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    何気ない日頃の思いを

    一方的に綴ってます。

    ひとりごとなので

    かまわずほっておいて

    下さいね!

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  • 映画「ビブリア古書堂の事件手帖」

     あまり人気がないのか、もはや日に1回の上映になった。またもや黒木華(くろき・はる)さんが出ている。相手は野村周平君。周平君は堀北真希ちゃん主演の朝ドラ「梅ちゃん先生」で意識した。可愛かった。あれから6年。真希ちゃんは今や一児のママで芸能界引退状態。周平君は映画でいい位置にいる。周平君が出たから映画を見に行ったような。ま、映画が好きなので見るつもりでいた、終わるまでにもう1回見に行く。

    ●あらすじ
     北鎌倉にある古書店「ビブリア古書堂」。夏目漱石の直筆と推察される署名入りの「それから」を持ち込んだ五浦大輔(野村周平)は、持ち主である亡き祖母の秘密を解き明かした店主・篠川栞子(黒木華)の推理力に驚く。その後栞子を手伝うことになった大輔は、彼女が所有する太宰治の「晩年」の希少本が、「人間失格」の主人公と同じ「大庭葉蔵」を名乗る人物に狙われていることを知る-----。

     大輔の祖母が大切にしていた夏目漱石の「それから」と、栞子(しおりこ)が祖父から受け継いだ太宰治の「晩年」がよく出て来る。大輔の祖母の若いころの恋愛が軸。本に囲まれた「古本屋」て好きやわ。京都に「静かすぎる私設図書館」があると前に書いたが、そういう店をやってみたかったなぁ(笑)

     サザンオールスターズの主題歌「北鎌倉の思い出」もいい歌。関係ないがユーチューブで、サザンが作った高田みづえさんの「私はピアノ」を時々聴く。歌うと息継ぎが大変だけど、編曲もとても上手でいい曲。

     映画のパンフレットも古ぼけたような茶色の色にしてある。パンフレットはだいたい720~750円ぐらいが多いが、この映画のパンフレットは850円。少々お高いが白い部分は無く、一応カラー。
    https://biblia-movie.jp/

  • 「奈良・近鉄生駒駅 ホームから女性を突き落とす」

     このごろあまり大阪に行かなくなったが、行くときは阪急電車が近いので、よく利用している。なるべく座席に座れるよう、いつも最前列に並ぶ。電車がホームに近づいて来た時は、必ず後方を振り返る。突き飛ばしそうな奴がいないかを見るために。たいていの人はスマホを見ているので、そんな気配はないが。

     阪急電車は街中を走る距離が多く、人身事故がよく起きて電車が止まったり遅れたりする。5回乗ったら1回は何かあるって感じ。立て続けの時もあった。決められたレールの上を走るので、電車って安心と思ってるのに、まさかホームから突き落とされるなんて思いもよらないことで、被害者の女性がホント可哀そうで怖かったと思う。愉快犯的な犯人には厳罰を与えてほしい。

     亡き兄は生駒に住んでいたので生駒の遊園地に遊びに行ったのが懐かしい。生駒には関西の漫才師「宮川大介・花子」夫婦が住んでいる。兄の法事の時、「どのへんやろ?」と車の中で話したことがあった。

    ●奈良・近鉄生駒駅 ホームから女性を突き落とし 殺人未遂の疑いで男逮捕
    カンテレ11/15(木)

     15日夕方、奈良県の近鉄生駒駅で、ホームから50代の女性を突き落とした殺人未遂の疑いで、28歳の男が逮捕されました。 午後5時過ぎ、近鉄生駒駅の王寺方面行きのホームで、女性(53)が男に突き飛ばされ、1.2メートル下の線路に落下しました。女性は腰を打撲するけがを負いましたが、命に別条はないということです。

     現場では駅員が男を確保していて、到着した警察官が事情を聞いたところ、女性を突き落としたことを認めたため、殺人未遂の現行犯で逮捕しました。容疑者は生駒市内に住む28歳の無職の男で、調べに対し「女性を線路に落としました。電車が来れば死亡するということは分かっていました」と容疑を認めています。女性と男に面識はなく、警察は動機などを調べています。
    http://www.ikomasanjou.com/

  • 「夏井いつきさんの写真 使い回し」

     京都の書店に「サン・クロレラ」の「コメスタ」という冊子が無料で置かれている。№5の表紙は、俳句の夏井いつきさん。いつの頃置かれたのか知らないが、着物を着た夏井さんが笑っている。

     そして今、この掲示板の画面の右側に、通販のコマーシャルが目まぐるしく出て来る。目障りでしょうがないけど、ヤフーはこれで利益を上げてるかもしれないのでしょうがない。

     さっきこの右の画面を見ていたら、小林製薬のケシミンの広告写真が夏井いつきさん。しかし両方とも同じ写真を使っている。着物も帯もヘアースタイルも一緒。小林製薬ともあろうものが使い回しするかよ~! 「小林製薬」と「サン・クロレラ」はおんなじ会社?
    https://www.kobayashi.co.jp/brand/keshimin/campaign2018/?utm_source=ydn&utm_medium=display&utm_campaign=18_keshimin&utm_content=181112_banner

  • 「Winny(ウィニー)開発者 故・金子勇」
     
    11日付けのネットニュースに出て来た。今ごろ何?と思った。誕生日でもないし命日でもない。彼の実力を惜しむ人が今もいて、Winnyが仮想通貨にも利用できたとか何とか、私にはちんぷんかんぷん。金子さんを映画にという話が出てる事は分かった。しかし映画にして何を訴えるつもり?

