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              ミカエル

     昨年、六月頃から、水戸市のある石材業の方が、親切にも近隣の山から餌を求めて下りてきた八匹のタヌキの親子の餌付けに成功したニュースが、テレビで報道されたことがありました。所が八月から一匹ずつ姿を消し、怪しんで探すと、無残にも猟師がワナを仕掛け、県内のハク製店に売り飛ばしていたのが判ったそうです。今年の一月二十六日に某新聞に発表されておりました。
     生命を尊び、慈しむ人々と、それをないがしろにし、奪う人々と--、無力な小さな生き物に暖かい愛を注ぐ自由世界の人々と--、幼児をさえ無差別に殺して、何の良心の呵責もない社会主義国の人々と--。
     何と人間とは、その育つ環境に左右され、両親や教育者や友人、はたまた社会の影響を受けて、どのような性格にも成り得るものか。それを考え、認めることは、現在の世界の状況に鑑み、ただ滅びに至る末世への思いと予感に満たされるのみに終わります。
     あなた方正法者もJI誌の読者も、先の事件についてどのような印象を受けますか? 生命を尊び、慈しむのは、単に動物に対してのみならず、人間にも当てはまるのは改めて言うまでもありません。特に非力の者や、病める者には(動物も例外なく)、周囲からの救いが差し伸べられていなければ、あなた方が、父母の愛と心遣いでもって優しい思いやりを注ぎ、救わねばならないのです。それは健康な者や自立出来る者の十倍の思いやりであり、愛でなければなりません。
     あなた方は社会主義者でも共産主義者でもなく、生命と自由の大切さを学ぶ自由社会に生きる者ですから、人間としての価値は自ずからを犠牲にしても他を救うことにあります。しかも相手が価値なき者でも助けねばならぬ場合にも打つかります。生命を失う場合もあるかも知れません。一人一人が世界を救う救世主となり得なくても、せめて助けを求める人の生命を大切にし、救うだけの人間となってほしいと思います。“友のためにその生命を捨つること”とはそれを言うのです。
     只、私達の教える事柄を覚え、議論の際の武器とするのではなく、“動物より優れた人間の在り方”とはどのようなものかを、せめて理解する位の賢明さを私達から会得して頂きたいと思います。それは人間社会の常識でもあります。私達と出会う以前から学んでいるはずのモラルでもあるでしょう。
     正法者やJI誌の読者が反って、“生きとし生けるものの生命は尊いもの”であるとは知らず、今私がこう語って初めてなる程と思うようでは、あなた方は“正法を学び、あるいは接している”と言う資格さえ無いのです。
     それを理解し、あるいは体得するまでは、人間としての価値さえなしと自ずからを反省し、生き方、考え方を改めねばならないのは当然のことです。
     動物を哀れと思う心が、人間の生命を軽んずるようでは、強盗殺人犯や爆弾魔を重用し、破壊活動に利用しようとする左翼の過激派や、大虐殺を黙認し、奨励せんばかりの穏健派と何ら変わる所がないでしょう。

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    「天上界メッセージ集」 千乃裕子/JI編集部編 (182ページ)
    ★人間としての価値  (ミカエル)

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    ①環境破壊を減らそうということと同じように、動物の命を大切にしよう
    ②我々が食べる量を減らしたら良い

  • 人間は、クルシミマスになると
    必ず、必要のない
    殺生をいたします

    無駄に殺される鳥たちだって
    満足な環境で育つわけではないんですよね

    もっと、我々が、我慢すべきだって思う

    食べなくたって 死にはしない

  • 誕生から今まで生きてこられた中、ご家族ご親戚の中で仰る事全員されました?。
    あやかりたいですができません。

  • 温血動物
    ◆温血動物の特徴の一つは、子育てをすることです。
    ◆幼児期から世話をする人にはなつきます。
    ◆虐めなければ人に友好的です。
    ◆温血動物は人間の食べ物ではありません。

    Tribute to a very special father&son relationship (2:51)
    http://www.youtube.com/watch?v=-ZoRQBTqpOI

    Christian the Lion- Reunion ! (1:02)
    http://www.youtube.com/watch?v=Xr1pWzoLvT8

