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    sanako 2013年2月2日 00:28

    今年はベルばらイヤーです
    宝塚で一番好きなのはベルばらです。
    当然遠征と思っていました。
    最強のアンドレまゆちゃんが見られると思っていたのに
    諸事情で観られませんでした。
    かなりのフラストレーション。

  • >>21

    ターフェとラリッシュ、圧倒的に韓国勢がいいという方が多いとは思うんですが、ただ良かったというより、今回の韓国キャストの中でもこの二人は出色の出来なわけで。ダブルキャストですが、どちらも甲乙つけがたい、実力拮抗していてどちらも聴き応えたっぷり。
    日本ではこの二つの役はごちゃごちゃ言われまくりだったわけですが、私はそんなに不満なかったですね。もっと文句言われてもいいような人だって別作品で主役張ってたりするわけだし。

    ターフェはフランツと同世代。ルドルフからみたらかなり年長で、父と同じ考えしかもたない頭の固い男に感じたんだと思いますが、ウィーン版でウヴエ・クーガーさんが超かっこよくやっちゃったもんだから、爺さん政治家というより有能な男としてキャラクターが出来てしまって、それで皆日本初演の岡さんもかっこいいもんだから、岡さんやウヴェさんと比べるので、坂本さんも分が悪い。
     私はターフェは小物と思っていた(背じゃないですよ)ので、別に坂本さんでもありだった。
     でも韓国キャストは主演より存在感ありかねないしねぇ。狡猾さも力強さも、そしてセクシーだったりして。ミン・ヨンギさんなんて女ならあのセクシーさたまらんでしょ。
     ラリッシュは私のイメージでは俗物なので、韓国キャストのほうが断然いいんですが、本作のいい人キャラだとどうなんだろう。一路さんはルックスはきれいなんだけれど、出にくい音は何うたっているのかわからない。それでも、もっとひどい歌の人もミュージカル出演しているのだから、主役じゃないしいいかなと。
    でもターフェとのかけあいの歌は日本は無くてよかった。
    不必要だし、一路さんにとっても坂本さんにとっても似合うとも思えない。
    ラリッシュが有能な金持ちの愛人というのは理解できるけれど
    ルドルフを思いやっているというのは全くもって変。

    脚本の一番の問題点は、ルドルフがもともと孤独ではないところ。
    実際のルドルフは妻に全く愛されたことがなく、金でつながっている愛人ミッツィにチクられまくりで、母親は放浪癖で甘えられず、従姉妹のラリッシュには金づると思われている。
    誰も心底彼を愛してくれない。
    それがこの脚本では皆ルドルフを愛しているのよね。
    芳雄君も「すごくいろいろな女性に愛されていて」といっていたけれど
    実際は誰にも愛されないから、自分に夢中になってくれそうな若い娘を捕まえて心中した、最後くらいは誰かに愛されて死にたい、誰かと一緒にいたいというくらい孤独だったわけで。
    どうして脚本そうしなかったんだろうと。孤独感が深いほうが観客だって彼の行動に感情移入できるはず。
    この脚本では「子までなした妻を捨て、若い女に走った身勝手男」になってしまう。
    そこでマリーを胡散臭い成り上がり娘から、高貴な家だけれど貧乏娘にしたて、貧乏ゆえに自由思想に傾倒していることにする。
    これ全然わかっていないと思います。
    自由思想賛同者のほとんどが、家柄はないが金はある富裕層で、下層民はそんなことさえ考えもしなかったというのが現実。だって毎日の生活が大変で思想を考えている暇はないし、貴族のところで働いてぶら下がっている人も沢山いて、今食べられていれば関係ないことぐらいにしか思わなかったんじゃないかと。
    だからマリーが自由主義者なら絶対もとの成り上がり家系のほうが現実的。
    彼女はイギリス読みの名前をつけられていて、この家のしゃれものな感じもわかるし、叔父は「社交界一の伊達男」といわれた美男子だったといいますから、美貌と財産、後は手に入れたいのは家柄だったのでしょう。
    家柄がないというだけで侮蔑的な態度をとられることに自由主義に系統するほうが自然です。

    ただルドルフがユリウス・フェリクスとして自らの信条を表現しているのに賛同してもらって、ぐんぐん心ひかれていくと言うのは理解できる。
    このくらいの年頃のおじさんにとって、それは嬉しいと思いますね。孤独ならなおさら。

  • >>23

    今回とても考えてしまったのは、決して良作ではないのに、なんか力技でねじ伏せられたような、(瞳子ちゃんや山祐によくやられる、何か最初の予想とは違って力技でやられる)私の想像を軽く超えて納得させられてしまったような、そういうテギョンさんの演技にです。
    彼の歌は聞いたことがあります。動画で見ていても涙が出そうになるようなロミオの表現力、絶対歌が上手いのは分かっていたんですが、どう考えても大甘でしょうもない作品なのに、どうしたらマイヤーリンクの闇にリンクさせられるのか。
     絶望して死にたいと思っている人だって、どこかで生きたいと密かに思っている。生きる証をもがいてつかもうとする。ルドルフは絶望していて、倦み果てていてユリウス・フェリクスとしてその証をつかもうともがいている。彼はそんな自分を認めてくれる少女に一筋の光を見る。でも自分の立場がわかっているから、本当に愛しく思うから彼女を引きずり込むのは忍びないと煩悶するが、彼女が「でも私は共に居たい」と望まれて、手折ってしまう。本当の愛を全うしようとするが、それを許されず、かつてよりさらに絶望する。しかし彼女に鼓舞されて何故か彼は生きる自信を取り戻し、そして愛するがゆえに別れを選択する。
    全編を通して別れを決意した後、署名するところだけは大人の男、政治的な顔をしている。
    芳雄君が帝劇で演じた時と同じロウソクが燃え尽きる前に明るくなるような印象、だけど何か違うなぜこんなに納得させられてしまったのか。
    韓国版は決意と同時にマリーと決別していないからなのだと。それで印象が違うのかも。ウィーン版は、曖昧宿の場面の後「本物の皇太子になるため」決別を決意したのが流れとしてわかるけれど、韓国版では、二人は私室で逢引する手はずになっているのだから、そうではない。
     彼は恋人の身の安全のために署名の直前に決別したのだ。愛しているから。
     でも自滅したあとに彼女が残っていたから、手放せなかったから心中する。
     だから切なかったのかも。
     ウィーン版では二人共に死ぬより他に耐えられる道はないことが、その重さでよく伝わっているから、その道行も幸福なものだった。二人はその喜びを歌い上げて世界を手に入れた幸せを噛み締める。
     でもこちらは違う本当は別の幸せがあったかもしれない若い恋人を手放せなくて道連れにするのだ。なんとも切ない。
     テギョンさんは振り幅が大きいと言えば聞こえはいいがいい加減な演出の元、ここに落ち着いたのだろう。ラストの激しい抱擁や本能のままに恋人に接吻するところなんかは、そうしないととても彼女を殺せないからだろう。本当は死にたくなかった生きて幸せになりたかったから切ないのだ。死ぬことが幸せと感じられたら切なくはない。
     こんなふうに納得させられるとは予想外でした

