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    このトピでは「花の生涯」から続いている大河ドラマの中で基本的に過去に放送された作品を回顧し、書き連ねていこうというトピです。
    以前に同趣旨のトピがありましたが消えてしまったので復活させました。
    この作品は面白かった、印象に残った、あるいはつまらなかった等どのような意見でも構いません。

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    クナシリ 6月18日 11:34

    9烈士?はと思いましたが、1人騒動当時藩邸で病臥していて事後同志なので切腹。
    討手方の人なのかと思いましたが違いました。
    討手方と対峙方双方に大山姓が有って一人はメインキャスト大山格之進
    他方は大山巌なのですね。
    少し前の時代の人なら明治の元帥としてよく承知してる人らしい。
    同じ姓でも姻戚じゃない。
    事件当時の年齢を見ると、有馬と大山は2日違いの年齢。
    西郷より3つ上。
    彼ら派閥の中で同い年だから、余り仲が良く無かったのかな?
    とか思いましたが。
    有馬を討った側の人間として同郷に負い目を最後まで感じてたそうで、西郷没後斬刑に処せられますね。

    ★大河ドラマ回顧録★ 9烈士?はと思いましたが、1人騒動当時藩邸で病臥していて事後同志なので切腹。 討手方の人なのかと思い

  • 西郷どん 第22回「偉大な兄 地ごろな弟」

    最近ではめずらしく、やっと幕末の歴史ドラマらしい回だった。(笑)
    かつての幕末物は だいたいこんな感じだったと思う。

    寺田屋で 西郷が有馬新七の翻意を促すために 自分の刀を渡して、俺を斬って行け と言った場面は迫力があった。
    かなり前の回で、島津斉彬と父の斉興(鹿賀丈史 演)との間で、ピストルでの命のやり取りがあったが、いかにも嘘っぽかった。それに比べれば真実味があった。

    尊王攘夷は 倒幕の意志を含んでおり、いわば急進改革。 
    それにたいして、久光の公武合体は、幕府を含めた雄藩による連合政権体のようなものだ。

  • 雰囲気がぐっと幕末に成って来ました。
    有馬新七の人、島津久光と同じような雰囲気が有り凄みが良いですね。
    動乱時代にはお似合い。
    次回寺田屋の件について巷で沢山出て今更なんですが、討手9で相手60位なんですね。
    実際は一階の8人相手で、事が広がろうとしたとき討手リーダーが武器を投げ出し同士打ちはつまらんとか言ったらしい。
    多分そのパフォーマンスが無かったら多勢に無勢で皆殺しじゃ無かったでしょうか?
    そのリーダーは奈良原と言い後沖縄知事で辣腕を振るい皆を苦しめたとか。
    反西郷、反改革派、
    直感的に動くタイプなんでしょうね。
    西郷信吾が寺田屋の討たれる方に属してたのは初めて知りました。
    幕末物は登場者多彩で物事が複雑に進み、その分マニアチック傾向で秀吉時代のざっぱ歴史の様には行かない分
    人気今一ですね。

    ★大河ドラマ回顧録★ 雰囲気がぐっと幕末に成って来ました。 有馬新七の人、島津久光と同じような雰囲気が有り凄みが良いですね

  • 西郷どん 第21回「別れの唄」

    大久保正助が主君の手紙をもって島に来たというのは、作り話なんだろう。大久保みずから わざわざ舟に乗って来るはずがない。(笑) 

    西郷に関する主な出来事の時系列
    1828年    西郷吉之助、誕生
    1848年    お由良騒動
      -50年  
    1851年    島津斉彬(渡辺謙 演) 藩主となる
    1854年    吉之助、斉彬の江戸参勤に同行
    1858年 8月  島津斉彬  没
    1859年 9月  島津斉興(鹿賀丈史 演) 没
       12月  吉之助、奄美大島に隠れ住む
    1860年      桜田門外の変
    1862年 1月  奄美大島を出る
    5月  寺田屋事件
        6月  吉之助、沖永良部島遠流
    9月    生麦事件
    1863年 3月    薩英戦争
    1864年 2月 島から鹿児島に戻る
        8月 禁門の変
           吉之助、坂本龍馬と初めて会う
    1866年 1月  薩長同盟締結