    Polar bears and dogs playing (2:17)
    http://www.youtube.com/watch?v=JE-Nyt4Bmi8

    スズメのチュンちゃん、手乗りでにぎやか朝ごはん2012.10.20 (1:26)
    http://www.youtube.com/watch?v=4iZKvNPW1hE&NR=1&feature=endscreen

    未知との遭遇~猫とイルカの場合~ (1:49)
    http://www.youtube.com/watch?v=CKSN1SlM9ug

    飛んで いきたい (0:40)
    http://www.youtube.com/watch?v=XOJ-WmPZRdE&feature=related

    cute puppy (2:38)
    http://www.youtube.com/watch?v=KBSOeUCzefQ&feature=related

    Gizmo the Shih Tzu - first bark (10 weeks old) (2:45)
    http://www.youtube.com/watch?v=WEJfT-oB4v4&feature=related

    Shih Tzu Mop (0:11)
    http://www.youtube.com/watch?v=PKgZy_e5EZw

    ◆多忙な人のために、3分程度までの短い映像を選択しました。
    温血動物 Warm-blooded animal 温血动物 온혈동물

  • HUNTING IN AFRICA 100% African Game Impact shots part 1 (2:09)
    http://www.youtube.com/watch?v=MSC6o3O_7FM

    2012 Alaska Trophy Moose Hunting (2:36)
    http://www.youtube.com/watch?v=LPHaRIy7iO4

    Adventure in Alaska - Hunters Video (1:47)
    http://www.youtube.com/watch?v=rcQ0SsrHCsw

    New Zealand Trophy Hunting (3:07)
    http://www.youtube.com/watch?v=iATBSqJQty0

    Xtreme Xpeditions Spring Grizzly Hunting #1 (2:33)
    http://www.youtube.com/watch?v=yEo88J5BHs0

    Die Big Five - Hunters Video (2:58)
    http://www.youtube.com/watch?v=ji6ZL0L4uwI

    Big Game in Zimbabwe - Hunters Video  (1:04)
    http://www.youtube.com/watch?v=BZJ-pVLgTzg

    ◆多忙な人のために、3分程度までの短い映像を選択しました。

    ■悪魔の喜び

  • ◆神の民
    神を信じることは、悪を憎むことです。
    博愛は、全ての悪を憎むことです。
    神の民は、悪を憎む人です。

    ◆People of God
    It is to hate evil to believe in God.
    Philanthropism is to hate all evil.
    People of God are people in hatred of evil.

    ◆神的人
    相信神的事是憎恨恶。
    是博爱憎恨所有恶。
    神的人是憎恨恶的人。

    ◆유태 민족
    신을 믿는 것은, 악을 미워하는 것입니다.
    박애는, 모든 악을 미워하는 것입니다.
    유태 민족은, 악을 미워하는 사람입니다.

  • フランス人にあえなく論破される哀れな韓国人と中国人
    http://www.youtube.com/watch?v=zn-f-HTu_Xo

    対韓国人:「それをあなたたちの馬鹿な国家は馬鹿な民衆に伝えずに」
           「乞食根性を植えつけている」
           [あなたたちの頭はおかしい。」

    対中国人:「チベットという国を武力で侵攻して、多くの人を殺して、今なお」
           「それを内政問題だと馬鹿な主張をする。」
           「現在を見なさい。あなた達の国は現在進行形で殺戮国であり、侵略者だ。」

    ※馬鹿:=おろかなこと。また、その人。
    ※乞食根性:=自分でははたらかずに物をもらおうとするあさましい性質。
    ※乞食:=人からかねや品物をもらって生活すること。また、その人。
    ※あさましい:=心がいやしい。
    ※いやしい:=心がきたない。卑怯である。
    ※卑怯:=ずるいこと。卑劣。
    ※卑劣:=性質・行動などが、いやしくてきたならしいこと。やることが卑怯で下劣なこと。
    ※下劣:=人がらや考え方などが下品でいやしいようす。
    ※下品:=品のわるいようす。いやしいようす。
    ※殺戮:=ころすこと。
    ※侵略:=他国をおかして土地をうばいとること。
    (※「新選国語辞典」から抜粋)