  • >>21

    上演された忠武アートホールは盆のない劇場のため、どうしてもカーテン前みたいな演出が多くなりますが、キャストの歌唱力があって間が持つため、あまり気になりませんでした。良い手法とは言えませんが、ツアーを回るには必須の手法でもありますし。
     セットは微妙。既にエリザベートでウィーン版ルドルフのセットをパクったばかりなので、(どうしてそんなプライドのないことができるのか演出のその神経はわからない)違うものにせざる得なかったのでしょうけれど、それにしても…「明日への階段」のセットなんてパチンコ屋みたいで笑うわけにもいかず私はどうしていいのかわからなくなったくらいです。ベルばらのクレーンよりは遥かにマシではありますが。
     小道具類は全部ウィーン版と同じ。ウィーン→日本→韓国と空輸されたようです。懐かしい天蓋付きベッドも、猫脚風ベッドもありました。
     韓国でよく使われる映写法も健在。日本でかなり昔に初めて観たときは滑っているなと思いましたが、今は技術のせいかだいぶこなれて違和感もないように感じました。

     衣裳や結髪はどうにかならなかったのか、これですごくいいと思っているのか、それとも予算の関係でいっぱいいっぱいなのか、日本でこんなの見たら後者と思いますが、韓国ではこれが普通なんでしょうか。
     スパンデックスかマーメイドサテンで作られたドレスは、もうハレーションしまくりで、すごく安っぽくて、上流って感がしない。色が派手なら豪華ってわけじゃないですから。
     よく派手なら豪華という人がいますけれど、帝劇が地味だと思った人はそうなんでしょうね。帝劇は衣装は考証にのっとった良いデザインで、シックな色合い。ルヴォーが最終チエック入れていたようなので、とにかくノーブルでした。
     たまげたのは、デザイナーはヅカのうたかたの恋見てたのかなと思った舞踏会のアンサンブルのドレス。ヅカは初演当時のデザインのままやってますが、これが同じデザインの色違いで、頭に羽飾り付けている。韓国版ルドルフもデザイン同じの色違いドレスで、ネット付きのトーク帽をかぶっている。舞踏会なのに、トーク帽?それも全員。
     マリー役も全員ダウンヘアで、初日の頃のスチルなんてハンガリー版のマリーみたいにソバージュでどうしようかと(それはもう流石になかった)なぜに結い上げ髪ではないのか、ヅラが高いのか?
    夜会にアップヘアは、首に宝石を飾るためでそれが当然のはず。貧しいからといってそこまで省略はありえない。ドレスも夜会服なのかなんなのかわからん中途半端なドレスで、デビュッタントなら明るい色の胸をあけたドレスで、トレーン付きだと思うのですが。
     で夜会に帽子かぶっているのに、外では無帽の人がいてマリーも無帽。当時無帽なのは娼婦くらいと言われていますから、すごく恥ずかしいことです。
     一人で着替えるのが困難なのが当時の夜会服。一人でするする脱いだりしません。下着姿で歌うアイデアはいいとしても、あまりにも時代を無視しすぎ。(この場面帝劇ではなぜナイトガウンなんでしょうね、ウィーン版みたいに夜会服のままの方が、名残惜しい感じが出るのに。またたっちんがお色気がなくてナイトガウンが似合わない)
     びっくりしてしまったのは、ポギョンさんが舞踏会のシーンでコルサージュの前たてがめくれたままだったこと。ずっとめくれっぱなし。相手役が気づいて直してあげるとか、ラリッシュが直してあげるとか、気づかなかったのか?ポギョンさんがかがんだ時にめくれてしまったんだと思います。当時の衣装ってコルサージュ(上衣)にボーンが入っているものなので、今でもドレスにボーンが入っているものありますよね、だからまくれたりしないはずなんですけれど。
     ルドルフのマフラーが薄手のウールのマフラーから、ちょっともこっとしたニットになっていたのは韓国が寒いからなんでしょうね。これは帝劇ではありえません。何故ならルヴォーにとってこのマフラーこそ日本で演出した真の意味にほかならないから。これはマフラーではなく、恋人たちをつなぐ道行の赤いしごきの代わりで、だからラストにやたらとこのマフラーを使っているんです。芳雄君がこのマフラーをマリーの腰にかけて引くのはそのためなんです。あの世までもこの赤い紐で結ばれていく、この世では一緒になれない許されない二人だけれど、この赤い紐で結ばれるのだという意味。ルドルフがマリーに贈った鉄製の指輪には「死も分かつことのない愛」と銘が入っていて、それがこのマフラーなんです。