     金子さんと言えば、Winnyの違法ソフトで逮捕され、京都府警が違法を見つけたため、京都地裁で裁判があった。話題の裁判で注目度が高かったため、初公判の日は傍聴券を求めて半端ない行列だった。私は抽選に外れたが、2回目からはガラッと少なくなり毎回抽選なしで見られた。元々Winnyは分からないし裁判時、説明していてもよく分からなかった。ただ金子さんを見たいだけで(笑)

     弁護団長は大阪弁護士会の壇弁護士。何しろ世間から注目されていたので、檀さんは顔を紅潮させ得意げにやっていたのを思い出す。金子さんに聞きながらWinnyの勉強も良くしていた印象がある。Winnyをよく分からず、気軽に使った男性が2人逮捕され裁判があった。中年男性の方は公判中、手が震えていた(笑)

     裁判が進むと、元々太っていた金子さんが日に日に痩せていき、ズボンがずり落ちそうで、よく両手で引っ張り上げていたのを覚えている(笑)有罪になれば失職もある。結論的に京都地裁では罰金150万円が言い渡された。弁護団は即日抗告し大阪高裁に行ったので、その後は知らなかったが、結果は無罪になった。壇弁護士は一審が不服だったので、京都地裁の廊下で「150万ぐらい払ってやらぁ」と東京弁を使っていた(笑)その後、金子さんの話題は段々消えていき、2013年に亡くなったというニュースを見て驚いた。

     この裁判の時の京都地裁の裁判長は氷室眞(ひむろ・まこと)さん。気さくで優しい感じのおっちゃん。公判中、よく右手を額に置いてうつむき加減で、居眠ってはるんかと思ったが、耳ではしっかり聞いていて、素早く答えていた。氷室さんは小柄で少し出腹。地裁の地下の食堂で650円の定食をよく食べておられた。ネットによると2014年3月31日 依願退官。どこかで弁護士をしておられるかな?
    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20181111-00010002-wired-sci

  • 「赤旗新聞 日曜版 斎藤とも子」

     私は新聞を取ってないが、職場で古新聞を持ってきてもらうよう頼んでいる。その中の10/14付けの「風の色」という欄に、寄稿されていた元女優の斎藤さんの記事が目に入った。斎藤さんは御年57歳。表舞台から消え存在を忘れていたが、斎藤さんは関西の喜劇人、芦屋小雁(あしや・こがん)さんと一時期結婚していて、年の差婚で話題になった。

     離婚後、斎藤さんは社会福祉士の資格を取って施設の講演に回っている。かつての女優と気づく人は少ないと思うが、朗読は上手かなと思っている。一方の元夫の小雁さんは84歳。現在認知症を患っている。

    ●あしたに耳をすます 斎藤とも子

    「朗読の会」を、高齢者のディサービスセンターで時々担当しています。用意した詩集などをみんなで声を合わせて読んだ後、ご自分の好きな詩やフレーズを選んでひとり読みをしていただくのですが、それぞれの人生が声に滲み出て、胸をうたれます。

     谷川俊太郎さんの「みみをすます」という179行の詩をとりあげた時、99歳の女性が「きょうへとながれこむ、あしたの、まだきこえない おがわのせせらぎに みみをすます」という下りを選んで読まれました。

     身の回りのかすかな物音や、過ぎ去った時に耳を澄ますフレーズが続く中で、唯一、まだ訪れていないものに思いを馳せた部分。99歳になっても明日を見つめようとする、その方の生き方に触れた思いでした。

     そして、ある青年を思い出したのです。東京近郊での講演を終え、電車の中で眠りこけてしまった私。ふと気付くと自分の駅で、あわてて飛び降り、改札を出ようとしたら、スイカ(交通ICカード)がない。真っ青になってカバンをひっかきまわしていると「これじやないですか?」と尋ねる声。就活スーツを着た青年でした。

     「すいませ~ん」頭を下げる私に「いえ、よかったです」。ニコッと笑い、ホームに駆け上がるスイカの君。彼の降りる駅じゃなかったんです。すでに電車は出ており最終間近。こんな若者が私たちの「あした」を支えようとしてくれている。まだ見ぬ「せせらぎ」の中に、信じられるものは、確かにあると思うのでした。

  • 「滋賀 日野町(ひのちょう)事件」

     滋賀県蒲生郡日野町の自営業の女性が消息を絶ち、翌年に他殺体となって発見された強盗殺人事件。犯人は無期懲役で収監中に病死。遺族が再審請求し認められた。テレビで遺族のドキュメンタリーがあった。村木厚子さんのように無実の人間が、検察によって犯人に仕立て上げられて行く、生々しい話を聞いてると、今回の再審請求はいいと思う。

     殺人犯の家族となれば、そこには住めず一家離散した。父親は酒代欲しさに殺人をしたという事になっている。酒代は年に2回しか払わず、息子は「父ちゃんはこれで酒を飲んでる」と自分の頬を叩いて、つまり父親の顔が保証だったと言っていたと話した。私はその言葉が妙に引っかかる。

     ほとんど毎日飲みに来て、支払いが年2回では上客とは言えず、酒店経営の女性にとってはイヤな客で、険悪な雰囲気があったのではと思える。私ならこんな客は来ていらん。だからと言って殺人とは言えないけれど。