  • [ ● ] 【大東亜戦争】世界の声 [ ● ]

    反日勢力が日本国民に知られたくない【大東亜戦争】世界の声
    http://www.youtube.com/watch?v=pJ9AH6zgd-o
    ◆「神の軍隊がやってきた」

    ◆大和魂の本質は、勧善懲悪。
    ◆邪悪な人は、道徳教育に反対したり勧善懲悪を嘲笑したりしますが、聖徳太子の時代から見ても【勧善懲悪】は日本古来の伝統です。

    十七条憲法
    書き下し文(部分)
    六に曰く、悪しきを懲らし善(ほまれ)を勧むるは、古の良き典(のり)なり。(略)
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E4%B8%83%E6%9D%A1%E6%86%B2%E6%B3%95#.E6.9B.B8.E3.81.8D.E4.B8.8B.E3.81.97.E6.96.87.EF.BC.88.E9.83.A8.E5.88.86.EF.BC.89

    ◆勧善懲悪は大和魂の本質、邪悪な連中が日本を恐がる訳だ。
         ↓
    ◆【暗闇に棲む悪霊】は、光が恐い。
    ◆【中国の悪党】は、日の丸が恐い。
    ◆【韓国の愚民】は、旭日旗が恐い。
    ◆【米国の狂人】は、日本国が恐い。
    ◆【悪魔から嫌われる人】は、神の民。

    ◆[Demon living in the darkness] is afraid of light.
    ◆[Chinese villain] is afraid of the Japanese flag.
    ◆[Korean ignorant masses] is afraid of the sun flag.
    ◆[American maniac] is afraid of Japan.
    ◆[Person disliked by the devil] is people of God.

    ◆[在黑暗状态居住的魔鬼]光令人害怕。
    ◆[中国的恶徒]日本国旗可怕。
    ◆[韩国的愚蠢市民]旭日旗子可怕。
    ◆[美国的狂人]日本国令人害怕。
    ◆[被魔鬼讨厌的人]神的人。

    ◆【어두운 곳에 서무악령】은, 빛이 무섭다.
    ◆【중국의 악당】은, 일장기가 무섭다.
    ◆【한국의 우민】은, 욱일기가 무섭다.
    ◆【미국의 광인】은, 일본이 무섭다.
    ◆【악마로부터 미움받는 사람】은, 유태 민족.

    [ ● ] 対日恐怖症 Phobia to Japan 对日本恐惧症 대일 공포증

  • ◆ユートピアの始まり
    ◆Opening of the utopia
    ◆乌托邦的开端
    ◆유토피아의 시작

    ◆ ユートピアの始まり
    「国際徳政令」
    各国政府は、対価としての金銭を支払う事を禁止する。
    違反者は死刑。
    対価としての金銭を請求した者は死刑。
    原子力で高熱を発生させた者は死刑。
    原子力で放射線を増やした者は死刑。
    温血動物を虐殺した者は死刑。
    貨幣制度を廃止する事が、ユートピアの始まりです。

    ◆ Opening of the utopia
    "International virtue government ordinance"
    The government of every country forbids paying money as the value.
    The violator is the death penalty.
    The person who demanded money as the value is the death penalty.
    The person who produced high heat with atomic energy is the death penalty.
    The person who increased radiations with atomic energy is the death penalty.
    The person who slaughtered the warm-blooded animals is the death penalty.
    It is the beginning of utopia to abolish a currency system.

    ◆ 乌托邦的开端
    "国际德政令"
    各国政府禁止支付作为价格的金钱。
    违反者是死刑。
    要了作为价格的金钱的者是死刑。
    使高热用原子能发生了的者是死刑。
    用原子能增加射线了的者是死刑。
    虐杀了温血动物的者是死刑。
    废止货币制度的事是乌托邦的开端。

    ◆ 유토피아의 시작
    「국제 덕정령」
    각국 정부는, 대가로서의 금전을 지불하는 일을 금지한다.
    위반자는 사형.
    대가로서의 금전을 청구한 사람은 사형.
    원자력으로 고열을 발생시킨 사람은 사형.
    원자력으로 방사선을 늘린 사람은 사형.
    온혈동물을 학살한 사람은 사형.
    화폐 제도를 폐지하는 것이, 유토피아의 시작입니다.