  • >>21

    ウンテさんは登場シーンからして「カッコイイ」と思わず感じてしまった。
     やはり長身で軍服が似合う。そこから入るのと反論されそうですが、男の身長七難隠すじゃないですが、やはりカッコイイものはカッコイイですよ。衣裳もにあったほうがいいに決まっています。残念なデザインの衣装でしたが、スタイルいいから着てそこに立っているだけで、うっとりです。
     歌声がとても滑らかで、芳雄君はちよっとカサカサしたところがあるから(感情が入りすぎたソロなんか特に)ウンテさんのなめらかで艶のある声は、ひっかかりがなくて、心地いい。
     相手役のチュヒョンさんがかなりの長身でズンコちゃんくらいなので、この人にはウンテさんとしかないという感じ。他のお二人では抱き合うと顔と顔って感じになってしまうから、やはり身長のバランスがいいほうが綺麗。ヅカの娘役みたいに膝折してくれるわけではないですからね。二人と長身なので並びは絵になります

     そしてこの二人、一番息があっていました。気心知れた感があって、観客もそれを楽しんでいる感じ。やたらとアドリブがあって、またそれがルドルフとマリーが恋人たちとなっていく一番楽しい時のうきうきした感じになっていて、胸キュンです。スケートシーンの可愛らしさ楽しさは格別でした。最後にキスするところで思わずチュヒョンさんが手を唇に持ってくるところなんかカマトトな感じで、可愛い。私はこういうお役はこのくらいカマトトでもいいんじゃないかと思います。もちろん、ここでのウンテさんはジェウクさんみたいに恋の手練な感じじゃないんですが。

     ただ、悲劇的じゃないんですよね。死にそうにない。ジェウクさんは政治的に苦悩していて、ユハさんが包んであげている感じで、切ない。
     テギョンさんは既に死と向き合っていて精神的に弱っているので、マリーをためらいつつも最後は手放せなくなってしまって道連れという感じ。
     でもウンテさんは「もっと別の道」ありそうな。二人とも幸せそうで、弱っていなくて、駅で慟哭するとき、感情のままに恋人の名を呼んでいて、そして再会できて「よかったじゃん」二人で逃げろな感じなんですよね。ルドルフとマリーは年齢が倍くらい違うんですよ。でもこの二人は年齢さを感じないというか、とにかく死にそうにない。
     演出のせいもあると思います。今回このしょうもない演出家は(よく知らないんですが)二人が許されないのは何故なのかが何にも描けていない。もちろん帝劇でも脚本的にそこのところがすごく弱いんですが、韓国版は全体の雰囲気が、二人が縛られている世界を表現していない。だから納得できないというか。ルヴォーはそういうところ圧を感じさせるというか、二人が生きた時代に二人の置かれていた立場の苦しいような重さを観る側に感じさせてくれたのですが、この演出家は大衆迎合しすぎみたいな、軽い。低予算レビューショーみたいなノリ。
     ウンテさんが若々しくて死ぬ必要なんかなさそうなので…若いから恋人の名を呼んで泣ける、芳雄君はここではすっかり放心していたし、テギョンさんは、なかなか立てないくらいぶっ壊れていた。こういうところは役者丸投げではなくて、ひとつの方向性が欲しい気がします。

     カーテンコールで最後チュヒョンさんにロングキスをして、お客様はきゃあきゃあ喜んでいましたが、チュヒョンさんが「あんた長いわよ」みたいに回した手をポンポンとするところなんか(それをさらにお客様は喜ぶ)いかにも仲が良くて気心知れている感じで、いい感じでした。カーテンコールはこのくらい茶目っ気があるとお客様は喜んでくれますよね。
     ちなみにジェウクさんはキスしませんでした。彼はきっとカーテンコールではファンの方のためのスターなんだと思います。

  • >>23

    テギョンさんの役作りに必然も感じられて、素晴らしかったと思います。
    マリーのポギョンさんは好き嫌いの別れるキャラクターで日本では難しそう。彼女は体当たりタイプで客席に媚びない。和音さんもそうなんだけれど、私はこういう役はちょっとお客様におもねて、巻き込んでしまったほうがいいかなとも思うのですが。
     実際に聞くと、よく言われるアニメ声ではなくて、歌唱の安定感なめらかさは三人で一番だと思いました。
     顔はイモトアヤコの眉毛なし(超失礼)に似ていて愛嬌があり、体格も日本標準からするとかなり太め。でも日本の女優さんは痩せすぎ。やはりこのくらいのボリュームがないと声が出なくなってしまうと思います。
     背も小柄で顔も小さいので、愛らしい感じ。
     テギョンさんはヅカ並みの綺麗なポジションでラブシーンをするので、ため息が出そうな程ロマンティックなんですが、ポギョンさんて本当に柔らかそうで、「世界を手にして」の時に、ものすごく激しく抱きしめるところなんか「抱きしめたい」体型なんですよね。男性が愛しく思うような。
     ここでのホールドのポジションが腰が寄っていて、もう完璧。テギョンさんは感情のままに抱いているという感じで、全身の震えが伝わってくる。マリーとルドルフの関係が官能的なものであったことが、感じられた唯一の場面でした。
     帝劇はテーマが官能性だっただけに、もう歌でも何でも匂いたつような官能を感じましたが、韓国ではそこまで色っぽいとまずいのかな。もしかしたら、たまたまこの回は役者の情感が高まって、そこまで来てしまったのかもしれません。
     それにしてもテギョンさんはひざまづくときの王子っぷりや腰で歩くところなんか、踊りの人ではなさそうで、それほど動けそうにもないのに(失礼)何故こんなに綺麗に振る舞えるのか謎。韓国や日本の俳優さんは膝で歩く人が多いのに。それにとんでもなく小顔で。等身バランスがタカラジェンヌみたいで、それほど長身でもないのに(ジェウクさんとテギョンさんは175センチ前後)腰位置も高めでスラッとしています。