    ●日野町事件の再審開始決定 34年前の強盗殺人事件
    朝日2018年7月11日

     滋賀県日野町で1984年、酒店経営の女性(当時69)が殺害された「日野町事件」で、強盗殺人罪で無期懲役が確定。服役中に病死した阪原弘(ひろむ)=当時75の再審開始を認める決定した。84年12月に女性が行方不明になり、85年1月に遺体が町内で見つかった。酒店から持ち去られた金庫も同年4月に町内の山林で発見。

     約3年後の88年3月、常連客の阪原元を強盗殺人容疑で逮捕。捜査段階で自白した阪原は公判で一転否認したが、無期懲役が2000年に確定。阪原は01年、裁判のやり直しを求め再審請求。大阪高裁で即時抗告審中の11年に死亡。遺族が12年に2度目の再審請求をした。

     第2次再審請求では、阪原が金庫の投棄現場まで捜査員を案内した「引き当て捜査」の写真ネガを検察側が開示。現場にたどり着くまで写真19枚で再現され、実況見分調書が作られ、自白の信用性を裏付ける証拠とされてきたが、うち8枚が帰り道で撮られた写真。弁護側は「迷わず現場に案内できたとした証拠の信用性が崩れた」とし、自白の信用性もないと主張。検察側は「任意に案内できた事実は変わらない」と反論。

     弁護団は殺害方法に関する専門医の新たな鑑定書も提出。「自白の方法では遺体の首に生じた圧迫痕などを説明できない」と訴えていた。

  • 「美しき日本の山々」

     テレビで深夜によく流れている。うたた寝から目覚めたころに、ちょうどやっていてパソコンの画面を見ながら、横目でこの番組を結構よく見ている。これに似た番組かな?ただ山の頂上だけを目指し、登頂したらすぐに降りる、を繰り返している、お笑いの小峠(ことうげ)に似た男性の番組も深夜によくやっている。

     今もうたた寝から目覚めたら、嬉しいことに「富士山」をやっていた。この番組では色んな山が出て来て、それなりに素晴らしいが、「富士山」は格別で、他局のどの番組で見ても、何度見ても感激で胸がキュンとなる。NHKの撮影班は特に優秀な集団で、映像の撮り方が実にうまい。素人の私が見ても「上手やなぁ」と思うし、喉の痒いのが取れるという感じ(笑)

    「富士山」は日本の誇りで宝物だといつも思っている。今までの人生の中で「富士山」に登ったことは一度もなく、もう今後の人生でも登ることはない。ただただ映像で楽しませてもらうだけ。今夜は途中から見たので、元々何分間の映像か分からないが17分間録画できた。これだけでも「富士山」のいいところが一杯出て来て満足。日の出なんか速度を速めているのでイライラせず見やすい。編集してる人も高度な技術を持ってる人だろうなと本当に思う。

     私なんかは、ただパソコンのヤフーの画面を呼び出し、おもむろに文を打ってるだけ。画像を取り込んでどうのこうのと、編集などは全く出来ない。パソコンを自由にこなしている人がいつも羨ましいと思う。本の帯にまさに私のように「パソコンに苦しめられていませんか」と書かれた「インターネット安全活用術」という文庫本をかたわらに置いている。石田晴久さんという人が2004年に上梓されたもの。

     親しい友人でもいれば教わったり出来るんだろうけど、私には親しい友達がいない。というか私の性格が友達を作らない。職場では適当に笑顔を作って喋っているが、本音はみんな大嫌い。煩わしい。一人で自由にいるのがこの上なく楽しく幸せ。

     同居するのはイヤだが、同じマンションの別部屋に身内がいるといいなぁとはいつも思う。女優の吉行和子さんは、母親の「あぐり」さんと、晩年は同じマンションの別の階に住んでいた。いつも羨ましいな~と思っていた。あぐりさんは3年前に107歳で亡くなっている。富士山の高さも、あぐりさんの登りつめた人生も一緒の高さに思える。

  • 「VHSテープ処分」

     個人的にテレビから録画したものばかりで、やっと400本以上を処分した。映画でもDVDとダブるものが多く、捨てるのに抵抗はなかった。ただどうして処分していいのか分からず、大型ゴミに出したら、有料シールが1万円分以上はかかりそうで処分に踏み切れなかった。

     そこでネットの「ヤフー知恵袋」を見たら、同じ悩みの人がいて、地方自治体のHPに載っていると書いてあった。さっそく見たら京都市は可燃ゴミで回収してくれるらしい。試しに1袋出したら、ちゃんと持って行ってくれて気が軽くなった。VHSで録画したものでも、まだまだ見たい物があり、まだたくさん残っている。

     VHSでも販売用の映画などは、ケースに写真が載っている。こんなのでも持って行ってくれるのかな?中にはケースのみプラスチックごみに捨てるようと書かれている。京都市はどうなのかな?捨てる前に電話して聞かないといけない。

     VHSの草創期は、映画「陽はまた昇る」(西田敏行・渡辺謙主演=日本ビクター)に詳しく出て来る。開発には大変な労力があったが、DVDが画期的に進化して、今やVHSは捨てられる時代となった。映画の中で、VHSが成功した時の歓喜に踊る社員が目に浮かぶ。

     もう着なくなった洋服がたくさんあり、少なくとも20年は洋服ダンスに入ったままのがある。中々捨てられなくて、今まで一旦は捨てようと出しても、もったいなくて、またしまい込むを繰り返していた。今回は思い切って目をつむって捨てた。新品のカバン類もあったが、その後、そのカバン類を思い出す事もなく過ぎている。意外と捨てられるものである。