  • 言葉だけでなく、どのような行動をしているのでしょうか?慈媛金の取り扱いは誰が管理するのが正しいのか。((自分を犠牲にしても他人を救うことにある))では聞くが何故あなたは生きているのですか。人を救うに犠牲したことがあるのでしょうか????????

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     私達が動物を可愛がり、その生命を大切にしてやることが正法に叶うことであると説明しても、一般に精神的文化のレベルの低いこの国では、動物の生殺与奪の権利は人間にあると思い違いをして、人間の沽券にかかわると内心思う人が多いでしょう。
     いかに大型の動物でも、野生であっても、無闇に人間を襲ったりはしないものです。小動物に取っても彼等が満腹である時は警戒すべき相手ではありません。ましてや人間はこのオリに帰れないトラにただ食べさせる為だけに餌をまき、空腹にならないよう配慮してやることが出来たのです。飼主が一番にそれをすべきでした。オリに帰すことばかりを思いつめずに。人数を集めて追い込めばおとなしく逃げ帰るというものではありません。野生の強い動物はペット用の小動物より遥かに警戒心が強いのです。猛獣の習性もよく研究せず、トラを観光用にただ飼うのであれば、いっそ飼わぬ方がよいのです。
     里にエサを求めて降りてくるクマも人間は殺すことしか考えない。自然破壊の為に、エサ場を失った鳥が、群をなして人家の近くにやってくると殺すことが解決だと思う。日本はそういう所なのです。米国ではそういった場合に新しいエサ場に集団移動をさせ、動物は麻酔銃で捕獲して移動するのです。これを動物の保護計画と言います。人命軽視の国であるソ連でさえ、小型のクマをペットのように飼いならしてサーカスで種々の芸をさせ、人間と融和しているとのこと。シュバイツアー博士は蚊を殺すことさえいさぎよしとされなかったのです。動物は本性的に平和な心を持っていることや、人間の愛情に応えるのに敏感であることを彼等は知っています。日本ではマヤ子という象の脚に鎖をつけて連れて廻り無残な死に方をさせました。インドでは鎖をつけずに象が歩くのです。象の習性を知らない日本では怖れつつ文化の象徴として、財産として飼いたがるのです。
     動物虐待の習慣や(医学の実験でも外国ではちゃんと麻酔を施してやります。日本はそれほどの貧乏国ではありません。医科大学は多額の寄附を、一体何に費い切るのでしょうか。そういった所から医師の生命尊重の観念が薄れ始めるのでしょう)自然を大切にしない国民性を誇れるものと思うのは大間違いです。弱者を保護する気持のゆとりが出てこなければ、まだまだ人間とは呼べません。頭に知識ばかりつめ込んでも、精神面は動物の一種であってそれ以上のものではないということを認識しなければならないのです。
     植物のように物を言わぬし、鳴き声も立てない種ではなく、動物は人間に身近かなものを持っていることはお分りでしょう。そして精神は幼児以上のものにはなりません。その無邪気な動物を可愛がるということは、親の子に対する愛情と同じ無償の、保護者としての愛なのです。それによって人は心のうるおいを学ぶのです。人は自己をのみ愛していては人格が円やかにもならず、深まりもしません。必ず他に愛を注ぐことが大切です。そして絶対の信頼を寄せる、裏切らない動物からの愛情は、人の心に安心と落着きを与えるのです。いつか新聞に、一知識人の発言として“愛を語りつつ、動物を愛することを知らぬのは、愛とは何かを知らない人々である”と報じてありました。これは意味深い言葉であり、自然との共存への第一歩と申さねばならぬ健全な考え方です。
     日本人がこれを学び得なかったならば、ひとたび国が赤化されるや、カンボジアの赤色クメールと同じになるのです。愚かな国民性です。
     ペットにはしたいが、大型の動物は人が恐がるようであれば、まず殺してもよい。人間優先である。その情緒と愛情の欠如した所から幼児を殺しても構わないという母親が作り出されてくるのです。

