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    このトピでは「花の生涯」から続いている大河ドラマの中で基本的に過去に放送された作品を回顧し、書き連ねていこうというトピです。
    以前に同趣旨のトピがありましたが消えてしまったので復活させました。
    この作品は面白かった、印象に残った、あるいはつまらなかった等どのような意見でも構いません。

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    クナシリ 10月15日 08:52

    西郷が最後多くの人が死んでしまったみたいに言ったけど
    調べたら9000人弱ですね。
    新政府幕府ほぼ同数若干幕府側が多い。
    過去の内乱で最大なのは4万人近くの島原の乱らしい。
    日本は大規模と言ってもそんな物なんですね。
    同時期のアメリカ南北戦争じゃ60万人も死んでる。
    当時の全人口は日本の方が多かったのを考えると、肉食系はやはり怖さが桁違いの様ですね。
    多民族国家だからかな?
    吉二郎の心情をこまやかに描いた回でしたが、
    男の子はきっとそうだよねみたいな、憶測でのドラマで、実際は無理やり戦場に出る事になったのかもしれない。
    殿に援軍を具申するのに、我が家の男は全て戦場に赴きます故なにとぞご配慮を見たいな事だったのかもしれない。
    考えると西郷家は好んで時代を変革したい衝動で動いたと言うより、流された方ですね。
    吉田松陰の様な高杉の様な、熱き物が今一。
    もちろん異論有りでしょうけど。


  • ★ 2018年10月14日 平成最後の自衛隊観閲式

    陸自の行進曲は 西南戦争田原坂での警察官部隊の抜刀隊

    海自は行進曲軍艦に旭日旗

    https://www.youtube.com/watch?v=lq9XwviEJRk

  • 西郷どん 第37回「江戸無血開城」

    冒頭で、江戸総攻撃は3月15日と決まった、というナレーション。これは、旧暦の慶応4年(明治元年)3月15日だろうから、今の暦だといつになるか。おおよそ 1868年4月8日ほどにあたるか。
    大方の視聴者は、「3月15日」とだけ聞いて、西暦として理解する。
    やはり、三月と四月では季節感が異なる。西暦の3月15日は まだ寒さが残る。

    勝と西郷が会談する背景に満開の桜を咲かせていたな。
    4月7日だすれば、江戸では おそらく散っているはずだが。(笑)
    ただし、あの桜がヤマザクラだとすればその限りではない。

    時々、西郷が「民のため」と口走る。
    西郷が「民のため」と言えば言うほど、西郷は自分がその民に属するとは思っていないことを示している。(笑)
    民が民のための国をつくるのならば、民自身が蜂起するのでなければならない。
    おそらくそうなった場合、西郷のような武士階級は鎮圧する側に回ったにちがいない。
    なぜならば、民による反乱は いわゆる国体の維持を揺るがしかねないからだ。

    このドラマが西郷に繰り返し言わせている「民のため」という言葉は、そうした本質的なことを逆説的に表している面があるが、おそらくドラマの制作者たちはそういうことまでは意識していないかもしれない。

  • 篤姫天璋院は慶喜が嫌いだった説がウイキに有りますが、
    だと、ドラマの慶喜を殺すなら私もみたいなストーリーは少し違和感が有る事になる。
    開城の項を見ると大量に経緯が述べられて読む気が失せ、ドラマで良いかと思ってしまう。
    色々複雑に人物が絡んで開城に至ったけど、それを綿密に再現しても難しい事に成り、お金も掛かる時間も無い
    西郷だけが交渉、相手も慶喜、勝。
    慶喜を殺すと必死だったとは正直知らなかった。
    ドラマでは昔の誼が蘇り、その気が失せる事に成ってるけど、抵抗勢力の事を考えれば許し謹慎の方が腰砕けになる。
    しかし数年前迄揺るぎの無い盤石な徳川政権だったのが、あっさりと瓦解してしまうのも、奇妙な面持ちだったでしょうね。
    どんな気持ちかな?
    重石が無くなりほっとする気持ちか、錨が切れて何処しれず流される不安か?
    夜明け前って小説が有るけど、そんな気持ちだったかな?