  • >>21

    今は王子様にひれ伏して謝りたい気持ちです。
    イム・テギョンさん。王子を地で行くテナー歌手で、歌唱の素晴らしさは、聞いているだけで心に響くような歌声です。本職は歌手、演技は俳優が本職の方ほどではないと思っていました。
     本当にすみません。私は間違っていました。彼のお芝居は初めて観たのですが、気が入りすぎて客席も息詰まる緊張感、その後の感情に震える爆発的なソロに客席熱狂。
     演技力というより役になりきっているその感性。「名も無き男」の歌声は、くずおれていくルドルフの心情がそのままで、やっと掴んだのぞみが指の間から崩れこぼれ落ちていく様が見えるよう。
     そう死にそうなんです(笑)登場シーンからして人生を突き放したような、精神がやつれているような倦んだ感じなのに、王子様オーラ全開。
     テギョンさんのルドルフは既に諦めている。でも生きようともがいてみたりもする。そのもがきがユリウス・フェリクスなのだけれど、自らの思想に同調してくれる少女がユリウス・フェリクスにときめいているのを見て、彼はそこに光を見るが、彼女との別れを命令され、絶望する。

  • >>21

     アン・ジェウクさんのルドルフ、リハ風景を観たときに「これだ!」と思ったくらい私好みでした。
    家族にも「あんたが好きそうなルドルフだね〜」とか言われ、もう何か様々なルドルフが儚い王子様だったのに対して、オジサン度が今までになく高くて、すごく好み。こういうアダルトなのを待っていたという感じでした。もちろんいい意味で。

     アン・ジェウクさんのファンの方に「歌が下手でしょ」と言われましたが、何の、日本の情けないミュージカル歌事情からすれば、充分及第です。お歌だって、声を張るところのビブラートのかかり具合がとても素敵。

     でも私のイメージするルドルフとは何か違う、見た目は好みなんですけれど、こんなに力強くて男らしくて普通に「惚れてしまいそう」ではあるんですが、死にそうにない。そう闇が広がってないんですね。ウィーン版なんて闇が広がってますよ。芳雄君も登場した時から闇が広がっている。でもジェウクさんはすごくしっかりした政治家で、ターフェとも対等に渡り合えそうで、自分の立場の危険さもしっかり把握している。全然「王子の悲劇」(壮健な王の存在のため自身も成人しながら政治に介入できず、倦んでいるような状態を俗にこういう言い方をします)じゃない。危ない綱渡りに敗れても絶対立ち直りそうな強さを感じる。ここまで政治家としてしっかりしていると、女の存在で死ぬとは感じにくい。
     でもそれに寄り添うユハさんのマリーは、すごくひたむきで人間的で、
    ルドルフを鼓舞するというより、優しく心を開いてくれる感じ。ちょっとした仕草がとても相手に合わせている感じで、優しい。
     私にとっては、ユハさんの舞台顔がスチルで観ると田中美里さん似で、和音さんに似ているなと思ったのですが、実際は七海ひろき似「マニアックですみません)で可愛い。かい君(七海)のナターシャ(バレンティノ嫁)を見て交際したいと思った男子が必ずいるはず。
     彼女は歌より芝居で歌うような感じで、ジェウクさんも芝居で歌う方なので、そういうところもお似合いで、予想通り美男美女でした。

     ジェウクさんはスケートシーンのラスト、すごく一瞬チュッと思わずでもすごく真剣にキスするんですけれど、その時の表情が、いかにもプレイボーイだったというルドルフっぽくて、女にモテモテじゃないとあんな顔しませんな切なくて可愛い表情。あれは客席もイチコロでしょう。「えぇっプレイボーイなんて」悪いように捉えないでくださいね。恋の手練なのにこの可愛さ、そこがいいんです。
     彼のステージを観て思い出したのは瞳子ちゃんのステージ。社会正義に身を投じるのが似合いそう。ワイルドホーンなら、断然パーシーの方が似合いそう。正義のために尽くす情熱の人のイメージ。

  • >>13

    渡韓し、ミュージカル皇太子ルドルフを観劇しました
    アン・ジェウクさん&チェ・ユハさん
    イム・テギョンさん&キム・ポギョンさん
    パク・ウンテさん&オク・チャヒョンさん
    この三組の組み合わせで全キャスト観ました。
    この組み合わせて観た理由はそれぞれ
    ◎宣材がお似合いだったから。
    ◎音楽的安定感
    ◎体格のつり合い
    です。テレビで顔を知っているとかそういうのは関係ないです。

    あくまで私見ですが、私の観た四人のルドルフの中で、演出のこともあって役をよくつかんでいたのはやはり井上君です。年季が入ってますから

    マリーも和音さんは役をよくつかんでいるなと思いました。
    しかし女ぶりでは完敗、やはり和音さんは随分と子供っぽいなと思いました。和音さんだけ胸の谷間がない…

    意外にもラブシーンが日本ほどなくて、2人のバカップルぶりもそこそこのところで、いちゃつき度やラブラブっぷりは帝劇ほどではなかったです。当然色気もそんなにない。
    しかし演出がウェットでその上砂糖ぶっかけたみたいな感じなので、ルドルフ勢はとてもよくやってくださったという感じ。特にアン・ジェウクさんはこの砂糖漬けを男のドラマまで持って行ってましたからその演技力には恐れ入ります。

    ショーストップが出るような舞台は久しぶりでそれも日本の安いスタンディングやショーストップとは明らかに違うステージでした。

    演出は予想通りナニで衣装も昔の宝塚みたいな感じで、ウィーン版とは比べてはいけませんが…でもキャストの歌唱力には圧倒されるものがありました。
    続きはまた後ほど