     今後は残ってる洋服を次々と捨てていく。貯まってる多量の新聞の切り抜きを捨てていく。歌のカセットテープを捨てていく。何だか捨てることが気にならなくなった。”いつか貧乏になった時に困る”と、せっせとため込む、というトラウマから逃れられそう。ただ着物類だけはどうしょうか迷っている。

     単価の安い物を1枚、1個とネットオークションに出してる人の根気には感心する。私はとても面倒で出来ない。一時、フリーマーケットに出して売ろうかと思った時もあったが、運搬する車がない。今はだいぶ捨てたんで、もうマーケットに出す物も少なくなって来たから、あきらめがついた。本と映画のパンフレットだけは、一冊も捨てられないでいる。

  • 「旅ぶら 辛坊治郎と田嶋陽子」

     今朝2人が紙の灯篭を頭に乗せ浴衣姿で出ていた。11日(日)午前10:55の「旅ぶら」で熊本の灯篭祭りが出るらしい。辛坊さんは「す・またん」で見てるが田嶋さんは久しぶり。

     山鹿灯篭(やまがとうろう)で思い出すのは、松本清張ドラマ「聞かなかった場所」。主演は名取裕子さん演じる浅井恒子(女性・子育て支援局の次長)やり手のキャリア・ウーマン。ある日突然夫が死んだ。薬局の前で倒れ救急車を呼んでもらった。仕事に忙しい恒子は、日々夫が何をしていたのか全く知らなかった。元々作家だが、長い間本を出していなかった。

     葬儀に来たカルチャセンターの生徒から、夫が俳句の先生をしていた事を知り、生徒が自費出版した夫の句集をもらった恒子は「金色の 山鹿灯篭 花の燭(しょく)」という句が目に止まった。夫が死んだ場所は恒子が聞いたこともない場所で、なぜそんな場所に行ったのか恒子は調べてみることにした。夫が倒れた薬局の前の坂道を上がると、そこはラブホテル街で、恒子は不思議に思う。

     小さな古ぼけた薬局が、いつの間にか駅前の大きな店になっていた。恒子は不審に思い登記簿を調べる。そして恒子のかつての部下、久保孝子が土地を交換していた。孝子の父は財閥で、自分名義の土地を持っていても不思議はない。

     孝子の家に行ってみた恒子は、孝子の家に「山鹿灯篭」の置物があり、夫の相手が孝子と知り、復讐心に燃える。孝子を呼び出し問い詰めるが孝子は豹変し、恒子と夫の夜の営みを持ち出し恒子を侮辱する。逆上した恒子は石で孝子の頭を殴打し殺してしまう。女性初の局長にまで上り詰めた恒子だが、やがて崩壊に向かっていく。
    http://www.tv-tokyo.co.jp/mystery9/index2.html

     このドラマを見ると、いつも女性で局長になった村木厚子さんを思い出す。主旨は違うが、村木さんは大変な冤罪事件に巻き込まれ、辛い思いをされたが疑惑が晴れ元の地位に戻った。検察がデーターを改ざんするなど思いもよらない事で、村木さんのインタビューを見てると、本当に恐ろしい。村木さんは弱音を吐かず、芯の強い女性だと分かる。
    https://www.youtube.com/watch?v=I-wPRmnlOKw

  • 「京大医学部目指す 明里(あかり)ちゃん」

     こんな書き出しで三浪中の明里ちゃんの事を昨年の12月に書いた。そして年が明けた3月、京大はまたもや落ちた。明里ちゃんはもう1年勉強して京大を目指したい心境だったが、慶応医学部に受かったこともあって、浪人生はやめて慶応に行くことにした。

     明里ちゃんは京大医学部受験に自信があったみたいで、模試判定などはすべて「A」ランクだったのにと言っていた。本来合格していても何ら不思議ではなかったかもしれない。今回のこの一連の事件を見て、明里ちゃんをテレビで見ていた人は、明里ちゃんも女性という事で不利な判定を受けたのではないかと思ったかもしれない。私はそう思っている。京大だって判定の操作をしていないかどうかは分からない。まさか京大はしないだろうと思っているだけで。不合格だった人たちは問い合わせをしてもいいと思う。

     たった1点のために命がけで、一生懸命勉強していた人たちに、よくも大学側は無情に出来るものと改めて怒りが沸く。

    ●得点操作で不合格の100人を入学許可へ 東京医科大
    朝日新聞11/6(火)

     入試不正が発覚した東京医科大が、過去2年分の入試結果を調査したところ、一般入試と推薦入試で計約100人が不正に不合格となっていたことが、関係者の話で分かった。同大は不合格となった受験生の意向を確認したうえで、希望者については入学を認める方針で、7日に記者会見をして公表する予定という。

     同大では女子や浪人回数の多い受験生を不利に扱っていたほか、特定の受験生に加点をするなどの不正が続いていた。第三者委員会が10月下旬に公表した報告書では、2017、18年度の一般入試を分析した結果、本来は合格だったにもかかわらず不合格になった受験生が計69人おり、このうち少なくとも55人が女子だったとしていた。同大が入試結果を精査したところ、対象者は約100人になったという。

     第三者委員会は18年度の本来合格者の入学を認めるべきだと提言する一方で、17年度は「大学側の判断に委ねる」としていた。同大は検討した結果、両年度の受験生を同じように扱うと決めたとみられる。

  • 「日本はフェルメールの人気の高い国」

     うれしいわぁ。私もフェルメール大好き。今はまだ東京で開催中。今まで出しにくかったフェルメールの「青色」が開発されたことで、フェルメールの古びた絵が鮮やかによみがえった。テレビに青色を着て出ると、透明人間のように、その部分が消えるという時代から見たら、かなりの進歩。