    ドラマでこれから起こる有名な生麦事件。 久光が藩兵を率いて江戸に入ったが、薩摩への途次に起こった。そのとき西郷は島流しにあっていて 現場にいなかったことが上記の時系列からわかる。大久保一蔵は行列の中にいた。

  • 愛カナとの悲恋物語り丸々だったですね。
    セオリー通りの展開。
    お前の為に残ろう
    いえ
    あなたはこの国の為に働く人
    アイカナ〜 と船上の人に成る。
    引き裂き役が一蔵と殿から改名受けた大久保。
    意外性の無い消化試合の様な
    可哀そうな話にこのセオリー通りの展開。
    この回は見ても見なくてもどうでも良い様な。
    アイカナの心情に同調したい人は大好きな回なんでしょうね。

  • 西郷どん 第20回「正助の黒い石」

    大久保正助の屋敷の門の前で、お由羅の方が籠(かご)から出たところで、正助の妻に、
    「お久しぶりねぇー」。(笑)
    このドラマ、時々 こういう遊びを何気なく入れてくれるね。

    家臣の妻に対してならば、 「久しぶりであった」で十分なわけだが、
    わざわざ 「お久しぶりねぇー」と小柳ルミ子に言わせるところが このドラマなりの遊び感覚が感じられる。

    熊吉がお由羅の立ち姿を見て 「美しい」、一呼吸おいて「着物が」。
    じろっと熊吉の顔を睨むお由羅。(笑)

    前の「お久しぶりねぇー」と、このシーンは連動している。
    「お久しぶりねぇー」で歌手小柳ルミ子を視聴者に思い起こせ、次に 美しいのは「着物」と言われたところで、
    時の流れを感じさせる。とすれば、高等な遊びだ(笑)

  • 島津斉興が長生きしてやったと床で久光に語ってましたが、67歳没ですね。
    長男斉彬50没だから、17歳の父。
    諸子全般10代で親に成るのは普通だったのでしょうが、親としての自覚が持てたのでしょうかね?
    10代の親は現代では心もとない。
    ゲームや携帯の方に関心が行きがちで、虐待事件が後を絶ちませんね。
    男親とは其れが普通なんでしょうね。
    10代父が赤ちゃん大事と必死なのは何か違う様な。
    原始時代何十万年に作られた遺伝子の元我々もシステム化されてると思えば、幕末~150年の現代人の心理現象は
    同じでしょう?
    1000年前の人間でも同じかもしれない。
    となると父子の関係はそう親密でないのが普通なんでしょうね。
    年の差が40も離れれば、愛しくて仕方ないとは思うけど、少年が我が子が愛しくて仕方ないは無いと思う。
    戦国乱世父子が敵対してしまうのが普通。
    父の屍を踏み王になる。
    斉彬と斉興が敵対し我が子より長生きしたと自慢する。
    悪い父って事でしょうね。
    ドラマ的には谷底。
    西郷を隠し救ったのは斉興だそうですが、
    セリフにちょこっと出てましたが、それを前面に出すとドラマ的に不都合。
    悪父で無くなる。

  • 西郷どん 第19回「愛加那」

    村人と共に松明を持って代官所へ走る愛加那。
    松明を振り回す二階堂ふみ、動作に切れがある。

    だいたい 若い女優で演技がうまくても、走ったりとか、素早く激しい動きをさせると、途端に動作に 緩慢なものを感じさせることが多いのだけどね。
    「真田丸」で真田信繁の最初の妻を演じた黒木華、第13回「決戦」であっちへ行ったり こっちへ走ったりとか 比較的動きのある演技をしていたが、動作に切れがない。アクションを得意とする女優でなければ、普通はこんなもんでしょ。

    真田丸 第13回「決戦」

    徳川の兵8000を迎え撃つ上田城の真田。1585年の出来事だそうだ。
    平岩親吉という名の武将が出ていた。徳川の家臣。
    おそらく徳川家康のドラマでも なかなか馴染みのない名前ですが、家康に非常に近い家来の一人。鳥居とか大久保などはよく出てくる名前だが、平岩親吉は一般に知られていない。 家康の側近としての重要度からすると、ほかの者たちに劣らないにもかかわらず有名でないのは、江戸期も含めた後世の戯作者や作家たちのアンテナに引っかからなかったからだろう。