  • >>18

    こんばんは
    書き込みありがとうございます。
    私もこのDVD拝見しました。
    海外の舞台作品はなかなかDVD化が難しいようです。版権とかとても高額なので。ウェッバー自身が「客が入らなくなるような気がして」怖いんだそうで。
    ウェッバーのコンサートが最初に来日したとき、ブライトマンの歌が聞きたくて出かけましたが、オーケストラが大編成で、四季で聴いていたのとは違ってやはりテープとは違っていいなと思いました。

    でも映画だととんでもアレンジもあるので、そのまま舞台映像、それもベストキャストで観られたら嬉しいですよね。
    だたやはり舞台は実際に見ることにはかなわないと思っています。

     また遊びに来てくださいね

  • >>1

    中日に行く予定でしたが、家族の病状悪化のため、行けなくなりそうです。残念です。
    もちろん韓国にも行けそうにもありません。
    本人がとても行きたがっていましたので残念です。

    妹はセ・マニフィークのオリジナルを観ているのですが何にも覚えていないようです。ですが、先日の新公でのすごい歌を聴いて「同じ曲じゃない」と言っていたので、曲は分かるらしい

  • >>1

     家族の病状が良くないため、またいつ行けるかわからないなと思って、宝塚雪組を観劇しました。
     プレイガイドに徹夜で並んで購入したので1階最前列。
     妹と私の宝塚観劇歴はかれこれ三十数年になります。
     子供の頃は西武線沿線に住んでいたのでコマの公演もよく観に行きました。来年上演される巌窟王も植田先生のものをコマで観ています。子供心にもひどい脚本だと思ったことも懐かしいです。
     妹は病気のことで落ち込んで行きたくないと言いましたが、結局連れて行ってよかったです。小さい頃から応援している生徒さんを間近で観られて、楽しかったと話していました。
     今回の作品はやっと当たりに当たった感じで、なんか作品に恵まれない数年間で生徒たちもかわいそうだったなと思ったりして。
     音月さんは銀橋でのソロがいつも聴かせてくれるので、とても間が持つ。スターとして、転換時の間を持たせられることが一番だといいますから、本当に立派なスターさんだと思います。やはり歌劇なので、芯になる方のお歌が上手いと楽しめます。
     舞羽さんはお芝居好きなので、心配りのあるお芝居。観ていて芝居好きな生徒の存在は嬉しいです。
     早霧さん、二度目の龍馬ですが、前回はまだ顔もぷっくりしていて、可愛らしかったのに、とても上手くなったと思います。
     ショーは主演の二人の息の合った宝塚らしいからみが沢山有り、さよならを意識しているというより宝塚な群舞の多いショーで、それがトップコンビを送り出すのにとてもよかったように思います。
     芝居ショーともに座付作者らしい退団する生徒への配慮が見られて、お客様も喜ぶし、書きたいものを殴り書きしてる作家でなくて本当に良かったと思いました。

  • >>13

    この現実のルドルフのイメージに一番近い舞台作品はロイヤルバレエの「マイヤーリンク」(邦題うたかたの恋)です。
    私はルドルフを扱った作品の中では、この作品が一番好きです。
    ミッツィ・カスパーを演じるダーシー・バッセルがとても綺麗。ルドルフはイレク・ムハメドフ、マリーはヴィヴィアナ・デュランテの時のものは宝塚スカイステージでも放送されました。これを観たヅカファンの友人たちには概ね悪評(笑)美しく儚い若い王子様が、アル中オヤジなのがイケナイらしい。夢が壊れるとまでいう。
    ヅカファンに「アル中ヤク中で頭ハゲかけたオヤジ」という話をすると、とても嫌がります。一体全体ルドルフが儚くかよわい若い王子様のイメージで定着してしまったのは何なんでしょう。
     大空祐飛さんがルドルフを演じることになったとき、実年齢のルドルフに近い彼女に対するファンの「儚く散るかよわき若き王子様」幻想のための『似合わないんじゃないの』危惧に対して小池氏の期待のコメントは「実年齢に近いルドルフにしたい」というもの。私も期待しました。でもヅカファンではない友人と観劇して「えっわざわざ若い役作りしてたんじゃないの」と言われて複雑…でした。
     オヤジなルドルフ年齢相応なルドルフに遭遇してみたいと常常思っていました。ヅカファンの好む儚く可愛い王子様ではなく、大人の男のルドルフを。遼河はるひさんが演じたとき、大人の男の雰囲気と気品があって私は気に入りました。でかいとか文句言う人もいましたが。
    三十過ぎたいい年した男って役作りはなんにも間違っていないのに、そんなにはかない可愛い王子様が良いのか、私には分かりません。

     今までいろんなルドルフを観てきたけれど、なんかしっくりこない。

     帝劇で「ルドルフ」の上演が決まりました。前年に「いずれ芳雄君とたっちんが共演できたらいいなあ」という希望がかない恋人役で共演した二人を観たとき「ルドルフかファントムこの二人でで観たいなあ」と漠然と友人に話して「そりゃいくら何でもどんなに望まれていてもないんじゃない。事務所の力関係で相手役って決まるわけだし」日本ミュージカル界のプリンスの相手役はでかい事務所の爆押しに限るとまで言い切られてしまい…
     でも「日本のスーザン・ボイル」として売り出そうとしているスケベ心見え見えのミッズのキャスティング、まだまだたっちんはヅカファンは知っていても世間様から見れば役者としてコゼット格なのに、いきなりのファンテーヌ、「夢やぶれて」を歌わせようという魂胆なんだろうけれど、だったら、プリンスの相手役でもいいじゃんと私は思っていました。
     しかしまさかがあったわけです。
     近頃は宝塚でも踊れる男役にに踊れる相手、歌える男役にに歌える相手という組み合わせは皆無に近く、その上並びがいいとなるとほとんどなく、つまんないことこの上なかったのですが、これで日頃のフラストレーションも解消と思って帝劇に行きました。
     果たして歌声に関しては久々、もう何年ぶりかで好相性のデュエットを堪能。私は滅多なことでリピートしないのですが、リピートしてしまいました。
     井上君は今までは細い声で歌うイメージが強く、うまいんだけれど、歌声がちよっとカサカサした感じをぬぐいきれなかったのですが、デュエットでは深い歌声も聞かせてくれて、そして何より今までの私の井上君へのイメージ「ラブシーンが硬い」という思いをひっくり返してくれました。今まで何度か拝見していますが、誰とやってもラブシーンがなんか硬いっていうか、あんまり熱愛している感じがなくて、イチャイチャ感0なので、そのほうがファンの皆さんにはいいのかもしれませんが、私には「井上君は女とイチャイチャしない役づくり」と感じられてしまって。
     初めて女と思いっきりいちゃつく芳雄君を感じました。
     これがまた30男丸出しで可愛いのなんのって。

