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  • 1719 1683
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  • >>1716

    いい年をして『的を得ている』とは何ごとですか?(笑)
    HNを変えても相変わらす国語力がないですねw

  • >>1712

    さとみちゃんにストーカーする暇があれば逃げないで
    浄学師「オシラベ」は?どうしましたか

    ----
    史実を学ぶ勉強する事もお勧めします。
    逆に質問してくる姿は甚だみっともない。
    研鑽するべきだよ。
    しっかり研鑽されてはいかがか?。
    このスレは個人への非難中傷の場ではない
    あなた自身がお調べになる事を提案します。
    ----

    これ、浄学師の発言で「口だけ大将」の回答不能とは、なさけない。

    昨日今日入信の私じゃあるまいし、回答不能記録、どこまで伸ばせば満足ですか?



    本題ですよ。
    浄学師に教えを乞います。

    -------------
    「宗祖」が「龍ノ口」の首の座に座られた時、明確な「後継者」は居ない。
    -------------

    これは言い切られてますが、これがわかってるいるのに
    下記のことが知らないのは可笑しいですね。

    ////////////
    一つは「本門戒壇の大御本尊様」についてです、間違いなく「宗祖」の造立でしょうか?。

    二つめは「弥四郎国重」とは如何なる「お方」か?。

    三つめは「弥四郎国重」が願主となり、「本門戒壇の大御本尊様」を造立した訳ではないよね?。
    ////////////


    何分入信して日が浅い者ですから「万人」が判るように「言い訳」願います。

    浄学師は言ってましたね
    『史実を学ぶ勉強する事 しっかり研鑽するべきだ』
    と。

    加えて【自力で「調べろ」】と。


    その手本、この入信して日が浅いkanonに見本を見せて下さいよ。浄学師。

    他人にばかり一丁前に要求しますが、浄学師自身は全くしません。

    ※『史実を学ぶ勉強する事 しっかり研鑽するべきだ』【自力で「調べろ」】

    この言葉、そのままそっくり浄学師に返しますんで、実行実践してください。

    「くだらない」誹謗中傷の泣き言ばかりではなくてね。お願いしますよ。


    こんな入信して間もない私に智者の浄学師が誹謗中傷してばかりです。

    「史実を学ぶ勉強する」これ、出来てますか?
    「しっかり研鑽する」これ、出来てますか?
    「自力でシラベロ」これ、出来てますか?

    答えを乞いますよ。

    「このスレは個人への非難中傷の場ではない」んですから。

    浄学師は創価学会を尊敬してるんですから、ここはバシッと御教授お願いしますね。

    「みっともない」回答不能記録更新中のバカさん。

    kanon_ezs

  • >>1712

    >じゃないのか?。

    浄学師、ハンドルネームを変えて別人にナリスマシても、相も変わらず「?【。】」この癖は頭隠して尻隠さずですね。

    さとみチャンは元気ですか?

  • ・お盆

    「仏け説いて云く汝が母は・つみふかし・汝一人が力及ぶべからず、又何の人なりとも天神・地神・邪魔.外道・道士・四天王・帝釈.梵王の力も及ぶべからず、七月十五日に十方の聖僧をあつめて百味をんじきをととのへて母のくをはすくうべしと云云、 目連・ 仏の仰せのごとく行いしかば其の母は餓鬼道一劫の苦を脱れ給いきと、 盂蘭盆経と申す経にとかれて候、 其によつて滅後末代の人人は七月十五日に此の法を行い候なり、此は常のごとし。」(盂蘭盆御書(治部房祖母への書))

    目連尊者が、餓鬼道に堕ちた母を七月十五日に十方の聖僧を集めて御馳走をふるまい母の餓鬼道を脱れたことが盂蘭盆経という經に書かれているそうです。
    これがお盆の起りですね。

  • 日蓮聖人と極楽寺良観、現代の目で見ると、聖人は攻撃的であった。良観としては降りかかる火の粉を払ったということだろう。双方とも悪意はない。双方とも地獄に落ちるということはない。