    ●福岡伸一 生物学者の『フェルメール超入門』〈9作品来日中〉
    10/30(火)

     日本ほど、フェルメール人気の高い国はありません。いま東京で開催中の「フェルメール展」は、パリ、ダブリン、ワシントンで世界的フィーバーを巻き起こしたあと、満を持してフェルメール・ファンの多い日本へとやって来ました。

     しかも一度に9点の作品を見ることができるとあって、過去に開かれたフェルメール展を上回る観客数が予想されます。「2018年10月。あなたは日本にいますか?」という挑戦的な宣伝文句は、決して大げさなものではないのです。

     フェルメールの絵は西洋絵画なのに、日本人のメンタリティにぴったりはまります。それは彼の作品の持つ3つの魅力によるものだ、と、私は考えています。

    ◆「光の魔術師」と称えられる、オランダ絵画黄金時代の画家ヨハネス・フェルメール。欧米の有名美術館から貸し出された9点が、東京・上野の森美術館で公開中だ。代表作『牛乳を注ぐ女』(扉)をはじめ『手紙を書く女』、『真珠の首飾りの女』、『リュートを調弦する女』ほか、日本初公開の『赤い帽子の娘』などが含まれる。

     最多の数の作品が来日するとあって、「日本美術展史上、最大の『フェルメール展』」が謳い文句。東京展は混雑緩和のため「日時指定入場制」で、来年2月3日まで。2月16日~5月12日には、大阪市立美術館(展示内容は一部異なる)で開催される。

     生物学者の福岡伸一氏は、『フェルメール 光の王国』の著書もある無類のフェルメール好き。フェルメールの拠点、オランダのマウリッツハイス美術館の公式プロモーションビデオにも出演した。

  • 「水の都ベネチア洪水で水没」

     現地に旅行で行ったことがあるので場所は分かる。ベネチアは海の上の街なので洪水はあり得る。半端ない寒さだった事しか記憶に無いが、いくらいい街でも冬はごめんやわ。日本の東北のような高波が来たらベネチアも、ひとたまりも無いかも。3年前の今頃も洪水だったとネットに載っていた。

     奥村千穂さんのブログを見てると、フィレンツェは11月から2月末まで観光客も減り美術館もガラガラとか。私はただの観光客なので街に客が少ないのは寂しい。地元の人は静かでいいだろうけど。

     ●水の都ベネチア洪水で水没 悪天で高潮
    2018/11/3

     嵐と高潮が原因でイタリアの古都ベネチアの約75%が水没。2018年10月29日には、ベネチアの名所サン・マルコ広場が閉鎖。観光客のため、高床式の歩道が設置され、救助活動も行われた。店主たちは懸命に建物から水をくみ出す。水位は4番目に高い1.5メートルを記録。分かっているだけで死者は11人、今回の水害の深刻さを物語る。

    「水の都」「運河の都」の愛称で知られるベネチアは、海抜が低く海面上昇の影響を直接受け、文化遺産や住民たちが水害に遭う。気候変動に地中海沿岸は21世紀末までに約1.5m近く海面が上昇し、年4回は深刻な水害に見舞われている。

     ベネチアのリーダーたちも斬新なアイデアで水害を防ごうとしている。「MOSE」(モーゼ)と名づけられたプロジェクトがそれだ。(電気機械実験モジュール)の頭文字をとったもので、可動式の防波堤で街とラグーン(潟)を守ろうという計画だ。だが、期待のプロジェクトはあまり進んでいない。その大きな理由が汚職だと考えられている。また、仮に完成したとしても、古い技術をベースにした計画であることから、長期間ベネチアを洪水から守るのは難しいのではないかとの科学者や技術者からの指摘もある。

     ベネチアに長く暮らしながら、海面上昇と増える観光客による家賃高騰に街を出た人もいるが、ベネチアの価値を考えると見捨てることはきない。作家のサルバトーレ・セティスは「ベネチアを死なせてはいけない。重要な街で市民や全人類のためベネチアは保存しなければならない」と語った。
    https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/110200475/

  • 「永遠の歌姫 島倉千代子」

     夕方BSでやっていた。 歌手の南こうせつが出ていて、島倉さんの歌で何が一番好き?と聞かれ「東京だよおっかさん」と言っていた。私は最近ユーチューブで「糖尿だよおっかさん」の替え歌ばっかり聞いてるので、笑えて仕方なかった(笑)その後すぐに島倉さんが「東京だよおっかさん」を歌ってるとこが画面に出たが、島倉さんは涙を流しながら歌っていた。普通泣きながら歌うと嗚咽が出たり、声が詰まったりしがちだが、島倉さんは普通に平然と歌っていた。

     そこで思い出したのが、島倉さんは舞台で、ファンが投げた紙テープが目に当たり、目を悪くしたということがあった。それで感情がなくても、涙が自由に出せるのかな?と思ったりする。島倉さんは一時、失明とまで言われたらしいが、それを治療した眼科医を島倉さんはすっかり信じた。ところがこの医者はとんでもない悪党で、島倉さんに手形の裏書などをさせ、島倉さんは多額の借金を抱えることになった。

     その苦境を聞きつけ救いに出たのが、あの占いの細木数子。細木もその上をいく悪党で、助けるふりをして島倉さんの権利ものをすべて奪い、さらに島倉さんの借金が膨れ上がることになった。さすがに無知でお人好しで人を疑わない島倉さんも、細木の悪だくみに気づいて決別している。