  • >>12

    ラリッシュはマリーが妊娠したのを知ると保身のためにマリーをイギリスに連れて行こうとしますが、マリーは程なくして死んでしまいます。
    ラリッシュは叔母の怒りを買い追放されます。その後は金のためにあることないこと悪口の殴り書きです。中傷の中には叔母エリザベートとルードヴィッヒバイエルン国王が不倫の仲で密かに娘が生まれているというものまで有り、その荒唐無稽さには開いた口がふさがらない。この二人は不感症と同性愛者、どう考えてもそんな仲にならないでしょう。ラリッシュがミュージカルではとってもいい人なのでそっちにも驚きです。

     ステファニーは大変な恥をかき、ウィーンにいられなくなります。夫が若い娘と情死したのですから、妻としてこれ以上の恥辱はないでしょう。しかし、ルドルフが死んでくれたおかげで、本当に愛し合える男性と貴賎結婚ですが夫婦となり、その後は愛のある幸せな生活をしたようです。

     フランツは後継者を失い打ちのめされます。ルドルフは父にだけ遺書を残しませんでした。
     ルドルフの死の直前、妹のマリー・ヴァレリーが婚約しています。フランツもルドルフもマリー・ヴァレリーの恋人があまり裕福でないことを理由に結婚に反対していましたが、母のエリザベートが「あなたが望むなら東国の男とでも結婚させてやる」とまで溺愛していた娘のために骨を折り夫を説得したのです。
     ルドルフは非常に複雑だったでしょう。両親は恋愛結婚、自分は有無も言わさず政略結婚(当時カトリックの君主の子女となると、とても限定されたため選択の余地はほとんどなかった)妹の結婚に力を貸す母の姿は愛に恵まれなかった彼にとってどんなふうにうつったでしょう。
     年末母にすがりついて泣いたルドルフにエリザベートは成人した息子の子供のような態度に困惑し、周囲のものも気が触れたかとギョッとしたといいます。
     ステファニーはルドルフが狂ってしまっては皇后になれないので(彼女は将来の皇后という地位のために嫌いな夫との生活に耐えていたわけですから)皇帝に「夫の様子がおかしいから、ゆっくり休ませてほしい」と申し出しますが、皇帝は「それほど深刻ではない」と受け流してしまいます。

     ルドルフはラリッシュに「マリーを連れてきてほしい、彼女だけが私の最後の望みだ」と書送っています。これは死出の旅の道連れという意味でしょうか。
     マイヤーリンクでルドルフは情事の疲れで眠り込んでいる裸のマリーの頭を撃ち抜き、自分は服を着てから、頭を撃っています。
     従者は銃声が二発続けて聞こえ、二人はきちんとしたなりで並んで亡くなっていたと言いますが、現場検証や検死の記録によると、二人の亡くなっていたベッドの周りには、脱ぎ散らかされた服や花などが散乱していたといいますから、たぶんいたした後だったんでしょう。マリーは遺書を書いていますが、ルドルフは抵抗されるのを恐れて眠っている彼女を殺し、みっともないのは嫌なので、自分は服を着て死んだのだと思います。かなり自分勝手です。

  • >>11

     ルドルフとマリーが、いかにして出会い深い仲になったのかは本当のことはよくわかっていません。競馬場で知り合ったとか、マリーのファンレターにルドルフが目を止めただの、様々なことが言われています。
     ルドルフはマリーの妊娠を知ったからなのか、何なのかよくわかりませんが、このタイミングでいまさらですが不貞を理由にステファニーとの離婚の許可をバチカンに申請します。しかし、それは却下され、あろうことかルドルフにではなく皇帝あてに返事が届けられます。かつて神聖ローマ帝国だったオーストリアハプスブルグ家にとってカトリックで禁じられている離婚は考えられないくらいの気違い沙汰です。皇帝は激怒し、ルドルフは父と激しい口論をし、廃嫡を匂わされます。父はドイツ大使館のレセプションにドイツ軍礼装でのぞむようにルドルフに求め、ルドルフはその直後にマイヤーリンクへ赴きます。

     離婚したいと望んだのは妻との不仲のためなのか、マリーを愛したからなのか、それはわかりません。彼を押しつぶした大きな伝統と保守いう壁に抵抗してまで離婚を申しでたのは、愛ゆえなのか、それとも精神が壊れていたからなのか。
     マイヤーリンクに同行したホヨス伯はマリーとルドルフの仲は既に冷えていたと回想していますが、それが信用できるのかし分かりません。暗殺だと騒いだツィタ皇后の言い分などさらに信用できません。どちらも保守側の皇室側の人間だから、皇太子が情死することが都合の悪い立場の人間だからです。ルドルフの葬儀の許可をバチカンに打診したときは精神錯乱による自殺であり、病死だと伝えたようです。バチカンもカトリック大国の後継者に自殺されては立場ないので許可したのでしょう。

