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坐禅

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  • 2018/05/27 11:30
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     『君は仏 私も仏』
    「坐禅」談話室です。ご投稿どうぞ。

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  • 18463(最新)

    デロリン 5月27日 11:30

    >>18462

    仏教は無我思想だから、個人は存在しない。
    その意味では、全ては私事の自業自得であるので、「頂きまする」の解釈は可能ですが、、

  • >>18460

    >だれがミサイルをおとすんだろうか  じぶんが(にんげんが)おとすんだとしたら
    自業自得の「いただきまする」 か な
    >神さま仏さまがミサイルをおとすとしたら  じぶんにはわからないけれど それなりのわけがあって 神仏の思し召しの「いただきまする」  か な
    >雲さんの言ってるぽいんとは
    即今 只今 如是  ということかもしれないね

    ??

    因果応報でしょう。

  • >>18423

    >
    > ●母が己がわが子を命を賭けて護るように●
    >
    > >子供を殺してしまうかもしれないミサイルに「いただきまする」なんて できないだろうってはなし
    > >だったよね ほんとにやってくるかどうかわからないみらいのできごとのはなし
    > >仏教ではそれが 「できる できてる」って言っているんじゃないかな
    > >気づかないだけで
    >
    > めごちさんは自己本位というか、アタマが片手落ちですね。
    > 仏教は誰も、「ミサイルをいただきまする」のままとは言っていない。
    > 危機を予測して、自己を深めて、ダイヤモンドにように強固な「真実の自己」に成れ。
    > そして、無量の〈慈しみの〉こころを起こすべしと言いまして、禅も釈尊の心を継ぎます。
    >

    だれがミサイルをおとすんだろうか  じぶんが(にんげんが)おとすんだとしたら
    自業自得の「いただきまする」 か な

    神さま仏さまがミサイルをおとすとしたら  じぶんにはわからないけれど それなりのわけがあって 神仏の思し召しの「いただきまする」  か な

    雲さんの言ってるぽいんとは
    即今 只今 如是  ということかもしれないね

    > 『スッタニパータ』
    >
    > 何人も他人をあざむいてはならない。たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。
    > 悩まそうとして怒りの想いをいだいて互いに苦痛を与えることを望んではならない。
    > あたかも、母が己が独り子を命を賭けても護るように、そのように一切の生きとし生きるものども
    > に対しても、無量の慈しみの〉こころを起こすべし。
    >
    > また全世界に対して無量の慈しみの意を起こすべし。
    > 上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき(慈しみを行うべし)。
    > 立ちつつも、歩みつつも、坐しつつも、臥しつつも、眠らないでいる限り、この(慈しみの)
    > 心遣いをしっかりとたもて。
    >
    > ……
    >

    そうできたらいいんだけれど  なかなかそうはいかない


    > 禅は慈しみの復権である。

    どうすればいいのかをおしえてくれてるのが 禅 かもしれないね

  • >>18453

    おはようございます。

    >道元さまは
    「この迷いの人生そのまんまが『涅槃』(悟り)の世界であり、
    迷いの人生を除いて悟りの『涅槃』を説くことはない」
    と申されるのです。

    ここなのですが。 これは、「迷いにも囚われるな。 迷う時もあるだろうが、それも一時のことであり、迷うということを特別扱いしてそれを厭うことなく、日々を過ごすように。」というような意味合いだと思うのですが。

    いかがでしょうか?  水月さんの言葉で教えていただけるとありがたいです。

  • >>18448

    > キミにとって核ミサイルも、キミの脳内楽園の中のオブジェに過ぎないようだね。

    そうだね

    > そのミサイルを、現実に起こった東日本大震災に置き換えて「いただきまする」できるとは言えないだろう?
    >

    その場になってみれば「いただきまする」できるんじゃないかな だれでも 


    > たわごとなら何とでもいえるよ。

    たわごとでも 何とでも 言ってみるのはいいことなんじゃないかな

  • >>18453

    (三十一)「生死すなはち涅槃なりと覚了すべし。
    いまだ生死のほかに涅槃を談ずることなし」
     
    「生死」とは、この身が生まれて死ぬということだけでなく、
    迷いの人生を輪廻することでもあります。

    道元さまは
    「この迷いの人生そのまんまが『涅槃』(悟り)の世界であり、
    迷いの人生を除いて悟りの『涅槃』を説くことはない」
    と申されるのです。
      