  • 去年ブラタモリで薩摩の奄美支配の惨状について詳しい回が有ったそうで、珍しい回だったらしい。
    それも今回ドラマ作りに生かされてるのでしょうね。
    見た人も居て、握り飯を食わせんで下さいと村長がたしなめるのも直ぐに理解出来たでしょうね。
    子供らはその甘美さに欲が沸く。
    罪な事はせんで下さい,島人は一生食えない定め。
    薩摩以前琉球時代には無かった苦しみ、それでも生きて行く為に蘇鉄を食う事を発見した。
    ブラタモリでも食ったようだけど、多分美味しい物じゃ無かったでしょうね。
    蘇鉄はそのままじゃ毒が有り死ぬらしい。
    2週間程水に晒したりし毒を抜き、でんぷん粉を作る。
    精製したでんぷん粉には味は無いでしょうね。
    海水で塩味でしょうか?
    腹減ってれば何でも食えます。
    コメは本当に美味しい。
    ふりかけ飯が好きなんですが、それだけに糖質摂り過ぎが良く無い。
    高脂血症の身には食い過ぎが命取り。
    将軍様は白米ばかり食べてたから脚気で死んで行きましたが。
    豚に成り死んで行く、飢餓で死ぬ、
    貴族も奴隷も̪̪死は平等だし ザマミロですか。

  • 西郷どん 第18回「流人 菊池源吾」

    斉彬(渡辺謙)が西洋式の船の建造や大砲のみに関心を向けていたわけではなく、藩の稼ぐ力をどうつけるかも考えていたことが前の方の回で触れられていて、それなりにバランスのとれた描き方している。たしか、薩摩切子を斉彬が手にもって 吉之助に説明しているシーンがなかったか。
    19世紀、近代国家が植民地を獲得し 搾取することで資本の蓄積を行ったことはある。
    薩摩-奄美を含めた琉球の関係も、資本主義成立過程に見られる搾取構造と見ることもできる。
    植民地化された地域のみならず、 本国でも搾取構造はあった。明治初期における製糸工場を舞台にした女工哀史、19世紀半ばの英国では 子供たちが工場で酷使された。

    この奄美での話の展開からすると、明治政府による近代化を推進する大久保利通に反発する西郷隆盛という構図にもっていきたいのか。 実際には、そう単純な話ではない。というのは、日本の近代化は 西郷という存在を抜きにしては始まらなかったという側面があるからだ。その意味では、西郷というのは両義的だ。日本の近代化を推進する役目を果たしておいて、同時に憂慮する姿勢をとった。

  • せごどんの感想。

    あまりも「方言への再現」へ こだわりすぎだ。

    役者も無駄な苦労を強いられ? 視聴者にも「自然にきこえない」と感じるのは オレだけかな?

  • 奄美編ですね。
    奄美の事は良く知らなくて色々調べたら人口4万で沖縄140万に比べると何でこうなるのか?
    と思ってしまいます。

    沖縄は琉球国本体で奄美はその属島なんですよね。
    この当時琉球王朝が存在その実体は日清戦争で終わる。
    つまり宗主国中国。
    だから何となく沖縄奄美圏は中華的色合いを感じます。
    大中国より日本薩摩の方がより近いけれど、薩摩は搾取するばかりで良い国じゃなかったのでしょうね。
    薩摩を追い払う為に中国に援軍を頼んだとは思うけど、海里遥か其処までの価値を沖縄に見いだせない。
    沖縄独立派が存在する歴史的意味があるんですね。
    沖縄には行ったけど奄美に行く事は恐らく無いでしょう。
    先日出川のバイク旅で奄美編を見ましたが、トンネルだらけ。
    山また山の間の小さい平地に分散して町がバラバラに存在してる。
    西郷の時代トンネルは無いからドラマの舞台集落の狭い地域が全てみたいな感じ。
    そして薩摩藩の収奪役所の存在地。
    子供を砂糖をなめただけで制裁を加える様な荒々しい支配は有ったんでしょうね。
    帝国主義の本質ですね。

  • 西郷どん 第17回「西郷入水」

    歴史とは皮肉なものだ。
    藩主であったときの斉興(鹿賀丈史)によって財政再建が果たされ、その果実によって幕末の動乱に薩摩が強力な兵を動かすことを可能とし、とくに それを指揮した西郷吉之助が明治維新最大の功労者として歴史に名を留めることとなった。
    つまりは、斉興(鹿賀丈史)が業績がなければ、西郷の活躍もありえなかったことになる。
    いかに歴史上の出来事が有機的に結びついているかということだが、だから 誰が悪くて 誰が善いかなどということは
    単純に決められないということだ。