  • >>10

     ルドルフが、死を意識しばじめた頃は彼の体は深刻な状況でした。過度のアルコール摂取と性病の治療に使われたモルヒネ、その中毒症状の喘息にみまわれ、ぼろぼろでした。精神的にはアル中と薬物中毒の禁断症状に苦しみ、父親との対立に苦しみ休まることがなかったようです。
     父親との政治的対立は深刻でした。いわゆる「王子の悲劇」(父親が壮健なため、大人になっても政治をとることができない王子の不満)を味わい、父の政治的な方向に不満を抱いていた彼も身体が弱るにつれ、不満のために行動することより、諦めが大きくなっていったのでしょうか、しきりに死にたいと考えるようになります。健康の回復が望めないのですから、将来にのぞみを持てなくなったのでしょう。
     その頃ルドルフの従姉妹のラリッシュは借金まみれで金に困っていました。ラリッシュは皇后エリザベートの長兄が女優と貴賎結婚してもうけた子供です。エリザベートの父マックスは妻妾へだてがなさすぎで、妻に配慮がなく、母を苦しめる父とエリザベートはかなり不仲だったようです。そういう人間なので少し変わっていたのでしょうか、長兄のが「劇場で働く女」と結婚するのを許しました。もちろん長兄は廃嫡されましたが、当時王族に連なる家の嫡子が「劇場に働く女」と結婚するなど考えられないくらい変わったことでした。ラリッシュは宮廷で「不釣合いな結婚から生まれた娘」として蔑視に耐えねばなりませんでした。叔母の皇后はラリッシュをとても可愛がっていたようですが、ラリッシュは周囲の冷たさから少しひねくれた性格だったのではないでしょうか。
     ルドルフにマリーを紹介して欲しいと頼まれたとき、ラリッシュは借金の精算のために喜んで手引きを引き受けます。ラリッシュの心の中には欧州一の名門一族の嫡子と、金で爵位を買った成り上がりの混血娘を引き合わせることは、自分を見下した人たちへの復讐として、おかしくてたまらないことだっのかもしれません。
     マリー・ヴエッツェラ男爵令嬢はトルコ系の銀行家一族の娘で、叔父のパルダッツィは社交界一の美男といわれる程の伊達男でした。大変裕福でしたが、一家には名誉がない。マリーは家格を上げるためにスペイン王室の貴族ドン・ミゲル・ブラガンサと婚約させられていました。
     ルドルフに進呈されるために撮られた写真が残っていますが、長い黒髪、切り揃えられた前髪、結い上げた髪にしてもまだ幼さが残っています。
     ルドルフは孤独を恐れて、心中の道連れにするために、マリーを愛人にしたのでしょうか。ルドルフはマリーを愛人とした後もミッツィとの関係は続いていますし、死の直前にもミッツィを訪ねています。

  • >>9

    実際のルドルフですが、晩年は身体的にも精神的にもかなり弱っていたようです。
    夫婦仲は深刻に良くなかったようです。ルドルフの方は多少は歩み寄ろうと努力したようですが、ステファニー妃は夫をかなり嫌っていたようです。
    新婚初夜の後「死のうと思った」というくらいですから、かなり嫌いだったんでしょうね。ルドルフは自分を理解してもらおうとお忍びで行きつけの街の酒場に連れて行ったりしたのですが、逆効果。お姫様育ちで贅沢に慣れたステファニーには「理解できない下品な連中と仲良くする夫」は、さらに嫌な存在になっただけ。
     それに加えて姑のエリザベートや小姑のマリー・ヴァレリーがステファニーを嫌って大変冷たかったため、ステファニーの結婚生活は不幸でした。
     その上、ステファニーは身体的に成熟して婚姻したわけではなかったため、(婚約時、まだ初潮がなく、挙式を遅らせたという事情有。初潮の遅い女性は高身長の場合が多いが、ステファニーも高身長。娘のエリザベートや孫たちも高身長だったらしい)出産が難産で、懐妊しにくくになったという説とルドルフから淋病を感染させられて不妊になったという説があるのですが、どっちにしろ、国のため、皇室のために好きでもない男と子作りをした結果、不妊になったというのは同情したくなります。
     二人は後継者を作らなくてもよくなって、さらに冷えた関係に。そもそも二人共愛人がいて夫婦に愛はなかったわけですが、ステファニーは表向きは愛人のことは隠していました。しかしルドルフは最愛の愛人ミッツィ・カスパーを軍の出張にも伴い周囲の顰蹙を買い、ステファニーの顔を潰しています。ステファニーは妻を立てない愛人に激怒して妾宅に出かけていったルドルフの馬車を撤収して帰ろうとしたルドルフが困惑して周囲の笑いものになるように仕向けたりしています。
     ルドルフの最愛の愛人ミッツイ・カスパーは、ミュージカルファンならお馴染みのマダム・ヴォルフがルドルフに紹介した高級娼婦で、ルドルフ好みの黒髪でトランジスタグラマーという感じの女性です。彼女は明るい性格で、落ち込みがちなルドルフの気持ちをよく支えたと言われています。しかしあくまでも金で囲われている女ですから、ルドルフに対して愛情はなかったようです。ルドルフの行動について警察にすべて報告していたようです。ルドルフがミッツィに心中を持ちかけた時も、警察に知らせています。

  • >>7

    ウィーンでのルドルフが頓挫しましたが、「小池さん以外の演出家で、たぶん日本でやるだろうな」と感じました。小池氏は宝塚を退団した和央ようかさんのコンサートで「明日への階段」を使いました。和央さんはエリザとうたかたの両方でルドルフを演じていますから、縁のある役です。