      返す日を 久に待ちいし この身なり 
       しばし待たれよ 着替えするまで

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~

    なーんだ  ちっとも僕らと変わらないじゃないか なんて気もするんだけど
    そうじゃないんだね

    どこがそうじゃないのかはわからない  どこなんだろう

    もしかして
    変わらないんじゃないか というのはほんとうのこと  なのかも

  • >>18454

    色即是空 空即是色 ということなんだろうね

    雲さんは
    できごとは 空からうまれ 空にかえっていく なんて言ってた

    いまここに こんなふうに  即今只今 如是

    雲さんはじぶんのトピでまいにち

    即今只今 如是 しているんだね きっと

  • >>18452

    (三十)「知るべし、佛法にはもとより身心一如にして、性相不二なり」

    釈尊をはじめとし歴代の祖師方は一貫して
    「身心一如、性相不二」の道理を説いておられることは、
    佛教人ならどなたもご存じのことです。

    万一、霊魂の永遠不滅と説いてこられたとしても、
    身体と霊魂(心)を区別して、一方は滅して亡くなり、一方は永遠に残るとは
    絶対に説かれることはないでしょう。

    残るとすれば身心共に残り、滅するときは身心共に滅する
    というのが佛法の説くところであります。
    つまり、「身心一如」で「性相不二」であると言われるのです。
    「性相不二」の「性」とは存在する物の本質のことで、
    「相」とは『現相』とも言うていますが、存在するものの姿のことです。

    ここでは、この身体を「現相」といい、霊魂を本質(本体)と見たのです。
    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

    ここのところは おぼえてる
    なるほど! なんておもったんだ あのときは
    だけど なーんにもわかっていなかった  今よんでみると

    今 なるほど! なんて思う

    もうすこし 後で読んだら なーんにもわかってなかったんだ なんて思うんだろうね

    なにかが 足りないんだね

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  • >>18450

    No.19 仮字(けじ)正法眼蔵講義  耕月庵 雲さん著

    仮字(けじ)正法眼蔵」を読んで (その19)―

    前にありましたように、
    心の本体としての霊魂だけは永遠に不滅で、身体だけが死んで亡くなる、
    という誤った考えを持つ人に対して、道元さまは次のように説かれるのです。
     
     (三十)「知るべし、佛法にはもとより身心一如にして、性相不二なり」

    釈尊をはじめとし歴代の祖師方は一貫して
    「身心一如、性相不二」の道理を説いておられることは、
    佛教人ならどなたもご存じのことです。

    万一、霊魂の永遠不滅と説いてこられたとしても、
    身体と霊魂(心)を区別して、一方は滅して亡くなり、一方は永遠に残るとは
    絶対に説かれることはないでしょう。

    残るとすれば身心共に残り、滅するときは身心共に滅する
    というのが佛法の説くところであります。
    つまり、「身心一如」で「性相不二」であると言われるのです。
    「性相不二」の「性」とは存在する物の本質のことで、
    「相」とは『現相』とも言うていますが、存在するものの姿のことです。

    ここでは、この身体を「現相」といい、霊魂を本質(本体)と見たのです。

    ある坐禅会のあと一人の居士が
    「この身は死んで野辺の煙となり骨だけとなるが、
    心(霊魂)は不生不滅で永遠に残る…。
    それはあたかも家が火事で焼けてしもうても、
    その家の主人は逃げて健在であるようなものだ…」
    と、得意げに話していました。

    その話を聞いていたもう一人の居士が
    「では聞くが、例えばここに一箇の死体が横たえてあるとしよう。
    これは今では一箇の死体なのではあるが、
    生前のその人であることには間違いない。
    この死体を離れてのその人は、今どこに居りますかいなー」
    と尋ねたら黙ってしまいました。

    このように身体と心とは考え方の上においては区別することができますが、
    事実の上では決して切り離すことはできません。
    畢竟「身心一如」というほかはない…。
    (続く)

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  • >>18433

    No.18 仮字(けじ)正法眼蔵講義  耕月庵 雲さん著

    仮字(けじ)正法眼蔵」を読んで (その18)―
     
    (二十九)「ただ急ぎて心性の常住なる旨を了知すべし。
           いたずらに閑坐して一生を過くさん、なにの待つところかあらん。
    いま言うところの見、まったく佛道にあらず、先尼外道が見なり」

    ひとりの修行者が道元禅師に

    「生死の迷いから解脱するには、
    心性(心の本体)が常住(不変)であるという道理
    を急いで知ることが大切です。
    それにもかかわらず、坐禅というものは何の得るものもないのに、
    閑坐(のんびりとすわる)などして一生を過ごすとは
    私には理解できませぬ」

    と、疑問を呈しました。

    これに対して道元さまは

    「お前さんがいま言うているところの考え方は、全く佛道というものではない。
    『先尼外道』の考え方である!」

    と答えておられます。

    私たちが、是非、善悪、苦楽などを知るのは、心の本体ともいうべき霊根の働きです。

    この修行者の問いは

    「自分の肉体は野辺の灰となっても
    霊魂だけはこの肉体から抜け出して次の世に生まれ変わる。
    だから、この世からは亡くなったように見えるけれども、
    また次の世に生まれ変わるのだから永遠に不滅です。
    だからいたずらにのんびりと坐禅をするより
    『心性の常住』(霊魂の永遠不滅)なる道理を知ることが急務である
    と思うのですが如何!」