    そして、ニセイタ曼荼羅。
    これも地獄には落ちないのだ。

  • 「次に道を作り橋を渡す事還つて人の歎きなり、 飯嶋の津にて六浦の関米を取る諸人の歎き是れ多し 諸国七道の木戸・是も旅人のわづらい只此の事に在り眼前の事なり汝見ざるや否や。」(聖愚問答抄上)

    現代語訳
    つぎに道を作り橋をかけることは、かえって人々の嘆きになっている。飯嶋の津で六浦の関米を取ることから諸人の歎きは多い。諸国の七道の関所も旅人の迷惑となっているのは眼前の事実である。あなたはこれを見ていないのか。

    極楽寺良観は、関米を取っては諸国に道を作り、七道に関所をかまえて、通る人ごとに銭を取って諸の河川に橋をかけた。
    今でいうインフラ整備である。

    日蓮聖人は、これを批判する。
    関米や関所は人々の迷惑になっているという。

    今でいうと、税金で公共事業をすると、その税金が迷惑になるということだ。
    税金がなく道や橋がない社会と、税金が高いが社会インフラが充実している社会とどちらがいいか?
    アフリカのウガンダとスウェーデンのどちらがいいか?

    答えはどちらも大事だということだろう。
    道や橋は造らなければいけないし、税金が迷惑ならば改めなければならない。

    日蓮聖人の御書によって、こんなことも分るようになる。

  • 極楽寺良観(1217年8月19日-1303年8月25日)は、日蓮聖人(1222年2月16日-1282年10月13日)と雨乞いを争った当時すでに極楽寺開山の大僧正だ。
    一介の天台沙門である日蓮聖人が、「早く日蓮房に帰せしめ給え」(十一通御書)などとよく言えたと思う。
    現代でいうならば、国立大学総長に対して、一介の大学非常勤講師が「私の学説に帰しなさい」というようなものだ。
    あの当時であれば、法難にあうのがあたりまえだ。
    聖人には、かくもの法華経の確信があったということだろう。

    仏像を火に入れ水に流す等と非難されたことに対して、「二百五十戒を破失せる因縁此の大妄語に如かず無間大城の人・他処に求ること勿れ」(行敏訴状御会通)と、無間地獄に落ちると仰せだ。
    良観は地獄に落ちたのだろうか?

    良観は86才の天寿を全うする。
    あの当時としては、長寿の日蓮聖人が60歳の生涯であったように、ものすごい長寿だ。
    良観没後20数年後、後醍醐天皇より忍性菩薩の尊号を勅許された。

    聖人は、良観がいたから法華経の行者となれたといっています。
    事の一念三千では、良観は仏です。

  • 極楽寺良観は、日蓮聖人と雨乞いを争い、負けたことで聖人を恨み幕府に訴えたから、聖人が法難を受けたといわれています。
    聖人は、極楽寺良観を激しく攻撃しています。

    「僣聖増上慢にして今生は国賊・来世は那落に堕在せんこと必定なり、 聊かも先非を悔いなば日蓮に帰す可し、」(十一通御書)

    他にも極楽寺良観に関する御書はたくさんあります。
    この極楽寺良観、「十種誓願」を認めています。

    1 能力に応じて、仏・法・僧の三宝を盛んにする。
    2 毎日なすべき勤行・談義・出仕などを怠らない。
    3 三衣一鉢は遊行の時にも必ず自らこれをもって行く。
    4 病気でない限り輿や馬に乗らない。
    5 特定の檀那の別請を受けない。
    6 孤独な人々・貧しい人々・病人・盲人・跛者や路頭に捨てられた
    牛馬にもあわれみをかける。
    7 険しいところには道をつくり、橋をわたし、井戸を掘り、薬草・樹木
    などを植える。
    8 自分に害をなし、そしる人々をも善き友人と思い、人々を救うため
    の方便として意義を認める。
    9 点心を用いることなく、料理に手間をかけた食物をとらない。
    10 以上の実行に、すぐれた点があるなら、自分のためにとどめることなく、
    あまねく生きとし生けるものにほどこし、他人の罪を自分の身に受ける。