     島倉さんは、一時美空ひばりさんと二分するほどの歌手だったらしいが、スターに群がる悪党にまで気づかないほど、孤独で借金で疲弊(ひへい)していたのかもしれない。だからか島倉さんは、いつも悲しそうな顔をしている。その後、テレビ界の時代の流れで、物マネがはやりだし、山田邦子さんやコロッケが島倉さんの物マネをしたことで、また島倉さんが復活してきた。

     周りにいるいい人に助けられ、晩年は穏やかに暮らしたと思う島倉さんだが、5年前(平成13年)に75歳で他界している。ネットを見ていたら島倉さんのブログがまだ残されている。ご本人はすでにいないのに、ブログが生きてるように残っているのは、ちと怖い。
    https://web.archive.org/web/20131112004304/http://ameblo.jp/shimakura-chiyoko

  • 「杓子(しゃくし)菜」

     秩父の特産やそうな。えぇ~?京滋にも昔からありますけどぉ?母がよく油揚げと一緒に炊いていて、淡白なところに、ほんのり油気があるのがおいしかった。漬物にして食べた記憶はないけど。秩父って漢字で書けなかった。どうかすると埼玉の漢字も書けないかも。今はネットで見たから分かるけど(笑)

    「笑点」で、よく小遊三さんの出身「大月」と、たい平さん出身の「秩父」を、けなしあいしてる。「大月市」は「山梨県」にあり「秩父」は「埼玉県」にあるんやそうで、どっちもどっちで、いずれも田舎って感じ。特別なものが無いようで分かりませんわ(笑)地図のどの辺にあるんやろ?

     今日は天気もよかったし、何の番組だったか、雪をかぶった富士山が、くっきり綺麗に見えていた。富士山って日本人には特別な山。ホントに素晴らしい。毎日見られる人がうらやましい。富士山と言えば、いつだったかテレビで、富士山が噴火するかもしれないので、トイレットペーパーとテッシュペーパーを1か月分買っておいた方がいいと言っていたことがある。何でも富士山の近くに製紙工場が多いそうで、もしかの時のために。

     私ゃ正直にペーパー類をしこたま買い込んで、どっさり積んであった。トイレットペーパー(12個入り)が20袋。テッシュ(5個入り)が20袋。しかしあれほどあったのが今やトイレットペーパーは、あと1袋(12個入り)になり、テッシュは2袋(5×2)になった。何事も起こらずよかった。ペーパー類は無いと不安なので、また新たにせっせと積んで行こう。今のところ価格は安定していて、手軽に手に入る。「備えあれば憂いなし」

  •  NHK俳句「桃」

     選者は星野高士さん。星野立子(ほしのたつこ)の孫。

    一席 サックスは 銀座の調べ 夜の桃
    二席 白桃や リニア通ると いふ大地
    三席 うっかりと 触れてはならぬ 夜の桃

     普段仕事でレポートや日誌をよく書くので、いかに余計な言葉を端折り、なおかつ適切な部分を残すか、毎日悩む。こんな時のために、俳句や短歌が参考になるので、毎回見てる。投稿者はポイントを押さえ、ホントに上手に表現している。

     今回の一席は私も同じものを選んでいた。昨日のNHK映像ファイル「あの人に会いたい」は、元気な頃の歌手のフランク永井さんだった。フランクさんは純粋な人だけに、悪意の女に「子供が出来た」と嘘を言われ悩んで自殺を図った。未遂に終わったが脳にダメージを受けた(後にクランクさんの子では無いことが判明)

     当時テレビを見ていた時、フランクさんが近所の園児の登園を見て、交通整理をしていた事があった。ニタニタと笑い、明らかに変な人だった。そんなフランクさんが正常な頃は「東京ナイトクラブ」「君恋し」など、大人のムード歌謡を甘くせつなく歌っていた。低音が響いて、とてもいい歌ばっかりだった。

     最後にフランクさんが「人生は出会いのドラマ、もっとすばらしい人たちと、すばらしい曲に出会い、歌っていきたい」と話していた。その後にとんでもない出会いがあって、ホントに気の毒で胸が痛む。2008年に76歳で亡くなっている。

     今回の一席を見ていて、夜の銀座の高級クラブが想像できた。サックスの音に大人の男女が、頬よせてチークダンスをしているとこが目に浮かぶ。石原裕次郎さんや渡哲也さんの日活映画の世界。浅丘ルリ子さんを始め奇麗な大人の女優がいた。

     私的に「桃」で真っ先に浮かぶのは、パールバック作の「大地」の映画。奴隷だった阿蘭(アーラン)は貧しい農夫王龍(ワンルン)と結婚。阿蘭は顔の醜い女だが、無口で従順な良く働く妻であった。夫婦は貧苦と飢餓に苦しみつつ、たゆまざる勤労は次第に土地を増して行った。干ばつにもあったが、王龍の土地は肥えていて庭に桃が鈴なりになった。枝から桃が1個落ちるのと同時に、苦労に苦労を重ねた阿蘭の命は尽きる。
    http://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=5659

  • 「NHK朝ドラ まんぷく」

     中々出足好調のようである。安藤サクラちゃんが好演してる。仕事があるのでリアルタイムでは見れないが、再放送やなんやでつながっている。NHK出版の「まんぷく」も持っている。昨日には書店で見て「チキンラーメンの女房 安藤仁子」と「安藤百福 一日一徳」を買った。まだ読めてないが面白そう。「福子」という名が温かい。子どもの頃「幸福」と書いて「幸(こう)ちゃん、福(ふく)ちゃん」という双子の女の子がいた。