    篤姫が歴史ドラマで比較的重要な役どころを演じるのは、大河ドラマ「篤姫」は当然のこととして、それを除けば、この「西郷どん」以外にないのではないか。 成功した大河ドラマ「篤姫」が残した遺産をうまく使っているね。大河ドラマ「篤姫」で見たエピソードが、この「西郷どん」に巧みに盛り込まれていると感じた。
    本来 篤姫というのは 歴史上の人物としては無名に近い。それが、主人公となった大河ドラマで有名人化した。歴史上の人物すべてが有名になるわけではなく、実在したとしてかぎりなく「脇役的な」人物の場合、それが有名になるのは、ある時代の小説やドラマに「たまたま」取り上げられ、さらに脚光を浴びるかどうかによる部分が大きい。

    斉興(鹿賀丈史)が 息子である久光の兵を率いて遠征する構想を否定し、さらに「お前に斉彬(渡辺謙)と同じことができるのか」、出来るはずがないという意味のことを憎々しげに言う場面。 つまりは、「お前は能力的に兄の斉彬(渡辺謙)よりも劣っている」と父親に言われたも同然だ。
    これは、のちの吉之助と久光の関係を描く伏線になるのだろう。史実と「されるもの」によれば、吉之助が久光と対面したときに、斉彬(渡辺謙)の構想を実現しようとする久光を「田舎者」とこき下ろしたとされる。
    怒りをかった吉之助が再び流罪となる原因の一つとなった。吉之助からすれば、敬愛する亡き殿 斉彬(渡辺謙)の真似事をする久光に軽蔑の念が生じたのだろう。久光からすれば、優秀な兄との比較で父から受けた蔑(さげす)みと同じ蔑みを臣下から受けたことになり、西郷吉之助に対する根深い恨みの元となった。

  • 月照との入水シーンは絵になりますね。
    一部気持ち悪いと言われてるけど、普通男女で哀れを誘い、泣かせる。
    男おとこ は昨今に成ってもまだついて行けませんが、最先端の若者さん達はどうなんですか?
    大河の後アメリカ映画でマフィアが仲間を裏切った夫婦をリンチし、嫁を殺すならお前は許すと拳銃を渡すシーン
    西郷に月照を殺せば許すシーンと全く同じだったので、偶然の展開にこんなのあるんだと不思議な気持ちに成りました。
    裏切り者は妻を殺せず自分の頭に拳銃を向ける
    普通そうですよね。
    月照様と敬い京都から背に負い落ち延びさせた人物を殺害して自分が助かるなんて、自分は国の為に生きて頑張る
    と思って居ても、人情的に無理。
    大久保の合理性優先と西郷の人情優先を現した展開なんでしょうが、
    大久保の合理性故の冷淡さは怖い。
    実際は判りませんが。

    鹿児島では大久保の評判相当悪く、先ほど銅像建立でもめたとニュースにでてました。

  • 西郷どん 第16回「斉彬の遺言」

    西洋列強と互角に渡り合うには 日本全国が協力しなければならないという意味のことを何回か 斉彬が言ってましたが、
    要は、公武合体のこと。つまりは、幕府も朝廷も、薩摩のような外様も 協力し合ってやっていこうということ。
    それにたいして、井伊直弼は、開国通商という点では斉彬と共通しているが、どこが主導するかで対立している。
    直弼は幕府主導に固執し、外様が中央の政治に口出しすることを拒否する。
    これが 将軍継嗣をめぐっての争いへと顕在化した。
    一方、将軍継嗣問題で 吉之助と月照らが密接に協力し合っているが、吉之助の主である斉彬と、月照らが 完全に考え方が一致しているかというと、そうでもないような気がする。
    月照らは勤皇であり、それは攘夷につながっていく必然性をこの時期 有していた。斉彬に攘夷の考えはあまり見られない。直弼に攘夷の考えがないのと同程度に、斉彬にもない。ということからすれば、斉彬と直弼は思想的に案外近いところにいた。

  • 薩摩藩が主君の元遠征に出ようとする矢先、主君死に、吉之助は成らば水戸に立ってもらうと奔走するけど、これは
    ドラマなんでしょう?
    薩摩にしても水戸にしても、クーデターで政権を変えるつもりだったのでしょうね。
    迎え撃つのは幕府軍に成ると思うけど、具体的にどんな動員令になるのでしょうね。
    旗本8,000騎に対し大老が発動令を出すのかな?

