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菩薩道とアドラー

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  • 2018/10/05 09:23
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  • 大乗仏教の根幹は、縁起(関係性)の世界を直視し、社会の人間関係に根差した、
    慈悲行(他者貢献)において、世界は仲間である(自他不二)という世界観をも
    つことにより自我への執着をなくし、自他共に苦悩から解脱を成さしめんという
    ことである。

    その自他不二の菩薩と呼ばれる道の具体化が、アドラー心理学に示されていて、
    その鋭い人間分析に救われる。人間の真実と普遍の道は変わらないであろう。
    東洋と西洋、宗教と科学の枠組みを超えて、人間の真実を、菩薩道とアドラー
    から学んでみたいと思う。

    ここは掲示板である。チャットなどとは違う。
    権力争いになる論争はしない。

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  • 1797(最新)

    和弘 10月5日 09:23

    >>1791


    ●日本人の血脈潰しの抵抗●

    貴方は、キリスト教布教の目的のために、神仏儒習合の日本文化(精神)
    を批判しているだけなのですよ。

    そのキリスト教布教に洗脳された頭が、自らの血脈である日本文化(精神)
    に蓋をしているのです。

    日本人の血脈と習い合わせるという寛容性がなければ、キリスト教布教は
    泥沼で喘ぐだけです。

    聖徳太子以来の神仏儒習合の大乗という自らの血脈を切るから、
    日本の風土から遊離し、日本人を辞めてしまうのでしょう。

    洗脳されている人との対話議論は不可能でしょうね。

    洗脳から覚めて下さい。


  • ●「厳粛な死」が最大の後世への遺産(死をどう受け止めるか)●

    内村鑑三は、クリスチャンである者は、死ねば必ず天国に行けるのであるから、クリスチャンは、
    後世のためのに、遺物を残す生き方をしなければならなといった。そしてその「後世への最大
    遺物」は、「勇ましい高尚な生き方」だと言った。おそらくそれはイエスの死にざまだろう。

    そして、薬師寺の官長であられた高田好胤は、「厳粛な死」こそが最大の遺産であるという。
    父を幼い頃に亡くした私は、この「厳粛な死の遺産」ということに心を打たれる。確認のために
    『観音経法話・偈頌の巻』から転載したい。204頁~。

    それでは何が一体、最大の遺産であるのか。私は厳粛な死ということ自体がこそ、最大の遺産で
    あると申し上げたいのです。それはさきに、親は私ども子供に命という遺産を与えてくれています。
    この命が尊い遺産であることを、おろそかに思ってはなりません。それは勿論のこととして、
    その死をどう受けとめ、これをどのように生かしてゆくのか、これが後に残った者が先立たれた方
    に対する最も大切なつとめです。その中から、親が子が、そして夫が妻が残してくれた人生が、
    自分自身の中に誕生してくるはずです。

    もし摩耶夫人がお釈迦さまをお生みなって七日目でみまかるということがなければ、私どもは
    釈迦牟尼というこの偉大な宗教的偉人とお出会いはさせていただけなかったと思います。
    摩耶夫人は肉体を持ったゴータマ(釈尊の御幼名)をお生みになり、御自分の死によって法身の仏陀
    を誕生させられました。この大いなる御遺産を私どもは頂戴させていただいています。お釈迦さま
    は最愛のお母さまの死という遺産を仏法という最大の無限の価値に生かして下さったお方です。

    ……

    「御自分の死によって法身の仏陀を誕生させられました。」というのが『涅槃経』であった。
    愛する者の死を、どう受け止め、どう生かしてゆくのか、それが、残された者の努めであった。

    死せる者は私に中で誕生している。

    イエスの厳粛な死を問い、その死を生かして行こうとするところに、キリスト教も誕生した。


  • ●[神の無限定]の愛は、怖れを取り除く●

    「愛は怖れを取り除く」と、愛の校長の言葉が終了色紙(卒業ではない)の中央にある。
    それは、エロスという限定された愛ではなく、アガベーという無限定の神の愛であろう。
    そのようなことが、今読んでいる、高田好胤『観音経法話』の中にあるので、卒業無き真実の探求
    のために転載したい。自己ことでもある、なんという妙なる機縁なのだろうか。191頁~。

    『老子』の言葉にもあるように、私たちには欲がある。偏見と独断に陥った主観、自分中心のもの
    の考え方があって、そこからむさぼりとか怒りとかが生まれ、そういうものが真実の道理を目覚め
    させない。そして私たちの心を暗闇にする。それを愚痴といいます。愚痴というのは心が暗闇に
    なる状態です。これが甘露の法雨によって打ち消され、洗い清められます。『老子』の「常に無欲に
    して以てその妙なるを観る」で、妙とは欲無きところにあらわれてくる世界です。ですから「欲
    あればその徼を観る」。さきに申しましたあらわてきた結果、その現象しか見ることができない。
    欲があることによって私たちは真実から遮られています。