     子供の頃、母は農家で忙しく家には誰もいないので、お腹が空いたら一人でチキンラーメンを丼鉢に入れて、湯を注いで食べていた。その創業者の物語とは、あんな簡単で便利な物をよくぞ作ってくれた。

    ●『まんぷく』ヒロインのモデル「安藤仁子」
    碓井広義10/26

     NHK朝ドラには、女性の一代記、職業ドラマ、成長物語、実在の人物がモデルというパターンがある。『まんぷく』で安藤サクラが演じている福子は「日清食品」創業者・安藤百福(ももふく)の妻、仁子(まさこ)。長谷川博己さんが好演している立花萬平が、百福をモデルにした人物で、仁子自身は翻訳家でも、実業家でもない普通の主婦だった。

     仁子は1917年(大正6年)、大阪の商家に三女として生まれる。父の経営していた会社が倒産し貧乏生活が始まるが、家の中には三姉妹の笑い声が響いていた。福子は家計を助けるため、14歳で電話交換手の見習い職員となり、働きながら女学校に通い卒業したのは18歳。京都の都ホテルに就職し、百福との出会いにつながっていく。

     結婚した百福は企業家。戦後は、えん罪や脱税容疑で裁判にかけられ、財産も差し押さえられた。信用組合の理事長を頼まれた時は、倒産した責任を負い財産を失うが仁子は百福を信頼する。「インスタントラーメン」の開発も一人の天才によるものではなく、仁子をはじめ家族総出の取り組みだった。何があっても「クジラのように物事をすべて呑み込んでしまいなさい」という母(「私は武士の娘です」の口癖は実話)の教えを守りながら、常に夫を支え続けた。

     モデルがいるとはいえ、萬平が百福そのままではない。百福は台湾の人だが、ドラマでは大幅に変えられている。福子も仁子そのものではない。『まんぷく』では、脚本家・福田靖が、事実をふくらませている。仁子と福子を比べながら視聴するのも一興かも。

  • 「江波杏子さん死去 76歳 肺気腫」

     「え?」って感じ。長いこと芸能界にいたような人で、映画やテレビで結構見たように思う。最近芸能人も次々亡くなる人が多くなってきた。江波さんは喫煙をするので、肺系の病気にはなりやすい。タバコの煙は他人にも悪影響を与えるのに、中々やめられないものらしい。

    ●映画「女賭博師」シリーズなどで知られ、大衆映画のヒロインとして人気を得た女優の江波杏子(本名・野平香純)さんが10月27日、肺気腫のため東京都内の病院で死去した。東京都出身。

     江波さんは1942(昭和17)年10月15日生まれ。59年、大映入社。60年「おとうと」で映画デビューした。悪女や情婦役が多いなか、66年に初主演作「女の賭博」が大ヒット。以後シリーズ17本が作られ大映の看板スターとなり、大衆映画の代表的ヒロインとなった。その後、「津軽じょんがら節」の主演で演技派へと変身した。

     江波さんは最近では今年公開された映画「娼年」、「相棒 劇場版」(11年)、「ごくせん THE MOVIE」(09年)に出演。ドラマではフジテレビ「限界団地」(18年)、NHK「全力疾走」(17年)、NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」に出演していた。

  • 「大恋愛 今夜10時 ムロツヨシ」

     ドラマ「この世界の片隅に」が終わってから、しばらく楽しみのドラマがなかった。そんな時このドラマが始まった。ムロツヨシって今まで何してた人?と思ったが、このドラマを見てから、いっぺんに好きになった。今一番好きな俳優は「ムロツヨシ」。な~んか見てると胸が”ムニュムニュ”する(笑)

     このドラマは主人公の産婦人科女医北澤尚(きたざわ・なお=戸田恵梨香)が若年認知症(アルツハイマー型)になり、元作家の間宮真司(まみや・しんじ=ムロツヨシ)と同居する。尚には精神科医の井原侑一(いはら・ゆういち=松岡昌弘)という婚約者がいたが間宮と気が合い同居する。尚の症状が出始め間宮を侑一と呼んでしまう。第3話で間宮が侑一に尚の主治医をお願いしている。

     第4話の冒頭で、尚が沸騰したやかんに驚き水道水をかける。風呂の湯をあふれさせる等の症状が出てる。尚は忘れそうな事を紙に書いて貼っている。韓国映画「私の頭の中の消しゴム」も若年認知症を扱っている。好きな相手の名前を間違えたり、物の名前を忘れないようにいっぱい書いて至る所に貼っつけたりするのは似ている。尚の認知症が勤務先のクリニックに知れ、厚生労働省に呼び出される。井原が同行し医師免許に響くことはないと言い、審議からは免れた。

     真司は尚が自分の名前を呼び間違えた事を尚に言う。尚は病気だから仕方がないと怒って実家に行く。実家の前には侑一が立っていた。尚は真司は自分の生きる力だと言って侑一にお詫びを言う。真司の家に戻った尚は真司に「別れよう」と言われてしまう。尚は自分にもう一度小説を書かせるよう神が使わした女神だった。てなとこで終わる。

     「別れよう」というような言葉はショックが大きすぎて、認知症の症状が一気に進むような気がして”ドキッ”としたが、来週の予告で真司と尚は結婚式をあげるようで安心した。やがて尚の症状は進み、真司が分からなくなる時が来る。映画でも最後は相手が誰か分からなくなり、顔を見ても無表情になる。