     思ったとおり日本で上演される運びになりました。
     宮本亜門氏の演出です。衣装は宝塚のデザイナー有村氏のデザインで、本当に宝塚みたいでした。脚長の井上君だからよかったようなものです。宝塚風ですから時代考証は???でなんとマリーは茶髪!でした。
     マリーが茶髪はなぜまずいのか、マリー一家は東洋系の混血です。髪はルドルフ好みの黒髪だったようです。妻は金髪ですけれどね。
     キャストもとても豪華でした。壤さんがフランツで、岡さんがターフェ、どちらも本物以上にご立派。
     甘いラブストーリーでルドルフは若き悩めるプリンスといった感じで、一般的なイメージを出ないものでした。
     私の友人なんか「たかちゃんかやったのと同じなのよね、あれと比べるとあんまり面白くなかった。」比べないで欲しい。

     今回の再演は同じものと思っている人も多かったようですが脚本は書き換えられて全く別物です。
     演出はデヴィット・ルヴォー。TPTでの舞台をご覧になった方も多いのではないでしょうか。
     独自の美意識に彩られたステージを作る演出家です。

     作品的にはそれほどの良作とは思いませんでした。わかりにくいし、内容がうざいし、主人公に共感できない。
     当時の欧州の政治的な緊張を理解できない人には、かなりわかりにくく、思想で共感しあうという運びもうっとおしいんですが、いい年したおっさんが、純情さに爆裂に惹かれるというのは、あほらしいの通り越して漫画になってしまうので、思想の方がマシとは思いますが。最後思想よりも何よりも互の存在が大きくなりすぎて、別れて生きるよりは死を選ぶのですが、ここが現代日本人にはとてもわかりにくかったようです。
    「皇位継承考え直されたら死んじゃうの」みたいに思った方も多かったようで。
     その分からないところが、描けないとひとりの大人の男の死を表現できないと私は思います。

  • >>6

    この作品はそもそもはウィーン初演の予定でした。
    日本でのウィーンミュージカル浸透の功労者小池修一郎氏の手により演出される予定でした。小池氏はその頃作曲家ワイルドホーンとオリジナル作品を制作していた縁なのか、作曲はワイルドホーンに依頼されていました。
    私が友人からその話を聞いたとき、「うたかたの恋」と同じスタンスならコケるなと感じたものです。

    それでは「うたかたの恋」をご存知ない方のために、作品の紹介をいたしましょう。
    クロード・アネの恋愛小説で、オーストリア皇太子とマリーヴェッツェラ男爵令嬢の悲恋を描いた作品です。何度となく映画化されていますが原題が「マイヤーリンク」のため、この題材を扱ったものはだいたい邦題が「うたかたの恋」とされています。
     かつて雪組のトップスターだった麻実れいさんが「やりたい作品はないか」とリクエストされて、柴田侑宏脚本演出で宝塚歌劇団にて上演されました。今では宝塚の人気演目です。ベタな悲恋ものなので、徹底して漫画みたいに美しい恋物語に仕上げられており、娯楽作品としては良い作品です。初演当時、自分がマリーの年頃だった私は「モックさんと不倫ものって人妻との不倫?」なんて思ったものです。ターコさんの相手役の遥くららさんは長身で大人びた方だったので、まさかうら若き乙女を演じるとは思っていなかったんですね。
     宝塚では人気の軍服コスチューム、舞踏会、雪の舞い散るマイヤーリンク、ラストは二人が婚礼衣装で天国で踊っちゃうという徹底した宝塚ワールドで素晴らしいカタルシスを観客に与えてくれます。
     実際のルドルフは晩年はアルコールと薬物の多用により、かなり体も精神も弱っていたらしく、心中相手を求めていたといいます。彼は伝統というしがらみと壁に押しつぶされ死んだのだと思いますが、孤独を嫌って道連れを求めた。騙しやすそうな少女を選んだのだと言われています。
     このルドルフの蝕まれていく自分への焦燥や諦念、孤独を恐れる心情がうまく表現できれば成功だと思うのですが、ヅカと同じまんま悲恋ものでは、到底太刀打ちできません。
     まず歴代キャストが強烈。今や日本の舞台女優のトップを行く麻実れいが長身とエキゾチックな美貌で初代ルドルフを演じています。
     宝塚の貴公子と言われた紫苑ゆうさんも演じていますし、劇画から抜け出たような和央ようかさんや、真琴つばささんも素晴らしいステージでした。
     マリー役者も初演の遥さんや、エリザベートを演じさせたら右に出るものはないという女王様役者花聰まりさんや、楊貴妃の再来と中国を熱狂させた檀れいさんも演じています。多分花聰マリーくらい可憐なマリーはないでしょうし、美貌なら檀さん以上はないでしょう。

     しかしどういうわけか、「ルドルフ」は頓挫してしまいます。理由はわかりませんが、私がそう思うくらいですから、小池氏も悲恋ものとしてはやりたくなかったのかもしれません。

  • >>2

    今韓国で上演されています。
    韓流スターファンの方は一体全体どんなお話なんだろうと思っていらっしゃる方も多いと思います。

    日本で今年上演された「ルドルフ」はウィーンで上演されたルヴォー版で、ハンガリー版をもとにした初演とは別の作品と思ったほうが良いと思います。
    韓国で上演されているものは台本はウィーン版をもとにしています。美術は小道具だけ日本のものと同じです。これはウィーンで使用されたものと同じです。
    セットはウィーンと同じものが使えなかったのには韓国側の事情があるようです。金銭的な事情と、上演する劇場に盆がないという事情、そして最大の事情はもうそのセット別の作品でそっくりなのを使っちゃっているので。

    ルドルフ役には今年前半エリザのルキーニ役の好演で話題になったパク・ウンテさんと日本でも人気のアン・ジェウクさん、韓国ミュージカル界のプリンス、イム・テギョンさんの三人がキャスティング。

    私は大人のルドルフを期待しているので、三人ともとても観てみたいです。
    ご覧になった方によると、ウンテさんはとても若々しくて力強い王子様で、ジェウクさんは大人の政治家な落ち着いた雰囲気、テギョンさんは雰囲気そのものがプリンスな感じらしいです。

    この作品について、成り立ちから、だらだら書いてきます

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