受賞者続出の遠因になっている。国立大学全体の衰退は研究レベルの低下を招き、ノーベル賞受賞者などいなくなるのでは」と憂いていたが、そうならないよう政府には教育投資を大幅に増やし大学の学費を1/4ぐらいにしてもらいたい。

  • >>1

    「権利」の範囲の想定や 文言の取り様の違いかとは思うが
    『社会実態は「全く」この規定が反映されていない様』とは思わない

    ただ2の障害の有る者が~ に関しては 常駐の看護・介護士の確保が
    困難な地域があり 必要な支援が講じきれていない部分が有ることは確かかと思う

  • 教育のメインは科学者や技術者を適正に、というか多くであってもイイが、送り出すこと!

    医者や弁護士や単なるサラリーマンなんぞ、自習主体の放ったらかしでもなんら差し支えないw

  • 最近は成金の子女しか国立の名門校には入れないように官僚たちが防波堤を築いてきた。その理由は優秀な人が官僚にならないために、国立大学の授業料を数十年かけて上げてきたことが証拠である。今では、国立大学では年間数十万の学費が必要で、とても地方の優秀な学生は東大や京大には入れない。最近、学費の支援とか相変わらず小手先の制度で誤魔化そうとしているが、欧州並みに一流の大学は授業料を無料にして優秀な官僚を育てるようにしないと、日本の官僚の質がますます低下するだけである。

  • 教育基本法の教育の機会均等)第四条に
    『 その能力に応じた教育を受ける機会を
    与えられなければならず、(中略)

    経済的地位又は門地によって、
    教育上差別されない』と、あるが…。

    幼児期から利発で能力が十分ある
    そんな子が、教育環境に依って
    潰されていないだろうか!?

    教育を受ける権利本当に守られてますか? 教育基本法の教育の機会均等)第四条に 『 その能力に応じた教育を受ける機会を 与えられなければならず

  • 貧困と言うと「衣食住もままならない状態」
    この「絶対的貧困」状態は発展途上国
    の大きな問題ですが、現在の日本では稀有なこと。

    社会問題とされている日本の貧困は
    「相対的貧困」その状態は、
    日本の標準的な生活水準が保てないことです。

    生活が苦しくてもクーラーやスマートフォンなど
    見た目には分かりづらい現状です。
    見えにくい貧困は、子供の貧困問題などです。

    日本には米国や英国のように明確な
    「国民貧困線」という基準は定められていません。

    日本の等価可処分所得という、
    収入から税金・社会保険料などを除いた
    手取り収入の中央値を基準とし、

    その半値未満の所得であれば貧困世帯だと
    定義づけられているようです(貯蓄などの資産は考慮せず、
    等価可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した値)。

    2012年のデータでは単身世帯で約122万円、
    2人世帯では約173万円、3人世帯で約211万円、
    4人世帯では約244万円未満の場合は
    相対的貧困に当てはまります。

    この時点では日本の相対的貧困率は
    16.1%とかなり高い値になっています。

    教育を受ける権利本当に守られてますか? 貧困と言うと「衣食住もままならない状態」 この「絶対的貧困」状態は発展途上国 の大きな問題ですが、現

  • ある講座のアイスブレイク。
    簡単なゲームで、場が和み

    その後の講義は、ゲームから
    学んだ要点を解説、納得の連続。

    楽しみながら学ぶことも
    学習が好きになる大切な要因。

    先生が面白い(好感を持つ)
    授業が楽しい(興味を持つ・面白い)

    解説の方法が、児童生徒たちに
    面白く興味を持てるような内容なのか?

    ある高校の体験入学の見学でも
    同じ様な解説方法が披露されていました。

    そんな教師に遭遇する
    運不運の問題ではなく

    テクニカルのノウハウを
    教師が研修して身に着けるか!?

    受講者の能力の査定判定の前に
    講師の指導力が問われるのでは!?

    教育を受ける権利本当に守られてますか? ある講座のアイスブレイク。 簡単なゲームで、場が和み  その後の講義は、ゲームから 学んだ要点を解説

  • 娘が中学に上がった頃、主人が娘に
    「今月中に全教科の教科書
    一通り目を通しておけ」

    「無茶言うなぁ」と、思った
    娘が「あの時が人生の岐路だった」
    と、しみじみ言っていた。

    今度は、高校へ。
    中高一貫教育は、1年生が2年生の
    教育を受けるのが当たり前で、
    大学受験を先取りしている。

    3年生の1年間が、
    大学の受験指導に専念できる。

    高校も生徒も一貫教育の利点を
    現役合格と言う結果を出している。

    公立中学校から入学する新入生を
    隔離して、中高一貫性の教育には
    全く交流することはない。

    放課後のクラブ活動は唯一の例外!?