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    千乃裕子/JI編集部編 「天上界メッセージ集」 (68~69ページ)
    ・・・ ★動物愛護について (二) パヌエル

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     パヌエル
       動物愛護について (二)
     八月号のメッセージに関連する話題として一ヶ月遅れてしまいましたが、八月四日土曜日に千葉県君津市において起った怖しい事件についても触れておかねばなりません。これは寺の住職に対する住民の反感から起ったことなのです。人間の感情に哀れな幼い動物が犠牲になりました。
     覚えていられる方も少なくないと思いますが、某真言宗の寺で観光用に住職が動物舎を作り、次々と動物を飼育していました。いろいろな事があって飼い変え、最近は雌雄のトラを飼い、子供も十頭生れ、生後一年ばかり経ったところでしたが、それが二日夜、誰かの悪質な悪戯で動物舎のカギを開けられ、子トラが三頭共家人の気附かぬ間に外に出て、一頭は直ぐ帰りましたが、残りの二頭は附近の山中を歩き廻ったらしく、翌日から大騒ぎになって探したのに帰ってこず、遂に警察に助力を求めて大がかりな捜索を始めました。
     そこ迄はよかったのですが、トラと聞いて附近の住民は震え上がり、千葉県の警察は機動隊を結成し、消防団員を呼び、猟友会というハンター・クラブの会員に依頼して、凡そ八百人の銃撃・捕獲部隊を動員した結果、オリに帰ろうとしてこの物々しい有様に驚き、二日間何一つ口にせずに逃げ廻った空腹の、しかも人に飼われていてトラの獣性もまだ目覚めていない子トラを散弾で射ちました。メスを崖に追いつめて射殺したのです。最初五米の至近距離で狙いをつけた時に子トラは逃げようともしなかったと、仕止めた安藤某というハンターは得意気に語り、四人が同時に射ったのですが、後で“大任を果した”と祝杯を上げたとのことです。
     このトラを知っている近所の母親や子供達の“殺さないで欲しい”という何人もからの嘆願がありながら、まるでオリの中の動物を殺すように追いつめ、発見時に住職に知らせもせず、麻酔銃が二本あったそうですが使いもせず、誰も彼もが恐怖のあまりにただ、射殺に専念したのです。野生のトラでもなく、誰一人傷つけられた人は居なかったと言うのに。滑稽なことにトラではなく、クマンバチに刺されたハンターが呼吸困難を起したとのことです。
     オスは逃げたので弾が幸い当らず、しかしなおもオリに帰りそびれて(飼主側の住民の非難に対する遠慮と、あまりに多くの武器を携えた人々が歩き廻り、足跡を探して廻ったがゆえに)、既に五日目を迎えました。その間、専門家の意見もあり、殺さずに捕獲することを最後迄考えるべきであったと忠告を受け、やっと計画を変更し、餌によってオリまで誘導する方針にしたとのことでした。そして七日には、しびれを切らした千葉市長が、ハンターでも何でも出来るだけ動員して人海戦術で山狩りを行い、射殺するように指令を出したのです。事情を知らず、トラは殺すべきだ、との単純な考えの持主なのでしょう。
     私達天上界の者にはただ言うべき言葉がありません。私に取ってはこれは功に逸り、動物を殺すことに慣れた、狂気のように動物を殺したがるハンター達の暴挙としか思えず、動物について殆ど無知である人々の、ハンターだけが頼みになると考える軽挙妄動であるとしか思えないのです。
     動物がいかに大型の猛獣であっても、人間に飼われ、餌をもらい、子供である間は、飼主は親に次いで信頼すべき人なのです。可愛がっている人であれば、飼主はその動物の性質をよく知っています。住民は他の動物のことで迷惑を掛けられたと興奮し、寺側の言葉を信用せずに“早く殺せ”と警察に談じ込みますが、しかし何も知らない子トラが住職への反感の為に殺されてもよいということは絶対にありません。非は一方的に人間の側にあるのですから。
     そして母親や父親、兄弟達の顔を見ることも出来ず、メスの子トラはその上に、飼主や附近の可愛がってくれた子供達の愛情と、ハンターの殺意を区別出来なかったのです。この年齢では(人間にすれば中学生か高校の一年生位の)人間の子供の方がもっと自衛の本能を持っていたでしょう。飼主が居ることを知らなければ、その動物の性質が判らず、人間が射殺するということもあります。しかし飼主が近くに待機していたのです。今度の場合は。愚かなことではありませんか。

