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  • >>419

    小学生程度のことが大人が出来ないと?

    見下すのがスタイルなのか、
    思考力に衰えがあるのではないですか?

  • >>413

    お邪魔します。

    人事課長さんと精神論を語ったのですかー
    マジですかー

    それと、イオンイズムの普及?
    まぁイオンに限らず社風というのがあるですけど、
    私がイオンに行った時にはやめてくださいね。
    重いから。

  • >>347

    ○マインドフルネス認知療法

    マインドフルネス認知療法(マインドフルネスにんちりょうほう、英:Mindfulness-based cognitive therapy:MBCT)は、マインドフルネス(気づき)を基礎に置いた心理療法で、第3世代の認知療法の1つ。心に浮かぶ思考や感情に従ったり、価値判断をするのではなく、ただ思考が湧いたことを一歩離れて観察するという、マインドフルネスの技法を取り入れ、否定的な考え、行動を繰り返(自動操縦)さないようにすることで、うつ病の再発を防ぐことを目指す。

    1979年に、痛みの患者のために開発されたマインドフルネスストレス低減法(MBSR)を、うつのために転換したものである[1]。MBSRが身体のストレスであるがん、慢性疼痛、心臓病や線維筋痛症に焦点を当てているのに対し、MBCTはうつ病、不安、燃え尽き、摂食障害といった認知に焦点を当てている[1]。危険な副作用を持っている可能性は低く、教育、妊娠中、刑務所などで使用されている[1]。

    ―――――――――――― wikipedia

  • >>65

    >「因果一如の門ひらけ」とは、「自性が無性」と直接体験し、戯論が寂滅し後の
    風光。因果という言語(戯論)による対立概念の一切が否定された寂滅の世界で
    ある。現代的にいえば、因と果という二元論を否定し、否定も否定し、思惟の
    限界に至った世界である。自己否定と呼んでもいいと思う。


    なるほど
    いきなり戯論なしというわけにはいきませんね 寂滅しやすい戯論ってのがあるんでしょうね はてしのない寂滅しにくい戯論ってのもありますね(笑)

    >そこに「因果一如」の世界が現成するが、それは自己浄化の果ての世界である。
    だから龍樹は、自己浄化の果ての現れる絶対現成の世界は語らない。

    語りえないことは沈黙しなければならない だけど語らないと人には伝わらない そこで語る だけど語ったことは戯論だ 寂滅するための戯論なんだ ということかなあ 龍樹さんも戯論にたすけられて かなあ

    >なぜか、その答えは「それぞれの修行の只中に在る」からだろう。
    菩提心を起した後の「ありふれた現実の只中に在る」からだろう。

    うん 寂滅するための戯論がないと修業にならないんじゃないかなあ

    >先ずは頓悟ありきか?

    寂滅しやすい戯論を語ることが頓悟だったりして(笑)

  • >>56

    つづきです

    >道はいろいろですが、自己に執着しないことを目指す者が自分の死後に執着する
    のはおかしなことですが、我執は滅せないので、「私」から「私たち」へ、
    「バラバラ思考」から「つながり志向」転換させれば、

    >「私」は死んでも「私たち」は死なないから、「後世に善き生き方を残したい」
    と願えば、我執が善き方向へと調整できのではないのでしょうか。

    「私たち」は死なないから 「私」は死んでも「私たち」のなかで「私」は生き残る もしかしてですけどね  先人たちはそういっているような気がしてならない今日この頃 

    >我執は消えず、我執の生死があるかた菩提があり涅槃はある。
    そんな「有難い我執」の向かい風があればこそ自由な空に舞える。

    (^^♪

    >我執のまた仏(真理)からの贈り物、仏の慈悲です。

    仏(真理)からの贈り物、仏の慈悲を我々はきちんと受けとめなければなりませんね

  • >>56

    >〇我執は滅せない(仏との相対調和)○

    >>>「私のこころ」という我執が強いのでは

    >> 我執を抜き去るなんてことができたとしても 残るものがあるよね  それになまえをつけるとしたら 和弘さんはなんというなまえをつけますか

    >我執とは「もの」ではなく執着という「こと」で、その要素を分析しても実体がなく、
    「法空」ですが、人は我執があるからこそ自己同一性を保って生きられる。
    ですから「抜き去る」とは言っていません。
    「強いから調整したらどうか?」と言っています。

    おお なるほど なるほど

    >どうしたら調整できるのでしょうか?
    色々なやり方があると思いますが、
    私は、観世音菩薩(如来蔵)という真実の自己を措定し、それを軸として
    調整しています。

    わっわっ いいね!

    >煩悩を滅する苦行をしたい人は、それは立派なことですが、
    大切なのは「ありふれた現実」ですから、
    「煩悩を滅して涅槃を得る」という小乗の思想を私は取っていません。
    「煩悩を断ぜずして涅槃」を得るという大乗の空思想を灯にしています。

    おお なるほど! いまさらですが 大乗ってのはそういうことだったんですね わくわく!

