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>>37390

>中世神学は現代哲学の源泉だけになかなか難しいですね。

永井均氏も、現代哲学の諸テーマはトマスアクィナスなどが「受肉」や「復活」に哲学的な解決・表現を与えようとした中世の問題意識から派生した、とか発言をされているようです。

実際永井氏の<私>と「私」や<今>と「今」は、<神>と「神」の言い換えのようなところがあるのでは?

<神>が恩寵の光のもとでの神に、「神」が理性によってとらえた神に、なんとなくつながりそうではあります。

もっとも永井氏は<神>と「神」(ニーチェを論じる時にこの使い分けをしていました)の違いを理性によって探求されていますが。