  • 真田丸 第19回「恋路」
    1582年 本能寺の変
    1587年 本多忠勝の娘であり、家康の幼女 のちに小松姫と称せられる稲が 真田信之の正室として真田家に嫁いだ。
    1588年 淀殿、秀吉の側室に

  • 西郷どん 第36回「慶喜の首」

    幾島が 西郷と会う場面、大河ドラマ「篤姫」にもあった。二つの大河ドラマにあるのだから、部分的に史実を含んでいるのかもしれないが、ただ 彼女が実際に西郷に会えたかどうかは不明だろう。
    wikiによれば、幾島について「戊辰戦争の際に天璋院(篤姫)の使者として討幕派の薩摩軍に交渉に出向き」とだけある。おそらく篤姫の書状を携えていたのだろう。内容は、慶喜の助命嘆願だ。
    大河ドラマ「篤姫」では、篤姫と西郷の再会はなかった。「西郷どん」では、北川景子演じる天璋院と 新政府軍を率いてきた西郷を江戸の薩摩屋敷で再会させるという感動的なシーンを用意した。二人にとってなつかしい薩摩屋敷だ。
    大地震に見舞われた。
    たしかに感動的ではあるが、その分 史実性が犠牲にされている。
    今時の流行脚本家たちが歴史ドラマを手掛けると、 歴史上の人物たちを直接的に会わせたがる。そのほうがドラマ性が増すからだし、わかりやすい。その分 史実性が損なわれる。ドラマ性と史実性がトレードオフの関係になってしまっている。

  • 知らぬ間にログアウトしてた様で、何度も拒否され他の処でログインを促されボタンを押したら繋がった様。
    ネットは良く分かりませんね。
    月曜に投稿する予定で頭の中から新鮮な奴が自然と出るのだけれど時間経過で腐ってしまってるかもしれません。
    と、打ちながら、何だったけ、どんな回だっけと画面を想起してますけど。
    そうだ、弟が怪我するんでした。
    てっきり死ぬと思ってたけど、戊辰戦で死ぬのは他の弟なんですね。
    ネタバレになってなんですが。
    やはり、うまく出ない、こんな物ですね、物書きじゃあるまいし。

  • 西郷どん 第35回「戦の鬼」

    西郷と龍馬の意見の相違は、幕府を武力をもって倒すのか、それとも 大政奉還した旧幕府を新政府に受け入れるのかの路線対立だ。 ドラマでは、吉之助が、 日本を外国の売り渡そうとしている慶喜に警戒心を抱いたことが 幕府を倒さねばならないといと決意させる動機になっていたが、実際のところは 薩摩が新政府で 主導権を握れるかどうかが最大の眼目であったはずだ。
    新政府に 切れ者の慶喜がいては薩摩が主導権を握れない。いかなる場合においても、薩摩が 新秩序では 主役でなければならない、これが倒幕の動機であったはずだ。
    旧秩序を倒すための武力を薩摩が担えば、次の体制では 明確に薩摩が主役に躍り出る。
    このような展望が目の前に開けているにもかかわらず、武力を使わないという選択はなかった。

    薩摩が兵を迅速に動かせたのは、周布正之助などの努力による財政基盤の充実に負うところが大きかっただろう。
    さらに、伝統的に 薩摩の兵は一目置かれていただろう。あまり戦をしたくないと相手だ、薩摩というか、島津兵というのは。関が原のあとの処置で、徳川家康は 負けた側にいた島津に手をつけなかった。

    司馬遼太郎によれば、日本では傑出して薩摩が外交巧者だという。その背景には、島津の武が怖れられていたということがある。 もちろん、武と外交が即結びつくものではなく、そこには結びつけるだけの文化が必要だが、だとしても外交が機能するには まず威嚇する武が背後に控えていたほうがずっと効果的だった。

    1867年7月 後藤象二郎との間で 「薩土盟約」を締結
    1867年11月8日 「賊臣・慶喜を討て」との密勅を岩倉が大久保らに手渡す
           同日 慶喜が大政奉還 発表
    1867年12月8日 龍馬暗殺
    1968年1月3日 西郷らによるクーデター、王政復古の大号令
    1868年1月27日 鳥羽伏見の戦い始まる