    >問題は、「自己の関心」を「他者の関心」に向けることで自己への執着は昇華
    されるのではないでしょうか。

    はい そう思います 「他者の関心」といえば孫かな 孫がむすめの離婚騒ぎでぴんち でもだいじょうぶ  

    >ですから今の私の行は他者を「南無観世音菩薩」とその仏性を「拝む」ことです。

    なるほど 「拝む」ってのはとてもいいですね 僕もまだなまえがついていないですが毎日拝んでいます  智慧がやってきます(^^♪

    >また自己自身のおいては、この瞬間に光を当てて生きることで、我執(煩悩)が
    忽然と湧かないようにすることです。

    >「私」から「私たち」という共同体感感覚へ。
    措定された「理想の自己」(如来蔵)と比較し我執を調整して生きる。
    「我執の生死」と「仏の涅槃」の相対調和をして生きたいと思っています。

    いいですね!

    つづきます

  • >>50

    >〇私たちの〈こころ〉のつながり〇

    >>kazuさんは人が死ぬとその人のこころはどうなると思いますか 河合隼雄さんはおっしまい!ではないんではないか なんて言ってました

    >我執が強いのでは
    「私」死んでも「生き方」は他者の心に生きる

    はい  他者が死んでも他者の「生き方」は「私」の心に生きる

    >「私」の個の無為意識と「私たち」の普遍的無意識は
    非一非異に重なり融合している

    そのとき 我執はそれを妨げる?のだろうか 我執としての役割なんてないのかな?



    >「私」が死んでも「私たち」は生きてる

    >「私のこころ」という我執が強いのでは

    我執を抜き去るなんてことができたとしても 残るものがあるよね  それになまえをつけるとしたら 和弘さんはなんというなまえをつけますか

  • >>49

    >〇非線形縁起の比喩〇

    >>ああそうか なるほどです 母というのはいろんなところにみつけられるんですね

    >母は関係性の世界全体の響き合いの比喩


    うん そうだよね いたるところにとてもすてきなおかあさんたち(^^♪ 僕は戸籍謄本のなかの母に拘りすぎてた

    >一要素はあらゆる項に非線形的に関係し響き合っている
    という非線形縁起の世界
    その響き合いの関係を慈悲と意味付けいる

    うん すごい!

    >父・姉・兄・祖父・祖母・友・地球・自然・宇宙
    そして時間を越えて多くのご先祖さんに生かされ
    そして生きる

    うん(^^♪

    >我空法空―ーバラバラの世界感からつながりの世界観へ

    (^^♪

  • >>10

    >〇自我とアニマの調和〇

    >「意識×無意識」と意識の二元論がそもそも言語的自我に縁って生じたものである。

    はい

    >唯識では意識はそれが無意識であれどこまでいっても煩悩である。

    >無意識の奥をどこまで探ってもラッキョウの皮むきでそこに真実はない。

    >意識と無意識という相対論理を超えたところに真実がある。
    唯識では、無意識を含めた意識を智慧に転換する。
    識を転じて智慧を得るという転識得智。
    言語思考である二元論的自我を超える智慧である。

    なるほど

    >ユングは無意識の奥に、人類の共有する普遍的無意識(アニマ)を仮説し、〈影〉による
    自我とアニマの調和に創造性があるとする。
    影による自我とアニマという二元論の克服である。
    影を主観による意味付けとしてもよさそうである。

    >自我⇔影⇔アニマ

    なかなかすてきなせつめい(^^♪  影をなかだちとしてなんて

    >東洋の陰陽大極の易の概念にも類似し、重層的な二項対立の照らし合いによる調和という
    華厳哲学の事事無礙法界にも類似する。どちらにしても二元論の調和による克服であり、
    それが「お互いさま」という仏の智慧(仏知見)である。


    なるほど

    >「影の現象学」を唱えたユング派の河合隼雄先生も、華厳の事事無礙法界に達すること
    になる。

    >自我とアニマ(普遍的無意識)を調和させるところに人間の創造性があるという。
    合掌という相補性の知恵、信の知恵、愛の知恵、慈悲の知恵だろう。
    世界は二元対立の調和(慈悲)によって成立している。

    なるほど

    kazuさんは人が死ぬとその人のこころはどうなると思いますか 河合隼雄さんはおっしまい!ではないんではないか なんて言ってました

  • >>7

    kazuさん ひさしぶりです

    >クーラーの音に揺られて母の夢

    >11時に見せの従業員食堂で早めの食事
    100人は入る食堂に人が四五人しか居ないで静かである
    妻が作ってくれた弁当を食べ終わると
    クーラーの音が広っている
    私の内にもその音は入り込む
    まるで揺りかごに揺られて
    母の歌でも聞いているようだ

    >その母は如来で音は慈悲だ
    如来の慈悲に私は包まれていた


    ああそうか なるほどです 母というのはいろんなところにみつけられるんですね

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