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    「天上界メッセージ集」 千乃裕子/JI編集部編 (66~68ページ)
    ★動物愛護について (二) パヌエル ・・・

  • ・・・~~~~~
     何度も言うようですが、神の目から見れば人間は決して特別なものではないのです。動物のうちの一つの種にしかすぎません。
     知らない方々、小さな猫を見ても殺されそうな悲鳴を上げて石を打ちつけかねまじい愚かな御婦人方(情ないことに子を持つ若い母親にこういった人が多いのです。その子供がどのような育ち方をするかは火を見るより明らかです)にお教えしますが、動物にも心があります。言葉もあります。動物に愛情を感じたことのない人、親身になって世話をしてやったことのない人や、動物を「畜生」として人間以下に見做す宗教に毒されている人には判らないことですが。
     動物もそれを知っていて警戒心を持っています。野生のものほど手なずけるのには根気が要ります。その代り信頼を得た時、動物ほど人間の優しさや愛情に敏感で繊細な心の表現をするものは人間の中にさえも数少ないことが判るでしょう。彼等は身体でそれを表現するのです。尻尾や目、耳、身体全体、そして鳴き声です。語彙というものを持たないのにどれだけ多くのことを表現することでしょうか。“愛らしい”というのは、動物が人間に彼等の言葉を伝えようとする時のための形容詞であるかのようです。“純真な喜び”というのは彼等のためにあるかのようです。人間は自分達の子供からさえこのような素直さを奪うことの出来る、唯一の非情な動物であることを反省しなければなりません。
     そのように、自分達を越えて他の動物や植物の性質、特質、生活史にも殆ど関心を持たず、心の自由を持たず、人間同士の互いの我欲のために幸せだと感じる余裕もない“種”が、人間としての価値を持ち、真に“万物の霊長”と己れを他に認識させるには、何をなすべきでしょうか。どのように生きるべきでしょうか。私達は答えをいつも与えてきました。
     恐竜一億年。人類は地上に一体どれほど生存出来るでしょう。その歴史は二百万年ほどしか経っていないのです。
     つけ加えておきますが、天上界では動物達の哀れな生涯を経たものは菩薩界に住み、誰にも二度と脅されることなく平和に暮しております。動物にも生存権や平和に生きる権利があることを人間に教えるためです。勿論人間一人一人にも生存権と平和に生きる権利があることは言うまでもありません。
     共産主義者は自然の法則をあらゆる点において破壊し、踏みにじり、ソ連という強大国の支援に勢いを得て、第三次大戦の危険をもはらみ、“毒性を持つ赤潮”のごとく世界に広がりつつありますが、その大義名分は「搾取の絶滅」を目指すのであるとか。
     それならば宇宙の法則に従って人間が絶滅しなければなりません。人間自体も他生物から「搾取」し、植物から「搾取」して生きていることを忘れたのでしょうか。学んだことはないのでしょうか。例え人間間の搾取を絶滅したと思っても、その次に自分達が自分達の作った政府や国家にとって「搾取」の対象となるのを知らず、またそのルールも無視するならば、国家全体が崩壊せざるを得ず、彼等は地球上において法律に束縛されぬ暴徒の群にしかすぎなくなるのです。
     他者への愛を忘れた宗教徒と、人道を説く者、正道を唱える者をひたすら殺すことに喜びを覚え、破壊することが正義だと、自分達の残虐非道なやり方を当然であるかのように振舞う社会主義国家と共産主義者達--私は恐竜が生存し、闘争をくり返していた時代に今直面しているような錯覚に陥らざるを得ないのです。

    ~~~~~○
    千乃裕子/JI編集部編 「天上界メッセージ集」 (64~65ページ)
    ・・・★動物愛護について  (パヌエル)

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                        パヌエル