    と問うたのです。

    こうした死後の世界のことをまことしやかに語っておられる人をみますが、
    果たしてその人は、死んだ自分の身体から魂だけが抜け出したということを
    体験した上での話なのでしょうか…。
    (続く)

  • >>18439

    めごち^^

    > 僕は修業の人にはなれない  

    なる必要はないの^^

    > 才能のもんだいかな 努力する才能もふくめて

    努力は才能ではないの(笑)
    他人と比べる必要もないの(笑)
    出来る範囲での努力で良いのよ^^
    疲れたり飽きたりしたら止めれば良いの\(^o^)/
    少し休めばまた始めれば良いの\(^o^)/

    休む相場、休むもテキム、休むも努力なの\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

    ただし・・・感謝はわすれたら・・・不幸になるわよ\(^o^)/
    このことに関しては・・・・・・・・俺が保証するワ(笑)

    > 日々のせいかつのなかに 
    >神や宇宙や仏さまのはたらきをみいだせる気もして

    そうなのよ^^

    ー風に吹かれてー

    > たとえば 
    > よい音楽や詩 ものがたり あるいはいろんな人たちとのであいのなかに
    > それらの断片をあつめて しいさな神や宇宙や仏さまをつくることができるかもしれない
    >
    > ミサイルがやってきて  それがちきゅうぜーんぶをこわすことのできるはどのミサイルだとしても
    >
    > 奥さんといっしょなら ついでにがーるふれんどといっしょなら さらに巣穴の近辺の人たちといっしょなら さらに庭にやってくるハトさんたち 池の金魚さんたち  さらに庭のパセリ セージ ローズマリー そしてタイム なんてといっしょなら  いただきまする  できそうな気もして
    >
    > 年取ったせいなんだろうけど
    > 死ぬことはこわくない わくわく!なんて気もする いただきまする できる  と思う  たぶんね

    俺は今年は・・・2度目の10歳の少年なの\(^o^)/

    喜寿が楽しみなの\(^o^)/
    2度目のセヴンティーンなんてワクワクものよ\(^o^)/\(^o^)/\(^o^)/

    2度目だからメチャ上手くやるわよ*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*

  • >>18439

    キミにとって核ミサイルも、キミの脳内楽園の中のオブジェに過ぎないようだね。
    そのミサイルを、現実に起こった東日本大震災に置き換えて「いただきまする」できるとは言えないだろう?

    たわごとなら何とでもいえるよ。

  • >>18445

    経験値の事実なら・・

    例えば、「母性本能」は・・

    人工飼育で成長した動物のメスは出産した際に子育てができない諸例は見られる。

    インドの思想家であるクリシュナムルティは後年、愛の無い子供もいることを知った、と告白している。
    尚、彼は過剰な幼児プレイを求めていた事実を元妻に暴露されている。

  • >>18445

    うん^^

    そろそろお出かけ^^

    ではでは^^

    BS101で大谷の試合を見ながら聴きながら^^
    まだ一回もバットを振っていないの♪( ´θ`)ノ
    見送り三振と四球^^
    三打席の大谷が・・・
    ブーイングの中で登場^^

    初球を振った^^

  • >>18444

    >宗教に類することは・・・
    >方便を真実にまで高め昇華させ信じ切ることなんだよ^^
    >キミの場合は・・・
    仏道に身を置いているとは言っていたが・・・
    信じ切っていないんじゃないの?
    信じ切っているなら・・・結構なことだ^^

    だから、言っただろう^^

    >>18436
    1『君は仏 私も仏』・・「神仏」は信仰心だろう。 それでいいけども、、 

    否定してない、以上。

  • >>18442

    デロリン^^

    > であれば、「神仏の存在」は事実だとする事象を挙げてみなさい^^

    何度も言って来ただろう^^

    宗教に類することは・・・

    方便を真実にまで高め昇華させ信じ切ることなんだよ^^

    キミの場合は・・・
    仏道に身を置いているとは言っていたが・・・
    信じ切っていないんじゃないの?
    信じ切っているなら・・・結構なことだ^^

    ー風に吹かれてー

    > >とにかく・・・
    > デロリンの経験体験だけで判断決めつけするのは止めなさい(笑)
    >
    > 間接的体験は認めます。

    好きにおし^^

    と言うことは・・・
    キミに付き合うのは過去に散々に懲りているので・・・
    キミからのレスに返信しないカモと言うことなの^^

    悪しからずだが^^

  • >>18438

    ちょっと、何言ってんの?

    > 雲さんやめごちや俺は・・・
    > 本心で「いただきまする」と言えるのです^^

    めごちさんは、「心配することがやめられない」って書いてあるでしょ。 事実認識がおかしいよ。^^
    マージャンさんにしても、「いただきまする」を本心で言えてるとはとても思えないけどね(笑)
    仕返しばっかりしてるじゃないですか~。 そういうのをしなくなってから言う言葉ね。^^

    まぁ、言うだけなら勝手ってやつですね。

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