    般若心経の「無罣礙故 無有恐怖」――無罣なきが故に恐怖あること無し、の一節、この「無罣」
    「恐怖」は、私たちに自分中心の自我の働きがあるから生れてくるのです。法句経の中に、
    「愛より愁は生ず。愛より怖れは生ず。愛を越えし人は、憂いなく何処にか怖れあらんや」と説かれ
    る一句があります。愛、これはこの場合、愛着の愛です。執着です。自分自身に固執する観念、
    即ち我執、妄執です。ですから神の愛の愛ではありません。神の愛を言う場合は、佛教でいう慈悲
    という言葉であらわしております。きわめて限定されたものへの愛着、そういうものがつまり愛
    であります。愛より愁は生ず。愛より怖れは生ず。愛を越えし人は、憂いなく何処にか怖れあらんや」
    この法句経の言葉がつまりまた般若心経の「無罣礙故 無有恐怖」に通じます。

    ……

    神の愛も、仏の慈悲も、直に体験するものである。直接経験したいものである。


  • ●名なきは天地の始めなり――「西洋の自我」と「東洋の無我」●

    言葉に実体がない(諸法無我)ということは釈尊ならずとも老子も見抜いていたようである。
    どうした機縁か、「イオンこれ道場なり」という動の休日の今日。静を謳歌し、万年留年の身の自覚
    において、高田好胤『観音経法話』を再読していると、〈自我と無我〉の章で孔子さまのお言葉が
    登場し、なんと、名(言葉)が「仮」であるというある。不可思議なご縁なので、転載して真実を
    学びたい。(189~)

    ……

    「妙」について『老子』の言葉でちょっと説明させていただきます。むつかしい言葉ですが、なかなか
    味わい深い教えです。

    道の道べきは常の道にあらず
    名の名づくべきは常の名にあらずあ
    名なきは天地の始めなり
    名あるは万物の母なり
    故に常に無欲にして以てその妙なるを観る
    常に欲あれば以てその徼を観る

    常に無欲になってはじめて、妙という境涯を観察することができるということです。
    ところが私たちは欲を以て自分の自我でしか物を見ないから、其の徼というのは、表にあらわれ
    くる結果ということですが、その仮の姿であらわれたものしか見ることができない。真実の妙なる
    世界を観るには、私たちはあまりにも欲がありすぎるということでしょう。だからはじめから言えば、
    説明できるようなものであれば、それは真実不変の道ではないというのが、「道のいうべきは常の
    道にあらず」ということです。そのように名づけられるものは、それは不変の名ではない。天地の
    あらわれて出来たのは、名のついているようなところからではなく、名づけることのできない奥深い
    ところから天地は生まれてきたのであって、「名あるは万物の母なり」、万物の母というのは、これは
    万物のそれぞれを育てたものでしかない、ということを言っているようです。

    自我といえばトルストイの『復活』などを読みますと、この人にはたいへんに宗教的な深さを感じます。
    西洋近代の歴史は自我の発見の歴史だと言いますが、『復活』にも動物的自我という言葉がでてきます。
    トルストイは動物的自我に対して精神的自我という言葉を使っています。ところが西洋では精神的自我
    というそこでお終いです。もう一つ進めて無我の境地がないようです。だから西洋の自我の発見の歴史、
    その自我というものにおいて物質文明の行きづまりが出て来ている。東洋の無という思想の思想に打開
    の道が求められていると言われますが、なるほどと思います。

    表にあらわれてこない底の世界、名のつけようのない奥深いところ、それが妙の世界です。以前にも
    述べましたが妙という字は、思いはかることのできない、あるいは絶対という、最上最高の、私たち
    の考えをはるかに越えた。そういう世界を妙という字であらわしているのです。