    実質天下のお旗本に戦闘力を期待するのは無理。
    250年の安寧に惰眠をむさぼってた連中ですから、多分憤慨じゃなく、恐怖。
    大身程貴族度が上がってる。
    実際クーデター戦が始まれば殆ど戦闘は無く江戸城は落ちたでしょうね。
    家重大の大鎧を付けただけで戦闘力ゼロ。

    後に奇兵隊とこの幕府軍が戦うけど、旗本に戦闘力は無く、臨時雇いヤクザや気の荒い農民等が実戦してただけでしょう。
    それにしても井伊大老も乱暴な処置が良く出来たと思う。
    その方策の担保と成るべき軍事力を過大評価しての事でしょうね。
    頼むべき自軍は彦根藩だけ。
    彦根藩藩兵でも幕末の他藩と同じだろうし、薩摩に対抗出来るとは思えない。

  • 西郷どん 第15回「殿の死」

    京へ藩兵を引き連れて遠征する斉彬の構想、これを吉之助が献策したように描かれていた。
    それは、どうかな。 ドラマの主人公だからということで、西郷を 色々な歴史的事柄に紐づけしたいのだろうな。

    それはともかくとして、
    公武合体にしろ、京や江戸に藩兵を引き連れていくにしろ、その考えは 久光に引き継がれた。つまり、久光は、
    斉彬の構想を否定せずに、むしろその推進に動いたということになる。

  • 家定の柿図は国立博物館に所蔵されてますね。
    検索画像が300×300位で良く分からなく
    書画に詳しくないけど、そう上手いと思えない。

    初期将軍様と違い末期には取り巻きが実質政務執行者でやる事が無い。
    重要任務は種付けしかなく、家定の父は27人子作り。
    家定以外20歳を迎える事無く死んで行った。

    家定はその重要任務が出来ない。
    寝て食い、クソを垂れる毎日。
    優秀な側近もあまりの暇に、絵でもかかせてみようと思ったのかな?
    家定が絵を書きたいと能動的に動いたとも思えない。
    女は琴等の器楽演奏
    男は書画が
    貴種のたしなみなんでしょうね。
    歴代将軍様の書画は結構数が有るらしい。
    黒船が来なかったら、次代将軍も同じタイプに成ってたでしょうね。
    長期政権は腐って分解してしまうのでこんな感じなのは当然の事。
    上様と敬うのは有り得なくなる。
    後二代は波乱の人生を送ってしまうので、うつけ殿でいられた最後。
    それは300諸侯の上様も同じでしょうね。

  • 西郷どん 第14回「慶喜の本気」

    遊郭で 一橋慶喜と吉之助が いろいろなやり取りをしているが、史実的にはありえないな。
    井伊直弼が 吉之助を自分のところに来させて、直に茶を馳走して言葉を交わす、まずないだろう。
    直弼の手先として動く長野守善が 吉之助の周囲をうろつく、というのはありえる。
    吉之助と井伊直弼の接点は、せいぜい そこまでだろう。
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    「鳴門秘帖」をNHK BSでやるんだな。 
    http://www.nhk.or.jp/jidaigeki/naruto/
    吉川英治の小説で、伝奇時代ものとしての傑作。

  • ヒー様は史実か?調べたけど良く分からない。
    NHKにもないし、
    一橋 だからヒー だって解説があった。
    他に直ぐ前言を翻すので二心様と言われてたとか、これがヒントの創作なのでしょうか?
    トリオの様なドラマはさすがに作りでしょうね。
    刺客を西郷が刺し殺し、橋本佐内徳川慶喜西郷吉之助が川に遺体を投げ込む。
    大河と言うより、娯楽時代劇暴れん坊将軍&北町奉行遠山金四郎。
    イメージ金さんかな?
    この時のエピソードが後に生かされ、西郷あんときやおめーに助けてもらったからよ
    おめーの顔たてやるよとか言って
    江戸開城するとか?
    さすが、そんなにかるくレキシを扱いませんよね。

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