  • 戊辰戦争の切っ掛け、幕府側江戸薩摩藩邸攻撃が秘密工作員相楽総三により導かれたの段がドラマとウイキで違いますね。
    ウイキでは薩摩側は止めたけど暴走した。
    ドラマでは指示になってる。
    相楽総三迄作り込むと話が膨らみすぎて尺が足りなくなるから、ざっくりで行くしかないのでしょうね。
    今回は悲劇の龍馬暗殺がインパクトだったでしょうから、相楽総三を出せば龍馬の影が薄くなる。
    山内容堂と岩倉の対決もざっくりでやった感も龍馬にスポットを当てるがためですね。
    ガチャガチャした時間を紐解くように描けば凄い時間が必要。
    黒駒勝蔵も相楽総三の隊に所属してたのですね。
    黒駒の~と次郎長が対決姿勢を見せる映画を昔見た様な、ご存知清水次郎長一家。
    いや、誰それと平成生まれの人は判りませんでしょうね。
    勝蔵は政府に捉えられ処刑ですね。
    新政府が出来るとそれまでの同志は大量に処刑される。
    特に汚い仕事を受け持った人たちは生きてちゃ困る。
    明治政府の粛清です。

  • 西郷どん 第34回「将軍慶喜」

    吉之助が 黒い鞘におさまった刀をじっとみつめていた。
    斉彬から頂戴した刀だ。印象的なシーンだ。
    刀をということで、いよいよ戦う意思を固め、それを斉彬に報告しているようにも思える。
    また、公武合体を推進した斉彬の路線を踏み外し、幕府をつぶすことの決心をもつにいたった心情を告白しているようにも思える。

    この分でいくと、幕末篇は 第36回くらいが最終になるのかな。 とすれば、明治編に14回相当 費やすことになる。
    個人的な願望からすると、できるだけ 幕末に時間をかけて、明治編は 4,5回くらいで済ませて欲しい思ったりするのだが。
    まあ、しかし、西郷が維新政府の初めの数年で果たして役割は、その後の日本の近代化にとって極めて大きいものがあることも事実だ。とくに、廃藩置県に伴う改革は 西郷という存在なくして実現しなかった。おそらく、この点については、後世の日本人が僥倖とすべきことかもしれない。

    ---- 西郷という人は、武力こそ外交を好転させる無言の力だという思想の信奉者で、これは終生かわらなかった。 (司馬遼太郎著「竜馬がゆく」)

    廃藩置県のような大胆な改革で、西郷の武力による脅しが効いた。その武力の核になったのは、西郷の人間的魅力というところが 実に西郷らしい。 西郷の周りに糾合した薩摩の若者たちは、西郷のためなら命も捨てられるくらいだから、このように形成された武力集団は無言の圧力と不気味さを周囲に漂わさせただろ。
    「花神」(司馬遼太郎原作)で、村田蔵六が、西郷とその取り巻きについて、「危ない」と直感し、日本の将来に災いをなすと予期したのは、こういう西郷の私兵的なありかたを見てのことだろう。

  • 昨日 投稿した文章が はじかれた件だが、突き詰めると 赤で囲った部分が原因となって はじかれているようだ。
    えっ、これで なぜ、だめなのか。 もしかしたら、「暗殺」という言葉が悪いのか。 まさかね。 くりかえし、この赤で囲った文を見ていて、 あっ !!! と思った。 これか。(笑)  こちらが意図していない文の区切り方によって NG言葉が 浮き上がってくる、という  なんというか、まるで 透かし文字 のような世界だな。(笑)

    それで その部分を修正してみた。

    西郷どん 第33回「糸の誓い」

    寺田屋での龍馬襲撃は旧暦の1月23日、現在の暦では3月初めにあたる。
    この事件が、龍馬暗殺の伏線になっているという説がある。
    この寺田屋の事件が 1866年3月初めごろで、 
    龍馬暗殺が1867年12月初めだから、一年と十か月ほどの間(あいだ)があるが、 この寺田屋の一件で 
    捕り手の何人かが負傷したか死亡したはずで、そのため 龍馬の動静には無関心ではいられなかっただろう。