       ー動物愛護についてー
     私は「愛護」という言葉が嫌いです。人間の動物への恩恵といったニュアンスがあるからです。人間は「人類は万物の霊長である」と自分勝手に信じ込んでいますが、一体どの辺りからそのような妄想を抱き始めたのでしょうか。
     人間には、発達した頭脳がある。文明がある。と威張ってみても、それが真に自己の幸せに繋がっているとは言えません。欲を持ち執着を持ち、文明の副作用としての弊害はありすぎるほどあるのです。
     動物は確かに高等な思考を持ちませんし、人間から見れば原始的な生活史であるでしょう。しかし比較的精神の束縛から自由でいられます。自由であるというのは幸せであるということです。短命ではあるが、自然界の中で幸せである動物に比べて、束縛から逃れられない人間の一生はそんなに価値あるものでしょうか。
     自然の法則という神の目から見るとき、人間は果して「万物の霊長」と言い得るでしょうか。自分達ではどうすることも出来ぬほど人口の絶対数が増え、他生物の環境や資源まで侵し、自分達の土地だと言いながら、住める限りの範囲、踏査できるだけの領域は散々に荒して、人間の衣食住さえ保障されていれば、動物や植物の“種が絶滅寸前”などというニュースは科学者、生物学者の問題だと考えるような狭い視野では、自分達の置かれている立場は見えぬかも知れません。
     「人間は総ての不幸を取り除くことが出来る」とか、「無限の未来がある」ということを信じ、「いざとなれば神様が何とかして下さる」、あるいは「人間にしか心が無い」と言うのは人間の特性のようです。その反面、自分より能力の劣る相手は、虐待してもよいし、殺してもよい。力こそが勝利であり正義であるということを誇示します。これはしかし動物界の法則であって、人間で言えば二、三歳からせいぜいで十歳くらいまでの子供の心理状態なのです。
     言葉を喋らない。四つ足だ。人間より下位にあり、劣れるものだ。というのが動植物を粗末に扱い、虐待する理由のようですが、人間が私達天上界の者に取って忌むべき存在となるのは、動植物と同じく強者が弱者の上に立つのはまだしも、他を滅ぼすに必然的な理由と目的がなくともそれに徹する時です。滅ぼす相手が人間であれ、動物であれ、ただ殺すことに喜びを覚えるのです。誰がそのような権利を与えたのでしょう。少なくとも私達天上のものではありません。
     殺すこと、虐待することに喜びを覚えるのは、サタンの業以外の何ものでもないでしょう。
     動植物を滅ぼせば滅ぼしたで、結局は自分達の食するものや着るもの、住みかなど、つまりは衣食住に、響いてこざるを得ないのです。どのような形で響くかは、私が説明せずとも少し考えればお判りだと思います。
     また、刺戟しなければ動物達の大半は平和で友好的であるのに、銃やわなを用いてその上にも屈従を強い、あるいは殺害する人間の野蛮な習性は、弱者へのいたわりや思いやりを欠く習性ともなります。
     不平を言えないもの、言えても報復出来ないものに対して強者の権利を行使するほど卑怯な心はありません。
     神の目から見れば、人間よりも動植物の方がずっと生き残る価値があります。宇宙の法則を「生きる」ことにおいて実践しているからです。人間はその上に寄生しているにすぎません。現在はその寄生虫が大きくなりすぎて、地球は正常な生活のリズムを狂わせられているのです。
     人類はどのようにして生きてきたのかもう一度考え直してみて下さい。文明のお蔭ですか? そうではないはずです。他の生物や植物、無機物などの存在の恩恵を蒙っているはずです。その事実を再認識し、絶えず新たに思い起さねばなりません。
     全国民が僧侶を経験するはずの仏教国タイの政府が、難民を百十台ものトラックに満載し、他の方法もあったであろうにカンボジャに強制送還し、母国の国境を越えた所で全員が殺されたということを聞く時、動物はこのような残虐非道なやり方はしないということを認識しなければなりません。むしろその殺された難民が、これまでの人間に対する動物の立場であったということも。

    ~~~~~ ・・・
    千乃裕子/JI編集部編 「天上界メッセージ集」 (62~64ページ)
    ★動物愛護について  (パヌエル) ・・・

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