    ………

    名づけるという言葉は、世界を相対化するに過ぎない。その実体化してしまった言葉を越えたところ
    に、絶対(者)という、最上最高の妙なる世界が在る。

    その人間の言葉を越えるものは「常に無欲」であることだという――仏教でいう諸法無我である。

    「西洋の自我」に対して「東洋の無我」。
    善し悪しは別にして、その差異はしっかりと見つめたい。

  • >>1790

    掲示板の他の誰よりも、自分の妄想我流大乗仏教を守るために、必死に権力闘争に励んでいるのは誰でしょう。

  • >>1

    > 権力争いになる論争はしない。

    ↑これを読むと大笑いするしかないね。

  • >>1785


    ●妻と二人――「勿体ない命」の出会いを大切に●

    「お散歩に行く?」という妻の呼び声に応えて、妻の運転で軽井沢のショッピングプラザに行って来た。
    台風一過。空気は雨風で浄化されて澄み切り、浅間サンラインを走ると、八ヶ岳のすそ野の向うに富士山
    が小さく見える。絶好のドライブ日和である。追分に入り、サンラインから1000m道路を走ると、緑の
    トンネルには紅葉が始まっていて、無常なる命の季節の移り変わりを知らされる。そんな無常なる現世
    の命の今ここを大切にするように、車は二人を乗せて走っていた。

    ショッピングプラザもイーストの地下駐車場に車を止め、芝の道をウエストまで歩きランチをして、
    再び芝の道を歩きイーストの駐車場まで帰る。台風一過の風が爽やかな散歩コースであった。

    家に帰れば、妻は妻の書斎で孤独を謳歌し、私は私の書斎で孤独を謳歌する。
    孤独な二人で、二人で一つ。
    それで互いに高め合う生活を送れるとは幸せこの上ない。
    孤独な死を見つめつつ、「今・ここ」の命を大切にしたいものである。

    「勿体ない命」の出会いを大切にしたいものである。

  • >>1786

    >それで掲示板で、菩薩道しているつもりなんですか?(笑)


    地獄道です。
    南無地獄大菩薩!

  • >>1780

    >「私のことなどいいのだよ。他の人のことを心配してね」

    それで掲示板で、菩薩道しているつもりなんですか?(笑)

    では、とりあえずこれで。

  • >>1781

    寄生虫は歓迎されないでしょうね。
    殺されるだけです。
    で、私は一度殺されます。

    おっと、一階から、
    「お散歩に行く?」
    という妻の声がしたので
    その呼び声に応えます。

  • >>1780

    お~、すげ~。 シンクロだね。 あなたの投稿、1780を見てないうちに、あなたのおかおさんのことを思ったよ。

  • >>1779

    >自立できていない、と、自ら言いましたね。

    ハイ!
    無我ですから他力です。

    世界が私に生きる滋養分を与えてくれています。

    天地一杯、観世音菩薩!

  • まぁね、宇宙の中にはたしかに、寄生虫も害虫もいますよ。
    でも、駆除したいところに無理にいてもしかたないですわね。 ガードは硬いんですから。 必要とされないのだし。

    寄生虫は寄生虫を歓迎してくれるところ(あれば)に投稿すればいいでしょうね。
    もしくは、寄生虫から蝶にでも脱皮するとか。

    しかしま~、どうしたら、こんなにひねくれまわったおっさんが出来上がるんだろ。
    おかあちゃんは、あなたをなんて言ってました?

  • ●他者の心配をする仏●

    昨日の朝、ベッドの中であの世の母が立現れて言った。
    「私のことなどいいのだよ。他の人のことを心配してね」
    仏は「他の事」を心配して止まない人だった。
    そのとき、母が弥勒菩薩に思えた。

  • >>1778

    あら、あなたに言ったのじゃないと勘違いされては、と思い、投稿し直そうと削除したところでした。(笑)

    >ハイ!
    >私は寄生虫。
    >他から滋養分をいただい生きています。

    自立できていない、と、自ら言いましたね。

  • >>1777

    ●他から滋養分をいただいている寄生虫●

    >寄生ばっかりしてるんじゃないよ。 いいかげんにしなさい。

    おお!
    神さまのお出ましですね。
    いや、閻魔大王かな?


    ハイ!
    私は寄生虫。
    他から滋養分をいただい生きています。

    南無寄生虫観世音菩薩!

  • >>1773

    > >いつもながらの口先だけの「ありがとう」はどうでもいいから。
    >
    > 読んで頂いたのですから、心より感謝してます。
    >
    > 南無オリ観世音菩薩!

    口先だけの感謝はもういいから、間違いは間違いと認めて削除しなさい。

  • >>1774

    センスやカンが悪すぎる。

    あなたのような誠実さ皆無の偽善者に答えるつもりなどないという文面だって。

    とにかく、あなたは言葉に重みがなさ過ぎる。

  • >>1772

    >糸スレで返信している。

    貴方が死んだらどうなるのか?
    聞き及んでいません。

    >大乗仏教徒が人さまの意見にフラフラすんなよ。

    別にフラフラするのではなく、興味があるのですよ。
    お願いしますね。

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