    これらの捕り手たちは闘う集団などではなく、北辰一刀流の使い手の龍馬にたいして最初から及び腰だった。旅籠の女主人 お登勢にたいする尋問で やっと龍馬が二階にいると確信してからでも、なかなか踏み込もうとしない。おそらく、そうやって数時間もグズグズしていただろう。
    もしもこの中に 新選組の隊長クラスの誰かが混じっていれば、結果はだいぶ違っていたにちがいない。
    沖田総司とか斎藤一がいたら、どうなっていたか。おそらく二階にいると知るや、時をおかず斬り込んでいただろう。龍馬がピストルを構える余裕はなかっただろし、ましてやお龍が風呂場から駆け上がって 龍馬たちに異変を知らせる時間もなかった。 機先を制する、これが修羅場をくぐってきた者たちが身につけた 生き残るための鉄則だ。
    ------------------------------
    ということで、今度は 全文 拒否されずに掲載できた。

    ★大河ドラマ回顧録★ 昨日 投稿した文章が はじかれた件だが、突き詰めると 赤で囲った部分が原因となって はじかれているよ

  • 鶴瓶さんの芝居はちょっと下手です。
    妖怪じみた公家で愛嬌もあるキャラの設定でしょうが、お笑いですから演技力は乏しいのでしょうね。
    岩倉卿が重要な役で絡むけど不安ですね。
    複雑な幕末の流れで詳しくは知らないから改めて見るのは勉強になります。
    山内容堂は最後まで徳川擁護の立場で、その態度に切れた岩倉が叱責し黙れと言ったらしい。
    しらふでない所為も有り相当グダグダ徳川擁護発言を繰り返すからですね。
    その叱責が強く、逆に団結心が固まり、幕府を武力で壊滅させる事にもなる。
    瓢箪から駒みたいな作用でしょうね。
    父天皇が死に、14才で帝になり右も左も分からず、押しの強い岩倉のなすがまま。
    新帝は12才の時蛤御門変に遭い、宮に侵入してきた兵士に恐怖し失神。
    父の死も暗殺と思ったのかも。
    明治天皇が安息した日は何時でしょうね。

  • 投稿が拒否されている前半の 一番目の文

    西郷どん 第33回「糸の誓い」
    寺田屋での龍馬襲撃は旧暦の1月23日、現在の暦では3月初めにあたる。
    この事件が、龍馬暗殺の伏線になっているという説がある。

  • 6323の投稿は、実際に書いた文章全体の後半部分のみ。
    ということは、前半がひっかかって、投稿がはじかれているということになる。

    おそらく、マイナスの言葉が決められていて、そのひとつひとつならば許容されるが、そのいくつかが一定量の文章の中に含まれていると 自動的に投稿が拒否されるという仕組みになっているのか。
    龍馬を論じるのに、「暗殺」とか「襲撃」という言葉を複数回使った。
    その一個一個ならば 問題にはならないが、同じ文章の中に しばしば使われていると自動的にはじかれる、こんなところか。

  • 西郷どん 第33回「糸の誓い」
    寺田屋での龍馬襲撃は旧暦の1月23日、現在の暦では3月初めにあたる。

    これらの捕り手たちは闘う集団などではなく、北辰一刀流の使い手の龍馬にたいして最初から及び腰だった。旅籠の女主人 お登勢にたいする尋問で やっと龍馬が二階にいると確信してからでも、なかなか踏み込もうとしない。おそらく、そうやって数時間もグズグズしていただろう。
    もしもこの中に 新選組の隊長クラスの誰かが混じっていれば、結果はだいぶ違っていたにちがいない。
    沖田総司とか斎藤一がいたら、どうなっていたか。おそらく二階にいると知るや、時をおかず斬り込んでいただろう。龍馬がピストルを構える余裕はなかっただろし、ましてやお龍が風呂場から駆け上がって 龍馬たちに異変を知らせる時間もなかった。 機先を制する、これが修羅場をくぐってきた者たちが身につけた 生き残るための鉄則だ。

  • 何度 投稿しても 「コメント投稿、スレッド作成を制限しています。」と表示されるので、今回は下記の投稿のみとした。どの言葉が差し障って 投稿が防がれているのか さっぱりわからない。

