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  •  『テーリーガーター』(岩波)

     8 ミッターよ、あなたは信仰心によって出家した以上、友と交わるのを楽しむ者となれ。
       安穏の安らぎに達するために、もろもろの良いことがらを修めなさい。

     ● どうして<信仰心>と<友>が関係するのか。

     ● 良いことがら(倫理)は或る種の超越状態への道だという確認。


     11 三つの曲がったもの、臼と杵と意地悪な夫から逃(脱)れたことによって、わたしは巧みに逃(脱)れました。みごとに逃れました。わたしは生と死から逃れています。迷いの生存に導くものは根こそぎにされました。

     こういうところに現実が匂ってくる。駆け込み寺のような機能もあったのだろうか。

  •  
     浄土経典も勝手に読まれている。とくに親鸞派によって他力信仰の原典とされているが、そんなことはないだろう。

     浄土真宗は木違いじみていて、なんでもかんでも他力思想にしてしまう。「利他」とあっても「他力」にする。しかもそれは親鸞の思想だという。


     A 原典 浄土真宗聖典(第二版) 2007

     B 現代語訳 顕浄土真実教行証文類 2000 

     
     A 217 「利他真実」 → B 172 「他力の真実」

     A 231 「利他の真心」 → B 197 「如来より与えられた真実心」

     A 296 「利他の信海」 → B 310 「他力回向の信心」

     なんでこういうことが可能なのか。

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  • >>12

    一番良い修行法は49日間の禅定です。

    他の修業はすべてそれに匹敵するであろう代替え修行です。


  •  アドヴァイタを体験した人間のカミングアウトは爆発しているが、ヴィパッサナという仏教の中心的修行もかなり多くの人が言及するようになった。

     仏教の修行は、テーラヴァーダではブッダゴーサが体系化したが、それゆえに仏陀からの偏差があるかもしれない。

     ニカーヤ(経蔵)で参照される修行法は、

     サティパッターナ経(中部)
     マハーサティパッターナ経(長部)

  • 仏教原点
    初めに日月燈明如来が出現しました。(恒河沙)
    次も又、日月燈明如来が出現しました。

    日月燈明如来の出現は2万仏、続きました。
    その後、観音など違う仏が出現しました。(那由多)

    そして大通知勝仏という仏が出現しました。
    大通知勝仏には子供がいました。
    大通知勝仏はこのお話を子供達に伝え、
    2兆4千億年の涅槃に入りました。

    大通知勝仏の16番目の子供が肉体を持って
    釈迦という名でインドに出現しました。

    釈迦は49日間の禅定で悟りを開き久遠に入りました。
    釈迦は道場を開き各地で説法をしました。
    釈迦の死後、弟子たちが釈迦の説法を伝えました。

    仏教には3つの要素があります。

    1.禅定の悟り
    座禅や滝に打たれるなどの修行により悟りの境を目指す。



    2.菩薩の神通力
    日本で最初に菩薩になったのが中国から伝来した法華経を読み法華経などを奉納する寺を建立した聖徳太子です。(新説 聖徳太子本仏論)

    太子が制定した憲法17条の第1条、「和をもって尊しとす」は日本人なら誰でも知っている日本人の心の中心です。
    憲法1条は菩薩の神通力で今も生きています。

    又、日本人の行列のマナーの良さは徳川家康の抜け駆け禁止令から来ているらしいです。
    徳川家康などの神通力が今も日本人に存在します。


    霊的存在ではない現実に現代にも存在している菩薩(権現様)の神通力。

    自殺しようとしている人を止められるような人も菩薩の神通力を持っているといえます。

    聖徳太子の神通力。
    空海の神通力。
    法然の神通力。
    道元の神通力。
    日蓮の神通力。
    家康の神通力。
    イエスの神通力。
    マザーテレサの神通力。
    ムハンマドの神通力。
    など

    聖徳太子 574年-622年
    四天王寺建立 593年
    法隆寺建立  607年
    古事記  712年
    日本書紀 720年(日本神話)


    3.浄土の仏
    霊的存在は証明しにくいが浄土は霊的存在の一つの場所。
    釈迦が3度生まれ変わったと云う言い伝えから浄土で仏となり、又、生まれ変わると言われている。

    ※霊的存在場所の信仰は自然崇拝、修験者の山岳信仰、イエス信仰など多数の宗教で存在しています。

    日本の数(涅槃寂静から無量大数)が仏教地図になっています。

  • >>6

       
     我々はたぶんこういうふうに習ってきたはず。釈迦が死んでしまって、神格化が起こり、いつまでも消えない憧憬が永遠としての、法身としての釈迦を産んだのだと。

     しかし、ある種の説教では、釈迦はあの釈迦だけではなくて、ずぅっと昔から同じことをやっていたんだ、とすること自体に意味がある。 実はこの新たな大きな法も、今初めて説いているというわけではなくて、ずっと昔から説かれていたのを、貴方方がなまけていて、忘れてしまったのだ、とすれば? 

     まったく新たに法を説いたのではないから、根拠を言う必要もなくなる。ただオーバーライトすればいいだけだ。しかもさほどの違和感もなく。

     時間も空間も永遠だというのが法華経後半の思想だが、それもまた前半の方便思想の延長上にあったのだとすれば、どうなる? 
     
     法華経の全てが小乗壊しの戦略でしかない、ということになるのだ。
     
     彼等は四向四果の修行をまったく否定してしまうが、それでいて、止観は温存する。何事もなかったかのように、綿綿と止観だけは受け継がれている。ただ、修行の階梯を破壊する必要があった。でないと、声聞縁覚がいつまでも邪魔するだろう。だから菩薩だ、しかし止観もやると。どこまでも虫がいい体制だ。


  •  『法華経』の訳は、岩波は駄目でしょう。植木訳が詳細な註をつけていてグッド。

     それにしても、この経典は、小乗仏教の信仰者をいかにしてかすめ取るか、小乗に大乗をいかにして乗っけるか、という戦略に満ちあふれている。たんに大乗経典の一代表というだけのものではなくて、いかに言説が戦略的に動くのか、という良い見本といえる。

     しかし大抵の解説書は、そういう観点を取らずに、法華経を護教してしまう。苅谷定彦の『法華経<仏滅後>の思想』もあてにならない護教的発想によって、見るべきものをまったく見ていない。

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