    以外と良い坊様のようです。
    8などは、聖人のことでしょうか。

    極楽寺良観は、福祉方面で功績のある人です。
    歩けない物乞いやハンセン氏病の患者を自ら背負ったり、その功績は幕府だけでなく朝廷からも認められて、後醍醐天皇からは忍性菩薩の尊号をもらっています。

    聖人の教義では、極楽寺良観も仏になれます。

  • 「一御状に云く本門久成の教主釈尊を造り奉り 脇士には久成地涌の四菩薩を造立し奉るべしと兼て聴聞仕り候いき、然れば聴聞の如くんば何の時かと云云、」(四菩薩造立抄)

    「今末法に入れば尤も仏の金言の如くんば造るべき時なれば本仏・ 本脇士造り奉るべき時なり」(四菩薩造立抄)

    釈尊+四菩薩をいつ造立するのか?

    本門の戒壇の一閻浮提総与の大イタイ曼荼羅 「一御状に云く本門久成の教主釈尊を造り奉り 脇士には久成地涌の四菩薩を造立し奉るべしと兼て聴聞仕り候

  • 「此等の仏をば正像に造り画けども未だ寿量の仏有さず、末法に来入して始めて此の仏像出現せしむ可きか。」(観心本尊抄)
    「或は仏像を壊り仏像の鼻及び諸の賢聖の形像を毀り或は父母の形像を破る是の罪を以ての故に 形を受くる多く具足せず、 復次に不善法の報・身を受くること醜陋なり」文、」(十法界明因果抄)
    「木画の仏像・堂塔等をやきかの仏像等の寄進の所をうばいとり 率兜婆等をきりやき智人殺しなんどするもの多し、 此等は大阿鼻地獄の十六の別処に堕つべし、 」(顕謗法抄)
    「木画の二像の仏の前に経を置けば三十二相具足するなり」(木絵二像開眼之事)
    「この王は道士というものにそそのかされて、仏像を破壊し、経巻を焼き捨て、」(同生同名御書)

    御書には仏像のことが書いてある。
    仏像に対する考え方は、我々と同じだ。

    仏像をお人形、フィギアだとかいう富士は、御書から外れている。

  • イタ曼荼羅は、日蓮聖人が顕した曼荼羅ではないが、本尊たりえる↓

    「観門の難信難解は百界千如一念三千・ 非情の上の色心の二法十如是是なり、 爾りと雖も木画の二像に於ては 外典内典共に之を許して本尊と為す 其の義に於ては天台一家より出でたり、 草木の上に色心の因果を置かずんば 木画の像を本尊に恃み奉ること無益なり」(観心本尊抄)

    そして、イタ曼荼羅を本尊と認める根拠によって、仏像も本尊となる。
    にも関わらす、仏像を本尊と認めない富士系の教学は、イタ曼荼羅を本尊と認める根拠をも失っていることになるのだ。

    曼荼羅だけが本尊となるという主張は、日蓮聖人の御書にない。
    日興上人は、曼荼羅を本尊としたが、仏像を本尊とすることを否定していないのだ。

  • 日蓮正宗大石寺68世早瀬日如法主の「75000人総会」
    「そのうち、まず日興上人の御誕生七百七十年の平成二十七年までに、全国のすべての法華講支部は、現在の講員数の五十パーセント増を目指して、折伏実践の確実な歩みをもって仏祖三宝尊に御報恩謝徳申し上げていくことが肝要であります。さらにその先、この確実な成果の上に立って、さらに折伏を重ね、平成三十三年、宗祖日蓮大聖人御誕生八百年までには、御誕生八百年にちなんで、法華講員八十万人の体勢を築き、大法広布に資していきたいと思います。」