    真田丸 第18回「上洛」

    松の記憶が戻った。 真田は、秀吉の命により、徳川の配下に置かれた。

  • パークスとの会談に妻が相席してるけど、イギリス流外交じゃ当たり前だったのでしょうね。
    武士の世界で嫁を相席させる意味が無かったから、相当面食らったと思う。
    一番困るのは便所でしょうね。
    西洋のおなごはどんな格好で排便するのか?
    相当深刻な問題だったと思う。
    大河ドラマじゃそんな話になる筈が無いけど、考えるのは自由ですから。
    パークスは貴族階級じゃないですね。
    イギリスも日本と同じ階級が厳しい。
    貴族でないと出世がおぼつかない。
    それがイギリスの正式公使にまでなるには相当の事をやってのけたから、冴えた奴には違い無い。
    元は上海で勤め、東洋人は脅すに限ると思ってたらしい。
    駄々をこねる難癖をつけるのは手ですね。
    料理が不味いとか有ったけど。
    芝居じみてるような事を平然とやらないと行けない。
    西郷も苦労人だから、貴族武士と違い其処の感覚が良く理解出来、上手くやれたのでしょうね。
    西郷は珍しい位大男。
    ちなみに慶喜は150センチ
    将軍様は皆小さい。
    多分宮家の方々も小さいのじゃないかな?
    当時の感覚では高貴なお方は小さいのが常識だったのでしょうかね。
    デカイのは労働者みたいな。
    西洋人からしたら奇妙でしょうね。

  • 西郷どん 第32回「薩長同盟」

    --------- 薩長両藩の外交能力の格段のちがいが、幕末にいたって露骨に出ている。薩摩人にかかっては長州人はこどものようなものであった。 (司馬遼太郎著「竜馬がゆく」)

    「西郷どん」では、薩長同盟にいたるはなしが感動的に、ドラマチックに仕立て上げられている。
    薩摩、もしくは西郷には、冷徹な計算があったはずだ。薩摩というのは、情のみでは動かない。
    そういうところが ドラマには 描かれないね。 まあ、それを期待するのは無理か。

    最近の大河ドラマの癖として、主役が演説をぶつと、聞いている人たちがこころを打たれ、それまでの姿勢をにわかに改めるというのがある。
    「龍馬伝」にもあったし「花燃ゆ」にもあった。

    それで、「竜馬がゆく」から別の一節
    ------------ 西郷という人は、武力こそ外交を好転させる無言の力だという思想の信奉者で、これは終生かわらなかった。 (司馬遼太郎著「竜馬がゆく」)

    この時点での薩摩と長州の力関係は、薩摩が強者だ。薩摩は、幕府と長州を天秤にかけている。その姿勢は、薩長同盟の密約を結んだ後でも まだ維持していていただろう。万が一の場合、長州を見放す可能性を捨て去っていない。
    それが、「薩摩人にかかっては長州人はこどものようなもの」ということでもある。

    こういう凄味を大河ドラマの西郷に期待するのは 無理だろうな。

    ^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
    真田丸 第17回「再会」

    出雲阿国が登場。その一座のなかに姉の松がいた。どうも記憶を失っているらしい。

  • 龍馬の試射シーンは話題になってますが、アソコまで威力違いあるかな?と思い色々見て見たら数倍の違いは有る
    様で、その違いは主に弾の形に有るようですね。
    丸と先の尖った形。
    現代では当たり前と思うけど、空気の概念が無いから形の関係性に気が付かないのでしょうかね?
    重要なのは弾の後ろがえぐれてる事。
    ココにコルクの様な物を埋め、火薬爆発と共に後ろがめくれ筒内に密着
    ガス圧を効率よく弾丸に伝えられる。
    最大5倍位は違ったらしい。
    弾を装填する時筒内より径を小さくできるので素早く出来る。
    思えば幕末の戦いは火縄銃から機関銃にまで急激に武器の進化を遂げた物。
    これだけ短期間の進化はめずらしいのじゃないですかね?
    その進化は南北戦争終結が上手い事絡んでる事もある。
    大量の武器が用済みになり一部が日本に流れ込む。
    南北戦争でも南軍北軍の銃器の違いが勝敗を決したので、幕末戦と似てる。
    射程100m対600m
    それに工業地帯と農業地帯の労働者の確保の争いだったから工業地帯が有利な武器を大量に作れるし
    なんと60万人犠牲者
    アメリカ史上最大の犠牲者
    第二次大戦42万人ですから。
    実際ああいう龍馬のデモは有ってもおかしくない。
    商社の社長の様な立場ですから、未開人に効果的にプレゼンしようと思えばああなる。

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