    教育を受ける権利本当に守られてますか? 娘が中学に上がった頃、主人が娘に 「今月中に全教科の教科書 一通り目を通しておけ」  「無茶言うなぁ

  • 「勉強」と「学習」の違いをよく聞かれる。
    私は、最低限の教養を叩き込むのが「勉強」
    自ら興味を持って取り組むのが「学習」

    従って、予習や復習ができる子と、できない子は、
    取り組む姿勢が違うと思う。
    復習をしない子は、記憶の中に残った知識で、
    復習をした子は、記憶の引き出しの整理ができる。

    同じことが、テスト後に
    出来なかったことを放置する子と
    出来ていないところをもう一度見直す子とは、
    次に同じ問題で間違った箇所が出題された時に
    できるか、できないか、と言った結果で判れる。

    「勉強」は、辛く、
    「学習」は、楽しいと言った人がいた。

    私は、「勉強」は、受け身で
    「学習」は、自発的だと思う。

    「予習」も「復習」も学習壁のある者にしか
    出来ないような気がしている。

    受験勉強は、目標に向かう確かな意思が必要だ。

    教育を受ける権利本当に守られてますか? 「勉強」と「学習」の違いをよく聞かれる。 私は、最低限の教養を叩き込むのが「勉強」 自ら興味を持って

  • IQで子どもをの能力を測り、
    成績でクラスを分けて、
    教育をしないのはどうしてだろうか?

    このことは、将来の国の為にも、
    能力のある子どもたちに取っても
    有意義なことだと思う。

    今、受験で机に向かう多くの子たちは、
    理解できない子と、理解できる子が、
    同じ教室で机を並べることに
    疑問を持っている。

    予習している子と、
    していない子の場合も同様だ。

    しかも、事実上の留年が無く、
    ベルトに乗った標準以下の子どもが
    上の学年に・学校に送られる。

    能力に応じた教育を施して、
    全体のレベルを上げるためには、
    原則100点満点の5割以上の得点を
    取ることが、必要となる。

    私の学生時代は、91点以上『優』・71点以上『良』
    41点以上『可』・40点以下『不可』だった。

    高校の入試を見てあきれたのが、
    40点以下の成績の者でも
    進学できる公立高校が存在すること。

    私の時代では、進路指導で
    50点以上が私学専願だったから…
    凄く損をした感じがする。

    半面、教師のレベルが、
    高かったように思えてならない。

    医者と教師は聖職と謳われた
    時代なのかもしれないが…。
    教職がサラリーマン化したからだろうか?

    児童生徒の成績の良し悪しは、
    企業の業績と同じなのだから
    ボーナスが当たり前に出る
    公立の小中学校の教師は、

    成績を公表して、自分たちの愚かさを
    世間に晒して、反省するべきではないか。

    要は、頭の悪い子はいないから始めて、
    その子の能力に応じた教育が施せない理由。

    教育を受ける権利本当に守られてますか? IQで子どもをの能力を測り、 成績でクラスを分けて、 教育をしないのはどうしてだろうか?  このこと

  • 教育に関心を持つのは、子どもを持つ親?
    義務教育で、なぜできないのか?
    不思議に思う事がある。

    クラス分けの時に、
    教師の間に出る話が、

    「出来の良い子が、欲しい」
    「問題児は、いらない」
    「モンペレの子は、いらない」

    小学校の6年間は、
    児童の能力を開花させる準備期間。

    中学校の3年間は、
    生徒に成人国民として、
    最低限必要な知識と教養を
    身に着ける重要な機関。

    適当な教師に当たって、
    教師に嫌われ、又は嫌い。
    学科学業が嫌いになる子は多い。

    教師との出会いで人生が変わる
    と、言っても過言ではない。

    教育を受ける権利本当に守られてますか? 教育に関心を持つのは、子どもを持つ親? 義務教育で、なぜできないのか? 不思議に思う事がある。  ク

並べ替え:
古い順
新しい順
アプリでサクサク「掲示板」を見る Yahoo!ファイナンス公式アプリ