    平成27年までに、講員数の五十パーセント増。
    平成33年までに、法華講員八十万人。

    これが、日蓮正宗の目標だという。
    新興宗教じゃあるまいに、しかも、寺の坊主がこういうことをいう。
    夢よもう一度というわけなのだろうが、信徒に供養を要求し、さらに折伏までも要求するというのは、他の宗派では考えられないことだ。
    折伏は、自ら先頭に立ってやれ。聖人はそうしてきただろう。

    創価は会長が折伏ということをいって拡大してきたのだが、会長自らが先頭に立って折伏拡大できる組織を作ってきたのだ。
    大石寺の坊さんは、号令をかけるだけで、あとは寺で経を読むだけだろう。

    ま、八十万人はおろか、公表の信者数50万人も減らしていくだろう。

    イタ曼荼羅は鑑定にかけて、真実を明らかにすべきだ。
    不幸を拡大することは終りにしろ。

  • 今度こそ本当に日興宗のカルト信者は豚走したかな。
    ウソ、コジツケで、人をだまそうとすることばかり。
    そんなことは御書に書いていない、といってやればいいのだ。

    それにしても、「日蓮系教団議論のウオッチャーなの」というウソには呆れたよ。┐( ̄Д ̄)┌
    バリバリのカルト婆信者じゃないか。

    奴のウソを正した数々↓
    ●教義
    ・イタ曼荼羅は聖人が弘安2年10月に顕したものではない。
     根拠:弘安2年10月前後の他の曼荼羅と筆跡が違う。

    ・一念三千は観法である。
     根拠:「一念三千の観法に二つあり一には理二には事なり」(治病大小権実違目)

    ●日蓮聖人
    ・上行菩薩の再誕である
     根拠:「此の三大秘法は二千余年の当初・地涌千界の上首として日蓮慥かに教主大覚世尊より口決相承せしなり」(三大秘法禀承事)

    ・天台沙門である。 
     根拠:立正安国論の名乗り

    ・伊予房に仏像を開眼させた。
     根拠:真間釈迦仏御供養逐状

    ・身延での生活は、貧しいものだった。
     根拠:「日蓮は世間には日本第一の貧しき者なれども」(四菩薩造立抄 弘安二年五月)

    ・釈迦像と四菩薩像を造立しなさいといった。
     根拠:「一御状に云く本門久成の教主釈尊を造り奉り 脇士には久成地涌の四菩薩を造立し奉るべしと兼て聴聞仕り候いき、然れば聴聞の如くんば何の時かと云云」(四菩薩造立抄 )

    ・神を敬っていた。
     根拠:「右我が朝は神国なり神道を敬うを以て国の勤めと為す 謹んで百神の本を討ぬるに諸仏の迹に非ること無し」(念仏者・追放せしむ宣旨・御教書・五篇に集列する勘文状)

    ・摂受と折伏の行を説いている。
     根拠:「無智・悪人の国土に充満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし」「末法に摂受・折伏あるべし」(開目抄)

    追加
    >『戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり』
    >  ↑これを本尊として顕したもの↓
    >『本門寿量品の未曾有の大曼荼羅建立』と述べていて、

    「曼荼羅」とどこにも書いていない。
    こういうのをコジツケというのだ。

  • >>1679

    >「偽書と認めた日蓮宗はエライ」などというものではないのです♪^^』

    偽書と認めて誰もダマさないのが日蓮宗だ。
    偽書と認めずにダマし続けるのが日蓮正宗なのか?

    >『戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於て面授口決せしなり、
    > 本尊とは法華経の行者の一身の当体なり』

    >  ↑これを本尊として顕したもの↓

    >『本門寿量品の未曾有の大曼荼羅建立』

    >と述べていて、日蓮上人の本尊史上、顕したのは御曼荼羅のみ♪

    なんだそのコジツケは?
    どこにも曼荼羅などと書いてない。
    お前には、これはまだ早いのだが、少なくとも書いてある通りに理解しろ。

    「本尊とは法華経の行者の一身の当体なり」、つまり、法華経の行者が本尊だということだ。
    分るか?

    これは、事の一念三千でもあるのだよ。
    ま、痴婆犬と呼ばれているうちは無理だ。
    もっと勉強しろ。

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