     戸田恵梨香と綾野剛が、新幹線で並んで座っているのを週刊誌で見た時は、どっぷり漬かってる2人がふてぶてしく見えたが、このドラマの戸田恵梨香は好き。綾野剛も別の女性と最近の週刊誌に載っていた。

     認知症を扱った日本の映画では、渡辺謙さん「明日の記憶」、倍賞美津子さん「ユキエ」がある。

  • 「沢田研二のドタキャン騒動」

     もう落ち着いて来たか?「さいたまアリーナー」に行った人達は、まだ腹立たしさ冷めやらぬってとこ?7000人も入って貰って、目前でよくもドタキャン出来たもの。沢田ももう70歳。認知症でも出たのかと思ったわ。学校もろくすっぽ行ってないんで、頭は空っぽ、腹だけボテッ~!

     土曜の関西の番組「せやねん!」で、レギュラーで出てる漫才のトミーズ雅(まさ)が、沢田は持ち歌を歌わず、新しい歌ばっかり歌いたがる、と聞いて「俺なんか知らん歌より知ってる歌聞きたいわ」と言っていたが私も同感や。歌ってる本人はもう何千回と歌ってるので、飽き飽きしてるんだろうけど。元歌手のちあきなおみが「同じ歌ばっかりで好きな歌が歌えない」と、まだ人気のある頃から引退状態。

     演歌が流行っていた頃、売れて来た香西(こうざい)かおりが、京都会館(現ロームシアター)でショーをやった。ここは2000人が入るが、当日は300人ほどで空席だらけ(笑)彼女はガックリを通り越して、ニヤニヤ笑って歌っていた。

     松田聖子でも大阪城ホールで、舞台の後方にグリーンのシートが張った空席があった。まだ沙也加を連れ回していた頃。

     武田鉄矢は幕が開いたら前列に5人ほどしかいなくて、みんなで手をつないで歌ったと話していた事がある。

     人気絶頂の頃の西城秀樹が、コンサートで一部が終わり、二部で出て来たら客席に誰一人客がいなかった。気合を入れて出て来た本人は、キツネにつままれたような顔で「あれ?」とキョトンとしていた。これはどっきりの番組に引っかかったもので、満員の客を一時的にでもよく外に出せたものと、番組にドッキリした。

     松山千春が好きで、年に1回はコンサートに行っていたが、千春も政治の話が好きでそればっかり。本人は政治家になりたくてしょうがない。しかし自分に着いているスタッフの生活もあり、本気はなさそう。千春はまだ知ってる歌ばっかり歌うのでいいけど。私はナマ歌を聞きに行ってるのに。千春は「歌だけ聞きたいのならCDで聞けばいい」と舞台でよく言っている。

     コンサートで一番集客が多いのは「さだまさし」だって。トークがうまいし、知ってる歌もよく歌う。偉そぶるとこがない。「生さだ」見ていても分かる。

     現在コンサートに行くのは50~70代が圧倒的。ヒマもお金もある。決してあなどるなかれ。

  • 「角替和枝(つのがえ・かずえ)原発不明がんで死去」

     私は「へぇ~!」と驚いたが、角替和枝さんを知ってる人はいるかな?時々ドラマの脇役として出ていた人。夫は俳優の柄本明(えもと・あきら)さんで、こっちの方がよく知られているかも。長男は柄本佑(えもと・たすく)君。次男は柄本時生(えもと・ときお)君。そして今、朝ドラ「まんぷく」に出ている安藤サクラちゃんは佑君の妻で、女の子が1人生まれている。そしてサクラちゃんの両親が奥田瑛二・安藤和津(あんどう・かず)と芸能一家。

     時生君は映画「散り椿」で下男役で出ていた。目に特徴があるので、役によって凄みのある役とか、得体の知れない役とか、白痴役とか似合う。誰かもっと使ってやって。

    「原発不明がん」て珍しい。どこを叩いたらいいのか医者も困るね 

    ●夫の柄本明が悲しみの報告「今はそっとしておいて」
    スポニチ10/28

     舞台、映画、ドラマなどで幅広く活躍した女優の角替和枝(つのがえ・かずえ、本名柄本和枝=えもと・かずえ)さんが27日に亡くなった。64歳。静岡県生まれ。夫で俳優の柄本明(69)が28日、所属事務所を通じて報道各社にFAXを送信し明かした。

     柄本は文書で「かねてより闘病でした、妻・柄本和枝(芸名角替和枝。享年64)が10月27日午前6時27分『原発不明癌』により旅立っていきました」と悲しみの報告。続けて、「長きにわたり応援して下さいましたファンの皆様、及び関係者の皆様には深く感謝いたします」と妻を支えた関係者へ感謝を示した。

     葬儀は近親者のみで執り行い、後日「お別れの会」を開くという。柄本は「その際に改めてご挨拶させていただければと思いますので、今はそっとしておいていただければ幸いです」とした。

     【柄本明のコメント全文】

     かねてより闘病中でした、妻 柄本和枝(芸名 角替和枝・享年64)が10月27日午前6時27分「原発不明癌」により旅立っていきました。長きに渡り応援して下さいましたファンの皆様、及び関係者の皆様には深く感謝いたします。

     葬儀は近親者のみにて執り行いますので、皆様には後日「お別れの会」という形でご案内させていただくつもりでおります。その際に改めてご挨拶させていただければと思いますので、今はそっとしておいていただければ幸いです。

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